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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


哀しき予知姫の果て

------<オープニング>--------------------------------------
 雑然とした事務所の応接セットにすわる依頼人は物静かそうな老婦人だった。いかにも高価で手入れに手間の掛かりそうな和装をしている。万年金欠探偵事務所には願ってもない上客だろうに、所長である草間は苦い表情をしたまま煙草を灰皿の隅に置いた。
「申し訳ないがここは探偵社だ。そういう依頼は警察に行くのが筋ってもんじゃないか?」
 ぶっきらぼうな草間の言葉に老婦人はうなづく。しかし同意したわけではないのは次の言葉からも明らかだった。
「いいえ。警察に行っても話もきいてくれませんわ」
 柔和な笑みさえ浮かべて言う。草間の表情にいぶかしげな様子が混在し始める。
「何故です。事は殺人事件なのでしょう? こっちから情報を提供すれば喜んで話をきいてくれますよ。普段から何かといえば『警察に協力するのは市民の義務だ』なんてほざいてやがるんですから‥‥」
 草間の言葉の端には警察へ隠す気もない不快の念がにじむ。探偵などという仕事をしていれば、警察とのいざこざも1度や2度ではないのだろう。
「わたくし、市民として警察を信頼申し上げておりますわ。けれど孫娘の事も信じてやりたいんですの。世の中には適材適所というものがありますでしょう? これから起きる殺人事件に対してはやはりこちらにお願いするのが最も有効な手だと思いますの」
「‥‥はぁ‥‥これから起きる‥‥殺人‥‥ですか?」
 またやっかいで面倒な仕事になるらしい。草間はそっと溜め息をついた。灰皿の上の煙草はもうほとんどが灰になっている。
「勿論、報酬はお支払いいたします。もしかしたら危険に見舞われる事もあるでしょうから破格と言って良い額をお渡しします。是非、主人を助けていただきたいのです」
 はじめて老婦人の顔に生々しい表情が浮かんだ。不安と苦悩が入り交じったものだ。
「‥‥わかりました。詳しいお話を伺いましょうか」
 草間はメモを取りだした。

◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆依頼内容◆◇◆◇◆◇◆◆◇◆◇◆◇◆
・依頼人は芦屋しげ子68才
・孫娘美幸17才が殺人事件を予知したが誰も信じない
・狙われているのはしげ子の夫・光之72才で、身辺警護及び襲撃者の撃退が依頼内容
・襲撃者の捕縛或いは人物特定出来うる物的証拠の確保が推奨
・襲撃は9月13日から9月15日の間に行われると予知されている
・光之は隠居の身で普段は成城の自宅にいるが、時々あちこちの碁会所を廻っている
・光之の9月13日から9月15日までの予定は特にない

「さて、誰を送り込もうか‥‥」
 依頼人を送り出した後、草間は誰に気兼ねすることなく新しい煙草に火をつけた。

------<本文>--------------------------------------
◆プロローグ:みその
 この国は海に囲まれている。海に阻まれて外界から遮断されているともいえるし、逆に海の結界に守られているともいえる。かつて母にして父、庇護者であり試練であった大海原の神は静かに眠っている。自らの巫女が紡ぐ眠りの糸にすすんで絡み取られ、深い海底の大神殿の奥に拠りついている。大いなる災厄が海を襲うとき、神の眠りは妨げられ世界は崩壊する。名も忘れ去られた海の大神を祀る最後の巫女は、我が神とこの世界のために神事を司る。
 そんな身の上だからなのか、陸の上にいる時のみそのはどこか他人と違っていた。最もよく言われる言葉が『テンポが違う』だった。けれどみその本人にはその言葉の意味がよくわからない。言われた時にはちょっと考えるが、自分は自分らしく生きるしかない。出来る事をただ真摯に行う、それが巫女の生き方でありみそのの生き方であった。
 芦屋家の応接室にはまだ強い力の残り香があった。聞けば草間探偵事務所から別の者が尋ねてきていたらしい。
「わたくし達のために何度もお時間をいただき、まことに申し訳ありませんわ」
 みそのは素直に謝った。
「いいえ、草間様にお邪魔するまではこんな荒唐無稽な話など誰も相手にしてくれないと思っておりましたのよ。ですからこうして真剣に話を聞いてくださる方がいらっしゃるのは本当に嬉しいことなんです」
 しげ子は笑って言った。その笑顔はどことなく寂しい。その波動がゆるやかにみそのに伝わってくる。
「お辛い事がおありになったのですね、今までに。本当に身を切られるようなお辛い事が。それからは光之様もしげ子様も美幸様のお言葉を信じるようになさっているのですね」
 みそのは優しく言う。しげ子はうなづいた。
「はい。あの子の言葉を信じなかったわたくし達は、息子も嫁もあの子の弟も失いました。このうえあの人を失ってしまったら‥‥」
「では光之様もご存じなのですね。ご自分の命が危険に晒されるという予言を美幸様がしているということを‥‥」
「はい。存じております。それでもあの人は特別何もせずにいて良いと言っています。それが美幸の見た未来ならば定命だろうと。でも、でもわたくしは‥‥」
 しげ子が顔を伏せた。
「ご心配には及びませんわ。きっと、光之様はご無事でお二人仲良くもっと長く一緒にいられますわ」
 豊かな漆黒の髪をゆらし、みそのは明るい未来を予知者の様に言った。

