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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


狂いし王の遺言 =序=

■瀬川・蓮編【オープニング】

「――どうかこの事件を、捜査して下さいませんか?」
 草間興信所にやってきた男が差し出したのは、今日の朝刊の切り抜きだった。
「『人気書評家の三清・鳥栖氏(56) 自宅の階段で転落死』?」
 何の変哲もない事故。これは事件ではない。
 煙草を灰皿に押し付けて、武彦は訪問者の真意を問う。
「この事故が、どうかしましたか?」
「私はこの家で働いている者です」
「!」
「私にはこれが、事故とは思えないのですよ」
 奇里(きり)と名乗ったその男の話によると、その家が建てられたのは亡くなった鳥栖が生まれる前なのだという。そして鳥栖はこの56年間、その階段で転んだり落ちたりしたことはなかったそうな。
「それなのに突然こんな事故が……明らかにおかしいでしょう?」
「歳のせいだとは考えられませんか?」
「歳だからこそ、しっかりと手すりを利用していらっしゃいました。それでどうして落ちるんですか」
「………………」
 奇里の言うことが本当なら、確かに少し臭う。
 武彦は完全に煙草の火を消してから。
「いいでしょう。何人か調査に向かわせます。ただし本当に事故であった可能性もありますから」
「わかっています。でも私は、最初から事故と決めつけている警察の捜査には不満なのです。どうか、よろしくお願いします」



■追加情報【『鑑賞城』の住人】

三清・鳥栖(さんきょう・とりす)……当主。56歳。書評家。死亡。
三清・石生(さんきょう・いそ)……鳥栖の妻。53歳。主婦。
三清・白鳥(さんきょう・しらとり)……長女。25歳。OL。
三清・強久(さんきょう・じいく)……長男。24歳。無職。
三清・絵瑠咲(さんきょう・えるざ)……次女。22歳。大学生。
三清・自由都(さんきょう・ふりーと)……次男。20歳。大学生。
影山・中世(かげやま・ちゅうせい)……家政夫。60歳。
奇里(きり)……あんま師。年齢不詳。
松浦・洋(まつうら・よう)……庭師。26歳。



■誘う電話【都内某所:高級マンションの一室】

 子供といえど、新聞には毎日目を通している。
(最近はストリートキッズの間でも妙な事件が多いからなぁ)
 あらゆる情報を取り込んでおかなければ、いざという時に何の対応もできないだろう。しかしそれでは困るのだ。
(ボクはヘッドだから)
 皆をまとめ、そして守る役割を持っている。
 その役割を、誇りに思っている。
(それに――)
 新聞を読んでおかないと、”パパ”や”ママ”たちと楽しい会話ができないしね。
 そんなわけで、今日も当然新聞に目を通していたから、草間サンから電話を貰った時、すぐにどの記事のことなのか見当がついた。
「――あー、あの面白い名前の?」
『そうだ。今そこの住人が1人来ていてな。本当に事故なのかどうか調べてほしいと言っているんだが』
「行く行く! どうしてあんな名前つけたのか訊いてみたいし」
『じゃあ興信所まで来てくれ』
「りょーかいっ。すぐ行くよん♪」
 ケイタイを切って、まだ眠っている桜サンの寝室に顔を出す。
 桜サンはボクのパトロン――”ママ”の1人だ。
「さーくーらーさ〜ん。ボクもう行くね? 泊めてくれてありがと♪」
 お礼の意味をこめて、ほっぺたにキスをひとつ。
「ん……蓮くぅん……? 私今日は帰ってこれないからね……」
 寝ぼけながらも、桜サンはちゃんとボクを気遣った発言をしてくれる。
「うん、わかったよ」
 「他の人に泊めてもらうから」という言葉は、桜サンが嫌がることを知っているので口にしない。
「――じゃあ、またね」
 寝室のドアを閉める時振り返ると、桜サンの右手だけがひらひらと動いていた。



