コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシナリオノベル(シングル)>


味方しない者は敵対している

「詳細は以上ですワ」
指定されたのは都内の某ホテル。
 最上階のラウンジ、営業時間はとうに過ぎ、『CLOSED』の札が、人を拒んで彼等以外に人影はない。
「ふぅん……」
用意された資料を気のない声と動作でテーブルの上に放り、阿雲紅緒は長い足を組み替えた。
 willies症候群がなりを潜めたかと思えば、今度は連続殺人事件が世間の関心事である。
 20代前後の若い世代、大なり小なりの記録を残したスポーツ選手が被害者である話題性、その身体の一部を持ち去られる猟奇性とに、怨恨か復讐か逆恨みかとマスコミがこぞって取り上げるのに警察もようやく重い腰を上げ、該当すると思しき者に警備が配される事となり…その水面下でどのような手が配されたかは常人に知る由も知る必要もないが、実際の警護にあたるは通称『IO2』、常識的に考えられない、有り得ないとされる超常現象を、一般人にとって有り得ないものとする為の超国家的組織だ。
 一連の事件に心霊テロ組織『虚無の境界』が絡むと践んだ『IO2』は、犯人の捕縛に乗り出すに、骨格から身長、体格が類似し、且つ超常の力に対して護身の可能な人材を囮として能力者に協力を求め…紅緒は助力を乞われてこの場に呼び出されたのである。
 向かいに座る…『IO2』の構成員、だというには嘘っぽくもモデルのような身体のラインを強調させるワンピースを身に着けた金髪碧眼の美女は、放り出された書類の角を叩いて整えるとまた、紅緒の前に据える。
「私的な目的での訪日とはいえ、米国のスポーツ業界で注目を集めている彼に、仮にでも万が一があってはイケマセンの」
「こんな時と知ってわざわざ旅行に来るんだから、覚悟決めてるんじゃない?」
「目的のイベントが年に一度という事ですワ。本人の覚悟はどうあれ、無事に帰国させるのがワタシ共の努めですモノ」
金髪の美男美女…が交わす一見、和やかな会話の裏に渦巻く腹黒さに、出入り口を固めて立つ『IO2』の面々も薄ら寒そうに、けれど予断ない警戒に視線を巡らせる。
「キミ達の努めに興味も、ましてや協力する義務もないよ…人に使われるのは嫌いだし、使われるつもりもない」
常に笑顔を絶やさぬ紅緒が不満を顕わすのはごく珍しいが、その稀少さを知る由もない美女…ステラ・R・西尾は軽く肩を竦めて受け流す。
「アポイントを了承して頂いて、ここマデご足労頂いて…そして詳細を伺って頂けたのに、欠片も承けるつもりがナイ、というのはワタシ個人として、納得が行かないワ」
頬に指をあてて首を傾げる、その仕草が妙に子供っぽい。
「……というよりキミたちごときがボクを利用するというのは、とってもおこがましいと思うね♪」
組織の意、ではなく彼女自身の言に対して、紅緒は語尾を陽気に浮かせた。
「だってボクは、可愛いあの子に会いたいだけだもの」
黒革のロングコートを初めとして黒尽くめの形、ストリート系のシルバーアクセ、如何なる時も円いサングラスを手放さない…ハード系なファッションのテロリストを可愛いと称して花開くように笑む、紅緒に一瞬見惚れてしまったステラは朱を上らせてしまった頬をぺしぺしと叩いた。
「ダメよステラ、貴方は人妻なんだから理性、理性」などと母国語で自分に言い聞かせている…『IO2』にもなかなかお茶目な人材が居る。
「では、報酬に色をおつけすれば……受けて頂けますか?」
有閑富豪である紅緒にとって、掲示された破格とも言える金額も端金であり、金銭にさして重い価値を置いていない…金額を上積みしたとて、応じる筈もないだろう。
「色によるよね」
軽く眉を上げた紅緒は、ステラがどう出るかを楽しんでいる。
