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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


狂いし王の遺言 =序=

■セレスティ・カーニンガム編【オープニング】

「――どうかこの事件を、捜査して下さいませんか?」
 草間興信所にやってきた男が差し出したのは、今日の朝刊の切り抜きだった。
「『人気書評家の三清・鳥栖氏(56) 自宅の階段で転落死』?」
 何の変哲もない事故。これは事件ではない。
 煙草を灰皿に押し付けて、武彦は訪問者の真意を問う。
「この事故が、どうかしましたか?」
「私はこの家で働いている者です」
「!」
「私にはこれが、事故とは思えないのですよ」
 奇里(きり)と名乗ったその男の話によると、その家が建てられたのは亡くなった鳥栖が生まれる前なのだという。そして鳥栖はこの56年間、その階段で転んだり落ちたりしたことはなかったそうな。
「それなのに突然こんな事故が……明らかにおかしいでしょう?」
「歳のせいだとは考えられませんか?」
「歳だからこそ、しっかりと手すりを利用していらっしゃいました。それでどうして落ちるんですか」
「………………」
 奇里の言うことが本当なら、確かに少し臭う。
 武彦は完全に煙草の火を消してから。
「いいでしょう。何人か調査に向かわせます。ただし本当に事故であった可能性もありますから」
「わかっています。でも私は、最初から事故と決めつけている警察の捜査には不満なのです。どうか、よろしくお願いします」



■追加情報【『鑑賞城』の住人】

三清・鳥栖(さんきょう・とりす)……当主。56歳。書評家。死亡。
三清・石生(さんきょう・いそ)……鳥栖の妻。53歳。主婦。
三清・白鳥(さんきょう・しらとり)……長女。25歳。OL。
三清・強久(さんきょう・じいく)……長男。24歳。無職。
三清・絵瑠咲(さんきょう・えるざ)……次女。22歳。大学生。
三清・自由都(さんきょう・ふりーと)……次男。20歳。大学生。
影山・中世(かげやま・ちゅうせい)……家政夫。60歳。
奇里(きり)……あんま師。年齢不詳。
松浦・洋(まつうら・よう)……庭師。26歳。



■事前調査【草間興信所内:応接コーナー】

 初めてその依頼人と同じ空間に踏み込んだ時、何か妙な違和感を覚えた。
(? 何だ……?)
 どこにも触れ合っていないのに、どこか浸食されているような感覚。
 ゴクリと息を呑む。車椅子を操作する手に、無駄な力が入った。
 依頼人は真っ黒なサングラスをしているようだった。私の微かな視力では、顔が闇で覆われているように見える。
「――どうした? セレスティ」
 デスクの辺りから草間さんに声をかけられ、ふと我に返る。
「いえ……遅くなってすみません」
「全然さ」
 いつものように笑った声の草間さんに、少し安心した。
 私は草間さんに呼び出されて、この草間興信所へとやってきた。捜査を手伝うために。
(今回の事故)
 私はニュースで、その話を聞いていた。その時は別段不審に思わなかったのだが、こうして私はやってきた。
(依頼人の”彼”に)
 興味を持ったからだ。
「――さて、メンバーが揃ったところで紹介しよう。こちらが依頼人の奇里さんだ」
 草間さんの紹介に、多分奇里さんは軽く頭を下げた。長い黒髪が動く。
「そして奇里さん。こちらが今回調査を手伝ってくれるメンバーです。1人ずつ自己紹介を」
「あ、じゃあボクから!」
 張り切っていちばんに名乗りをあげたのは、私の隣にあるソファに座っている少年。金髪から発せられる光が、私の視界を刺激する。
「ボクは瀬川・蓮(せがわ・れん)っていうんだ♪ ヨロシクね」
 次に口を開いたのは、その少年――蓮くんの隣に座っている少女。
「あたしは海原・みなも(うなばら・みなも)です。一生懸命頑張らせていただきますね!」
 青い髪に青い服を着ているのか、私には彼女が透明な水のように映った。
 あと草間さん以外に残っているのは、多分草間さんの隣に立っている女性と私だけだ。私はその女性と目を合わせようとしたが、さすがに届かないのでただにこりと微笑んだ。
「私はセレスティ・カーニンガムといいます。よろしければセレスと呼んで下さい。よろしくお願い致します」
 軽く頭を下げる。
 最後に、よく聞く声の女性が挨拶をした。
「私はシュライン・エマ。どうぞよろしく」