■事前調査【草間興信所内:応接コーナー】

 草間興信所へとやってきたボクは、今はソファの一角におさまっている。
 ボクの隣には同じくらいの歳の女の子が座っていて、その隣には車椅子に乗ったオ兄サン(オジサンと呼ぶには抵抗があるほど妙にキレイな顔をした人だ)。
 向かいのソファにいるのは多分依頼人サンで、草間サンは自分のデスクの所にいる。草間サンの隣に立っているのはよくここでアルバイトをしている女の人だ。
「――さて、メンバーが揃ったところで紹介しよう。こちらが依頼人の奇里さんだ」
 草間サンがそう紹介すると、奇里サンは口元だけで微笑み軽く頭を下げた。口元しか見えないのは、奇里サンが黒い大きめのサングラスをしているからだ。
「そして奇里さん。こちらが今回調査を手伝ってくれるメンバーです。1人ずつ自己紹介を」
「あ、じゃあボクから!」
 何事もいちばんが好きなボクは、自分から名乗りをあげた。
「ボクは瀬川・蓮っていうんだ♪ ヨロシクね」
 皆を見回しながら告げる。
 ボクの次に口を開いたのは隣の女の子。
「あたしは海原・みなも(うなばら・みなも)です。一生懸命頑張らせていただきますね!」
(ふぅん)
 みなもクンっていうんだ。
 髪と同じ青い色の制服を着ている。多分中学校の。それがちょっと羨ましくて、ちょっと可哀相でもある。
(ボクは戸籍上”生きていない”子供)
 学校には行けない代わりに、他のどの子供よりも自由だ。
(だけど時には)
 その檻の中に。
 入ってみたいと思うこともある。
 ”先生”の中には”生徒”を虐める人もいるというし。そういうのはやっぱり、放っておきたくはないから。
(今度連れて行ってって、頼んでみようかなぁ)
 ボクがそんなことを考えている間も、自己紹介は続いてゆく。
「私はセレスティ・カーニンガムといいます。よろしければセレスと呼んで下さい。よろしくお願い致します」
 銀色の髪が揺れる。車椅子のオ兄サンは手に折りたたみ式の杖を握っていた。どうやら歩けないわけではないらしい。
 最後に口を開くのは、バイトのオ姉サン。
「私はシュライン・エマ。どうぞよろしく」
 切れ長の、それでも優しい目でにこりと笑った。

