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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


うちのオシャいりませんか?
ヤクザ顔負けの派手なスーツ姿で草間の前に現れた男は、応接室に通されるなり草間に手を合わせた。
「頼む!こいつをとあるところまで送り届けて欲しいんだ」
「嫌だ」
草間は言下に却下する。向かい合って座った太巻(うずまき)とは長い付き合いだが、この男から頼まれた依頼が面倒じゃなかったためしがない。
「報酬いいぜ」
「良かったじゃないか」
「簡単な依頼だよ」
「じゃあ自分でやってくれ」
「そこを何とか!」
草間はため息をついた。太巻には毎回面倒を押し付けられている。次こそは断ろうといつも思うだが、一度として断り通せたことがない。
賄賂代わりに差し入れられたマルボロ一箱を引き寄せながら、今回も草間は折れた。
「で、一体なんなんだ?」
太巻はガムテープでぐるぐる巻きに密閉されたキャラクターロゴ入りのクーラーボックスをテーブルに載せた。
「これを、とある人形蒐集家の元に届けて欲しい」
「中身は…まさか、ただの人形か」
呆れた顔をした草間に、太巻は疲れた笑いを浮かべて見せる。
「タダモノじゃないぜ、この人形は……」
「高価なのか?」
言われて沈黙した太巻は、やがて低い声でボソリと答えた。
「……ある意味で貴重だ」
ゴトッ、ゴトゴトッと、さっきからクーラーボックスの中で何かが動いている……。

□―――草間興信所
扉を開けると、草間興信所は煙にまみれていた。
持ってきた情報はそのままに、きびすを返して帰ってやろうかと思うほどタバコ臭い。
それでも羽澄が引き返さなかったのは、部屋の奥で興味深い会話を聞いたからである。
「本当にこれがそんなに価値のあるものなのか?」
「そうらしい」
「下品だし……。おまえ、これはないだろう」
信じかねるといった調子の声は、草間のものだ。何か事件が持ち込まれているのかも知れないと、羽澄は立ち去りかけた足を止めた。もう一度、開けた扉をノックする。
「草間さん、零ちゃんこんにちは」
ああ、と低い草間の声が返るのを聞きながら、羽澄は事務所に踏み込んだ。
草間と向かい合って座るヤクザ風の男と、テーブルの上で微妙に揺れるクーラーボックスが見えた。
地震もないのに揺れている。風もないのに震えている。
「……コレ何?ゴトゴト言ってるわよ」
堂々とした様子で興信所に入り込んだ美少女をたっぷり一分間は観察し、ヤクザ顔の男は草間を振り返った。
「客?」
「……いや」
じゃあ丁度いいや、と眉を上げて男は笑う。
「お嬢ちゃん、ちょっと頼まれごとをされてみねェか?」

「ふーん、人形ね。ウチの店でも扱ってるやつかしら…」
何しろクーラーボックスに密閉されているので、実際のところはわからない。ガタガタ揺れる箱を眺めながら、羽澄は腰に手をあてた。
「店?」
「胡弓堂ってところよ」
「へえー?そりゃまた、肝の据わったお嬢ちゃんだ。あの店長に娘なんていたっけか」
太巻と名乗ったヤクザは指先で銜えた煙草を摘み、面白そうに羽澄を見る。どうやら、裏の世界では名の知れたその店の名前を知っていたらしい。
「バイトなんです。…で、送り届ける先はどこなの?かわりに行って来るよ」
いやァ悪いね、と太巻は人を食った笑みを浮かべた。
「すぐそこだ。これが地図、所要時間は徒歩で20分くらい。…迷子にならないようにな」
「はーい。あ、勿論、情報料とこれの報酬は別だからね♪」
太巻が差し出した地図を受け取って、羽澄はにっこりする。オコヅカイ程度は出してやるよ、と太巻が笑って請け合った。
大きな手でクーラーボックスを掴み、太巻がそれを羽澄に放る。
羽澄の胸にキャッチされて、クーラーボックスの中で何かがごろごろした。…思ったより重い。羽澄の腕にキャッチされたクーラーボックスは、しばらくごそごそしていたが突然くぐもった声を上げた。
『……気分は酔いどれジェットコースター』
……ワケがわからなかった。

