コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


納涼? 女装コンテスト

●オープング
 ある日の午後のことだった。
 買い物に出かけていた零が帰って来て見せたのは、一枚のチラシだった。
『納涼! 女装コンテスト!
 某月某日。午前11時より、あやかし町商店街・買い物広場にて、女装コンテストを行います。優勝者にはなんと、家族でハワイ旅行が当たる! 年齢不問。ただし、出場者は男性に限ります。
 出場者は当日午前9時までにあやかし町商店街振興組合会館に集合のこと。当日受付いたします。なお、衣装などはご自分でご用意下さい。ただし、メイクについては、必要な方は申し出て下さい。こちらでスタッフを用意させていただきます』
チラシには、そう書かれている。主催は、あやかし町商店街振興組合となっていた。更に下の方に小さく、女性のメイクスタッフ募集の項目もあった。こちらは事前に申し込み、前日にミーティングを行うとある。
「零、なんだこりゃ? まさか、俺にこれに出ろって言うんじゃないだろうな?」
嫌な予感に襲われて、草間はチラシから顔を上げ、零に問うた。
「私、一度ハワイに行ってみたいです」
こっくりとうなずいて、零は無邪気に答える。それは、俺だって行きたいが……と小さく呟き、草間は眉間にしわを寄せた。いくらハワイ旅行をゲットするためとはいえ、好んで女装など、したいわけもない。
 だが、顔を上げると期待に満ちてこちらを見詰める零の目にぶつかった。彼は、小さく溜息をついた。
「わかったよ。出場して、優勝してくりゃいいんだろ……」
ぼやくように呟きながら、胸の中ではもう一つの決心を固めていた。
(俺1人だけで、こんな恥ずかしいことができるか。他の奴らも巻き込んでやる……!)
そして彼は、心当たりの男たちに、かたっぱしから電話をかけ始めた。

●商店街振興組合会館前
 女装コンテスト当日の朝だった。
 神薙春日は、女装道具一式を入れたカバンを手に、あやかし町商店街振興組合会館前へとやって来た。
 今日の彼は、夏らしい涼しげなアロハシャツとデニムパンツというなりだ。現役の高校生だが、さすがに休日まで制服で出歩く趣味はない。目がややきつめではあるが、顔全体の造作は整っており、どちらかといえば、女顔だ。そのせいで、私服だと男女の区別がつきにくい。
 彼自身も、そうしたことは充分承知していた。だからこそ、草間の話に乗ったのだとも言える。むろん、単に草間の女装姿を間近で見たいという、いたって単純な理由もあるにはあったのだが。
 ともあれ、その顔立ちと雰囲気のせいで、1人だけでも充分目立つというのに、彼は更に目立つ同行者と一緒だった。宮小路皇騎と海原みそのの2人だ。皇騎も草間に誘われて参加することになった人間の1人だ。大学生の彼は、春日より長身だったが、女顔の上に髪を長く伸ばしているせいで、そのままでも充分女性に見えた。みそのは、メイクスタッフとして参加するらしい。長く伸ばした黒髪を三つ編にして頭に巻きつけ、涼しげな黒いレースのワンピースに厚底サンダルというかっこうで、腕には黒い小さなトランクをさげていた。
 3人は、たまたま駅で一緒になったのである。
 会館前へ彼らがやって来ると、まだ9時には少し早いというのに、すでに受付には短い列ができていた。その列の脇で、同じく草間に誘われた人間の1人である護堂霜月が待っていた。彼は真言宗の僧侶なのだが、今日はTシャツとGパンというラフなかっこうで、そり上げた頭にはベースボールキャップをかぶっていた。手には、カバンともう一つギターを思わせるような形の、錦の袋に入った物体を下げている。こちらも、小柄な体格と整った顔立ちのせいで、ボーイッシュな女性とも見える。列に並ぶ男性たちから、好奇と不審のまなざしが注がれていた。
「おはようございます」
