コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシナリオノベル(シングル)>


裁きの日

 跪くピュン・フーの身体に腕を回すと、濃い血の香りがした。
 朧月桜夜は片腕で頭を胸に抱き寄せ、背に回した手で強く抱き締める。
 死霊を宿して怨嗟にまみれ、血に破れた右の皮翼が自重に耐えかねて骨の砕ける、筋肉と筋の千切れる嫌な音を立てながら付け根からドサリと地に落ちる。土を掴んだ手の、力に長く伸びた爪が中程からバキリと折れて崩れる。
 声なき苦痛を堪えて全身の筋肉が強張り、抱き締めた腕が、触れる箇所が明確に感じ取る。
 その身を蝕んで意を奪う『怨霊機』を破砕した、手応えはあった。死霊を取り込んだ組織が崩れていく様に、それを疑う余地はない。
 だが、その核とされたピュン・フーの心臓を傷つけていない、保証は全くない。
 纏った白が赤を吸い込んで滲み、肌に冷たい。
 腕に力を込め…早く、終われと願ってしまう。彼の痛みが、苦しみが…哀しみが。自分の手によってなら尚更、エゴに似た感情から溢れる想いはまるで祈りのように。
「……痛ェ」
吐息の一言が耳に届いて、桜夜はきつく閉じていた目を開いた。
「ピュン・フー…」
目線を下げれば紅の…瞳を取り戻した眼差しが、真っ直ぐに桜夜を見上げた。
「桜夜……背骨が折れる……」
ぎりぎりと音を立てそうな締め付けに脂汗を浮かせたピュン・フーの言に慌てて手を放すと、左に傾いだ皮翼に引かれて身体が横倒しにこけた。勢い、垂れていた皮翼も折れる。
「ちょっと……ピュン・フー大丈夫なのッ!?」
「あんまし……」
皮翼が落ちた事で多少は痛みが和らいだのか…それとも、麻痺したのか、掠れてはいるが、声にいつもの調子が戻っている。
「格好悪くて死にそう……」
戒める鎖を鳴らして、両手で朱の上った顔を覆う。
「桜夜に何やらしてんだよ、俺」
転がれるものならごろごろ転がっていきそうだ。
「……何言ってんの」
むっ、と桜夜は口をへの字に曲げ、お説教体勢にピュンフーの頭の横、芝生の上に正座すると、がっしと黒い頭を掴んで、自分の膝の上に落とした。
「アタシが自分でやったコトでしょ?大体、最初っからピュン・フー格好いいなんて思ってないわよ。いっつもへらへら同じ顔で笑ってるし。自己中でこっちの都合おかまいなしだし。女心がちっとも分かってないにも程があるし」
箇条書きの勢いで不満を列挙する語調の強さに反して、髪を撫でる手の柔らかさに…ピュン・フーは口を噤む。
「ちゃんとアタシに笑ってくれたり、しないし……」
語尾に行くほど声が弱まる、胸が詰まって言葉が出なくなる。
「服、汚しちまったな」
斑に赤く染まってしまった桜夜の装いを指したピュン・フーの発言は、会話の流れに脈絡がない。
「ちょっとまだ正気に戻ってないワケ?」
「正気もショーキ。ま、その程度で台無しになるようなイイ女じゃねーからいっか」
「ピュン・フー……」
どこまでも平行線な話題を振られて、桜夜は片拳を握る。
その拳を、ピュン・フーの片手が包み込む…その、冷たさに桜夜は眦を険しくした。
「ピュン・フー!」
桜夜は身を屈めてその皮下からの…腐食にどす黒く色を変えたピュン・フーの左胸に耳をつける。
 ……あるべき生の徴が、聞こえない。
「言ったろ?バケモノの、遺伝子だって」
いつもの調子で…皮肉を交えて口の端を上げたピュン・フーは、ひどく疲れたように、全身の力を抜いた。
「昔の話をしてもいいか?」
ゆるく瞼を閉じかける、意識を保とうとしているのか、ピュン・フーが問うのに、桜夜はゆっくりと鼓動の聞こえない左胸から耳を離した。