「アナタの仰る『可愛い子』……ピュン・フーの『IO2』所属時の資料一式では如何カシラ?スリーサイズから趣味嗜好、とっても恥ずかしい写真まで網羅していてヨ?」
「乗った♪」
即断に身を乗り出した紅緒の了承に、交渉はまとまった。


 周到に…というには予測させて、待ち合わせに指定されたホテルが保護すべきバスケ選手の宿泊先という事で。
 紅緒はその足で、標的と入れ替わった。
「うわぁ……」
通された部屋に、紅緒は感嘆の声を上げる。
 単身者での宿泊を想定していない最高ランクのホテル、一人での宿泊には贅沢さを感じる部屋を興味深そうに見回し、紅緒は感想を述べた。
「すごく狭いねぇ♪」
常にスウィートかVIPかを利用する紅緒には、ダブルは物珍しいらしい。
 興味深そうに浴室やベランダを覗き、ソファに腰を落ち着けると、戸口の辺りに立つ黒服…IO2の構成員に声をかけた。
「それじゃ、キミはもういいよ。おやすみなさい♪」
朗らかな紅緒に、胡乱な視線が向けられる。
「……護衛の指示が下っております」
「要らないよ♪」
明るく却下し、防水加工に独特の質感を持つ分厚い書類入れを開く。
「ボクは死なないからね」
中のファイルを取り出し、膝の上に広げながら続ける。
「それにここってベッド一つしかないし。一緒に眠る人は選びたいなぁ…栖ちゃんとか、キミとかね」
親しげな呼び掛けは、構成員に向けて、ではなく。
「……ピュン・フー君」
脈絡なく傾いで倒れた構成員の身体の向こう。
「……アレ?紅緒じゃん。今幸せ?」
そう、影よりも濃い闇色に人の形をした黒が、紅緒の前に姿を見せた。


「やぁ、また会えたね奇遇だね♪」
満面の笑みでご機嫌な紅緒に、ピュン・フーはよいしょと倒した構成員を跨ぎ越した。
「何してんのもこんなトコで」
「調べもの♪会ったついでに手合わせでもしてくかい♪」
絶やさぬ笑みに、ピュン・フーも相変わらずにニ、と笑う。
「そりゃすんげぇ魅力的なお誘い……だけど、俺今仕事中なんだよなぁ」
目に見えて肩を落とし、きょろきょろと周囲を見回す。
「しかも部屋間違えたみてぇだし。ここって何号室?」
「703だよ、ピュン・フー君。キミは間違ってないね、多分」
両者、笑顔で見つめ合う事30秒。
「え〜と……紅緒、バスケに興味ある?」
「うん、やっぱり可愛いなぁ、ピュン・フー君♪」
脱力する感想に、ちょいと円いサングラスをずらし、ピュン・フーは紅色の瞳を見せた。
「703号室で元・職場の同僚と紅緒が逢い引いてる理由が、そう沢山思いつかねぇんだけど」
「キミの思ってる理由で正解だと思うよ」
不吉な月の色の眼差しを、澄んだ紅で受け止めて紅緒は膝のファイルを持ち上げる。
「ふーん…あっちについたってコトは、やっぱ俺に殺して欲しかったワケ?」
なら遠慮なく…と、今まで遠慮していたようなピュン・フーの口ぶりに、紅緒はファイルの頁を繰りながら応じる。
「んー、ボクは『虚無の境界』にも『IO2』にも興味はないんだよね。その気になれば……」
目的の情報を探し当てたのか、紅緒は言を途中に手を止めるとにっこりと笑った。
「これは言ってもせんないことかな」
「その気になったらなんなんだよ!」
言いさした言にすかさずツッコみ、ピュン・フーは頭を掻いた。
「『IO2』が出張って来たならそろそろ潮時だな……紅緒、動体視力に自信はある方?」
「かなり」
端的な答えにスタスタと紅緒の前に歩を進めたピュン・フーは、ひょいと身を屈めた。
「んじゃその眼、くんない?」
ごく気軽に。
「珍しいね、おねだりかい?」
そして、紅緒も本の貸し借りでもするような気軽さで微笑む。
「可愛いキミのお願いなら喜んで……と言いたいトコロだけど、ボクも常日頃に使っているからあげてしまうと不自由するだろうね。何に使うの?」
まるで用途によっては応じてもいいような、そんな響きにピュン・フーは軽く肩を竦めた。
「ゾンビに使うの」
「うーん、それはちょっとイヤかなぁ」
