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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


納涼? 女装コンテスト

●オープング
 ある日の午後のことだった。
 買い物に出かけていた零が帰って来て見せたのは、一枚のチラシだった。
『納涼! 女装コンテスト!
 某月某日。午前11時より、あやかし町商店街・買い物広場にて、女装コンテストを行います。優勝者にはなんと、家族でハワイ旅行が当たる! 年齢不問。ただし、出場者は男性に限ります。
 出場者は当日午前9時までにあやかし町商店街振興組合会館に集合のこと。当日受付いたします。なお、衣装などはご自分でご用意下さい。ただし、メイクについては、必要な方は申し出て下さい。こちらでスタッフを用意させていただきます』
チラシには、そう書かれている。主催は、あやかし町商店街振興組合となっていた。更に下の方に小さく、女性のメイクスタッフ募集の項目もあった。こちらは事前に申し込み、前日にミーティングを行うとある。
「零、なんだこりゃ? まさか、俺にこれに出ろって言うんじゃないだろうな?」
嫌な予感に襲われて、草間はチラシから顔を上げ、零に問うた。
「私、一度ハワイに行ってみたいです」
こっくりとうなずいて、零は無邪気に答える。それは、俺だって行きたいが……と小さく呟き、草間は眉間にしわを寄せた。いくらハワイ旅行をゲットするためとはいえ、好んで女装など、したいわけもない。
 だが、顔を上げると期待に満ちてこちらを見詰める零の目にぶつかった。彼は、小さく溜息をついた。
「わかったよ。出場して、優勝してくりゃいいんだろ……」
ぼやくように呟きながら、胸の中ではもう一つの決心を固めていた。
(俺1人だけで、こんな恥ずかしいことができるか。他の奴らも巻き込んでやる……!)
そして彼は、心当たりの男たちに、かたっぱしから電話をかけ始めた。

●商店街振興組合会館前
 女装コンテスト当日の朝だった。
 海原みそのは、黒い小さなトランクを手に、あやかし町商店街振興組合会館前へとやって来た。
 今日の彼女は、長い黒髪を編んで頭に巻きつけ、黒いレースのワンピースと厚底サンダルというスタイルだ。実際は13歳だが、豊満な外見は大人びたものを感じさせる。普段は深海の奥底で封じられた神に、巫女として仕えているのだが、今日は草間の女装の手伝いとコンテストのメイクスタッフをするために、こうして地上に出て来たのだ。
 駅前で、草間の誘いでコンテストに出場することになった神薙春日と宮小路皇騎の2人に出会い、一緒にここまで来た。
 春日は現役の高校生で、休日の今日は私服姿だった。整った顔立ちの彼は、素顔のままでも男女の区別がつきにくい。一方の皇騎は、大学生で財閥の御曹司でもある。3人の中では一番長身だが、外見は髪を長く伸ばしているせいもあって、そのままでも充分女性に見えた。
 みそのに、草間がこのコンテストに出場することを教えてくれたのは、その皇騎だった。駅からの道すがらに聞いた話では、どうやら彼は草間に半ば強制的に出場することを約束させられたようだ。が、出場したくない彼は、彼女に、草間説得に力を貸してもらおうと考えたらしい。だが、みそのにとっては、彼のその思惑よりも、草間が女装するという事実の方が大きかった。
 同じく皇騎から連絡をもらってそれを知ったシュライン・エマと2人で、草間を美女に仕立てようとはりきっていた。面白いので妹たちにも話したところ、是非写真に収めて来てと使い捨てカメラを渡された。
