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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


究極のエビフライ!

●心残りの理由

 草間武彦の目の前で、一人の男がさめざめと泣いていた。
 目の覚めるような真っ白い服と帽子――コックの制服だ――を着た男は、勧められるままに座ったソファーの上で、涙を流す。
「それで・・・どういったご用件なんでしょうか?」
 一応、相手は客だ。
 自分に言い聞かせつつ、武彦は引きつるこめかみを抑えて営業スマイルを見せた。
 実はスマイルには失敗していて、かなり恐い笑顔になっているが、俯いている男はそんな武彦の表情には気付かなかったらしい。
「私には、心残りがあるんです」
「心残り?」
「はい。私は生前、コックをやってまして――」
 ・・・・・・・生前?
 武彦は、思わず硬直した。ああ、またもや怪奇系の依頼かと肩を落としつつも、一応最後まで話は聞く。
 ここ最近は、武彦も少しは丸くなったのだ。
「ずっと、究極のエビフライを研究していたんです。ですが結局それを完成させる前に死んでしまって・・・」
 そこで男はぐっと立ち上がり熱く語った。
「何度やってみてもこれというのができなくて。でも今の私では材料を探しに行くこともできず・・・」
 ほとんどの人間は幽霊である彼の姿が見えず、買出しも満足にできないのだと。彼は、流れる涙を拭う事もせずに声を詰まらせた。
「・・・つまり、その究極のエビフライを作るための材料を手に入れて欲しいということですか」
「ええ、その通りです。どうか・・・どうか、よろしくお願いします」
 男は、深々と頭を下げた。


●それゆけ材料探索隊

 その時興信所に居合せたのは六人。普段の興信所の惨状を考えれば標準か、むしろ少ない方かもしれない。
 幽霊コックが消えた後で、武彦は溜息をつきつつも六人の調査員に振り返った。
「というわけだ。よろしく頼む」
「はい、もちろんです」
 もともとバイトを探しに来ていた海原みなもはにっこりと微笑んだ。
 同じく仕事を探しに来ていた真名神慶悟も二つ返事で頷く。
「私も究極のエビフライには少し興味がありますから、協力しますよ」
「エビフライが原因で楽になれないっていうのもちょっと可哀相だし、私も手伝います」
「どんなのができるんだろう。楽しみだな〜」
 ちょうど遊びに来ていたシェラン・ギリアム、常・雲雁、蒼月支倉もまた興味を惹かれて協力の異を示した。
 ただ一人返事がないレベル・ゴルデルゼはと言えば、ただいま主と連絡真っ最中。何時のまにやらちゃっかり興信所の電話を使っている。
「私も、ご一緒させてください」
 きっちり主の許可を取って、レベルは小さく微笑んだ。
「・・・で。まず絶対に必要なのは海老だ。あとは卵、パン粉、小麦粉、揚げ油・・・ということらしい」
「そうですねえ・・・海老はなんでもいいんでしょうか」
「一言に海老と言ってもたくさんありますものね」
 雲雁の疑問に、みなもがぽんっと手を打った。
「まあ、アテがある人間でそれぞれ揃えておく、でいいんじゃないか?」
「研究には試行錯誤がつきものです。念の為に多めに購入しておくほうが良いと思います」
 慶悟の提案をうけてレベルが静かに告げた。
「それじゃ、僕は新鮮卵を手に入れに行こう」
 支倉が元気に宣言した。
「あたしは調理場の確保に行こうと思います。一般家庭の台所より、ちゃんとした調理場のほうがやりやすいと
思うんです」
「そうですね、では私も一緒に行きましょう。少し気になることがあるんです」
 みなもが穏やかに告げ、シェランがそれに同意した。続いてレベルが口を開く。
「とりあえず他の材料も含めて、ひとそろえ買ってきますね」
「いや、せっかくだ。海老は新鮮なのを手に入れに行こう」
 魚河岸に顧客のいる慶悟が言うと、雲雁も横で軽く頷いた。
「どうせなら、産地直送というのはどうですか? 地元市場まで行って入手してきますよ」
 至極真面目な口調で伊勢海老、車海老の両方の産地まで行くと言う雲雁に思わず目を見張った者もいたが、できないことは言わないだろうと誰も反対はしなかった。
 こうして、
 卵の入手を支倉、調理場の確保をみなもとシェラン、海老の確保を慶悟と雲雁、その他の品々はレベルがひとそろえ買ってくるということになった。


