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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Gate01〜夢の扉

□オープニング
 奇妙な事件が起こっていた。
 被害者が最後に確認されるのは決まって寝る前だ。それより前の場合も最後は寝たのだろうと推測されている。
 その次の朝から被害者の姿を見たものはいない、否、確認しようがない。彼らの寝室に異常があり、ドアを開けたほとんどの者はそのまま、もう一度ドアを閉めてしまっていた。
 寝室があるべき場所に、違うものが存在していた、それは海だったり山だったりはたまた街中だったりどこか別の街だったり、果てはゲームらしき世界だったりと節操がない。はっきり言える事はただ一つ、それが寝室ではないと言う事だけだ。中には足を踏み入れたツワモノもいるらしいが彼らの行方はようとして知れない。
 怪奇探偵と呼ばれる草間の元にも依頼が舞い込んできていた、月刊アトラスにもこの事件の情報が多数寄せられていると言う。ゴーストネットOFFも状況は対して変わらない。
 何せ事件の件数はこの一週間でそろそろ50の大台に乗る。彼らが把握している分でこれである。つまり潜在数が数えられていない。
 麗香との定期連絡を終えて受話器を置いた草間はドアの開く音に目を向けた。出入り口ではない、何故かその音はトイレからだった。
 零も不審げに同じくトイレを見ていた。
 しゃんっ
 鈴の音が聞こえたかと思うとトイレのドアからひょっこりと少女が顔を覗かせた。服装が普通ではない。別に派手という訳でもなく何処かの民族衣装のような、だがどこの民族衣装か聞かれても困るようなそんな服装の少女だった。
「あのぅ、こちらで夢の件で調査されてると思うんですけどぉ」
 どこか困ったように少女が言う。
「夢の件? いや、それ以前に君は何故そんな所から……トイレは外に繋がってない筈だ」
「え? あらやだ、間違っちゃった。あ、申し送れました、私涼蘭(すずらん)と申します」
 なんだか大根の代わりに蕪を買ったのと似たような調子で言うと少女――鈴蘭は頭を下げた。トイレのドアを閉じると、唖然としている草間の前に歩み出て説明を始める。
「えっと、最近寝ちゃったらそのまま寝室が夢の世界に入れ替わっちゃう事件が起きてると思うんですけど、その件でよろしいでしょうか?」
「夢……そうか、そういう事なのか。確かにここはその件で調査をしている。君は何を依頼しに来たんだ?」
「その原因なんですけどね、夢の扉が壊れちゃってるんです。勢い余ったのか他の夢の扉まで開けっ放しになっちゃったりしてるんですよねぇ」
「……夢の扉?」
「ええ。壊されちゃってるのは志垣光子(しがき・みつこ)さんの扉なんですけど、よっぽど怖かったみたいで夢の中で閉じこもって閉まってて、封印みたいなっちゃってるんですよねー」
 涼蘭の話をまとめるとこうなる。
 志垣は繭玉のようなものの中心で眠っており、それを囲むように樹が生い茂りそれが扉を壊している。樹の周囲にはそれを守るかのように悪魔みたいな化物がいる事。
 とりあえず志垣本人を起こせばそれらは消え、余波で溢れ出た夢の世界も消えて夢の世界に踏み込んだ人間も帰ってこれるそうだ。
「つまり志垣光子の夢を何とかすれば良い訳だな? 住所とか教えてもらえるか?」
「え? 住所? あ、いらないです。……えっと、あ、これこれ」
 ポケットから取り出したのはピンク色の光を放つ小さな鍵。
「ドアに刺して開けて開けばOKです」
「……何処のドアに?」
「鍵穴のあるドアだったら何処でもいいですけど」
「開いたらどうなる?」
「入ったら夢の世界に入れます」
 自信たっぷりに言われて草間は黙り込んだ。この手の事件に巻き込まれた場合、常人はまともな説明を求めるよりただ納得した方がマシだ。理屈付けは専門家に任せればいい。怪奇探偵の異名を放り投げて考えると頷いた。
「確かに預かった。いつ返せばいい?」
「あ、大丈夫です。それ一度で消えちゃいますから。それじゃ、よろしくお願いしますね」
 深々と頭を下げると鈴蘭は立ち去った。やはりトイレの扉から。
 草間と零は申し合わせたようにトイレの前に立ち、そうっとドアを開いた。
「誰もいませんね」
「ああ、いないな。どうなってるんだ?」
 無人のトイレを眺めながら、草間は連絡をどこからしようかと考えていた。


