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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ある日、よき場に誘われて
●いい所へ
 夕方少し前になるだろうか。ある商店街、訪れる買い物客の数がしばらくすればピークに達するだろうと思われる時間帯だ。
 学校帰り、制服姿の生徒たちの姿や買い物客たちの姿に混じって、ある2人の少女の姿があった。
 1人は制服姿の青き髪の少女――海原みなもである。その格好からして、恐らく学校帰りなのだろうと思われる。
 で、もう1人の少女だ。みなもが細身であるのに対し、大人びた表情であるこちらの少女は豊満。年齢を考えれば、明らかに大人なスタイルをしていた。
 みなもは商店街を歩きながら、何度かその少女の衣服に目をやっていた。その際の表情はどこか珍しい格好でも見るような、やや不思議そうな表情であった。
 まあでも、パンクファッションだとか、そういう系統の奇抜な格好ではない。みなもの隣を歩く少女――海原みそのも、一応は制服姿であるのだから。
 ただ、制服姿は制服姿でもいわゆるセーラー服やブレザーといった類ではなく、ナース服姿なのだが。そう、みそのはナース服に身を包んでいたのである。
 しかし、今のナース服ではない。みそのが身を包んでいたのはエプロンドレス風のナース服、いわゆる昔のタイプのナース服だ。ナースキャップも髪の上に載せる感じのタイプではなく、すぽっと被るタイプである。
 ナース服の色は黒く、みそのの長く艶やかでボリュームのある黒い髪と相まって、いい雰囲気を醸し出していた。もし白だったらあれだが、黒ゆえに上手くオシャレな感じが出ているように見える。その証拠に、擦れ違う同年代の少女たちの何割かが、振り返って『いいなあ』という視線をみそのに送っていたのだから。
「みそのお姉様」
 みなもが姉であるみそのに話しかけてきた。
「何かしら、みなも?」
 みなもの方に顔を向け、微笑みを浮かべたままみそのが言った。
「普段の装いと違うのですね」
 みそのの黒いナース服に目をやって言うみなも。先程からの視線の理由はこれであった。普段のみそのの格好を知っているから、今日の格好を見て珍しいと思うとともに不思議に感じていたのである。
「みなもがいい所に連れて行ってくれると言ってくれましたから、オシャレをしてきましたけれど……似合っていませんか?」
 みそのがそう尋ねると、みなもは間髪入れずに首を横に振った。
「いえっ、似合っています!」
 にこっと笑みを浮かべるみなも。それを聞いたみそのは何も言わず小さく頷くと、前に向き直った。
「ところでその……『きっさてん夢待』でしたか、そこはまだ遠いんですか?」
「『夢待』という喫茶店ですけど……確かもう、すぐそこのはずです」
 まっすぐ前を向いたままのみそのに対し、きょろきょろと辺りを見回すみなも。ある意味見付けにくい喫茶店だから、注意を払っておかなければいけなかった。
「あ、ありました」
 だが探す喫茶店が見付けられないということはなく、みなもはパン屋と八百屋に挟まれていた目的の喫茶店――和洋折衷な雰囲気もあるクラシカルな外観だ――を無事に発見したのだった。

●いざ店内へ
 みなもが扉を開くと、扉の上につけてあった鐘がカランコロンと店内に音を鳴り響かせた。
「お姉様、どうぞお先に」
「ありがとう」
 礼を言い、先に店内に足を踏み入れるみその。店内には外国人の男性客が1人、カウンターの中には腰まである黒髪ストレートの女性が居るようだった。
「いらっしゃいませ。……あら?」
 黒のワンピースの上にシンプルな白のエプロンをつけた女性は、挨拶をしてからひょいと首を伸ばし、みそのの後に続いたみなもの姿に目をやった。
「この間も来ていただけましたよね?」
 笑顔でみなもに問いかける女性。するとみなもは会釈して答えた。
「はい。今日はお姉さ……姉を連れてきました」
 手でみなもが指し示すと、みそのも女性にぺこりと会釈をした。
「何でも、こーひーがおいしくて雰囲気がいいと、みなもから聞いております」
 みそのが手でみなもを指し示し返した。
「あらあら、まあ。そう言っていただけると嬉しいですね。どうぞ、お座りになってください」
 女性はちょっと驚いた様子だったが、笑顔を浮かべたままみそのとみなもに席を勧めた。
 2人が言われるままにカウンター席に腰を降ろすと、すぐにメニューが差し出された。
「何になさいますか?」
「そうですね……」
 メニューに手を置いたまま、一瞬思案するみその。
「では、こーひーと店長様のお薦めの食べ物を」
「どれもお薦めですよ」
 にっこり笑顔で女性はさらりと言い放った。
「あの、ピザトーストを。あたしもお姉様と同じでお願いします」
 みなもが慌てて口を挟んだ。ここは無難に、この間も注文した品にすることにした。
「はい、かしこまりました」
 女性はにこっと笑顔を向けると、そのまま店の奥に引っ込んでいった。厨房がそちらにあるからだ。
「みなもの言う通り、いい雰囲気のお店ですね」
 きょろきょろと店内を見回すこともなく、静かにつぶやくみその。店内の落ち着いた雰囲気を、全身で感じ取っていた。
「ええ。ですから、みそのお姉様をお連れしたんです」
 嬉しそうに言うみなも。連れて来た甲斐があった、そんな表情だ。
 と――みそのは不意に視線を感じた。みなものそれとは別物の視線だ。女性は奥に引っ込んでいるのだから、視線の主は自動的に1人に絞られる。先にここに居た、外国人の男性客である。
 みそのが男性客の方にすっと顔を向けると、男性客は2人の方を向いていた。しかし、視線がみそのへ向いているのがよく分かる。
 にこっと笑いかけてくる男性客に対し、みそのはとりあえず会釈を返しておいた。会釈を返されて怒る人間はまず居ないからだ。相手が笑顔ならなおさらである。