●大事な貴方に

 自分の言いたいことだけ言ってさっさと消えてしまった幽霊コック。
 調理場を確保しに行くと決めた二人は、少しばかり悩んでいた。
「コックさんが所属していた調理場をお借りできれば一番なんですけど・・・」
「そうですねえ、私とてしても彼に聞きたいことがあったんですが・・・」
 シェランの言葉に、みなもがふと視線を上げた。
「そういえば・・・気になることがあるって言ってましたよね?」
「ええ」
 じっとまっすぐに見つめるみなもの視線を受けとめて、シェランは考えこむような仕草を見せた。
「何故彼が究極のエビフライにこだわるのか・・・・」
「言われてみると少し気になりますね」
 つられるように、みなもも考えこんだ。
 そんなみなもの様子を見て、シェランが小さく苦笑を浮かべる。
「でも今わかることではありませんからね。どちらにしろ彼とはまたあとで会えますし」
「・・・そうですね。そうなるとやっぱり今一番の問題はコックさんの仕事場がどこにあるか、でしょうか」
 こればっかりはあとで聞くというわけにはいかない。材料が揃った時にはもう準備が出来てるくらいでないと。
「それなら私に考えがあります」
 シェランは、にこやかな笑みを浮かべた。

 さて、シェランの魔術を駆使し、二人がやってきたのは都内にある小さな定食屋さんだった。シャッターが閉まっていて、どうやら閉店中らしい。
「ここ・・・ですか?」
 立派なコックの服を着ていたから、てっきり大きなお店のコックさんかと思いこんでいたみなもだが、この店構えを見る限り予想は大外れだったようだ。
「間違いありません」
 シェランは自信たっぷりに告げ、ぐるりと裏にまわる。
 表が閉まっている以上、裏から行くのが妥当だろう。もちろん、本当に無人だったら不法侵入という手段を取ることになるかもしれないが、だが二人はそうはならないこともわかっていた。
 二階から人の気配がしていたのだ。おそらく一階が店舗、二階が住居になっているのだろう。
 チャイムを鳴らしてしばらく待てば、酷く疲れた様子の女性が扉を開けた。
「突然にすみません」
「・・・・・何かご用ですか?」
 ボソボソと話す女性に、シェランが人当たりの良い笑みを浮かべる。
「貴女に頼みがあるのです」
 変に誤魔化しても余計に怪しまれるだけだろうと判断した二人は、あえて包み隠さず全てを話した。
 ・・・・・・聞き終わった途端、女性の瞳から大粒の涙が零れる。
「本当に、そんなことが・・・?」
 信じられないと言いながらも女性には心当たりがあるようで――信じたいと願い、だがやはり突拍子もない出来事を信じきれないでいる様子だった。
 こくりと頷いて、二人は静かに女性の答えを待った。
 女性は、クスリと小さく笑って、
「あの人・・・主人の一番得意な料理はエビフライなんです。でも、私、実は海老が苦手で・・・・。そうしたら彼、世界一美味しいエビフライを作って、私に美味しいと言わせてみせるって・・・。それなのに・・・」
 夢半ばにして命を失った彼を想って、女性は肩を震わせ涙を流す。
 みなももシェランも、ただじっと待っていた。
 ふいに・・・女性が、笑顔を浮かべる。
「ええ、もちろんです。どうぞ使ってくださいな。私も、彼の料理が食べたいわ」
 頬は涙で濡れていたが、明るい、綺麗な笑顔だった。


●材料集合!