     ★

「――では奇里さん、詳しい話を聞かせていただきますね」
 草間さんは「ちょっと用事を片してくる」と言ってどこかへ行ってしまったので、依頼人の隣に移動したシュラインさんがこの場をリードしていく。
「はい。私が答えられることならば、何でもお答えします」
 その奇里さんの返事を確認してから。
「私からよろしいですか?」
 私は小さく手を上げた。
(何よりも先に)
 訊きたいことがあったのだ。
「奇里さんはこの記事のことを、事故ではなく事件とお考えだというお話ですが……」
 ”この記事の”のところで、私はテーブル上の新聞に視線を流す。
「一体どうしてですか? 何か不審に思うことでも?」
「はい――シュラインさんは先ほどもお聞きになったでしょうが、私はどうしても信じられないのです。鳥栖さんが階段から”落ちる”なんて……あっ」
 答えた奇里さんの黒い顔の中で、何かが光った。
「すみません、何度も話していると感情的になってしまって……」
(涙、か)
 奇里さんは素早くハンカチを取り出すと、サングラスの下の目を抑えているようだ。
 奇里さんがそれ以上言葉を継げないことを察したのか、事前に話を聞いていたらしいシュラインさんが代わりに説明してくれた。
「――三清・鳥栖氏は56歳。そして56年間、一度もその階段で転んだり落ちたりしたことはなかったそうよ。そして足腰が弱くなってからは必ず手すりを利用していた」
(うーん……)
 思わず唸りたくなる。それは理由としては弱すぎるから。
「……ねぇ、ホントにそれだけなの? オジサンなんか隠してない?」
 そんな疑問をあっさり口にしたのは蓮くんだ。
 奇里さんの白いハンカチが動き、膝の上に置かれる。
「さすが、興信所の調査員ですね。隠しているというか、あまり口にしたくないことは、あります」
 どこか諦めたような口調だった。
「それは……?」
 みなもさんの合いの手に、奇里さんが頷いたのがわかる。
「たとえ事件がいつどんな形で起きたとしても。三清家の者には、誰一人としてアリバイがないのです」
 それはとてもわかりにくい言い回しだった。
「どういう意味ですか?」
「皆さん極度の干渉嫌いなのですよ。常にそれぞれの部屋にこもった生活を続けているのです。だから――」
(全員が容疑者となる?)
 そういうことなのか。
(けれどそれではあまりに――)
 結論を急ぎすぎではないか。
 私はそう思って、口を挟んだ。
「こんなことを訊ねるのは失礼と承知でお訊きしますが、自殺という可能性はないのですか?」
 膝の上に載せている、折りたたみ式の杖をもてあそびながら。
 すると奇里さんは。
「新聞にも書いてありますが、遺書が見つからなかったのです。それに自殺にしては、方法が不確実すぎると。だからこそ警察は事故として捜査しているのですよ」
(それでも結果を出すにはまだ早い)
 シュラインさんも同じように思ったのか、詳しく問いかけた。
「亡くなる前の体調はどうかしら? 何か変わったことを口にしていませんでした?」
 奇里さんの首が、横に振られたことがわかる。
「――わかりません。三清の皆さんとは、一日中顔を合わせないことの方が多いのです。逆に言えば、顔を合わせる必要がなかったことこそ、普段どおりと言えます」
「ナルホドね」
 半ば呆れた声で、シュラインさんが納得する。
 すると今度はみなもさんが口を開いた。
「『三清の皆さんとは』ってことは、三清の方以外とは顔を合わせているんですか?」
「ええ。といっても、私以外に2人しかおりませんが。家政夫の影山・中世さんと、庭師の松浦・洋さんとは毎日お会いしていますよ」



