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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


納涼? 女装コンテスト

●オープング
 ある日の午後のことだった。
 買い物に出かけていた零が帰って来て見せたのは、一枚のチラシだった。
『納涼! 女装コンテスト!
 某月某日。午前11時より、あやかし町商店街・買い物広場にて、女装コンテストを行います。優勝者にはなんと、家族でハワイ旅行が当たる! 年齢不問。ただし、出場者は男性に限ります。
 出場者は当日午前9時までにあやかし町商店街振興組合会館に集合のこと。当日受付いたします。なお、衣装などはご自分でご用意下さい。ただし、メイクについては、必要な方は申し出て下さい。こちらでスタッフを用意させていただきます』
チラシには、そう書かれている。主催は、あやかし町商店街振興組合となっていた。更に下の方に小さく、女性のメイクスタッフ募集の項目もあった。こちらは事前に申し込み、前日にミーティングを行うとある。
「零、なんだこりゃ? まさか、俺にこれに出ろって言うんじゃないだろうな?」
嫌な予感に襲われて、草間はチラシから顔を上げ、零に問うた。
「私、一度ハワイに行ってみたいです」
こっくりとうなずいて、零は無邪気に答える。それは、俺だって行きたいが……と小さく呟き、草間は眉間にしわを寄せた。いくらハワイ旅行をゲットするためとはいえ、好んで女装など、したいわけもない。
 だが、顔を上げると期待に満ちてこちらを見詰める零の目にぶつかった。彼は、小さく溜息をついた。
「わかったよ。出場して、優勝してくりゃいいんだろ……」
ぼやくように呟きながら、胸の中ではもう一つの決心を固めていた。
(俺1人だけで、こんな恥ずかしいことができるか。他の奴らも巻き込んでやる……!)
そして彼は、心当たりの男たちに、かたっぱしから電話をかけ始めた。

●商店街振興組合会館前
 女装コンテスト当日の朝だった。
 宮小路皇騎は、女装道具一式を入れたカバンを手に、あやかし町商店街振興組合会館前へとやって来た。
 今日の彼は、白い半袖の開襟シャツとズボンという、ごくあっさりとしたなりだ。年齢は20歳ぐらいだろうか。財閥の御曹司だが、大学生でもある彼は、こうした場所で贅沢なものを身に着ける習慣はあまりない。優しげな顔立ちと長く伸ばした黒髪のせいで、ともすれば、女性とも見えた。今回は、その外見が彼にとっての災難を招いたのだとも言える。
 草間からの緊急呼び出しに、何事かと興信所を訪ねた彼は、そこで草間に今日のコンテストのことを聞かされた。嫌な予感に、皇騎は「がんばって下さい」などと適当なことを言い置いて、早々に立ち去ろううとした。が、草間に羽交い絞めにされたあげく、零を楯に引き止められ、参加を強制されては、もはや嫌とは言えない。そしてそのまま、コンテスト当日を迎えたというわけだった。
 もっとも今、彼は1人ではなかった。たまたま駅で一緒になった神薙春日と海原みそのの2人と一緒である。
 春日は現役高校生で、草間が参加に誘った人間の1人だった。素顔のままでも充分美少女に見える彼は、ずいぶんと乗り気だった。一方のみそのは、海底に封じられた神に仕える巫女である。今日は草間の女装の手伝いをした後、メイクスタッフとして参加するらしい。13歳という年齢よりは大人びて見える豊満な体を黒いレースのワンピースに包み、長い髪は編んで頭に巻きつけていた。もともとは、出場を辞退したいがために、皇騎が草間を説得する力になってもらおうと、コンテストのことを話したのだった。だのになぜか、同じ理由で連絡を取ったシュライン・エマともども、すっかり乗り気な様子だ。今日も、妹たちに使い捨てカメラを持たされて来たのだと、手にした小さなトランクをうれしそうに示して見せていた。
 それを思い出し、皇騎は胸に小さな溜息を落とす。
