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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん

 その、声が。

 人を模した作り物の腕が軋みを上げ、五体に満ちた力が眠りに似た闇から、神鳥谷こう、という自我を引きずり出して眼を開いた瞬間から。

 声が、した。

 無機物で構成された躰の奥底、己という核から溢れるようでいて、自分という存在以外の全てから注ぎ込まむように。

 捜せと。

 こうはゆっくりと、両手を前に差し出す。
 彼がすっぽりと収まった長方形の空間、その前方に動きを妨げる木の感触…力を込めて押すが、まだ上手く扱えない躰の為かきしみさえしないそれに、意識、すらせずにこうは自らの力を望む。
 溢れ、注がれ、混沌と裡に混じり合い、焦燥めいた感情となってこうを支配する、命に従う為に。

 主を捜せと。

 金の瞳を一度の瞬く。
 瞬間、彼の行動を妨げる木箱はめらりと紙の如き紅蓮に燃え上がった。
 その炎はこうの身を微塵と傷つけはせず、ただ明るく白い肌を照り映えて僅かな朱を帯びさせ、銀の髪にチラと瞬きを映して光を宿らせる。
 だが、こうはそれに気を払った様子はなく、ただ声に耳を澄ます。

 主を捜し、それに従えと。

 炎が絡んで半ば炭となった木が崩れ、障害物を取り払ったこうはゆっくりと足を踏み出した。
 外は薄暗く、生き物の気配は何もない。
 ならば、捜すのはここではない…もっと、もっと沢山の人間が、居る場所へ行かなければ。
 こうは命じる声に駆られるまま、人の気配を求めて歩き出した。

 主に捜し、それに従い、そして……。


「そんで?」
半ば思いに沈んでとつとつと、問われるままごく短いそれまでを語っていたこうは、先を促す男の声に顔を上げた。
 黒く円いサングラス。
 目を覆う位置のそれに瞳は臨めず、それによって表情の半分を失ったも同然である筈が、彼の纏った楽しげな雰囲気は明らかだ。
 声に引かれるまま街を歩いていたこうは、ピュン・フーと名乗った黒衣の青年に些か強引に喫茶店に連れ込まれて今に至ってる。
 ピンクを基調にした店内には所々に星のオブジェが並ぶ中、黒一色の姿は浮きあがるようで輪郭が濃い。
 全体的に短い黒髪、前だけ長く目にかかる髪を掻き上げる動作に、五指に余さず着けた指輪の色味とも呼べぬ鈍い銀の動きを何気なく目を奪われる。
「こう?」
名を呼ばれて我に返り、再び目の位置に視線を据えた。
「なんっかこー……独特の間だよな」
苦笑しつつ、ピュン・フーは空になった器にカランと音を立ててスプーンを放り込んだ。
 こうの前に据えられた紅茶はとうに冷めきり、ピュン・フーが平らげた氷はシリーズでイチゴ、練乳、白玉に渡り、更にチョコレートパフェまで攻略している。
 オーダー票に書き足されていくメニューの消費こそ、こうが話に要した時間を現わすに相応しい。
 口を噤みがちになるこうの考えを取り纏めつつ、その短く、長い話に根気よく的確な問いを交えながら会話を引き出したピュン・フーは聞き上手の部類に入るだろう。
「そんでどうすんの?」
問われた意味が掴めずに、黙するこうにピュン・フーは少し笑う。
「これから」
付け足された言葉に、こうは視線を落とした。
 これから、主を捜す。
 ただ、目的だけははっきりしているのに、手段は皆目見当がつかない…人の気配に満ちた街、水の如く流れる人・人・人の中からどうやってただ一人の主を見分ければいいのか。
 境遇を言葉にして語り、ピュン・フーにまた問われる事で、自分に対する疑問も確となる。
 自分が何か、この能力が何か…何時から眠っていたのか、何故言葉が分るのか、どうして文化を理解出来るのか、どのように現代の知識を知っているのか。
 自分に対する疑問が、其処に見える答えへ至る道を妨げる。
 それでも、こう答えるしかない。
「……主を捜す」
告げたこうに表情はない。
 最も、こうは表情を知らない。知識として感情を知りはするが、それを導き出す経験が圧倒的に欠ける為、である。
 果たして自分に感情があるのか、それすらも判らない。
 けれどその無表情の底にあるのは、困惑、であった。
「ふぅん、やっぱ面白ぇなぁ、普通じゃねぇわ、こう」
妙に感慨深げなピュン・フーの言に、何が、と視線で問いを向ける。
「や、こうがあんま目ェ引くから思わず声かけちまったんだけどよ。やっぱ俺の勘ってばいいわ。百発百中」
一人納得しているピュン・フーに首を傾げたこうに向かってニ、と笑いを深め、ピュン・フーは腕で押して硝子の器を脇に移動させると身を乗り出すようにして、テーブルの上に片肘を置いた。
「な、こう今幸せ?」
ピュン・フーのその問いに、今度こそ、こうは答えに詰まる。

