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<PCシナリオノベル(シングル)>


遠い日向と雪語り

■□■

 深々と降る雪・・・雪・・・雪。
 白くて・・・綺麗で・・・あたたかい・・・それが、私の世界。
 雪の冷たさと雪のように白い手の温もり。
 その対比が気持ちよくて私はにっこりと微笑んだ。
「おばあちゃん、あのね。私ね、雪が好き」
 でもおばあちゃんの方が雪よりももっと好き、と私は告げる。
 祖母は笑って私の事を抱きしめる。
 その仕草も温もりも大好きで仕方なかった。
 冷たい世界で溶けていく私の心。
 自分の能力が嫌いで仕方が無かった時期もあったけれど、祖母は能力のことで悩む私を優しく抱きしめてくれた。いつでも抱きしめてくれた。
 まるで日溜まりの中にいるように。


■□■

「これでよし」
 小型の発泡スチロールにドライアイスと先ほど作り終えたばかりの特製アイスクリームを詰めて、私は家を後にした。
 店の定休日である今日は、先日草間さんのところで請け負った仕事の報酬を受け取りに行くことになっていたから。
 仲の良い友だちの家に遊びに行くような少しウキウキとした休日。それなのに見上げた空はどんよりと重い雲を湛え、今にも何か降ってきそうで。頬に当たる風も冷たくて、まだ秋だというのに真冬のようだった。
 こんな日にアイスクリームの差し入れだなんて時季はずれだとも思ったけれどもう家も出てしまったし、暖かい部屋で食べるのだから大丈夫、と自分を納得させ、私は草間興信所へと向かう足を早めた。
 興信所の扉を軽くノックすると零さんが笑顔で迎えてくれて、部屋の奥でも草間さんが軽く手を挙げ歓迎してくれた。それだけで私はなんだか嬉しくなって、早速零さんへ手みやげのアイスクリームを渡すと興信所の中へと足を踏み入れる。外が寒かったせいか部屋の中は暖房がきいていて少し暑いくらい。ここでアイスクリームを食べるのなら丁度良いかもしれないとそっと思う。
 挨拶もそこそこに、私は草間さんの後ろにある窓から白いものが舞い降りてくるのを目にした。
 雪。でも雪が降るにはまだ早い。
 季節はずれの雪。
 窓から動かない私の視線に気づき、草間さんとアイスクリームを乗せた皿を持って現れた零さんも外に目を向けた。そしてすぐに二人揃って私の方を見つめる。もしかしなくても私を疑ってる?
 案の定、草間さんが身体ごと向き直り私に告げる。
「まさか・・・」
 その言葉を遮って私は反論した。全く信じられない。いくら私が雪女郎の子孫だからといって異常気象を勝手に全部人のせいにしないでもらいたい。
「私じゃありません。本当に季節はずれの雪ですよ」
 少し苛立ちを覚えたものの、嬉しそうに空を見上げる零さんの姿に思わず微笑んでしまう。こんな笑顔を見るためだったら悪戯に力を使うのも悪くはないと思う。
「ねぇ、冬華さん。雪、綺麗・・・」
 零さんの呟きに私は視線をもう一度そちらに向けた。確かに季節はずれの雪は綺麗だった。まだ降る時期ではないのにその身を氷らせて、何かを知らせるかのように降る雪は。

 その時、興信所のドアをノックする音が聞こえた。
 どうぞ、と草間さんが声をかけると扉を開けて入ってきたのは少女のような面立ちをした男の子。
 行儀良く一礼して入ってきた少年は、若森・水葉(わかもり・みずは)と名乗った。名前まで女の子のようだ。
 しかし人は外見で判断してはいけないというのは本当のことらしい。水葉さんはこの歳、この外見にして退魔宗家『種村』の当主である種村・正道(たねむら・まさみち)直属の護衛だというのだから。
 種村といえばこの手の業界では名高い退魔の一族だ。そこまで詳しくない私でも聞いたことがある。その護衛が何故興信所へとやってくるのかと私は首を傾げる。
 同じ事を草間さんも思ったのか、水葉さんに尋ねた。それに対し、水葉さんは苦笑しながら口を開く。
「最近、退魔業界の中でも内紛が結構起きていて、ついに種村の家にも暗殺の影と予告が送りつけられたのです」
「おいおい、暗殺って予告したら暗殺じゃないだろう」
 草間さんの言うとおりだと思い、私も思わず頷いてしまう。暗殺とか紛争とか、なんだか余り関わりたくない話だ。
 そう思いつつもつい話を聞いてしまう。
 