     ★

「――では奇里さん、詳しい話を聞かせていただきますね」
 草間サンが自分の仕事をしに出て行ってしまったので、奇里サンの隣に座ったシュラインサンが話を進めてゆく。
「はい。私が答えられることならば、何でもお答えします」
 神妙に頷いた奇里サンに、まずはセレスサンが口を開いた。小さく手を上げて。
「私からよろしいですか?」
 頷いた皆を確認してから。
「奇里さんはこの記事のことを、事故ではなく事件とお考えだというお話ですが……」
 ”この記事の”のところで、視線はテーブル上の新聞を捉える。
「一体どうしてですか? 何か不審に思うことでも?」
「はい――シュラインさんは先ほどもお聞きになったでしょうが、私はどうしても信じられないのです。鳥栖さんが階段から”落ちる”なんて……あっ」
 答えた奇里サンのサングラスの下から、ポロリと何かが落ちた。
「すみません、何度も話していると感情的になってしまって……」
 奇里サンは素早くハンカチを取り出すと、サングラスを少し浮かせて目を抑える。
(大切な人だったのかな)
 それとも単に、涙もろいだけなのだろうか。
 そんなふうに考えるボクは、基本的に大人を信用していない。
(その人をよく知るまでは)
 ”信用できない”部類に入っているのだ。
 頭を撫でるその手が、いつ加減を忘れるかわからないから。
 深層を探るように奇里サンを見つめていると、シュラインサンが多分奇里サンが言おうとしたことをなぞった。
「――三清・鳥栖氏は56歳。そして56年間、一度もその階段で転んだり落ちたりしたことはなかったそうよ。そして足腰が弱くなってからは必ず手すりを利用していた」
(だから”落ちる”わけがないって?)
 正直そんな確率論は当てにならないと、ボクは思う。これまで落ちなかったから今後も落ちないなんていうのは、あまりにもナンセンスだ。
「……ねぇ、ホントにそれだけなの? オジサンなんか隠してない?」
 皆も納得していないようだったので、ボクが代表して口にした。
 奇里サンはハンカチを膝の上に置くと。
「さすが、興信所の調査員ですね。隠しているというか、あまり口にしたくないことは、あります」
 どこか諦めたような口調で告げた。
「それは……?」
 みなもクンの合いの手に、決心するように頷く。
「たとえ事件がいつどんな形で起きたとしても。三清家の者には、誰一人としてアリバイがないのです」
 それはとてもわかりにくい言い回しだった。
「どういう意味ですか?」
「皆さん極度の干渉嫌いなのですよ。常にそれぞれの部屋にこもった生活を続けているのです。だから――」
(全員が容疑者になる?)
 一緒に住んでいながら、疑っているんだ。
(だったら一緒になんて)
 住まなければいいのに。
 簡単な、ことなのに。
(世間体? 大人ってそーいうの好きだよねぇ)
 ボクはまた心の中で、悪態をついた。
「こんなことを訊ねるのは失礼と承知でお訊きしますが、自殺という可能性はないのですか?」
 杖を手の上でもてあそびながら、口にしたのはセレスサンだ。
(セレスサンもきっと)
 ”それ”が嫌だと思ったんだろう。
 奇里サンはサングラスをくいっと上げて。
「新聞にも書いてありますが、遺書が見つからなかったのです。それに自殺にしては、方法が不確実すぎると。だからこそ警察は事故として捜査しているのですよ」
「亡くなる前の体調はどうかしら? 何か変わったことを口にしていませんでした?」
 自殺説を諦めないシュラインサンの問いに、奇里サンは俯いて首を振った。
「――わかりません。三清の皆さんとは、一日中顔を合わせないことの方が多いのです。逆に言えば、顔を合わせる必要がなかったことこそ、普段どおりと言えます」
