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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


シンデレラ・ホームステイ
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盛夏である。
久遠樹(くおん・いつき)の営む薬屋は、この時期に限って人手不足だった。夏休みだの盆休みだので、アルバイトも、アルバイトがいない時に引っ張り出せるはずの同居人も、故郷だのグアムだのサイパンだの、変わったところではアフリカだの人外魔境だのに羽を伸ばしに行っているのである。
人口密度が減ったところで、涼しくて良いと思っていた樹であったが、三日経ち、四日経つうちに彼らの帰りを待ちわびるようになった。
寂しくなったというわけではない。
不便だと言うことに気がついたのだ。
店番は樹一人だけだから、まず店の奥に位置する自宅の掃除ができなくなった。薬の補充をしようにも、一人で険しい山を潜り抜けても、持ち帰れる薬草の量はたかが知れている。
とにかく思った以上に不便なのだ。こんなところで周囲の人々のありがたみを実感してみる樹だった。
だが世の中はうまくできている。人手が欲しいと漏らしたら、「どうだ、イキのいいのが一人いるぞ」と電話口で怪奇探偵は囁いた。
そんなこんなで樹が紹介されたのが、渋谷透(しぶや・とおる)だ。欧州系らしい彫りの深い顔立ちは、男の目からみてもなかなか整っている。どこか間が抜けて見えるのは、本人が間抜けだからか、それとも春に飛ぶタンポポの綿毛のような白い球体が原因か。おそらくどちらもであろう。
無数の人魂を引き連れた透は外人のくせに日本の夏の怪談話に相応しく、しかしその量が並ではないので、やはり間抜けに移るのだった。
だが、太ってもいないし痩せ過ぎてもいないし、健康そうではある。馬鹿の常として元気そうでもある。
「体力には自信があるかい?」
と樹は聞いた。
「うん。まあ、それなりに。風邪とかあんまり引いたことないよ」
と自慢げに言われたが、それは透が馬鹿だからである。深くは突っ込まずに、樹は腕を組んで頷いた。
「じゃあ、透君。きみをウチに泊めるかわりに、私の助手をしてほしい」

広大な樹の自宅の掃除に汗流し、午後になって「山菜摘みだよ」と連れてこられた山をみて、透はなんとも言えない顔で黙っている。
ギャアギャアと怪鳥が寄生をあげている森である。深緑の木々が鬱蒼と茂り、山には道らしい道もない。遠くを見れば、昼だというのに太陽の光も届かないうす暗がりだった。
「あのう」
「どうかしたか?」
「なんかこう……道がないんですけど」
「そりゃあ、このあたりでは樹海と呼ばれている森だからな。普通の人なら近づかないよ」
山に分け入るのは、小さな時から森に親しんでいる樹くらいのものである。なんとも言えない顔をして、震える指で透が森の奥を示す。
「…あっちのほうででっかい草が動いてるんですけど」
「ああ、あれはこの山にしか見られない特殊な食虫植物でね。たまに人を獲物と間違えるから気をつけるといい」
透はさらに悲壮な顔になった。
今晩は山菜御飯なんだと喜び勇んでついてきたから、落胆は余計大きかった。拗ね始めた青年の肩を、樹が優しく叩く。
「私から逸れると、命にかかわるよ。気をつけたほうがいい」
優しいのは外見だけの樹の心遣いは、透を一層絶望させただけだった。