「本当におかしな話なんですけれど、暗殺予告がきたんです。それで、あのですね・・・護衛をお願いしたいんです」
「護衛ってご当主のですか?」
 思わず口を吐いて出てしまう言葉。
 水葉さんは私に視線を向けると首を左右に振って笑いながら告げる。
「違います。護衛をお願いしたいのは彼の娘・・・中学生の弥生ちゃんです。本当は彼女は単なる一般人だった・・・。でも相続絡みのいざこざで家に連れられ幽閉されて・・・」
「まぁ・・・。幽閉だなんて」
 零さんが小さく声をあげる。私もそう思った。自ら人との接触を断った以前の自分が思い出されるが、閉じこもったのと閉じこめられたのでは大きな違いがある。それに私には祖母が居た。
「今時信じられませんよね。彼女がこのまま夜に埋まったままじゃ・・・あんまりです。恐らく賊が来るだろう時間帯は分かっています。その間だけ・・・誰も彼女に近寄れない様守ってあげて欲しい・・・」
 お願いできませんか?、と水葉さんはその場にいる面々を見渡した。もちろん、私のことも。
 紛争とか暗殺とか、本当に関わり合いになりたくはないけれど。
 だけどその幽閉されている弥生さんは守ってあげたいと思う。
 もし私が力になれることがあるのなら。私の力が役立つことがあるのなら。笑ってくれる人が居るのなら。
 私は意を決して告げる。
「あの、私では駄目でしょうか?」
 私の言葉に草間さんは驚いた様子で、行ってくれるなら有り難いが、と言う。多分、この手の仕事は請け負わないと思ったのだろう。
 水葉さんは嬉しそうに笑って頷いてくれた。
「ありがとうございます。弥生ちゃんも、貴方のような方が守ってくれるならお姉さんが出来たみたいで嬉しいと思います」
 水葉さんはそう言うと零さんの出した私作のアイスクリームに口を付ける。
「美味しいですね、これ・・・市販品ですか?」
 その感想を聞いて私と零さんは顔を見合わせて笑い出す。だってあんまりおかしくて。
「いいえ。このアイスクリーム、こちらの冬華さんが作ったんですよ。手作りです」
「えっ?そうなんですか?これで食べていけますよ」
 これまた可笑しい。もうすでにそれで食べてるんです、私。
「お褒め頂きありがとうございます。すでにお店開いてるんですが、もし良かったらこの騒動終わってからでもお店にいらしてください。フルーツパーラーなんですけど【ボノム・ド・ネージュ】って言うんです。サービスしますよ」
「ボノム・ド・ネージュ・・・?」
 言葉の意味が分からないのか、たどたどしく言葉を発し首を傾げる水葉さん。その様子は本当に女の子のように見える。くすくす、と笑いながら私は言った。
「えぇ、雪だるまって意味なんです」
「そうですか。・・・ぜひ寄らせていただきたいと思います。美味しいアイスごちそうさまでした」
 それではよろしくお願いいたします、と水葉さんは興信所を去っていく。
 ふと空を見上げると先ほど降っていた季節はずれの雪は止んで、嘘のような青空が広がっていた。