「ナルホドね」
 シュラインサンは半ば呆れた声を返す。
 すると今度は、眉間に皺をよせて何かを考えていたみなもクンが口を開いた。
「『三清の皆さんとは』ってことは、三清の方以外とは顔を合わせているんですか?」
「ええ。といっても、私以外に2人しかおりませんが。家政夫の影山・中世さんと、庭師の松浦・洋さんとは毎日お会いしていますよ」



「ねぇ、ちょっと訊いてもいーい?」
 会話が途切れたのを見計らって、やっとボクは口を挟んだ。
(”あれ”を、訊かなきゃね)
「なんでしょう?」
 奇里サンはボクが何を訊くつもりでいるのかまったく予想できなかったようで、軽く首を傾げる。
 ボクは今朝新聞を読んでからずっと気になっていたことを、口にした。
「新聞にね、三清家の人たちの名前が載ってるじゃない? ボク凄く気になってたんだ。『”トリス”タンと”イゾ”ルデ』に『”ジーク””フリート”』。”エルザ”は『ローエングリン』のヒロインの名前だよね? 『白鳥(しらとり)』は……」
「――『白鳥』も『ローエングリン』からですよ。『ローエングリン』は、白鳥(はくちょう)の曳くゴンドラに乗ってやってきた聖杯の騎士・ローエングリンが、弟殺しの嫌疑をかけられたエルザ姫を救うお話ですから」
(へー、そうなんだ)
 スラスラと応えた奇里サンに、少し感心する。きっとよく訊かれることなのだろう。
「ずいぶんと凝ったお名前ですよね。どなたが考えたんですか?」
 同じく感心しながら問ったみなもクンに、苦笑して奇里サンは。
「凝っているというよりも、”無理やり”で”やりすぎ”なカンジですけどね。皆さんの名前をつけたのは、10年前に亡くなった前当主のルート様です。三清家にお嫁に入った石生さんはもちろん偶然ですが」
 その奇里サンの言葉に。
(ルート……? ってどんな字だろ)
 と本気で考え始めたボクだったけれど。
「ではその方は鳥栖氏の父親に当たる方なんですね。日本人ではないのですか?」
 セレスサンの問いに「はっ」と気づいた。
(そっか)
 漢字とは限らないんだ。普通に考えたら、日本人ではないと思う方が正しい。
 すると奇里サンは曖昧に頷いて。
「日本人とドイツ人のハーフなので、半分は日本人なのですけどね。生まれはドイツですが日本で育ったそうです」
(じゃあ亡くなった鳥栖サンはクウォーターなんだ)
 そしてその子供は……あれ、8分の1ってなんて言うんだろ。
(――ま、いっか)
 奇里サンの話は続いていた。
「ルート様は若い頃、ご自分もこの名前でずいぶんと苦労なさったそうです。それでも息子や孫にこんな名前をつけたのは、きっと譲れないものがあったからだと思います」
 すかさずシュラインサンが問う。
「それは?」
 ボクはその答えに期待して、ゴクリと息を呑んだ。
「――ルート様は、ルートヴィヒ2世がお好きだったのですよ」
「狂王といわれた、バイエルン王?」
「そうです。自分と同じ名前の入っているルートヴィヒ2世に興味を持ち、その生き様に共感を覚え、尊敬していました。それでルートヴィヒ2世が好きだったワーグナーのオペラから息子たちに名前をつけ、あんな酔狂な城を建てたのです」
(!)
 あれは全部、ワーグナーだったんだ……。
 そしてそれよりも気になるのは。
「酔狂な――城?」
 皆の声がハモった。
「ええ。この現場ですよ。自宅は城の形をしているのです。周辺の人々は『鑑賞城』と呼んでいます」
「へぇ。観る物がいっぱいあるの?」
 名前の次に興味がわいて、問いかけたボクに首を振る。
「いえ、そういう意味ではありませんが……行ってみればわかりますよ。現場の階段も見ていただきたいですし、これから案内させていただけませんか?」