□お茶の間作戦会議
 草間興信所の応接間に――いや、応接間といえば一部屋あるような気がするので間違いだろう、正しくはパーティションで区切られた応接セットのある一角で――それぞれ好みの飲み物を手に五人が座っていた。
「しかし……悪魔ですか」
 困りましたねえと言いつつ緑茶を啜るのは冠城琉人(かぶらぎ・りゅうと)である。無骨なつくりの茶碗をしっかりと抱えている様が何やら手を温めているように見えなくもない。
「悪魔、いえ、夢魔かもしれませんね。あるいはトラウマなどの具現化が悪魔の形になったのかもしれません」
 白磁のティーカップの紅茶の香気を確かめながら答えたのは九尾桐伯(きゅうび・とうはく)だ、ブランデーを少し加えるとまた香りが良いが今は入れていない。
「しかし涼蘭……聞き覚えのある名前ね。あの子かしら? って、武彦さん志垣さんの住所聞いてないの?」
 少し眉を寄せたのはシュライン・エマ。手にしているマグカップに入っているのはコーヒーだ。ちなみに彼女の瞳と同じ色のマグカップは彼女専用の品である。
 同じく専用マグカップを持つ草間――ちなみにこちらはモスグリーン――は、困ったように眉を顰めた。
「当人その辺調べる事も思いついてなかったみたいだな。……しかし、お前、トイレのドアから出入りする女の子に知り合いがいるのか?」
「あのドア外に繋がってないじゃない。そーんな場所から出入りする辺りあの涼蘭ちゃんね、間違いなく。光子さんに関しての情報はない訳ネ。ンもう、妙な所でヌケてるなあ」
 牛乳を入れた紅茶をくるくるとティースプーンでかき混ぜながら朧月桜夜(おぼろつき・さくや)は首を傾げた。いずれにしても情報が少ないと言うのは痛い。
 情報の少なさにどう手を打とうか迷う面々と裏腹にテンションが高い者が一人。
「夢の中で悪人倒シて樵だナ☆ うシうシ、アタシも頑張るゾー!!」
 ぴょんぴょんと飛び上がっているのはミリア・S。なぜかその手には日本刀の模造刀が握られている。否、模造刀というよりは玩具の刀だ。何せプラスチック製なのだから。
「あんたねー、どうでも良いケド、本気で飲むの? ドコで買ってきたのよ、ソレ。威力なさそうよ」
 ミリアの座っていた場所に置いてあったココアを眺めて呆れたように朧月が言った。確かに電子生命体がココアを飲めるのかは謎だ。
「ヤる気があレバ何とかナル!」
 それはどちらの問いに関しての答えなのだろうか。気合たっぷりの声に穏やかに目を細めて冠城が頷く。
「まあ一面の真実ですね」
「むしろ今回の場合は正しいかもしれませんよ? 効くと思えば効くかもしれない。場所は夢、つまり精神世界ですから」
「精神世界でそして夢……か。ちょっと厄介よね。でも、夢の中だけに不条理でしょうけど、志垣さんだけの法則があるとは思うの。でも、それを経験で得るしかないってのは面倒よね」
 観察が必要ねと細い指先をおとがいに当ててエマが首を傾げる。朧月がティーカップのふちを撫でながら同意の頷きを返した。考え考え言葉を繋ぐ。
「でもその夢を壊すほど何かを怖がってるワケよね? 何を怖がってンのかな? それに夢が外にはみ出してるって事は外世界の理屈も通りそうよネ」
 この場合の外の世界は現実世界の意味になるのか、それとも他の夢の世界になるのかは謎になる。が、確かに問題が志垣の夢だけではないのも事実だ。夢の世界を寝室に作り出しているのは一人ではないのだから。少し考え込んだ面々を余所にはみ出してると言う言葉に別の反応を返した者がいた。
「寝てる時にはみ出すのはお行儀が悪いノダ! 桜夜もヨく布団からはみ出して、パパに注意さレテるもンな!」
「ちょっ!? それは今関係ないじゃないの!」
「きっと桜夜の夢もお行儀悪いノダ!」
「なんでそうなンのよ!」
「寝てる時にお行儀悪いカら! パパ蹴らレタって昨日言っテた!」
「煩い煩い! ばらしてンじゃないわよ、ンなコト!」
 半眼のミリア、頬を染める桜夜。やれやれと視線を交わす九尾とエマ。そして何故か楽しそうに笑う冠城。
「仲が良い程喧嘩するって言いますからねぇ、うんうん、元気があってよろしい」
「……年寄り臭くないか?」
「まあ元気な事に間違いはないわね」
「仲もなんだかんだ言って良さそうですし」
 草間の言葉に冠城とほぼ同意の頷きを返すエマと九尾。そして少女達の喧嘩を余所に和やかに打ち合わせが始まったのだった。