その彼を、真っ先に見つけて駆け寄ったのは、みそのだった。春日たちも、彼女の後を追うように、そちらへ歩み寄る。
「よう、ずいぶん、早いじゃないか」
春日も、声をかけた。霜月が、こちらをふり返る。
「草間さんたちは?」
皇騎が問うた。
「まだです。おそらく車でしょうから、道が混んでいるのかもしれませんな」
「ああ……」
うなずいて、皇騎は小さく吐息をつく。
「まったく、なんだって私がこんなことに……。草間さんたちが来ないなら、こっそり逃げてしまおうかな……」
ぼやき半分に彼は呟いた。実は、草間に強制的に今日の参加を決められたのだとは、ここへ来るまでの間に春日も聞かされていた。
 いい加減あきらめろと春日が言いかけた時、みそのが、はっしと皇騎の腕を捕えた。
「いけませんわ、そんなのは。約束はきちんと守らないと。それに、わたくしも皇騎様の女装、とても楽しみにしていますのに」
「みそのさん……」
その手をふり払うこともできず、彼は途方にくれたように溜息をつく。
 霜月が苦笑した。
「みその殿の言われるとおりですな。それに、貴殿はずいぶんと嫌がっておいでのようだが、男女どちらにも通じる外見は、けして恥じるものではないと私は思いますよ」
「そ、そうでしょうか……」
「俺もそう思うぜ」
引きつった笑いを浮かべる皇騎に、春日も言って笑う。
「あんただったら、女装も充分似合いそうだしさ、そう嫌がることないって。――それより、俺たちも並ぼうぜ」
「そうですな」
言われて、霜月がうなずく。2人は、みそのを連れて、列の最後尾に並んだ。しぶしぶ皇騎もその後に続く。
 彼らがそうやって並んでいるところへ、やっと草間と零が姿を現した。みそのと共に草間の女装とメイクを手伝う予定のシュライン・エマも一緒だった。
 彼女は、この集団の中では草間を除けば、一番年上だろうか。今日はスタッフとして加わるということでか、デニムパンツと半袖の衿なしブラウスというラフなかっこうだ。本業は翻訳家だが、時々、草間の事務所でアルバイトをしている。
「草間様、零様、シュライン様、こちらです」
今度もやはりみそのが最初に気づいて声をかける。
「ごめんなさい。途中の道路が混んでて……」
シュラインが言いながら、こちらへ駆け寄って来た。その後に零と草間も続く。やはり霜月が言ったとおりだったらしい。
 受付の列はけっこう人数がいたが、草間たちの到着後、比較的早く動いて行き、やがて彼らの順番が来た。
 用意された名簿に名前を書き入れ、デジカメで素顔の写真を撮られた後、更衣室の番号札と出場の際に胸につける番号札の二つをもらい、彼らは中に入った。
 更衣室は、大きな部屋を更に中で区切っているのか、もらった札には、「A−15」とか「D−23」などと書かれている。ここの建物は、元はフィットネスクラブだったものを、移転の際に振興組合に寄付されたものだとかで、5階建てで中はかなり広いのだ。
 建物の壁に、紙にマジックで書いた更衣室の案内表示が出ている。それによれば、春日が割り当てられたD更衣室は2階にあるらしい。霜月と皇騎が割り当てられたのも、同じ2階のようだった。一方、草間は1階らしい。春日は、他の2人と共に草間たちと別れて、階段を昇り始めた。

●更衣室にて
 広い更衣室の中は、思ったとおり、薄いベニヤ板とカーテンでいくつかのブースに区切られていた。その一つ一つに番号がふられている。春日と霜月は同じ更衣室内の隣り合ったブースだった。
 ブースの中は等身大の鏡が壁際にセットされ、壁にはハンガーがいくつか掛けられていた。部屋の中央にはスツールと、小さな丸テーブルが置かれている。
 そのテーブルの上にカバンを置いて、春日は中身を広げようとした。ところが、霜月のブースとは反対隣のブースにいる男がこちらを覗いているのに気づき、彼は思わず眉をしかめる。
「おっさん、何してんだよ」