●反応が心配
 しばらくして、再び女性が店の奥から姿を現した。手には2人分の珈琲とピザトーストを載せた銀盆トレイを持っている。
「お待たせしました、珈琲とピザトーストです」
 と言い、2人の前にそれらを並べる女性。分厚いトーストの上に、熱々たっぷりの具とチーズが載っている。
(あれ?)
 ピザトーストに違いを感じたみなもは、意外そうな表情を浮かべて女性を見た。
「あの……」
「サービスです」
 みなもが皆まで言う前に、女性がにこっと笑って言った。実は以前みなもが食べた物より、具とチーズが約2割増になっていたのである。もちろん、どちらともだ。
「冷めないうちにいただきましょう。いただきます」
 手を合わせるみその。みなももそれに続いた。みそのはピザトーストに、みなもは珈琲に手を伸ばした。
 熱々のピザトーストを1口かじるみその。とろりととろけているチーズと具が、ややあって口の中から喉の奥へと通り過ぎていった。
「……美味しいです」
 ふうっと空気を吐き出すように、みそのは感想を口にした。変な匂いや味がすることもなく、ピザトーストはすんなりとみそのの体内に入っていた。
「みそのお姉様、珈琲はいかがですか?」
「少し待ってくださいね」
 みなもにそう言って、今度は珈琲に口をつけるみその。珈琲もピザトースト同様、変な匂いや味はなく――まあ苦味があるのは当然として――豆自体の自然な味と香りが出ていた。
「美味しいこーひーです……本当に。ありがとう、みなも」
「よかったぁ……」
 みそのの言葉に、みなもがほっと胸を撫で下ろした。みそのが喜んでくれなかったらどうしようという一抹の不安があったのだが、それも今の一言で吹き飛んでしまった。
「ピザトーストですか、こんなに美味しいともっと食べたくなりますね」
 ピザトーストを口に運びながら言うみその。
「どうぞいくらでも追加してください。材料はまだまだたくさんありますから」
 それに対し、女性は笑顔でこう答えた。

●満足でした
 それからしばらく、みそのとみなもは時折女性を交えて会話と食事を楽しんだ。その間に男性客は帰ってしまい、店内には2人と女性の3人の姿しかなかった。
 もっとも男性客は素直に帰った訳ではない。いきなりみそのに対して『絵のモデルになってほしい!』などと言い出したのである。この間のみなもと同じように。
 男性客曰く、『貝から女性が生まれ出る瞬間を描きたい』ということだったが、女性に諭され渋々ながら諦めたのである。
「うふふ……いいお土産話になりましたね。『貝から生まれ出る雰囲気にぴったりだ』なんて」
 くすっと笑うみその。もちろん件の男性客のことである。
 そのみそのの前には、たくさんの皿が積まれていた。女性の言葉に甘え、ピザトーストを追加していった結果がこれだった。
「材料、だいぶ減りましたよ」
 最後のピザトーストを持ってきた時、女性が苦笑しながら言ったのだから、どのくらい食べたかは推して知るべし。
「そろそろお会計をお願いします」
 頃合と見たか、みなもがそう言って財布を取り出そうとした。が、みそのがそれを制した。
「みなも、わたくしに出させてください。せっかくいい所に連れてきてもらったんですから」
 と言ったかと思うと、みそのはポケットから硬貨を取り出して、じゃらじゃらとカウンターの上に置いた。
 出てきたのは金貨、それも現在ではどこの国でも使われてはいない物――すなわち年代はよく分からないが、古くに使用されていた金貨であった。
 普通の人間ならどこで手に入れてきたのかと訝しがる物だが、女性は平然としたものだった。
 金貨を1枚手に取ると、こう言ったのである。
「この金貨なら1枚で十分です。お釣をお出ししますけれど」
「いえ、結構です」
 間髪入れずに答えるみその。それを聞いた女性は、にっこりと微笑んで深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

【了】