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結晶賛歌
「夜にひとりで出歩かん方がええ……雪女郎が出るでな」
雪深い村で交わされた警告。
姿を見た者は一年以内に死を迎える――。土産話に美しい女子を見たという村人が次々に死んだ。噂は真実へと色を変え、まことしやかに語られていた。その言葉に胸を痛めている者がいることなど露も知らずに。
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遠くから雪踏みの音。
嬉しい。今度こそ、寂しくて切ない自分を変えてくれる歩みかもしれない。
雪場の影から見つめる。立ち昇る白い息の男は禁忌の山菜に手を出した。目にしたくなかった光景。肩からため息を吐き出す。
他の者とは違うと信じたかったのに――。
「何しに来た。春を待てぬ者は、即刻山を降りるがいい」
強い口調で掛けた言葉は、やんわりとした否定の声に遮られた。
「……噂を聞いているのに逃げぬとは珍しい奴じゃ」
喜びに跳ねあがる胸の内を隠し、麓を指差した。男が手にしているのは、遅効性の毒山菜。美味であるため、それが命を失わせるほどと誰も知らない危険な代物。なんとしても、これ以上の犠牲者を防がねばならない。
例え、この行為が自分を苦しめる因子になるとしても。
「雪に埋もれて冷たくなりとうなかったら、さぁ山を降りよ」
いつもの台詞を吐き出したはずなのに、帰ってきた反応はいつもとは異なるもの。男は動揺の片鱗も見せず、やさしく肩に触れてきた。
そして紡ぎ出された「共に山を降りよ」と優しく諭す言葉。自分を認めてくれている。ずっと欲しかったもの。
返す言葉など見つからなかった。
こんなことを言ってくれた者などありはしなかったのだから。
一度たりとも――。
震える唇を結び、ようやく頷けた。
「……降りてどうするというの…か?」
涙は雪となり、舞い落ちる。
退魔士の優しい声色。まっすぐに見つめてくれる瞳。六花と名を変え、彼と共に山を降りる決心をした。
折りしも、冬が終わろうとしていた早春のこと。
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平凡であることがどんなにか幸せだろう。
人ならぬ者であるのに、彼は対等に扱った。歳だけ数えれば、彼は赤子のようなものであるのに、その言葉ひとつひとつに抗えない。むしろ、従順である自分が可笑しくも愛しく思えた。
彼が呼ぶ新しい名。耳に残り、胸のなかで燃え続ける。このまま駆け上がって来る感情のままに、彼に抱き付けたならいいのに。
日々は過ぎ、風を暖め春が来る。
夢は長くは続かない。突然現われる黒い闇。
「奴は雪女郎だぞぉ〜! 死を喜ぶ柳絮だ!!」
村人はがなり立てた。見目を変えることはできたのだ。だが、変えたくなかった。彼が初めて目にしたこの姿を。
優しく私を制した彼を見送る。たまらず跡を付けた。そして目にした愚行。幾本もの足と手が彼を打つ。
血まみれで倒れ込んだ青い衣。
煮えたぎる――血が。雪女郎としてではない。愛しい者を傷つけられた女として。
「許さぬ…許さぬ! 今、おぬし等が手にしているは、我に向かうべき刃ではないか!!」
死すべし。
ひとり残らず許しはしない。体も心も凍れ。
何も分かろうとはしない村人など、村ごと凍らせてしまえ。
空気が色を変える。無色から白へ。渦を巻いて、寒吹雪が空を切る。肌を切る。
指先から感覚が失われ、身動きの取れなくなっていく男ども。血の涙を流し、天を仰いだ。
――今、この時に!!
切れぎれに耳に届いた彼の声。
私は我に帰った。このまま、この男どもを襲ってしまったら、私は彼がくれた優しさに背を向けることになるのだ。
「散れ!! もう、構うな。死にとうなかろう!!」
悲鳴に近い言葉に、村人は立ち去った。体を支え合い、仲間を引きずりながら――。
冷たい心からは命を創り出すことはできない。だが、繋ぎとめることはできる。使ったことのない能力、人を助ける力。
全霊を込めて、祈り与え続けた。飛び去ろうとする彼の心に。
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光は戻った。
そして、私達は村を捨てた。
誰一人いなくとも、彼がいればいい。そう思うことのできる私は、今幸せなのかもしれない。
光無くとも輝きて。
君いてこその空となり。
「六花――」
彼が呼ぶ声。鈴なりの――。
□END□
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いつもありがとうございます! ライターの杜野天音です。
初めて触れた人の手は、暖かかったでしょうね。今度はぜひ、ツインでのご依頼をお待ちしています。
詳細に描くことができますのでvv
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