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午後七時のピアノ弾き
オープニング
「ピアノ…ですか？」
草間武彦は目の前の老人に問いかける。
この老人は都内でも有名な名門校の校長だと名乗った。
「はい、ちょうど午後７時に音楽室のピアノが誰もいないのに鳴りだすんです」
―また…コレ関係の依頼か…。
草間は依頼主の老人に分からぬくらいの小さな溜め息を漏らした。
「そのピアノを処分すればいいのでは？」
手っ取り早い解決策を老人に言うが、老人は下を俯く。そして、重く口を開いた。
「…もう７回もピアノを買い換えているんです、ですが…」
「問題はピアノではなく音楽室にあるという訳ですか…」
草間は頭をガシガシと掻きながら零の持ってきたお茶を一気に飲み干す。
「分かりました、この依頼…お受けします」
そう草間が言うと、老人は深々と頭を下げて帰っていった。
−視点⇒柚品・弧月
『ある学校で夜の七時にピアノが鳴り出すという現象が起きている。
ただちに調査に行ってくれ』
草間さんからの依頼で俺は今、名門と名高い高校に来ている。
この高校に通っているものは、ほぼ全員が大学へと進学する。主に
東京大学、早稲田大学、京都大学など有名大学ばかりだ。
校門の所で今回のパートナーを待っていると、首から眼鏡を下げた女性がこちらに向かってやってくる。
「柚品くん、よね？」
その女性には見覚えがあった。草間興信所で事務員として働いているのを見かけたのである。
「そうですが…エマさんですよね？」
はっきり言ってお互いに顔は知っているのだが、話した事は全くない。
「そうよ、シュライン・エマ。今回の仕事を一緒にさせてもらうわ。よろしくね」
エマはさん笑いながら握手を求めるように手を差し出す。
「こちらこそ、よろしく」
それに答えるように俺も手を差し出す。
「とりあえず中に入って情報を集めましょ？依頼人には許可を取ってあるから」
素早い事をするものだ、と俺は内心驚いていた。
「今回のピアノの事は悪戯という可能性もあるから私は音楽室とその周辺の教室を調べてみるわ。
あんたは生徒や教員に聞き込みをお願いできるかしら？」
「分かりました。じゃあ聞き込みが終わったら音楽室に向かいますので」
そう言って二人は別行動を取る事になる。
さて、聞き込みといってもどこにいこうか…
「まずは依頼人に話を聞いてみるか」
誰に言うまでもなく呟き、校長室を探す。
−証言１：依頼人
校長室には絵画や壷など俺の興味を誘うものが沢山あった。
「それでお話というのはなんでしょう？」
客専用の部屋に通され俺の前に依頼人が座る。
「夜の七時にこの学校で事件などが起きたことはないでしょうか？」
夜中にピアノが鳴り出すのならまだしも、中途半端な時間に鳴り出す事がずっと気になっていた。
依頼人は白いハンカチで汗を拭いながら首を横に振る。
「なかったと思います。私は二年前に校長としてこの学校にきたばかりでして…それ以前の事は…」
「そうですか…」
やや溜め息まじりで校長室を出た。少なくとも、この二年の間には何もないらしい。
「とすれば、一番手っ取り早いのは…」
−証言２：新聞部部長
新聞部と手書きで書いてあるプレートを見つけ中に入る。
新聞部なら何かと情報が入るかもしれない。ちょうど中に一人の女生徒がいたので、
その子を捕まえて話を聞く事にした。
「ピアノ事件で調べにきたんですか？私そのピアノ聞いた事ありますよ。曲は確かエリーゼのためにだったと思いますけど」
俺は手帳を取り出し書き込みながら話を聞く。
「何か事件があったとか分からないかな？」
すると、その女生徒は「ちょっと待っててください」といって隣の部屋へと消えていった。
待つ事十分。その女生徒が帰ってきた。手には大きなファイルのようなものを持って。
「それは？」
「ここ数十年の事件を集めたファイルです。以前の部長が新聞の切り抜きとかを集めていたので…」