そして数時間後―――。
「あっ、ねぇ、見て見て。これおいしそう!」
山に入ったら入ったで、透はかなり楽しんでいるようだった。たまたま見つけたブルーベリーに味をしめてから、機嫌がいいのである。薬草摘みも、思っていたよりはかどっている。
「そう、何でも口に入れるんじゃない。毒があるのはキノコだけじゃないんだ」
「うんわかった」
注意したそのそばから、赤く熟れた実を口の中に入れている。樹は呆れた。
掃除機も顔負けなくらい、透はなんでも口に入れるのだ。葉でも実でも、摘んではためらいもなく口に入れてみる姿は、ハイハイを始めた乳幼児並である。
「たとえばそこの草」
「んん?」
「漢方に利用できる薬草だが、そのまま口にすれば猛毒だ。息が出来なくなって、死ぬこともある。あまりの苦しさに走り回ってもがき苦しむので、ついた名前がハシリドコロだ」
「…………」
「そういう草もある。わかったら、無闇にものを口にいれないように」
「……ハイ」
数時間に渡る登山の間に、透はようやく「山登り」のコツを掴んだようだ。コツというのは、樹の服のどこかに捕まって、決して離れないことである。
たった数時間で4度も迷い、9度も食虫植物に食われかけ、3度もアナコンダよりも太い蔓に絡め取られて吊るされているのだ。経験から学ばないほうがおかしい。
かくして樹の服の裾を指で摘みながら、透は突然彼に向かってしゃべりだしたのだった。
「母さん、ぼくのあの帽子どうしたでせうね?」
「……なんだ、その妙な台詞は」
「何って、詩」
「詩なのはわかる。西条八十だろう。だが何だ、突然」
しかも「せうね」の部分はそのまま「せうね」と発音している。国語が出来ない証拠である。
いろいろと災難に見舞われた後だったから、恐怖のあまり気が触れたのだろうかと本気で思った。
よりにもよって樹を母さん呼ばわりである。正気だったら気持ち悪い。
だが透は正気だった。もしくは遥か以前から変なヤツだった。つまり昨日今日で気が触れたわけではないのである。
「日本の風流って感じでしょ。この緑ばっかの森に囲まれてるとその詩を思い出すわけよ」
「……そうか?」
渓谷もなければお互い麦藁帽子も被っていない。唯一の共通点といえば、詩の中に「若い薬売り」が出てくるくだりだけである。そのことを透が知っていたかどうかは、甚だ怪しい。
日本独特の風流というより、この山に漂っているのはアマゾン顔負けの生命力だ。湿気たるや壮絶なものがある。這い回っている虫は原色も原色、ブラジルのサンバ・ダンスを思わせる派手派手しさなのだ。
無駄な問答は余計な体力を消費すると結論づけて、樹は透の下手くそな朗読を右から左へ聞き流した。
その時である。
ギャアッ、ギャアッと人の悲鳴のような声を上げて、黒い鳥たちが一斉に森から飛び立った。
「うわっ、何だ!?」
びくっとして、透が立ち止まる。今まで体験したことのない事態に、透を腕に掴まらせながら樹も眉を寄せた。
気がつけば、森はしんと静まり返っている。
何一つ動くものなどなく、今までの溢れんばかりの生命力がウソのようだった。まるで、何か恐ろしいものの存在を前にして、草木も虫も、息を潜めているようである。
何気なく透の無事を確認して、樹はそこに白い人魂の群れを見た。今までおとなしくしていたので気にならなかったが、今はまるで狂ったように透の周りを飛び回っている。
ゾクリと、体の底が冷たく震えた。今まで確たる意志を持たなかった人魂が、やかましいほどに警告を発している。
―――鬼が。
―――鬼がこの子を喰らいにくる。
切羽詰った様子で、彼らは一様にそのことばかりを訴えていた。逃げろ、と悲痛に人魂たちは透に呼びかけている。
「透君、私から離れるな」
今や樹にも、「何か」が近づいてくるのが肌で感じ取れるようになっていた。
それは、振動に似ている。本能的に身が竦む恐怖が、波動となって森の木々の向こうから押し寄せてくるのだ。
透を背中に回して、樹は気配と対峙した。がさ、と遠くで草を踏み分ける音がする。
ゆらりと、暗く沈んだ森の奥に一対の赤い点が生じた。
光の届かない深い森の中である。赤い目だけが、爛々と光っている。
「臨……」
覚えず、樹は唱え始めていた。子供のころ、祖父から伝えられた「まじない」である。
「兵・闘・者……」
魔を退けるのだと聞かされていた。それが陰陽道にまつわるものだと知ったのは、ずっと後になってからのことだった。
「皆・陣・烈・在・前」
鬼が、近づいてくる。真っ赤な目をした鬼だ。人とは比ぶべくもないほどに大きい。
九字を聞いた鬼は、遠目にもわかるほど歩みを緩めた。樹の背中を冷たい汗が伝う。それでも一心に、昔祖父に教わった通りに気持ちを落ち着けて、樹は九字を唱え続けた。
一瞬は永遠のように感じられ、緊迫がピークに達しようとした時、「鬼」が動いた。暗がりの向こうで、その巨体が揺らぐ。襲い掛かるべきか、それとも出直すべきかと、迷っているようだ。
すかさず、樹は意志を込めて再び口の中で言葉を噛み締める。
(去れ……)
鬼は、地の底から轟かすような唸りを上げて、樹と透に背を向けた。
その巨体からは想像も出来ない素早さで、みるみるうちに木々の間へと溶け込んでいく。
ガサガサと、どこか遠くで葉はまだ揺れていた。
まるでダンプカーでも通ったかのように、鬼の通った跡の草木は折れ、たわみ、時には毟り取られていた。
夕日よりもさらに赤い、しかしなんの感情も読み取れない瞳だった。
気がつけば、山に差し込む日は弱く、空は赤く染まっている。
きっと真っ赤に燃える夕日を見るたびに、あの爛々と光った赤い瞳を思い出さずにはいられないのだろう。
「今日は、もう帰ろう」
日が暮れるまでに、家に帰らなくてはいけない。
わけがわからずに立ち尽くしている透の背中を押して、樹は歩き出した。
「帰ったら、今日採ったハーブを使って、お茶でも淹れてやろう」
気を紛らわせるためにそう言うと、根が単純な透は素直に喜んで笑顔を見せた。
「いいね。オレケーキが食べたいや」