□いざ行かん
 工具箱を覗き込んでエマはため息をついた。
「流石にまさかりや斧はないわよねえ」
 ちなみにそんな事を言う彼女が手に持っているのは糸のこぎりである。普通ののこぎりもあったのだがこれは冠城の手に渡っていた。
「……そんなもん、この事務所のどこで使うんだ?」
「そうよねえ、やっぱり」
 ならのこぎりは使うのか等といてみたい気がすると手にしたそれを持って冠城は思った。
「まあ実際に取り除かなければならなくなったら、燃やしてしまいましょう。延焼しない程度に」
 穏やかな笑顔で言う九尾の言葉に朧月が頷く。
「まあ、それが光子さんの心から出たものかにもよると思うケドね。でも悪魔が守ってるってンならねェ」
「ま、ドッチにしテモ行ってミレば判るノダ! いざ行かン、夢の国ー! お姫サマ助けてハッピーエンドだぁ!」
 ぴょこんと跳ねるミリア。ちなみにそれぞれ伐採用に手にしているのは独鈷と模造刀、どちらもあまり役に立ちそうにない。どちらかと言えば本来の使用法からは大きくかけ離れていると言える。
「確かに行って見ない事には判りませんね。草間さん、問題の鍵は」
 九尾が差し出した掌にああと答えて草間がピンク色の光る鍵を手渡した。九尾が眉を寄せる。
「アンティークなデザインの鍵ですね。どこのドアに合わせたものやら……」
「あんまり難しく考えない方が良いと思うわ、鍵穴に差し込めば良いんじゃないかしら」
 軽く肩を竦めたエマにそういうものですかとやや不審げに九尾が応じる。そして渡された鍵を見て不審そうにしたのは冠城も同様だ。
「草間さんは行かれないのですか?」
「ああ。俺まで出て行ったら事情を知っている人間がいなくなるしな。皆に任せてここで待っているさ」
「まっかせて、ふふ、夢の国のお姫様はしっかり目覚めさせてくるから安心して!」
 草間の言葉に綺麗なウィンクを返す朧月。そしてミリアは絶好調に刀を振り上げた。
「ミリオ王子がオ目覚めノキスをシテ起こすノダ! 待ってロお姫サまー!」
「あははは、成程。確かにおとぎの国のお姫様を起こすのは王子様と相場が決まっていますね。では行きましょうか、皆さん」
 冠城の言葉に待ったの手を上げたのは朧月だ。エマが不審そうに友人を見た。
「何か思いついたの?」
「ン。気休め程度だケド、護法かけとこうと思って。皆の分も、ネ。あ、冠城サンは神父サマだっけ……」
 神を信じる身に陰陽の術は失礼だろうかと黙った少女に神父は笑って答えた。
「ありがとうございます。お願いしてもよろしいですか?」
 頷いて朧月は目を閉じる。人差し指と中指を立てて複雑な文様を描きあげ、そしてにっこりと笑う。九尾がその手には少し不似合いな色の鍵を示して、それから鍵付きのドアを示した。
「さて、どんな世界に出る事になるのか……行ってみますか」
 鍵を差し込むとそこから光が漏れ辺りを淡く染める。そして音もなくドアが開いた。眼前に広がるのは荒れ果てた大地。僅かながら九尾が息を飲んだ。
 互いに頷きあいドアの向こうへと足を踏み出す一同。最後尾につけていたエマは入る直前そっと背後に視線を泳がせた。
 見つめる草間の口が動く。気を付けてなと一言だけ。僅かに心配そうな色を浮かべた探偵に笑って頷き、エマは扉の奥へと足を踏み入れた。