「……いいわよ、聞いてあげる」
桜夜の応意に、紅い眼差しが少し笑む。
「黴びたみてぇな話だけどな…十の誕生日の前かな。おふくろと、写真でしか見た事のねぇ親父に会いに行く、途中で事故に遭ってさ」
其処で一旦言葉を切り、桜夜の様子を伺うように目線を上げるのに、促して頷く。
「何がどーなってそーなったのかわかんねーケド……多分、俺を庇ったんだろーな、気付いたら、おふくろが血塗れで倒れてて、そんでもすげぇ笑って」
ふと、どんな表情をしたらいいか分からない…途方に暮れた、子供のような顔でピュン・フーは眼を瞬かせた。
「俺は幸せになれって言うんだ」
遠く…この場を見ていない眼差しが戻る。桜夜を見る。
「な、桜夜……今幸せ?」
決定打を与えた桜夜に…この状況で問うには意地の悪すぎる、問いだ。果たして憂いて欲しいのか、為した事を喜んで欲しいのか。
 桜夜は大きく、深呼吸した。
 今度は、言葉を途切れさせないように。
 そして、感情に流されて言うべきを見失わないように、微笑う。
「……ね、ピュン・フー。好きな人と一緒にいられる事が、女の子にとっては一番幸せな事なのよ?」
頬に手を添え、指の腹で頬を汚してへばりつく赤を拭った。
 背を丸めて顔を至近に寄せ、真摯に強い眼差しを、迷いなく自らの輝きに火の色を持つ瞳を寄せる。
「今に限るなら…アタシは幸せだ」
宣言に似た断言に、ピュン・フーが呆気にとられて目を丸くする様を見て、満足気に微笑む。
 今この時、想う相手の命を掌握しているのが自分だという事実に覚える、奇妙な支配欲。
 この瞬間、ピュン・フーの心を占めるのは桜夜だけだという事実に、満たされる独占欲。
「さっすが…俺の見込んだ、イイ女、だよな」
「当たり前よ」
桜夜は即答し、かき上げた髪を耳の後ろにかけ、覆い被さるように顔を寄せると、ピュン・フーの口の端の傷を舌先で舐めた。
 鮮やかな赤さに鈍い鉄錆の味が香り、少し位置をずらして、冷たい唇に触れるだけの口付けを落とせば、予期していたタイミングで桜夜の唇を濡らす赤を舐めとられた。
「……なんか、慣れててムカつくカンジ」
吐息に混ぜた桜夜の言に小さく笑って、ピュン・フーがもう一度、片手を上げた…両の手首の間を繋ぐ、鎖の長さに半端な位置で止まる。
「な、桜夜」
ふ、と短い息を吐き、ピュン・フーはぱたりと身体の脇に手を落とした。
「名前、呼んでくれるか、俺の」
「ピュン…?」
呼び掛けた通り名を遮って、緩く、首を横に振る。
「月、と書いて、ユエって読むんだ」
それが生来に与えられた名だと、言う。
「……いい名前ね」
桜夜は明かされた名に、微笑んだ。
「キレイな響きね、ユエ」
ピュン・フーが…ユエ、が呼び掛けに笑みを広げた。
 いつもの楽しげなそれに近く…それでいて、内から自然な感情に質を違えた、笑み。
「ねえ……貴方は幸せ…?」
髪を撫で、問う。
 ユエがゆるりと瞼を落とす。
「あぁ…なんか理解るな……桜夜、幸せで……」
だが半ばで途切れたまま、答えは返らなかった。
 そして、深く眠り込んだように閉ざされた瞼が、紅い月を思わせる瞳を桜夜に晒す事は、もうなかった。


 パチ、パチと手を打つ音に、桜夜は顔を上げた。
「お見事です、桜夜さん」
虚無の境界の一員である、盲目の神父…ヒュー・エリクソンに力に満ちた眼差しを向ける。
「ご満足頂けたのカシラ」
「えぇ、存分に。呪われた魂にも救済を与えるとは、真に天なる父は慈悲深い」
桜夜はユエの身体を庇うように、覆う。
「……アタシ、今すごくムカついてんの。何するかワカンナイから、どっか行って」
それは警告というより、宣告にに近い。