■酔狂な城 酔狂な彼【鑑賞城:応接間】

 それは確かに、”酔狂な”城だった。
(ルートサンを尊敬してるみたいだった奇里サンでさえ)
 そんな言葉を選んだ理由がよくわかった。
 外観は、嫌というほど鑑賞に適した城。
 キレイな白壁。あえて対称を崩した構造。その姿は、TDLのシンデレラ城によく似ていた。
 奇里サンの話によると、これはドイツにある本物のお城のミニチュアらしい。
 そしてその本物を”酔狂に”建てたのは、くだんのルートヴィヒ2世だという。話はここで繋がっている。
 しかし本当の意味で酔狂なのは、ルートサンがそのミニチュアを建てたことではなくて――。



 広い応接間に通されたボクたちは、ふかふかのソファに腰かけてキョロキョロと部屋を見回していた。
「凄いですねこれは……」
 どこか呆れているようなみなもクンの声に、ボクは返した。
「凄いというか――”酔狂”って言葉がホントぴったりだよ。『鑑賞城』ってこういう意味だったんだ」
 ”違う”と言った、奇里サンの言葉を悟る。
「外側を鑑賞するためだけの城、ですね」
 セレスサンの言葉に、大きく頷いてしまった。
「でも信じられないわ……なんで内側はこんなに”普通”なの?!」
 もう一度。
(ホント、信じられないよ……)
 通されたのは、”ただの”応接間だった。応接間だけじゃない。城の内側はすべて、外観から想像した内側とはまったく違っているように見えた。そこに広がる空間は、まさしく”民家”でしかない。ちょっと上等のソファがあり、窓の位置がやけに低い民家。その一室。
「驚いたでしょう? 内側まで真似する資金がなかったわけではないと聞いておりますけれど……ルート様が何を思ってこんなふうになさったのか、誰にもわからないのですよ」
 お盆を持って応接間へと入ってきた奇里サンは、最初から苦笑していた。
「窓の位置が低いのはどうしてです?」
 シュラインサンが問うと。
「ああ、それは――このお城がノイシュヴァンシュタインの外観を忠実に再現したものだということはおわかりですよね? だからこそ外側と内側では基本的なサイズが違うのですよ」
 運んできた飲み物をテーブルの上に移しながら、奇里サンは説明をしてくれたけれど。
(基本的なサイズ?)
 同じだから中におさまっているんじゃないのかな?
 その説明じゃわかりにくすぎた。
「んー? それってつまりどういうこと?」
 問い掛けてみる。
 奇里サンはすべての飲み物を配り終わると、ソファの空いている場所に腰かけて。
「例を出しましょうか。たとえば各階に窓のある3階建ての家をそのまま縮小して、2階建ての家と同じ高さにします。するとサイズは2階建てと同じですが、窓の数は3つのままですよね?」
「うん」
 各階に窓が1つなら、当然そうなる。
「その家の内側に、普通に2階建ての家を建てるとします。すると内側の窓は2つなのに外は3つで、その位置もずれるわけです」
「あ、そっか」
 そして窓自体のサイズも違うはずだ。
「このお城も同じことで、お城の中に普通の家を建てたようなものなのですよ。ただし内側の壁の窓は、外側の壁の窓と同じ位置にしてあるのです。だからこそずれているのですが、中には足元にあったり危ない場所もありますから、基本的にはどの窓もはめ込み式で開かないようになっています」
(こんなに窓があるのに)
 全部開かないんだ。
 なんだかそれだけで息の詰まりそうな話だった。
「――もっとも、窓を開けることができたとしても、誰も開けないだろうがな」
「!」
 不意に割りこんできた声に、皆の視線が動く。部屋の入り口一点に集中する。
 そこには、結構歳のいってそうなオジサンが立っていた。
「影山さん……」
 呼んだのは奇里サン。
(この人が影山・中世?)
 歳は確か60――え。60歳だと思ってみると、見かけは大分若い。
「やっと警官やら刑事やらが帰ったと思ったら、今度は女・子供か? 何を考えているんだ奇里」
 こちらへ近づきながら発せられる言葉は、優しそうな瞳とは裏腹に多分の毒を含んでいた。
(なんか感じ悪いなぁ……)
 しかし奇里サンは気分を害したふうもなくサッと立ち上がると。
「すみません。しかし、私は昨日のことが事故だとはまったく思っていないのです。それは影山さんも同じなのではありませんか?」
「むぅ……」
 言葉に詰まった影山サンはボクたちの近くまでくると、値踏みをするかのようにボクたちをじろじろと見回した。
「……この人たちが、真相を明らかにしてくれると?」
「私は信頼しています」
(!)
 奇里サンは影山サンを真っ直ぐに見つめて、きっぱりとそう言い切る。
(どうして……?)
 ボクは不思議に思った。まだボクたちは、何もしていないのに。
(信頼してるって?)
 ――そんなのは、おかしい。
 そんな奇里サンの様子に影山サンも驚いたような顔をつくると、何も言わずに回れ右をしてドアの方へ引き返していった。
「影山さん?!」
 呼ぶ声に、姿が消える直前に振り返り。
「まだ仕事が残っているんだ。片してからまた来よう。それまで階段でも見ているといい」
「!」
 どうやら”説得”に成功したようだ。
 そのまま部屋を出て行こうとした影山サンだったが、ふと足をとめて再びこちらを見る。
「――そうだ、奇里。朝から客が2人来ているんだ。なんでも鳥栖の”友人”らしい。どこまで親しかったのかは知らないがな。会ったらとりあえず挨拶をしておいてくれ。……家族の代わりにな」
「……わかりました」
(?)
 何だろう今の”間”は。
 立ち上がったままの奇里サンは、影山サンの後ろ姿が完全に消えるのを見届けてから。
「では階段の方へ行きましょう。今日はもう警察の方も帰ってしまわれたようですから。そこで昨日のことについて詳しく説明しますよ」
 ボクたちをそう促した。



