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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


心の灯り、人のあかり

●オープニング

「この人、ゴーストネットの名物爺さんなのよ。」
そう言って雫はある人物の書き込みを指し示した。

投稿者 竜爺
タイトル 若いもんには負けんぞ。

ワシは、福島の山の中に一人で住んでいる。
足腰や、目はそろそろ弱くなってきておるが、まだまだ若い者には負けん。
ゲームもするし、パソコンだって大好きじゃ。メールだって覚えた。
車があるし、外出には不自由せん。

ワシは自立した爺さんになるんじゃあ!!

「このかくしゃくとしたところがいいのよね。実際、知識や見識も深いし、優しいし。
ホントにお爺さんだと思うけど。私、好きなんだ。」
雫は笑うと画面を見つめた。なんだか、お爺さんを見つめる孫のようだ。
「で、本題。今日、こんな書き込みがあったの。」

投稿者 竜爺
タイトル ちょっとした「依頼」じゃ。

ここには、いわゆる、「おばけ」や「よーかい」が見えるもんはおるか?
実はのお、うちの家のある山奥のある電灯の側にな、よく「そういうもん」出るようなんじゃ。
ワシが行くと、すぐ姿を消してしまう。つまらんが、80年以上生きて、なんも怖いことは無いでな。仕方ないかもしれん。
そう悪さをしている様子は無いが、何がなしてるかは気になる。
と、言うわけでワシのかわりにそれを確かめてくれる奴を募集じゃ。
金は出せんが、温泉と山の幸でもてなそう。
今、福島は実りの秋、紅葉もキレイじゃ。果物も、キノコも美味い。
ワシ自慢のマイタケご飯をご馳走するぞ。

「私は行けないけど、良かったら行ってみない?おじいちゃんも喜ぶだろうし。」

そう荒っぽい仕事ではないだろう。観光がてら行ってみようか。

●旅のはじまり、事件の始まり

「きのこ、山の幸、食べたい〜! 秋といったら食欲の秋っ!」
話を聞いたとたん飛び跳ねて、戻るや否や荷造りをはじめた海原・みあおに姉たちは軽く顔をしかめた。
留守がちの母の替わりに一応説得を試みる。
「学校は?どうするの?」
「学校? そんな野暮なことをいっちゃあいけないよぉ。」
ちょっと『はーどぼいるど』風に指をふると、みあおは、今度は子供モードで説得する。
「だってえ、一人暮らしのおじいちゃんに、お化けさんたちが悪さしてたら困るじゃない。だから、早く助けに行ってあげたいの!」
それが建前であることは、解っている。だが、もう列車の切符まで届いてたら、あとは仕方が無い。
手土産まで用意してやって見送ることとなった。
「おじいちゃんに迷惑をかけちゃだめよ。」
「うん!解ってる。行ってきま〜すっ!」
完全に遠足気分なみあおを見送りながら姉たちは小さくため息をついた。

●秋の福島 観光案内

「本日はあぶくま紅葉号にご乗車くださりまことにありがとうございました。」
郡山の駅を無骨な音をたてて発車した列車に、定番の案内が流れていく。
「へえ、今時こういう列車があるんだあ?」
みあおは歓声をあげた。今時珍しいディーゼル機関車が、黒いレトロな車体を大きな身体を揺らすように引っ張っていく。
列車の中も、木製の内装に、穏やかな色合いの座席。昭和など知らないような子供にさえもどこか懐かしさ、ときめきを感じさせる。
みあおの隣の席に座った篠原・勝明も、小さく頷いて窓の外を見つめていた。
東京からの新幹線から降りた時から、藤井・百合枝は感じていた。同じ新幹線で、同じ東京から小さくない荷物を抱えて同じ駅で降りた。
さらに同じ列車に確認するように、携帯を確かめて乗った4人が今、同じ座席に座っている。。
もちろん、他に乗客はたくさんいるが、その中で『同じ何か』を感じるのは、やっぱりこの4人なのだ。
(もしかして…。)
「はい、よかったら、どうぞ!」
何かを考え込むような百合枝に、みあおがキャンディの袋を差し出す。百合枝の隣の七瀬・雪にも勝明にも。
礼を言って一粒ずつキャンディを取っていく彼らに、みあおはニッコリ笑う。。
「ねえ、お兄ちゃんやお姉ちゃんも、紅葉を見に行くの?」
小学生、それも低学年の女の子の問いに、雪は目線を合わせて頷いた。
「ええ。でも、遊びにだけじゃないのよ。知り合いのお爺さんに頼まれてお手伝いに行くの。」
ピクッ。他の3人の6つの瞳が雪を見つめた。
「えっ?何??」
「なんだ、あなた方もそうだったのんですか。ゴーストネットの竜爺さんですよね。」
勝明が息をつく。ホッとしたような、安堵の息。
「あんたたちもそうなの?そう言えばあのお爺さん、他にも来てくれる人がいるから一緒にって言ってたっけ。」
「みあおも、お手伝いに来たの〜!」
4人はお互いが同じ目的で来たことをそこで確認した。子供だから、女だからと侮るようなことはしない。
解るのだから…。

