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<PCシナリオノベル(シングル)>


徘徊者
●深夜 踊り場
 月の光が囁く。その囁きさえもわずらわしい。
(何発撃った? 何発残ってる?)
 薄汚れた壁を背に陵彬は頭を一つ振ると、愛用エアガンのマガジンをずらした。もうあまり余裕がない上、手持ちもない。
 もしこれが実弾ならば――そう考えかけて、すぐさま追いやる。法治国家の現代日本において彬のような一市民が実弾を所持できる可能性は極めて低い。
 それ以前に殺人事件の犯人相手にエアガン一丁で立ち向かうほうが、ありえない話だろうけれど。

●昼 学食
「いい儲け話があるんだ」
 そう言うと、ガタイに物を言わせ混雑を掻き分けて席に着いた友人が片目を瞑る。
「儲け話ねえ‥‥」
 彬は定食のみそ汁をかき混ぜながらぼんやりと呟いた。それにしてもどこからこんなに人が集まるのか。高校まで山奥の実家で生活していた彬からすれば、信じられない話だ。
「おい、聞いてんのか? お〜い?」
「聞いてる。それより頭を撫でまわすのをやめろ。俺にその手の趣味はない」
 通りがかりの女生徒数人がくすくすと笑いながら、通り過ぎていく。
「安心しろ。俺もない‥‥で、設け話なんだってばよ」
「新薬の実験台? それとも新車開発の事故実験人形か?」
「待て。なぜに体力勝負? 俺は怪盗とか埋蔵金掘りとかを志す華麗で優雅な人物なのに‥‥待て待て。いや、小耳な噂話で聞きおよんだのだが、犯人見つけて100万円」
「日本語としては無茶苦茶だ。二十八点」
 みそ汁をすする。味は値段とで相殺。
「そもそもなんの犯人だ」
「そこの公園で死体が見つかったろう? アレの犯人さ」
 ニ週間前、身元不明の男の死体が発見されたのが皮切りだった。
 すでに片手の指を越える犯行が起こり、警察は無差別連続殺人の見解を出したもののそれ以上の情報の公開はない。逆に近所ということもあって、大学の掲示板に情報を求める張り紙がしてあるぐらいだ。
「なんつうか燃えるもんがあるだろ。犯人と格闘の上、捕獲。100万円!」
「まるでツチノコ探しだな。ま、頑張れ」

●夕方 公園
 件の公園のベンチに腰掛ける。 実際、わずかでも最寄の駅に近いせいか、学生の大半はこの公園を通る。それは連続殺人事件が起こったあとだろうが変わらない。
(たくましい話だ、本当に)
 アスレチックを意図して作られた遊具や芝生でサッカーをしている子供たちも含めて。
「現場こそすべての基本。いやあ、警察もたまにはいいこと言うよなあ」
 そして、彬を引きずってきた友人もまた。
「また罰金をとられたのか?」
「彬おに〜ちゃん♪」
 急に口笛を吹き始めた友人を見上げていると、急に声をかけられた。そちらを見ると、入学間もないころに知り合った幼い女の子がいる。
「‥‥光源氏だったとは。ときに彬君、彼女の母親は美人かね?」
「黙れ‥‥元気だったか?」
 友人に一撃をくわえ、彬は女の子の視線に自分の視線を合わせた。
「うん♪ ママもまたきてくださいねって」
「分かった。またそのうち、な」
 この女の子は公園の近所で母親と二人で暮らしている。元来、面倒見のいい彬としては、一人寂しそうに遊んでいたこの女の子の相手をしただけだったのだが、母親に是非と言われ何度か家にお邪魔したことがある。
「そのときはお兄ちゃんもご一緒ってことでいかがにゃあ?」
「‥‥いいから調査してこい」
「了解っす。ボス!」
 すかさずアピールをはじめる友人に、拳を振り上げる。そんな彬に敬礼をすると、友人はそくさと調査に走って行った。標的はたむろする若い奥様方な模様。
(誰がボスだ)
「ねえねえ。おに〜ちゃん、ボスなの?」
 さすがに袖をひっぱられ真正面から聞かれては‥‥頷くよりほかに方法はなかった。