 会館前は、まだ9時には少し早いというのに、すでに受付には短い列ができていた。その列の脇で、同じく草間に誘われた人間の1人である護堂霜月が待っていた。彼は真言宗の僧侶なのだが、今日はTシャツとGパンというラフなかっこうで、そり上げた頭にはベースボールキャップをかぶっていた。手には、カバンともう一つギターを思わせるような形の、錦の袋に入った物体を下げている。こちらも、小柄な体格と整った顔立ちのせいで、ボーイッシュな女性とも見える。列に並ぶ男性たちから、好奇と不審のまなざしが注がれていた。
「おはようございます」
その彼を、みそのが真っ先に見つけて駆け寄る。深海でくらす彼女の目は、ほとんど見えていない。そのかわり、ものの波動を感じられるので、それによって周囲を認識していた。そのため、実際には目が見えている人々よりもずっとものを見分けることには長けている。
 皇騎たちも、彼女の後を追うように、そちらへ歩み寄る。
「よう、ずいぶん、早いじゃないか」
春日が声をかけた。霜月は、こちらをふり返る。
「草間さんたちは?」
皇騎が問うた。
「まだです。おそらく車でしょうから、道が混んでいるのかもしれませんな」
「ああ……」
うなずいて、皇騎は小さく吐息をつく。
「まったく、なんだって私がこんなことに……。草間さんたちが来ないなら、こっそり逃げてしまおうかな……」
ぼやき半分に彼は呟いた。
 その声音の中に本気を感じて、みそのは彼の腕をはっしと捕えた。
「いけませんわ、そんなのは。約束はきちんと守らないと。それに、わたくしも皇騎様の女装、とても楽しみにしていますのに」
優しい笑顔を浮かべて、真摯に告げる。
「みそのさん……」
彼はその手をふり払うこともできず、途方にくれて溜息をついた。
 霜月が苦笑した。
「みその殿の言われるとおりですな。それに、貴殿はずいぶんと嫌がっておいでのようだが、男女どちらにも通じる外見は、けして恥じるものではないと私は思いますよ」
「そ、そうでしょうか……」
「俺もそう思うぜ」
引きつった笑いを浮かべる皇騎に、春日も言って笑う。
「あんただったら、女装も充分似合いそうだしさ、そう嫌がることないって。――それより、俺たちも並ぼうぜ」
「そうですな」
言われて、霜月がうなずく。2人に従い、みそのも列の最後尾に並んだ。しぶしぶ皇騎もその後に続く。
 彼らがそうやって並んでいるところへ、やっと草間と零が姿を現した。シュラインも一緒だ。
 彼女は、この集団の中では草間を除けば、一番年上だろうか。今日はスタッフとして加わるということでか、デニムパンツと半袖の衿なしブラウスというラフなかっこうだ。本業は翻訳家だが、時々、草間の事務所でアルバイトをしている。
「草間様、零様、シュライン様、こちらです」
今度もやはりみそのが最初に気づいて声をかける。
「ごめんなさい。途中の道路が混んでて……」
シュラインが言いながら、こちらへ駆け寄って来た。その後に零と草間も続く。やはり霜月が言ったとおりだったらしい。
 受付の列はけっこう人数がいたが、草間たちの到着後、比較的早く動いて行き、やがて彼らの順番が来た。
 用意された名簿に名前を書き入れ、デジカメで素顔の写真を撮られた後、更衣室の番号札と出場の際に胸につける番号札の二つをもらい、彼らは中に入った。
 更衣室は、大きな部屋を更に中で区切っているのか、もらった札には、「A−15」とか「D−23」などと書かれている。ここの建物は、元はフィットネスクラブだったものを、移転の際に振興組合に寄付されたものだとかで、5階建てで中はかなり広いのだ。
 建物の壁に、紙にマジックで書いた更衣室の案内表示が出ている。それによれば、草間が割り当てられたA更衣室は1階だった。霜月と春日、皇騎は2階にある更衣室らしい。彼らは軽く手をふって、階段を昇って行く。
 それを見送り、みそのたちも更衣室へと向かった。

●更衣室にて
 広い更衣室の中は、思ったとおり、薄いベニヤ板とカーテンでいくつかのブースに区切られていた。その一つ一つに番号がふられている。「15」と書かれた札の下がったブースに彼女たちは入った。