 さて、それぞれが材料集めに散ってから約四時間後。出掛けていた全員が草間興信所に戻ってきていた。
 それぞれの分担のものはもちろん、エビフライをより美味しく頂くための素材も欠かさない。
「衣にナッツ類を使うと香ばしい感じで美味しいと思うんだ」
 支倉が、卵と一緒にウキウキと楽しげに出したのはナッツが入った袋だ。
「赤いものを添えると食欲が湧くらしい。俺はエビフライだけでも充分食欲が湧くが・・・一応な」
 そう言って慶悟が取り出したのは美味しそうなトマト。それから、サニーレタス、キャベツ、レモンと野菜のオンパレードである。
「調味料も美味しいのがあるならその方が良いかと思って・・・。あと、少ないよりは多いほうが良いですよね?」
 みなもは姉から貰った深海の塩が入った瓶をそっとテーブルの上に乗せた。そして同じく姉から貰った数々の海老。みなも本人にもその種類はよくわかっていないが、味についてはお墨付きのものばかりだ。
「皆さん、準備が良いのですね」
 感心したふうな声を漏らしたレベルも、実は買い物の時にしっかりプラスアルファでウスターソースとタルタルソースを入手している。
「私はこれを・・・」
 シェランが取り出したのはアールグレイの茶葉が入った小瓶。ラベルを見るに本場イギリス産のものらしい。
「それはそうと、当のコックさんは?」
 雲雁が呟いた途端、
 何もない場所からすぅっとあの幽霊コックが現われた。
「・・・・・もしかして準備ができるのをずっとここで待ってたのか?」
 武彦が呆れ顔をしたが、幽霊コックは苦笑して首を横に振った。
「ただ待ってたわけじゃありません。ずっとレシピを考えていたんです」
 テーブルの上に並べられた材料をジッと見つめて、うるうると瞳を潤ませる。
「ああ、これで究極のエビフライが作れる・・・本当に、ありがとうございます!!」
 深々と頭を下げた幽霊コックは材料を手に取ろうとして――・・・・・・すかっ。
 通りぬけた。
「ああああああ・・・・これでは料理ができないぃぃぃぃっ」
 男泣き――と呼んでも良いものか。どちらかと言えば情けないふうで、幽霊コックは号泣した。
「あ、あの・・・落ちついてください」
「方法はきっとありますから」
 女性陣の宥めの声などまったく聞こえていない幽霊コックはなおも号泣し続けている。
「・・・わかりました。料理をする間、私の体を使ってください」
 見かねた雲雁の言葉を聞いた幽霊コックは泣いたカラスがなんとやらの勢いでぱあっと表情を明るくした。
「ああ、何から何まですみません。ありがとうございますぅ〜〜」
 表情は明るいが、嬉し涙なのだろうか・・・・やっぱり泣いている。
「では問題が解決したところで・・・調理場に行きましょうか」
 さすがに調理場まで用意してもらえると思っていなかったのか――だとすればどこで料理するつもりだったんだか――幽霊コックがきょとんと目を丸くした。
「ちゃんとした調理場を貸していただける場所を探してあるんです」
 シェランとみなもの言葉に幽霊コックはぺこぺこと、何度も何度も頭を下げたのだった。


●究極のエビフライ!

「ここは・・・・・・」
 案内された定食屋で、幽霊コック――ちなみに現在の見た目は雲雁だが――は茫然と呟きを漏らした。
 みなもとシェランが見つけてきたこの定食屋はコックの生前の仕事場なのだ。
「どんな料理ができるのか、楽しみにしているぞ」
「ええ、ええ。もちろんです!」
 応援の意がこもった軽い言葉に、幽霊コックはこくこくと勢いよく何度も頷いた。
「あたしはちょっと二階の方に行って来ますね」
 この定食屋、現在はコックの生前の奥さんが住んでいる。みなもとシェランは奥さんに事情を話してここを貸してもらったのだ。
 シェランもみなもとともに二階に上がり、調理場に残ったのは雲雁の体を借りた幽霊コックとレベルと慶悟、支倉の四人。
「なにか手伝えることがあったら遠慮なく言ってください」
 普段から家事に慣れているレベルが告げ、慶悟と支倉もその横で同意の意を示して頷いた。
 幽霊コックは、大袈裟に頷いて答え、早速エビフライの調理にかかった。