簡単な自己紹介をしているうちに、列車は4つめの駅を通り過ぎようとしていた。
そのあたりから、穏やかな農村風景が、ゆっくりと様変わりを始める…。
「うわあ〜〜!キレ〜〜。」
素直な歓声を述べたのは多分みあおだったろう。
開かれた窓からは秋の風の匂いが身体全体に染み渡るようだ。
連なる山々の紅葉は、山頂から緩やかにグラデーションを重ね、正に裾を彩る模様のよう。
アカヤシオの真紅、イロハモミジの朱、カエデの黄色、そしてそれを引き立てる緑。それぞれの色合いが絶妙なまでに交じり合いどんな錦も叶わぬ色彩を伝えていた。
「凄いなあ。紅葉ってこんなにキレイなものだったんだ…。」
川前と呼ばれる駅を過ぎた頃、列車は不思議な渓谷にさしかかった。夏井川渓谷、背戸峨廊と聞こえただろうか。
岩塊迫る渓谷を彩る紅葉はあまりにも美しく、ため息しかもう出なかった。
デジカメを出すということを、百合枝は忘れていた。
列車のスピードさえも今は感じない。涙さえも出そうな風景の中を列車はゆっくりと走っていった。

8つめの江田駅が約束の駅だった。列車の中で車掌に切符を渡すと彼ら4人はどこか名残惜しげに紅葉号から降り立った。
どうして、車掌が切符を回収したか解る。ここは、無人駅なのだ。駅とは名ばかりで道路から直接、階段がホームに伸びる。
駅と言えるものは小さな待ち合わせ場所と、看板くらいしかない。
緩やかな階段の下を見下ろすと、
「お〜〜い、こっちじゃ、こっち!!」
白いバンを県道に停め、手を振る白髪の老人が一人。向こうがこっちのことをすぐに解ったように、彼らにもすぐにその人物が依頼人であることが解った。
荷物を握り、小走りに階段を駆け下りると、小さくお辞儀をした。
「あなたが、竜爺さんですか?始めまして。藤井・百合枝と申します。」
先達であり、依頼人。百合枝が業務用の敬語でお辞儀をすると、
「僕は、篠原・勝明です。」「七瀬・雪と申します。」
二人もぺこりと頭を下げた。みあおはというと…なにやらカバンをごそごそと引っ掻き回している。
「あ、あった♪ えっと、はじめまして。海原・みあおです。どうぞよろしくお願いします。あ、これおねえちゃんから。」
小さくお辞儀をすると、カバンの中から菓子箱を差し出した。どうやら手土産持参らしい。東京銘菓『東京ばななん』なにやら怪しい。
「こりゃあすまんのお。おっと申し遅れたな。ワシが竜爺こと、北岡・竜之介じゃ、竜爺でかまわん。遠いところよく来たの。ま、あんまり堅苦しくせんでゆっくりして行ってくれ。」
仕事の話もそんな気にせんでいいぞ!そう笑うと、竜爺は、バンの後ろを空けて手近なところから4人の荷物をバンの後ろに乗せた。
勝明が慌てて荷物運びを手伝う。テキパキした動きであっというまに積み終えると、彼らにバンに乗るように手招きする。
みあおが、ちょこんと助手席に陣取る。他の3人は後ろに座った。竜爺は、キーを回し、アクセルを踏み込む。バンらしからぬ、派手なエンジン音が響いた。
「よっしゃあ!出発進行!!」
バンは、時折すれ違うハイカーらしい車と農作業する人々以外は通るもののないのどかな道を、唸りを立てて走り出していった。