クーラーボックスの蓋を開けて中から人形を救い出してやったのは、善意というよりもむしろ、おかしなしゃべりを続ける人形を見てみたくなったからだ。
果たしてその人形はファンシーな犬のぬいぐるみで、間抜け面としまりなく零れた舌が愛らしい。バランスの取れない頭をきょろきょろさせて、羽澄を見上げる。
「オレの名前は太巻オシャベリ。オシャって呼んでくれ!花の盛りのティーンエイジ!ちなみに愛の伝道師、世紀の美男子、スーパースターと呼んでくれてもかまわねェ!!!」
クーラーボックスの氷の上で、オシャが騒いだ。黒い鼻面にハナミズがついている。寒かったのかガタガタ震えているが、それもかまわずハイテンションである。
オシャとともに氷の上に乗った魚介類のせいで、魚臭い。当然オシャも生臭かった。
「……呼ばないわ、誰も」
魚の匂いと水の染み込んだオシャを持ち上げて、羽澄は興信所を後にするのだった。

□―――道中
ぷらぷらとオシャを腕の中にぶら下げて羽澄は歩く。オシャは草間興信所を後にしてからずっと、喋り続けている。始めは黙らせようとした羽澄も、通行人に「新種のCDプレイヤーかい?かわいいねぇ」と言われてからは、諦めてオシャの好きなようにさせていた。堂々としてさえいれば、案外気づかれないものらしい。
「へー。お嬢ちゃんは高校生かァ。勉強大変だな」
「そうでもないわよ」
「オレが勉強手伝ってやろうか?」
「そう?」
断るのも面倒だったので、羽澄はオシャの言葉に従うことにした。
「じゃ、頼むわね。聞いてるから」
あいよ!と威勢良く答えて、オシャは沈黙する。ぷらんと水に湿った体が垂れて、まるで魂が抜けてしまったようだった。怪訝に思って羽澄が覗き込んでも、オシャはしーんとしている。
「……ちょっと、大丈夫?」

「ハァイ☆アタシ、ジャンヌ・ダルク、羊飼い。ミカリンのお告げを受けて戦士に転職することにしたの♪」
「はぁ!?」
それは突然始まった。しかも中途半端なところから。
(ミカリンとか言ってる!大天使をミカリンとか呼んでる!!!)
信者がすることじゃない…ような気がする。
「アチシの名前は卑弥呼!現代風にHI☆MI☆KOと呼んでもよくってよ。得意なことは動物憑き。明日の天気もうらなっちゃいまーす☆ん〜〜ふ〜〜ふ〜〜〜、明日は晴れ!ところによりブタ!みなさまトンカツソースを買いにはしりましょ〜(はあと)」
「やめて!時代がまざる、国が混ざる!事実がわからなくなる…!!」
「男も女も大好きな私は天皇。孫の嫁に手を出して、生まれた子どもがひ孫か息子かわからなくなっちゃったんだよーん☆」
気分は受験直前、最後の追い込み歴史の授業ってなモンである。
そのとうとうとした話の流れを止められずに硬直している羽澄を残して会話は続く。
「ワシの名前は三島由紀夫。初恋の相手はセバスチャンin殉教図。詳しいことは『仮面の告白』を読んでネ☆写真集もはつばいちう♪」
「もういい!!オシャ!キミもういいから!!!」
よくもまあつらつらと言葉が出てくるものだ。
しかも受験勉強にはあまり関係のない豆知識ばっかり。
「ズィスッ・イズ・アッ・ペーン!!!」
「うわ突然英語だし」