確かにこれを見ればある程度の事は分かるだろう。
「じゃあ、私は授業があるので。あ、ここの部屋使っていいですよ」
「ありがとう」
そう言ってその女生徒は教室へと帰っていった。
「……はぁ」
溜め息が出るのも無理はない。目の前には分厚いファイルが七冊。一人で調べるには
かなりの時間を要するだろう。
「くそぅ…」
泣きそうになりながらも、ファイルのページを捲る。
それから数時間後、四冊目のファイルに今回の事件と関係のありそうな記事を見つけた。
−名門高校が生んだ高校生ピアニスト死亡。という見出しで書かれており読んでみると、
ピアノのコンクール前日に心臓発作で一人の男子生徒が死亡している。日付は十年前になっていた。
「これか…」
男子生徒の名前は深九里 翔太。幼い頃からピアノを習っており腕はそこらのピアニストには
負けていなかったらしい。
「とりあえず調べたしエマさんのいる音楽室に向かおう」
ファイルを机の上にまとめ、メモ用紙に『ありがとうございました』と書きファイルの上に置いて
新聞部部室を後にした。
☆
音楽室は三階の奥にあるらしく階段で上るのは少々きつかった。
「ふぅ」
名門高校なのだからエレベーターの一つや二つ設置すればいいのに、と思いながら階段を上る。
「あら？聞き込みは終わったの？私のほうも調べたけどピアノや教室に異常はなかったわ」
音楽室の真下、二階でエマさんと合流した。
「えぇ、まぁ」
「そういえば、あんたサイコメトリー能力を持っていたわよね？この楽譜見てもらえないかしら」
そう言ってエマさんが取り出したのは古くて黄ばんだ楽譜。
「分かりました」
俺は楽譜を受け取り目を閉じる。その瞬間に楽譜が持つ記憶が流れ込んできた。
−明日はコンクールだ、がんばらなくちゃ。
−死にたくないよ…
生への執着、夢を追う希望、他にも色々な記憶が流れ込んでくる。
「どう？」
エマさんが俺に話しかけてくる。俺は見たことを話し出す。
「深九里翔太君の絶望、希望、死にたくないと強く願う感情が流れてきました」
「深九里？」
俺は調べた事を話し、深九里翔太のことも話した。
「ふぅん、そんな事があったの…悲しいわね。私も深九里翔太の事は知ってるわ
テレビとかで騒がれていたもの。確か神童って呼ばれてたわね」
「そうなんですか…そろそろ七時ですね」
「そうね、行きましょう」
このとき、俺とエマさんは思っただろう。
『強制ではなく自分から成仏してほしい』と。
強制的にということは、どうしても戦いは避けられなくなるからだ。
「七時ジャストです」
俺が言い終わるかどうかの時にピアノの音が響いた。
「悲しい音色ですね」
「そうね、曲が終わったら中に入りましょ」
そう言ってエマさんと俺は音楽室の前の窓に寄りかかって曲を聴いていた。
しばらくしてから曲が鳴りやむ。
「入りましょうか」
早打つ心臓の音を抑えるようにして俺は扉を開いた。
その中にいたのは紛れもなく生きた人間ではなかった。なぜなら彼を通して後ろの景色が透けて見えるからだ。
「素敵な演奏だったわ」
エマさんが拍手をしながら音楽室に入ってくる。
「貴方達は誰？」
彼はこちらを警戒しながら見ている。
「私はシュライン・エマ、こっちは柚品・弧月くん、ここの校長に貴方の事を依頼されてきたの」
下手に嘘をついても仕方ないと思ったのかエマさんはストレートに話した。だが、彼は驚く様子もなく
ピアノをポーンと鳴らした。
「驚かないのか？」
俺は逆に不審に思い聞いてみた。
「別に驚きません。そろそろ潮時かなぁと思ってましたし」
その言葉に俺達は目を丸くする。不慮の事故や病気で死んだ者は自分が死んだ事に気づかずに彷徨っている場合が多いのに
彼は違った。自分の死を受け入れ、なおかつ自分が消されるかもしれないということを受け入れている。
「なら、こっちの用件は…」
「分かってますよ、僕にココからいなくなって欲しいんでしょう？抵抗はしませんよ」