空は、燃えるように赤く染まっている。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
・1576 / 久遠・樹(くおん・いつき) / 男 / 22 / 薬師

NPC
 ・太巻大介(うずまきだいすけ)/ 紹介屋 
 ・渋谷透 / 男 / 勤労学生
両親を幼い頃に亡くしているせいか、年上の雰囲気を漂わせた人には例外なく弱い。押しにも弱い。
惚れると尽くすタイプだが、尽くしすぎて煩がられ、捨てられてばかりいる。
女性というだけで無条件に崇める傾向がある。
何度も危ない目にあっているが、本人は気づいていない。ある意味幸せな性格。

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■         ライター通信          ■
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お久しぶりです!後日談もアップせずに何を遊んでいるんだと言われそうです(……)
依頼を受けていただいてありがとうございました。大変楽しく書かせていただきました!
渋谷はおいしく樹君特製サラダとお茶とその他もろもろ頂いて大喜びだったことと思います。いろいろ勉強もさせていただきました。最近自らの無知が恐ろしいです。(無恥も恐ろしいが)
作中に出てきたのは、まんま西条八十の「麦藁帽子」という詩です。風が強くて渓谷に麦藁帽子を落としてしまうんですが、それを拾ってくれようとするのが、まだ若い薬売りの青年なんですな。
そこまで渋谷が考えたかというと、あいつバカなのでありえません。ノリです…。
ハシリドコロは、一時有名になったトリカブトなんかと肩を並べる毒草だそうです。間違えて食べちゃう人も多いらしいです。
やっぱり山菜摘みにはいけねぇ…と決意を新たにしてみました(せんでいい)
なにはともあれ、遊んでいただいてどうもありがとうございました!仕事後の一服ティータイム、書けなくて残念でした。すいません!!
また、よろしければ遊んでやってください!
ではでは、夏ばてにはお気をつけてお過ごしください。


在原飛鳥