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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


流離う者
------<オープニング>--------------------------------------

 草間がのほほんとお茶を啜りつつ目の前にあった煎餅に手を伸ばしかけた時、ふいに目の前の電話が鳴った。
「はい、もしもし草間興信所・・・」
 すぐさま受話器を取った草間がそう告げると、相手は最後まで聞こうともせずいきなり意味不明な事を呟いた。
「私の身体が半分見つからないの・・・」
「は?・・・ちょっ・・・」
 訳が分からず草間は尋ね返そうとするが、そんな間すら与えず切れる電話。
 いつまでも草間の耳元で鳴り続けるツーツーという電子音。
「なんだぁ?」
「どうかしましたー?」
 間延びした口調で零が奥から顔を覗かせる。そんな零に草間は首を捻りつつ今の出来事を告げた。

「身体が半分見つからないって・・・その女の人真っ二つということ?」
 生きてないですね、と至極当たり前の事を真面目な顔で言う零に草間は大きな溜息を吐く。
「だから訳が分からないって言ってるだろう。全く、オレは幽霊からの電話を取ったのか」
「兄さんだったらあり得るかも」
 ニッコリと微笑んで零は紅茶を口に運ぶ。
 草間は面白くなさそうにガリガリと頭を掻きつつ、ぐったりと椅子にもたれかかった。
 そしてこれは依頼に入るのだろうか、それとも入らないのだろうかと数分悩み続ける。
 内容的には幽霊からの電話ということで興味を惹かれる部分も多いような気もするが、依頼主が幽霊とあってはギャラはゼロと考えていいだろう。
 金にもならない仕事を自ら進んでやる人物が居ただろうかと思いを巡らせるが、それは要らぬ心配だった。草間の回りにはそんな物好きな人物達で溢れかえっていたからだ。きっと話を持ちかければすぐさまやってきて調査に乗り出すことだろう。
 そんな人物達の嬉々とした様子が目に浮かび、草間はもう一度溜息を吐く。
「もうこの際幽霊からの電話でも何でも良いんだが、身体が真っ二つになった事件かなんかの情報はないのか?」
 草間の言葉を受け零は平然と、ありますよ、とすぐに答える。
「あるのか?」
「はい。えーっと、この間変な手紙が来たって言ってたでしょう?兄さんに聞いたら機嫌悪かったみたいで燃やしちまえーって言ってたアレ。合ってるかどうかは調査してみないと分からないけどちゃんととってありますよ」
 ふふん、と胸を張った零はその手紙を持ってきて読み上げる。

『助けてください。私の勤務する女子校で変な事が起きています。学校は4F建てで南校舎と北校舎に分かれています。互いの校舎は1Fと3Fだけが中央廊下で繋がっていてそこ以外は両校舎を繋ぐ場所はありません。繋がっているので絶対に会えるはずなのにどうしてなのかは分かりませんが会えないみたいなんです。上半身と下半身が・・・。暗くなると互いに探し合うように校内を徘徊していて怖くて学校に残れません』

 だそうです、と零は手紙を草間に渡す。
 草間はニヤリと笑みを浮かべる。そして、依頼者がきちんと居るんじゃないか、と言いすぐさまその事件に合いそうな人物達に連絡を取り始めた。


------<具現化>--------------------------------------

 月が美しすぎる夜だった。
 冬の気配をちらつかせた夜風が、月の光に照らされぼんやりとした世界を吹き抜けていく。
 カタン、と大きなガラス窓が開き白いカーテンが風に舞う。
 そこに人の姿はなく、月明かりだけが部屋に光と存在を現していた。
 誰もいない部屋に突然響き渡る電話のベル。
 二度、三度。
 四度目のベルで受話器をあげるしなやかな右手。
 初め右手だけが宙に浮かんでいるように見えたが、すぐに光の粒子が集まりやがてそれは人の形を取る。
 誰かがそれを見ていたら月明かりが集まり人を創り上げたかのように見えただろう。
 冷たい光を放つ月明かりを糧に具現化された闇の世界の住人。
 闇に含まれた光が凝縮されて生まれる人。
 銀色の光に照らされた一人の青年の白すぎる肌が闇に浮かび上がる。
 肩口で切りそろえられた金色の髪が吹き込んできた風にゆらりと弄ばれ、頬の上をはらはらと流れた。
 青年は受話器をとったものの声を発することはなく、電話の相手も青年にそれを求めては居ないようだった。
 電話の相手は用件だけを述べると青年の意思を確認することもなく電話を切った。
 そして青年もそのまま受話器を置き、小さく微笑む。