低い声でドスを効かせて声をかけた。が、相手は怯えた様子もない。それどころか、こちらを睨み据えながら訊いて来る。
「あんた、本物の女じゃないのか? 『女装』ってのは、女がやっても意味ないんだぞ」
春日は、ムッとして相手を睨み据える。こんなことを言われるのは、初めてではなかったが、腹が立つのに変わりはない。
 相手は、睨まれてふいに黙り込み、そのまますごすごと自分のブースへ戻って行った。春日はそれを見送り、小さく舌打ちする。自分のブースへ戻ったものの、男がこちらを伺っているような気配は消えなかった。彼は低く吐息をつくと、カバンと壁に掛けられたハンガーをいくつか取って、霜月のブースへ向かった。
「なあ、そっちで一緒に着替えてもいいかな?」
「かまいませんが?」
声をかけると、怪訝そうにしながらも、霜月は了承してくれた。
 ブースの中に入って、春日は霜月に小さく顔をしかめて、小声で囁く。
「反対隣の奴がさ、なんか、こっち覗きに来るんだよ。……俺のこと、本物の女じゃないかって思ってるみたいでさ」
霜月も、納得してうなずいた。彼も、似たような経験があるのかもしれない。
 ともあれ、春日は床にバッグを置くと、中から女装用の衣類を取り出し、自分のブースから持って来たハンガーに掛けて壁に吊るした。彼の衣装は白いノースリーブのワンピースと、揃いの長袖の上着だった。他にも刺繍入りのパンストやら、ふわふわしたスポンジの塊のようなものを取り出す。スポンジの塊は、胸元に詰めるためのパットだった。
「なかなか、涼しげな衣装ですな」
霜月が、自分もカバンの中身をハンガーに掛けて行きながら春日に声をかけた。彼の方は和服だ。カバンの中から出て来たのは、紺地の絽の着物と、水浅葱に露草を描いた帯、更に着物用の下着やら紐やら足袋やら一式である。
「そっちは、和服かあ」
「しとやかな大和撫子に化けてみようと思いましてな。何しろいまや、『大和撫子』はわしんとん条約とやらで保護せねばならないほど、絶滅が危惧されておると聞きますからな」
笑ってうなずき、いたって真面目な口調で告げる彼に、春日は吹き出した。派手に身を折って笑いながら言う。
「おまえ、真面目な顔しておもしれぇこと言うじゃん。ま、一部じゃほんとにそうかもな」
春日は、まだ笑いの余韻に肩を震わせながら、それでも、目の端の涙を拭い、着替えを始めた。
 思い切りよく着ていた衣類を脱ぎ捨てて、手際よく女物の衣類を身に着けて行く。それを見れば、彼がこうした作業に慣れているのがよくわかる。事実、女装するのは初めてではなかった。通っているのが男子校であるせいか、催しがあるたびに女装させられている。だけでなく、彼は予見者のようなことをしているのだが、客の中にはきれいな男の子が大好きという人種もいて、身の危険を少しでも少なくするために、女装することもあった。おかげで、女物の衣類にも化粧にもすっかり詳しくなってしまった。
 着替えを終えると胸元にパットを詰めて、ふくらみを作る。自然に見せるために、ワンピースの下にはチューブブラを着込んでいた。
 それが終わると、手早くメイクをする。彼の地肌はもともと白く、きめも細かいので、ナチュラルメイクで充分だ。仕上げに長い黒髪のウイッグをかぶる。
 ほどなくそこには、長いストレートヘアを揺らした、清楚なお嬢様風の美少女が出現した。鏡で自分の姿を確認し、ふと春日は霜月をふり返る。こちらもすでに着替えとメイクを済ませていた。
 霜月は、和服と長い黒髪のウイッグと涼やかなメイクで、まさに完璧な「大和撫子」へと変じていた。
「すげぇな。マジで男に見えないぜ」
「その言葉、そっくり貴殿にお返ししましょう」
苦笑して、霜月が返す。
「まあな」
春日も、笑ってうなずいた。そして、ふとテーブルの上の錦の袋を見やる。
「なあ、会った時から気になってたんだけど、それ、なんだ?」
「ああ、琵琶です」
言って、霜月は歩み寄ると袋を手に取り、口を開けて中身を取り出した。