「でーじょーぶだって」
ピュン・フーはひらひらと手を振った。
「殺してからなら痛くも痒くもねーハズだから。多分」
ハズやら多分やら、憶測を断言されても大丈夫なワケがない。
 矛盾ついでに的を外れた請け合いに、紅緒は僅か、目を細めた。
「前にも言ったけど。キミにはボクは殺せない」
自信ではなく、真実を告げる。
「ボク自身、ボクを殺す方法なんて知らないんだから」
ふと、ピュン・フーが妙な表情で首を捻り、いつもの問いを口にした。
「紅緒、今幸せ?」
それに笑んで、紅緒はすいと立ち上がる。
「ボクの手は……」
途切れた言葉に紅緒の笑みが消え、困ったように…そして、戸惑うように眉尻が下げられた。
「誰かを連れて行くことは出来ないから」
そして、常の笑みと違って寂しげな、微笑みが広がる。
「ねえピュン・フー君。誰に、とは言わないけれど。キミは、『連れて行かれる』ことを、望むかな?」
ピュン・フーは軽く肩を竦めて笑った。
「紅緒、結構不器用だな。連れて行きたいんじゃなくて、ついてきて欲しいってんだよ、そーゆー時は」
最も…ピュン・フーは続けて言い切った。
「行く先によるけどな」
なんともらしい物言いで。
「んでもまぁ、紅緒はそっちで俺はこっちだから、勧誘はパスな」
「今回だけ特別だよ……キミの会いたかったっていうのもあるケド、ホラ、今回はこんな写真が貰えるってコトだったから」
そう、紅緒が開いて掲げたクリアファイルに挟まれていたのは、黒を背景に、白くぼんやりと…骨格と内臓を浮き上がらせた、X線写真。
 目にした途端、ピュン・フーは勢いよく頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。
「うわぁぁッなんてモン横流しやがる『IO2』ーッ!!」
「ふぅん、キミの中はこうなってるんだねぇ…」
真っ赤になったピュン・フーはファイルを奪うべく行動に移るが、くすくすと笑って紅緒はそれを許さない。
「人の恥ずかしい写真をみてんじゃねぇ!」
ひらひらとかわされるのに業を煮やし、ピュン・フーがそう叱りつける。
「イヤ、ボクはきれいだと思うけどねー」
しげしげと眺めての紅緒の言に、何故だか頬を赤らめるピュン・フー…余人にはイマイチ理解の難しい遣り取りである。
「ピュン・フー君」
紅緒が短く名を呼ぶに応じてか、ピュン・フーは後方に跳躍した。
 先に倒れて忘れられていた構成員が、床に這った体勢のまま、ピュン・フーに銃口を向け放ち再度、力尽きた。
 続けざまに放たれた二発、頭に向けられたものはセンチ単位で避けきるが、利き足を軸に避けた先、を読んだかのように、胴の位置を的確に狙った一撃まで避けきれない。
「紅緒…!?」
その身体の前に差し出された片手が、強い勢いに弾かれた。
「動体視力には自信があるって、言っただろう?」
そう笑い、手首を強く掴んで引き寄せた手から…滴る赤色。
「何やってんだよ紅緒。弾の一発どこで死ぬワケでなし、直ぐに治るんだぜ、俺は」
呆れたような意見は多少、庇い損な感がなくもない。
「でも、キミが傷つくトコロを見たくなかったからね」
片手、で弾を遮った為に穿たれた傷の痛みは欠片も滲ませず…さらりと言った紅緒に、ピュン・フーは口の端を上げた。
「謎な人だなー」
奇妙な感想に銃声にか廊下から複数の足音が響く。
 そちらに目線をやり、ベランダに続く窓を開ける…川沿いの風が大きくカーテンと、コートの裾をはためかせた。
「おー、下にも沢山居るな、わらわらと」
目の上に手を添えて階下を見下ろし、肩越しに振り向いて少し笑う。
「なんかこれで終わりってのも物足りねーけど……また遊ぼうな♪」
「今度は、邪魔が入らないといいね」
紅緒の応えに笑い、7階ベランダの手すりを気軽にひょいと乗り越えて姿を消す寸前、ヒラヒラと、振った手ばかりが夜景を背景に妙に白々と見えた。
「そん時までお大事に」