「条件が・・・・揃ったな・・・・これは『悲しみ』・・・死の気配もある・・・・さて・・・・行くか・・・・」

 そう呟き青年は窓の外の月を見上げた。
 銀色の月明かりを浴びて青年の身体はゆっくりと闇に融けはじめる。
 現れたときと同じように闇に光が戻っていく。
 強い光を放つ赤い瞳だけが最後には残り、やがてそれも暗闇に同化していった。
 そして初めと同じように部屋には誰もいなくなる。


------<接触>--------------------------------------

 ヒタヒタと廊下を叩くような音と何かを引きずるような音が響く。
 誰もいないはずの深夜の学校にその音は規則的に響き渡る。
 しかしその音が不意にぴたりと止まった。
「・・・誰?」
 その音をたてていた者がひゅーっと喉を鳴らしながら声を上げる。見上げた空間には何もない。
 瞳だけが爛々と輝き、顔には血の気がない。そしてその者が生きている者と異なるのは、血にまみれ上半身だけだというのに動き回っている事実からも明らかだ。血はどす黒く変色していても良さそうなものだったが吹き出した鮮血そのもの。白いセーラー服を血まみれにして少女は宙を睨んでいた。
 その血の赤とよく似た瞳が何もない空中に浮かび、やがて光を吸収するように一人の人物を創り上げる。
 そして完全に姿を現した者の整った唇がゆっくりと開かれた。
「私の名はキリート・サーティーン。願いを叶える者。あなたは私が願いを叶える条件を全て満たしました。私は裏切らない、嘘をつかない・・・さぁ、願いを仰ってください」
「・・・嘘」
 少女の顔が苦痛に歪む。
「嘘ではありません。あなたの望むものはなんですか?私はそれを叶えることが出来る」
 キリートはゆっくりと手を伸ばし少女の頬に手を触れる。
「さぁ、あなたの願いを仰って下さい」
 キリートの体温は低い。しかし少女の体温は更に低い。氷よりも低い絶対零度に近い温度。それでも触れたキリートの手が凍り付くことはない。
 赤いキリートの瞳が少女の瞳を捉えたが、それは少女によってすぐに逸らされる。
「私の・・・願い・・・そんなものない。ずっとずっと願ってきたものは永遠に届かない。私の身体は戻らない。そして此処にはない」
「・・・ないのなら私がここに連れてきましょう」
 キリートの言葉は少女にどのように響いているのだろう。
 駄々っ子のように首を左右に振り続ける少女。
「いらない、いらない、いらないっ!私の身体は元通りにはならない」
「元通りにしたい、それがあなたの願いですか?」
「違うっ!」
 少女の悲鳴に似た声が発せられたと同時に、キリートの身体が強い力で壁に押しつけられる。
 具現化した身体にはかなりのダメージだ。
 しかし苦しそうな息を吐き出しながらも、キリートは再び少女に問いかける。
「恐れずともあなたの望む姿に・・・」
「イヤっ!見たくない・・・見たくないの」
 少女の強い意思の力でキリートは別の場所へと飛ばされる。そんな力があの少女にあるとは思えなかったが、自分が別の場所に飛ばされた事は事実だった。
 すでに校舎内に少女の気配はない。
 仕方なくキリートは自分の飛ばされた場所を確かめるべく、窓から見える景色を眺める。
 
