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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


エスケープメント

とんでもないことになってしまった。どうやら月刊アトラス編集部で働いている桂という人の、空間をねじ曲げる力に巻き込まれてしまったらしい。素直に出られればよかったのだが、出口を間違えた。桂がありとあらゆる場所をつなぎ合わせてしまったため、写真の中に閉じ込められてしまった。
ただ、写真の中だからといって動けないわけではない。多分、現実世界でこの書斎の写真を見れば、あなたはうろうろ歩いている。なぜならあなたが今手にしている雑誌、月刊アトラスの後記に掲載されている編集部写真の中では彼を巻き込んだ桂本人を含め数人が動き回っているからだ。
閉じ込められた六人は、誰からともなく名乗っていた。
「功刀歩」
歩は部屋を圧迫している本棚に目をやりながら自分の名前を口にする。建築様式自体は悪くないが、家具と微妙に合っていない。この部屋は本棚のための奥行きを作るべきだと思った。そのまま視線を他者に動かすと、黒髪の少女が口を開くのが見えた。
「あ……あの、あたし、どうしてここにいるんでしょう?」
少女、雨柳凪砂の視線は車椅子の男性に注がれていた。自分でなくてよかったと歩は思った。親切な説明というやつはどうにも苦手だ。セレスティ・カーニンガムは車椅子の車輪、室内用なので清潔だ、を撫でながら肩をすくめる。
「キミがただ方向音痴で道を間違えただけなら、私に説明はできませんね。けれどキミが私と同じように、同じ手順を踏んでこの空間に迷い込んできたとすれば、キミは私の説明を聞く意味があるかもしれません」
「は、はあ……」
凪砂と同様今の状況を把握していない面々はセレスティの話に耳を傾ける。一方原因と結果を把握している二人、誰の仕業か見当はついている二人は悠長に部屋の検分を始めていた。眼鏡をかけた長身の女性、綾和泉汐耶が本棚に並ぶ背表紙を指でなぞる。
「悪くない趣味よね。私、こんな広い書斎が欲しいと思ったのよ」
「それじゃあ僕に注文してみませんか?腕には自信あるんですよ」
一級建築士の資格を持つ歩は商談をもちかける。個人的に好きな造りではなかったが、クライアントの希望に反論はしない主義だ。しかし汐耶は
「せっかくだけど、遠慮しておくわ」
「どうして」
歩は首を傾げてみせる。
「あなた、法外な値段を取りそう」
汐耶はあくまで穏健に、しかしきっぱりと微笑む。
「それは残念」
見抜かれた歩としては苦笑いより他になかった。そんな二人の間からひょこりと、和装の本郷源が飛び出してくる。丸い頭の上には猫が乗っている。
「確かに広い部屋じゃのう」
源は全員の中で一番背が低かったから、書斎の大きさを誰よりも顕著に感じているのかもしれない。
「だがわしの家よりは狭いな」
相槌を打つように、頭の上の猫がにゃあと鳴く。だが強がりだなと歩は思った。その意志を感じ取ったかのように少年の声が続いた。
「ああ確かに広いだろうさ。なんたって部屋じゃなくて家だからね」
「なんじゃと!」
源が振り向くと、如月縁樹の抱いている人形がケタケタと笑っていた。どうやら、今の暴言はその人形から発せられたものらしい。
「こら、ノイ。失礼じゃありませんか」
「だって当たり前のこと言ってるから、おかしくってさ」
「失礼ではなく無礼じゃこの人形!」
「人形じゃなくて、ボクにはノイって名前があるんだよ」
「やかまし……」
子供の喧嘩に興味は無い。歩は無視してさらに建築物を眺めた。本を収めるためだけに作られたような部屋だった。天井の隅にある装飾や柱の形などからどこの建築事務所か推察はついた。あんな二流に頼んで、と胸中で悪態がこぼれる。
「お茶はいかがですか?」
「え?」
声をかけられて振り返ると人形を抱いていた縁樹が、人形の代わりにティーカップを持って立っている。どこから取り出したのかは知らないがありがたくもらうことにした。
「どうも」
書斎にある椅子やソファは全て人に取られてしまっていたので、残っていたのは高い場所にある本を取るための脚立だけだった。腰かける、というよりは寄りかかるように体を安定させて歩は紅茶を一口含む。
「悪くないね」
溜息が一緒に出る。コーヒーと紅茶を同列に配するのは正しいやり方ではないが、今朝喫茶店で飲んだコーヒーとは雲泥の差だった。
「確かに美味しいですが」
最後のセレスティだけが「ですが」と、否定を匂わせる。
「ですが?」
縁樹が不安そうに首をかしげる。
「私たちはどうやってここから脱出しましょうか?」
幸いそれは、紅茶に対する難癖ではなかった。だがその言葉が六人を再び現実、いやここが現実であるかはわからないのだが、閉じ込められた空間に押し戻す。
「確かにどうしましょうか」
「僕、夕方から仕事があるんですけどね」
実は断っても構わない仕事だが、わざわざ口に出して言ってみる。
「私だって同じよ、これでも忙しいんですから」
一方汐耶のそれは歩に比べいくらか深刻そうである。
「原因は多分、桂くんね」
「恐らく」
内心解決策なんてどうでもよかったのだが、とりあえず汐耶のために歩は協力することにした。車椅子のセレスティもそれに加わる。
「桂というのは、この写真の少年ですね?」
汐耶、歩、セレスティの頭が集まると会話は冷静に進む。それぞれフランス人の思考方法を尊んでいるように見える、外国のことわざだ。
「イギリス人は歩きながら考える。フランス人は考えた後で走り出す。そしてスペイン人は、走ってしまった後で考える」
一方源、凪砂、縁樹とノイはスペイン人の思考方法が気に入っているらしく。
「この扉から出てどんどん進めば出られるのではないか?」
