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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん

 明確な意思は、脳裏に響く言葉の形で湖影梦月に警戒を促した。
「梦月」
名を呼ぶ、それだけだが緊張を孕んだ声に、梦月は長い黒髪を揺らして足を止めると首を逸らせて空を見上げた。
「どうしたんですの、蘇芳〜?」
否、正確には頭上に見える顎、をである。
 梦月の両肩に手を置き、歩みを妨げた蘇芳、と呼び掛けられた青年は、答えずにただ正面に視線を向けるのみだ。
「蘇芳?」
上向いたままもう一度、名を呼ぶ梦月につられるかのように周囲を行き交う通行人の幾人かが、空に何かがあるのかと空を見上げる…が、街路樹のプラタナスの葉が青空を背景に緑にざわめくばかりである。
 傍目、ポカンと空を見上げているようにしか見えない…それもその筈、蘇芳が彼女の守護を担う鬼であり、余人に常には姿を現さぬ存在である為だ。
 が。
「よぉ、其処のお二人さん♪」
行き交う人に遮られる視界の向こう、彼等に向かって振られた手があった。
「梦月、行くぞ」
「でも蘇芳、あの方は私達の御用があるのではないでしょうか……?」
梦月が逡巡している間に、人波を縫って上げられたままの手、近付くにつれて徐々に高さを下げて、肩口で掌を見せて一人の青年が、梦月の前に立った。
「あんた今幸せ?」
黒々しい黒尽くめのスタイル、特に黒革のロングコートが輪郭を強調して、あまり陽に当たってない風な肌から覗く鈍い銀のアクセサリーにも、彩りの乏しさが目立つ。
 梦月は見知らぬ青年と、それを睨みつける蘇芳とを交互にきょとんと見上げ、まず正面に向かって声をかける事にした。
「どちら様でしたでしょうか…?」
「あ、悪ィ悪ィ。あんたがあんまり目ェ引くもんだからつい声かけちまって。」
アヤシイ風体の彼は、目元を覆った円いサングラスに指をかけて微笑った。
 そのまま引き抜くと、まるで不吉に赤く染まった月のような、けれど人好きのする笑みに和らぐ瞳の色が現れる。
「奢るからさ、時間あんならちょっと茶でもしばかねぇ?俺、今暇なんだよ」
「しばく……?お茶を叩くんですの?」
お行儀良く、人と話す時はその人の目を見て話す梦月が、高い位置にある顔を見上げたままになっているのに、青年はコートが地面を擦るのに気を払う事なく、ひょいと気軽にその場にしゃがみ込んだ。
「おにーさんとお茶飲まない?」
言葉を変えてそう笑う青年に、梦月はわてわてと動揺を動きで示した。
「梦月、相手にするな」
守護鬼が振らせる声に梦月が答えるより先、青年が笑って見下ろす蘇芳と視線を合わせる。
 しかし梦月は、そのまま辞するも無礼と、ぴょこんと勢いよく頭を下げた。
「えっとえっと……『知らない人について行っちゃいけない』と兄様達に言われてますので……」
正直に断りを入れる梦月に、ピュン・フーはにこにこと笑ったまま言う。
「ふぅん……通り名だけど、俺、ピュン・フーっての。お嬢ちゃんは?」
「湖影梦月と申します。こちらは蘇芳」
お嬢ちゃん、の呼び方にちょっぴりムッとしつつも、あちらに名乗られればこちらからも名乗る…本当に梦月は良い子である。
「梦月か。じゃ、俺の名前も呼んでみて?」
邪気のない笑みでねだられて、梦月は首を傾げつつ、交わしたばかりの名を口に上らせてみる。
「えと、ピュン・フーさん……?」
「さんは要らねぇよ。ピュン君やフーちゃんは不可。あだ名みたいなモンだから敬称も要んねーからな。納まりも悪ィし…ただピュン・フーとだけ呼ぶよーにOK?」
くどくどとした要求に、青年…ピュン・フーはまた笑って続けた。
「で、俺達もう知り合ったよな?」