■横たわるキョウキ【鑑賞城:大階段】

 廊下に出ると、玄関からまっすぐ丸見えだった不思議な壁に向かって歩く。
「あのこちら側に傾いた壁は何なんですか?」
 みなもクンの問いに、奇里サンは予想外の言葉を返した。
「あれが階段ですよ」
「えっ」
「階段をのぼっている姿が玄関から丸見えになるのが嫌で、逆の向きに造ったのだそうです」
「――面白いですね」
 セレスサンはそんな言葉を選んだ。本当はこれも”酔狂”だと、言いたかったかもしれない。
 斜めの壁をぐるりと回りこむ。
「!?」
 それは言われたとおり確かに階段だったけれど、予想とは遥かにかけ離れていた。
「なんて長い階段なの……?!」
 シュラインサンが思わず言葉をもらす。
 その階段が続いているのは1階分だけではない。3階までの階段が真っ直ぐに続いていたのだ。そして天井は吹き抜けになっている。
 妙に立派な階段。
「なんかココだけお城っぽいね」
 キレイに装飾された手すりに触りながら、ボクは口にする。
 足元には当然乾いた血だまりが残っていたけれど、そっちは覚悟をしていた分誰も驚いたり取り乱したりはしなかった。
「――あれ? シュライン?」
「!」
 不意に上から誰かの声が降ってくる。顔を上げると、3階の吹き抜け――階段とは逆側だ――から女の人が顔を出しているのが見えた。赤く波打った髪が印象的な人だ。
 シュラインサンの名を呼んだということは、知り合いなのだろう。案の定シュラインサンもその人の名を呼ぶ。
「戒那さん? ……あっ、お客さんって戒那さんのことだったの?」
(そういえばさっき)
 影山サンがそんなことを言っていたっけ。
「まぁね。そっちは? みなもくんもいるってことは、調査を頼まれたのか」
 その”戒那サン”は階段の方に回りこむと、ゆっくりとその足を進めた。その後ろから今度は男の人がついてくる。
「奇里さん。こちら心理学者の羽柴・戒那(はしば・かいな)さんです」
 2人がボクらと同じ高さにやってくると、シュラインサンが紹介してくれた。男の人を紹介しないところを見ると、戒那サンしか知らないんだろう。
 紹介された戒那サンは奇里サンのことを知っていたようで。
「ああ、キミがあんま師の奇里くんか」
「あんま師? ではもしかして……」
 驚いたように続けたのはセレスサンだ。
(もしかして?)
 奇里サンの職業は確かに意外で驚いたけれど、セレスサンが何を続けようとしているのかはまったくわからない。
「どうしたんですか? セレスさん」
 先を問うみなもクンに、セレスサンは「はっ」と思いたったように続けた。
「いえ――あとでいいです。今は先に、事件の話を聞きましょう」
「その前に、私の紹介をしてもらえないかな」
 さらにそう続けたのは、戒那サンと一緒にいた男の人だ。
「お、忘れてた」
「戒那くーん……」
 脱力した声をあげるその人はやけに線が細く、どこか女性的な雰囲気を持っていた。隣に立っている戒那サンがなんだか男っぽい雰囲気を持っているから、余計そう感じるのかもしれないけど。
「こちら、フリーライターの水守・未散(みずもり・みちる)くんだ。彼は鳥栖氏とは昔馴染みでね。俺も彼を通して鳥栖氏と会ったことがあるんだ。それでお悔やみの言葉でも、と思ってきたわけだが……」
「それはそれは、ありがとうございます。しかし驚きましたでしょう? ルート様がお決めになったしきたりで、葬儀などは一切行わないことになっているのですよ」
(なんだ)
 どうりで昨日人が亡くなったという割には、黒くないと思った。おかしいのは時折やってくる警官だけで、他はこの城にとって”いつもどおり”のことなんだろう。
「そういえば、ルートさんが亡くなった時鳥栖さんは何もしなかったな。そういうことだったのかー」
「水守くーん……」
 さっきとは逆に、今度は戒那サンが脱力した声をあげた。未散サンは頭を掻きながら。
「いやぁ、すまないすまない。そうとわかっていたら無理に来ることもなかったね」
「ま、皆がいるってことは何かありそうな感じだから、かえって来てよかったのかもしれないがな」
 戒那サンはにやりと笑った。



