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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


亡霊ゼロ戦の夏

 連日の猛暑が続く八月のことである。それは、アトラス編集部に届いた、一通のメールからはじまった。



こんにちは。オレの不思議な体験についてメールします。
オレは稲村正紀と言います。
25歳の、自分で言うのもなんですが、ごく平凡なサラリーマンです。

あれは一週間ほど前の、すごく寝苦しい夜のことでした。
夜中の二時か三時頃だったと思うんですが、なにか音がして目が覚めたんです。

最初は、車かバイクの音のように聞こえて、暴走族だと思いました。
迷惑だなぁと思っていたら、どうも様子がおかしい。
このマンションに住んで3年になるけど、暴走族なんて来たことないし、
どうも……音が「上」から聞こえてくるんです。

なにかすごくイヤな予感がして、起き上がって、窓を開けたんですね。
そしたら……
うちのマンションの、びっくりするくらい近くに、飛行機が――
戦闘機が、飛んでいたんです。(うちはマンションの7階で、最上階です)
もうすっかり腰を抜かしてしまって……その後の事はよく覚えていません。

人に話しても「絶対、夢だ」っていわれておしまい。
たしかに、実は、自分はミリタリーものが好きで、
その手の本やプラモデルも集めてるから、
そんな夢を見たんだろうっていわれても無理はありません。

オレもなかば、そんな気もします。
実際、真夜中にあんなに低く飛行機が飛んだのなら、
もっと騒ぎになっていいはずだけど、そんな様子もないし……。
でも……

夢だとしても、あんなリアルな、あんな印象深いものははじめてで、
どうしても、オレには夢だと思えないんです。
こんなあいまいな話では、何がどうなるものでもないでしょうけど……。

ちなみに、オレが見た戦闘機。
あれは、間違いなく「ゼロ戦」でした。
夢だったとしても、そのことだけは、はっきり断言できます。

■まぼろしの機影

 子どもたちが、きゃあきゃあと嬌声をあげて路地裏を駆けてゆくのを、岐阜橋矢文は微笑ましげに見送った。と、いっても、その表情のかすかな変化を見きわめられたものは少なかったかもしれない。
 そろそろ盆も近い日のことだった。道端の地蔵に線香が供えられているのを見て、ふっ……と、今度は見てわかる程度に微笑んだ。
 のっそりと、歩き回りながら、周囲の家並みを見ていく。近代的なマンションや店鋪もあるが、その合間に、ずいぶん昔からあるのだと思われる軒先もちらほらと見てとれる。いわゆる下町、というのだろうか。
(ゼロ戦――)
 空を横切っていく機影。不吉な赤に染まった東の空。
 矢文は思い出す。
 バンザイの声とともに、送りだされていった若者が、村に戻ることはなかった。そして押し殺した声で、東京が、広島が、といった言葉がささやかれるようになり……。
(昔の……話だ)
 じりじりと、太陽が地上を炙るように照りつけている。いつだって、八月は暑い。それは、この国が最後に戦争を経験した五十余年前から、変わることはない。

「失礼するが……ここで、一体、何を?」
 武神一樹である。骨董屋の主人の、着流し姿は、いかにも夏の夕暮れにふさわしい。
 彼の、眼鏡の奥の理知的な瞳は、空き地の真ん中に坐り込んでいる男に向けられていた。
「…………」
 地面の上にあぐら――というか、座禅の格好というか、どこかヨーガじみた姿勢で坐っている男は、ゆっくりと頭をめぐらせて一樹の目を見ると、次に、またゆっくりと空を見上げて……それからやっと、ぼそり、と応えた。
「月と…………話をしていたんだけど」
「…………」
「…………」
「……邪魔をした」
 一樹はきびすを返して立ち去ろうとした。いにしえよりの闇に棲まうあやかしとともに生きる武神一樹である。妖怪の類であればなんということはないが、このところ、こういう、人であって、どこかおかしい連中が多くて困る。
「……もしかして」
 一樹の背中へ、男が声をかけた。
「アトラスの仕事で来たひと?」
「……武神一樹だが」
「灘ツキト」
 そう名乗って、男は立ち上がった。頭髪の一切ない頭と白い肌、華奢な体躯――どこか、無機質な印象のある男だった。
「『ゼロ戦』を探しているんだね」
「零戦(れいせん)、と言ってくれ」
 一樹はにやりと笑った。
「れい……せん?」
「『ゼロ戦』は後世の呼称でな。正式には零式戦闘機……“零戦”と当時は呼ばれていたのだ」
「ふうん。……でも、五十年ほどまえに、もうなくなった物だって」
「むろんそのはずだ。しかし、だからといって、幽霊だ、幻覚だ、と決めつけるのは早計というもの。深夜に、なにかが……低空飛行をした可能性もある。飛行場に出来る開けた土地が近くにないかと思って、探していたのだが……」
「そう……なにかが飛んでいたことは……間違いないみたいだけど」
「なぜわかる?」
 一樹が問うと、ツキトはふしぎな銀色の瞳で見返してきた。
「……月が見ていたから」