◆9月13日〜15日:美幸とお話
 みそのは光之とは関わらず、ずっと美幸と行動を共にしていた。13日から15日までは美幸の学校も休みだったため、終始一緒に過ごしていた。最初はみそのの『ネコ耳メイド服』を奇抜だと思っていた様だが、すぐに慣れてしまった様だ。
「そういうコスチュームプレイって面白そうですわね。今度やってみようかしら?」
 美幸がニコニコしながら言う。
「わたくしも時折こういう格好をするのは楽しいと思いますわ。是非、美幸様もおやりになるとよろしいと思いますわ」
 みそのも屈託のない笑みを浮かべる。みそのにとって、美幸は割と『テンポ』もあう話し相手であった。2人とも世俗から隔絶された生活をしている者達だったからかもしれない。ゆったりと時間はのんびりと過ぎていた。
「まぁ‥‥では美幸様は竹下通りにも原宿にも渋谷にもお一人ではお出かけになった事はありませんの?」
 みそのが尋ねると美幸はうなづいた。
「えぇ。おじいさまが危ないと仰るの。わたくしの様な世間知らずが行くところではないのですって。学校の皆様もそう仰るし、ですから行ったことはないです」
 ちょっと寂しそうに美幸は言った。そんなとき、美幸の波動が暗く揺れる事がある。それはみそのの様な清浄な巫女には馴染みのないものだった。ただ、祖父や祖母と銀座や赤坂になら行った事があると得意そうに言うと、その波動もすっと消える。
「わたくしも都会の事には疎いですの。同じですわね、美幸様」
「そうね‥‥」
 なんとなく美幸から離れてはいけない様な気がして、みそのはとりとめのない会話をずっと続けていた。