駅から約一時間ほど走っただろうか。
となりの席のみあおは、竜爺をおじいちゃん、と呼んで自分のことをいろいろ話し始めた。
海水浴や、出会ったことのある幽霊のことなど面白そうなことを。それに刺激されたように、後ろの3人も竜爺に促され、自分の話や体験談を話し始める。
雪の演奏会の話や、勝明の学校の話、竜爺は聞き上手で、そして、楽しそうに答えてくれた。
つい、百合枝まで今まで妹にしかしたことのない、仕事の愚痴を話し始めた頃。
人家の数が、結構たくさんから、まばらになり、ぽつぽつ、になって最後に殆ど見えなくなりアスファルトだった道はじゃり道に変わっていた。
「よっ!と」
道路から、街灯を目印に曲がって100Mほど先で、車は止まった。
「ほれ、ついたぞ。」
4人は扉を開けて、外に出た。雪はうっとりとした声をあげる。
「うわ〜、なんか、すごい想像通りの家…。ステキ。」
わらぶき屋根の、純和風家屋。一角に鶏がいて、牛がいて、まるで昔話。もちろん、こんな家の中に入るのははじめてだ。
「失礼しまあ〜す。」
物怖じせず手招きされるまま入った家の中で、子供達は歓声をあげる。
「うわ〜、これ、もしかして、いろりってやつ?」
「本物が見られるなんて、初めてだ…。」
「ほれ、荷物はそっちの部屋に置いておくがいい、フロはそっち、温泉をひいとるでな。露天風呂じゃ。今から、夕飯を作ってやるからそれまで、のんびりしとれよ。」
畳敷きの部屋に、障子。土間に、いろり。本当に昔話の世界にタイムスリップしたような家にはしゃぐみおあたちを見つめながら、百合枝は何かを考えていた。

「お風呂、気持ちよかったですわ。ありがとうございます。」
日が落ちるのも早い山の中。時は6時。
夕飯の支度ができたぞ、との声に、4人はいろりを囲んだ。台所から料理を運ぶ竜爺を、雪と百合枝は手伝った。
「いっただきます。」
料理が自慢というだけあって、どれも、とても美味しそうだった。いや、美味しかった。
囲炉裏の甘い味噌汁の匂い。山女の塩焼き、手作り大根の漬物、香の物。マイタケとマツタケのてんぷら。
それに、薪でたかれたかまどの白いご飯。
「あれ?マイタケご飯じゃないの?」
みあおの言葉にどんぶりを抱えた竜爺は小さく笑う。
「マイタケご飯は明日な。今日は、こんなのはどうじゃ?」
「わあ、すご〜〜い♪」
彼らの中央に置かれたどんぶりの中にはルビーのように煌くいくらが、溢れんばかりに入っていた。
「好きなだけご飯にかけて食べるといい。いわきは漁港でもあって、鮭の簗場もある。今は丁度シーズンじゃ。」
生のイクラのしょうゆ漬け、マイタケのてんぷら。福島の秋、最高の贅沢を彼らは嬉しそうに頬張る。
それを、竜爺はうれしそうに、見つめていた。

●人の灯り

「本題に入る前に、一つ伺っていいですか?」
食事が終わり、片付けも終わり(4人みんなで手伝って)いろりを囲んで緑茶を飲んだ。
そろそろ夜もふけてきた。観光半分とは言え、目的は忘れてはいない。
そんな4人が覚悟を決めはじめた頃、百合枝は竜爺に向かい合った。
「何かな?」
明るい顔の竜爺に、問い掛けた百合枝の目は真剣だった。
「あなたは、ひょっとして実はかなりの資産家なのでは?」
えっ?顔を見合わせる他の3人に説明するように、百合枝はずっと感じていた疑問を投げかけた。
一人で住んでいるのは確かでも、この家は掃除も行き届いているし、ちゃんと手入れもされている。
わらぶきもキレイに整い、畳も手入れされている。
一室だけフローリングのパソコンルームの設備も整っていて、温泉もキレイだった。
ここで老人が一人で生活することは大変だが、不可能ではない。その維持の為に必要なお金の捻出の必要さえなければ。
それすなわち、お金の心配がないから、ここで生活することにすべてを費やせるのだと。
百合枝の理路整然とした問いに、竜爺は、ごまかすことはしなかった。
そうじゃ、と笑って頷く。
「このへんの森はワシの地所でな、もう少し先の山の石切と、木材の販売で、まあ不自由ない生活をするくらいの収入はあるんじゃ。」
家族は息子と、孫が東京に住んでいて、ここを売り払って一緒に住もうとずっと声をかけている。という。
(寂しそう。)
雪は、そう思った。始めてみせる竜爺の俯いた表情。百合枝も小さく唇を噛んだ。彼の思いが解る大人であるが故に。
「で、おじいちゃん。おばけってどこに出るの?」
話題を変えようとみあおが、ワザと大きな声を出す。竜爺も空気を変えるように、障子を開けて外を指差した。
「ほれ、あそこに見えるじゃろう?」
ここに来た時に、曲がった道の街灯が今、明かりを灯している。
「あの、丁度真下のあたり。あそこらへんに、しょっちゅう何かがやってくるんじゃ。時々は足跡もあるんで、動物もいるかもしれんが、それだけじゃないようなきがする。だが、ワシが行くと消えてしまうでな。皆に頼んだんじゃ。」
害を成すわけではない、だから、あんまり荒っぽいことはせんでくれよ。
4人は立ち上がった。優しい竜爺の言葉に笑顔で頷いて…。