「ねぇ、ちょっと訊いてもいーい?」
 会話が途切れたのを見計らって、声を挟んだのは蓮くんだ。
「なんでしょう?」
 奇里さんが首を傾げたのが、気配でわかる。
「新聞にね、三清家の人たちの名前が載ってるじゃない? ボク凄く気になってたんだ。『”トリス”タンと”イゾ”ルデ』に『”ジーク””フリート”』。”エルザ”は『ローエングリン』のヒロインの名前だよね? 『白鳥』は……」
「――『白鳥』も『ローエングリン』からですよ。『ローエングリン』は、白鳥(はくちょう)の曳くゴンドラに乗ってやってきた聖杯の騎士・ローエングリンが、弟殺しの嫌疑をかけられたエルザ姫を救うお話ですから」
 スラスラと、奇里さんは応えた。きっとよく訊かれることなのだろう。
「ずいぶんと凝ったお名前ですよね。どなたが考えたんですか?」
 感心しながら問ったみなもさんに、苦笑した声で奇里さんは。
「凝っているというよりも、”無理やり”で”やりすぎ”なカンジですけどね。皆さんの名前をつけたのは、10年前に亡くなった前当主のルート様です。三清家にお嫁に入った石生さんはもちろん偶然ですが」
(――ということは)
「ではその方は鳥栖氏の父親に当たる方なんですね。日本人ではないのですか?」
 ”ルート”という名前に漢字を当てはめることができなかったので、私はそう問った。
 奇里さんは多分頷いて。
「日本人とドイツ人のハーフなので、半分は日本人なのですけどね。生まれはドイツですが日本で育ったそうです」
 それでネーミングセンスがこんなふうになってしまったのだろうか。
「ルート様は若い頃、ご自分もこの名前でずいぶんと苦労なさったそうです。それでも息子や孫にこんな名前をつけたのは、きっと譲れないものがあったからだと思います」
 まるで私の考えを見透かしたように続けた奇里さん。その先を、シュラインさんが問う。
「それは?」
「――ルート様は、ルートヴィヒ2世がお好きだったのですよ」
「狂王といわれた、バイエルン王?」
 人魚としてはもちろん、人としてもある程度永く生きている私も知っていた。
 ドイツの観光名所の筆頭となっているノイシュヴァンシュタイン。それを建てたのが、確かその人だったはずだ。
 奇里さんの言葉が続く。
「そうです。自分と同じ名前の入っているルートヴィヒ2世に興味を持ち、その生き様に共感を覚え、尊敬していました。それでルートヴィヒ2世が好きだったワーグナーのオペラから息子たちに名前をつけ、あんな酔狂な城を建てたのです」
「酔狂な――城?」
 皆の声がハモった。
「ええ。この現場ですよ。自宅は城の形をしているのです。周辺の人々は『鑑賞城』と呼んでいます」
「へぇ。観る物がいっぱいあるの?」
「いえ、そういう意味ではありませんが……行ってみればわかりますよ。現場の階段も見ていただきたいですし、これから案内させていただけませんか?」



■酔狂な城 酔狂な彼【鑑賞城:応接間】

 それは確かに”酔狂な”城だと、空気でわかった。誰もが息を呑んでいたから。
(光が支配していた)
 美しい白壁が私の目にも光を届ける。あまりに強すぎるそれに、私は少し目を細めた。
 ノイシュヴァンシュタインそのものだという。そのミニチュアだと。
(だとしたらそれは)
 嫌というほど鑑賞に適した城。
 日本の住宅地には、どう逆立ちしても似合わない。
 しかし本当の意味で酔狂なのは、ルート氏がそのミニチュアを建てたことではなかった――。



