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<PCシナリオノベル(シングル)>


生者の亡霊


 …ある日の草間興信所。
 に。
 銀縁眼鏡の知的なお姉さんが来訪した。
 が。
「…?」
 普段通り玄関ドアをノックしてみるが、どうも人気が無い。
 なのに。
 …何かが変な気がする。
 ドアノブを回してみた――回る。
 …鍵が開いている。
 ドアを引く。
 …扉が、開く。
「………………不用心ね?」
 思いつつ、中を覗き込む。
 主の武彦もその妹、零も居ない。
 留守のよう。
「…盗まれるような物も無いって事かしら?」
 鍵がかけていないのは。
 身も蓋も無い事を思いつつ、そのお姉さん――綾和泉汐耶は取り敢えず室内に足を踏み入れる。
「すみません、草間さん、御在宅ですか?」
 一応、呼んでみる。
 返事は無し。
 汐耶は首を傾げた。
 興信所の主どころか、零も居ない。
 大抵、鍵が開いているなら、どちらかは居ると思うのだが。
「零ちゃーん?」
 呼びながら、中へと足を踏み入れる。
 応接間。
 姿は無い。
 やっぱり留守。
 ふむ、と汐耶はひとり頷いた。
 …しょうがないから帰りましょうか。
 特に用事があった訳でも無いですし。
 思い、再び玄関に。
 ドアノブに手を掛け、回す。
 開ける。
 が。
 引っ張られるような妙な感触。
 汐耶はふと顔を上げ、ドアの向こうを見る。
 と。
 そのまま停止した。

 ドアの向こう側には見慣れた青い瞳に銀縁眼鏡が同じ高さに。
 …但し、見慣れたと言ってもこんな場所で見慣れてはいない。
 見慣れているのは鏡の前でだけである。

「…え!?」
「…嘘!?」

 まるっきり同じ顔が、ドアの内側と外側からそれぞれドアノブを掴んでいた。
 ――驚いて、まじまじと見つめあう。

 が。
 驚いたのはほんの僅かな間で。
 暫し後には――『ふたりの』汐耶は現実をあっさり受け入れていた。
「えー…と」
「貴女は…私と同じ姿をしているように見えるのだけれど?」
「私にもそう思えるのよね。…取り敢えず、よく言うドッペルゲンガーでは無いような気がするんだけど?」
「原因もいまいちわからないものね…」
「ここ数日も特に変わった事は無かった筈ですし…」
「…まさかとは思うけどただのそっくりさんって事は無いわよね?」
「私の名前は綾和泉汐耶だけど」
「私も綾和泉汐耶と言う名前になるけど」
「…だったらそっくりさん説は却下ね。どちらも私って事になるわ」
 お互い平和に会話が成立している。
 性格も特に変わらないよう。
「ところで…今ここでこうなっていると言う事は…ひとまず、動かない方が良いわよね?」
「奇遇ね。私もそう思ったところ」
 せめて何かしら動きがあるまでは。
「でも家人が不在なのよね…」
 果たして居て良いものかどうか。
 少し悩むが、結局ひとりの汐耶はもうひとりの汐耶に提案する。
「…珈琲でも飲みながらお互い情報交換でもしましょうか?」
 互いの記憶を照らし合わせれば、何処か違うところが見つかったりするか、と。
「そうね。ある意味いつもの事だし、珈琲くらい飲んでいても許されるでしょ」
 あっさり同意しつつひとりの汐耶は頷いた。