「草間殿からコンテストの話を聞いた後、問い合わせたら、歌や踊りを披露してもいいということだったので、これを持って来たのですよ。三味線というのも考えたのですが……奏する者の少ない、珍しい楽器の方が、いんぱくとがあるやもしれんと思いましてな」
「ふうん」
「ついでと言ってはなんですが、琵琶だけではちと寂しかろうと、歌も披露しようかと思うております」
「歌?」
春日は、軽く目を見張って問い返す。琵琶に歌という組合せが意外に思えたのだ。
「ええ、催馬楽(さいばら)を。……本来は伴奏なしのものなのですが、まあ、余興ですからな」
言って、霜月は笑う。が、春日には催馬楽がどういうものかピンと来なかった。小さく首をかしげる。が、すぐにかぶりをふって笑い返した。
「ま、なんでもいいや。楽しみにしてるぜ」
そして彼は、今まで来ていた衣類を自分のカバンに適当に突っ込むと、トイレへ行くと言い置いて、そのままのかっこうでブースを出た。

●ライバルとの遭遇
 トイレの前で、一瞬、男女どちらへ入ろうか迷った春日は、結局、女性用を利用した。今のかっこうを考えれば、そちらの方が人に会ってもトラブルは少ないと考えたのだ。
 幸い、トイレには誰もおらず、彼はすっきりした顔で外に出て来た。元の更衣室へ戻ろうと歩き出す。と、角を曲がった途端に、軽い衝撃があって、彼は誰かにぶつかった。とっさに相手を怒鳴りつけようとしたが、それより早く。
「す、すみません!」
相手が謝罪の声を上げた。その声にふり返った彼は、驚いて目をしばたたく。
(な、なんでこいつがこんな所に……?)
彼の目の前で、ずり落ちかけたメガネを押し上げながら謝っているのは、月刊アトラスの編集部員、三下忠雄だった。春日にとっては、ひそかな恋のライバルである。こんな所で会いたい人間ではない。
 だが、三下の方は彼が誰なのか気づいていない様子だ。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
心配げに問うて来る三下に、春日はとっさに営業用の猫をかぶってうなずいた。
「ええ、大丈夫です。私の方こそ、すみません」
「あ……いえ。あの……もしかして、ここのスタッフの方ですか? その、ボク出場者なんですが、どうも迷ってしまったみたいで……。ここに行くにはどうすれば……」
三下は、すっかり彼を本物の女性だと思い込んでいるらしく、受付でもらった更衣室の番号札を見せて問う。
 その札を見やりながら、春日はそれを聞いてひそかに驚いていた。まさか、出場者とは。だが、すぐに内心にほくそ笑む。こんな男に自分が負けるとは思えない。が、ここで会ったが百年目、とりあえず牽制ぐらいはしておこうと心に決めた。
「ああ、この更衣室なら3階ですよ」
春日は、にっこり笑って言うと、相手にもそうとわかるように上から下まで三下を眺め回す。そして、愛らしい極上の笑顔のままで、優しく続けた。
「迷いついでに、出場やめたらいかがですか? あ、ごめんなさい。悪気はないんですよ。でも……あなたみたいな冴えない人が女装しても、気持ち悪いだけだと思いますし。何も、ハワイ旅行のために恥をかくことないと思うんですけど」
 三下は、しばし顔を真っ赤にして口をパクパクさせていたが、すぐにうなだれた。
「ボ、ボクだってそう思います。でも……職場の上司の命令で、出ないとボク、今月の給料もらえないかもしれないんですよ。……すみません」
それだけ言って、彼は踵を返すと、そのまま力なく立ち去って行く。
 その後ろ姿を見送って、春日は思わず肩をすくめた。どうやら、アトラス編集部の面々もハワイ旅行を狙っているらしい。
(これでダメージくらって、舞台の上でこけたりしてくれりゃ、俺の思うツボだな。ま、この俺があんな奴に負けるわけないけどな)
にやりと笑って胸に呟くと、彼は軽やかな足取りで歩き出した。

●コンテスト開始
