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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


シンデレラ・ホームステイ
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「うわ……」
草間興信所の扉を開けたなり、すぐには中に入りかねて朧月桜夜(おぼろづき・さくや)は立ち尽くした。
電話口では草間に「人魂にまとわりつかれてる客なんだ」と説明はうけていたものの、まさかここまでとは思わなかった。
「コレまた豪勢ねェ…害はなさそうだけど」
と室内を見回して桜夜はため息をつく。豪勢といっても、決して乱雑に積み重なった書類や灰皿の上に山積みになったタバコを指して言っているのではない。狭く汚れた空間を、所狭しと飛び交う人魂のことである。
無数の拳サイズの人魂が、白く光りながら部屋をゆらゆら回っているのである。まるで場末のバーのミラーボールだ。
陰陽師を自称するだけあって、桜夜は霊現象には慣れている。その彼女をもって「豪勢」と言わしめるのだから只の人魂と思ってもらっては困る。霊現象もここまで行くと悪趣味、またはギャグに近いという人魂の多さなのだった。
白い球形でふよふよと飛び回っている彼らからは、不吉な気配は感じられない。ただ海中を漂う毒のないクラゲのごとく、無害に室内に浮かんでいるだけだった。
何をしているのかとそれらに声をかけてみても、返ってくるのは沈黙ばかり。桜夜の目の前をゆらゆら浮かんだりして、何か言いたげではあるのだが。
「ま、いいわよ。これくらい慣れてるしね」
気を取り直して桜夜は言った。
ちょっと大量の霊に憑かれているからなんだというのだ。なにしろ、「お金がないので、なんでもやります」というふれこみである。なんでもということは、荷物持ちも、部屋の掃除も、あれやこれやなんだってやってくれるのである。荷物一つを持ってもらうのにも文句を言いかねない某同居人とは比べ物にならないほど便利に違いない。
一瞬にしてそこまで考えをめぐらせた結果として、彼女は同居人のことなど頭の片隅からもすっ飛ばして透の腕を取った。同居人が文句を言おうものなら、そちらを追い出しかねない勢いである。
「行くあてがないならしばらくうち来なさいよ。イイ男なら大歓迎よ」
どこか憂いを帯びた甘いマスクは、しっかり桜夜の美的感覚にもマッチした。十代も半ばにして自立も甚だしい彼女には、実際に人にやってもらわねばならないようなこともそう無かったのだが、それはそれである。
それに、桜夜が男を連れ込んだ時の同居人の反応にもちょっとばかり興味があった。

霊感がある人たちがぎょっとしたように桜夜と透を振り返る。これだけ人魂を連れて歩いていればそれも当然だ。風船売りを連れて歩いているようなものだ。と、桜夜は無理やり思い込んだ。
「あ、そうだ。もしよかったら買い物頼んでもいい?」
透の肘を引いて桜夜はスーパーの前で立ち止まる。自活を始めた身としては、特売セールの赤文字がまぶしい。店内から漏れる「安いよ安いよ」と繰り返す声もとても魅力的だ。
「もちろんいいよ。何買えばいいの?」
「えーとね、お醤油と料理酒各一升とお米と牛乳。それとお米と玉葱とジャガイモもお願い」
どれも冷蔵庫にストックはあるのだ。だが、こういうのは男手がある時にこそ買いだめておくのが常識である。
「今日の晩御飯はカレーだね!」
と激しく勘違いして、透は足取りも軽くスキップもしそうな勢いでスーパーに入っていった。
戻ってきた時には山のような荷物を抱えて、なぜか袋からはダイコンの葉まで飛び出していたりする。「今日は362円くらい節約したよ」と主婦の鑑のようなことを言って、白い歯をキラリと光らせて眩しく笑った。
眩しいのはその倹約精神である。
うわあすごい!と褒めちぎると、乗せられやすいのか意気揚々と、重量10キロは下らない大荷物をガサガサ言わせながら透は歩き出した。
それにしても…と呆れ半分で隣を歩いている透を振り返る。
「何でこんなに連れてるのかしらねえ……」
「え?何がだい?」
人魂を引き連れた透は歩みを止めて首を傾げた。
「何がって……人魂」
「誰が連れてるって?」
「あなたよ」
「えっ、オレが!?」
霊魂を引き連れた透は身を引いた。人魂はうるさいほどまとわり憑かせているくせに、それを無視して桜夜から距離を取ったのである。いい度胸だ。
「気づかなかったの?あなたの周りを白いものがふよふよ浮いてんじゃない!」
「ああ、これ」
平和な顔をして透はにこにこ笑顔になった。
「これはねぇ、ケセラン・パサラン」
「………は?」
「幸せをオレに運んでくる妖精さん(きゅん)」
「キュン、じゃねーよ」
思わず口調も男に戻った。かろうじて声は高かったので、口の悪い元スケバンに見られたかもしれないが、とにかく普段の女性言葉は吹っ飛んだ。
目の前のこの男には、アパートを全焼させた火の玉と関係があるに違いない人魂を、時に姿を変えて青白い女の顔になったりする霊魂を、幸せを運んでくる妖精だとぬかすのだ。
なんだかこの先と彼の将来の行く先に不安を覚えながら、桜夜は帰途につくのだった。