 勝手知ったる台所にてぽこぽこぽこと音がする。
 ぽこぽこぽこは珈琲の沸く音。
 淹れている。

「…で、真咲さんの事は知ってる?」
「勿論。…あー、画廊の経営者さんの方じゃないわよ?」
「わかってるって。バーテンやってる方の、でしょ」
「…共通してるわね、記憶」
「ホントに」
 ふたりの汐耶はお互い見合って、溜息。
「じゃあ草間さんに以前頼んだ人物鑑定…」
「勘違いして安価く受けてくれた時の話? それとも戸籍のリストの時の話?」
「…そこも記憶は同じみたいね」
 と。
「………………何の話をしている」
 憮然とした顔で声を掛けてきたのは閉めてあるままの玄関ドアに寄り掛かっていた草間武彦。
「あれ、草間さん?」
 いつの間に?
 汐耶が疑問に思う間にも草間武彦は平然とデスクまで歩いて来、座る。
 更には汐耶がふたり居る事も何故かまったく気にしていない様子。
「俺も珈琲もらうぞ」
「…そもそもここの珈琲ですから」
「…? ああ」
 何故か少し不思議そうな顔をし、武彦は汐耶に頷く。
 汐耶の方は、片方が――珈琲を注ぎに行こうと立ち上がり掛ける。
 が。
「…お待たせ致しました」
 涼やかな声が掛けられるのが先だった。
 その声の源は――御盆の上に珈琲のカップ一式を持って来た、零。
 汐耶はまた内心で首を傾げる。
 …あれ?
 居る。
 今、零は台所方面――部屋の奥から、汐耶が淹れた珈琲を持って出て来た。
 …さっきは、居なくなかったか?
 留守ではなかったのか草間興信所。
 否、汐耶でもそのくらいの気配は見分けられるし、そもそも探偵が居留守を使っても客が逃げて行くだけで何の得も無い。
 どうにも妙である。
 と。
 こんこん、と今度はそこに玄関ドアが外側から軽くノックされる。
 いつも通りに主がどうぞと声を掛け、開かれたドアから静かに顔を出してきたのは見慣れた影。
「どうも。…ああ、汐耶さんもいらしてたんですか?」
 現れたのは真咲御言。
 が。
 やはり、何処か、変だ。
「…あの、真咲さん」
 ひとりの汐耶が声を掛ける。
「はい?」
 応じる御言。
「何か変だとは思いませんか?」
 もうひとりの汐耶が、問い掛けた。
 けれど。
「…何か…変でしょうか?」
 逆に問い返された。
 そして、後に問い掛けた方の汐耶から、初めに声を掛けた方の汐耶へと視線を写す――。
 …ふたり居る、と認識してはいる。
 だが、特に問題だとは感じていない様子だ。
「「…私たちがふたり居る事は変じゃないんでしょうか?」」
 思わず声が揃う。
 が、御言は目を瞬かせているだけ。
「いや、便利なんじゃないですか?」
 …そういう問題か。
 それは…今ここに居る草間武彦やその妹の零やら真咲御言は…元々あまり怪現象に動じない面子ではあるが、それにしたってここまで自然体に無視できる程良くある事が今起きている…とも思えない。
 いくら草間興信所とは言え、同じ人間がふたり居るなどと、真っ先に気にされて然るべき事柄の筈だ。
 と。
「…そろそろ頭ン中疑問符だらけなんじゃないのかね?」
 何処からとも無く唐突に軽く声が投げられる。
 何処かで聞いたような――だが、思い至った相手であって欲しくは無いような。
 汐耶は声の主を振り向く。
 そこに居たのは…超絶美形の…何処かで見たような、若い男。
「ってっ…」
 心当たりの相手そのものずばりだと認めるなり激昂し掛ける汐耶ふたり。
 が。
 制止するようにその男から…目の前に両の掌が押し出されるのが先だった。
「ちょっとタンマ。今回はプライベート」
「何言ってんのよっ!」
「いや、仕事以外で人殺す気は取り敢えず無いし」
「それで割り切って納得出来る訳無いでしょっ!」
 汐耶の剣幕にたじたじとなる湖藍灰。
 降参とでも言いたげに今度は湖藍灰はホールドアップ。
 と、はぁ、と別の溜息が聞こえた。
「…取り敢えず今は湖も貴女『たち』に危害を加える気はまったく無いから勘弁してくれないかしら?」
「でもこいつは『虚無の境界』の…って、貴女はっ?」
「これでわかってもらえる…可能性はあるかしら?」
 言って、何処かで見たような超絶美形――湖藍灰同様いつの間にかそこに現れていた、無造作に白衣を羽織った妙齢の女性は、白衣のポケットから取り出したプラスチック製と思しきプレートを汐耶に見せる。
「…確か貴女って御言が色々お世話になってる相手だったわよね?」
「何でそんな事を知って――って…!」
 渡されたプレートは、会社等でよく使われる、所属と名が記されたもの。
 書いてある名は、鬼・春梅紅。
 役職名は『Occultic Scientist』。
 そして、その組織の名は――『International OccultCriminal Investigator Organization』。
 即ち。
 略称、『IO2』。
「知ってるみたいね?」
「どうして…っ」
 虚無の境界構成員とIO2の職員が一緒に居る。
 そんな汐耶の疑問に答えるよう、白衣の女性――春梅紅が口を開く。
「湖と私は一緒に人界に下りてきたからね。まぁ、人界の立場では敵対してるけど、私たちとしてはあまり関係無いのよ」
「そうそ。そりゃ組織の作戦でバッティングしちゃったら春相手になったとしても手加減はしないけどー。春個人とは敵対する必要無いもんね」
 それに春は内勤だから仕事自体直接バッティングする可能性少ないしね。
 しれっとした態度で湖藍灰。
「だから今回は警戒しないでくれると嬉しいな♪」
 そしてにっこりと御愛想。
「…私は貴方に命を狙われた事があった気がするんだけど」
 それを見てぼそりと汐耶。
 警戒しない訳が無いだろう。
 …と言うか行動が胡散臭いから。
 そんな汐耶の科白に、春梅紅が湖藍灰をちらと見た。
「…それでいて彼女の前に来た訳? 相変わらずね、湖…」
 汐耶の科白を聞き、呆れたように春梅紅。
 と、汐耶はそちらに問い掛けた。
「…どうして、わざわざ私の前に現れたのか伺っても構いませんか。いえ、そもそもこれは貴女たちの仕業と?」
 考えても?
「違うわ。ただ…妙に霊団の気配がひとつところに集中している気配がしたから気になって来てみただけよ。これは『誰もいない街』、が擁する霊団『無我』、その具現の仕方のひとつであるだけ」
「…『無我』?」
 先に出された『誰もいない街』なら聞き覚えがあるが。…夢に見る無人の夜の街。
 だが、『無我』は少々わからない。
 そんな汐耶の様子を察したか、今度は湖藍灰が口を開く。
「『無我』はね、その名の通り『自己の認識すら出来ていない』霊団なんだよね。故に周囲に存在する意志を自らと誤認する。だからいきなりこんな姿で出てくる訳だ。…もうひとりのお前さん、としてね」
 湖藍灰の科白に考え込む汐耶。