 さてそれから数十分後。
 シャッターの閉まった定食屋の店内には今回の依頼を受けた六人と幽霊コックの他に、もう一人――幽霊コックの生前の奥さんでありこの店の現在の主である女性がいた。
 残念ながら幽霊コックの姿は奥さんには見えていないが、幽霊コックは緊張の面持ちでテーブルに並べたエビフライと奥さんの顔を交互に見つめた。
 幽霊コックの求める『究極のエビフライ』とは――海老嫌いな奥さんに美味しい海老を食べてもらうこと、だったのだ。
 美味しい紅茶と、添え物の野菜と、ソース類と。海老を美味しく味わう準備も万端に、一行は静かにエビフライの成否を見守る。
 そっとエビフライを口に運んだ奥さんは、一口二口、ゆっくりと味わうようにして――
「すごく、美味しいわ・・・。嫌いな物のはずなのにね」
 涙声で告げた。
「やりましたね、コックさんっ」
 愛の奇跡(?)に弾んだ声をあげたのはみなもだ。

 ・・・・・・光が。

 薄暗い夕刻には不似合いな光が、店内に広がったような気がした。

 そして。

 女性が、目を丸くした。
 目の前に現われた人物――嬉しそうに、穏やかに笑う幽霊コックが。
 静かに・・・・・・天(そら)へと消えていった。

 降りる、沈黙。
 ふいに・・・唐突に。女性がくるりと一行に振り返った。
「私一人じゃとても食べきれませんから。皆で食べませんか?」
 哀しみはあっても陰りはない、その笑顔。
「では遠慮なく」
 幽霊コックの手伝いの傍らでちゃっかり白飯を炊いていた慶悟がまず手を出した。
「究極のエビフライの味には興味があったんです」
「ほんと、どんなのができるのかすごく楽しみにしてたんだ♪」
「すごく美味しそうだよね」
 シェラン、支倉、雲雁も楽しげに告げて箸に手を伸ばす。
「家の人にも持って帰ってあげたいんだけど、良いでしょうか?」
「あたしも・・・お姉様や妹にお土産にしたいです」
 レベルとみなもに女性は嬉しそうに頷いた。

 俄かに賑やかに、パーティの様相を見せはじめた店内は、明るい笑顔に満たされていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

1823|レベル・ゴルデルゼ|女| 5|家事手伝いだったり錬金術師の助手だったり
1252|海原みなも    |女|13|中学生
1653|蒼月支倉     |男|15|高校生兼プロバスケットボール選手
1917|常雲雁      |男|27|茶館(中国風喫茶店=チャイナカフェ)で働く従業員
0389|真名神慶悟    |男|20|陰陽師  
1366|シェラン・ギリアム|男|25|流浪の魔術師

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■         ライター通信          ■
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こんにちわ、日向 葵です。
依頼参加、ありがとうございました。
究極のエビフライといっても、人それぞれ好みは違うわけですし・・・というわけで、『究極』の正体はこんなカタチになりました。

>レベルさん
 主の入れ知恵とはいえ、損はしないようしっかり領収証まで貰うその姿勢が素敵でした(笑)
 文中には出せませんでしたが、夢を描くということ、それに関する言葉は私自身にもちょっと勉強になりました。

>みなもさん
 海老回収を中心にするか、調理場確保を中心にするか悩んだのですが・・・。
 調理場確保をしようとしたのがみなもさんだけだったので、調理場確保にまわっていただきました。
 おかげでハッピーエンドです、ありがとうございます♪

>支倉さん
 はじめまして、今回はご参加ありがとうございました。
 海老を中心にプレイングかけてくる方が多いだろうなあと思っていたのですが・・・卵の探索はとても楽しかったです(笑)

>雲雁さん
 はじめまして、今回はご参加ありがとうございました。
 せっかくご友人と一緒に来てくださったのに、あまり絡めなくてすみません(--;
 
>慶悟さん
 今回は式神こそ出せませんでしたが、陰陽師っぽい仕事の片鱗(?)を多少なりと書けたのは楽しかったです♪

>シェランさん
 はじめまして、今回はご参加ありがとうございました。
 美味しい紅茶をありがとうございます♪
 魔術の描写がかけなくて少し残念でしたが、シェランさんのプレイングはいろいろと楽しかったです(笑)

それでは、みなさまお疲れ様でした。
またお会いする機会がありましたら、よろしくお願いいたします。