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<PCシナリオノベル(シングル)>


味方していない者は敵対している


「俺も息子思いの良いママになったものだな」
口をついて出た沙倉唯為のしみじみとした言に、傍らに立つ男性がちらりと横目に視線を寄越すのが解った。
「それは知らなかった……今年、お幾つ?」
髭の目立つ顎を掌で擦り、のほほんとした口調の問いに、唯為は濃紺の道着の肩を竦める。
「二十歳」
「ほう、それはそれは」
素直に計上すれば、唯為七歳の砌に授かった計算となるが、それに対するコメントはなく、黒のスーツに身を包んだ…『IO2』構成員、西尾蔵人は眠たそうな目をゆっくりと瞬かせた。
「それはさぞ心配だろうねぇ」
「何、親の思い通りにならんのが子供というモノだろう。それを楽しめば良いだけの話だ」
「至言だね、心に止めておくよ」
ぼそぼそと会話を交す、長身の男二人…その胡散臭さは、漲る若さが溢れんばかりの高校生の団体の中、白い羊の群に混じった黒と紺の羊の如く異彩を放っていた。
「……浮いてるな」
しみじみとする唯為に、蔵人が続く。
「確かに……」
「肌ならまだ負けてないと思ったんだが」
新陳代謝の活発な頬にじっと注がれる、唯為の視線の圧力に対象者は心持ち引いている。
「まぁ遠目な分にはさほど差はないんじゃないかな」
のんびりと請け負う、彼等は高校生の群れの中に居た。
 willies症候群がなりを潜めたかと思えば、今度は連続殺人事件が世間の関心事である。
 20代前後の若い世代、大なり小なりの記録を残したスポーツ選手が被害者である話題性、その身体の一部を持ち去られる猟奇性とに、怨恨か復讐か逆恨みかとマスコミがこぞって取り上げるのに警察もようやく重い腰を上げ、該当すると思しき者に警備が配される事となり…その水面下でどのような手が配されたかは常人に知る由も知る必要もないが、実際の警護にあたるは通称『IO2』、常識的に考えられない、有り得ないとされる超常現象を、一般人にとって有り得ないものとする為の超国家的組織だ。
 一連の事件に心霊テロ組織『虚無の境界』が絡むと践んだ『IO2』は、犯人の捕縛に乗り出すに、骨格から身長、体格が類似し、且つ超常の力に対して護身の可能な人材を囮として能力者に協力を求め…現在に至る。
「しかし、若く体躯の良い者ばかりを狙って、無敵のゾンビ兵でも拵える気か? 死人を蘇らせるくらい、出来ん芸でもないだろう」
とても警察関係者には見えない蔵人は、唯為の半ば独言に近い問いに、首を傾けてぽき、と間接を鳴らした。
「まぁ、イロイロとね……あるものだから」
何が、とは明確にしない話法が癖なのか、曖昧な発言の多い中年に唯為は不快を隠そうとせず、眉間に皺を寄せた。
「主語は明確にしろ」
「あぁ、失敬……何せ、海外が長かったものだから」
のらりとかわす蔵人に、唯為は秘かにこめかみに青筋を浮かべる…妙に苛立ちを覚えるのは、奇妙な親近感を裏返した同族嫌悪であるかも知れない。
「日本語を学びなおして来たらどうだ? 脳細胞が活性化されて多少は痴呆がマシになるかしれんな」
「手厳しいねぇ」
くらりと受け流し、蔵人は手拭いを差し出した。
「それはそうと。相手は素人さんばかりだから、気をつけて」
 舞台は、とある高校の演武場…対象となるのは剣道で全国大会二連覇を成し遂げた現役高校生、その生活にすり替わっての囮作戦は年齢的な厳しさがある。
 故に、平素の生活では警官を装った『IO2』が密着し、部活の間は唯為が身代わりを務める事となった。
 部長である、彼に代わって部員に稽古をつけるのも役目の内だが、常日頃、真剣を振り回している唯為にしてみれば、ちゃんばらごっこを指導してやるようなものだ。
「手加減はしよう」
受け取った手拭いを、慣れた手付きで頭部に巻き付ける。
 だが、それ以上の防具はつけず、唯為は壁に掛けられた竹刀の一本を適当に手にすると、上座、顧問の脇に膝を揃えた。