■□■


 私は御殿のような和風家屋の前に立っていた。由緒正しい家柄というのが家そのものに存在しているかのような感じで、立派な門から垣間見ることの出来る屋敷に少し気後れしてしまう。
 それでも私は約束の時間に遅れることのないよう、門をくぐることにした。しかし門をくぐった瞬間、私は殺気を発したたくさんの人に取り囲まれる。
 門をくぐるまでそこにはそのような気配すらなかった。鋭い切っ先を向けられ、咄嗟に私は自分の回りに冷気を張り巡らせ防護結界を作る。無意識に行われた動作。止まらない刃は結界に当たり、その場所からびきびきと音をたて氷で覆われていく。
 しかし結界に当たったのはその一本だけで、他の向けられた切っ先はそれ以上私を攻撃することもなく静かに下ろされた。殺気も消えている。
 試されたのかもしれない。
 刃を下ろされても私は暫く防護結界を解かず辺りを窺っていた。解いたら攻撃をしてくるかもしれない。その可能性も十分にあった。とりあえずこの家の主に会わせて貰わねばならない。私は辺りを見渡して声をあげた。
「私こちらで弥生様を守るように言われてきたのですが・・・御当主はおいでですか?」
 すると奥から走ってくるのは依頼をしにきた水葉さんだった。
「冬華さん、気を悪くなさらないでくださいね。一応簡単な試験だったんです」
 申し訳なさそうに水葉さんが言う。力量を計るのは極当たり前の事だ。別に気は悪くしてないけれど驚きはした。私は苦笑しながら結界を解き、水葉さんとその後ろからやってきた多分当主の正道さんに挨拶をする。
「貴方の力は見せて貰った。氷で作る結界か・・・見事だ」
「いいえ。わざわざ御当主自らの出迎えありがとうございます。私、氷女杜・冬華と申します。弥生様の・・・」
「聞いている。私は弥生の血が大事だ。弥生の中に流れる血を守って欲しい」
「血・・・ですか?」
 血だけが大事だと目の前の人は言う。それでは弥生さんの存在は何処にあるのだろう。この当主が守って欲しくて大切にしているのは弥生さんではなく『種村』の血。幽閉しているのも弥生さんを守りたいからではなく血を守りたいからだというのか。
 そんな思いが言葉になる。しかし別段気にした様子も見せず当主は言う。
「そうだ。『種村』の血を絶やすことは許されん。だからだ。弥生を大事にしまい込んでいるのは」
 そんな、という呟きを私は必死で押さえる。水葉さんがこちらをずっと見つめていたから。酷く悲しそうな目で。
 実の父親がこれなのだ。彼女の回りはもしかしたら皆そのような人物だらけなのかもしれない。幽閉されても誰も反論しないのも。彼女の味方は水葉さんだけなのかもしれない。酷く気分が悪い。私は弥生さんの所へ早く行こうと思った。
「・・・それでは弥生様の所へ。弥生様をしっかりと守らせていただきます」
「うむ。よろしく頼む」
 そう言って当主は私の近くにいた護衛の一人に案内するように告げる。
 私は案内されながら水葉さんをちらりと振り返った。そこには軽く一礼する彼の姿が見えた。心の中で私は改めて弥生さんを守ることをそっと誓った。
 