「でも、なぜ今頃になって彷徨い始めたの？十年前から彷徨ってたわけじゃないわよね？」
確かにそれは俺も疑問に思っていた。
「今までの事は記憶にないんです。気がついたらここにいた。そして僕の楽譜を見つけたら動けなくなりました…」
恐らくは今まではどこかに仕舞われていた楽譜が生徒達の手によって表に出され、楽譜に残っていた彼の残留思念が
安らかに眠っていた彼を呼び戻したのだろう。
「最後に一つだけお願いを聞いてもらえませんか？」
「何を？」
俺達は何だろうと思い、彼に視線を集中させる。
「僕の最後の演奏、聞いてもらえませんか？」
少し遠慮がちに答えた言葉に俺達は笑って「ＯＫ」と答えた。
「神童の演奏が聞けるなんて光栄だわ」
「そうですね」
それぞれの意見を彼に伝えると、彼はペコリと頭を下げ、椅子に座り演奏を始める。
俺とエマさんは学生達が使う椅子に座りながら演奏を聴いていた。
曲はエリーゼのためにだった。
「こんな所で神童の演奏が聞けるなんて草間さんに感謝ですね」
「全くだわ」
「音楽の事はよくわかりませんが聴いていて悪い気分にはなりません」
演奏をしている彼はとても楽しそうに俺は見えた。
「でも、どうやって彼を成仏させるんですか？」
「そうねー、楽譜によって呼び戻されたのなら楽譜を無くせばいいんじゃいいんじゃないかしら？」
彼が許すかしら、とエマさんは顔を曇らせる。
「楽譜は音楽をするものにとって大事なものでしょうし…」
そして、演奏が終わり彼が最初に言った言葉が「楽譜を燃やしてください」だった。
まさか彼の口から聞く事ができるとは思わず言葉を失う。
「いいのか？」
「はい、先程の話を聞かせてもらいました。僕はもうこの世にはいない人間なんです。
新しい一歩を踏み出すためには…未練を残しちゃいけませんから」
無理に笑う彼が痛々しかった。
「俺、今日の事は忘れないから。天才ピアニストの演奏を聞けたんだからな」
俺がそういうと彼は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、燃やすわよ」
エマさんはライターを取り出し楽譜に火をつける。火を点けたと同時に彼の身体が光に包まれていく。
「早く生まれ変わってまたピアノを始めなさい、今度は聴きに行くから」
「ありがとうございます」
頭を下げて、彼は笑いながら消えていった。
「草間さんに報告に行きましょうか」
俺はそう呟き、エマさんと共に学校を後にした。
悲しいピアノは鳴るのは今夜で最後。
−もう、午後七時のピアノ弾きはいないのだから…。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢/職業】
1582/柚品・弧月/男/22/大学生
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員
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■ ライター通信 ■
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柚品弧月様、シュライン・エマ様。
この『午後七時のピアノ弾き』は私、瀬皇緋澄の初仕事でございます。
２３日に依頼を出して、発注がくるといいなぁと思ってましたところ、
すぐに発注がきたので嬉しさ&驚きでした。
柚品弧月様＞プレイングというものの、難しさを実感しました。
設定などを上手く反映できているかどうか、かなり不安でございます。
力不足な作品ですが、少しでも面白いとか楽しいなど思ってくださったら幸いです。
ご意見などがありましたら遠慮なくどうぞです。
では、またお会いできる事を願います。
−瀬皇 緋澄
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