「この場所で、鳥栖さんが影山さんに発見されたのは昨日の朝9時頃のこと。死因は頭部を強打したことによる頭蓋内損傷で、全身には無数の骨折と打撲傷があったそうです。死亡推定時刻は午前7時から8時。
 階段には見てのとおり血痕がありますから、上から落ちたことは疑う余地もありません。
 警察は、鳥栖さんから睡眠薬などの痕跡が見られなかったことと、遺書が見つからないこと、そして自殺としては不確実な方法であることから、これは他殺や自殺ではなく、鳥栖さんが階段で足を滑らせた事故の可能性が高いと判断したのです」
 遺体の跡の残る絨毯を皆で囲って、奇里サンの話を聞いていた。
(うーん……)
 こう説明を聞くと、やっぱり警察の判断が正しいように思えてくるけれど。
「でもキミは、それが信じられない?」
 そんな戒那サンの言葉に、奇里サンは頷いた。――ボクも。
 奇里サンとは違う意味で。
(だって警察は、”ボクら”を信じないもの)
 大人と子供が違うことを言っていたら、大人を信じるもの。
 それは警察だけに限らないけれど、警察は特にその傾向が強いんだ。
(だから信じられない)
 心の中で呟くボクとは逆に、奇里サンはそのワケを口にする。
「認めたくないのです、事故なんて理不尽なものは。そんなものよりなら、自殺の方がまだマシですよ」
(!)
 それは思ったよりも、黒い言葉だった。
「――おい! いつまで”階段端会議”しているつもりだ。こちらは準備ができたぞ」
 不意に聞こえたのは影山サンの声だ。きっと応接間の前から呼んでいるんだろう。
「今戻ります!」
 奇里サンが大声で応え、ボクたちはぞろぞろと応接間へと戻った。



■干渉”される”時【鑑賞城:庭】

「――”おいで”」
 ボクは右の手の平を上に向けて、何かに呼びかけた。何故”何か”かというと、応えるものがその時によって違うからだ。ただ比較的多く現れるヤツはいる。
(またあいつだったりして……)
 覚悟をしながら掲げた手の平を眺めていると、そこに黒い光が生まれだす。そして頭より先にその”何か”の尻尾が見えたのだが、ボクはそれだけで確信してしまった。
「マルデシャ……またキミかぁ〜」
《よぉ蓮。そう落ち込むなよ。オイラがいちばん暇なんだから仕方ないだろ?(笑)》
 手乗りガーゴイルみたいな姿をしたそいつは、生意気にもボクを慰める。
「――ま、いーけどね」
 実際マル(マルデシャの愛称だ)は態度がちょっと大きいだけでちゃんとボクの言うことを聞いてくれるし、能力的にも何の問題もない。
《で、何か用か?》
「うん。このお城の窓、ホントに全部はめ込み式なのか見て来て欲しいんだ」
《そんなことならお安いご用だ》
 返事をするや否や、マルはボクの手の平を離れ飛んでいった。
 ボクはその場――芝生の上に座りこむ。
(ホントに全部開かない窓だったら)
 犯人はやっぱり城の住人になるんだ。もちろんそれには本人も――階段も、含まれる。
 影山サンの話によると、影山サンが階段下で亡くなっている鳥栖サンを発見した時、玄関のドアは南京錠で内側から施錠されていたという。つまり完全な他人では、城の中に入ることすらできないのだ。
 それに気づいた後、ボクらは何か手がかりを求めて鳥栖サンの部屋へ行ってみた。でも部屋にはパソコンと本があるだけで、変わったものは何もない。パソコンの中身は今、一応警察の方で持っていっているそうだ。
 その後ボクらは影山サンにお昼をご馳走になって。午後はバラバラにそれぞれ気になることや場所を捜査してみようということになった。タイムリミットを気にしなくてもいいように、気がすんだら帰っていいことになっている。報告は明日各自で。
 ――というわけで、ボクはこうして庭に出てきたのだった。”何か”に手伝ってもらおうと思って。
「――こんな所で何をしているんだ?」
「! 影山サン……」
 思考に夢中になっていたボクは、声をかけられるまで影山サンが目の前に立っていることに気づかなかった。きっとボクが庭に座っているのが見えて、外に出てきたんだろう。
「ちょうどよかった。1つ訊きたいことがあったんだ」
「なんだ?」
 あの時不思議に思ったことを、問ってみる。
「どうして奇里サンは、ボクらを信頼できるんだろう? どうして影山サンはそれを許すの?」
「!」
 影山サンは信じられないものを見るような目でボクを見ると、ふっと笑った。
「……正確に言えば。”信頼”ではないのだろうな。どちらかといえば意地に近い」
「意地?」
「ああ。”認めるわけにはいかない”のさ。だから意地だ」
「……よく、わからないけど……言葉って、オモシロイよね」
「はっ、確かにな」
 笑いがどこか意地の悪いものに変わった。
「おいボウズ、いいことを教えてやろう。”干渉嫌い”とはよく言ったものでな。三清の者たちは皆、干渉”される”ことは嫌いだが”する”分には一向に構わないのさ。だからこそ私が食事を作ることを許しているし、奇里だって頼まれてマッサージすることもある」
「え……」
(それってつまり)
 今日どんなに皆で呼びかけても、誰一人部屋から出てこなかった三清の人たちが、自分から部屋を出てくる可能性があるということ?
(何かに干渉”する”ために――?)
「?! 絵瑠咲……!」
 不意に驚いた声をあげた影山サンの、視線を追う。
(あっ……マル!)
 ボクは思わず立ち上がった。
 マルが3階の1つの窓の前にいた。そしてそのマルを見つめるように、窓際に1人の女性が立っている。
「あれが絵瑠咲サン……?」
《蓮、窓は全部しっかりと嵌っていたぞ》
 マルの意識だけが飛んできた。
(そんなのいいよ! それよりマル、そこを動かないで)
 ボクも意識だけで返す。
《そんなのいいってお前な……。なんか女がこっち見てるぞ?》
(うん、先に動いたらダメだ。向こうから干渉してくるのを待って)
 きっと無理に干渉しようとするから、これまで誰も話を聞けなかったんじゃないか。影山サンの話を聞いてボクはそう思った。
《蓮! 女の口が動いた。あ……窓際を離れるぞ》
(追っちゃダメだ。こっちに戻って)
《わかったよ》
「……絵瑠咲が興味を持つなんて珍しいな。もしかしたら、気に入られたかもしれないぞボウズ」
 ボクとマルの会話など知らない影山サンは、窓際を離れた絵瑠咲サンを見てそんなふうに告げた。
「そのボウズってのやめてよ。ボクは蓮だよ!」
 言い捨てて、走り出す。ボクをマルが追ってくる。
「あ、おい!」
 影山サンの声を無視した。目指すのはもちろん、あの窓の部屋だ。
「マル! 絵瑠咲サンは何て言ったの?」
 階段を駆け上がりながら問う。答えは範囲を超えていた。
《私は永遠に”子供”だ――と》
「え……?」
(それは”サン”じゃなくて)
 ”クン”だってこと?
 呼び分けていたボクを知っていた……?
 部屋の前にやってきたボクは、しばらくそのドアの前に立っていた。呼びかけたりしたのではこれまでと同じだと思ったから。