「そうですわね〜、もう知り合いですわね〜」
胸の前で両手を打つように合わせ、梦月は提示された事実に気付いて、ほのぼのと納得している。
「んじゃ、お茶しよ♪あんた、かなり普通じゃねぇよな?」
深まる笑みに、目が細められる。
「興味あンだよ。そういう人の、」
ひとつ息を吐くに途切れた言葉に、赤い瞳が子供めいて楽しげな感情を宿す。
「生きてる理由みたいなのがさ」
そう手首を見せるようにして人差し指を伸ばし、其処に何かがあるかのように梦月の胸を示して見せた。


 手近な喫茶店に拐かされ…もとい、連れ込まれた梦月、及び蘇芳は通された窓際の席に着いた。
 黒衣の男二人に制服姿の梦月、では些かアヤシサが際立つ、内装に星をテーマにして妙にファンシーな店だ。
「よーし、なんでも好きなのを、お兄さんにゆって御覧♪」
 各人の前に水とおしぼりが添えられるのに、ピュン・フーが軽く眉を上げる。
「あ、何、蘇芳。他のヤツにも見えるよーになれるワケ?」
「……一応な」
「蘇芳、そんな睨んだらピュン・フーさんに失礼ですわ〜」
梦月が誘いを受諾した時点で、腹を括った蘇芳は相手がどんな行動に出るか分からない…そして、常に見えない筈の自分の姿を見た、紅の瞳に警戒を怠りはしない。
「梦月、さんは不要」
「でも、呼び捨てには出来ませんわ〜」
「梦月に貴様の都合を押しつけるな」
眉をハの字にした梦月と逆に、眉尻を上げた蘇芳とを面白そうに見比べ、うんうんと一人納得して頷く。
「ま、取り敢えずは頼もーぜ。何がいい?」
見易いよう、向きを変えて広げられたメニューをのぞき込み…並ぶ表記は「流☆の宴」やら「ダイヤモンド・スター☆」やら…その名のみでは如何なる料理が出てくるのか全く予測がつかない。
 どれを頼めばいいのやら、全く見当がつかず梦月は救いを求める瞳で守護鬼を見た。
「蘇芳〜」
「どうした?」
「どした?」
息を合わせたかのように、同時にメニューを覗き込む二人、互いの行動に頭を打ち合う寸前に気付いて片や渋面にそっぽを向き、片や笑顔で手を振って。
「なんだか、二人、仲良しさんみたいですわね〜♪」
梦月がそう評するのに、
「違うッ!」
「そう♪」
と、相反した答えが同時に返る。
 ピュン・フーほどではないが、蘇芳も黒を基調にした装いで…確かに、仲良く見えなくもない。
 何度か口を開閉させた後、憮然と腕を組んで黙ってしまった蘇芳に、何が拙かったかと梦月が焦る様を見てピュン・フーは楽しげだ。
「やっぱあんた等普通じゃねぇなぁ。面白ェわ」
くつくつ笑うピュン・フーに、梦月はきょとんと赤い瞳を見た。
「私はいたって普通だと思いますけど〜?」
蘇芳も、とつけ加えるのに、ピュン・フーはがくりとテーブルに突っ伏した。
「え……あの……ピュン・フー、さん?お腹が痛いんですの〜?」
小刻みに震える肩に、梦月が戸惑いながらも案じる声をかける…腹部を腕で押さえるピュン・フーに最早声はない。
「放っておけ、梦月」
 蘇芳は冷静に、冷淡に、爆笑を必死で堪えるピュン・フーが頬の下に敷くメニューを引き出す。
「さ、梦月。何にする?」
「え……、でも蘇芳……」
酸欠に陥ってひくひくしているピュン・フーを案じる梦月に、蘇芳は請け負った。
「俺がコイツの分も注文してやるから、大丈夫だ」
何が。
 大丈夫なのかは全く分からないが、それでも守護鬼の言に意味なく安心して、「よかったですわ〜」と、梦月はふんわりと笑って見せた。


「だからってコレはねーだろ」
そう、肩を落としたピュン・フーの前にはずらりと料理が並んでいた。
 きのこのパスタ、グレープフルーツジュース、白玉あんみつ、etc…。
 因みに梦月はイチゴパフェ、蘇芳はカプチーノ、とそれぞれに自分の分は確保している…目に付く品を手当たり次第に注文し、その中から梦月に好みをチョイスさせ、自分もちゃっかり選んだ蘇芳の仕業である。