 会館前は、まだ9時には少し早いというのに、すでに受付には短い列ができていた。その列の脇で、同じく草間に誘われた人間の1人である護堂霜月が待っていた。彼は真言宗の僧侶なのだが、今日はTシャツとGパンというラフなかっこうで、そり上げた頭にはベースボールキャップをかぶっていた。手には、カバンともう一つギターを思わせるような形の、錦の袋に入った物体を下げている。こちらも、小柄な体格と整った顔立ちのせいで、ボーイッシュな女性とも見える。列に並ぶ男性たちから、好奇と不審のまなざしが注がれていた。
「おはようございます」
その彼を、真っ先に見つけて駆け寄ったのは、みそのだった。皇騎たちも、彼女の後を追うように、そちらへ歩み寄る。
「よう、ずいぶん、早いじゃないか」
春日が、声をかけた。霜月が、こちらをふり返る。
「草間さんたちは?」
皇騎は問うた。
「まだです。おそらく車でしょうから、道が混んでいるのかもしれませんな」
「ああ……」
うなずいて、皇騎は小さく吐息をつく。
「まったく、なんだって私がこんなことに……。草間さんたちが来ないなら、こっそり逃げてしまおうかな……」
ぼやき半分に彼は呟いた。実際、当日を迎えても他の者たちのように、楽しむ気持ちには到底なれない。出場者が男ばかりのイベントだというのも気に入らなかったし、女装そのものも嫌だった。だいたい、素顔のままでもしょっちゅう女性に間違えられて不愉快な思いをしているというのに、なぜ今更女装などしなければならないのか。
 その彼の腕を、みそのがはっしと捕えた。
「いけませんわ、そんなのは。約束はきちんと守らないと。それに、わたくしも皇騎様の女装、とても楽しみにしていますのに」
「みそのさん……」
優しい笑顔を浮かべて、真摯に言うみそのを見下ろし、彼はその手をふり払うこともできず、途方にくれて溜息をつく。
 霜月が苦笑した。
「みその殿の言われるとおりですな。それに、貴殿はずいぶんと嫌がっておいでのようだが、男女どちらにも通じる外見は、けして恥じるものではないと私は思いますよ」
「そ、そうでしょうか……」
「俺もそう思うぜ」
引きつった笑いを浮かべる皇騎に、春日も言って笑う。
「あんただったら、女装も充分似合いそうだしさ、そう嫌がることないって。――それより、俺たちも並ぼうぜ」
「そうですな」
言われて、霜月がうなずく。2人は、みそのを連れて、列の最後尾に並んだ。しぶしぶ皇騎もその後に続く。
 彼らがそうやって並んでいるところへ、やっと草間と零が姿を現した。みそのと共に草間の女装とメイクを手伝う予定のシュラインも一緒だった。
 彼女は、この集団の中では草間を除けば、一番年上だろうか。今日はスタッフとして加わるということでか、デニムパンツと半袖の衿なしブラウスというラフなかっこうだ。本業は翻訳家だが、時々、草間の事務所でアルバイトをしている。
「草間様、零様、シュライン様、こちらです」
今度もやはりみそのが最初に気づいて声をかける。
「ごめんなさい。途中の道路が混んでて……」
シュラインが言いながら、こちらへ駆け寄って来た。その後に零と草間も続く。やはり霜月が言ったとおりだったらしい。
 受付の列はけっこう人数がいたが、草間たちの到着後、比較的早く動いて行き、やがて彼らの順番が来た。
 用意された名簿に名前を書き入れ、デジカメで素顔の写真を撮られた後、更衣室の番号札と出場の際に胸につける番号札の二つをもらい、彼らは中に入った。
 更衣室は、大きな部屋を更に中で区切っているのか、もらった札には、「A−15」とか「D−23」などと書かれている。ここの建物は、元はフィットネスクラブだったものを、移転の際に振興組合に寄付されたものだとかで、5階建てで中はかなり広いのだ。
 建物の壁に、紙にマジックで書いた更衣室の案内表示が出ている。それによれば、皇騎が割り当てられたC更衣室は2階にあるらしい。霜月と春日が割り当てられたのも、同じ2階のようだった。一方、草間は1階らしい。皇騎は、他の2人と共に草間たちと別れて、階段を昇り始めた。

●更衣室にて
 広い更衣室の中は、思ったとおり、薄いベニヤ板とカーテンでいくつかのブースに区切られていた。その一つ一つに番号がふられている。皇騎は、中に入ると「8」と番号がふられたブースへと向かった。なぜか一緒の更衣室になったのは、彼とは別の生物なのではないかと思うほど、ごつくむさくるしい中年・壮年の男たちばかりだった。彼らはまるで、異物でも見るかのように、皇騎をちらちらと見やっている。その視線には好奇心と嘲りと不審が微妙に入り混じっていた。