 再び、桜夜に霊気が満ち、威嚇するかのように周囲の大気が渦を巻く、がヒューに動じた風はない。
「主の加護を受ける私を、術で傷つける事は出来ませんよ、桜夜さん……ピュン・フーの身体は頂いて参りますので、どうぞこちらに」
差し延べられた片手に、桜夜は怒りを爆発させた。
「……これ以上、ピュン・フーを……ユエをどうしようっていうのよ!」
迸る感情のまま、迅雷の形を得た霊気がヒューを襲う…が、それは寸前で千々に砕けた。
「命を失ったように見えても、本来吸血鬼は闇に属する者…鼓動も、息もないそれが本来の姿と言えます。自我が消えたならそれなり、有効な利用方法は幾らでもあるものですよ」
飽くまでも、物、として扱うその傲慢さに、怒りのあまり桜夜の視界が赤く染まる。
「術で傷つけられなくても……銃でなら、キミを殺す事が出来るね」
其処に第三者の声が割って入った。
 気配を欠片も感じさせずに…『IO2』の構成員、西尾蔵人がヒューの背に銃口を突きつけていた。
「ヒュー・エリクソン、キミの身柄は、拘束させて貰うから」
淡々とした蔵人の言に、ヒューは肩を竦める。
「可能だと思うのですか?」
「うん、まぁやってみないとね。祈るより先に出来る事はやっとかないと」
皮肉を混ぜた口調に無知を哀れむように首を振り、ヒューは両脇を固めた黒衣の構成員に腕を預ける。
「ちょっと待って」
桜夜はそっと、ユエを地面に横たえると、吸った血の色も暗く変じ始めたスカートを捌いて立ち上がり、ヒューの前に立つと…制止の間もなく、その頬を張り飛ばした。
「何でもかんでも、神サマの所為にして甘えないで。ユエが生きたのも、アタシと出会ったのも、神なんてロクでもないモノを楽しませる為じゃないわ」
だが、ヒューはくすりと笑う。
「貴方の怒りは人として最もなものですね、桜夜さん……幾度、我等を試みに引きたまわざれと祈れど、我々を悪たる道に追わないよう、試練を与える神の御意志は、人の尺度で測れぬもの……貴方の気が晴れるのであればどうぞこちらも」
そう、打たれたのと反対側の頬を向けるのに、桜夜は拳を握った。
「……闇は、言を理解しないって本当ね……さっさと消えて。さもないと、アタシの手でアンタをアタシの前から永遠に消さなきゃならなくなる」
ヒューは物言いたげな表情を浮かべるが、蔵人が顎で示すに連行されて行く。
 桜夜はそれを見ず、ただ足下の…地面を凝視していた。
「朧月クン、お疲れサマ」
呑気な口調な眠たげな蔵人に…味方、である筈の彼に、けれど桜夜は警戒を解かずにきつい眼差しを向けた。
「そちらには全く被害がなくてよろしゅうございましたね……アタシと、『虚無の境界』を潰し合わせて高みの見物は楽しかった?」
「そう、怒らないで……オジサンも悩んだんだから」
困った様子で、髭の浮く頬を掻く。
「彼の始末をこちらでつける事は出来たけど……後で、それをキミに報告したらオジサンの命が危なそうだし、奥サンにね、女心を理解出来ないような朴念仁とは離婚するって怒られて……」
睨みつける、桜夜に冗談めかした言い訳を止める。
「それとも、キミは自分の手で、ケリをつけない方が楽だったかい?朧月クン」
そんな事があろう筈はない…だがやり切れなさを、怒りに変えて周囲にぶつけた方が…正直、楽だった。
「……怒られついでに、もう一つ」
申し訳なさそうに、蔵人は指を立てた。
「彼の……ピュン・フーの……身体ね、こっちで引き取らせて貰うから」
「何で……ッ」
詰め寄ろうとした桜夜を両手で制し、続ける。