 ブースの中は等身大の鏡が壁際にセットされ、壁にはハンガーがいくつか掛けられていた。部屋の中央にはスツールと、小さな丸テーブルが置かれている。
 みそのは、自分の荷物をブースの隅に置いて、シュラインの傍へと歩み寄る。女装のための道具は全て、彼女が持参して来ていた。シュラインは、道具の詰まったカバンを床に置き、草間に声をかける。
「さ、武彦さん。始めましょ。私とみそのちゃんは、9時半までには、ここのスタッフ用の会議室へ行かないといけないの。だから、急がないとね」
「ああ」
彼女に言われて、草間は思い切りよく服を脱ぎ出す。それでも小さく吐息をついているのは、昨日の事務所での騒ぎを思い出してのことだろう。昨日、みそのとシュライン、零の3人は、どんな女装にするか決めると称して、草間を着せ替え人形よろしく、さんざん服をとっかえひっかえして大騒ぎをしたのだ。
 彼の衣装は、みそのの衣裳部屋にあるものの中から選んだ。彼女はものの流れを操るその能力を使って亜空間の流れを操り、自分の衣装部屋と草間の事務所をつなげたのだ。彼女の衣装のコレクションは多彩だった。メイド、ナース、スッチー各種他、ゴスロリやらピンクハウスやらといった、定番のものから、耳付き、着ぐるみ、ウエディングドレスに浴衣、アラビアンナイトに幼稚園児、赤ん坊、はてはボンテージと、それこそ貸衣装屋ができそうなほどだ。むろん、衣装だけでなく、ウイッグや靴、小物も全てそろっている。
 これだけあれば、後は選ぶだけだ。
 そうやって、昨日半日かけて彼女たちが決めたのは、「納涼」と銘打ったコンテストにふさわしい浴衣姿だった。着物ならば、少々ごつくてもそれなりにさまになる。涼しげな、紺地に薄い青の朝顔を描いた浴衣に水色の帯をしめ、同じく水色の鼻緒の下駄をはく。足の指には、昨日のうちにシュラインが爪を整え薄いピンクのベディギュアを施してあった。
 メイクは当然ながら、昨日と同じくみそのとシュラインが2人でやった。零がそれを手伝う。
 草間は、こう見えて意外と肌のきめが細かい。化粧ののりも悪くはないので、ナチュラルメイクよりやや濃いめに、しかし厚化粧には見えない微妙なバランスに仕上げる。最後に、顎から首にかけて髪がかかる形の、ストレートのウイッグをかぶせて出来上がりだ。
「できた」
「できましたね」
「できました」
シュラインとみその、零の3人は、小さく吐息をついて呟くと、少し離れて全体のバランスを眺める。
 そこには、やや線のごつい感じはするものの、いかにも上品そうな1人の美女が出現していた。知らずに会えば、これがあの草間とは誰も思うまい。
「素敵ですわ」
みそのは、感嘆の吐息を漏らす。
「そ、そうか?」
「はい。とっても素敵です」
やや引きつった顔で尋ねる草間に、零が大きくうなずいた。シュラインもうなずく。
「ええ。ほら、鏡で見てごらんなさいな」
言われて、草間は立ち上がり、鏡の前に移動する。その目が軽く見張られた。
「へえ。……そう悪くないじゃないか」
気を良くしたように呟き、鏡の前でくるりと回ってみる。ウイッグが自然な感じで揺れた。
「今のいいです!」
途端、みそのは声を上げる。シュラインもうなずいた。
「うん、悪くないわ。今の、日傘さして、会場でもやったら、審査員を悩殺できるかも」
「悩殺って……」
絶句する草間に、シュラインは駄目押しのように言った。
「零ちゃんをハワイに連れて行くんでしょ? いい? 武彦さん。審査員やギャラリーは旅行券の束だと思えばいいわ。そしたら、上がらないわよ」
「がんばって下さいね」
零が傍から声援を送る。草間は、小さな吐息と共に、引きつった笑顔でうなずいた。
 それを見やって、シュラインがちらと腕時計を見やった。
「いけない。そろそろ行かなきゃ」
「わたくしは、写真を撮って、着替えてから参ります」
みそのが言うと、シュラインは怪訝そうに問い返す。
「着替え?」
写真については、昨日もさんざん撮っていたので、不思議に思わなかったようだ。