「あっ」
薄暗い室内に、細い声が密やかに漏れる。桜夜のものだ。
「あっ、そこっ!」
「ココ?」
「ああっ、すごい、気持ちいい……」
ギシギシとベッドのスプリングが軋みを立てる。
ゴリゴリ桜夜の肩も鳴る。
「お客さん凝ってますね〜〜」
肘で桜夜の肩を揉みながら、透が似非マッサージ師ぶって感想を述べた。
「苦労してるのよね、これでも。あー気持ちいい〜。もっと。透くん、そこっ。そこ、もっと……」
傍から見ていたら誤解されそうな台詞である。
誤解はしないがいたたまれなくなった同居人は、ドアを閉める音も荒く、夜中だというのにアパートを飛び出して行った。きっとコンビニあたりで時間をつぶしているんだろうと、桜夜は内心ほくそ笑む。
してやったりな気分だし、お風呂上りにマッサージは心地よいし、部屋には人魂が飛び交っている。これぞ本当の極楽気分だ。
「料理もしてもらったし、お風呂掃除もしてくれたし、部屋もきれいに片付けてくれちゃって、悪いわねー」
「食後のデザートも冷蔵庫で冷えてるよ。オレンジジュースのゼリー」
「いや〜〜気が利くわね」
「でしょ〜。オレンジ果汁でお肌もスベスベ、ダイエットにも最適よっ」
桜夜に釣られて透がオカマ言葉になるので、何がなんだか分からない。真夏の夜、都内のアパートでは不思議な空間が形成されていた。
ぞくりと桜夜の背筋に悪寒が走ったのはその時である。決して酷使している冷房が自棄を起こして室内温度を下げたのではない。無論外見は男同士の二人が交わす会話に寒気を覚えたわけでもない。とにかく濡れた布巾でひたりと撫でられるような感覚が、桜夜の肌の下を駆け抜けた。
「何……今の」
「え、何?」
事態が飲み込めていない透を押しのけて、うつぶせになっていたベッドから身を起こす。
頭上では透のまわりに漂っていた人魂たちが、狂ったようにぐるぐると渦を描いていた。まるでミキサーにでもかけられたかのような混乱振りである。
「どうしちゃったっていうのよ、まったく!」
―――危ない。
霊たちが騒いでいる。
―――鬼が……
―――鬼が魂を喰らいにくる。
昼には聞き取ることの出来なかった霊魂の言葉が、ようやく聞こえた。
「鬼って」
何なのよ、と聞き返そうとした桜夜の声を、空気を揺るがすような音が掻き消した。バシィンとガラスを強い力で叩いた時のような音である。言葉を飲み込んで、桜夜は窓の外を振り向いた。
「うわ、何、今の」
「窓を開けないで!」
とっさに、音の正体を知ろうと、腕を伸ばして出窓に手をかけた透を止める。
今の空気を揺るがした音は、ガラスに何かが当たったせいではない。
(結界に侵入しようとしたやつがいるんだわ)
透を取り巻く霊たちに、害がないことはわかっていた。それでも念のためにと、桜夜はアパートの部屋をとりまくように結界を張り巡らせていたのである。
その見えない壁を破って、侵入しようとした者がいた。
ピリピリと衝撃の名残は、結界を張った桜夜本人には痛いほどに伝わってくる。
うなじが逆立つような緊張を覚えながら、桜夜は耳を澄ませた。怖いくらいに静かだ。
相手は、諦めたのだろうか。
「窓、開けるとマズイの?」
怪訝そうに透が振り返る。
そして……透の肩の向こうに、桜夜は見てしまった。
暗闇に光る赤い一対の瞳を。