◆9月1日:大事に至らなかった理由
 事件はあっけなく終わったかに見えた。15日の夕方、碁会所を出る光之(に化けたイヴ)はナイフを持った男から襲われた。殺意もなかったし、その男は何らかの『異能』を持つものでもなかった。あまりに平凡な刺客だったためか、高性能でありすぎる綱の『御霊髭切』が感知しない。
「来る!」
 だから真っ先に気が付いたのはシュラインだった。その乱れた足音を聞き逃さなかったのだ。
「だぁぁあ」
 意味不明の声を出して突っ込んできた男は、だが瞬時に反応したイヴに軽くかわされてしまう。光波はイヴを即座に背に庇う。襲撃者のあまりに弱々しい様に、涼は強すぎる武器となってしまうだろうと一瞬、霊刀の具現を躊躇した。その時、形勢不利とみた男は一目散に逃げ出した。
「逃がしませんわ!」
 普段大人しげな撫子は絶えず懐にしのばせている『妖斬鋼糸』を男に放った。足をとられた男が顔面から倒れ込む。そこをすかさず綱と春華が取り押さえた。
「にがさねーよ!」
 暴れる男を小柄な春華がぎゅっと取り押さえる。
「なんだよ、どけよ。放せよぉ! 話が違うだろーがよぉ、こらぁ」
 男は暴れながらも罵声を続ける。話を聞こうにも、意味のある言葉が返ってこなくて会話にならない。
「しょうがないな」
 綱はもう一度辺りに気を配る。けれど、強い力は全く感じられない。この分だと明日は学校をさぼって護衛を続けなくてはならないと綱は思った。美幸の予知が今日までだしても、このまま依頼を終える気にはなれなかった。一同は男を交番に突きだして芦屋邸に戻った。
 12時を廻った夜の芦屋邸にはその時間では考えられない程の人が応接室にいた。
「では犯人にお越し願いましょうか」
 ケーナズが言うと老人ホームから戻った光之をしげ子が不安そうに見る。光之の膝の上には灰色の毛並みをした猫が気持ちよさそうに抱かれている。
「犯人は捕まったのではないですか?」
 しげ子は血の気のない顔でケーナズに言う。金髪の男はゆっくりと首を振った。
「実行犯は捕まりました。けれど正犯であり本当の実行犯になるはずだった者はまだ捕まっていません、そうですよね」
 ケーナズが見つめる先、そこには光之の孫娘美幸がいた。
「‥‥美幸様が」
 みそのが小さくつぶやく。
「わかってしまいましたの?」
 あっさりと美幸は言った。麻里が厳しい目を美幸に向ける。祖母であるしげ子は強張った表情のまま孫娘から視線をはずせなかった。
「そういうことなの、とんだ茶番ね」
 シュラインは立ち上がって部屋を去る。もうこれ以上ここにいる必要はない。
「どういうことなんだ‥‥俺には一体‥‥」
 座っていられなくて中腰のまま光波が美幸に哀しい問いかけをする。
「邪魔なんですもの、おじいさまったら。もう必要ではないと思ったのですわ。お父様もお母様もそうして亡くなっていただいたんですもの」
 邪気のない笑顔なのに美幸の告白は恐ろしかった。
「おまえのは予知じゃなく、殺人予告だったんだな」
 麻里が言うと美幸はうなづいた。
「不思議な事にしておく方が都合よいのですもの。本気で犯人探しをされたら面倒ですし。今回はおばあさまが面倒な事をなさったから囮まで用意しましたのに、この人の邪魔があってとうとう『力』を使うタイミングをはずしてしまいましたけれど」
 悪戯がばれた時の子供のように美幸は笑ってみそのを見た。
「そう。予告された殺人はキミを中心とした人間関係の中でしか起こっていない。しかもそのスパンは5年、7年と長い。どう考えてもキミが邪魔だと思ったから殺された‥‥そう見るのが自然だろう」
 ケーナズはサラリと言った。確たる証拠があったわけではなかったが、美幸が否認するとは思っていなかった。多分、美幸の心には何か大切な部分に大きな欠落があるのだ。
「後はご家庭の問題です」
 ケーナズは光之に一礼して部屋を出た。

◆エピローグ
 みそのは直ぐに芦屋家を出た。途端に息を深く吸う。なんとなくこの家の中では息が詰まるような気分だった。真夜中の外気は少し肌寒いがそれが心地よくもある。夜の持つ雰囲気は深海のそれと似通っていた。だから夜が怖いとみそのは思わない。
「これでよかったのかしら」
 ただ胸の中に哀しい想いが満ちていた、光之の、しげ子の、そして美幸の事が気がかりだった。
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/文筆家】
【0328/天薙・撫子/女性/18/大学生】
【1388/海原・みその/女性/13/神職】
【1481/ケーナズ・ルクセンブルク/男性/25/会社員】
【1493/藤田・エリゴネ/女性/73/無職】
【1548/イヴ・ソマリア/女性/502/自営業】
【1623/竜笛・光波/男性/20/大学生】
【1627/来栖・麻人/男性/15/団体職員】
【1761/渡辺・綱/男性/16/高校生】
【1831/御影・涼/男性/19/大学生】
【1892/伍宮・春華/男性/75/中学生】
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■         ライター通信          ■
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 お待たせ致しました。東京怪談ノベル完成です。みそのさんはステキな設定をお持ちのキャラクターなのですね。描いていてとても楽しかったです。また機会がありましたら、みそのさんを描かせて頂けると幸いです。ありがとうございました。