 問い返されて、みそのは笑顔でうなずく。
「はい。わたくしも、イベントにふさわしい衣装を持って来ております。ですから、どうぞ、先に行っていて下さい」
「わかった。じゃ、先に行くわね」
一瞬首をかしげたものの言って、シュラインはブースを出て行った。
 それを見送り、何枚か草間の写真を撮った後、みそのも自分の荷物を手に、そこを出る。

●メイクのお仕事
 更衣室を出たみそのが向かったのは、トイレだった。自分が仕える神から、イベントではこの姿が通例だと聞かされた彼女は、バニーガールの衣装を用意して来ていたのだった。色は、例によって黒だった。脱いだ服はトランクに入れ、カメラだけを体に斜めにかけたポシェットに収める。
 用意が整うと、彼女はメイクスタッフ用の会議室へと向かった。
 彼女が行った時には、すでに会議室には、主催者である振興組合の男たちがいるだけになっていた。とはいえ、詳しいミーティングは昨日のうちに済んでいるので、さして支障はない。
 男たちは、その姿に目を剥いたが、みそのは一向に気にしなかった。トランクをそこに置かせてもらい、自分の担当する更衣室とブースの番号札をもらってメイクボックスを手に、そこを出た。
 彼女の担当は、2階のC更衣室の中の4人だった。さっそく彼女は2階へ向かう。最初の男性は、ほかでもない皇騎だった。
 彼は、ちょうど着替えが終わったところのようだった。彼の衣装はチャイナドレスだ。色は抑えた深い緑色で、胸元に銀糸で細かい鳳凰の刺繍が施されている。スカート部分には太もものあたりまで深いスリットが入っていた。シックな中にも華やかさが漂うデザインだ。足には黒い、刺繍入りの網タイツと深い緑色のパンプスを履いている。
 皇騎は、彼女の姿を見ると、少し引きつった笑顔を浮かべながら問うた。
「みそのさん……どうして、そんなかっこうを?」
「イベントには、この姿が通例だと御方様がおっしゃっておりましたので、着替えましたの。どこか変でしょうか?」
みそのは、答えて問い返す。皇騎は慌ててかぶりをふったものの、何やら頭痛を覚えたような顔つきだった。
 だが、みそのはそれには一向に気づかず、テーブルの上にメイクボックスを置いて、中身を広げ始めた。これから、彼を美女に変身させるのかと思うと、楽しくてしようがない。そのまま、手馴れた調子でメイクを始める。
 やがて、そこにはなんとも麗しいチャイナドレスの美女が1人誕生した。みそのが施したメイクは、わざと少し華やかさを抑えたもので、しかしそれが、彼の美貌を存分に引き立てている。みそのは、ついでなので彼が髪をまとめるのも手伝ってやった。
 もともと長く伸ばしている彼は、ウイッグをつける必要がない。その髪をみそのは、きれいに梳き上げアップにすると、一部を後ろに垂らし、彼が持参していたかんざしのような飾りのあるシックなバレッタを止めつけた。後は、衣装に合わせた大ぶりの翡翠玉のイヤリングと、揃いのブレスレットを飾り、緑を基調にした中国風の扇子を持てば、出来上がりだ。
 鏡の前に立って、彼は出来栄えを確認する。
「とても素敵ですわ」
みそのは、うっとりした声を上げた。そして、思い出したように、ポシェットの中から使い捨てカメラを取り出す。
「記念に、1枚撮らせていただいてもよろしいですか?」
「いいですよ」
どこか開き直ったように、皇騎はうなずく。
 みそのは、写真を撮った後、彼に尋ねた。
「もしご入り用なら、焼き増しさせていただきますけれど?」
どっちみち、シュラインからは焼き増しを頼まれているし、おそらく妹たちも出来上がった写真を見せれば、自分たちも欲しいと言い出すだろう。どうせ焼き増しするなら、何人分でも同じだった。
 が、皇騎は必要ないとかぶりをふった。みそのはうなずき、カメラをポシェットにしまうと、中身をかたずけたメイクボックスを手に、そこを後にした。まだ3人ほど、彼女に割り当てられた男性たちが残っていた。

