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真実の鏡
●無責任な忘れ物
草間興信所のデスクの上に、一つの桐彫刻が置かれている。
鳳凰の姿をかたどったそれは、実はただの彫刻ではない。とある神社の御神体であった彫刻であり、その彫刻には神様が宿っている。
その名も桐鳳。
何時の間にやら草間興信所に居候している桐鳳は、かつて自分の神社に納められていた品の回収をしている。
時に興信所の調査員に協力を願い、時に自分一人で行動して。
かつて桐鳳が御神体として納められていた神社は、曰く付きの品の供養・封印を行うことを主な仕事としていた。
ゆえに。
盗難に遭い散逸してしまった神社の品々はすべて、あまり一般に放置しておけないような品ばかりなのだ。
その日、桐鳳が持ちこんできたのは一つの手鏡だった。
「んー。今回は楽勝だったなあ♪」
機嫌良く言う桐鳳を、草間武彦は渋い表情で見つめた。
桐鳳が回収した品は興信所の一角を占領し、ただでさえ少ない部屋数なのに、現在は一つの部屋がまるまる桐鳳が回収してきた品の置き場所となっているのだ。
「で、今回はなにを拾ってきたんだ」
「ああ、これ？」
桐鳳は無造作に鏡をテーブルに置くと、ひょいとデスクを挟んだ武彦の正面で頬杖をついた。
と、その時。
桐鳳が、デスクの上に置かれている書類の一つに目をとめた。
「どうした？」
「これ･･･それっぽいなあ」
そこには、先日調査を依頼されたばかりの書類が置かれていた。
「僕、ちょっとこれ見に行ってくるよ。あ、その鏡。危ないから触らないでね」
「は？」
止める間もなく。
桐鳳はまた出かけて行ってしまった。
「触るなっていうなら片付けてから出かけろっ！」
言うだけ言って、だがどうせ戻ってこないのもわかっていた。
溜息をついた武彦は、ハッと時計に目をやった。今日は出かける用事があるのだ。
いつのまにか過ぎていた時間に、武彦は慌てて興信所を飛び出して行く。
そして･･････誰もいなくなった興信所に、鏡だけが残された。
●相澤蓮の場合
「おぉい、草間さーん！ 見ろよ、久々にパチンコで勝っちゃってよぉ！ 食料わけてやるぜ〜！」
両手に大きな紙袋を抱えた男は、バタンっと賑やかに足で扉を蹴り開けた。
「･･･って、誰もいねぇ？ しゃぁねぇ、待たせてもらうか」
ドンッと紙袋をテーブルの上に置いた時、カタンと鳴った音に目をやると、そこには見慣れない手鏡があった。
古めかしいデザインの手鏡だ。
「ん？ なんだ、この手鏡」
一体誰の忘れ物だろう？
とりあえず、覗きこむ。ついでに凛とした表情を作り、
「ふふ、今日も俺、絶好調に美形だな☆」
ニヤリと笑った。
「誰が絶好調で美形なんだ？」
肩を震わせて楽しそうに笑う声。その、聞き覚えのある声に、蓮はバッと後ろを振り返った。
「え、あれ？ 先輩？」
何時の間に･･･？
いや、そもそも何故ここに先輩が？
だって先輩は･･････だが思考は途中で切れる。
その答えが出る前に、先輩がもうお腹を抱えそうな勢いで――でもあまりにもあからさまに笑うのは悪いと思っているのか――必死に笑いを堪えていた。
「まあったく、普通やらねぇぞ。ま、そういうところが楽しいんだけどな」
楽しそうな笑顔で言われて、さっきまでの思考はフッと霧散してしまった。
現在地は会社のお手洗いである。
さっきまでどこか別の場所にいたような気がするのだが････少なくとも、このビルではないどこか。だが蓮はすぐその考えを打ち消した。だって、今は仕事中。その最中にどこに行くというのだ。
「ああ、そうだ。今日仕事終わったあとって、暇か？」
「はいっ」
そうそう。
この先輩はいつもこうなのだ。
御飯を奢ってくれたり遊びに連れて行ってくれたり。
一人っ子である蓮は、兄弟――兄がいたらこんな感じなのかなあなどと思って･･････。いや、実の兄のようにと言っても過言ではないくらいに慕い、端から見ても相当に懐いていた。