「ヒュー・エリクソンが言ってたけど……人としての死、だけで吸血鬼の細胞が死滅するのは難しいんだよ……陽光にも、銀にも強いからこのままにしておけないんだよ。ちゃんとした処置をしないと、統制する意識を失った…ただ、個体と遺伝子の保持のみに動かされる怪物になってしまう。手を加えてあるから毒性が強いワケじゃないんだけどね、やっぱりマズいでしょ、夜な夜な人を襲うモノを野放しにしてちゃ」
「……ユエが、生き返る事はないの……?」
身体に死にきっていないなら、もしや…との思いにすがるような問いは、静かに横に振られた首の動きに否定された。
「それとも朧月クンが、あの身体を骨まで残さずに灰に出来るかい?」
問いに、俯くしか出来ない。これ以上、傷つけるなど…出来はしない。
「……ゴメンね」
奇妙に優しい謝罪に、蔵人が桜夜の肩を軽く叩いた。
 …ひどく、疲れていた。身体も、心も。
 内に穿たれた空虚さを埋めるのに、怒りも許されず、それを悲しんでしまうには自分が哀れに思え過ぎていた。
 それは、ユエに最後の言葉に反する。
 桜夜にはもう、小さく頷くしか出来なかった。


「たっだいまーッ!」
地震と紛う程の勢いと開かれた扉に、直線に伸びた廊下に見えるリビング、いつものようにノートPCのキーボードを叩いていただろう同居人が驚愕に飛び上がるのが見えた。
「桜夜、ドアはもっと静かに……ッ」
当然の注意に、桜夜は唇に指をあてる。
「ウゥン、野暮な事はいいっこナシナシ、疲れた夫が帰ってきたら『お帰りなさいアナタ、食事にする、お風呂にする、それともワ・タ・シ?』っていつものように迎えてくんなきゃ♪」
玄関先で出迎えたイワトビペンギンとマカロニペンギンのぬいぐるみを小脇に抱き上げ、リビングに足を踏み入れる。
「誰が夫で、俺がいつそんな巫山戯た台詞をぬかした」
額に青筋を浮かべた同居人の当然の主張に、けれど聞く耳は持たず、桜夜はぬいぐるみを抱えたまま器用に指だけで支えたケーキの箱を手にキッチンへ向かった。
「それはそーとお茶にしよッ♪すんごい可愛くて美味しいケーキ屋さん見つけたの、お茶はやっぱしアールグレイかなー」
「もう10時過ぎなのにか…?」
太るから、と10時以降の間食を自分だけでなく、同居人にまで強制的に禁じているというのに。
 違和感に、彼はノートPCをパタンと閉じると、桜夜の背に声をかけた。
「お前何か変だぞ」
桜夜は、キッチンの入り口に立ったまま…動きを止めた。
「何で……」
込み上げる嗚咽が肩を揺らす。
「何でそんなコト、言うかなァ……?」
ボタボタと音を立て、ケーキ、イワトビ、マカロニの順に手にした荷物が落ち、桜夜はその場にしゃがみ込んだ。
 堰を切った感情が、声と涙になって溢れ出す。
「おい……?」
突然の事態に、常に冷静な声に動揺を滲ませて、肩にかけられた手を桜夜は振り払った。
「笑っ、て……幸せに、笑ってなきゃなのに……ッ」
言いながらも涙は止まらない、感情の制御が効かない。
 帰れる家と、迎えてくれる人と、美味しい食べ物と、欲しかった自由と、与えられた好意と、嬉しい気持ちと、そんなモノ全ては変わらずにある、間違いなく自分の物だ…幸せだと信じていた全てを失っていない、なのに。
 あの黒い姿が、もう自分に声をかける事はない。
 唐突に姿を見せて、驚かせて、怒らせて、悲しませて…そして、どうしようもなく、姿を追って、心を寄せてしまう、何も持たずに居た、あの紅い瞳が失われた、それがこんなにもただ痛い。
 いっそ、寄せた心に応えてくれなければよかった、名など明かしてくれなければよかった…いっそ存在を知らなければ、楽だったろうか。