 それに気づいて、皇騎は小さく吐息をついた。
(これだから、嫌だったんですよ……)
胸に呟き、徹底的に無視を決め込んで、ただブースごとにふられた番号を見ることに集中する。今の彼には、男の群れに放り込まれた女性の気持ちがよくわかった。
 自分の番号のブースに到着して中に入り、なんとなくホッとする。ブースの中は等身大の鏡が壁際にセットされ、壁にはハンガーがいくつか掛けられていた。部屋の中央にはスツールと、小さな丸テーブルが置かれている。
 テーブルの上にカバンを置いて、中身を広げようとした時、入り口のカーテンが無造作に開かれ、一緒に更衣室へ入って来た男たちが数人、顔を出した。
「何か、用ですか?」
一瞬ムッとしたが、面には出さずに皇騎は問う。
「あんた、受付でいた時から見てたけどよ。本当に男なのか? もし女が出てたら、そりゃ、不正だからよ。俺たちで、検査してやろうかと思ってな」
1人が、嫌な笑いを浮かべながら答えた。
「そんなことをしている間に、自分たちの用意をしたらどうですか?」
それでなくても乗り気でない出場なのに、更に気持ちをとがらせる事態に、頭に来て皇騎は返した。もっとも、口調は穏やかだ。彼は、白い面に涼やかな笑みを掃いて、続けた。
「あなた方では、どんな扮装をしようと、ただ気持ち悪いだけでしょうけどね」
「なんだと、この!」
途端に男たちは顔を真っ赤にして、ブースの中へと飛び込んで来た。彼らの方は、女のような皇騎を見て、ちょっとからかってやるぐらいのつもりだったのだろう。
 皇騎は、壁に掛けられていたハンガーの一つを取って、それを竹刀代わりにかまえた。彼は、こう見えても北辰一刀流の使い手だった。陰陽師でもあるので、呪符を使って式神を召喚し、男たちを追い払わせる手もある。が、こういう外見のみで人を判断するようなバカどもには、目に見える力で叩き伏せるのが一番いい。
 最初に突っかかって来た男を、軽く叩きのめし、2人目をのしたところで、男たちはやっと自分たちがからかう相手を間違えていたことに気づいたようだ。青ざめた顔で、謝罪の言葉を口にすると、倒れた男たちを連れて、ブースを飛び出して行った。
 それを見送り、皇騎は小さく肩をすくめて、手にしていたハンガーを元に戻した。だが、少し運動したおかげで、気持ちも楽になったようだ。それに、あんなゴリラ男どもには負けられないという意欲も湧いて来た。
(よし!)
気合を入れるようにうなずくと、彼はさっそく持って来た衣装を広げた。
 彼が用意したのは、チャイナドレスだった。色は抑えた深い緑色で、胸元に銀糸で細かい鳳凰の刺繍が施されている。スカート部分には太もものあたりまで深いスリットが入っていた。シックな中にも華やかさが漂うデザインだ。彼は、思いきりよくそれに着替えた。足には黒い、刺繍入りの網タイツと深い緑色のパンプスを履く。
 ちょうど着替えが終わったところへ、主催者側から派遣されたメイクスタッフがやって来た。ほかでもない、みそのだ。
 彼女は、どういうわけか、黒いバニーガールのかっこうをしていた。
「みそのさん……どうして、そんなかっこうを?」
少し引きつった笑顔を浮かべながら、彼は問う。
「イベントには、この姿が通例だと御方様がおっしゃっておりましたので、着替えましたの。どこか変でしょうか?」
問い返されて、彼は慌ててかぶりをふった。たしかに、似合ってはいる。いるのだが……。
(御方様って、みそのさんが仕えている神様のことですよね? それがなんで、そんな妙な知識を……)
かすかな頭痛を覚えながら、彼は思わず胸に呟く。
 だが、みそのはそんな彼には一向に気づく様子もなく、テーブルの上に、持って来たメイクボックスを置くと、楽しげにそれを広げ始めた。彼に椅子に座るよう言うと、手馴れた様子でメイクを始める。
 やがて、そこにはなんとも麗しいチャイナドレスの美女が1人誕生した。みそのが施したメイクは、わざと少し華やかさを抑えたもので、しかしそれが、彼の美貌を存分に引き立てている。みそのは、ついでだからと彼が髪をまとめるのも手伝ってくれた。
