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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


願う、樹

+1+

「おや……」

そう言えば、とある人物はカレンダーを見る。
じきに年の瀬が来て年が変わる。
新しい年に変わろうとする日々も近づいているのだ。

「…今年は何人の子が、あの樹に願いをかけるんだろうね?」

友人、恋人、親子…様々な人たちが、あの樹に願いをかける。

窓の外に見える庭園の中でひときわ目立つ、樹。

あの樹に願い事をかければ、末永く願った人々は幸福で居られると言う。

「…まあ、その前に此処へ来れる人たちしか願いはかけられないけど。…どうなる、ことやら」

猫は呟きながら少女へと馨りの良い紅茶を持っていくべく部屋を後にした。


+2+

大事な人は、皆、優しい思い出だけを残して去ってしまう――。

イヴ・ソマリアは、水色のくるくるした髪を自分の指で弄びながら庭園の前に立ち尽くしていた。
願いを叶える樹があると、先日恋人と一緒に居るときに誰かから聞いて、興味を持ったのだが……如何せん、門をくぐろうとする勇気が、まだ持てないで居る。

私は長命種。
全ての人と、時間の流れが違う。
それは、愛すべき大事な人に対しても言えること。

(…貴方に、何ていえばいいの?)

一緒に生きて、なんて言えない。

永い時を、ただただ、流離うように共に生きて――なんて。

私が惹かれたのは、彼の誇り高さ。
人としてやるべき事をなし頑張ろうとするその姿勢と――孤高さ。

そんな彼と公認の恋人同士になれて今は本当に幸せだけれど。

時折、彼が自分の――と言うことではないのだろうが、彼の妹や恋人との将来について語るようになった。
その度に、私はまだ仕事が忙しいから無理ねと言いながらも色々な口実をつけては会話から逃れてはいるものの、このままじゃいけない――そう、考えることもまた事実なのだ。

(どうすればいいの?)

もう、去られるのは嫌。
忘れることさえも出来ないから、思い出を純化させて美しく保たせる事しか出来ないのも――嫌。

長い、長い時間が過ぎた。
イヴは自分の冷えた手にも気付かぬまま、門を見つめていた―その時。

肩に誰かの手が置かれた。
振り向くと、それは大事な人であるケーナズで。

「――え? 何で…此処が……」

解ったの?と聞きたかったのに、ケーナズは答えず、ただ微笑む。

「行こうか。――樹も、もしかしたら待ちくたびれているかもしれない」

きょとん、とイヴの瞳が動く。
が、暫くして自分がどれだけ此処に居たのかということを指しているのだと気付くと、

「もう! そんなに私は入るまで悩んでいなかったんですからね!」

白い頬を朱色に染め、ケーナズへと掴み寄るように言う。

「…ふうん? まあ、それは本当かどうかさて置き」

ケーナズは、いきなりイヴの手を握ると歩き出していく。

冷えた手に重なる、温かな手の温もりがイヴの心にしみこむようにただ―温かかった。


+3+

手を繋いで樹へと向かっている。
けれど、未だにイヴの心は庭園ではない何処か遠くへとさまよっていた。
此処へ一緒に来れて嬉しいのは変わらない。
でも……。

(きっと…幸福って言うのはとても贅沢な"病"なのね……)

イヴはアイドルとしても人気があり、とても沢山の人へ変わらない素晴らしい微笑を分け与えている。
それにより「元気が出る」、「癒される」と言う人もとても多い。
無論、イヴ自身も今のこの仕事は天職であると信じているし、仕事をするのは大好きだ。
更には、アイドルから歌手としての確立も更に強固にしたい、と言うのもある。
だからこそ、時折出ていた自分たちの話ではない結婚話にしろ――「仕事が楽しいし忙しいから」と言う言葉がするりと出てきたのだから。

しかし。
自分の隣に居る人の事になると上手くは行かない。
人を幸福にする仕事は自分自身を幸福にすることは出来ない――そう言ったのは誰だったろう?

(多分、本当に身近な人だったとは思うのだけれど)

なのに、今、幸福だから迷ってしまう。
禁断の林檎を齧ってしまった、創世の一人の女性のように、悩む。

とても贅沢な『幸福』と言う病。

満たされているから、これ以上満たされないように器から水が溢れ出してしまわぬようにと願うのもあるのだろう。

(だって、水がコップから溢れてしまったら、どうなると思う?)

