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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


納涼? 女装コンテスト

●オープング
 ある日の午後のことだった。
 買い物に出かけていた零が帰って来て見せたのは、一枚のチラシだった。
『納涼! 女装コンテスト!
 某月某日。午前11時より、あやかし町商店街・買い物広場にて、女装コンテストを行います。優勝者にはなんと、家族でハワイ旅行が当たる! 年齢不問。ただし、出場者は男性に限ります。
 出場者は当日午前9時までにあやかし町商店街振興組合会館に集合のこと。当日受付いたします。なお、衣装などはご自分でご用意下さい。ただし、メイクについては、必要な方は申し出て下さい。こちらでスタッフを用意させていただきます』
チラシには、そう書かれている。主催は、あやかし町商店街振興組合となっていた。更に下の方に小さく、女性のメイクスタッフ募集の項目もあった。こちらは事前に申し込み、前日にミーティングを行うとある。
「零、なんだこりゃ? まさか、俺にこれに出ろって言うんじゃないだろうな?」
嫌な予感に襲われて、草間はチラシから顔を上げ、零に問うた。
「私、一度ハワイに行ってみたいです」
こっくりとうなずいて、零は無邪気に答える。それは、俺だって行きたいが……と小さく呟き、草間は眉間にしわを寄せた。いくらハワイ旅行をゲットするためとはいえ、好んで女装など、したいわけもない。
 だが、顔を上げると期待に満ちてこちらを見詰める零の目にぶつかった。彼は、小さく溜息をついた。
「わかったよ。出場して、優勝してくりゃいいんだろ……」
ぼやくように呟きながら、胸の中ではもう一つの決心を固めていた。
(俺1人だけで、こんな恥ずかしいことができるか。他の奴らも巻き込んでやる……!)
そして彼は、心当たりの男たちに、かたっぱしから電話をかけ始めた。

●商店街振興組合会館前
 女装コンテスト当日の朝だった。
 護堂霜月は、女装道具一式を入れたカバンと、錦の袋に収めた琵琶を手に、あやかし町商店街振興組合会館前へとやって来た。まだ指定された9時には15分ほどある。そのせいか、草間に誘われて参加することになった者たちは誰も来ていないようだ。
 今日の彼は、TシャツとGパンというラフなかっこうで、そり上げた頭にはベースボールキャップをかぶっていた。普段の袈裟姿の彼しか知らない者は、驚くかもしれない。
 彼は、真言宗の僧侶である。もっとも、はるか昔は暗殺者だった。それが、人魚の肉を食べて不老不死の身となり、ある僧侶に諭されて、己もまた仏門に帰依したのだ。とはいえ、たとえ袈裟姿であっても、何も知らない者の目からは、20代前半の小柄な僧としか見えないだろう。ましてや、今の彼は生まれ持った整った顔立ちのせいで、見ようによってはボーイッシュな女性とも見える。受付に並び始めた今日の参加希望者たちが、彼の方を不審げな目で時々ふり返って行くのも、そのせいだろう。
 彼がこのコンテストに出場する気になったのは、純粋に草間の女装を面白く思ったためと、それが零のためと聞いてのことだ。もしも自分が優勝したとしても、ハワイ旅行は草間――というよりも零にプレゼントしようと思っている。ちなみに、今日の出場に際しては、自分が僧侶だということは秘密だ。
 受付に並ぶ列から少し離れて、草間たちが来るのを待っていると、神薙春日と宮小路皇騎、それに海原みそのの3人が連れ立ってやって来た。
「おはようございます」
真っ先に彼を見つけて駆け寄って来たのは、みそのだった。彼女は、長く伸ばした黒髪を三つ編にして頭に巻きつけ、涼しげな黒いレースのワンピースに厚底サンダルというかっこうで、腕には黒い小さなトランクをさげていた。
「よう、ずいぶん、早いじゃないか」
春日と皇騎もこちらへ歩み寄って来る。
 春日は、現役の高校生だ。今日は休日とあって、霜月と似たようなかっこうだった。一方、皇騎は大学生だ。2人とも、霜月に負けず劣らず整った顔立ちで、皇騎などは髪を長く伸ばしているせいもあり、このままでも充分女性に見える。