先頭を勝明、その後をみあお、雪。最後に百合枝と並んで、彼らは細い坂道を静かに下った。
懐中電灯も、そこにいる「何かを」脅かしてしまうかもしれないから、置いてきた。
月が明るいので、それほど歩くのには困らない。
「昼間ね、お空から見たときにはね、悪い妖怪とかがいる様子はなかったよ。」
勝明の背につかまりながら、みあおは話した。3人は、頷く。ここにいても悪い気配は感じない。
ゆっくりと街灯に近づいていく雪の耳に聞きなれた何かが響いてくる。
「あれは?音楽?」
楽しげな笑い声と、歌声。最初は雪以外の耳には聞こえなかったそれが、徐々に他の3人にも聞こえてくる。
だが、彼らが街灯を、その下を目にした瞬間、無数の影が、光から闇の中に消えた。正しく脱兎のごとく。
「逃げられた?一体なんだったの?」
「百合枝さん!後ろ!!」
臍を噛む百合枝の背後を勝明が指差した。百合枝、そして皆が振りかえったとき、そこには、二つの影が二人の老人の姿で佇んでいた。
「ほう、ワシらが見えるか。さすが竜之介翁の客人じゃの。」
「お初にお目にかかります。お客人方。」
二つの影はそれぞれ、まったく違う装束をしていた。竜爺のように闊達に笑った老人は白髪を湛え、紅葉色の着物を身に纏っていた。
丁寧なお辞儀をし影は初老に見える。スーツに、ネクタイ。まるで人に仕える執事のようだ。
「あなたたちは、一体何者なんです?」
悪いものではない。直接出会っても、そう感じた勝明は丁寧に問い掛けた。こういう存在は鏡のようなもの。
荒っぽく接すれば荒い答えが帰ってくる。でも、丁寧に応じれば丁寧な答えが戻ってくるものなのだ。
「ホッホッホ。ワシは、まあこの山の化、精霊とでも言っておくかの。」
「そして私は、この街灯の化です。」
「山と、街灯の精霊ぃ?」
みあおは首を小さくかしげた。山の精ならともかく、街灯にも精霊?
「驚く必要は無い、形あるものには皆、意識がある。それが人に作られたものであろうとな。」
「もっとも、こちらの方と違って私は動物達と感じあうくらいの力しか持ちませんが、あなた方は見えるのですね。ありがたいことです。」
百合枝は二人を見つめた。人の心のような揺らぎは見えない。でも、穏やかで優しい。
「ここはのお、森の動物達の憩いの場になってるんじゃよ。最初は迷子になったウサギが夜明かししたことからだがな。」
「作られたものは、誰かに必要とされて初めて幸せをえるんです。ここがほとんど本来の役目を果たさなくなって久しいですからね。」
「じゃあ、どうして竜爺さんにも声をかけてあげないの?お爺さん寂しそうだから声かけてあげればいいのに。」
ネットに手を出し、自分たちを呼ぶ。それも楽しみであろうが、やっぱり寂しいはずだ。雪はそう思って問い掛ける。
「それができればいいんじゃが、彼には見えんからのお。」
寂しげ山の老が笑う。その瞬間に二人の子供達が動いた。家に駆け戻るみあお。街灯にそっと手を触れる勝明。
みあおが竜爺の手を引いて戻ってくる頃には勝明の「作業」も終っていた。
「こ、これは…。」
竜爺は目を見開いた。みあおの霊力が込められた羽を身につけたことで一時的に霊力を得た竜爺にも山の化と街灯が見えていた。
「いつもお世話になっております。ご主人。」
「竜之介、久しぶりじゃのお。」
言葉で説明する必要は無かった。彼には解ったのだ。いつも自分と共にいてくれた存在だと。
一人で暮らしていると思っていたが、そうではなかったのだと。
「ほら、しんみりしないで!パーティしましょうよ。逃げたのはお化けさんたち?それとも動物さんたち?戻ってきてくれないかな?楽しそうだったからね。」
フルートを組み立てた雪が静かに笑うと、音を紡ぎだした。森の老が呼んだのか、その音に誘われるようにウサギが、キツネが、狸が、リスが集まってくる。
月明かりの中、舞い散る落ち葉。その中で動物達が動く。踊るように、歌うように。
みあおも、勝明も、百合枝も、雪も、その風景の一部となって静かな夜を、共に過ごした。まるで夢のようなその世界で…。