 午前11時。会館の近くにある「買い物広場」と名付けられたこの商店街の広場の特設舞台でコンテストは始まった。
 舞台上は、コンテストというより、さながらファッションショーだった。出場者たちは、司会者がエントリーナンバーと名前を読み上げると、しなを作りながら舞台の上に現われる。誰も皆、それなりに凝った扮装をしていた。むろん、あまりにも似合わないので笑うしかない者もかなりの数いた。中には、歌や踊りを披露する者もいる。
 舞台上はけっこう広く、後ろのシルクスクリーンには、受付の際に撮られた出場者の素顔のデジカメ写真が1人1人映し出されるようになっていた。会場の客たちにも、その変身の差を楽しんでもらおうという趣向だろう。
 受付が早かったせいか、草間と霜月、春日、皇騎の4人は、比較的最初の方だった。春日は、霜月の次だった。ちなみに、霜月は更衣室で言っていたとおり、見事な大和撫子ぶりを発揮し、琵琶を弾き、歌をうたった。
 その彼の後に舞台に立った春日は、かろやかに舞台の上を歩き、その清楚な微笑みを周囲にふりまいた。客席や審査員の反応は悪くない。笑顔を向けられ、春日にもはっきりわかるほど顔を赤くしている審査員もいた。
(見ろ見ろ。俺の美少女ぶりは、ざっとこんなもんさ。草間ちん、待ってろよ。たとえ草間ちんが優勝できなくても、俺が見事かっさらって、ハワイ旅行プレゼントするからな)
自信満々で胸に呟き、彼は最後に、駄目押しのように極上の笑みを審査員席に投げかけて、舞台から引っ込んだ。
 特設舞台の裏手には、いくつかテントが張られて、そこが出場者の楽屋代わりとなっている。そこに戻って主催者側が用意してくれた冷たいジュースを飲みながら、彼は舞台がよく見える場所へと移動した。舞台には、彼にかわって皇騎が立っていた。
 彼は、シックな中にも華やかさのあるチャイナドレス姿だった。髪はかつらではなく地毛のようだ。つややかな黒髪をアップにして一部を後ろに垂らし、かんざしにも見えるアクセサリーをつけていた。やや抑えた感のあるメイクはしかし、彼の本来の美貌を見事に引き立てている。こちらも、出場を嫌がっていたわりには、艶やかな笑顔を惜しげもなくふりまいていた。
 草間は、その次だった。これまた、驚くほどの変身ぶりだった。いや、春日たちに較べて、元来男らしい顔立ちと体つきをしている分、彼のそれの方が、インパクトは強かったかもしれない。紺地に薄い青の朝顔を描いた浴衣に、水色の帯を締め、水色の鼻緒の下駄を履いている。頭には顎から首にかけて髪がかかる形の黒髪のかつらをかぶり、やや濃いめのメイクは、厚化粧になってしまう一歩手前で微妙なバランスを保っていた。が、そのバランスが絶妙で、彼の面から本来の「男」の部分をきれいにおおい隠してしまっていた。日傘をさして、しゃなりしゃなりと歩くその姿は、妙齢の美女としか見えない。
(へえ。うまく化けたじゃんか。あの2人、よっぽどがんばったんだな。これだけ化けれりゃ上等だぜ)
春日はそれを見やって、シュラインとみそのの腕前に感嘆しつつ胸に呟いた。
 草間の後の出場者の中には、さほど群を抜いて美女といえるような者はいなかった。出場者自身も、笑いを取るのが目的と思われる者も多く、春日は苦笑した。結局、自分たち4人の争いになるかもしれないと感じたのだ。
 出場者が多かったせいだろう、時刻はそろそろ12時半になろうとしていた。
「さて、いよいよ最後の出場者です。エントリーナンバー30! 三下忠雄さん」
司会者が、マイクに向かって叫ぶ。彼のことをすっかり忘れていた春日は、思わず舞台を見やった。近くにいた霜月や皇騎、草間も驚いたのだろう。舞台をふり返る。