 もともと長く伸ばしている彼は、ウイッグをつける必要がない。
 その髪をみそのは、きれいに梳き上げアップにすると、一部を後ろに垂らし、彼が持参していたかんざしのような飾りのあるシックなバレッタを止めつけた。後は、衣装に合わせた大ぶりの翡翠玉のイヤリングと、揃いのブレスレットを飾り、緑を基調にした中国風の扇子を持てば、出来上がりだ。
 鏡の前に立って、彼は出来栄えを確認する。
「とても素敵ですわ」
みそのが、うっとりしたような声を上げた。そして、思い出したように、体に斜めにかけていた黒いポシェットの中から、使い捨てカメラを取り出す。
「記念に、1枚撮らせていただいてもよろしいですか?」
「いいですよ」
すっかり開き直った皇騎はうなずく。
 みそのは、写真を撮った後、彼に尋ねた。
「もしご入り用なら、焼き増しさせていただきますけれど?」
が、さすがに彼は断った。自分の女装写真をわざわざ焼き増ししてまでもらおうとは思わない。
 断られてみそのは、別に気にする様子もなく、カメラをポシェットにしまった。そして、メイクボックスを手に、まだメイクの仕事があるからと、ブースを立ち去って行く。
 それを見送り、皇騎は改めて鏡に映る自分の姿を見やり、これなら大丈夫と1人うなずいた。

●コンテスト開始
 午前11時。会館の近くにある「買い物広場」と名付けられたこの商店街の広場の特設舞台でコンテストは始まった。
 舞台上は、コンテストというより、さながらファッションショーだった。出場者たちは、司会者がエントリーナンバーと名前を読み上げると、しなを作りながら舞台の上に現われる。誰も皆、それなりに凝った扮装をしていた。むろん、あまりにも似合わないので笑うしかない者もかなりの数いた。中には、歌や踊りを披露する者もいる。
 舞台上はけっこう広く、後ろのシルクスクリーンには、受付の際に撮られた出場者の素顔のデジカメ写真が1人1人映し出されるようになっていた。会場の客たちにも、その変身の差を楽しんでもらおうという趣向だろう。
 受付が早かったせいか、草間と霜月、春日、皇騎の4人は、比較的最初の方だった。霜月が彼らの中では一番最初で、紺地の絽の着物に、水浅葱に露草を描いた帯を締め、長い黒髪のウイッグを揺らして舞台上に現われた彼は、なんともしとやかな大和撫子ぶりを披露した。更に、琵琶を演奏し、歌までうたった。次の春日は、白いノースリーブのワンピースと長袖の上着をまとい、これまた長い黒髪のウイッグで清楚なお嬢様風の美少女になりおおせていた。艶やかな笑顔をふりまいて、客と審査員を翻弄した。
 皇騎は、その2人の次だった。
 もはや、すっかりやる気になっている彼は、負けじと笑顔をふりまき、広げた扇子の影から審査員たちに意味有りげなウインクまで送ってみせた。どうせやるなら優勝してハワイ旅行をかっさらい、零にそれを贈ってやろうという意気込みだ。
 最後に、駄目押しとばかりに、極上の笑みを審査員たちに投げ、彼は舞台から引っ込んだ。特設舞台の裏手には、いくつかテントが張られて、そこが出場者の楽屋代わりとなっている。そこに戻って主催者側が用意してくれた冷たいジュースを飲みながら、彼は舞台がよく見える場所へと移動した。舞台には、彼にかわって草間が立っていた。
 舞台上の草間は、驚くほどの変身ぶりだった。いや、皇騎たちに較べて、元来男らしい顔立ちと体つきをしている分、彼のそれの方が、インパクトは強かったかもしれない。紺地に薄い青の朝顔を描いた浴衣に、水色の帯を締め、水色の鼻緒の下駄を履いている。頭には顎から首にかけて髪がかかる形の黒髪のウイッグをかぶり、やや濃いめのメイクは、厚化粧になってしまう一歩手前で微妙なバランスを保っていた。が、そのバランスが絶妙で、彼の面から本来の「男」の部分をきれいにおおい隠してしまっていた。日傘をさして、しゃなりしゃなりと歩くその姿は、妙齢の美女としか見えない。
(見事なものです。シュラインさんとみそのさんの努力の賜物ですかね)
皇騎はそれを見やって、感嘆しつつ胸に呟いた。
