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<PCシナリオノベル(シングル)>


探偵さんはコスプレがお好き?
●探し求めしは
 下町――と呼ぶのに相応しい街並みが、そこにはあった。細く狭い路地に面し、年代物の家々が所狭しと軒を連ねている様子は、まさに昔ながらの下町そのものであろう。都区内にも、まだこのような場所は残っているのである。
「ふむ……」
 そんな下町の街並みの中に、制服に身を包んだ高校生らしき少女の姿があった。髪は長く後ろで結んでおり、腰の辺りには刀袋を携えている。無論、中身が入っていることは見れば分かる。
「……噂をまとめると、この辺りに住んでおるはずなのだが」
 少女――南宮寺ひかるの眼鏡の奥の目が、ポケットから取り出したメモに向く。そこには細かい文字で、雑多な内容が書かれていた。
 ひかるがここに居るのには、当然ながら理由があった。それはある人物に会うためである。
 退魔師であるひかるは、草間興信所に出入りして仕事をもらっていた。しかし、ここ最近そんな状況に異変が起こっていた。興信所に、何故か草間の姿がないのである。
 朝昼晩、時には真夜中いつ来ても、草間の姿はない。居るのは草間零や、草間の仲間たちくらいだった。
 零曰く、草間が行方不明になったとのことだったが、ひかるはそんな草間に対し少々お冠であった。それはそうだろう、草間が居ないということは、必然的にもらう仕事がぐんと減ってしまう訳で……。
(どこか行くなら行くで、きちんとしておいてほしいものだ)
 そうひかるが思うのも至極当然。草間がその辺りをちゃんとしておけば、周囲にかける迷惑も多少は減っていたはずなのだから。
 零や草間の仲間たちは、毎日のように草間の居場所を探していた。けれども成果はあまり芳しくない。そんな折り、こんな噂が入ってきたのである。『都内某所に情報通の探偵が居る』と。
 噂を耳にしたひかるは、その情報通の探偵に関する情報を集め出した。メモに書かれていることが、その集めた情報である。
 銀髪の若い女性、下町に住んでる、近くに行きつけのラーメン屋がある、名前……エトセトラ、エトセトラ。こういった情報を元に、ひかるはここまでやってきたのだった。
「ラーメン屋は……」
 ぐるりと辺りを見回すひかる。すると、ここよりちょっと先に行った角に、ラーメン屋が1軒あった。恐らく、これが行きつけのラーメン屋であるのだろう。
 ひかるはひとまずそこの前まで行くと、近くにあった町名が書かれたプレートを見た。
「こっちが6、向こうが8……」
 再度メモに視線を落とすひかる。情報の中には、探偵が住んでいるマンションの番地もあった。それも参考にすると、どうももう少し先になるようだ。
 ひかるがまた歩き出すと、近くに4階建ての古びたマンションがあるのが目に入った。情報にあった番地はちょうどその辺り。
 歩みを早めて行ってみると、マンションの入口付近には郵便受けがあった。じっと郵便受けを見つめるひかる。と、ある郵便受けで視線が止まった。
「ここであろうな、恐らくは」
 201号室の郵便受け、名前の所には『観月冬菜』と書かれていた。メモにも記された名前である。

●対面
 ひかるは静かに階段を昇り、2階へ向かった。201号室は狭い廊下を歩いた一番奥の部屋である。廊下にひかるの足音が響く。
 201号室の前には、確かに『観月冬菜』という表札が出ていた。一呼吸置いて、呼び鈴を押すひかる。ピンポーンと音が鳴り、ややあって室内からバタバタと足音が聞こえてきた。
(在宅中か)
 タイミングとしてはよかったようだ。もし留守だったなら、待つか出直してくるかしないといけなかったのだから。
 そして扉のノブ部分から鍵を開ける音が聞こえ、ガチャッと扉が開かれた。
「はいっ、どなたっ!?」
 扉から銀髪の女性が勢いよく顔を出す。あまりにも勢いよすぎて、後ろで1本に結んであった三つ編みが顔の方まで飛び越えてきてしまうほどに。
 年の頃は……25歳前後だろうか。手に入れた情報とも一致する。これはもう間違いないだろう。
「そなたが観月冬菜か」
 開口一番、ひかるは目の前の女性に言った。
「そうだけど、あなた誰? 何かの勧誘だったらお断りよ」
 その女性、観月冬菜はじろじろとひかるを見ながら言った。
「そなたに尋ねたいことがあって来た」
「尋ねたいこと?」
 ひかるの言葉に、眉をひそめる冬菜。ひかるはそのまま、冬菜の家を訪れた理由を説明した。
「ふうん……なるほど、ね。だから、あたしの所へ来た訳?」
 冬菜が聞き返すと、ひかるがこくりと頷いた。
「けど、ただで聞こうなんて虫がいい話よね。そうねえ……あたしと勝負して勝てたら、質問に答えてあげるけど……どうする?」
 くすっと笑う冬菜。しかし、ひかるの答えは早かった。
「私と勝負するということは、どちらかが死ぬということで問題ないな?」
 何と淡々とした口調で、そう確認してきたのである。面食らったのは冬菜の方である。
「へ? 冗談……じゃないのね」
 冬菜はひかるの目を見て、溜息を吐いた。――この目は本気だ。
「あー……勝負内容や場所なんかはそっちで決めていいわ。どんな内容でも、あたしは大丈夫だから」
 諦め口調で、ひかるに言う冬菜。するとひかるは、勝負場所にとあるビルの地下駐車場を指定した。
「地下駐車場?」
「1対1の果たし合いを申し入れる。私の武器は……」
 ちらっと腰の刀袋に目をやるひかる。どうもこの中にある獲物を使うらしい。
「そなたも得意の武器を選んでよいぞ」
「……相応しい物選ぶわ。じゃあ先に行ってて。準備終わり次第、そこ行くから」
「了解した」
 と言うとひかるは、そのまま来た廊下を戻ろうとした。その途中で足を止め、振り返るひかる。
「決して逃げるでないぞ」
 じろっと冬菜を睨み、ひかるは念を押した。