先輩も先輩でそんな蓮をさらに可愛がってくれる。
二人は、そんな関係だった。
少なくとも蓮は、そう思っていたのだ。
･･････ある瞬間まで。
それは、ある日の会社の廊下で起こった。
その日蓮は風邪をひいており、最初は休む気だった。だが午後になってだいぶ体調も良くなって来たので、半日だけでもと思って出社してきたのだ。
先輩は、蓮が休みだと思って油断していたのだろう。
廊下の向こう――角を曲がった先から先輩と誰かの話し声が聞こえた。
「ったく、おまえも面倒見良いよなあ。ほとんど奢ってやってるんだろ？」
覚えのない声だった。まあ、会社内部の全ての人間を把握しているわけじゃないんだから、先輩が知っていて自分が知らない相手などいくらでもいるだろうけれど。
話の邪魔をしては悪いかと思い、だが挨拶くらいなら大丈夫だろうと思いなおし。
声をかけようと小走りに近づいていった時――その言葉が、先輩の口から紡ぎ出された。
「ああ、取引先に蓮のことを気に入ってる社長がいてさ」
「へ？」
思いも寄らぬ答えだったのだろう。相手が、ぽかんと間抜けな声を漏らした。
「だからさー。流石に普通に『あの社長のものになれ』とは言えないだろ」
「ああ、そういうことか」
相手も、納得したらしい。
「そういうこと。信頼稼ぎだよ」
罪悪感のカケラもない言葉に、蓮は動けなくなっていた。
心から信頼し、気を許していた相手。
その、先輩が。
ただ利用するためだけに、自分に構っていただなんて。
「そんなわけない･･･聞き違いだ、今のは。じゃなかったらただの冗談･･･」
きっと風邪のせいでボーっとしてるんだ。
自分にそう言い聞かせて。
蓮は、出社せずにそのまま家へと踵を返した。
それから数日後。
蓮は、先輩と、先輩の取引先の会社の社長と会食をすることになった。
ふいに、数日前耳にした先輩の言葉が頭を過ぎった。
･･･ぶんぶんと首を横に振って、思考を散らす。
「おい、大丈夫か？ もしかして風邪が治りきってないんじゃ･･･」
「大丈夫ですよ。ただ、ちょっと緊張しちゃって」
「そんなに固くなるなよ。取引やなんかの話をするのは俺なんだからさ」
「あ、はい」
そんな会話をしつつ、店の人に案内されて入ったのは一番奥の座敷の部屋だった。
先輩に続いて部屋に入り、お辞儀をするとすでに部屋の中にいた男――取引先の会社の社長が、ニンマリと笑った。
あまり良い印象を抱けない、どちらかと言えば苦手な笑みだったが、仕事だから逃げ出すわけにもいかない。
だが。
そんなふうに考えていられたのも最初のうちだけだった。
四角いテーブルの中で、蓮が社長の隣の席。先輩は社長の向かい側。
普通こういう時は、蓮も社長の向かい――先輩の隣になるものではないだろうか？
疑問に思ったのも束の間。
触れられた手に、ぞわりと鳥肌が立つ。
「あ、あの･･･？」
「うん、近くで見るとますます好みだ」
「は･･･？」
わけがわからないまま、だが社長はそんな蓮を無視して先輩の方へチラリと視線を向けた。先輩は軽く頷いて応える。
途端、社長の行動があからさまになった。
さっきとは比べ物にならない寒気が、蓮を襲う。
その意味に気付いて････蓮は、サッとその場に立ちあがった。追いかける間も、立ち上がる暇も与えずに蓮は駆け出す。
･････店の外でしばらく呼吸を整えて、ようやっと落ちついた頃。
扉の開く音がして、先輩が外に出てきた。
姿を見た瞬間、あの日の先輩の言葉が耳に甦る。
我知らず。蓮は、キッと先輩を睨みつけていた。
「先輩･･･」
「ああ、こんなところにいたのか。社長が待ってるぞ、早く戻らないと」
「････先輩、この前、俺が風邪で会社休んでた日･･･話してたことは、本当だったんですか？」
一瞬驚いたような顔をした先輩は、だが今更取り繕うこともないと考えたらしい。
「ああ」
なんでもないことのように、答える。
「･･････最初から？」