「でも、セレスティさんがここは写真の世界だと仰ってましたよ。ただ歩くだけじゃ写真の世界からは出られませんから、本当の世界との接点を見つけなければ……」
それでも縁樹はいくらか冷静だ。
「匂いで辿れるでしょうか?えっと、あたし、そういうの得意なんで」
「面倒だなあ。いっそのことこの世界破壊しちゃえば早いよ」
言うが早いかノイが背中から巨大な大砲を取り出す。既に弾丸まで充填されているらしく、あとは発射のみである。だがそれはさすがにセレスティたちから止められる。
「キミ、それは感心しないね」
「ここに並んでいる本は、どれも歴史的に価値があるものよ」
これなんて三冊しか現存してないのに、と汐耶が抜き出した革張りの本。その表紙に驚いた歩は思わず声を上げる。
「十七世紀に出版された演劇論の初版だね」
建物はともかく、演劇を愛する歩はその本が破損したらと思うとノイの行動に賛成できなかった。
「それよりやっぱり、桂氏に連絡をとるべきだよ」
「どうするのじゃ?」
源が首を傾げる。足元のにゃんこ丸もにゃあと鳴く。すると、汐耶がハンドバッグの中からなにかを取り出した。折りたたまれているそれをぱちんと開き、そして。
「携帯電話、つながるかしら?」
不可思議な世界においてあまりに常識的な意見だった。凪砂はくすりと笑った。
机の上に置かれた月刊アトラス、編集後記の写真の中で桂は動き回っていた。なにか資料集めをしているようなのだが、ふとなにかに気づいて顔をあげ、ポケットを探り出した。
「つながったみたいね」
携帯電話を耳にあてた汐耶は呟いた。
「もしもし?」
雑誌の中から桂の声が聞こえた。電話の中で聞こえるはずの声が逆の耳から聞こえるというのはなんとも不思議な感覚だった。
「もしもし、綾和泉ですけど」
「ああ、汐耶さん」
写真の中で桂がにこりと笑うのが見える。どうしたんですか、と答える声は六人の現状を知らないせいか明るい。
「今編集部かしら。もしそうだったら、コピー機のそばにあるインテリア雑誌を見てごらんなさい」
「はい?」
桂は意味がわからない、という顔をしながらコピー機の周囲を見回している。やがて目的の一冊を取り出し、なにげなくページをめくり、今自分が会話している女性とさらに五人が閉じ込められているページに出くわす。
「あれえ?」
「なにが起きたか説明できるかしら。いえ、説明してもらえるかしら」
どうやら僕のせいみたいですね、と桂が素直に非を認める。電話で話しつつも、桂は雑誌の写真に目を落とし続けている。
「私たちここから出たいんだけど」
「ええ、汐耶さんに碇さんが国会図書館まで調べものをお願いしていたんですよ。だからそこにいられると僕も困ってしまいます」
「だったら早くしてくださいよ」
歩は痺れを切らしたように口を出す。苛立っているつもりはないのだが、自分たちに輪をかけて危機感のない桂に不快感を覚えていた。
「それじゃあみなさん、目を閉じて」
「目?」
歩は自分の瞼に指先を伸ばした。目なんて閉じてどうするのだろう。すると、桂は言った。
「知らないんですか?目は、人間の一番身近にある扉なんですよ」
扉を閉じて、開けてください。そうすればあなたたちの行きたい場所へ僕が空間をつなげます。桂に促され、全員が目を閉じた。そして再び開いたとき、歩はあるべき場所に立っていた。
歩は目を開けた。自分がいるべき場所、編集部へ向かう階段の途中に立っているのに気づいた。しかしその手にはしっかり十七世紀演劇論の初版を手にしていたから、写真の中に閉じ込められた出来事が夢ではないことを裏付けていた。上出来だ、と歩は自分に言い聞かせる。一瞬で自分の欲しいものを手にとる能力。
さて次は本来の目的である碇女史をお茶にでも誘うとするか。いや碇女史は仕事で忙しいのだろうか、そんなことを考えながら階段を上りきり、廊下を通り抜けると入り口の前に二人の女性が立っているのを見つけた。一人は黒い服を着た人形を抱いている。誰なのかは、言わなくてもわかった。
「お茶でも飲みませんか?」
人形を抱いているほうの女性がそう言った。やはり、間違いなかった。
「今日は碇女史とのお茶は中止にしよう」
歩は二人の背後に近寄るとそっと、驚かせないように声をかける。
「それより今度は僕が、お茶に誘いたいんですけどね」
振り返ったのは凪砂と縁樹。ノイの不機嫌そうな顔は癇に障ったが、今日くらいは許してやろうと歩は寛大な気持ちになっていた。それもこれも多分、十七世紀演劇論の初版のおかげだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1108/ 本郷源/女性/6歳/オーナー・小学生・獣人
1431/ 如月縁樹/女性/19歳 /旅人
1449/ 綾和泉汐耶/女性/23歳/都立図書館司書
1847/ 雨柳凪砂/女性/24歳/好事家
1883/ セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
2346/ 功刀歩/男性/29歳/建築家・交渉屋


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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
作品ではいつも、各キャラクターの個性を出せるよう意識して書いていきたいと思っています。
あと不思議な空間における日常の面白さとか。
歩氏は社交的でありつつ他者との境界線をしっかり引いている感じがしました。
あと、自分の利益は逃さない、いい意味で狡猾そうなところとか。
それらの印象が、作品中にうまく覗いていれば、幸いです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。