 彼ら2人は霜月や草間ともども、今日のコンテストに出場することになっている。みそのは、一応コンテストのメイクスタッフとして申し込んでいるらしいが、その前に草間の女装をシュライン・エマともども手伝うことになっていた。
「草間さんたちは?」
皇騎が、霜月に問う。
「まだです。おそらく車でしょうから、道が混んでいるのかもしれませんな」
「ああ……」
うなずいて、皇騎は小さく吐息をつく。
「まったく、なんだって私がこんなことに……。草間さんたちが来ないなら、こっそり逃げてしまおうかな……」
ぼやき半分に彼は呟いた。実は、草間に強制的に今日の参加を決められたのだとは、霜月も漏れ聞いていた。
 慰めてやった方がいいだろうかと霜月が口を開きかけた時、みそのが、はっしと皇騎の腕を捕えた。
「いけませんわ、そんなのは。約束はきちんと守らないと。それに、わたくしも皇騎様の女装、とても楽しみにしていますのに」
「みそのさん……」
その手をふり払うこともできず、彼は途方にくれたように溜息をつく。
 霜月は苦笑した。
「みその殿の言われるとおりですな。それに、貴殿はずいぶんと嫌がっておいでのようだが、男女どちらにも通じる外見は、けして恥じるものではないと私は思いますよ」
「そ、そうでしょうか……」
「俺もそう思うぜ」
引きつった笑いを浮かべる皇騎に、春日も言って笑う。
「あんただったら、女装も充分似合いそうだしさ、そう嫌がることないって。――それより、俺たちも並ぼうぜ」
「そうですな」
言われて、霜月もうなずく。2人は、みそのを連れて、列の最後尾に並んだ。しぶしぶ皇騎もその後に続く。
 彼らがそうやって並んでいるところへ、やっと草間と零が姿を現した。シュラインも一緒だ。
 彼女は、この集団の中では草間を除けば、外見上は一番年上だろうか。今日はスタッフとして加わるということでか、デニムパンツと半袖の衿なしブラウスというラフなかっこうだ。本業は翻訳家だが、時々、草間の事務所でアルバイトをしている。
「草間様、零様、シュライン様、こちらです」
今度もやはりみそのが最初に気づいて声をかける。
「ごめんなさい。途中の道路が混んでて……」
シュラインが言いながら、こちらへ駆け寄って来た。その後に零と草間も続く。やはり霜月が思ったとおりだったらしい。
 受付の列はけっこう人数がいたが、草間たちの到着後、比較的早く動いて行き、やがて彼らの順番が来た。
 用意された名簿に名前を書き入れ、デジカメで素顔の写真を撮られた後、更衣室の番号札と出場の際に胸につける番号札の二つをもらい、彼らは中に入った。
 更衣室は、大きな部屋を更に中で区切っているのか、もらった札には、「A−15」とか「D−23」などと書かれている。ここの建物は、元はフィットネスクラブだったものを、移転の際に振興組合に寄付されたものだとかで、5階建てで中はかなり広いのだ。
 建物の壁に、紙にマジックで書いた更衣室の案内表示が出ている。それによれば、霜月が割り当てられたD更衣室は2階にあるらしい。春日と皇騎が割り当てられたのも、同じ2階のようだった。一方、草間は1階らしい。霜月は、他の2人と共に草間たちと別れて、階段を昇り始めた。

●更衣室にて
 広い更衣室の中は、思ったとおり、薄いベニヤ板とカーテンでいくつかのブースに区切られていた。その一つ一つに番号がふられている。霜月と春日は同じ更衣室内の隣り合ったブースだった。
 ブースの中は等身大の鏡が壁際にセットされ、壁にはハンガーがいくつか掛けられていた。部屋の中央にはスツールと、小さな丸テーブルが置かれている。
 霜月が、テーブルの上にカバンの中身を広げているところへ、春日が首を覗かせた。
「なあ、そっちで一緒に着替えてもいいかな?」
「かまいませんが?」
うなずきつつも、霜月は小さく首をかしげた。1人では何か問題でもあるのだろうか。
 バッグを手に入って来た春日は、小さく顔をしかめて小声で囁いた。
「反対隣の奴がさ、なんか、こっち覗きに来るんだよ。……俺のこと、本物の女じゃないかって思ってるみたいでさ」