搾り出すような蓮の言葉とは対照的に、先輩の言葉は酷く軽かった。
ケラケラと笑いながら、きっぱりと言いきる。
「ああ。最初から、利用するつもりだった」
ドカッ！！！
怒りというのは、ある一点を通り越すと冷えるものらしい。
思わず殴りつけて･･････だが、何も感じなかった。
頭の中は真っ白で。ただただ怒りだけが、感情を支配する。
どうして怒っているのかとか、なにに怒っているのかとか･････。
そんな人間的な思考は、そこにはなかった。
ただ、怒り。
それだけ。
当たりどころが悪かったのだろうか。先輩は、たったの一撃でその場に蹲ってしまった。
だが意識を失うまではいっていない。
げほげほと咳き込む先輩の様子を眺めながら、蓮は自分でも驚くほどに冷静な表情を浮かべていた。
冷静――というよりは、麻痺してしまったのだ。
表情に感情が見えないから、端から見れば冷静に見えるだけで。
瞳だけに限定すれば、そこには赤く燃え立つような怒りの色で染め上げられている。
時間が。
止まっているかのようだった。
蓮は、動かない。
思考も感情も麻痺してしまっているから、動けない。
周囲の雑踏も耳に入らない――沈黙の中。
声が 聞こえた。
「あれ、えーと･･･知らない顔だなあ」
声変わり前の、高い少年の声。
途端、周囲の風景が変わった。
ビルの狭間の細い路地は、見慣れた草間興信所の室内に。
「え･･･？」
突然の変化に、蓮は思考がついていかずにぽかんと少年を見つめ返した。
少年はちょうど、蓮の視線の先にいたのだ。
「まあったく、危ないから触らないでねって注意したのに」
なんのことだろう･･･？
そう思って観察してみれば、少年の視線は手鏡に向けられていた。
少年が手にしているのは、さっき････そう。ほんの、ついさっき。いや、もう何日も前だったか･･･？ 草間興信所のテーブルの上に乗っていた手鏡。
古めかしいデザインの手鏡。たぶん誰かの忘れ物であろう、手鏡を持って、少年が呆れたような顔をしていた。
「武彦さんも、酷いなあ。せめてメモの一つくらい置いてってくれてもいいのに」
「･･･どうなってるんだ？」
まだ思考の切り換えが上手くいかない。さっきまでの怒りに引きずられて、思考が働かない。
働かない思考をなんとか動かして紡いだ言葉に、少年はなんでもないことのように答えた。
「ああ、昔うちの神社に納められてたんだ。夢魔が封印されてる鏡でさ、まあ、生気を奪うような力はもうないんだけど、悪夢を見せるんだよ」
「じゃあ、さっきまでのは･･････」
「そう。夢。あなたが何を見てたのかは知らないけどさ」
のんきに答えた少年は、手鏡を持ってちゃっちゃと草間興信所内にある一室へと入っていった。
一人残された蓮は、唐突に突きつけられた裏切りの思い出――忘れてしまいたいその記憶を無理やり頭の隅に追いやって。どっかと興信所のソファーに腰掛けた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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整理番号｜ＰＣ名｜性別｜年齢｜職業
2295｜相澤蓮｜男｜29｜サラリーマン
NPC|桐鳳｜両性｜??｜神様
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ、はじめまして。日向 葵と言います。
このたびはご参加ありがとうございました。
さて。今回のお話はいかがでしたでしょうか？
感情って、あんまり昂ぶるとそれ以外の思考が綺麗さっぱり真っ白になってしまう――私のそんな考え方から、このような描写をさせていただきました。
では、またお会いする機会がありましたら、どうぞよろしくお願いします。
少しでも楽しんでいただけることを祈りつつ････。
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