少なくなる。
いいや――場合によっては、無くなってしまうこともあるのだ。

(……撤回するわ)

幸福は贅沢な病ではない――『臆病』にさせてしまう病でもあるのだ。

―――……動けなく、なるから。

この場所から、居心地よい陽だまりから――。

不意に、イヴの手を引き歩いていたケーナズの歩みが止まる。
どうしたの?と聞くことも出来ずにイヴは、此処から見える樹に息を止めた。

見事な大樹が、視線の向こうにあった。
波音を思い出させる葉擦れの音を立てながら、ただ悠然と立つ人のように。


+4+

「あの樹がそうなのかしら……?」
「多分。…イヴは何を願いたいのかな?」
聞かれるだろうと思っていた問いかけに、イヴは一瞬だけ考え込んだ。
「私? 私は―――」

自然と、微笑の形が陰あるものへと変化していくのを自分では抑えられずにイヴはケーナズを見つめる。
大事な人。
大好きな人。
けれど、ずっと一緒には居られない人。

――だって。

大事な人は皆優しい思い出だけを残して去ってしまう、から。
昔、好きだった人が居たの。
でも彼も時の中に消えて――私は残される。

(また、あの想いを繰り返すのは――嫌)

何度も何度も考えても、この答えだけはハッキリと出ているのに。
踏み出せない、一歩。
何よりももどかしく思うのは私自身。

(ケーナズは……私が望んでることを知ったらどうするんだろう? 私は――貴方の望みが知りたい)

きっと、それが一歩を踏み出す鍵になるかもしれないと思うから。
何かを、吹っ切るようにイヴは微笑み、そして――

「聞きたい? でも駄目よ。願い事は、かけるもの――人に告げたら効き目がなくなってしまうから」

明るい表情のまま、今度は自らがケーナズを樹の傍へと連れて行くように駆け出してゆく。

「お、おい、イヴ……!」
「言いたい事は解るわ。急ぐなって言うんでしょう?」
「そうだ、急がなくても樹は逃げない」
「逃げない――そうね、確かにその通りだけれど。私は、此処まで来てしまったのだから早く願い事を言ってしまいたいわ」
「…なるほど。そんなに大事な願い事なんだね」
「……どうかしら?」

私にとっては凄く大事な願いだけれど。
ケーナズ、貴方は――どうかしら。

私が願う、この事を貴方は負担に思ったりしない?
貴方が決して私に言えない言葉があるように、負担にならなければ良い。

願い事は―――私の今の想いの精一杯を込めて。

『せめて一緒にいる間は幸せに暮らせますように』

共に過ごしたいけれど本当に叶うかどうかは解らないから。
だから、せめてこう願うことしか出来ないけれど。

―――………叶うと良い。

樹へとかけたい願いは。
さわさわとした葉擦れの音は、樹の近くに寄ると更に波の音のよう。
寄せては返し、返しては響く。
単調な、けれども無くてはならない繰り返し。

不意に、痛みがケーナズに握られている手の方で走る。
痛い、と言えなかったのは――ケーナズが一瞬、物凄く近くに感じられた様な気がしたから。
不思議といつもと違う微笑が浮かぶ。

「さ、願いましょう? 二人ともどうか願いが叶いますように……って」
「あ、ああ」

そうして二人、声も無く――ただ祈る。
静かに、まるで聖堂で捧げる祈りのように。

(どうか――叶いますように)

この今ある愛しき時間が――、今、共にある時だけでも続きますように。
叶うのならば――これ以上に幸福なことは無いのだから。




―End―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1548 / イヴ・ソマリア / 女 / 502 /
 アイドル歌手兼異世界調査員】
【1481 / ケーナズ・ルクセンブルク / 男 / 25 /
 製薬会社研究員(諜報員)】
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■         ライター通信          ■
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初めまして、こんにちは。
ライターの秋月 奏です。
今回はこちらの依頼に、ご参加くださり誠にありがとうございました!
プレイングが何処か切なくて……ツボに入りました(汗)
イヴさんは、当初お一人でのご参加予定だったようですが、ケーナズさんも
来てくださいましたのでご一緒に、視点を若干変えての文章とさせて頂きました。
少しでもお気に召していただけて楽しんでいただけたなら良いのですが(^^)

それでは、また何処かにてお逢い出来ますことを祈りつつ……。