霜月も、それで納得してうなずく。彼自身、そうしたことははるか昔から何度も経験している。
 一方、春日はバッグを床に置くと、中から女装用の衣類を取り出し、自分のブースから持って来たハンガーに掛けて壁に吊るして行く。彼の衣装は白いノースリーブのワンピースと、揃いの長袖の上着だった。他にも刺繍入りのパンストやら、ふわふわしたスポンジの塊のようなものやらを取り出す。
「なかなか、涼しげな衣装ですな」
霜月は、自分もカバンの中身をハンガーに掛けて行きながら春日に声をかけた。彼の方は和服だ。カバンの中から出て来たのは、紺地の絽の着物と、水浅葱に露草を描いた帯、更に着物用の下着やら紐やら足袋やら一式である。
「そっちは、和服かあ」
「しとやかな大和撫子に化けてみようと思いましてな。何しろいまや、『大和撫子』はわしんとん条約とやらで保護せねばならないほど、絶滅が危惧されておると聞きますからな」
笑ってうなずき、いたって真面目な口調で告げる彼に、春日は吹き出した。派手に身を折って笑いながら言う。
「おまえ、真面目な顔しておもしれぇこと言うじゃん。ま、一部じゃほんとにそうかもな」
春日は、まだ笑いの余韻に肩を震わせながら、それでも、目の端の涙を拭い、着替えを始めた。
 霜月も、意外なほどに自分の言葉がウケたことに苦笑しながら、着替えを始める。暗殺者だったころ、その容姿を生かして女装し、標的に近づいたことは何度もあった。標的が男の場合、たいてい相手はほとんどこちらに警戒心を持たない。同じ男である身としては、いささか複雑でもあった。が、そうした過去を持つがゆえにこそ、男たちが、女のどういう部分に骨抜きになり、どういう部分にくすぐられるのかは、充分すぎるほどに熟知していた。今日の扮装も、そうした経験から選び出したものだ。
 むろん彼は着物の着付けもメイクも、全て他人の手をわずらわすことなく、自分でできる。
 ほどなくそこには、長い直ぐな黒髪を揺らす、しとやかな和服の美女が立っていた。
 同じように自分で着替えとメイクを済ませた春日が、その彼を見やり、目を見張る。
「すげぇな。マジで男に見えないぜ」
「その言葉、そっくり貴殿にお返ししましょう」
苦笑して、霜月は言った。春日の方はまた、清楚なお嬢様風の美少女に化けおおせている。
「まあな」
春日も、自分が美少女と化している自覚はあるのだろう。笑い返してうなずいた。そして、ふとテーブルの上の錦の袋を見やる。
「なあ、会った時から気になってたんだけど、それ、なんだ?」
「ああ、琵琶です」
言って、霜月は歩み寄ると袋を手に取り、口を開けて中身を取り出した。
「草間殿からコンテストの話を聞いた後、問い合わせたら、歌や踊りを披露してもいいということだったので、これを持って来たのですよ。三味線というのも考えたのですが……奏する者の少ない、珍しい楽器の方が、いんぱくとがあるやもしれんと思いましてな」
「ふうん」
「ついでと言ってはなんですが、琵琶だけではちと寂しかろうと、歌も披露しようかと思うております」
「歌?」
春日は、軽く目を見張って問い返す。琵琶に歌という組合せが意外だったのだろう。
「ええ、催馬楽(さいばら)を。……本来は伴奏なしのものなのですが、まあ、余興ですからな」
言って、霜月は笑う。が、春日には催馬楽がどういうものかピンと来なかったようだ。小さく首をかしげる。が、すぐにかぶりをふって笑い返して来た。
「ま、なんでもいいや。楽しみにしてるぜ」
そして彼は、今まで来ていた衣類を自分のカバンに適当に突っ込むと、トイレへ行くと言い置いて、そのままのかっこうでブースを出て行った。
 それを見送り、霜月は鏡の前で改めて自分の姿を点検し、その後、琵琶の調律を始めた。

●コンテスト開始
 午前11時。会館の近くにある「買い物広場」と名付けられたこの商店街の広場の特設舞台でコンテストは始まった。
 舞台上は、コンテストというより、さながらファッションショーだった。出場者たちは、司会者がエントリーナンバーと名前を読み上げると、しなを作りながら舞台の上に現われる。誰も皆、それなりに凝った扮装をしていた。むろん、あまりにも似合わないので笑うしかない者もかなりの数いた。中には、歌や踊りを披露する者もいる。