「随分と母屋から離れているんですね」
「そりゃあな。当主と同じ場所にはおけまい」
 護衛は鼻で笑うように告げる。当主の娘に向かってその口調は少し可笑しい。
「どうしてですか?娘が父親と一緒に過ごしてはおかしいですか?」
「娘?退魔とは無関係なあれはウジ虫と同じだ。座敷牢で十分。一緒になど・・・」
 一瞬にしてその場の空気が言葉通り凍り付いたのに気づいたのかもしれない。護衛は途中で言葉を無くし、黙って弥生さんの部屋へと案内し始めた。
 私は護衛の無神経な言葉に、一瞬怒りで我を忘れそうになった。酷く不愉快だった。人を人と思わないその物言いが許せなかった。
 護衛は無言で一つの部屋へと案内し、襖を開けるのすら嫌だとでも言うようにそのまま去っていった。
 私は一応、入ります、と声をかけてから襖を開ける。
 そこには冷たい目をし、全てを拒絶した少女が座っていた。
「初めまして。私、氷女杜・冬華と申します。水葉さんから弥生様の護衛を頼まれてやってきました」
 水葉さんの名を出すと少しだけ弥生さんの顔に表情が戻る。しかしそれはすぐに消えた。それでも私は根気よく言葉を投げ続ける。
「まだ時間まで少しあります。心配でしょうけど私が必ずお守りしますから」
「別にいい・・・守らなくて」
「どうしてですか?自らそんな命を捨てるような・・・」
「どうせ聞いてきたんでしょ。私の呼び名・・・」
 はっ、とする。口に出すのも腹立たしい『ウジ虫』という呼び名を本人の前でも言っているのか、ここの人々は。
「私には関係ありません。それに水葉さんから『弥生』という可愛らしいお名前を聞いておりますから。他の人はどうだか分かりませんけれど、水葉さんはとても心配していましたよ、弥生様のことを。何度も頼まれました」
 水葉が・・・、と弥生さんは俯いてそれから私を見上げる。
 私は微笑んで弥生さんの手を取った。暖かい温もりが伝わってくる。
「私は弥生様を守ります」
 それだけで伝わるだろうか。たくさんの思いが。
 弥生さんは照れくさそうに小さく微笑んだ。そして言葉を詰まらす。
「ありがとう。あの・・・」
「なんでしょう?」
 首を傾げて私が問うと弥生ちゃんは呟いた。
「様、っていらないから。それと冬華さんって呼んでも良い?」
「えぇ。それじゃ、私も『弥生さん』で良いですか?」
 ふるふると首を振る弥生さん。
「ちゃん・・の方が良い」
「それじゃ。弥生ちゃんで」
 今度こそ本当の笑顔で弥生は大きく頷いた。
 

■□■

 弥生ちゃんはやはり淋しかったようだ。
 一人きりでこのような所に閉じこめられて。見た目こそ豪華に見える部屋も護衛が言っていたように座敷牢に過ぎない。閉鎖された空間で一人きり。頼れる者もなく送る日々。そんな中、どれだけ水葉さんの存在が輝いて見えたのだろう。口を開けば全部水葉さんの事ばかりだった。
「それと私ね、凄く雪が好き」
 ここからでも見えるの、とそっと障子を開け奥座敷から見える庭を指す。
 もう少しで雪の季節よね、と弥生ちゃんは笑う。
「そういえば・・・私が弥生ちゃんの護衛の依頼を水葉さんから受けた日にも雪が降ってました。季節はずれの雪」
 そう告げると驚いたように弥生ちゃんが私を見る。
「そうなの?私が初めて水葉に会った日も季節はずれの雪が降ってた」
 その時、前触れもなく襖が開かれ当主と水葉さんが現れた。
 もう少しで予告された時間だから最終確認にでもきたのかもしれない。
「弥生、良い子にしてたか?」
 当主の言葉だけは優しいがその目に感情はこもっていない。それは弥生ちゃんにも伝わっているのか当主の方を見もせず無視している。親子だというのに赤の他人のようだ。そんな親子の間に割って入ったのは水葉さんだ。いつものことなのかもしれない。
「もうそろそろです。冬華さん、よろしくお願いします」
「はい。こちらのことは心配しないでください。私が必ず守りますから」
「そうしてもらわねば困る」
 当然だ、という様子で当主が背を向ける。その後に水葉さんが続く。その背に向かって二人が現れてから初めて弥生ちゃんが口を開いた。
「水葉、気をつけてね」
「はい」
 振り返り水葉さんが笑う。少し淋しそうな苦しそうな曖昧な笑み。何故だろう、普通に笑い返してもいいはずなのに。
「水葉、ちゃんと戻ってきてよ」
「・・・はい」
 そこへ先を歩いていた当主がくつくつと笑いだし言葉を発する。
「いい加減、弥生も人形遊びを止めたらどうだ?水葉だと?お笑いだな!人形が名前を名乗るか?」
「その子は水葉!人形なんて呼ぶな!」
 弥生ちゃんの鋭い叫び。しかしその言葉に当主の返答はない。その代わり水葉さんが弥生ちゃんの手を取り笑った。
「ありがとう。行って来ます」
 こくん、と弥生ちゃんが頷くのを確認すると水葉さんは今度こそ足を止めずに当主の後を追った。
 