 なお、収穫は『野良動物が食い散らかしたように無残だった』のみだった。

●昼 学食
 その日の講義は昼からだったので、昼食を先に取るべく食堂に足を運ぶ。講義時間の今ならば、食堂の人影もまだ少ない。
「大変やで、彬はん!」
 静けさを破り、血相を変えて食堂に突っ込んできた友人に、大きくため息をつく。
(なんなんだよ、そのアクセントは)
 ツッコムベキカ、ムシスベキカ。だが、その答えを出すより先に、友人が口を開いた。
「死体が見つかった。新しい死体」
「らしいな」
 登校中に通った現場らしき場所は、テープやビニールシートが大活躍していた。
「しかも。しかもや、彬はん! 殺されたのはさっちゃんの母親らしいぞ」
「そのアクセ‥‥さっちゃん?」
「昨日の女の子だ! で、顔が残ってたから警察の調査も早く」「事実なのか? それは確定情報なのか?」
「‥‥先輩がコネで聞きだしたそうだから事実‥‥あ、こら! 講義どうする!」
 掴み上げていた友人の襟を投げ捨て、彬は走り出していた。

●夜 白王社アトラス編集部
「奴なら取材で‥‥うん、どこに行ったか不明」
 あのあと、彬は現場周辺を走り回った。
 警察は一介の学生に情報をくれない。女の子の家は誰も居ない。戻ってみれば友人も行方知れず。
 最後のコネとして飛び込んだアトラス編集部。だが、顔見知りの編集者はこの有様。
(どうする?)
 それ以前にどうしたいのか。
「どうかしたの? なんだったら、僕が話を聞くけど?」
 彬がふさぎこんだように見えたようだ。編集者が人の良さそうな笑いを浮かべ椅子を勧めてくれた。

「なるほどねえ。あの事件について、か」
「知っているのか?」
「おっ、目が輝いたな。うん、実はうちでもあの事件には注目しててねえ」
 そう言うと手近なパソコンを操作。
「っと、これこれ。どうにも不可解な部分があるって、編集長が拾ってきたんだ」
 彬は小さく頭を下げて、画面を覗き込んだ。どうやら警察内の調査報告の概要をまとめたものらしいが、さすがに写真はない。
「信用できるのか?」
「うちの編集長は人気者だからねえ」
 ざっとだけ目を通す。いずれの報告でも一点で引っ掛かる。
「失血死ながらも原因不明?」
「ああ、それか。普通、大量出血な殺人事件なら、さ」
 編集者が何かを振り下ろす真似をする。
「こうやって何かで切るなり突くなりするだろ?」
「‥‥しかし、死体の損傷が激しいともある。そのせいとは考えられないのか?」
「だろうね。で、うちとしてはその損傷のほうが注目事項でっと」
 そしてまた編集者がパソコンを操作。
「これは検死医の報告書。ほら、ここだ」
 小指がなぞる部分を彬は目で追った。
(遺体に残る動物の歯形はいずれも別種のモノ‥‥)
「ここには書いてないけど、犬や鳥ならともかく、ライオンとか狼とか猪とかのだって。鑑識も足跡があったと報告してる」
「‥‥東京だぞ?」
「然り然り。おかげで警察もうかつに発表できな‥‥のわっ! へ、編集長」
 こっぴどく叱られ始めた編集者を他所に、彬は思考を組み立てていた。
(獣に喰われた死体‥‥死肉を食う獣‥‥存在しないはずの獣‥‥なぜ喰らうのか?)
 無意識のうちに、いつも持ち歩いているメモをめくる。またそれをぼんやりと眺めていて‥‥目と手が止まった。
「供物‥‥贄‥‥餌‥‥」
 古来より伝わる呪いでは、使役するモノへの見返りが必須だと言われている。その場合の大多数は術者自身が支払うが、逃れるためにそれ以外を用いる場合もないわけではない。
(なら‥‥奴はまたあそこに現れる、か?)