 舞台上はけっこう広く、後ろのシルクスクリーンには、受付の際に撮られた出場者の素顔のデジカメ写真が1人1人映し出されるようになっていた。会場の客たちにも、その変身の差を楽しんでもらおうという趣向だろう。
 受付が早かったせいか、草間と霜月、春日、皇騎の4人は、比較的最初の方だった。その4人の中では一番番号の若い霜月は、司会者にナンバーと名前を読み上げられると、本物の女性でさえ今時は、ここまでしとやかには動けまいという足運びと仕草で舞台上に歩み出て、春日に言ったとおり、琵琶を奏し、催馬楽を歌った。もともと声は悪くない方だが、それが長年の読経で鍛えられ、マイクなしの状態で、朗々と広場中に響き渡って行く。
 催馬楽は、主に平安時代に奏されたもので、簡単にいえば、祝い歌である。現代の音楽とも民謡とも違う、独特のゆったりしたリズムのもので、発声方法も現代の声楽などとはまったく違っていた。どちらかといえば、御詠歌や声明(しょうみょう)に近い。
 舞台を囲むようにパイプ椅子を並べて作られた客席では、大半の客が琵琶の音と彼の歌に耳を傾けていた。中には、「ほう」というように、目を見張っている者もいれば、怪訝そうに首をかしげている者もいた。が、全体的な反応は悪くないようだ。何より、しとやかな美女が琵琶を奏し、歌をうたうというのが絵になっており、客は皆、その情景に魅せられている様子だった。
 催馬楽は本来はかなり長いのだが、1人に与えられた時間は5分程度なので、霜月は切りのいい所で終わらせ、琵琶をも弾き収める。途端、会場から拍手が沸いた。それへしとやかに一礼して、彼は舞台から引っ込む。
 特設舞台の裏手には、いくつかテントが張られて、そこが出場者の楽屋代わりとなっていた。が、そこに戻った時には、さすがの彼も汗びっしょりだった。初夏の太陽が降り注ぐ真下で、着物で演奏し、歌ったのだ。無理もない。主催者側が用意してくれた冷たいジュースをありがたく飲みながら、持参したハンカチで汗を抑える。そうしながら、彼は舞台がよく見える場所へと移動した。舞台には、彼にかわって春日が立っていた。
 霜月は春日とは結局あの後、あまり話す時間がなかったのだが、トイレに行った途中で何かあったのか、更衣室に戻った時には、何やらずいぶんと張り切っている様子だった。今も、その気迫が見て取れるかのような見事な美少女ぶりだ。清楚な中にも色香を漂わせた彼は、満面に艶やかな笑みを浮かべて、客から審査員までを悩殺している。
 続いて皇騎が舞台に立つ。こちらは、シックな中にも華やかさのあるチャイナドレス姿だった。髪はかつらではなく地毛のようだ。つややかな黒髪をアップにして一部を後ろに垂らし、かんざしにも見えるアクセサリーをつけていた。やや抑えた感のあるメイクはしかし、彼の本来の美貌を見事に引き立てている。こちらも、出場を嫌がっていたわりには、艶やかな笑顔を惜しげもなくふりまいていた。
 草間は、彼の次だった。これまた、驚くほどの変身ぶりだった。いや、霜月たちに較べて、元来男らしい顔立ちと体つきをしている分、彼のそれの方が、インパクトは強かったかもしれない。紺地に薄い青の朝顔を描いた浴衣に、水色の帯を締め、水色の鼻緒の下駄を履いている。頭には顎から首にかけて髪がかかる形の黒髪のかつらをかぶり、やや濃いめのメイクは、厚化粧になってしまう一歩手前で微妙なバランスを保っていた。が、そのバランスが絶妙で、彼の面から本来の「男」の部分をきれいにおおい隠してしまっていた。日傘をさして、しゃなりしゃなりと歩くその姿は、妙齢の美女としか見えない。
(これはこれは。……シュライン殿とみその殿が、がんばったと見えますな……)
霜月は、それを見やって感嘆の思いで胸に呟いた。
 草間の後の出場者の中には、さほど群を抜いて美女といえるような者はいなかった。出場者自身も、笑いを取るのが目的と思われる者も多く、霜月は苦笑した。結局、自分たち4人の争いになるかもしれないと感じたのだ。
 出場者が多かったせいだろう、時刻はそろそろ12時半になろうとしていた。