 手段も、立場も、正しいとは思えないけれど、ただ答えを求めてただ生き抜いた魂の、楽しげな微笑が、闇の黒さを内包しながらも、明るさを感じさせる挙動が、その、捉え所のない心の有り様を。
 そう、在りたいと願う自分で既にあるのだと、信じさせてくれる優しさを。
「……でも……好き………だった、の……」
なかった事にしてしまうには、あまりに重い。
 床にへたり込んだまま泣きじゃくる桜夜の背を、ふわりと暖かな体温を伴った両腕が抱き締めた。
 ……桜夜が抱きつく事はあっても、自分からは決して触れようとしない暖かさに、更に涙が零れる。
 こんな時に、甘えを許すのは卑怯だ。
「放、して……ッ」
拒絶が口をついて出たが、桜夜自身の手が、意に反して抱き締める腕を掴んで放さない。
「イヤか?」
耳元で静かな声が、問う…否定か、肯定か。
 常の行動ではこちらの意思より先ず、自分の意見を告げる癖に…何故、今だけ選択肢を与えるのか。
「どうしてもイヤなら、殺していい」
そして、今に限ってそんな事を言うのか。
「なん、で……ッちっとも、優しくない……ッ」
嗚咽に途切れる桜夜の言葉に、背から回された腕に力が籠もる。
「……殺されでもしないと、止まらないからだ」
吐き捨てるような声に、どうしようもない熱が籠もっていた。


 人に触れられる事も、触れる事も厭う手が、指が、身体を暴いていく。
 自然に任せたままでは男としても、女としても成熟する事のない身体に、容赦なく与えられる熱に狂いそうになる。
 桜夜も知らない感覚に堪え切れぬ声を上げれば、痛みですらない刺激を責めるように刻まれた。
 犯した罪を悔いるなら、裁きを。
 裁きに断じられた罰を、贖いに。
 意味を結ばない言葉は懺悔の声、零れる涙は罪人の血、誇りを踏みにじって見下し…何処までも冷徹な断罪者の瞳が闇の内に金色に光る。
 紺天に昇る、月の優しさで。
「……呼んでみろ、名前を」
補食する者が、その生の残酷さに美しくあるように首筋を柔く噛んで促す…否、それは抗いを許さない命だ。
 見せたくはない、奥底までの闇を晒せと緩まない追求に、せめてもの抵抗に首を横に振るが、荒い動きに獣めいた叫びが溢れそうになるのを必死で堪える。
「呼んでやればいい……そして、忘れてやらなければいい」
償いを求めて間断なく攻めながら、与えられた許しに、桜夜は手の甲で目元を覆った。
 闇に閉じて何も映らぬ眼に、あの紅い瞳のような月が見えた。
 次に暗転して新月めいて何処までも暗い闇色の真円が重なり、堪えがたい恐怖が喉を震わせて虚空に手を伸ばす。
「ユ……ェ……ッ!」
救いを求める祈りのように名を叫ぶと同時、その円く穿たれた虚空を、黄金の光が満たした。


 朝の透明な光に、ベランダで雀が鳴く声がする。
 汗にべたつく髪と身体をいつもの倍の時間をかけてことさら丁寧に流して、桜夜は日課の朝風呂を終えた。
 部屋を覗くと、同居人はシーツに丸まったまま、まだ起き出す気配はない。
 さて、どうしたものかと指を頬にあてて、ふと気付く…桜夜、キッチンの前に落としたままの筈のイワトビペンギンとマカロニペンギンのぬいぐるみが、部屋に隅にちゃんと並べて鎮座していた。
「ふぅん……」
円らな瞳のペンギンズは、桜夜を見返すだけで何も語りはしない……その頭をひとつずつ、ぽんぽんと軽く叩くと、自然と軽い微笑みが浮かんだ。
 大丈夫。ちゃんと笑える。
「…さァって、今日も頑張りますか!」
膝に手をついてすっくと立ち上がり、桜夜は開け放たれて光に満ちた同居人の私室に猛進した。
「おら、起きろー!起きないと朝から襲うぞこらー!」
シーツの端を掴んで勢いよく引き上げるのに、寝ぼけた中身が為す術なく転がり出て来た。