●コンテスト開始
 午前11時。会館の近くにある「買い物広場」と名付けられたこの商店街の広場の特設舞台でコンテストは始まった。
 10時半にはメイクスタッフとしての仕事も終わり、解放されたみそのは、シュラインと零の2人とも無事合流して、共に客席で舞台を見詰めていた。相変わらずバニーガール姿のままだ。合流した時、シュラインは少し驚いたようだったが、零は面白がってくれた。周囲からはかなり注目されていたが、彼女は気にしていない。
 舞台上は、コンテストというより、さながらファッションショーだった。出場者たちは、司会者がエントリーナンバーと名前を読み上げると、しなを作りながら舞台の上に現われる。誰も皆、それなりに凝った扮装をしていた。むろん、あまりにも似合わないので笑うしかない者もかなりの数いた。中には、歌や踊りを披露する者もいる。
 舞台上はけっこう広く、後ろのシルクスクリーンには、受付の際に撮られた出場者の素顔のデジカメ写真が1人1人映し出されるようになっていた。会場の客たちにも、その変身の差を楽しんでもらおうという趣向だろう。
 受付が早かったせいか、草間と霜月、春日、皇騎の4人は、比較的最初の方だった。
 霜月は、和服姿だった。紺地の絽に、水浅葱に露草を描いた帯を締め、長い黒髪のウイッグをかぶっている。涼しげな目元を強調するメイクは、これが男とは信じられないような大和撫子ぶりだった。彼は持参の琵琶を弾きながら、その喉を披露した。
 春日は、ノースリーブのワンピースに、長袖の上着、これまた長い黒髪のウイッグをつけて、清楚なお嬢様風だ。本来、きつい目元を、メイクと優しげな笑顔で見事にカバーしている。客席からは、ざわめきと低い吐息がいくつも漏れていた。
 春日の次に、皇騎が舞台に現われた。
「皇騎様のメイクは、わたくしが担当しました」
みそのは、それを見やって小声で言った。
「あら。さすがね。とても上手にできてるわ」
「ありがとうございます」
シュラインに誉められて、みそのは笑顔で礼を言った。
 草間は、皇騎の次だった。彼の姿もこうして客席で見ると、更衣室で見た以上に美人に見えた。涼しげな日傘をさして、しゃなりしゃなりと舞台上に現われ、ゆっくりと回って見せる。ウイッグと浴衣の裾がゆるやかに揺れ、なんともなまめかしい。何より、背筋を真っ直ぐ伸ばした、堂々とした態度や仕草の中に、上品なものが感じられる。客席の反応も悪くなかった。
「草間様、きれいですわね」
みそのは、思わず感嘆の溜息と共に零に囁いた。
「まるで、本当の女性みたいです」
零もうなずいて、吐息を漏らす。
 草間の後の出場者の中には、さほど群を抜いて美女といえるような者はいなかった。出場者自身も、笑いを取るのが目的と思われる者も多く、みそのは思わず吐息をついた。結局、草間が誘った者たちとの争いになるかもしれないと感じたのだ。
 出場者が多かったせいだろう、時刻はそろそろ12時半になろうとしていた。
「さて、いよいよ最後の出場者です。エントリーナンバー30! 三下忠雄さん」
司会者が、マイクに向かって叫ぶ。意外な名前に、みそのは思わず目をしばたたかせた。
 舞台上では、観客の注視を受けて、ちょうど三下がおずおずと出て来たところだった。彼は、フリルとレースだらけの淡いベージュのスカートに、白いブラウス、淡いベージュのケープに白のオーバーニーソックス、淡いベージュのショートブーツというゴスロリ風の衣装を身にまとっていた。頭は金褐色のゆるい巻き毛のウイッグをつけ、その上に淡いベージュのヘッドドレスを飾っている。涼しげなメイクは、メイクスタッフの手になるものだろうか。彼は、普段のさえない青年からは想像もできないほどの、可愛らしい美少女と化していた。いつもと同じ、やぼったい黒縁のメガネをかけているのに、それがまた、驚くほど可愛い。舞台上を慣れない仕草で歩くその面には、どこかおどおどしたような笑いが浮かんでいた。が、それがとんでもなく保護欲を誘う。