 広い応接間に通された私たちは、テーブルを囲んでいた。私以外は皆、ソファに座って「柔らか〜い」と感想を述べている。そしてキョロキョロと、盛んに辺りを見回している気配。
 当然私も、その意味に気づいていた。
(光の色が)
 ”同じ”だったから。
「凄いですねこれは……」
「凄いというか――”酔狂”って言葉がホントぴったりだよ。『鑑賞城』ってこういう意味だったんだ」
 みなもさんと蓮くんに続いて、私も声をあげる。
「外側を鑑賞するためだけの城、ですね」
「でも信じられないわ……なんで内側はこんなに”普通”なの?!」
(そう――)
 明るく白い、いつもとは違う色。それに包まれていたのは、外側だけだった。
 皆の反応からもわかる。そこは”ただの”応接間だったのだ。
 私が意識の中で想像した城。そしてその内側とは、まったく違う。中は”民家”でしかなかった。ちょっと上等のソファがあり、多分窓の位置がやけに低い民家。その一室。
「驚いたでしょう? 内側まで真似する資金がなかったわけではないと聞いておりますけれど……ルート様が何を思ってこんなふうになさったのか、誰にもわからないのですよ」
 応接間へ戻ってきた奇里さんの声は、初めから苦笑していた。飲み物を運んできたのか、時折ガチャガチャとガラスの音が聞こえる。
「窓の位置が低いのはどうしてです?」
 シュラインさんが問いかけると。
「ああ、それは――このお城がノイシュヴァンシュタインの外観を忠実に再現したものだということはおわかりですよね? だからこそ外側と内側では基本的なサイズが違うのですよ」
 運んできた飲み物をテーブルの上に移す動作をしながら、奇里さんは説明をしてくれたが。
「んー? それってつまりどういうこと?」
 蓮くんが詳しきを問う。確かにそれはわかりにくかった。
 奇里さんはすべての飲み物を配り終わると、ソファの空いている場所に腰かける。
「例を出しましょうか。たとえば各階に窓のある3階建ての家をそのまま縮小して、2階建ての家と同じ高さにします。するとサイズは2階建てと同じですが、窓の数は3つのままですよね?」
「うん」
「その家の内側に、普通に2階建ての家を建てるとします。すると内側の窓は2つなのに外は3つで、その位置もずれるわけです」
「あ、そっか」
「このお城も同じことで、お城の中に普通の家を建てたようなものなのですよ。ただし内側の壁の窓は、外側の壁の窓と同じ位置にしてあるのです。だからこそずれているのですが、中には足元にあったり危ない場所もありますから、基本的にはどの窓もはめ込み式で開かないようになっています」
(窓がどのくらいあるのか)
 私には到底知ることはできないけれど、この優しい光は電灯によるものではないと思った。つまり普通の家くらいの数はあるのだろう。
(それが全部開かないとなると)
 なんだかそれだけで息の詰まりそうな話だ。
「――もっとも、窓を開けることができたとしても、誰も開けないだろうがな」
「!」
 不意に割りこんできた声に、皆の気配が動く。私も一応、声のする方に視線を移した。そして感覚を広げる。
「影山さん……」
 奇里さんがその声の主を呼んだ。
(影山・中世さんが来たのか)
 歳は確か60――60歳の声にしては、妙にハリがあって強い声に思える。
「やっと警官やら刑事やらが帰ったと思ったら、今度は女・子供か? 何を考えているんだ奇里」
 こちらへ近づきながら発せられる言葉は、何故だか多分の毒を含んでいた。
 奇里さんはサッと立ち上がると。
「すみません。しかし、私は昨日のことが事故だとはまったく思っていないのです。それは影山さんも同じなのではありませんか?」
「むぅ……」
 言葉に詰まった影山さんは私たちの近くまでくると、私たちを見回しているのがわかった。鋭い視線を感じるからだ。
「……この人たちが、真相を明らかにしてくれると?」
「私は信頼しています」
 奇里さんがきっぱりと言い切る。
(その言葉は)
 彼自身真実を知りたいがためにもたらされたものかもしれない。
 そんな奇里さんの様子に影山さんの気配が揺れ、無言のままやがて足音が遠ざかってゆく。
「影山さん?!」
 奇里さんの呼び声に、ワンテンポ遅れて反応した。
「まだ仕事が残っているんだ。片してからまた来よう。それまで階段でも見ているといい」
「!」
 どうやら”お許し”が出たようだ。
 そして思い出したように言葉を続けた。
「――そうだ、奇里。朝から客が2人来ているんだ。なんでも鳥栖の”友人”らしい。どこまで親しかったのかは知らないがな。会ったらとりあえず挨拶をしておいてくれ。……家族の代わりにな」
「……わかりました」
(?)
 2人の間にあった、妙な”間”が気になる。
 奇里さんはその場に立ち上がったまま。
「では階段の方へ行きましょう。今日はもう警察の方も帰ってしまわれたようですから。そこで昨日のことについて詳しく説明しますよ」
 私たちを促した。