 自らを中心に両脇にガラス窓。その外には同じ高さの木が両脇に生えている。
 そして奇妙な感覚。
 閉ざされた空間がそこにはあった。
 キリートは自分の居る場所が中央廊下であることに気づいていた。通路の先には北校舎、もしくは南校舎が見えるはずだった。しかしそこにあるのは自分の姿だけ。どちらを見ても自分の姿しか映らない。
 中央廊下の先には道はなく、異質な鏡があるだけだった。
「あなたの恐れているものはこれですか・・・?」
 キリートは囁く。囁きは月明かりに溶ける。
 きっと北校舎側からも南校舎側からも同じように中央廊下がなく、そこにあるのは鏡だけに見えるのだろう。
「・・・見たくないのは自分の姿。求めるものも見つからない・・・」
 それならば、とキリートはその空間を消し去ることを考える。
 キリートがその鏡の崩壊を願う。
 それは少女の願いでもあったろう。
 あなたの願いは私の願い、とキリートは呟く。
 ガシャン、という音と共にその閉ざされた空間はひび割れ粉々に崩れ去る。
 しかしおかしな事にその破片は何処にも見あたらない。
 キリートは現在の空間を壊しただけだった。その大元となっている部分に微かな損傷を与えてはいたが、致命的な傷ではない。
 きっと明日にもその鏡の空間は姿を現すだろう。
 キリートは静かに瞳を閉じる。融けるようにその身体が揺らぎはじめる。
 闇と同化しはじめる存在。ゆっくりと光が生まれはじめる世界から逃げるように闇に融けていく。

「あなたの本当の願いはなんですか?」

 呟きは誰もいなくなった空間に響いた。


------<遭遇>--------------------------------------

 橙色に染まっていた空が、だんだんと深い青に染まっていく。
 既に校舎には長い影が伸び、夜の訪れを告げていた。
 夕暮れ時は闇の者達の一番の喜ぶ時期だった。
 光の世界へ逃げ遅れた者が、数多くそこに存在している微妙な時間。
 
 そんな中、ズルズルと這う音が廊下に響き渡る。
 それに合わせて闇の中に潜んでいたキリートも目を覚ます。
 廊下には昨日と同じ少女の上半身。それと4人の人間がいた。
 草間興信所でよく見かける人物も混じっている。
 キリートは完全に目を覚まし、少女の前に降り立った。