 彼がその言葉を口にするのは二度目。
『あんた今幸せ?』
と、こうの足を止め、笑いかけた彼が、意を持ってこうに語りかけた初めての人間。

 判らない、そう思った。
 それが、ただ命に支配されていただけのこうに思考を与え、初めての感情を…不安を覚えさせた。
 絶対的な欠落、主の不在。
 その重さばかりが胸を占める今のこうに、幸せとはどんなものか、判ろうはずもない。
「……判らない」
「そうだろな」
あっさりと切り返し、ピュン・フーはすいと顔に乗せたままのサングラスを引き抜いた。
 現れる、不吉に赤い月のような色の瞳は僅かな細さに鋭いようで、湛えた笑みに和らぐ。
「な、俺興味あンだよ。そういう人の、」
ひとつ息を吐くに途切れた言葉で、子供めいて楽しげな感情を宿す赤。
「生きてる理由みたいなのがさ」
だから、と続けてピュン・フーはちょいと指でこうを招く。
 つられて素直に身を乗り出すこう、ピュン・フーは内緒話の風情でその耳元に口を寄せた。
「トクベツ大サービス、こうの理由の見つけ方、教えてやろうか」
思わぬ申し出に、こうは目を瞬かせた。
 至近の金の眼に浮かぶ困惑は予想していたのか、ピュン・フーは小さく笑って言う。
「俺がこうを見つけたみてーに、ポイントは興味、だぜ?」
真っ直ぐに視線を合わせるこうに、笑みを深めて続ける。
「こいつがどんなヤツか知りたい、先ず人間関係の基本は其処だろ? だいたいそっからコイツとオトモダチしてぇとか、恋人になりたいとか、自分を中心に位置づけが決まってくワケだけどよ。こうの場合は主ってぇポジションがはっきりしてっから、コイツなら自分に相応しいってのを自分で選んじまえばいい」
こうはもう一度瞬いたと同時、その目から鱗が落ちたような気がした。
 主とは…沢山の、沢山の人間の中から定められた一人を決して過たずに見つけ出さなければならないのだとばかりに思っていたのだが。
「だいたい、町中で偶然出会って声をかけた人間が、ハイ、ボクがこうの主です、なんて言うと思うか? 捜せってんならまだお前は誰のモノでもねーんだろ。だったら自分の好きにしちまえよ。コイツかなー?と思ったらとりあえず一緒に居てみて、違ったら乗り換えりゃいーじゃん?」
「しかし……」
あまりにアバウトな言い様、半ば本能的に主はただ一人と定めるものとの思いに却って混乱が増したこうの胸を、ピュン・フーはピ、と立てた指先を向けた。
「ま、俺の意見は飽くまでも参考として、だけどな」
どんな手だてを選ぼうと、後はこうの気持ち次第、と言外の動作で示して身を離す。
 与えられた…かなり手前勝手な気がするその論、自然と思い悩む風に口元に指を寄せるこうに「悩んで大きくなれよ」だのわりと好き勝手言ってる人間の言質を、参考にする以前に信じていいものか。
 こうが理解しようと頭を悩ませている間、ピュン・フーは追加注文でアイスコーヒーを頼み、それを平らげる間、こうの思考に横槍を入れるのを控えてか沈黙を守る。
 その間、目線は机上の紅茶に据え…意識は自分の内側に、しばし動きを止めていたこうがふと、顔を上げた。
「なら、あなたは俺の主であるのか」
「そう来たか」
軽い笑いに肩を揺らしたピュン・フーは、先にこうにしたように、今度は自分の左胸を示してみせた。
「俺、わりとコレんコトで手一杯だから」
やんわりとした否定と取れる答えに、こうは肩を落とす。
「そうか……」
そのこうの頭をぽんぽんと軽く叩き、ピュン・フーはオーダー票を取り上げて席を立った。
「まぁ、色んな人間見て決めたらいいんじゃねぇ?」
そして、と続ける。
「主が見つかったらそのまま、東京から逃げな」
笑いを含んだような瞳…その癖に、真剣な紅、声に籠もる真摯さ。
 それが楽しげな色にとって変わる。
「そんでももし死にたいようだったらも一回、俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
ピュン・フーは、まるで不吉な予言のような約束を一方的に請け負った。
 その意味を問う間は、彼がふと、懐から取り出した携帯の画面を確認する動作に流され、ピュン・フーはこうに視線を戻すと寸前までの気配を苦笑で追いやる。
「んじゃまぁ、こうの前途を祝していっちょ二次会にでも行くか」
何処へ、と疑問を込めて傍らに立つピュン・フーを見上げれば。
「なんか服買ってやるよ。その格好じゃアタリな主にも逃げられちまう」
肩を竦めての言に自分の姿を見下ろせば、元は白かったのであろうが煤にまみれて無惨な袴姿…しかも履き物はなく裸足のまま。
「なんか援助交際みたくなってきたなー」
などと笑って促すピュン・フーの笑い所が判らないままも、まだ遠慮の概念に疎いこうはその申し出に素直に甘える事にした。