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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん

「あんた今幸せ?」
まるで旧知の人間が偶然街中で出会したような、そんな気軽さでかけられた声に、岸頭紫暁は思わず足を止めた。
 凝視する黒々しい黒尽くめのスタイル、特に黒革のロングコートが輪郭を強調して、あまり陽に当たってない風な肌から覗く鈍い銀のアクセサリーにも、彩りの乏しさが目立つ。
 長い、と言えば長い人生の内、様々な人間と出会った数だけ別れて来たが、その記憶の内に、こんな奇妙な存在と出会った覚えはない。
 生きているのか、死んでいるのか…遍く死者の眠りを守る者である墓守としての職業意識とでも言おうか、覚えた興味と同時、身の裡に巣くう、鬼の意識がぞわりと首を擡げかけるのに、左眼を押さえた。
「おい、ダイジョブか?」
覗き込む動作に怪しさを助長し、目の表情を隠して円いサングラスを外す…下から覗いた、まるで不吉に赤い月のような色。
 不意に覚える、奇妙な既視感。
「何でもない」
子供のような懐っこさで、押さえた目の様子を見ようと更に遠慮なく覗き込む青年の行動を、紫暁が抱いた黒猫がずいと顔を割り込ませて制する。
「おっと…悪ィ悪ィ」
猫に対して律儀に謝罪し、青年はちょちょいとその顎の下を指先で撫でた。
「あんたがあんまり目ェ引くもんだからつい声かけちまって」
そう笑うと、僅かな細さを鋭さとも感じる目元が和らいだ。
「奢るからさ、時間あんならちょっと茶でもしばかねぇ?俺、今暇なんだよ」
 紫暁は、裡から湧く感情に似た力、がまたゆるりと沈んで行くのに、息をつく。
「俺の姿が目を引くというが、お前に比べればマシだと思うぞ?」
「どこら辺がマシだって?」
あっさりと切り替えされた。
 男性にしては長い髪を蝶を思わせる簪で一つに結わえて背に流し、名に合わせてか、紫を基調にした着流し姿が、町中で目立たない筈がない。
「どっからどう見ても愛猫家じゃん」
焦点は其処か。
 抱いた黒猫が『どうしますコイツ』てな風に見上げてくるのに、紫暁は艶やかな背を緩く撫でた。
「まあ、良い」
青年に向けてか、黒猫に向けてか…どちらとも取れない言に続ける。
「奢りなら、付き合ってやらんこともない。黒猫のコイツも同伴で構わんか?」
「任せとけ♪」
そんな自信満々に言われても、な風な青年は自分の胸を強く叩きすぎて咳き込んだ。


 んじゃ、取り敢えず、と通り名だと前置いてピュン・フーと名乗った青年は、手近な喫茶店を指差した。
「彼処にでも入っとくか」
軽い声で示す先には、硝子戸にピンクの☆がペイントされ、対象とするのが年若い女性であるのが知れる。
「彼処にか……?」
「心配すんなって紫暁」
 ファーストネームで呼ぶのが癖なのか、名乗った途端に呼び捨てられるが、それは侮りでないのを示して向けられる、人好きのする笑顔に無礼を諫める気も失せる。
「俺に任せとけ♪」
ピュン・フーは紫暁が思案気味なのを見て、彼が思う所と別の場所でそう請け負うと、とっとと硝子戸を押し開いてカウベルの転がるような音を立てた。
「いらっしゃいませー」
同時に店内の音が外に漏れ聞こえる。
 混じり合って判然としない会話に、時折不意に笑い声が上がる…それなりに人の入っている様子だ。
「何名様ですか?」
「野郎二人に猫一匹♪」
Vの字に立てた指にもう一本を足し、ピュン・フーはウェイトレスに陽気にそう宣った。
「お客様……」
申し訳なさそうに、ウェイトレスがチラリと黒猫を見る…飲食店では衛生上の問題からペットの連れ込みを禁じている場所が多い。
「只今満席で御座いますので、そちらでお待ち頂けますか?」