 私はその後すぐに結界を張り出す。
 静かに息を吐き回りに意識を集中させると、自分を中心に冷気が溢れ部屋を覆い出す。靄のようなものが部屋を覆い出すのを隣に座ったまま弥生ちゃんは惚けたように見つめている。
 ゆっくりと形を作った防護結界。これで私が解かない限り誰も入ってくることは出来ない。
「すごい・・・氷の結界?」
「はい。これで弥生ちゃんを守らせて貰いますね」
「うん、ありがとう。すごい綺麗」
 ニッコリと笑う弥生ちゃんの笑顔がとても嬉しかった。
 
 予告時間通りに襲撃があったようだ。あちこちから爆音が聞こえてくる。
 心配そうに弥生ちゃんは音が鳴るたびにそちらに目を向けていた。しかし暫くするとぽつりぽつりと話し出す。
「あのね、水葉に名前あげたの私なの。だって初め会ったとき名前なんて無いって言うから・・・」
「そうだったんですか」
 それで先ほどの当主との会話に納得がいく。だけど水葉さんが人形っていうことは分からないけれど。
「さっきの話の続き。雪が降ってた時、外にも出れない私はずっとそれを見ていたの。だんだん庭が真っ白になって。色が白以外何もなくなるまで。そこに水葉が現れて。それでもずっと雪を見ていたの。私の周りの人なんてどうでもいいと思っていたから。でも水葉は違った。ずっとそれを見ていた私に雪をくれたの。初めて触った雪は冷たくて柔らかくて。嬉しかったから、私をちゃんと人間として接してくれることも嬉しかったから。だから水葉と会ったときの雪が好き。だから・・・」
「名前を贈ったんですね」
「そう。さっきみたいにいつでも水葉の手は温かかった」
 弥生ちゃんは温もりをいつでも求めていたのかもしれない。ただ無償で与えられるはずの温もりを父親からも誰からも与えられなかった少女。
 私はそっと弥生ちゃんを抱きしめる。 少しでも彼女の心が温まるように。
 はっ、としたように弥生ちゃんは私を見たけれど、笑顔を私に見せ静かに瞳を閉じた。