 舞台上では、観客の注視を受けて、ちょうど三下がおずおずと出て来たところだった。彼は、フリルとレースだらけの淡いベージュのスカートに、白いブラウス、淡いベージュのケープに白のオーバーニーソックス、淡いベージュのショートブーツというゴスロリ風の衣装を身にまとっていた。頭は金褐色のゆるい巻き毛のウイッグをつけ、その上に淡いベージュのヘッドドレスを飾っている。涼しげなメイクは、メイクスタッフの手になるものだろうか。彼は、普段のさえない青年からは想像もできないほどの、可愛らしい美少女と化していた。いつもと同じ、やぼったい黒縁のメガネをかけているのに、それがまた、驚くほど可愛い。舞台上を慣れない仕草で歩くその面には、どこかおどおどしたような笑いが浮かんでいた。が、それがとんでもなく保護欲を誘う。
 会場から、どよめきが上がった。声の主のほとんどは、妻や子供、恋人らに無理矢理連れて来られたらしい男性客たちだ。いや、審査員たちのいる主催者側の席からもどよめきが上がっている。
(ちょ……ちょっと待てよ。なんだよ、これ。めちゃくちゃ可愛いじゃねぇかよ!)
春日も息を飲みながら、胸に叫んだ。認めたくないが、たしかに舞台の上の三下は彼でさえ目を奪われるほど可愛かった。
(冗談じゃないぞ。まさか……まさか……!)
激しく不吉な予感が胸に押し寄せて、春日は1人、頭をかかえた。

●審査結果発表
 審査結果はその後、10分ほどで発表された。
 春日の不吉な予感は的中し、優勝は三下にさらわれた。準優勝は春日で、草間は3位だった。結果発表の際には、主催者代表の振興組合長から簡単に審査基準の説明などがあった。それによれば、女装前と後のギャップの大きさも考慮されたという。むろん、女装姿の美女・美少女ぶりが評価の第一だったのは言うまでもないだろうが。
 続く表彰式の後、すっかり女装を解いた全員が商店街の中にある喫茶店で顔を合わせて、思わず溜息をつく。
「まさか、三下に優勝を持って行かれるとはなあ……」
全員の思いを代表するように、草間が呟いた。
「たしかに可愛かったですからね」
うなずく皇騎に、耐え切れなくなったように春日はわめく。
「俺は認めねぇぞ! あいつの方が、俺よりきれいで可愛いなんて!」
 彼にとっては、「準優勝」という結果そのものよりも、自分が三下に負けたということの方がショックだった。結果発表の後、彼はそのショックで呆然としてただ黙りこくっていたのだが、ここに来て、それが爆発したのだ。
「きっと、審査員の中に『メガネっ子萌え』の奴がいたんだ。でなけりゃ、アトラス編集部から何かもらってるに違いない!」
座った目をして、彼は更にわめく。
「おいおい。『メガネっ子萌え』はともかく、いくらなんでも麗香がそんなことするわけないだろう」
草間が、なだめるように言った。
「『メガネっ子萌え』ってなんですか?」
零が、きょとんとしてその草間に問う。
「え……ああ……と。その、メガネかけた可愛い女の子が好きな男のこと……だな」
草間は幾分困った様子で、当り障りのない答えを返す。
 だが、零は何を思ったのか、納得したようにうなずいた。
「それでだったんですね。以前私、メガネがファッションだと聞いて、『伊達メガネ』というものをしてこの商店街に買い物に来たことがあったんです。そしたら、八百屋さんとお肉屋さんが、とてもたくさんおまけしてくれたことがありました」
 それを聞いて、全員が顔を見合わせる。たしか、今日の審査員長だった振興組合長は八百屋だったはずだ。そして、肉屋は副組合長である。
(ほんとに、あのおっさんたち、そうだったのかよ……)
春日は、がっくりと肩を落とす。だが、これで敗因ははっきりした。つまり彼は、審査員たちの好みをつかみきれていなかったということだ。
 そんな彼を尻目に、他の者たちは勝手なことを言い合っている。
「どうかされました?」
隣に座すシュラインに声をかけたのは、みそのだ。彼女は、なぜかバニーガールのかっこうで会場にいたのだが、他の者に言われて、最初のワンピース姿に戻っている。
「う、ううん。なんでもないの……」
シュラインは慌てたようにかぶりをふったが、その顔は少しだけ引きつっていた。