「さて、いよいよ最後の出場者です。エントリーナンバー30! 三下忠雄さん」
司会者が、マイクに向かって叫ぶ。意外な名前に、霜月は思わず舞台を見やった。近くにいた春日や皇騎、草間も同じだったのだろう。舞台をふり返る。
 舞台上では、観客の注視を受けて、ちょうど三下がおずおずと出て来たところだった。彼は、フリルとレースだらけの淡いベージュのスカートに、白いブラウス、淡いベージュのケープに白のオーバーニーソックス、淡いベージュのショートブーツというゴスロリ風の衣装を身にまとっていた。頭は金褐色のゆるい巻き毛のかつらをつけ、その上に淡いベージュのヘッドドレスを飾っている。涼しげなメイクは、メイクスタッフの手になるものだろうか。彼は、普段のさえない青年からは想像もできないほどの、可愛らしい美少女と化していた。いつもと同じ、やぼったい黒縁のメガネをかけているのに、それがまた、驚くほど可愛い。舞台上を慣れない仕草で歩くその面には、どこかおどおどしたような笑いが浮かんでいた。が、それがとんでもなく保護欲を誘う。
 会場から、どよめきが上がった。声の主のほとんどは、妻や子供、恋人らに無理矢理連れて来られたらしい男性客たちだ。いや、審査員たちのいる主催者側の席からもどよめきが上がっている。
(意外なところで、意外なダークホースが出て来るものですな)
そのどよめきに、霜月は思わず小さくかぶりをふった。同時に、嫌な予感を感じる。
(まさかと思いますが、これは……)
彼は、胸に呟き、そのまま考え込んだ。自分のこの予感がはずれることを願いながら。

●審査結果発表
 審査結果はその後、10分ほどで発表された。
 霜月の嫌な予感は的中し、優勝は三下にさらわれた。準優勝は春日で、草間は3位だった。結果発表の際には、主催者代表の振興組合長から簡単に審査基準の説明などがあった。それによれば、女装前と後のギャップの大きさも考慮されたという。むろん、女装姿の美女・美少女ぶりが評価の第一だったのは言うまでもないだろうが。
 続く表彰式の後、すっかり女装を解いた全員が商店街の中にある喫茶店で顔を合わせて、思わず溜息をつく。
「まさか、三下に優勝を持って行かれるとはなあ……」
全員の思いを代表するように、草間が呟いた。
「たしかに可愛かったですからね」
うなずく皇騎に、思わずというように春日がわめく。
「俺は認めねぇぞ! あいつの方が、俺よりきれいで可愛いなんて!」
彼は、審査結果が出てから、ずっと暗い顔で黙り込んでいたのだ。三下に優勝を持っていかれたのが、よほどショックだったらしい。
「きっと、審査員の中に『メガネっ子萌え』の奴がいたんだ。でなけりゃ、アトラス編集部から何かもらってるに違いない!」
座った目をして、そんなことをわめく。
「おいおい。『メガネっ子萌え』はともかく、いくらなんでも麗香がそんなことするわけないだろう」
草間が、なだめるように言った。
「『メガネっ子萌え』ってなんですか?」
零が、きょとんとしてその草間に問う。
「え……ああ……と。その、メガネかけた可愛い女の子が好きな男のこと……だな」
草間は幾分困った様子で、当り障りのない答えを返す。
 だが、零は何を思ったのか、納得したようにうなずいた。
「それでだったんですね。以前私、メガネがファッションだと聞いて、『伊達メガネ』というものをしてこの商店街に買い物に来たことがあったんです。そしたら、八百屋さんとお肉屋さんが、とてもたくさんおまけしてくれたことがありました」
 それを聞いて、全員が顔を見合わせる。たしか、今日の審査員長だった振興組合長は八百屋だったはずだ。そして、肉屋は副組合長である。
「どうかされました?」
何を思ったか、みそのが隣に座すシュラインに声をかけた。彼女は、なぜかバニーガールのかっこうで会場にいたのだが、他の者に言われて、最初のワンピース姿に戻っている。
「う、ううん。なんでもないの……」
シュラインは慌てたようにかぶりをふったが、その顔は少しだけ引きつっていた。
 それには気づかないのか、向かいの席では草間が、零に頭を下げている。
「零、ハワイ旅行、駄目になっちまって、すまない」