「じゃあ、おじいちゃん、またねー!」
「いつでも遊びにおいで」
 大きなリュックサックを背負って女の子は駆けてくる。目を細めて、老人が彼女の姿を見送っていた。老人の孫かと思われたが、そうでもないようだった。
「ねえねえ、このまんしょんに住んでるひと?」
 少女は、駆け寄ってきてそう訊ねた。
 彼女からしてみれば、矢文はまさに雲をつくような大男に見えただろう。ジャックと豆の木の世界だ。
「いや……」
「そうなの? あっ、わかった! アトラスから言われて来たんだね! みあおもなんだよ」
 屈託のない表情で笑いかけてくる。こんな小さな女の子が?――と言わんばかりの目で、矢文はその小さな調査員……海原みあおを見た。
「あっ!」
 続いて、みあおが声をあげる。
「ツキトだ!」
 矢文のかたわらをすりぬけて、駆けてゆく。まったく、子どもとはよく動くものだ。スキンヘッドのひょろりとした青年と、並んで歩く和装の男の二人づれが道の向こうに見えた。

■真夜中の空襲警報

「ほう……」
 あごをなでさすりながら、骨董屋の目が輝いた。
「実は俺も先の大戦以前の飛行機は好きなものでな、骨董とは趣旨が外れるが少々知識もあるつもりなのだが」
 稲村正紀の部屋は、2LDK。ただ、決して広い部屋ではない。そこへ、天井からは飛行機やヘリコプターのプラモデルが吊り下げられ、棚には所狭しと戦車やら兵士やらが並んでいる。そこへ4人もの人間がおしかけると、かなり手狭に感じられる。
「問題の零戦は二一型か、それとも五二型か、それとも三二型かな?」
「ハハ、驚いたな。本当にお詳しいんですね。たぶん、五二型だったと思います」
 正紀は苦笑しながら応えた。怪奇現象に詳しいものが来ると思ったのに、ミリタリーの話ができるとは。
「五二……」
「それは?」
「うむ。零戦の最終量産型とされているものだ。戦争末期に米豪連合軍と、南方で戦ったタイプだな」
「みあお知ってる! 『だいにじせかいたいせん』っていうんだ。学校で習ったもん」
 みあおの言葉はどこまでも無邪気だ。第二次世界大戦……太平洋戦争――教科書の中の活字としてのみ、彼女たちには知られている言葉。
「今の時代には、いらない」
 ぼそり、と矢文が発言した。
 それが、この部屋に通されてはじめて彼が発した声だったので、皆の視線が集中する。
「そうだね……『正しい』ものじゃない」
 ツキトが同調する。
「ふむ」
 面白そうに、一樹はふたりを眺めた。今ひとつ得体の知れないこの男たちが、それなりにこの事件になんらかの思いを抱いているらしいことがわかったからだった。
「この建物の近くを調べてみたが、なにかが離発着できそうな場所はなかった。――時に稲村殿、零戦を目撃したのはその一回きりか?」
「ええ……今のところ」
「他に目撃したという証言はまったくないのだろうか」
「みあお知ってるよ」
 意外な発言だった。
「三下に調べさせたんだ」
 得意げに言いながら、みあおはリュックから資料の束を取り出してきた。一緒に、クッキーやキャンディの袋がばらばらとこぼれる。
「何人かいたんだけど、やっぱり自分でも信じられなくて誰にも話さなかったんだって。それと、それ以外に、ぜろせんの夢を見た人が何人もいるんだよ」
「夢!?」
「へえ……面白い。でも……それって、起きていても見られる夢だったのかもね」
「ゼロ戦のすがたをした何かが、飛んでいた。起きていた人間はそのものを目撃し、眠っていた人間は夢の中でそれを見た。――強力な、なにかの思念のエネルギーのようなものなもの、ということか」
「みあおは起きていて見たいよ! だって寝ていて見るんじゃただの夢と変わらないもの、そんなのつまんない。今晩出るかもしれないと思って、こーひー作ってきたんだよ!」
 そういえば、彼女は水筒をぶらさげていた。