 …つまり、もうひとりの私の存在は…私自身が投影された、その『無我』と言う霊団の一部だと?

「ついでに言うとここはその当の『誰もいない街』なんだな」
「え?」
 けれどここには興信所の所長やらその妹やらバーテンダーやらも居る。
 そもそもこれは夢では無く現実――であった筈だ。
 が。
 そこまで考えた時点で汐耶は変な事に気付いた。


 ――何故誰もこちらに口を挟んで来ない。


 それどころか、もうひとりの自分もいつしか何も言わなくなっている。
 …その事実自体が今の言葉に妙な説得力を与えて来る。
 汐耶は湖藍灰の顔を見た。
「どうして私にそんな事を教えてくれる訳?」
 純粋な疑問。
 それは、何も切羽詰まった意味合いででは無いが――充分、汐耶への助言になっている。
「…単なる気紛れかな?」
 小首を傾げ、湖藍灰。
「ちょうど視界に入ったのが大切な知人の関係者だと気付いたなら顔のひとつも出したくなるじゃない?」
 私はそんな思惑もあったのだけれど、と続ける春梅紅。
「俺がここまで知ってても虚無にすりゃ大して意味は無いから俺個人にすりゃ『表』の仕事にも特に差し障り無いし。ま、俺が知ってるなんて事は虚無の方じゃ知らないだろうけど。…向こうじゃ俺はただの末端構成員だからね。単なる破壊活動の駒のひとつに過ぎない。『誰もいない街』の成り立ちなんか知っていようといまいと関係無いんだよ」
 …ただ、上の命令通り動くだけの話でね。
 あっさりと付け加える湖藍灰。
「ま、『誰もいない街』の中に入っちまってる以上…阿部ヒミコには筒抜けだろうが…まぁ、あのお嬢ちゃんも虚無の境界をそれ程信じちゃいないからこの程度の話適当に黙殺するだろ。…『中』に来たら極力抵抗はしない事にしてるからあのお嬢ちゃんにすりゃ俺たちは今んトコ無害な筈だし。そんな御親切に虚無に言上なんぞしてやらないさ。どうせね。…面倒だろ?」
 ま、パニくらず適当にやってりゃその内、元の現実に戻れるからね。
 …間違っても能力使ってどうにかしようなんて考えなきゃ、だけど。
 この『誰もいない街』は超常能力への抵抗が強い世界だから。下手な行動取ったらその方が危険になる。

 と、湖藍灰が告げるなり。

 そこで突然そこに居た人間のすべて――否、殆ど――が消えた。
 最後に現れた男女――以外。

「…え?」

 汐耶はふときょろきょろと辺りを見回す。
 草間武彦が消えた。
 草間零が消えた。
 真咲御言が消えた。
 …そして、もうひとりの自分も消えた。

「…ま、そう言う事な訳なんだよね。今ここにいた真咲やらも『無我』の写し身だった、って事でね」
 お前さんの記憶から引っ張り出して人物を投影したんだろうよ。
 苦笑しながら湖藍灰。
 汐耶は、思わずその顔を――茫然と見返した。

 その場には――はじめにこの場に入ってきたひとりの汐耶と、最後に現れた男女こと、春梅紅と湖藍灰のふたりだけが残されている。

 他には、誰もいなかった。


【了】