■横たわるキョウキ【鑑賞城:大階段】

 応接間を出ると、玄関からまっすぐに伸びている廊下を奥に向かって移動する。車椅子は、みなもさんが押してくれていた。
 私の後ろで、そのみなもさんが問いかける。
「あのこちら側に傾いた壁は何なんですか?」
 その言葉で初めて、私は”傾いた壁”の存在を知る。
 奇里さんは何でもないといったふうに。
「あれが階段ですよ」
 あっさりと口にした。
「えっ」
「階段をのぼっている姿が玄関から丸見えになるのが嫌で、逆の向きに造ったのだそうです」
(普通なら)
 他の場所に造ろうとするだろうに。
「――面白いですね」
 私はそんな感想をもらした。
(そう、面白いのだ)
 ルート氏はどこか、常軌を逸した感性を持っているように思える。それはある意味、こんな城を建てられるほどの”お金持ち”ゆえ、なのかもしれない。
 斜めの壁を、ぐるりと回りこんだ。
「!?」
 皆が息を呑む気配がした。
「なんて長い階段なの……?!」
 そんなシュラインさんの言葉に、目の前の光景を悟る。そして天井を感じない意味を。
(3階まで続いているのか?)
 そして天井は吹き抜けに――?
 確かに意外だった。
「なんかココだけお城っぽいね」
 多分手すりに触れながら、蓮くんが呟く。
 血の臭いも、当然足元には乾いた血だまりも残っているのだろうが、そちらは覚悟をしていた分誰も驚いたり取り乱したりはしなかった。
「――あれ? シュライン?」
「!」
 不意に上から降ってきた女性の声に、皆の視線が上に移ったことがわかる。呼ばれたシュラインさんの知り合いのようで。
「戒那さん? ……あっ、お客さんって戒那さんのことだったの?」
 そういえば先ほど、影山さんがそんなことを言っていた。
「まぁね。そっちは? みなもくんもいるってことは、調査を頼まれたのか」
 みなもさんとも知り合いなのか、その声はそう告げると。階段をおりる足音が徐々に近づいてくる。しかも2つだ。
「奇里さん。こちら心理学者の羽柴・戒那(はしば・かいな)さんです」
 2人が同じ高さまでやってくると、シュラインさんは紹介した。戒那さんの方だけ紹介したのは、きっともう1人をシュラインさんも知らないからだろう。気配からいっておそらく男性だと思うが。
「ああ、キミがあんま師の奇里くんか」
 シュラインさんの言葉にそう反応した戒那さん。その戒那さんに、私は驚いて声をあげた。
「あんま師? ではもしかして……」
(興信所に踏み入れた時に感じた)
 浸食されるような感覚は――
(そういうことなのか……?)
「どうしたんですか? セレスさん」
 顔を奇里さんの方に向けたまま、固まっていた私はみなもさんの声に我に返る。
「いえ――あとでいいです。今は先に、事件の話を聞きましょう」
 今すぐ訊きたい気持ちはあったが、話が長くなるだろうことは容易に想像できた。今は折角現場へやってきたのだから、事件の話を聞いた方がいいだろう。
 すると。
「その前に、私の紹介をしてもらえないかな」
 そう続けたのは、戒那さんと一緒におりてきた――やはり男性だ。
「お、忘れてた」
「戒那くーん……」
 脱力したような声をあげたその男性を、クスリと笑ってやっと戒那さんは紹介した。
「こちら、フリーライターの水守・未散(みずもり・みちる)くんだ。彼は鳥栖氏とは昔馴染みでね。俺も彼を通して鳥栖氏と会ったことがあるんだ。それでお悔やみの言葉でも、と思ってきたわけだが……」
「それはそれは、ありがとうございます。しかし驚きましたでしょう? ルート様がお決めになったしきたりで、葬儀などは一切行わないことになっているのですよ」
(どうりで)
 昨日人が亡くなったというのに、重い空気も黒い光もあまり感じない。おかしいのは時折やってくる警官だけで、他はこの城にとっての日常なのだろう。
「そういえば、ルートさんが亡くなった時鳥栖さんは何もしなかったな。そういうことだったのかー」
「水守くーん……」
 先ほどとは逆に、今度は戒那さんが脱力した声をあげた。水守さんは頭を掻いているようで。
「いやぁ、すまないすまない。そうとわかっていたら無理に来ることもなかったね」
「ま、皆がいるってことは何かありそうな感じだから、かえって来てよかったのかもしれないがな」
 戒那さんはどこか楽しそうに告げた。



