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<東京怪談ノベル(シングル)>


猫のうたたね



 もう十二月。街中にイルミネーションが目立つようになった。
(クリスマスが近いなぁ)
 と思っていた矢先、家にプレゼントが届いた。
(あたし宛て?)
 差出人はお父さん。
 添えられた手紙にはこう書いてある。
「少し早いが、クリスマスプレゼントだよ。みなもが喜びそうなモノを選んだから、ちゃんと着るように。疲れが取れるよ」
(着る?)
 着るってことは――服、だよね。多分。
(何の服かな)
 リボンを解いて、箱を開けてみた。
 中に入っていたのは、きじとら柄の毛皮。橙色をしていて、触ると柔らかくてあたたかい。その隣には取扱説明書が入っていた。
(普通の毛皮にこんな説明書ついていたかな?)
 そう思って取り出してみると――。
(あ……)
 やっぱりというか、普通の毛皮とは違っていた。堂々と大きな字で『呪われた毛皮』と書いてある。
 娘に呪われた衣類を送るお父さん。さすがというべきなのか。
(変なことにはならないよね?)
 取扱説明書を注意深く読む。変なことになったら大変だもん。
 どうやらこれを着ると呪われて猫娘になるみたい。一晩経てば元に戻るらしく、何度でも使用可能。猫娘になっている間は、心も猫になっているとも書いてある。
(そっかぁ)
 お父さんの手紙に書いてあった「疲れが取れる」という意味がこれで理解出来たような気がする。あたしを元気にするために選んだのが「これ」っていうのも、お父さんらしい。
(猫娘――)
 一晩で元に戻るなら安心。ちょっと面白そう。
 早速、猫娘になってもいいように、コタツと座布団を用意。あとは――。
(またたび!)
 以前妹のおねだりを聞いて買ったのがある。またたびを粉にして小瓶に詰めたものだ。これをテーブルに置いて、と。準備完了!
 白のセーターを脱いで着替える。今日は寒いため厚着をしているから、脱ぎ終わるのに少し時間が掛かった。
(えーっと……)
 まず着なくちゃいけないのが、お尻に長い尻尾がついているレオタード。手にとってまじまじと眺めると、何だか変な気分。さっきまでのワクワクがドキドキに変わったような――。
 とりあえず着てみる。下着だけの格好は寒くて、手早く肌につけた。レオタードだけあって、肌にひっついているためにあたたかい。熱が肌に染み込んでいく感じ。ただ、腿の付け根から下は全て外に出ているので、ここは例外。
(寒い――)
 足を覆うように、しゃがみ込む。
(他に着るものは)
 あった。猫足ブーツ。早速足を入れて――。
(あったかいなぁ)
 さっきと大分違う。柔らかい毛がくるぶしをくすぐって、ふくらはぎを包み込んでいる。
 それから、猫手グローブ。細かいところまで作りこまれていて、肉球も本物みたい。これをはめる。腕や足だけみると、あたしはまるで猫のよう。
 あとは――そう、猫耳がないとね。
(えっと、)
 あった、猫耳カチューシャ。ふわふわのきじとら模様の猫耳が、透明色のカチューシャについている。
 これの端を耳のすぐ後ろに合わせて頭につけて――と。
(あれ?)
 さっきと感覚が違う。手や、脚に蜜が塗られていくような感じがするのだ。まるで猫手や猫足の毛が、自分の肌に溶けていくような――。
(馴染んでいく)
 猫になってきている。あたしの手も、足も、耳も。身体が変化していくのがわかる。直立していた上半身を前へ倒し、手を畳につけた。尻尾が命を持ったように動く。
 何かが身体の中に入ってきた。するり、と熱いものが体内に渡り――。
(何?)
 わからなくなる。“それ”はあたしの意識を奪い、あたしは、
「にゃぁ……」
 猫に、なる。

