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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


願う、樹

+1+

「おや……」

そう言えば、とある人物はカレンダーを見る。
じきに年の瀬が来て年が変わる。
新しい年に変わろうとする日々も近づいているのだ。

「…今年は何人の子が、あの樹に願いをかけるんだろうね?」

友人、恋人、親子…様々な人たちが、あの樹に願いをかける。

窓の外に見える庭園の中でひときわ目立つ、樹。

あの樹に願い事をかければ、末永く願った人々は幸福で居られると言う。

「…まあ、その前に此処へ来れる人たちしか願いはかけられないけど。…どうなる、ことやら」

猫は呟きながら少女へと馨りの良い紅茶を持っていくべく部屋を後にした。


+2+

願いは、ささやかなものしか望まない。
沢山の願い事はあるけれど。
それらを一緒に見続けられたら、良いなと思う人も確かに居るけれど。

だけど。

過ごしていきたいと望んできた分だけ今は幸福だから。
だから、願い事は本当にちょっとしたこと。

「……見つけてみせますわ。私から逃げようなんて思いませんわよね?」

そんな言葉が「今日もお仕事お疲れ様」と声をかけようとしていた部屋から聞こえた。
この部屋の中に居るであろう人物が、何に対してそう思ったのかは定かではないのだが、ある意味とてもらしく思え、森村・俊介は自分でも気付かぬうちにくす、と小さな声を立て笑ってしまっていた。
睨まれぬ様に、笑いを堪えてみたけれど全く上手く行かず、相手の女性も「聞こえていたのか」と言わんばかりに顔がまるで茹蛸のように真っ赤に染まっていく。


「き、聞こえてましたの……?」
「ええ、勿論。とは言え"見つけて〜"くらいからでしたが。……何処に行かれるんですか?」
「願いを叶える樹があるそうなんですの……絶対に見つけてみたくて」
「……ん?」
「え?」

意外だった。
いいや、雪がこの場所を知らないと言うことではなく、雪に叶えたい願いがあると言う事が意外だったのだ。
何でも望んだら望むだけ手に入るだろう、そのように思っていた人物だから尚更。
だが、雪はそうは思わなかったらしく、逆に俊介に、こう聞いてきた。

「…森村さんはご存知なのですか? その、場所を」

知ってはいる。
ただ、雪一人で行かせる気は無い。
だから。

「はい。良ければ僕がその場所までエスコートしましょうか?」

そう言って微笑む。
返答は、ゆっくりとこちらに向かって差し出される、綺麗な掌。

「お願いいたしますね? …森村さんなら私を迷子にはしないでしょうから」
「無論です。僕がそんな事を出来よう筈がないことは雪さんが一番ご存知でしょう?」

差し出された手を俊介はさも大事そうにそっと、掴んだ。
まるで何よりも壊れやすいものを包むように、優しく。


+3+

二人が、庭園に辿り着いたのは、それから少し経ってからの事だった。
仕事が終わってるのだから、息抜きも兼ねて雪を外出させても良いだろうか?と言う言葉に瞬間、雪の関係者の面々は良い顔をしなかったが、それでも「どうしても」と言う俊介と雪の願いに、翌日、仕事に差し支えない程度であるならと折れてくれたのだ。

「雪さん、寒くはありませんか?」
「いえ、大丈夫です……本当に、こうして来れて良かったと思います」

庭園の花々を見つめる雪は本当に幸福そうだ。
こう言う表情が幾らでも見れるのならば、どれだけ周りに怒られても構わない。
浮かべる表情だけで、ホンの些細な言葉だけで幸福になれる自分の事を雪は知っているのだろうか?
……出来るのならば、気付いていて欲しいのだけれど。

「――ところで森村さん」
「はい、なんでしょう?」
「えっと……その…何故、森村さんはこの場所、ご存知なのか聞いても宜しいでしょうか?」
「ああ。…まあ、僕も興味があって色々と探してた結果、と言うか…何と言うか」
上手く説明できない自分をいぶかしむ様な雪の視線に更に俊介は、これ以上も無く口ごもってしまう。
雪の視線が、地面に落ち――ぽつり、と問い掛けると言うには小さすぎる呟きをもらした。
「…誰かと、来た…と言う事は……い、いえ、何でもないんです!」
その、小さすぎる呟きに俊介は慌て、強く、強く言葉を放つ。
「? ……えぇぇ?? そ、そんな僕が雪さん以外の誰かと来る筈なんて!」
「………ご、ごめんなさいっ……」
「――何で、今度は雪さんが謝るんですか?」
「…余計な、考えをしてしまった所為で……困らせてしまった、ようでしたから」
ぽつり。
その言葉に俊介は苦笑を浮かべ、握っていた手を強く引き寄せた。
華奢な身体は、それだけでいとも簡単に腕の中にすっぽりとおさまってしまう。
「い、いきなり、何をっ!?」
「…困らせて、なんか居ませんよ? 僕の方こそ、言葉が足らなくて…ごめんなさい」
時折、酷く言葉がおぼつかなくて。
謝ればよいと言うものでも無いのだろうが、それでも自分も雪を困らせてしまっていることも、また事実で。
――どうしようもない、もどかしさがある。
けれど、それさえも大事だから。
「そんな……」
「さ、もう少ししたら樹に辿り着く筈です。…そうしたら」
「――はい?」
「ふたり、仲良くお願い事でもしましょう。願い、叶うように」
「……ええ」