●深夜 公園
 それから数日、彬は警察に見つからないように公園で犯人を待っていた。犯行周期は次第に短くなっているからこその手段。
 犯人が使役動物を放棄し犯行をやめる可能性がないわけではなかったが、力を手にした人間がそう簡単に力を放棄するとは考えにくかった。
 そして、月の明るいその夜を迎える。

 広い公園とは言え、人の通る場所は限られている。加えて通る人間はほぼ同一人物。となれば、見慣れぬ顔を探すのはそう難しいことではない。
 女がいた。黒すぎる影に包まれた女がいた。
 彬は慎重に女の様子を伺うことにした。悠然と、こここそ我が城とばかりに歩いていく。
(ハズレ、か?)
 ふいに女が振り返った。慌てて木の幹に身体を隠し、そっと覗く。
 ワラッテイタ。それはとても嫌な笑いだった。
「御用は何? ナンパ? ストーカー? それとも‥‥あそこの差し金、かしら?」
 女がぱっと走り出した。
「ちいっ!」
 すかさず腰の後ろのホルスターからエアガンを引き抜き、後を追う。
(アタリ‥‥なのか?)
 意外なほど女の足は速い。時折刺さる茂みの枝が痛いが、それどころではない。
(この方向は)
 入学当初に散策した公園の地図を頭に描く。向かう先、フェンスの向こう。

●深夜 病院
「もう鬼ごっこはおしまいかしら♪」
 くすくすと女の笑い声がフロアから溢れてくる。
女が駆け込んだ病院――一昨年閉鎖されもうじき解体される――は喰い散らかされた死体を造ったモノの巣だったらしい。
 応戦むなしく、彬は幾多の獣によって階段の踊り場に追い詰められていた。
(効いていたとは‥‥思えるか?)
 階段を挟んでにらみ合う獣へと撃ちこんだときのことを思い出す。
(一瞬、動きを止めた。だが‥‥)
 銃把を握り直したとき、また女の声がした。
「それにしても情けない処理係よねえ♪ 力あるけどお子様で〜、銃もおもちゃで役立たず。そ〜んなものがあたしの式神に通用すると思ったのかしら♪」
 笑いが哄笑に変わった。応じるように獣が低く唸る。
(嘘だと言う確証はない。ならば)
 もう一度、手順を考える。正面に撃ちこむ階段を走る女を見つけて駆け寄って‥‥。
「ほほほほほ♪ さあさ、そろそろ狩りの時間。かくてウサギは」
「狼の腹」
 男の声が聞こえた。笑いが消えた。

●昼 公園
「最近、静かになったよな」
 側の大木にもたれる友人が大きく伸びをした。あの夜以来、一月近くの時が経つがこの公園から死体は発見されてはいない。
「‥‥そうだな」
 彬はぼんやりと解体中の病院を眺めていた。次々に崩れ落ちた獣と首を裂かれた女。胸に刺さった文様入りの軍用ナイフ。耳に残る男の声。
「元気ねえなあ。そんなに光源氏になり損ねたのが‥‥ゴーグルのない者に向けるな!」
 警察はいまだ調査を続け、周囲に警戒を呼びかけている。だが、公園は公園としての機能を失ってはいない。
「おにいちゃん、さっちゃんの友達だよね?」
「鬼ごっこすんだけどやんないか?」
「やろうぜ、にいちゃん!」
 銃を構える彬を、遊具からぱたぱたと走ってきた子供たちが取り囲んだ。
「そうしろ、にいちゃん」
「うるさい」
 かくして、公園に声が響く。
「じゃ〜んけ〜ん!!」
 太陽が騒ぐ下で。

―――――― 『徘徊者』 終