真紅に、そこだけ闇を感じさせずに、瞬きもせずに「それ」は桜夜たちのいる部屋を凝視している。
まるで敵が近づくのを察知した小魚の群れのように、透を取り巻いていた霊魂たちは桜夜の部屋で、高速で移動していた。
その向こうで、ガラス一枚隔てた闇の中で、「鬼」がいる。
墨を零したようになぜか外は真っ暗で、街明かり一つ見えなかった。
赤い二つの円だけが、煌々と闇に輝いている。
身動きしかねて、桜夜は凍りついた。絡んでしまった視線を逸らせば、今すぐ襲い掛かられそうだった。
何も言わない桜夜に困り果てて立ち尽くした透を間に挟み、双方は永遠とも思える一瞬、にらみ合った。
先に動いたのは、赤い瞳のほうである。
闇の中でゆらりと光が揺れた。
まるで信号機のように無機質な瞳が、ゆっくりと瞬きをする。
桜夜に背を向けるように、紅色の目は遠のいて消滅した。
ガラスの向こうは、もの言わぬ漆黒の闇へと姿を変える。
闇の中で何かが動いて、気配は段々遠くなった。
やがて闇には光が灯り、少しずつ、気づかぬうちに見慣れた街の景色が戻ってくる。
「どうしたの?怖いものでも見た顔をしてるよ」
心配そうに透が首をかしげた。
力尽きたように、今まで激しく動いていた人魂の群れは部屋中に浮かんでいる。
「見たのよ」
吐き出した息は僅かに振るえ、手のひらには冷たい汗を掻いていた。
「見たの。なんだかしらないけど気味悪くて怖いやつを」
闇の中で、あの赤い瞳がじっとこちらを見つめているような気がして、桜夜は無理に窓から視線を剥がした。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 】
 ・0444 / 朧月桜夜(おぼろづき・さくや) / 女 / 16

NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋 
  霊感ゼロ男。
 ・渋谷透 / 男 / 勤労学生
  両親を幼い頃に亡くしているせいか、年上の雰囲気を漂わせた人には例外なく弱い。押しにも弱い。
  惚れると尽くすタイプだが、尽くしすぎて煩がられ、捨てられてばかりいる。
  女性というだけで無条件に崇める傾向がある。
  何度も危ない目にあっているが、本人は気づいていない。ある意味幸せな性格。

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■         ライター通信          ■
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お久しぶりです!ご無沙汰してました、台風間近夏真っ盛り、いかがお過ごしですか!
桜夜ちゃんは相変わらず同居人君と仲良しですか。よいですな〜〜(落ち着こう)
いやはや、遊んでいただいてありがとうございます。
途中やや下世話な表現があったことをお詫びしま…(殴)
同居人君追い出しちゃってすいません!
なにはともあれ、お待たせしました、そしてお付き合いいただいてありがとうございました!楽しかったです。
またどこかで見かけたら、その時も「付き合ってやるか」と思っていただけたら、また声をかけてやってください。
ではでは〜。


在原飛鳥