 草間の後の出場者の中には、さほど群を抜いて美女といえるような者はいなかった。出場者自身も、笑いを取るのが目的と思われる者も多く、皇騎は苦笑した。彼にからんで来た男たちなど、まったくの問題外だ。結局、優勝は彼ら4人で争うことになりそうだと彼は考える。
 出場者が多かったせいだろう、時刻はそろそろ12時半になろうとしていた。
「さて、いよいよ最後の出場者です。エントリーナンバー30! 三下忠雄さん」
司会者が、マイクに向かって叫ぶ。意外な名前に、皇騎は思わず舞台を見やった。近くにいた霜月や春日、草間も驚いたのだろう。舞台をふり返る。
 舞台上では、観客の注視を受けて、ちょうど三下がおずおずと出て来たところだった。彼は、フリルとレースだらけの淡いベージュのスカートに、白いブラウス、淡いベージュのケープに白のオーバーニーソックス、淡いベージュのショートブーツというゴスロリ風の衣装を身にまとっていた。頭は金褐色のゆるい巻き毛のウイッグをつけ、その上に淡いベージュのヘッドドレスを飾っている。涼しげなメイクは、メイクスタッフの手になるものだろうか。彼は、普段のさえない青年からは想像もできないほどの、可愛らしい美少女と化していた。いつもと同じ、やぼったい黒縁のメガネをかけているのに、それがまた、驚くほど可愛い。舞台上を慣れない仕草で歩くその面には、どこかおどおどしたような笑いが浮かんでいた。が、それがとんでもなく保護欲を誘う。
 会場から、どよめきが上がった。声の主のほとんどは、妻や子供、恋人らに無理矢理連れて来られたらしい男性客たちだ。いや、審査員たちのいる主催者側の席からもどよめきが上がっている。
(へぇ……。 人間、誰でも何か一つぐらいはとりえがあるものなんですね……)
普段の三下とのあまりのギャップに、皇騎は素直に感心した。だが、その脳裏にふと別の考えがよぎる。
(まさか……)
一つの可能性に突き当たり、彼は思わず小さくかぶりをふった。

●審査結果発表
 審査結果はその後、10分ほどで発表された。
 皇騎の思いついた可能性は現実となり、優勝は三下にさらわれた。準優勝は春日で、草間は3位だった。結果発表の際には、主催者代表の振興組合長から簡単に審査基準の説明などがあった。それによれば、女装前と後のギャップの大きさも考慮されたという。むろん、女装姿の美女・美少女ぶりが評価の第一だったのは言うまでもないだろうが。
 続く表彰式の後、すっかり女装を解いた全員が商店街の中にある喫茶店で顔を合わせて、思わず溜息をつく。
「まさか、三下に優勝を持って行かれるとはなあ……」
全員の思いを代表するように、草間が呟いた。
「たしかに可愛かったですからね」
うなずく皇騎の胸には、純粋に感嘆の思いがある。たしかに、素顔との激しいギャップを見せられて、しかもあれだけ可愛ければ、優勝は当然だろう。草間の3位は同じ理由からだろうし、春日の準優勝は、彼の女装が審査員の好みに合っていたからだろうと簡単に想像できた。
 その時、ふいに春日がわめく。
「俺は認めねぇぞ! あいつの方が、俺よりきれいで可愛いなんて!」
彼は、審査結果が出て以降、ずっと沈んだ顔で黙りこくって彼らと行動を共にしていたのだ。三下に優勝を持っていかれたのが、よほどショックだったらしい。座った目をして、更にわめく。
「きっと、審査員の中に『メガネっ子萌え』の奴がいたんだ。でなけりゃ、アトラス編集部から何かもらってるに違いない!」
「おいおい。『メガネっ子萌え』はともかく、いくらなんでも麗香がそんなことするわけないだろう」
草間が、なだめるように言った。
「『メガネっ子萌え』ってなんですか?」
零が、きょとんとしてその草間に問う。
「え……ああ……と。その、メガネかけた可愛い女の子が好きな男のこと……だな」
草間は幾分困った様子で、当り障りのない答えを返す。
 だが、零は何を思ったのか、納得したようにうなずいた。
「それでだったんですね。以前私、メガネがファッションだと聞いて、『伊達メガネ』というものをしてこの商店街に買い物に来たことがあったんです。そしたら、八百屋さんとお肉屋さんが、とてもたくさんおまけしてくれたことがありました」