 ゆっくりと人の形を成し、キリートは夕闇の世界に姿を現した。。
 キリートを見上げた少女は唸るように声をあげる。
「キリート・サーティーン・・・」
「あなたは条件を満たしています。私の現在のマスターと言っても過言ではない。私は願いを叶える者。さあ、あなたの願いを仰って下さい」
 突然のキリートの出現で4人は声を失う。しかし一番先に動いたのは天樹・昴だった。
「きっとあれは説得ですよね・・・。俺も混ざってこよう」
 臆した様子もなく昴はつかつかとキリートと少女の側へと向かう。そして少女の目線に合わせて昴は声をかけた。
「こんばんは、貴女の手伝いをさせて頂けませんか?」
 優しい笑みを浮かべた昴の表情に一瞬毒気を抜かれた少女の表情。
 それを見ていた残りの3人もそれぞれに動き出した。
 影崎・雅は護法のぽちに下半身を連れてくるように命を下し、自分は少女の元へと向かう。
 伍宮・春華は先ほどから出しっぱなしにしてる翼をはためかせ少女の元へと降り立った。
 シュライン・エマは手にした先ほどの手鏡を指先で弄びながら、少女に声をかける。
「どうして屋上から落ちてしまったの?」
「それ・・・」
 シュラインに目を向けた少女の視線が、手の中で所在なさそうに弄ばれている2枚の手鏡に釘付けになる。その手鏡は昴が空間の歪みの中から拾い上げたものと、シュラインと春華が土の中から掘り出したものだった。
「鏡は嫌い・・・嫌い嫌いっ!それがあったから・・・私は・・・」
 少女は突然半狂乱になり暴れ出す。それを必死に押さえつける昴と雅。
「落ちたのはこの鏡のせい?だから鏡が嫌いなの?だからあの中央廊下へ向かうことが出来なかったの?」
「それだけではないでしょう・・・あそこは合わせ鏡の作り出す世界でした。北校舎を見ても南校舎を見ても全面鏡張りで自分の姿しか映らない」
 ぽそり、とキリートがシュラインの言葉を聞いて呟く。
「だから私は少しあの空間を壊しました。その世界があなたを苦しめるものだと思ったから。今はもうないようですが」
「俺達が壊滅させたからな」
 春華がにんまりと笑いそう告げる。
「これであんたを脅かすものはなくなった。分かれた半身もほら、ここに」
 雅の足下にぽちが連れてきた下半身がある。
「この学校の中央廊下に誰が何のために合わせ鏡の空間を作ったのか分からない。あんたを苦しませるためだけにやったとは思えないしな。そっちも気になるけど今はあんたの方が先だ」
「そうです。あの・・・俺達を信用して貰えませんか?」
 昴はそう少女に尋ねる。すると少女が逆に5人へ問いかけた。
「なんで私が気になるの?血まみれで半分ずつの身体で・・・昨日、あなたには酷いことをしたわ」
 最後の言葉はキリートへ向けられる。しかしキリートは小さくかぶりを振りどうでも良いことのように、あなたの望み通りに、と呟く。
 そんな中、昴が5人を代表するような形で言葉を発した。
「人は心の在り様で物事の見え方が違うって言いますよね?私には、貴女が困っている普通の人と同じに見えるんです」
 俺達はあなたを助けられる力を持っていると思うんです、と昴は笑顔を向けた。
 胸が暖かくなるような笑顔。少女の鋭かった瞳が少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「・・・私は・・・私は元通りの身体になりたい。ずっと誰かに助けて貰いたかった。で誰も私が見えなかった。だけど皆が私を見れるようになって、いかに私が恐ろしい姿をしているか知ってしまった。ずっと元に戻りたくて、でも戻れなくて。本当は助けが欲しくて電話をしたの・・・もう生きれないけど・・・でも・・・」
「それはあなたの願いですか?」
「そう、願いよ」
 昨日は自分から逸らした瞳をキリートにしっかりと向ける少女。
「その願い確かに・・・」
 キリートは願う。少女本来の姿を。
 血まみれなどではなく、裂かれた身体でもなく、大切にしていた鏡を拾おうとして屋上から不運にも落ちてしまった少女の姿を。
 キリートの身体を形作ったときと同じように、少女の身体を光が取り巻いていく。
 ゆっくりとその光は消え、そこには上半身と下半身が元通りになった少女が居た。
 悲しみと苦しみに満ちた瞳は消えている。
「あっ・・・私の身体・・・」
 あなたの願いは叶えられましたか?、とキリートは座り込んだ少女に手を貸しその場に立たせた。
 昨日はキリートよりも冷たかった肌が、今は普通の生きている人間と同じ暖かさを宿している。
「ありがとう・・・血まみれの自分の姿が怖くて惨めで鏡が怖かったの・・・今なら見れるよね。私普通よね」
「えぇ。・・・さぁ、鏡を見てご覧なさい」
 シュラインは少女へ手鏡を渡す。
 おそるおそる少女は鏡を自分の顔の前に持っていき、ゆっくりと鏡面を自分の顔に翳した。
 そしてゆっくりと少女は鏡を下ろす。
「良かった・・・」
 これで私逝くことが出来る、と少女は笑う。
 その笑顔につられて昴も微笑んだ。
「ひとつお願いがあるの」
「最後だから特別サービスで聞いてやる」
 ぶっきらぼうにそう一言告げる春華。隣で雅も頷く。
「私が消えたらこの鏡を壊して」
 瞳の端に涙を浮かべ少女が手鏡を2枚差し出す。
「まかせとけ!」
「それがあなたの願いならば・・・」
 雅とキリートが1枚ずつ手鏡を受け取った。
 その手鏡だけが心残りだったかのように、少女は手鏡を渡すとすっと闇に融けていった。
 少女の全てが消えた瞬間、雅とキリートは手鏡を消し去る。
 雅の拳が手鏡を粉砕し、キリートの力で手鏡は闇に吸収されるように消えてなくなった。
 
「願いは成就された」

 あなたの望みは私の望み。それ故に、それは尊いもの。
 もう既に死んだというのに絶望の中で息づく魂。苦しみ彷徨える心を弄ぶ第三者の影に怯える魂。
 なんと美しく儚いものだろう。
 私は更なる魂を探しに行こう、とキリートは小さく微笑む。
 うっすらと整った顔に揺れる笑みは、その場にいる誰にも見られることなく現れた時と同じように闇に沈んでいった。
 
 そしてそこから全ての生ある者が消え去った。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1986/キリート・サーティーン/男/800/吸血鬼】
【1892/伍宮・春華/男/75/中学生】
【0843/影崎・雅/男/27/トラブル清掃業+時々住職】
【2093/天樹・昴/男/21/大学生&喫茶店店長】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、夕凪沙久夜です。
この度は『流離う者』へのご参加まことに有り難うございました。
キリート様だけ今回単独行動でした。
闇の美しさと静けさが共存できていれば良いなぁと思います。
またどこかでお会いできることをお祈りしております。
有り難うございました。