 部員達が整然と並んで正座をする様に唯為は内心で軽く感心し、開始の礼を促した。


 部員以外で道場に立ち入る事は許されず、何処か物々しい雰囲気で出入り口を固めている黒衣の男達の存在に、空気は落ち着かずにざわめいている。
 囮である、唯為を故意に際立たせる為、一様に道着を白で揃えるよう指示したのは『IO2』の策だが、それに疑問を抱かずに協力的な部員達は、自分達も護衛の内という認識に何処か奇妙な高揚を覚えているらしい。
 しかし、それとこれとはまた別の話で。
 唯為は防具をつけぬまま、対峙する生徒達に防具の上からでも痛烈な一打と的確な助言を与えて捌いていく。
 その度に、好奇心に彩られて唯為を見ていた眼差しに、確かな尊敬が眼差しに加わるがそれは意に介さず唯為は曰く所の茶番を続けている。
 目的は、『虚無の境界』と接触する事。
「愚息さえいなければこんな面倒事は草間にでもくれてやるんだが」
ヒュ、と竹刀で空を切る。
 円筒の構造は、刃に慣れた腕に鈍く感じられるが、殺傷能力を求めるでない、スポーツとしての剣ならば斯程で用足りるのだろう。
 その切っ先を徐ろに天に向ける。
 唯為の行動は唐突で、誰もが咎め立てる間はなかった。
 柄尻に添えた掌で強く突き上げる、一点に加えられた力に天井板が大きく撓み、裂けた…その横板から、にょっきりと足が生えるという、夜に見たら泣いてしまいそうな光景が繰り広げられるのに、高校生男子の名状し難い悲鳴が上がる。
「……其処で何をしている」
だが、唯為は冷静なまま、ずるりと引き上げられる靴の足裏にそう問うた。
 対して、返って来たのは聞き覚えのある声。
「曲者!」
その一言に声を張り、ひょいと裂けた穴から頭が覗く。
「……ッてェ言わないとママ。王道はいわゆる様式美なんだしよ」
常と変わらぬ軽口と、その目と表情とを覆って黒いサングラス。
「……ピュン・フ−、やはりお前か」
嘆息混じりに、唯為は血の繋がりも書類上の繋がりもない不肖の息子、の名を呼んだ。
「感動の再会を喜んじゃくれねーワケ?」
唯為の反応が心外、と言った風で、ピュン・フーは穴の淵にかけた両手を支えに、くるりと道場に降り立つ……いつもと変わらぬ黒革コート、は今や天井裏の埃にまみれて灰色と化している。
「出来れば虚無の境界の方々に『怨霊機』とやらの事を含め、イロイロとご教授願いところだったんだがな……お前では役にたたん」
「あ、親のそういう否定的な態度が子供の成長の芽を摘むんだぜ? 知ってた?」
嘯いて胸のあたりを軽く叩けば、もわりと白く周囲に埃が舞い上がる。
 その喉元目掛けて、唯為は竹刀の先端を突き込んだ。
「うぉぁっぶねぇ! 何すんだよ唯為!」
まさしく髪の毛一筋の差で急所を狙った一撃からからくも逃れたピュン・フーに、唯為が「チッ」と短く舌を打つ。
 目がマジだ。
「何、だと? 躾に決まってるだろうが。子の不始末は親の不始末、お前が面倒……もとい、俺に始末のつけられない事態を招く前に止めてやるのが親心というものだろう」
喉を潰されれば、もれなく息の根まで止まるが。
「子供の虐待ホットラインに電話してやるーッ!」
ピュン・フーはわざとらしく袖口で目元を拭うが、まんべんなく塗された埃がサングラスの前面に付着して白い。
 視界が曇るのに諦め、ピュン・フーはサングラスを外すと不吉に赤い瞳を晒した。
「それで、結局? そっちについたってこたやっぱり俺に殺されてェの?」
サングラスを懐に入れ、にやりと笑う……ピュン・フーが道場に降り立った時点で、空間を同じくしていた人間の姿はない。
 如何なる力に因ってか、唯為は既に現世から切り離されていた。
 場所は変わらず、日の差し込む道場内だが、生きとし生ける姿だけが、欠けている。
 床にたゆたう白い霧、それによってか冷えた空気は奇妙に、死を思わせる冷たさで鼻腔を擽る。
「出来るのか?」
唯為は薄い笑みを浮かべ、殺意、とすら呼べぬ本気を受け止める。
 何気ない口調で、いつもと変わらぬ仕草で。
 ピュン・フーは躊躇いなく人の命を絶つ……憎しみも、哀しみもなく。