 その日、海原家では奇妙な猫がくつろいでいた。
 コタツに入っている猫。それはいいのだが、その猫は青い髪をし、猫にしては大きいのだ。……猫、もとい猫娘。
「にゃあ」
 その猫娘――みなもは丸まって横を向いていた身体を伸ばし、うつぶせに変えた。
(コタツの温度が高いのにゃ)
 みなもはコタツから這い出すと、肉球をしっかりと畳に密着させ、身体を反る程に伸ばした。
「ふにゃあぁ〜」
 ながーいあくび、である。眠いらしい。
(でも、遊びたいのにゃ)
 座布団の上にちょこんと座り、何をして遊ぶか考える。
 目に入ったのは、コタツの上に置かれたキラキラしたもの。鏡だ。
(にゃ?)
 今のみなもは猫なので、鏡を知らない。が、好奇心旺盛なのでコタツに前足を乗せ、鏡に顔を近づけた。
「にゃっ!?」
 目の前に知らない猫がいる!
 みなもは咄嗟に前足で鏡を弾いた。鏡はコタツからその身を奪われ、絨毯と畳の境界線に落ちた。
(びっくりしたのにゃ……)
 一瞬怯えたものの、みなもは姿勢を猫らしく整えて座布団の上へ。それから、ちらちらと視線を鏡に向ける。気になるのだ。
(さっきの猫は何処にいったのにゃ?)
 ちらちら。
(気のせいだったにゃ?)
 我慢出来なくなったみなもは、そっと鏡に近づき――。
「にゃあああああ!!」
 やっぱり猫がいる!
 驚いたみなもはコタツにぶつかった。ドタン!
「にゃ?」
 目の前を小瓶が転がっている。どうやらコタツから落ちたらしい。動くものに敏感な猫であるみなもは、素早く前足を反応させ、柔らかな肉球と尖った爪で小瓶をつかまえた。
(やったにゃ!)
 動かなくなっても尚、みなもは小瓶に興味を示している。前足で転がした後、口で蓋を噛み、回したり引っ張ったり。当然、蓋は外れ、またたびの粉が零れた。
「にゃ〜あ?」
 みなもは粉に鼻を近づけた。粉の匂いを嗅いで、舌を出し舐める。美味しい!
(もっと欲しいのにゃ)
 小瓶を転がし、中の粉を出した。匂いを嗅ぎ、舐める。果てはごろりと横になり、粉に頬擦りをし始めた。
(良い気持ち……にゃぁ)
 人間で例えるならお酒に酔っている状態。ほろ酔い気分であくびをする。
(眠いにゃぁ)
 座布団の上で身体を丸めて、目を瞑る。すぐに夢の中に落ちた。

 夢の中――。
「にゃ?」
 辺りは広い草原。目の前には――猫じゃらし。人がいないのに、猫じゃらしはそれ自体の意識を得ているように動いている。みなもの前を、右へ左へ。それにそって、みなもの視線も右へ左へ。
 みなもは上半身を低くし、かまえた。右、左、右、左…………右!
 身体を躍らせ飛び掛ったものの、猫じゃらしはするりとみなもの前足をかわし、宙へ浮いた。そして再び、右へ左へ――。
「フー!」
 息を吐くと、みなもはまたしても飛び掛る。が、やはり逃げられる。
 飛び掛って逃げられて、飛び掛って逃げられて。
(こーなれば、奥の手にゃぁ)
 みなもは追いかけるのをやめて、周りの草原を眺めた――正確には、眺めるフリをした。自分は猫じゃらしになんて興味ないのだ――という目で、猫歌まじりに草花にじゃれる。
 そして数分。猫じゃらしはすっかり安心したらしく、地に降りて横たわっていた。
(そろそろかにゃ?)
 様子を窺ってから――飛び掛った。
「キャッチにゃ!」

 にゃ……と張り上げた自分の声に起こされた。
 時計は朝を示している。大分長く眠っていたみたい。
(あれ?)
 身体を起こして気付いた。身体が驚くほど軽い。体内の澱みのようなものが、一切消えているのだ。
(すごーい。効果あったんだ)
 さすがお父さん……なのかな。
 落ちていた鏡を拾って、自分を映す。顔色も凄くいい。ほっぺたについた畳のあとが気になるけど。
(よく眠っていたみたい)
 何の夢を見ていたんだろう?
 ――というより、昨日猫になってからどんなことをしていたんだろう?
(嫌な予感)
 知らないほうがいいのかなぁ……。
(あえて気にしないでおこう)
 だって――あたしは視線を前へ向ける。
(あたしを見て笑いを堪えている家族に、直接聞く勇気がないんだもん――)

 困り顔をしつつも朝食を作るあたし。猫服を脱いだら、あたしはやっぱりあたしみたい。



終。