●尋常に勝負なり
 約30分後――某ビル地下駐車場。ひかるの姿はすでにそこにあった。止まってい車は多いが、人の気配はひかるの他にはない。
 そのひかるの耳に、近付いてくる足音が聞こえてくる。
(約束通りに来たようだな)
 足音は確実にひかるの方へと近付いていた。やがて、冬菜がひかるの前に姿を見せる。
「はい、お待たせ、お待たせー」
 緊張感の欠片もない冬菜の言葉が、地下駐車場に響いた。その姿は何故か侍――どこかで見たような維新志士の格好。いや、これは紛れもなく……。
「……坂本竜馬のつもりか」
 ひかるがぼそりとつぶやいた。そう、冬菜の格好は竜馬そのものだったのである。
「ま、一緒にお酒飲んだ間柄だし」
 ふふん、と笑ってみせる冬菜。ひかるはにこりともしなかった。
「あ、その目、ひょっとして信じてない?」
「…………」
 ひかるは何も言わずに、刀袋から刀を一振り取り出した。ひかるの所有する霊刀『紅彗星』だ。
「そなたが死んでも知りたいことは解る、心配しなくてよいぞ」
 鞘からすっと抜き、霊刀の切っ先を冬菜へと向けるひかる。表情は真剣そのものであった。
「刀には刀ってね」
 冬菜も刀袋から、同じく一振りの刀を取り出した。
「これね、竜馬からもらったのよ」
 刀を抜き、笑みを浮かべる冬菜。冗談か本気か、よく分からない口調であった。
「はい……いつでもどうぞ」
 冬菜はそう言って刀を構え直した。これが、勝負開始のきっかけとなった。
 瞬く間にひかるが踏み込んでくる。冬菜は自らの刀で、ひかるの攻撃を受け流そうと上段に構えようとした。
 けれども、それは無駄に終わった。冬菜が構えるより先に、ひかるの霊刀が冬菜の刀を弾き飛ばしたのである。
 乾いた音を立て、地下駐車場のコンクリートの床に落ちて転がる冬菜の刀。その間に、ひかるの霊刀は冬菜の喉元をピタリと捉えていた。隙間は一寸もなかった。
「うあ……」
 冬菜はゆっくりと両手を上げた。降伏の印であった。
「勝負あり」
 ひかるが静かに言った。

●戦い終わって……
「あー、やっぱりプロには適わないわね」
 勝負がつき、額の汗を拭いながら冬菜がつぶやいた。
「約束通り、質問に答えてもらうぞ」
 ひかるはすでに霊刀を刀袋へ仕舞っていた。
「はいはい。草間……武彦って人のことね」
 冬菜が聞き返すと、ひかるが頷いた。
「悪いけど、その名前の人は知らないのよね。とりあえず、外見も教えてくれない?」
「外見はだ……」
 事細かにひかるは草間の外見を説明した。そして冬菜は少し思案してから、こう答えた。
「……そういう格好の人、つい最近見たかも」
「何処の場所で?」
「渋谷で見た気がするのよねー。昨日……あー、一昨日だったかも。ごめん、その辺はっきりしないや」
 申し訳なさそうに冬菜が言った。結局、冬菜から手に入れた情報はこれだけだった。だがしかし、噂ではなく冬菜自身が見たことであるから、情報価値が低いということは言えないだろう。
「あ、そうだ。よかったらラーメン食べに行かない? 奢るから」
 笑ってそう話しかける冬菜。けれど、ひかるはその申し出を断った。
「……渋谷か……」
 小声でつぶやき、歩き出すひかる。渋谷へ行けば、また何か新しい事実が判明するのかもしれない。
「あれ、もう行っちゃうの?」
 冬菜が立ち去るひかるの背に目を向けた。
「あのね、詳しい事情はよく分からないけど、きっと何とかなるわよ!」
 冬菜はひかるの背に向かって叫んだ。ひかるの足音は地下駐車場にカツコツと響き、次第に小さくなっていった。

【了】