 会場から、どよめきが上がった。声の主のほとんどは、妻や子供、恋人らに無理矢理連れて来られたらしい男性客たちだ。いや、審査員たちのいる主催者側の席からもどよめきが上がっている。
(まあ……。なんだか、信じられないぐらい可愛いですわ……)
みそのもあっけに取られて胸に呟き、ふと気づいて、ポシェットからカメラを取り出す。幸い、渡されたカメラには被写体との距離を調節する機能もついていた。彼女は、続けて2、3回シャッターを押す。うまく女装した三下をカメラに収め、彼女は小さく吐息をついた。そして、小首をかしげてふと呟く。
「もしかして、優勝は三下様のものかもしれませんわね」
だが、その呟きは、客席の誰にも――もちろん、隣に座す零にも聞こえてはいなかった。

●審査結果発表
 審査結果はその後、10分ほどで発表された。
 みそのの呟きは現実となり、優勝は三下にさらわれた。準優勝は春日で、草間は3位だった。結果発表の際には、主催者代表の振興組合長から簡単に審査基準の説明などがあった。それによれば、女装前と後のギャップの大きさも考慮されたという。むろん、女装姿の美女・美少女ぶりが評価の第一だったのは言うまでもないだろうが。
 続く表彰式の後、すっかり女装を解いた全員が商店街の中にある喫茶店で顔を合わせて、思わず溜息をつく。
「まさか、三下に優勝を持って行かれるとはなあ……」
全員の思いを代表するように、草間が呟いた。
「たしかに可愛かったですからね」
うなずく皇騎に、思わずというように春日がわめく。
「俺は認めねぇぞ! あいつの方が、俺よりきれいで可愛いなんて!」
彼は、シュラインたちと顔を合わせてから、ずっと暗い顔で黙り込んでいたのだ。三下に優勝を持っていかれたのが、よほどショックだったらしい。
「きっと、審査員の中に『メガネっ子萌え』の奴がいたんだ。でなけりゃ、アトラス編集部から何かもらってるに違いない!」
座った目をして、そんなことをわめく。
「おいおい。『メガネっ子萌え』はともかく、いくらなんでも麗香がそんなことするわけないだろう」
草間が、なだめるように言った。
「『メガネっ子萌え』ってなんですか?」
零が、きょとんとしてその草間に問う。
「え……ああ……と。その、メガネかけた可愛い女の子が好きな男のこと……だな」
草間は幾分困った様子で、当り障りのない答えを返す。
 だが、零は何を思ったのか、納得したようにうなずいた。
「それでだったんですね。以前私、メガネがファッションだと聞いて、『伊達メガネ』というものをしてこの商店街に買い物に来たことがあったんです。そしたら、八百屋さんとお肉屋さんが、とてもたくさんおまけしてくれたことがありました」
 それを聞いて、全員が顔を見合わせる。たしか、今日の審査員長だった振興組合長は八百屋だったはずだ。そして、肉屋は副組合長である。
(ああ、なるほど。それでですのね。でも、『メガネっ子萌え』の殿方でなくても、あの姿は充分可愛く見えましたわ)
みそのは、冷静にそんなことを胸に呟いた。今の彼女は、他の者たちから言われて、バニーガールの扮装を解き、最初のワンピース姿に戻っている。
 と、隣のシュラインから何かショックを受けたような波動が漂って来るのに気づいて、彼女は声をかけた。
「どうかされました?」
「う、ううん。なんでもないの……」
シュラインが、慌てたようにかぶりをふる。みそのは、更に怪訝に思ったが、なんでもないと言うなら、今のは気のせいだったのだろうと考え、それ以上は追求しないことにした。
 彼女たちの向かいの席では、草間が零に頭を下げている。
「零、ハワイ旅行、駄目になっちまって、すまない」
「ううん。いいんです。私、代わりにきれいな人や面白い人がたくさん見れましたから。それに、商品券が2万円分ももらえましたから、当分はこの商店街でなら、タダで買い物ができますし。もちろん、お酒もタバコも」