●心の灯り

「はにゃ?」
味噌汁と、ご飯の匂いが目覚めを誘う。
翌朝、みあおは目を醒ました。竜爺の家の布団の中。
身支度を整えて、昨夜と同じように、いろりの側に座ると、他の3人も集まってきた。
お互いに、顔を見合わせる。あれは、夢だったのだろうか…と。
「おはよう。ほれ、朝飯じゃぞ。」
明るい竜爺の言葉に、それぞれは、茶碗を持った。
いただきますと、頭を下げてご飯を口に運ぶ。
「おいしい!」
約束のまいたけご飯。キノコ汁。自慢するだけの味に舌鼓を打ちながらも4人はなんとなく不思議な気持ちを抱えずにはいられなかった。
「ねえ、竜爺さん。あれは…?」
雪が控えめに掛けた問いに、竜爺はうれしそうに笑った。そして、言ったのだ。
「ありがとう…な。」
あれは、夢ではなかった。
「自分たちは、何かの役にたてたのだろうか?」
彼の笑顔はそんな4人の不安を洗い流してくれるように、爽やかで、紅葉の葉のように鮮やか。
もう一度、ご飯を口に運ぶ。さっきよりも、ずっと美味しかった。

来た時よりも、ずっと明るく輝く山々と、丁寧にお辞儀をする街灯老人に見送られ、彼らは竜爺の家を後にした。
竜爺は
「ワシの名にかけて、依頼の礼をするまでは帰さんぞ♪」
と豪快に笑って、言葉の通り4人を車であちこちに案内してくれた。
電車で見た背戸峨廊の雄大で、繊細な風景。鮭の簗場に上がってくる生の鮭たち。
案内された温泉では、竜爺の家とはまた違う景色。紅葉が浮かび天井の無いお風呂。
「ああ、幸せ…。」
うっとりと感動したのは誰だろうか…。
いわきの漁港でとりたて秋刀魚の刺身の昼食、りんご狩り。
夕刻、秋のフルコースを堪能した彼らはいわき駅に立っていた。
手にはあけび、いちじく、りんご、お菓子、抱えられないほどのお土産を持たされて。
「本当によかったの?私たちたいしたことは…出来なかったわ。」
百合枝の控えめな遠慮に、竜爺は大きく首を振った。
「おぬしらはちゃんと依頼を果たしてくれたぞ。」
「でも…。」
楽しさに夢中になっていた雪も、ちょっと申し訳なく感じたようだ。でも、
「もう、おぬしらもわかっているじゃろう?ワシがおぬしらを呼んだのは、例の件もあったが、実は、寂しかったからじゃ。」
「じいさん…」
勝明にも解る気がした。一人もけっして悪いものではが、どんな美味しいものでも一人で食べるのは味気ない。
彼にもよく解った。一人では、無いからこそ…。
「でも、ぬしらのおかげでワシは一人ではないことを知った。一人だと思っていても誰かが側にいてくれるのだということを。」
目を閉じて、昨夜を思い出す。夢のようなあのひととき。
「知らなかった世界を見せてもらった。何より、楽しかったぞ。ありがとう。」
「おじいちゃん、みあおも楽しかったよ。また遊びに来てもいい?」
みあおは、小さな腕で、竜爺に抱きついた。これから、自分たちは帰る。また、彼は一人になる。
だから、伝えたかったのだ。大好きだと。このひとときが心から楽しかった。と。
竜爺は、みあおの髪を優しく撫でた。そばで見つめる勝明にも、まるで孫を見るように笑いかける。雪にも、百合枝にも。
(若い連中はよいのお。心に街灯を灯してもらった気分じゃ…。)
やがて、快速列車がホームに滑り込んでくる。開かれた扉に、4人はお辞儀をして乗り込んだ。
扉は閉じ、ゆっくりと発車する。竜爺は手を振る。彼らの姿が見えなくなるまで。
そして、列車の中の4人も、同じように長いこと、とても長いこと、手を振り続けていた。
「ありがと〜〜!」
みあおの声はもう届かなかったろう。手を下ろして、外を見る。紅葉の山々が流れていく。
彼らにとっても、また、この出会いは、旅は心の中の灯りとなったかも…しれない。
都会の中で生きる彼らに、懐かしい「ふるさと」と「祖父」を作って…。