だが、予想に反して入り口付近のベンチを示された。
「サンキュ」
軽く答えてピュン・フーが振り返り、「な?」とずらしたサングラスを指で押し上げながら、覗く瞳で笑ってみせた。


 席を立った二人連れの女性と入れ替わりに案内されたのは窓側の席、大きく取られた窓に面した歩道を見る事が出来る。
 ピンクを基調にした店内には所々に星のオブジェが並び、どこか夜店のとりとめない賑やかさを感じさせ、かつ乙女チックだ。
 女同士、もしくはカップルで入るならば問題なかろう…が、男同士なら居心地の悪さに入るに躊躇いを覚えるファンシーさに、紫暁は軽い眩暈を覚えた。
 人の死を、眠りを守る夜に比べて、この生気に満ちた明るさは居心地が…悪いとは言わないが落ち着かない。
「紫暁、何食う?」
「俺はコーヒーだけで」
メニューも見ずにそう言う紫暁に、ピュン・フーは軽く肩を竦めると、宛われた椅子にちょこんと足を揃えた黒猫に広げたメニューを差し出す。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
見計らっていたタイミングでウェイトレスが横につくのに、ピュン・フーはにっこりと見上げた。
「俺、ストロベリー・ミルキーウェイ☆ね。んで紫暁がブラック☆スターダスト」
「おい……」
コーヒーでいい、と言い差しかけ紫暁を立てた指で止め、ピュン・フーはメニューを見据えたままの黒猫に声をかける。
「猫はどーすんだ?」
対する黒猫はタシッとメニューの一画を押さえた。
「かしこまりました、ご注文を繰り返させて頂きます、ストロベリー・ミルキーウェイ、ブラック☆スターダスト、ホワイト☆サザンクロスの三点、以上でよろしいでしょうか?」
「ヨロシク♪」
にぎにぎと手を開閉して、一礼して辞するウェイトレスを見送るピュン・フーに紫暁は声に呆れを滲ませた。
「何とも……強引だな」
全てに於いて。
「でも紫暁が付いてきたのは合意じゃん?」
何気なくシュガーポットを覗き込んでいるピュン・フーの最もな言に、素直に頷く。
「それは確かに……少し、話がしてみたかった」
「コーヒー一杯の価値がある程度の?」
肩を竦めてそう笑い、ピュン・フーは円いサングラスを外した。
 ふと、十指に余す事なく嵌められた銀の指輪の、髑髏を模した一つの眼窩に嵌め込まれたルビーが目をついた。
「あんた、かなり普通じゃねぇよな?興味あンだよ。そういうヤツの、」
喉の奥で楽しげに、笑う風で言葉が続く。
「生きてる理由みたいなのがさ」
ニヤリと笑って頬杖をつき、答えを促して続く黙に、紫暁は小さく息をついた。
「……生きている理由など、ない」
ピュン・フーの眉が軽く上がり、僅か細められた瞳の芯が強すぎて…静かな紅を宿す。
「死ねないから、生きてる。それだけだ」
その色に、人の生きるべき時間から切り離された、あの時を思い出す。
 そして、それだけ、と簡単に言い切る自分に少し笑う。 
「あとは……そうだな、一族の裔としての使命のため…いや、家のせいにするのは良くないか。ただ、『生きていられる』から、生きてる。本当にそれだけだよ」
「何処まで?」
「さぁ」
本当に果ての見えない。
「ふぅん、ま、俺もまだ死んでないから生きてるだけだし」
長を生きるとは明言していないが、何処か納得している風でピュン・フーはギシ、と椅子の背を軋ませて体重をかけた。
「で、あんた今幸せ?」
そして、曖昧に問う。
 と、頭上から「お待たせしました〜」の声と共に、先のウェイトレスが注文の品をそれぞれの前に並べた。
 紫暁にコーヒー、ピュン・フーに氷イチゴ、黒猫にバニラアイス。
「よし、狙いどおり!」
してやったり、と軽く拳を固めたピュン・フーの言動に紫暁が首を傾げると、彼はメニューを広げて差し出した…並ぶ表記は「流☆の宴」やら「ダイヤモンド・スター☆」やら…その名のみでは如何なる料理が出てくるのか全く予測がつかない。