 そして。
 月がゆっくりと傾いてゆく。
「ふわぁ」
 ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを何杯も飲んでも、小学生には眠い時間のようだ。
「まだかなー、ぜろせん。出ないのかなあ」
 ベランダから、双眼鏡で夜空を眺めながら、みあおはつぶやく。
「すこし眠ったらどうだ。出たら起こしてやるから」
 隣の一樹が、みあおの肩に手を置いて言った。
「だめだめ。みあおもおしごとなんだもん」
 頬をふくらます。一樹は苦笑した。
「でもなんのために出てきたんだろうね。東京を“くうばく”しにきたのかな」
 またしても、少女は活字から仕入れたらしい単語を口にした。
「そう……だな。しかし零戦は日本の戦闘機だ。日本のために戦ったのだ」
 特攻、という言葉が、一樹の脳裏に浮かんだが、しかし、小学生のみあおに対してそれを口に出すのははばかられた。
「すいません……」
 そのとき、部屋の中から、正紀が顔をのぞかせる。
「オレ、明日があるんで、そろそろ失礼して眠らせてもらっても……」
「ああ、もちろん構わない。人がいて落ち着かないかもしれないが」
「いえ……。それと、灘さんと岐阜橋さんは、ちょっと外を見てくるっていって、出ていかれましたよ」

 矢文は、重い足取りで夜更けの街を歩いている。このあたりは住宅街なので、通りには他に人影はなく、ひっそりと寝静まっていた。
(みりたりー、というのか)
 今しがたまでいた、稲村正紀の部屋の様子を、彼は思い浮かべている。
(戦争の道具を……愛でる趣味とは)
 だからといって、彼が戦争主義者だとも思わない。さすがにそこまで、矢文も堅物ではない。だが――。
(わからんな)
 いつの時代も、人間とは謎である。
 戦争をするのも、それをやめるのも、戦争を否定した上でミリタリーを愛好するのも、皆、人間のやることだ。
「すみません」
 突然、声をかけられて、はっとわれに返る。
「年寄りを……見ませんでしたか。うちの父なんですが」
 中年の男性だった。パジャマの上に、申し訳の上着をはおっただけの格好なので、寝ていたところをあわてて出てきたものと見えた。
「ちょっとボケはじめていて……徘徊するんですよ。見ませんでしたか」
「いや……見かけないが」
 矢文の答えに、男は肩を落とし、礼を言って去ろうとした。よければ手を貸そうか、と、その背中に声を掛けようとして――
(……!)
 気配に、天を仰ぐ。
 夜空の彼方から……悪い夢のような記憶の彼方から、その音が近付いてくる。

 その影が、月を横切った。
「へえ……」
 灘ツキトは、マンションの屋上にいた。
「あれがそうなのか……。思ったとおりだ。……次元がズレている」
 誰にともなくつぶやく。
「ここに在るのは……『正しく』ない。デリート……しなくちゃ……」
 空を見上げると、彼は、片手を高くあげた。
 まるで、遠くの誰かに合図を送るようなしぐさだった。
「こちら、54地区担当、ツキト」
 そして虚空へと呼び掛ける。