「ううん。いいんです。私、代わりにきれいな人や面白い人がたくさん見れましたから。それに、商品券が2万円分ももらえましたから、当分はこの商店街でなら、タダで買い物ができますし。もちろん、お酒もタバコも」
小さくかぶりをふり、笑顔を浮かべて言う零に、一同は少しほろりとさせられた。
「草間殿、いい妹さんではありませんか。これからも、よりいっそう大事にされることです」
霜月は思わず言った。草間が、神妙にうなずく。
 それを見やって霜月は、ハワイ旅行こそ逃がしたものの、草間にとっては零の想いを知るいい機会
になったのではないかと改めて思った。
(それに、私はこれで充分楽しませてもらったしのう)
胸に呟き彼は、自分の分のアイスコーヒーのグラスを手に取った。

●エンディング
 半月後のある日。
 霜月は、近くまで来たついでにと、草間の元を訪れていた。が、何やら事務所は忙しげな雰囲気に包まれていた。聞けば、三下の優勝で「家族」と称してハワイへ同行することになっていたアトラス編集部の面々が、明後日には出発というのに三下ともども食中毒にかかり、行けなくなったのだという。旅程は1週間以上は先に延ばせないとのことで、結局、辞退となったらしい。
 あやかし町商店街振興組合では、それを受けて準優勝の春日にハワイ旅行を譲ろうとしたのだが、彼も辞退し、結局3位だった草間の元にそれがころがり込んで来たということだった。振興組合の方では、「これは特別のことなのだから、あまり人には口外しないでほしい」と念押しして、ハワイ旅行の旅券を置いて行ったということだ。
「それはまた……。アトラスの方々には申し訳ないが、なんとも幸運なことだのう」
事務所のソファに座して、出された茶をすすりながら、霜月は呟く。今日は、いつもどおりの袈裟姿だ。
「ああ。零の奴、もう大喜びで、さっきはシュラインに電話してたと思ったら、今度は買い物に行くと言って出て行ったよ」
草間自身もうれしそうにうなずく。
「おまえにも世話になったな。とりあえず、土産はちゃんと買って来るから」
「そのような気遣いは無用のこと。ま、期待せずに待っておりますよ」
薄く笑って言うと、霜月は茶を飲み干し、立ち上がった。
「さて、それではあまり長居して、旅行の用意の邪魔をしてもいけませんな。これにて、失礼いたしましょう。零殿にも、よろしく言っておいて下さい。良い旅を」
「ああ」
草間がうなずくのを見やって、彼は事務所を後にする。
 外に出て歩き出しながら、霜月はふと不運なアトラス編集部の面々に思いを馳せた。殊に、いつも災難に見舞われている、憐れな1人の編集員に対して。
(まあしかし、これも御仏のお導き……。ましてや今回は、まこと彼らは不運とは思うものの、順当な采配と言えましょうしなあ)
胸に呟き、一つ吐息を漏らして彼は、そのまま足を早めたのだった――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1069/護堂霜月/男/999歳/真言宗僧侶】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所で時々バイト】
【0867/神薙春日/男/17歳/高校生・予見者】
【0461/宮小路皇騎/男/20歳/大学生(財閥御曹司・陰陽師】
【1388/海原みその/女/13歳/深淵の巫女】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
依頼に参加いただき、ありがとうございます。
なんとも見目麗しい方々ばかりで、大変楽しく書かせていただきました。
参加いただいたみなさんにも、楽しんでいただければ幸いです。
なお、神薙春日さまが3位になりましたのは、単に、審査員を構成しておりました、
振興組合員の好みによるところです(笑)。他意はございませんので、ご了承下さい。

●護堂霜月さま
はじめまして。初の参加、ありがとうございます。
何か楽器をということで、琵琶を奏しつつ歌うというふうにさせていただきましたが、
いかがだったでしょうか。
機会がありましたら、またよろしくお願いいたします。