小さくかぶりをふり、笑顔を浮かべて言う零に、一同は少しほろりとさせられた。
「草間殿、いい妹さんではありませんか。これからも、よりいっそう大事にされることです」
霜月に言われて、草間も神妙にうなずいている。
 それを見やってみそのも、小さく胸の中でうなずいた。
(零様の言うとおり、ハワイ旅行は残念でしたけれど、楽しいものがたくさん見られましたわ。記念の写真もありますし……)
ひそやかに満足の吐息を漏らすと、彼女はレモンスカッシュのグラスから突き出たストローにそっと口をつけた。

●エンディング
 半月後の、ある日の夕方。
 みそのは、買い物の途中で、ばったり零に出くわした。場所は、あやかし町商店街である。メイクスタッフとして加わった彼女は、その謝礼としてこの商店街専用の商品券をいくらかもらっていた。この日は近くまで来たので、ついでにそれで買い物をして帰るつもりだった。
「みそのさん! 私、ハワイへ行けることになったんです!」
その姿を見つけるなり駆け寄って来た零は、みそのを物陰に引っ張って行くと、小声で、それでも興奮した口調で言った。
「あら? でも、どうしてですの?」
みそのは、驚いて問い返す。
 それへ零が説明したところによれば――出発を明後日にひかえて、三下他、アトラス編集部の面々が食中毒にかかったのだという。出発は1週間以上は延ばすことができず、結局彼らは辞退した。同じく準優勝の春日も辞退し、結局、草間の元にハワイ旅行がころがり込んで来たのだということだ。ただし、振興組合の方では、「これは特別なことだから、あまり口外しないでほしい」らしい。だから今も零はこそこそと、みそのにだけ聞こえるように話しているのだろう。
 納得し、みそのは、零に笑顔を向けた。
「そうですか……。それは、本当に良かったですね。どうぞ、旅行を楽しんで来て下さい」
「はい、ありがとうございます」
零はうれしそうにうなずくと、彼女に軽く手をふって、駆け去って行った。
 それをこちらも手をふって見送り、みそのはゆっくりと歩き出す。
(本当によかったです。……でも、三下様はお気の毒ですね。せっかくあんなに可愛らしく女装されて、優勝されたのに……)
しばらく考えて、ふいに彼女はぽんと手のひらを打ち合わせた。
(そうですわ。せめてもの慰めに、あの時の写真を送ってさしあげましょう。たしか、焼き増しする時、数を間違えて、1枚余っていたはずです)
彼女はそう心に決めると、とりあえず買い物を済ますべく、足を早めた――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1388/海原みその/女/13歳/深淵の巫女】
【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所で時々バイト】
【1069/護堂霜月/男/999歳/真言宗僧侶】
【0867/神薙春日/男/17歳/高校生・予見者】
【0461/宮小路皇騎/男/20歳/大学生(財閥御曹司・陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの織人文です。
依頼に参加いただき、ありがとうございます。
なんとも見目麗しい方々ばかりで、大変楽しく書かせていただきました。
参加いただいたみなさんにも、楽しんでいただければ幸いです。
なお、神薙春日さまが3位になりましたのは、単に、審査員を構成しておりました、
振興組合員の好みによるところです(笑)。他意はございませんので、ご了承下さい。

●海原みそのさま
はじめまして。初の参加、ありがとうございます。
可愛い女の子を書かせていただく機会は少ないので、とても楽しく書かせていただきました。
機会がありましたら、またよろしくお願いいたします。