□夢の国を支配するもの
 暗雲が空を覆っていた。足元の大地は枯れ果て、僅かな草が地面に張り付くように根を張っていた。ごつごつと剥き出しの岩肌が所々に露出している。
 そして、天高く聳え立つ大きな大木。それは雲を割り遠い何処かへと続いていた。大木の根元には黒い何かが蠢く。そしてその木が守るように或いは封じ込めるように白い輝きを覆い隠していた。僅かに漏れるあの白いものがおそらくは涼蘭の言う繭なのだろう。
「何というか……悪夢ね。繭の中の志垣さんがこれを見てるなら弱っているかもしれないわ。繭の輝きが今にも消えそうだし」
 エマが唇を噛んだ。九尾が頷きそして眉を潜める。
「ええ。この荒れた大地はあの大木にエネルギーを吸い取られていると言う事なのでしょうか?」
「判りません。ただこの夢の中に長い事閉じ込められている事はきっと耐え難い事でしょうね。志垣さんもつらい事でしょう」
 冠城が十字をきる。瞑目して聖句を唱える。神の助力を希うように。
「元はドンナ世界だったンだロ? ホラ、これトか、青ッポイちいちゃいオ花ナノに枯れチャッテるよ」
 座り込んで枯れた花を示したミリアは元のままの方が絶対綺麗だったのにと思う。ふと隣の足がイライラとリズムを刻んでいる事に気が付いて不思議そうに隣の朧月を見上げた。
「この力の流れ……、九尾さんの言う通りね。大地から力を吸い上げてそのまま上に流れて行ってる。どこに続いてるのかまではわかンないケド、ね。少なくともあの木は害にしかなってない」
 厳しい表情のまま見上げる少女の言葉にエマは蒼い瞳を険しくした。
「それって、このままだとここの力が全部吸い取られちゃうって事になるわよね。……現実の志垣さんが危険じゃないのかしら。第一夢の中に閉じ篭りなら栄養補給もしていないだろうし。まずいわね」
 それも二重の意味で。体力が先か精神力が先か、どちらにせよ、志垣自身が持たなくなる可能性もある。エマの言葉に九尾は腕を組んだ。
「確かに危険ですね。体力は勿論ですが、この場の――夢の力が精神力と一緒ならばそれが外に持ち出されているとなれば危険です。流れ出ていく一方なのだから。そしてその力がどこに行っているかも問題ではですね。涼蘭という方はあの木が夢の扉を壊していると言っていたと草間さんが言っていた筈ですが、もしや」
「夢の外へ彼女の精神力を運び出している、或いは木を成長させているとなれば、もしやその勢いで他の夢の扉とやらを壊したとかそういう事かもしれませんね」
 夢の大地に埋まり外へと続く木を眺めて冠城は言葉を続ける。だからこそ夢から醒めればこの木が消え全てが解決するのではないかと。ミリアがふと思いついたように立ち上がって四人を見回した。
「ソォすると、あノ木も悪魔も外かラ来タコトにならナイか? だっテ、閉じ篭っテルのに外ヘ運んデも意味ガなイし、自分が死んジャう程ガンバるなら閉じ篭ってモ仕方ナい」
 成程。それも一理ある。拒絶するなら閉じ篭るだけでいいし、自分を殺してまで夢の外に力を注ぐ意味も判らない。エマがそうなるとと言葉を繋げる。
「木も悪魔も排除しちゃった方がいいし排除しても差し障りがなさそうね」
「万が一彼女から出たものだとしても、彼女を殺してしまうようなら遠慮はいらないでしょうね」
「よぉっシ、さっくりヤるゾー!」
 九尾の言葉に何故か楽しげにミリアがガッツポーズを作る。冠城がしかし、と考え深げに異論を唱えた。
「そうなると一刻も早く繭の中の彼女を助けてあげないと……彼女が目覚めれば解決ですよね? その方が余計な争いもなくてすみませんか?」
「外に向かう事が目的なら起きられると困るンだし、繭に近付くと攻撃されないかな?」
「そうね、確かに。なら、陽動組と志垣さんを起こす組に分かれた方が良くないかしら?」
 エマの言葉に全員が同意し、作戦が練られた。