「最も、俺もいい加減その顔も見飽きてきているがな」
唯為は竹刀の切っ先をピュン・フーの眉間に向けた。
 如何なる時でも楽しげに、けれど動かぬ感情に浮かぶ微笑み、表情と呼べぬそれを見据える。
「んじゃ、そろそろお開きにしとく?」
ピュン・フーがその五指に込める力に、爪が硬質な色で鋭く伸びる。
 相対する唯為が手にした竹刀は武器とは呼べず、身を護るには危うい。
「そうだな。そろそろ、このアソビの結末を教えて貰いたいんだが」
「結末……ねぇ?」
中空に答えを探す、仕草でふいと顎を上げる。
「そりゃ、死んだトコで終りなんじゃねぇの?」
あっさりと。
 言い、ピュン・フーはその手を横に薙いだ。
 右手に軽い衝撃、軽くなった重量の分、音も立てずに霧に飲まれるのは…半分に断ち切られた竹刀の先。
「阿呆」
鋭利な切り口を見せるそれに頓着なく、唯為は一言で切り捨てた。
「少しは頭を使って物を言え。反射で答えるな」
「ひでぇ、愛がないやママ」
既にお定まりとなっている応答は果たして余裕からか、唯為はピュン・フーに向けた不敵な笑みを更に深めた。
「そうでもないぞ? 俺程愛に満ちた人間は探してもそういない」
「嘘くせー」
ピュン・フーが、軽い笑いに肩を揺らした。
 動きは同時。
 大きく足を踏み出すピュン・フーから逃れるように、唯為が左の足を引くが、それに止まらず引いた勢いのまま膝を霧に埋めて姿勢を低く、手にした、竹刀の残骸を振るった。
「……前に『生と死を分かつ要素』は何かと言っていたが、そんなもの他人に決められる事じゃない」
ぽつり、と赤い滴りが霧の白に呑まれる。
 それはぽたぽたと軽い音で続き、竹刀を伝って唯為の掌を濡らす……赤。
「己が『そうだ』だと思えばそれが全てだ」
 唯為の立ち位置、喉を狙ってのピュン・フーの鋭利な爪を避け、的確な一撃だけに、位置の読める其処へ向けて竹刀を突き上げた。
 結果、ピュン・フーは掌から手首までを裂き抉る、傷を負う。
「すげェな、唯為。俺、速さにだけは定評あったんだけどなー」
なまったかな?と首を傾げるピュン・フーに唯為の堪忍袋の緒が切れた。
「……人の話を聞かない悪い子にはおしおきだ」
両の拳を握り、僅か浮かせた人差し指の関節を重点にピュン・フーのこめかみをぐりぐりと押す、それは俗に梅干しの刑、と呼ばれるそれだ。
「ちょっと照れてみただけなのに、ひでぇやママ!」
ママの気が済むまでおしおかれ、頭を抱えてしゃがみ込むピュン・フーの抗議を上から見下し、唯為は小さく鼻を鳴らした。
「躾に手加減は無用だ」
言って、ピュン・フーの右手首を握るのに、今度は何のおしおきかと身構える不肖の息子。
 だが、体罰が目的ではなかったようで、唯為はその掌を上に向けさせると、傷を検分しつつ頭に巻いた手拭いを解く。
「竹の繊維で皮膚を掻き裂いているから、少し治りが遅いかも知れんな」
「でーじょーぶだって。紛いなりにも吸血鬼、治癒能力の高さはお墨付きデス……って唯為がやったんじゃん!」
当然すぎる意見だが、手早く傷に布を巻き付ける動作に黙認する唯為に、それ以上の追求は身の危険、と経験から漸く判じられるようになったか、ピュン・フーはおとなしく手当を受ける。
「後で消毒はちゃんとしておけよ」
止血点を抑え、意外な器用さでてぬぐいを巻き終えた唯為が、布の上から軽くぽんと叩くのに、一瞬、浮かべた複雑そうな表情に、ピュン・フーは苦笑を上書く。
「普通、殺っちまわねぇ? こーゆー場合はさ」
「普通じゃないのがお好みなんだろう?」
何をくだらない事を、と呆れの籠もった唯為の切り返しに肩を竦め、しげしげと巻かれた布を眺め、破顔した。
「なんかこれで終わりってのも物足りねーけど……今日はこん位にして、また遊ぼうな♪」
ニパッと年齢的に問題のある笑顔を見せ、ピュン・フーは掌の軽い開閉を別れに変えた。
 唯為にその一方的且つ、唐突な別れの挨拶に異論を唱える暇は与えられず、ふわりと立ち上った霧が視界を覆ってそのまま黒い姿を掻き消した。