「この場所で、鳥栖さんが影山さんに発見されたのは昨日の朝9時頃のこと。死因は頭部を強打したことによる頭蓋内損傷で、全身には無数の骨折と打撲傷があったそうです。死亡推定時刻は午前7時から8時。
 階段には見てのとおり血痕がありますから、上から落ちたことは疑う余地もありません。
 警察は、鳥栖さんから睡眠薬などの痕跡が見られなかったことと、遺書が見つからないこと、そして自殺としては不確実な方法であることから、これは他殺や自殺ではなく、鳥栖さんが階段で足を滑らせた事故の可能性が高いと判断したのです」
 遺体の跡の残る絨毯を皆で囲って、奇里さんの話を聞いていた。
(そう聞くと……)
 やはり警察の判断が正しいように思えてくるけれど。
「でもキミは、それが信じられない?」
 戒那さんが問いかけた言葉に、奇里さんの気配が揺れた。
「認めたくないのです、事故なんて理不尽なものは。そんなものよりなら、自殺の方がまだマシですよ」
(?)
 事故で何か辛い思いでもしたのだろうか。
(――!)
 そう考えて、思い当たる。
(やはり自分のこと……?)
「――おい! いつまで”階段端会議”しているつもりだ。こちらは準備ができたぞ」
 不意に聞こえたのは影山さんの声だ。きっと応接間の前から呼んでいるのだろう。
「今戻ります!」
 奇里さんが大声で応え、私たちはぞろぞろと応接間へと戻った。



■奇里の事情【鑑賞城:応接間】

 影山さんの話は、彼が亡くなっている鳥栖氏を階段下で発見した時、玄関のドアは内側から南京錠で施錠されていたというものだった。
(つまり奇里さんの推理は)
 ある意味正しかったのだと言える。
(要因は内側にしかない)
 それが階段による事故であれ、鳥栖氏自身の自殺であれ、他者による殺人であれ。本当の他人では、城に入ることさえできないから。
 そんな情報を聞いた後、皆は3階の鳥栖氏の部屋へと向かった。何か手がかりになるものはないかと。私は移動が大変でもあるし、どうせ自分では観ることができないのだから、戻ってきた皆の話を聞くことにして応接間で待っていた。
 戻ってきた皆は雰囲気からして落胆していて、部屋に入ってきた時点で何の情報も得られなかったことが知れた。
 他の三清たちの部屋も3階にあるのだが、亡くなってしまった鳥栖と同じように、生きていても返事一つしないと、皆がぼやいていた。
 それから影山さんにお昼をご馳走になり、午後はバラバラにそれぞれ気になることや場所を捜査してみようということになった。タイムリミットを気にしなくてもいいように、気がすんだら帰っていいことになっている。報告は明日各自で。
 ――そんなわけで、私はこうして応接間に残っているのだった。そして私の目の前には奇里さんがいる。
 その奇里さんが、ゆっくりと口を開いた。
「……あの時あなたが言いかけたのは、このことですか?」
 2人しかいない空間で、奇里さんの顔から”黒”が消える。サングラスを外したのだろう。
「やはり――キミは盲目なんですね……?」
 あの感覚が近くなって、私はそれを口にした。
 奇里さんの控え目な笑い声が聞こえる。
「よくおわかりになりましたね。警察の方々ですら気づかなかったのに」
「それは私も視力が弱いからですよ。互いに気配を読み合っていたから、初めに草間興信所でお会いした時不思議な感覚がした。ずっとその理由がわからなかったんですが、キミがあんま師だと知ったら答えが見えました。――盲学校で習ったのですか?」
 学校を卒業した後仕事ができるように、盲学校であんまを教えるというのを聞いたことがあったのだ。
 案の定奇里さんは頷いて。
「ええ……あんま・はり・きゅうの三療を」
 それからまたサングラスをかけ直す。黒い奇里さんに戻った。
「このサングラスは、視線をごまかすためにつけているのですよ。目が見えないといっても、眼球はちゃんと動きますから。声の方向でそちらに顔を向けることは簡単なのですが、見えない視線を合わせるのはかなり難しいのです。ですが、視線が合っていないと怒りだす方もいらっしゃいますから。こうやって、そちらからは見えないように工夫しているのです。もっともあなたの前では意味をなさないようですが」
 また少し、笑った。
(なるほど)
 きっと夜になれば、サングラスを外さない奇里さんを不審に思う者も出てきたのだろう。――いや、室内で外さないことも既におかしいのか。会った時からかけていたのであまり気にならなかったが。
「他にも訊きたいことが、ありそうですね?」
 私が言葉を探していると、奇里さんからそんなふうに切り出してきた。それも気配を読んだのか。
 それでもありがたく、私は乗ることにする。
「キミのフルネームや年齢に、興味があって私は協力しているんですよ」
 嘘ではない。
(彼が何者であるのか)
 始まりはそんな興味だった。
 奇里さんの息が、一瞬とまる。
(気配が揺れているのは)
 答えを迷っているからだろうか?
「――戸籍上は、三清・奇里です」
 やがて奇里さんは、そんな言葉を口にした。
「三清?! キミも……?」
「三清を名乗るなど恐れ多くて、私自身は自分は”奇里”以外の何者でもないと、思っていますけれど」
「一体どういう関係なんですか?」
「……私はルート様に拾われたのです。そしてそれだけでなく、ルート様は私を息子にもして下さいました。ですが私にはそれがあまりに図々しく思えて……せめて使用人として扱っていただきたいとお願いしたのです。ですから、私とルート様、そして影山さん以外の方は、私が戸籍上三清家の一員であることを知らないはずです」
(! そうか……)
『……家族の代わりにな』
『……わかりました』
 あの時のあの”間”の、正体を知った。
 一度話し出した、奇里さんの告白はとまらない。
「私は捨て子だったのです。ですから年齢の方は、本当にわかりません。そして拾われる以前のことも」
「え……?」
「何故か記憶がないのです。私の記憶はルート様に拾われた時から始まっています。それ以前のことについて、ルート様は何かご存知のようでしたが教えては下さいませんでした。――聞く前に亡くなってしまった、と言った方が、正しいかもしれませんが」
 その言葉には、めいっぱいの寂しさがこめられていた。
「私の目がこうなったのは、ルート様に拾われるよりも前のことです。自分では失明した理由がわからないのですが、もしかしたらルート様はその理由を知っていて、だからこそ私を引き取ったのではないかと、最近考えるのです」
「なるほど……でしたら筋が通りますね」
 子供を1人引き取るのに、何の理由もなかったとは考えられない。ルート氏はおそらく奇里さんに同情して、引き取ったのだろう。
(――いや、ちょっと待て)
 こうも考えられる。
(もし……もしも)
 ルート氏自身が奇里さん失明の原因をつくっていたとしたら……?
 引き取ったのが同情ではなく、”責任”だったとしたらどうなる?
(そして奇里さんが、それを知っていたら)
 この事件は――
「私が犯人なら、わざわざ調査を頼みになど行きませんよ」
「!」
(まただ)
 またこの心を、見透かされた。
「そんなに驚くことではないでしょう。あなたも似たようなことはできるのではないですか?」
「え?」
「”表情”なんて、私たちにとっては何の意味もありません。それをどんなに制御できても、敏感に感情の変化を読み取る気配や雰囲気は、ごまかせない」
 確かにそのとおりだ。
 私たちの前では、ポーカーフェイスなど何の役にも立たないだろう。
「一瞬空気が硬くなりましたよ」
(だから私の考えていることがわかったと?)
  ――ゴクリ
 思わず息を呑む。
 その鋭さに、少しの恐怖を感じた。