■お騒がせと雷と炎
「ヤイヤイヤイっ! 光子姫に対スル悪行三昧、こぉーのミリオ王子が黙っちゃア置かナイぜっ!!」
 右の掌を前に突き出し、だんっと利き足を前に出しての口上に九尾が極素直な感想を口にする。
「それは時代劇か歌舞伎ではないでしょうか? まあ、でも、黙っておかないのは私も同じですね」
 ふっと口元に笑みを浮かべると九尾は手の内に忍ばせた鋼糸を放った。大きく弧を描き、それは周りを取り囲むもの達を一気に切り裂いた。
 耳障りな悲鳴が辺りにこだまする。幾体かはそのまま黒い霧と成り果てた。仲間の死に怒り覚えたのか勢いに任せて突進してくる悪魔の一体に向かってミリアが駆け出した。
「ムムっ、ヤルな! ミリオも負けナイゾ!」
 模造刀を振りかぶって悪魔に近付くミリアに九尾は一瞬慌てたが心配は要らなかった。
「いっくゾー! ビリビリアターック!」
 まっすぐと刀を突き出しながら叫んだ。ミリアの体から光がほとばしり、悪魔の一体を焼いた。ミリアがその身に蓄えた電力を電撃へと変換したのだ――しかし、模造刀はあまり関係がない。
「直接的な名前ですね。――遅いっ!」
 背後に忍び寄った悪魔を見もせずに九尾が糸を放つ。それは狙い違わず悪魔の目を貫いた。
 ミリアと九尾の攻撃した悪魔達がそれぞれに黒い霧と化す。
「マだ仮題ダ! カッコイイ名前を募集中ナのダ。生意気だゾっ、エイッ!」
 気合一閃――否一撃、そして消える悪魔を踏み台にして大きくミリアは飛び上がった。
「マトメて、オシオキと天誅ダっ! 電撃バりバリどっかーンっ!」
 雷撃があたり一面を焼き、悪魔を薙ぎ払う、降り立ったのはちょっと縮んだミリア。出てもいない額の汗を拭いわざとらしいため息。
「刀のザビにもナラナイなっ。オラオラ、どんどン、カカってコーいっ」
 くどいようだが刀は使っていない。が、それはミリアには関係がない様だった。王子様は実に絶好調だ。
 その様子に小さく笑うと九尾は走った。大木に向かって駆け寄る彼に悪魔達が群がる。
「命が惜しくないならおいでなさい!」
 両手から放たれた糸はしかし鋼のそれではなかった。悪魔に到達すると同時に九尾の手から炎が現れた。それは糸を辿り炎の舌を悪魔に到達させる。
「これで5つ! ほらどうしたんですか? 急がないと大木に到達してしまいますよ?」
 揶揄する声に答えるように悪魔達が群がる。九尾はそれが十分な距離に近付くのを待って糸を放つ。鋼のそれが回りの悪魔達を残らず切り裂いた。
 陽動としては彼らは十分以上の成果を上げているだろう。しかし、もう一つ。
 九尾の手から可燃性の糸が繰り出された。枝の一つに巻きつき、そして火を灯す。青年はミリアに目を向けると声をかける。なんだか彼女は先程よりも更に縮んだように見えなくもない。
「無理はしないで下さいね。私達の役目は」
「ワカってル! 安心無敵ダ!」
 微妙に間違っているような正しいような答えが返ってきた。