「おお――!」
 ほぼ同じ頃。
 ベランダでも、武神一樹が声をあげていた。
「わあっ!」
 みあおと一樹の目の前で……唐突に、それはあらわれたのだ。
 低く、重いエンジンの唸り声が空気を震わす。
 回転するプロペラ。魚雷が翼を持ったような形状の、濃緑色の機体。月光を鈍く照り返すキャノピー。
(零式艦上戦闘機52型――)
 図鑑や模型でしかみたことのなかった存在が手を伸ばせば触れられそうなところを飛んでいた。
(エンジンは「栄21型」1130馬力。全幅11メートル、全長9メートル、全高3・5メートル、重量3トン。最高速度、時速540km。装備は20mm機関銃2丁、12・7mm機関銃3丁……)
「出た……な……」
 うたれたように、一樹が言った。
「行こう!」
 みあおが叫んだ。
「何?」
「追い掛けるんだよ! 掴まって!」
 閃光――!
 夜空を、青い羽が雪のように舞い散る。
 ギリシア神話に伝えられるハーピィそのものの、半人半鳥のすがたをした妖魅の女性は、
大きな翼をはためかせ、一樹を連れて空へと飛び上がった。なまぬるい、夏の夜風を切って、滑空する。その追う先には、まぎれもなく現代の東京の空を飛ぶ、ゼロ戦があった。

■あの夏の空を

 まるで、追われていることを察知したとでもいうのか。
 一樹とみあおが近付くと、ゼロ戦は急にスピードをあげた。
(たしか五二型はロケット噴射で加速する機能があったというが)
 それをこの目で見ることになろうとは。
 だが、青いハーピィ――みあおの速度も、決してひけをとらなかった。
 濃緑の機体は大きく旋回する。一樹の目の端に、もといたマンションのすがたがちらりとうつる。
(このあたりをぐるぐる回っているな……遠くには行けないのか……やはり、近くにこのエネルギーの発信元が)
 ロケット噴射の加速とやらは、あまり長く持続するものではないらしい。すこし速度が落ちると、間髪入れず、翼ある娘は機体の隣に寄り添うように風に乗る。
「誰か……乗っているのか!?」
 強い風に目をしばたきながら、一樹が必死に目をこらす。キャノピーの中で、人影が、確かに動いた、と思えたその時。
 ごう、と、ひときわ強い風が彼を襲った。
「うお……しまっ――た……!」
 手を離してしまった。たちまち宙空へと投げ出される。東京の夜景が頭の上にあった。おのれを支え、すがるべきものが何もない恐怖が心臓を凍らせる。
「くそっ!」
 何もないとわかっていても、闇雲に手を伸ばさずにはいられない…………だが、しかし、がっしりと、手が何かを掴んだではないか。
「!?」
 それは操縦桿だった。
 一樹は、目の前に迫ってくる大地が、緑深い密林で覆われているのを見た。
「うおっ」
 反射的に、操縦桿を引いた。
 機体はV字を描いて急上昇。一転して、抜けるような青空が目に飛び込んでくる。
(死ぬもんか)
 その思考が、自分のものではない、と、気づくのに時間がかかった。
(墜落なんかで死ぬもんか)
 焼け付くような、それは魂の叫びだった。
(敵に一矢報いるまでは……米兵の命と引き換えでなくては、死ねるものか!)
 地平の向こうに、幾本もの煙が上がっている。そして、その方向から近付いてくる、いくつもの機影。
「南方戦線か!? ……誰なんだ、これは一体、誰の記憶だ? これがあのゼロ戦を形づくっている想念なのか……」
 機銃の雨が、前方から襲ってきた。
 被弾の衝撃!
 ふたたび、落下の感覚を一樹は味わう。
(墜ちる……!)
「ううん、墜ちないよ!」
「あ――!」
 一樹の手を掴んだ、やわらかな、もうひとつの手。みあおだ。青い翼が月の光に輝いているようだった。
「あのゼロ戦は……」
 一樹は喘いだ。
「わかってる。果たされなかった……想いなんだね」