 その後私は、『鑑賞城』をあとにした。
 車椅子を操作する手が、思うように動かない。
(できれば)
 彼にはもう会いたくないと、そんなことを思った。
 しかし事件は――容赦なく進んでゆく……。

■終【狂いし王の遺言 =序=】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

整理番号|PC名         |性別|年齢
  職業|
  0086|シュライン・エマ    |女 |26
    |翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
  1790|瀬川・蓮        |男 |13
    |ストリートキッド(デビルサモナー)
  1252|海原・みなも      |女 |13
    |中学生
  0121|羽柴・戒那       |女 |35
    |大学助教授
  1883|セレスティ・カーニンガム|男 |725
    |財閥総帥・占い師・水霊使い
※NPC:水守・未散(フリーライター。実は超絶若作り(?)の56歳)



■ライター通信【伊塚和水より】

 この度は≪狂いし王の遺言 =序=≫へのご参加ありがとうございました。
 おかげさまで無事1日目の調査を終えることができました。重ねて、ありがとうございます^^
 今回の調査でそれぞれのPC様が入手した情報は、各ノベルを見ていただくか、次回オープニングで確認することができます。物語をより深く楽しんでいただけると思いますので、よろしければご覧下さいませ。
 さてセレスティ・カーニンガム様。初めまして! ご参加ありがとうございました_(_^_)_。視力の弱いキャラということで、視覚的な描写はなるべく減らして感覚的な描写をできるだけ自然にやってみたつもりですがいかがでしょうか。今回ちょっと魅了の対象になるようなキャラがいなかったのでやりませんでしたが、次回はぜひ書いてみたい能力です。書けるのを楽しみに待っております♪
 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