 ――しかし。
 その日そのドアが、開くことはなかった――。

■終【狂いし王の遺言 =序=】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

整理番号|PC名         |性別|年齢
  職業|
  0086|シュライン・エマ    |女 |26
    |翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
  1790|瀬川・蓮        |男 |13
    |ストリートキッド(デビルサモナー)
  1252|海原・みなも      |女 |13
    |中学生
  0121|羽柴・戒那       |女 |35
    |大学助教授
  1883|セレスティ・カーニンガム|男 |725
    |財閥総帥・占い師・水霊使い
※NPC:水守・未散(フリーライター。実は超絶若作り(?)の56歳)



■ライター通信【伊塚和水より】

 この度は≪狂いし王の遺言 =序=≫へのご参加ありがとうございました。
 おかげさまで無事1日目の調査を終えることができました。重ねて、ありがとうございます^^
 今回の調査でそれぞれのPC様が入手した情報は、各ノベルを見ていただくか、次回オープニングで確認することができます。物語をより深く楽しんでいただけると思いますので、よろしければご覧下さいませ。
 さて瀬川・蓮様。初めまして! 子供キャラが大好きな私はとても楽しんで書かせていただきました。私なりの蓮くんを少しでも気に入っていただけたら嬉しいです。ご意見ご感想、また呼び方の指定などありましたらお気軽にお寄せ下さいまし^^
 マルちゃんについて(笑)。下級な悪魔と言われて真っ先に思いついた子です。昔自分を召喚した人を騙した過去があるので、嫌われもので暇という設定なのでした。もっと詳しくお知りになりたい場合は「ヤコブスの豚」を検索してみて下さいな。
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