 その老人は、道端に倒れ込んでいた。件の徘徊老人に違いない。矢文はかけよる。
「大丈夫か」
 寝巻き姿のまま……裸足で、彷徨い歩いていたらしい。抱き起こしてみて、彼が昼間、たまたま、みあおと会話を交わしていた近所の老人だと気づいた。
「わしだけが……」
 かぼそい声で、彼は言った。
「わしだけが生き残った。誰も戻らんかった」
 きっ、と、矢文は夜空を見上げた。それはまだ迷走していた。ふらふらと、現代の東京の空を飛んでいる。
「おめおめと戻るくらいなら……墜落したときに死んでいればよかった」
「そんなことがあるか」
 低い声で矢文は言った。
 老人の目には、誰も映っていない。かすれた声は、誰への問いかけでもない。彼に話しかけて、その声が届いているのかもわからない。それでも、矢文は語りかけた。
「死んでしまえば終わりだ。戦争は終ったんだ。もう……ゼロ戦なんかで飛ぶ必要はない。仲間たちも……恨んでなどいるはずがない。生き残った者は、生き残った者の務めを果たせばいい。生きて、語り伝え、受け継ぎ、忘れなければいい。もう飛ぶ必要はない。戦争には、行かなくていい……」
 老人の目の端から、涙がすうっ……と流れた。
 おどろくほど、澄んだ涙だった。

 ツキトの指先に、銀色の光が集束してゆく。
 それは、月の光そのものだった。
「……戦争は、もうこの地区には『要らないもの』なんだろ……? この時代の地球からは……消えるべきだ」
 すっと手をさしのべる。その指が狙う方向に、ゼロ戦はある。
 音もなく、光は発射された。瞬間、周囲が昼間のように明るくなる。
 清浄な光線は、まっすぐに、それに向かって飛び、機体に命中した。そしてそれは閉じていた時空の環をほどき、ゼロ戦をあるべき次元へと戻す。

 1945年。
 その機体は、密林へと墜落していった。
 ただ、パイロットは、奇跡的に一命をとりとめる。コクピットには、どこから入り込んだものか、おそらく南方のなにかの鳥のものだと思われる、青い羽がひとつ、落ちていた。

 そして2003年。
 かれらの時間軸の中からゼロ戦は消え失せた。
 老人は矢文の腕の中で静かに目を閉じ、眠りへと落ちていった。ふわり……と、彼の上に、夜空から落ちてきたものがある。青い、鳥の羽だった――。



「あの老人が、そうだったのか」
 一樹が矢文の背中に声をかけた。矢文は振り返ることなく、無言で頷く。見送る先に、家族に付き添われる老人の小さな後ろ姿があった。
「あの人にとって、戦争は終っていなかった」
 ぼそりと呟く。
「五十年前の夏の――南方の空を……あのゼロ戦に乗ったまま、飛び続けていたんだな」
 一樹がそう続けた。彼の腕の中では、小学生の姿に戻ったみあおが寝息を立てている。
「消えたね」
 ゆらり、と、月光に伸びた影のように、ツキトがあらわれた。
「これで、すべてがあるべき状態に」
「ああ、そうだな」
 かれらは頷きあった。
 いつのまにか、東の空が、かすかに明け始めている。
 今日もまた、東京は暑くなりそうだった。
 まもなく、終戦記念日だ。

(了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0173/武神・一樹/男/30歳/骨董屋『櫻月堂』店長】
【1415/海原・みあお/女/13歳/小学生】
【1571/岐阜橋・矢文/男/103歳/日雇労働者】
【1716/灘・ツキト/男/24歳/彫師見習い】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。リッキー2号です。ご参加ありがとうございました。
『亡霊ゼロ戦の夏』をお届けいたします。

ううう、なかなか難しいテーマに手を出してしまいました。
おかげで、いつもより時間を頂戴してしまうことに。
でもせっかくだし季節感は大事にしたいなー、と。

ああ、付け焼き刃のゼロ戦に関する描写にヘンなトコロがないか心配。

>海原みあおさま
こんにちは。いつもお姉さまにはお世話になっております。
今回はみあおさまの能力をお話の重要な要素として組み込んでしまいました。
残念ながら記念撮影をするヒマがなかったのですが、心のアルバムに、
しまっておいていただけるとうれしいです。

それでは、機会があれば、またお会いできれば嬉しいです。
ありがとうございました。