□夢醒める時
 悪魔達が薙ぎ払われ、大木が炎に巻かれる、そして大木の中程にある繭が強い光を発した。
 その時暗雲より一筋の光が漏れる。それはたちまちの内に帯となりそして地面を照らした。緑が甦り、大木は崩れ行く。
 そして全てが光に染まった。
 ――ありがとう……、もう、怖くない
 少女の声が囁く。
 そして辺りが白く染まった。
 しゃんっ
 どこかで鈴の音が鳴り響く。遠くて近い場所で。
 そして扉が現れた、彼らの目の前に。
 その横には一人の少女の姿がある。エマと朧月の見知った彼女の名を涼蘭という。
「お世話になりました」
 涼蘭が扉を開くとそこは見知った場所だった。草間が目を丸くしてこちらを見ている。
「あ、これはお礼です。いつなりと必要な時には呼んで下さい。一度だけ私に開けるドアを開けますから」
 にっこりと笑顔を浮かべて鈴を差し出す。受け取ってそして扉をくぐる。
 そこはいつも通りの草間興信所だった。
「おかえり。成功したのか?」
「たっダイまー! 面白かっタゾ、お姫サま助ケたしナ!」
「勿論! ばっちり成功よ! ちょっと、ミリア無茶してんじゃない!」
 満面の笑顔のミリアは何故か身長が1メートルくらいにまで縮んでいた。そのミリアのおでこをぺしんと叩きながら朧月がVサインをみせる。
「これで他の皆さんも目覚めるでしょうね、よかった」
「ええ、これもまた神の御心でしょう」
 頷きあう九尾と冠城。そしてエマは草間の分の鈴を手渡しながら笑みを浮かべた。
「ただいま、武彦さん」


□エピローグ〜次なる扉へ
 かくして巷を騒がせた事件は解決の道を辿った。しかし問題も新たな不思議も減ってはいなかった。いや、むしろここから増加し始めていたと後に振り返って思う事になるかもしれない。
 何かが始まり始めているその胎動を感じるものはいない。今は、まだ――。
 新たな扉が開かれる事も、それが新たな発端となる事も知る者はただ一人しかいない。
 今は、まだ――。

fin.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0332/九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)/男性/27/バーテンダー
 0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0444/朧月・桜夜(おぼろつき・さくや)/女性/16/陰陽師
 1177/ミリア・S(みりあ・えす)/女性/1/電子生命体
 2209/冠城・琉人(かぶらぎ・りゅうと)/男性/84/神父(悪魔狩り)

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■         ライター通信          ■
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 依頼に応えていただいて、ありがとうございました。
 小夜曲と申します。
 今回のお話はいかがでしたでしょうか?
 もしご不満な点などございましたら、どんどんご指導くださいませ。

 夢の扉は、いかがでしたでしょうか?
 この話は小夜曲の異界シリーズ第1話となります。以後Gateの後に連番という形で様々な扉が開いていき事件が起こる事になります。
 夢というのは寝てみるものですが、起きている間の出来事を思い出に変えていくものだとも言われています。
 そして未来を示すものであったり、失われた何かを示すものでもある。
 そんな夢の扉が開かれた異界〜Gateはどうなっていくのでしょうか?
 お楽しみいただけましたら、幸いでございます。

 九尾さま、十四度目のご参加ありがとうございます。
 防衛本能と精神力勝ち、まさにその通りでございます。夢の世界なので出来ると思った者勝ちな側面がございました。
 そして今回はちょっと肉体労働をしていただきましたが、どうだったでしょうか……ちょっと悪乗りしすぎたかも(汗笑)
 今回のお話では各キャラで個別のパートもございます(■が個別パートです)。
 興味がございましたら目を通していただけると光栄です。
 では、今後の九尾さまの活躍を期待しております。
 いずれまたどこかの依頼で再会できると幸いでございます。