「よくこれで……」
理解ったものだ、と感心する。
「だいたいメニューに書く場所なんざ決まってんじゃん。にゃんこもアタリだった?」
サリ、とアイスを舌で舐めていた黒猫が当たり前、とでも言うように一声鳴いた。
「そいやぁ、にゃんこなんて名前だ?」
「名は、ない。黒猫とだけ呼んでいる」
それにピュン・フーは呆れに肩を落とした。
「紫暁…手ぇ抜きすぎ、愛なさすぎ」
「そうは言うが、全部に名をつける方が大変だろう」
「どんだけ飼ってんだよ、猫……」
脱線したまま戻らない話題に、一つ、軽い咳をして紫暁は些か強引に話を戻した。
「先の話だが……幸せか、だったな?」
軽く眉を上げて会話の主導を紫暁に譲り、ピュン・フーは表情を引き締めて…ザクザクとスプーンで氷を突き崩す。
「分からん」
腕を組んできっぱりと、言い切った。
 ピュン・フーの言う幸せが、何処にかかるのか…今現在の状況を指してか、それとも人生を総合的に見てか、心の動かぬ平穏を由としてか…の、判断が付かなかった為だ。
 ガクリ、と擬音を声にしてテーブルに突っ伏したピュン・フーが上目遣いに見上げる。
「マジな顔してそりゃねーだろ紫暁〜」
「少なくとも不幸ではない、きっと。幸いの記憶は、確かに在る」
生を受けて既に4世紀が過ぎている。
 その記憶の中で確とするのは、出会い、別れた人々であるというのは幸いだと、そう思う。
 その見上げる赤を…同色の瞳で見下ろし、今度は自分から、問いを返す。
「ところで、そういうお前はどうなんだ?幸せ、か?」
周囲の視線などお構いなしに、ぺったりとテーブルにへばりついていたピュン・フーは見える片顔だけで少し笑った。
「……さあ?分かんねぇから、知りたいんだよ」
その真意を問う間を突くように、ふと彼は身を起こして左の胸を押さえた。
「残念、仕事だ」
電話に出る事なく三度だけ振動したのを確かめると、口をへの字に曲げた。
「最近、いいトコになると呼び出し食うんだよなー…」
言い、親の敵の如く氷を平らげるピュン・フーを紫暁が止めようとするが、時既に遅し。
「うおぉ、頭がガンガンする〜ッ」
当然の結果に頭を抱えるピュン・フーに同情の余地はない。
「当たり前だろう」
呆れを声に滲ませながらも、紫暁は自分のコーヒーをピュン・フーに差し出し、急激な温度低下を頭痛として認識する反応を温める事で和らげてやろうとする。
「人の情けが身に沁みる……」
遠慮なくコーヒーを飲みながら、一息を突くピュン・フーだが、急かすようにまた携帯が鳴るのに渋面になった。
「悪ィ、紫暁。マジで行かにゃなんねーわ……サンキュな」
「気にするな」
伝票を手に席を立ち、少し首を傾げて…ピュン・フーはひょいと身を折ると、見上げる紫暁の耳元に口を寄せた。
「幸いの記憶以上のヤな事見たくなきゃ、東京から逃げな」
笑いを含んだような瞳…その癖に、真剣な紅、声に籠もる真摯さ。
 それが楽しげな色にとって変わる。
「そんでももし死にたいようだったらも一回、俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
身を離したピュン・フーは、まるで不吉な予言のような約束を一方的に請け負った。
 テーブルに飛び乗った黒猫が、間を阻んで紫暁を守るように牙を剥くのに、ピュン・フーは「おや、嫌われちまった」と大して苦にも思ってない風に肩を竦めると、そのまま踵を返すと、会計を済ませてさっさと店外へ出て行ってしまう。
「なんとも……変わったモノだな、アレは」
呟いて、紫暁は見上げてくる黒猫の背を撫でる頭上から。
「追加のご注文でーす」
と、ウェイトレスがもう一杯、頼んだ覚えのないコーヒーを運んできた。