「食うけどよ……」
ほかほかと湯気を上げる品を指でさり気に遠ざけて、まずシャーベットに手をつけるピュン・フーに倣って、梦月も柄の長いスプーンを取り上げて、パフェを構成するバニラアイスを一匙掬うと口に入れた。
「……美味しいですぅ♪」
まさしくとろけるような、笑みを浮かべた梦月に、あっという間に一品目を平らげたピュン・フーは次にアイスティーに手を伸ばしながら、問うた。
「梦月、今幸せ?」
梦月はこくこくと頷き、口の中のアイスを呑み込んでしまってから答える。
「とても美味しいですわ、幸せですわ〜♪」
見ているこちらが幸せになりそうな笑顔である。
「今だけ?」
微笑ましくそれを見ながら、多少、意地悪そうにピュン・フーが重ねて問うのに、梦月はスプーンの先を唇にあてて、んー、と考え込んだ。
「お父様もお母様も姉様も兄様達も蘇芳もお友達の皆様もみんな……」
「梦月、息継ぎを忘れるな」
指折り数えるそちらに気を取られて、忘れちゃいけない事を忘れそうになった梦月に蘇芳が注意する。
「……みんな優しくして下さいますわ〜。毎日とても楽しいですぅ♪」
大きく深呼吸してからにっこりと、笑んだその表情が嘘偽りでないのを示している。
「そりゃぁ良いな。何よりもはっきりしてる」
眩しげに目元を細めたピュン・フーに、梦月は首を傾げた。
「……あなたは今幸せじゃないんですの?」
問い返されたのが不意だったか、アイスティーを口に含んだピュン・フーがぐっと詰まる…が、幸いにして逆流は避けられたようだ。
 ごくり、と喉を動かすとのストローを銜えたままでピュン・フーは腕を組んで椅子に背を預けた。
「ん、どーだろーな。取り敢えず新鮮な出会いを楽しんではいるな」
うん、と頷く。
「ちょっぴりいけないおにーさんな気分も味わえて」
「貴様……」
ゆらり、と蘇芳が立ち上がるのに手で制して、ピュン・フーは懐に片手を入れた。
「それ以上動くなよ、蘇芳……もし動けば」
緊張に張った声に何をしでかすつもりかと警戒すれば…。
「電話に出ちまう」
ひょいと突き出された手の中には、着信に振動する携帯電話が。
 だが、それに出る事はなく、それに電話に出る事なく三度だけ振動したのを確かめると、ピュン・フーは肩を落とした。
「残念、仕事だ」
ウィンドウに表示された名を確かめて、まだ大量に残っている品々から蘇芳へ、視線を移すと、ピュン・フーは親しげにその肩に手を置いて、爽やかに笑った。
「俺、もう行くから後は頼んだ♪」
親指を立てて、幸運を祈られても。
 そしてそのままぐいと肩を引かれて、テーブルに手をついて前傾になる蘇芳の耳元にピュン・フーが囁いた。
「梦月連れて東京から逃げな」
笑いを含んだような瞳…その癖に、真剣な紅、声に籠もる真摯さ。
「何を……」
「言葉の意味、そのまんまだけど?護り、きれるかわかんねーぜ?」
 そして楽しげな色にとって変わる。
「それに叶わずに死にたいようだったらも一回、俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
身を離したピュン・フーの、まるで不吉な予言のような約束。
「蘇芳?ピュン・フーさん?私を仲間はずれにして、二人だけで内緒話ですの〜?」
ぷくん、と頬を膨らませた梦月の頭を軽く撫で、ピュン・フーは立ち上がった。
「つーこった、梦月もちゃんと食ってでっかくなれよー」
「ハイ♪」
かけられた言葉に大きく頷き、梦月は勇ましく…けれど可愛く、胸の前で両拳を握った。
「目指すは、華那姉様のような『ないすばでぃ』ですわ〜」
志と意気は高く。
 少女の決意に華那って誰よ、とか思いつつも、ピュン・フーは激励がわりにもう一度、黒絹の髪をぽんぽんと叩いてやった。