 それを聞いて、全員が顔を見合わせる。たしか、今日の審査員長だった振興組合長は八百屋だったはずだ。そして、肉屋は副組合長である。
(な、なるほど……)
皇騎は、改めて三下の優勝の理由に納得し、思わず顔を引きつらせる。
 その隣では、みそのが、反対隣に座すシュラインに声をかけていた。
「どうかされました?」
彼女は、メイクの仕事が終わった後も、バニーガールの姿のままだったのだが、ここに移動する前に、他の者たちに言われて、最初のワンピースに着替えていた。
「う、ううん。なんでもないの……」
シュラインは慌てたようにかぶりをふったが、その顔は少しだけ引きつっていた。
 それには気づかないのか、向かいの席では草間が、零に頭を下げている。
「零、ハワイ旅行、駄目になっちまって、すまない」
「ううん。いいんです。私、代わりにきれいな人や面白い人がたくさん見れましたから。それに、商品券が2万円分ももらえましたから、当分はこの商店街でなら、タダで買い物ができますし。もちろん、お酒もタバコも」
小さくかぶりをふり、笑顔を浮かべて言う零に、彼らは少しほろりとさせられた。
「草間殿、いい妹さんではありませんか。これからも、よりいっそう大事にされることです」
霜月が言った。草間が、神妙にうなずく。
 それを見やって皇騎は、小さく苦笑した。
(零さんを大事にするあまり、私たちが妙なことに巻き込まれるのはごめんですけどね)
胸に呟いたものの、けっこう楽しかったなと彼はコンテストをふり返る。まだ続いている草間たちの会話に耳を傾けながら、彼は目の前のアイスティーのグラスにそっと手を伸ばした。

●エンディング
 半月後のある日。
 大学から帰宅して、パソコンのメールチェックを始めた皇騎は、シュラインと草間から来たメールに、思わず顔をほころばせた。
 内容は、どちらも草間と零がハワイ旅行に行けるようになったというものだ。なんでも、明後日に出発をひかえて三下他、アトラス編集部の面々が食中毒にかかったのだという。出発は1週間以上は延ばせず、結局彼らは辞退することとなった。準優勝だった春日も同じくハワイ旅行を辞退し、最終的に草間の元に回って来たということらしい。
『強制的に参加させて、悪かったな。とりあえず、土産ぐらいは買って来るから、それで勘弁してくれ』
草間からのメールには、そうあった。
 皇騎は苦笑して、少し考え、返信の文面を綴る。
『楽しかったから、いいですよ。でも、お土産は期待しています。旅行、楽しんで来て下さい。零さんによろしく』
それを送信してしまった後、彼はシュラインがメールに添付して来た写真を広げた。あの日、更衣室でみそのが撮った彼自身と草間の写真だ。スキャナーで取り込んだのだろう。
 それを見やって彼は小さく笑い、少しだけためらった後、結局それを別に保存した。他人に見せて回りたいものではないが、みそのが言っていたとおり、記念にぐらいはなるだろうと胸に呟いて――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0461/宮小路皇騎/男/20歳/大学生(財閥御曹司・陰陽師】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所で時々バイト】
【1069/護堂霜月/男/999歳/真言宗僧侶】
【0867/神薙春日/男/17歳/高校生・予見者】
【1388/海原みその/女/13歳/深淵の巫女】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
依頼に参加いただき、ありがとうございます。
なんとも見目麗しい方々ばかりで、大変楽しく書かせていただきました。
参加いただいたみなさんにも、楽しんでいただければ幸いです。
なお、神薙春日さまが3位になりましたのは、単に、審査員を構成しておりました、
振興組合員の好みによるところです(笑)。他意はございませんので、ご了承下さい。

●宮小路皇騎さま
はじめまして。初の参加、ありがとうございます。
長髪の美形ということで、楽しく書かせていただきましたが、いかがだったでしょうか。
機会がありましたら、またよろしくお願いいたします。