……怒涛のようなオシャのトークが収まるのに、それからしばらくを要した。
「ったく…信じらんない。プログラムのシンタックス・エラーを見つけるより疲れたよ、私」
「お嬢ちゃん、プログラマーか。すごいねェ。タイプライター使えるんだね」
「そうそう。……ん?」
何か耳慣れない言葉を聞いた気がして、羽澄は立ち止まる。奇妙な沈黙が訪れた。
「……………」
「……………………………………」
「ちょ、ちょっと!キミ今なんて言った!?タイプライターって言わなかった!?」
「い、い、い、言ってない!!言ってないよ!!!!!」
古い。古すぎる。少なくとも羽澄の年代にとっては化石になって久しい単語である。
挙動不審にオシャはおろおろしている。黒目ばかりなので「目が泳ぐ」ことはないが、かわりに首がゆらゆら揺れる。
「……キミ、年いくつ?」
「…………じゅうはち…」
「……。最近流行のジャ○ーズ系芸能人あげてごらん?」
オシャは黙った。
その額に縦縞が入っている。
「ホラ、言ってごらんなさいよ。ジャ○ーズ!!」
「……ス」
SM○Pだろうか。まあ、許容範囲だ。
そのメンバーの一人が結婚したことも、子どもが生まれたことも、羽澄だって知っている。
やっぱり気のせいだったか…と羽澄が思ったとき。
「………………………………スパイダーズ(ぽつり)」
「うわぁ…」
何歳サバ読んでるんだよ。
スパイダーズの一員、今チューボーですよで娘みたいな年頃のアナウンサーと料理してるよ。巨匠だよ、とか思ったが。

もう、何も言う気が起きなかった。


□―――再び草間興信所
あまりにも個性が強すぎる人形を、届け先の人形蒐集家はちゃんと受け取ってくれた。
心が広い。広すぎて多分利用されるタイプだ、と思いながら羽澄は草間興信所に戻ってきた。出かける前にしっかり煙草の煙を逃したはずが、戻ってきてみれば室内はまたもうもうと煙が立ち込めている。
「……火災報知器、誤作動しないかしら」
嘆きながら、羽澄は扉を開け放つ。煙草の煙は、逃げ場を見つけてゆっくりと外へと移動していく。
「おー、ご苦労さん。道に迷わなかったか?」
羽澄に気づいた太巻が、銜え煙草で手を挙げた。
(どう見ても三十台にしか見えないけど)
羽澄は、オシャの正体を知っている。喋る人形、たしかにその通りだが。
人形の性格は、名付け親の性格を受け継ぐのである。太巻オシャは、つまり太巻大介に似ているということになる。
草間とどっこいどっこいの年に見えるが、太巻はスパイダーズ時代の人なのだ。
羽澄が知らない堺正章を知っている人。
多分いかりや長介の髪が黒かった時代も知っているに違いない。
「太巻さん」
「ン?」
「……年、いくつ?」
「じゅうはち」
「…ありえないわ」
半ば予想していた答えが帰ってきたので、羽澄は諦めて首を振った。
30とか言われたら信じられたのに。25とかでも、千歩譲って信じても良かった。
しかし、よりにもよって18。
ウソというのは、平然とついたところでバレることもあるらしい。
そのことを、はじめて羽澄は悟ったのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・1282 / 光月・羽澄 / 女 / 18 / 高校生

NPC
・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋。外見年齢30前後、実年齢不詳&自称18歳。めちゃくちゃウソくさい。
・太巻オシャ/ 犬のぬいぐるみ。しゃべる。本名太巻オシャベリ。太巻大介の性格を受け継ぐ。常にハイテンション。
・草間武彦/怪奇探偵。たまに太巻から面倒・迷惑な仕事を持ち込まれる。
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■         ライター通信          ■
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こんにちは!依頼受理ありがとうございます。
書いているうちに高校時代にバッドトリップしてきました☆(うわぁ)
と、冗談はさておき、プレイングがやりにくい依頼で申し訳ありません!
逆に頂いたプレイングは大変参考になりました(……)。
よりプレイングのしやすいシナリオをかけるように、部屋に篭って修行して参ります(引きこもりですか)。
そ、そ、そ、そして…、スパイダーズ……。スパイダーマンと間違えちゃダメです。ていうか知らなかったらすいません(殴)。海援隊と迷ったんですが(どっちが良かったんでしょう)
syntax error、そんな大変じゃないよ!とかいうツッコミは…ナシの方向で……。
光月さんとの会話、考えるの楽しかったです。ちなみに名前が出てこなかった天皇は白河天皇でした(受験勉強の足しにもならない知識)。
著者のアホさ加減を嘆きつつ、バカだなあと笑って頂けたら幸いです。
では、またどこかでご一緒できることを楽しみにしております。

在原飛鳥