再び、手を繋いで歩き出す。
ずっと、手を繋いで歩いていた筈なのに先ほどよりも、もっと近くなったように思う体温を感じながら。


+4+

ざわ……。
風が、樹木を揺らすように吹いた。

はらはらと、音を立て落ちる葉の色は眩い翠。
まるで謳うように、腕を広げるように偉大で優美な、その樹の姿。

見上げても見上げても翠が一面に広がる、絵の具などでは決して表現できないだろう色があった。

こんなにも力を持った樹が…あるなんて…。
世の中は不思議な事だらけで、だからこそ、面白い。

俊介は、ただ樹を見上げ願う。

(願わくば、今日のような日をこれからも貴方と共に、ずっと…)

何時までも、雪の隣に立つのが自分であればいい。

何かを祈るように真剣な雪の顔を見て尚更、その思いが募るように。
多分、誰も見たことなど無いだろう雪の様々な表情を知っているのが自分だけだから、尚更にこう思うのだろうけれど。
追いかける主義ではない筈だったのに変わる自分が居ること、変えてくれる人が居ること、その全てが興味深くて、ただ――愛おしい。

すっ…と音も無く祈っていた雪の瞳が開いた。

「――お願いは、終わりましたか? 何をお願いされたか、聞いても良いでしょうか?」
「え? ええっと…な、内緒ですっ」

その問いかけに慌て、首をぶんぶんと音がしそうなほどに振る雪。
何故かそれだけの事なのに、不思議と心が満ちていくようで、願いは――同じであったのだと実感する。

そして。
渡したかった包みをマジックの如く、ぽん!と取り出すと俊介は雪へ手渡した。

「…なんですの?」
「今は暖かそうなコートを着てらっしゃるから、必要ないかもと思うんですが」
「?」
「雪さんに似合いそうだと思って、コートです。白い、コート」
「私に?」
「はい」

包みと俊介を交互に見る雪に、もしや余計な贈り物だったのでは…と言う考えが頭をよぎる。

だが。

思考を破るような、抱擁に全ての思考が消え――

「……ありがとうございます」

――小さな感謝の言葉は何処までも、俊介の中に心地よく螺旋を作りあげていく。

相手が喜んでくれること、そして言葉をかけてくれること。
色々と考え、悩んだ時間さえもがその一言だけで楽しい時間に変わっていく。
だからこそかけがえ無い、とても大事な――人物。

ただ、嬉しそうな彼女の表情を見つめ俊介は雪の白い額へと口付けを落とす。

「……僕達が願うばかりでは樹に申し訳無いですね」
「ええ、ですから私、樹に歌を歌おうと思っていたんですの」
「歌、ですか? 楽器じゃなく?」
「はい。だって、此処ではピアノは無理でしょう?」
「そんなことはありませんよ。雪さんがお望みなら僕はピアノでさえも出して見せますよ?」
その言葉は本心だった。
出来るのならば雪の素晴らしい演奏を樹にも聞いて欲しいと思っていたのだから。
「いえ、いいですわ。色々としてもらいましたのに、これ以上してもらったら樹からバチがあたってしまいます」
「…なるほど、確かにそうですね。では…僕は此処で聴くとしましょうか」
「樹と、森村さんだけ――ふふ、何だか酷く贅沢な感じがしますけど……」

そうして、雪は息を深く吸うと歌を紡ぎ始める。
緩やかに緩やかに、何処までも伸びる声が美しい旋律となり樹へと、届く。
穏やかに合わさる、瞳と瞳。
微笑を浮かべる雪へと答えるように俊介も微笑を返した。

願い事は、たった一つ。
共に居られるようにとお互いが願うこと、それだけが――唯一の願い。



―End―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2104 / 森村・俊介 / 男 / 23 / マジシャン】
【2144 / 七瀬・雪 / 女 / 22 / 音楽家】
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■         ライター通信          ■
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初めまして、こんにちは。
ライターの秋月 奏です。
今回はこちらの依頼に、ご参加くださり誠にありがとうございました!
相手の方が本当に大事だと思えるプレイングで読ませて頂いたとき、
凄く幸せな気分になりました♪
森村さんは、七瀬さんとご一緒ということで、視点を少々切り替え、
このような文章になりましたが…少しでもお気に召していただけて
楽しんでいただけたなら良いのですが(^^)

それでは、また何処かにてお逢い出来ますことを祈りつつ……。