 突然、ひときわ大きい爆音が響く。
 結界にびりびりと響くようなものすごい爆発があったらしい。母屋の方だ。
 私は、びくっ、と身を震わせ辺りを窺う。弥生ちゃんも何事かと襖を開けようとしたがそれを私は止めた。
「いけませんっ!」
「でも・・・水葉が・・・」
「心配ならなおさらです。弥生ちゃんの身に何かあったら水葉さんが悲しみます。・・・私が見てきます。弥生ちゃんは心配でしょうけどここで待っていて下さい」
 結界を解いても危険がないことを確認してから私は結界を解く。そして新たに弥生ちゃんの回りにだけ結界を張り直した。
「水葉・・・水葉を探して」
「はい。分かってます」
 私は安心させるように笑うと母屋へと急いだ。
 先ほどの爆発は尋常じゃない。その場にいた人々は結界を張らない限り全滅だろう。
 母屋のあった場所は焼け野原が広がっていた。あの立派な屋敷の面影すらない。その爆発の中心と思われる場所には八十名近い惨殺死体があった。そこには当主のものもある。生き残りは何処にも見あたらない。これだけの爆発を起こすには内部のことを良く知った人間が必要だ。爆発の中心は先ほど弥生ちゃんの部屋に案内される時に見た、一番警備の厳しい場所だったから。多分当主の部屋だろう。
 吐き気を覚えながらも私は水葉さんを探す。だけどどこにも見つからない。火は勢いを潜めてはいたが、またいつ爆発があっても可笑しくはない。早く逃げないと危ないだろう。
 私は弥生ちゃんの気持ちを考えただけで苦しくなる。それでも報告しなければならない。気が重いが弥生ちゃんの元へと私は向かった。
 結界を解くと弥生ちゃんは私の元へと駆け寄ってくる。
「冬華さん、水葉は?」
 小さく首を左右に振ると弥生ちゃんは母屋の方に駆け出す。私はそれを止めることが出来なかった。
 弥生ちゃんを追って私はもう一度爆発の中心へと向かう。そこには血まみれになって水葉さんを探す弥生ちゃんの姿があった。
「水葉・・・水葉っ!」
 探しても探しても水葉さんの姿はない。火の手がまた近くで上がりはじめていた。逃げなければならない。納得してもしなくてもここを離れなければ。
「弥生ちゃん、もしかしたら水葉さんは生きていて刺客を追っているのかもしれない」
「そんなのわからないっ!探さなくちゃ・・・水葉を」
「今は駄目ですっ!私の役目はあなたの身を守ること。それに探すのは自分の身が無事でなければできません。今はとりあえずここを離れましょう」
「だって・・・」
 多分分かってはいるのだと思う。私は弥生ちゃんに手を差し出し立ち上がらせると、引きずるようにその場を後にした。
 ちらりと一瞬だが、季節はずれの雪が風に舞ったように見えた。
 それは水葉さんの生存を知らせているかのようだった。
 
 
■□■

 結局あの後、焼け野原に行ったが水葉さんの姿を探すことは出来なかった。
 おかしな事に事件後すぐに身寄りのなくなった弥生ちゃんの身元引受人も現れ、彼女の今後も決まった。
 誰かが弥生ちゃんのことを見守っていて裏で手引きをしているかのようだ。
 そのこともあってか、弥生ちゃんも最後には水葉さんが生きていることを信じ捜すことに決めたらしい。

「弥生ちゃん・・・」
 小さなカバンを持ち自分の足できちんと大地に立っている弥生ちゃんに私は声をかける。もう囚われの身の上ではない。
「冬華さん。私絶対に水葉を見つけるから」
「はい。私も信じてます」
 一瞬、空を見上げた弥生ちゃんは意志の強い瞳を私に向けた。
「絶対に水葉は生きてるって信じてるから」
 凛とした美しい顔。多分、弥生ちゃんは大丈夫だと思う。
「私ね、水葉の事何も知らないことに今更気づいたの。だから水葉を探してしっかりと水葉の話を聞いてあげるの」
 弥生ちゃんは笑う。強い子だと思う。
 だから私はそんな彼女に小さな贈り物をあげようと思った。私は彼女の笑顔を見ていたい。これからも笑い続けていられるように。
 静かに祈るように目を閉じてそしてゆっくりと弥生ちゃんを見つめる。
 
 ゆっくりと空からちらちらと舞い始める白いもの。
 私の降らした季節はずれの雪。
「あっ・・・雪」
「弥生ちゃんの未来が輝くように」
「これ、冬華さんが・・・?」
 頷くと幸せそうに笑う。
「ありがとう、私頑張れる。ううん、頑張るから。冬華さんのお店にも遊びにいっても良い?」
「えぇ、いつでもお待ちしてます。そういえば水葉さんもお店に来てくれるって言っていたので一緒に遊びに来て下さい。サービスしますから、ね?」
「うん、きっと!それじゃ」
 大きく手を振って弥生ちゃんは私に背を向けた。
 私の胸に優しい笑顔を残して。
 静かに優しい雪は世界に降り続けた。彼女を優しく包み込むように。
 暖かな記憶の中で降る優しい雪。