竜爺にもまた、多くのものが残った。手の中の羽をくるりと回す。
みあおがくれた霊力の羽、新しい友と出会うための鍵、新しい世界へのパスポート。
新しい世界、知らなかった友、そして、孫のような若人との出会い。
(ワシも、まだまだじゃ。人生、生涯勉強じゃのお。)

●帰路…

帰りの列車…
「あ、そいうえば、写真を取るのを忘れたわね。」
百合枝はカバンの中から、すっかり忘れきっていたカメラを引っ張り出した。
確認してみるが、やっぱり入っているのは一枚だけ。
竜爺の家についたときにみんなで撮った集合写真だけだった。
見事な紅葉は映っているが、やっぱり直に見た感動には及びもつかない。
「まあ、いいじゃありませんか?目のカメラで写し取って、心の中に保存しておけば…。」
フルートのケースを抱えて雪は微笑んだ。雪にとっても有意義な旅行だった。
音楽は国境どころか種族も超える。心を通わせる事が出来る。それを知る事ができたのだから。
「いいお土産ができたよ。」
勝明の心の中には、本当の空の下、見た紅葉がしっかりと焼きついてた。
(アイツならきっと受け取れる。俺が見たあの美しさも、感動も…。そして、いつか一緒に本物を。)
「百合枝さん、その写真、後で焼き増しして?」
お土産のいちじくを頬張りながらみあおは百合枝に頼んだ。昨日まで知らないもの同士だったのに、不思議に気安い。
笑って頷く百合枝にぺこりと頭を下げると、みあおは外を見た。
もうすぐ、家族が待っている東京に帰る。たくさんのお土産とお土産話を持って。
(みあおにはおじいちゃんはいないけど、おじいちゃんが出来たんだよって話そう。きっと羨ましがるだろうなあ。おねえちゃんたち。)
外の流れる山々が少しづつ遠ざかっていく。
夢の時に、別れを告げるように…。

●ゴーストネットにて

「もう、おじいちゃんネットに来ないかなあ。」
探偵たちの報告を聞いて、雫は少し寂しそうな顔で、掲示板を開いた。
ネットに来てたのはきっと寂しかったから。友達ができたならもう来ないかも。
そんな想像は、すぐに打ち消された。

投稿者 竜爺
タイトル これからもヨロシクな!

依頼無事解決。
探偵諸君には心から感謝する。
どうじゃ?福島はええところじゃっただろう。
また来るがええ、まっとるぞ。

ん? ワシがもう来ないと思ったか?カッカッカ(^^)
甘い甘い。
世の中には、まだまだ知らない事がたくさんある。
それを知り尽くすまでは、わしゃあ死なんし、ネットも止めんぞ。
これからも、よろしくな!

「まったく、このおじいちゃんは…。」
雫は、キーボードに突っ伏して脱力しながらも、嬉しそうに、心から嬉しそうに微笑んだ。

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■   登場人物                  ■
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【0932 / 篠原・勝明 / 男 / 15歳 /学生 】
【1415 / 海原・みあお / 女 / 13歳 / 小学生】
【1873 / 藤井・百合枝 / 女 / 25歳 /派遣社員】
【2144 / 七瀬・雪 / 女 / 22歳 /音楽家】
NPC 
北岡・竜之介 男 88歳 土地地主


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■         ライター通信          ■
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夢見真由利です。
今回は秋の福島観光がメインです。
お忙しい探偵の皆さんに、憩いの一時をプレゼントしたいと思いまして今回の話となりました。
ちょっと長くなりましたが。(苦笑)
依頼はほとんどおまけですが、みなさんのおかげで予定通り進みました。
これで、後日B面展開ができます。
ありがとうございました。

みあおさん、いつもありがとうございます。
観光楽しんで頂けましたでしょうか?
お姉さま方にもよろしくお伝えください。

文章中の観光名所や、固有名詞などはほとんど実在です。
名産も料理も以下同文、紅葉の美しさも同じです。
機会がありましたら、ぜひどうぞ。
お待ちしています。

では、またの機会にお会いできることを楽しみに。
少しでも楽しんでいただけますように。