 それには気づかないのか、向かいの席では草間が、零に頭を下げている。
「零、ハワイ旅行、駄目になっちまって、すまない」
「ううん。いいんです。私、代わりにきれいな人や面白い人がたくさん見れましたから。それに、商品券が2万円分ももらえましたから、当分はこの商店街でなら、タダで買い物ができますし。もちろん、お酒もタバコも」
小さくかぶりをふり、笑顔を浮かべて言う零に、彼らは少しほろりとさせられた。
「草間殿、いい妹さんではありませんか。これからも、よりいっそう大事にされることです」
霜月が言った。草間が、神妙にうなずく。
 それを見やって春日は、小さく溜息をついた。
(三下の奴さえ出て来なけりゃ、俺が優勝かっさらって、草間ちんたちにハワイ旅行をプレゼントしてたのにな。ったく……。ま、でも勝敗は決したんだ。しかたないか)
男は潔さが肝心だと思い決め、彼は悔しさを吹っ切るようにアイスコーヒーを一口、大きくあおった。

●エンディング
 半月後のある日の朝。
 登校途中の春日の携帯に、あやかし町商店街振興組合の組合長から電話があった。なんでも、ハワイ出発を明後日に控えて、三下他、アトラス編集部の面々が食中毒にかかり、行けなくなったのだという。出発の日は1週間以上は延ばすわけには行かず、結局、彼らは辞退することとなった。それで、準優勝だった春日にどうかと言うのだ。
 もともとハワイ旅行そのものには興味のなかった彼は、あっさりそれを辞退した。そして、3位だった草間に譲ってやってくれるよう言う。相手は驚いたようだったが、辞退するならしかたがないと電話は切れた。
 そして、その日の昼休み。今度は草間から彼の携帯に電話があった。ハワイ旅行は、晴れて草間のものになったらしい。
『零が大喜びでさ。でも……本当にいいのか?』
「いいって。俺、ハワイなんて興味ねぇし。いいじゃん。零ちんと2人、楽しんで来いよ」
『ああ。……しかし、おまえ、もしかして組合長を脅したかなんかしたのか? これは特別だからあまり口外するな、とかなんとか言ってたぞ』
「別に。ただちょっと、『可愛いメガネの女の子なら、実は男でもかまわないんですねー』って言っただけだぜ」
春日がとぼけて言うと、電話口で草間が苦笑するのが聞こえた。やがて彼は、礼を言って電話を切った。
 春日も携帯をしまいながら、小さく苦笑する。
(にしても、三下の奴も運がないよな。ま、おかげで草間ちんたちがハワイへ行けるようになったんだから、いいけどさ)
胸に呟き、彼は友人たちの誘いに応じて、校庭へ駆け出して行った――。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0867/神薙春日/男/17歳/高校生・予見者】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所で時々バイト】
【1069/護堂霜月/男/999歳/真言宗僧侶】
【0461/宮小路皇騎/男/20歳/大学生(財閥御曹司・陰陽師】
【1388/海原みその/女/13歳/深淵の巫女】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

ライターの織人文です。
依頼に参加いただき、ありがとうございます。
なんとも見目麗しい方々ばかりで、大変楽しく書かせていただきました。
参加いただいたみなさんにも、楽しんでいただければ幸いです。
なお、神薙春日さまが3位になりましたのは、単に、審査員を構成しておりました、
振興組合員の好みによるところです(笑)。他意はございませんので、ご了承下さい。

●神薙春日さま
はじめまして。初の参加、ありがとうございます。
美少女顔の現役高校生ということで、大変楽しく書かせていただきました。
機会がありましたら、またよろしくお願いいたします。