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願う、樹
+1+
「おや……」
そう言えば、とある人物はカレンダーを見る。
じきに年の瀬が来て年が変わる。
新しい年に変わろうとする日々も近づいているのだ。
「…今年は何人の子が、あの樹に願いをかけるんだろうね?」
友人、恋人、親子…様々な人たちが、あの樹に願いをかける。
窓の外に見える庭園の中でひときわ目立つ、樹。
あの樹に願い事をかければ、末永く願った人々は幸福で居られると言う。
「…まあ、その前に此処へ来れる人たちしか願いはかけられないけど。…どうなる、ことやら」
猫は呟きながら少女へと馨りの良い紅茶を持っていくべく部屋を後にした。
+2+
愛すべき人が居る。
決して、彼女を泣かせようと願ったことはないし――また、これからも願うつもりも無い。
もし、願いをかけて叶うのならば。
どうか――、一つだけ叶えてほしい願いがある。
たった……一つだけ。
それは――
(誰よりも、君が幸福であるように)
自分と相手の女性は寿命の長さが違う。
彼女から見れば、自分などきっとセミのようなものだろう。
7年、土の中に居て7日のうちに死ぬ――そのような、存在。
一緒に生きられたらと思い、だがそれよりも今、この時のみの気楽な恋愛関係を続けて居たいとも思う。
相反する、想いが時に変化しては自分を苛めるのだ。
双子の妹が呟く言葉が今も胸の中に響く。
「兄さんは、"ええかっこしい"よね――何をそこまでこだわるのかしら?」
こだわればこだわるほど、深い迷宮にはまるものだわ――その言葉に微笑とも苦笑ともつかぬ笑みを浮かべてしまったけれど。
(…そうだな、確かにその通りだ)
だが、何が言える?
こだわるなと言うのであれば、置いていくなと縋りつけと言うのだろうか。
(…柄じゃない、私の――そして、イヴの)
だから、本当に願うべきことは――それだけ、なんだ。
いいや、それだけでなくてはならないから。
ケーナズ・ルクセンブルクは、そうして目の前の庭園に入ろうとして入れない女性の肩へと手を置く。
樹の話を一緒に聞いていたから、なのだろうが来る時が同じだとは全く持って面白いものだと考えながら。
「――え? 何で…此処が……」
解ったの?と聞きたいのだろうが、ケーナズはそれに答えずに微笑む。
「行こうか。――樹も、もしかしたら待ちくたびれているかもしれない」
きょとん、とイヴ・ソマリアの瞳が動く。
が、暫くすると。
「もう! そんなに私は入るまで悩んでいなかったんですからね!」
白い頬を朱色に染め、ケーナズへと掴み寄るように言う。
「…ふうん? まあ、それは本当かどうかさて置き」
嘘じゃないわよ!、そんな声が再び聞こえそうだがケーナズは構わずにイヴの手を握り歩き出した。
冷えた手の感触に立っていただろう時間の長さに苦笑を浮かべて。
+3+
手を繋いで歩いているにも関わらず、無言で二人は庭園の花々を見ていた。
色々と思うことがあるが花々は、何時の時も綺麗なものだ。
花々は、花として咲くから美しいのではなく「花」と言う形を与えられ、それを精一杯に生きるから美しいのだ、と誰かが言ったことがあるのをケーナズは思い出していた。
(……与えられた固体が違っても、その器に悔いることなく生きる――そう、それこそが私が思うことでもある……)
だが。
だが――?
自分に与えられた器、いいや――命は、短いのも知っている。
長く生きることが出来ても人生80年、と言われている昨今だ。
その後は土として還るのみで。
(…ああ、本当に)
言えれば、どれだけ良いのだろう。
妹と、その恋人たちとの様に将来の夢を、未来をなぞることさえも出来たなら。
だが、そうすれば。
昔、読んだことのある御伽噺のようにイヴは居なくなってしまう――雪女の話をしてしまった男から去っていったように、見てはならぬと言われた鶴の姿を見てしまった男を想いこそすれ、決まりを破ってしまったことを許さぬ誇り高さゆえに。
ふと。
ケーナズは唇を苦笑の形にしてしまう。
自分が考えていることは自分そのものにも当てはまるような気がしてしまったのだ。
人は己を通して他者を見る。
人が他者を愛しく思えるのは、その中に自分の愛すべきものを見出せたときだ。
つまりは、自分は「自分」と言うフィルターを通し、イヴを見ている――そう言うことになる。
(…面白いものだな……だが自分が泣くのは構わなくても、イヴが泣いたり辛い思いをすることを思えば)
胸は痛む。
何故、という疑問ばかりが自身を苛む。
(見たくは無いのに)
いつか、そう言う表情をさせてしまうのではないかと言う自分の怯えがあり続ける。
何故だろう―――ただ、心から愛しているだけなのに。
不意に陽が翳ったような気がしてケーナズは空を見上げようとすると。
垣根の向こうに聳え立つ一本の大きな大樹が、そこにはあった。
さわさわと、小気味よい葉擦れの音を響かせながら
+4+
「あの樹がそうなのかしら……?」
「多分。…イヴは何を願いたいのかな?」
「私? 私は―――」
何処か陰のある微笑をイヴは浮かべケーナズを見つめた。
言いたい事があるように、伝えたいことがあるように深い眼差しが、ケーナズの心に波紋を描かせながらも。
――だが。
こちらを見つめる瞳は、少しの躊躇を見せ、いつもの明るい表情へと変化した。
「聞きたい? でも駄目よ。願い事は、かけるもの――人に告げたら効き目がなくなってしまうから」
イヴは明るい表情のまま、今度は自らがケーナズを樹の傍へと連れて行くように駆け出してゆく。
「お、おい、イヴ……!」
「言いたい事は解るわ。急ぐなって言うんでしょう?」
「そうだ、急がなくても樹は逃げない」
「逃げない――そうね、確かにその通りだけれど。私は、此処まで来てしまったのだから早く願い事を言ってしまいたいわ」
「…なるほど。そんなに大事な願い事なんだね」
「……どうかしら?」
微笑う表情を、言葉を、何度も反芻しては自分の中へと留める。
もしかしたら――、そう思うのは自分の自惚れに過ぎない。
充分に解っている。
解っている、けれども。
(君が微笑いながら、はぐらかす願い事。それが何故か私に関連していると考えるのは――おかしなことかな?)
何時の日も微笑んでいて欲しい。
君が幸福でありさえすれば、きっと私は自分の幸福さえもどうでも良いと思ってしまうだろう。
何よりも、心から思うから。
海よりも空よりも――星よりも。
だけど。
それだけは、絶対に言えない。
君に伝えられると言う事さえも、何時の日か来るという保証も無い。
(だから)
願うことは自分とイヴの未来ではない。
無論、自分自身の傲慢な願い事でもない。
思うこと、願うことは唯一つだけ。
『イヴがいつでも笑顔でずっと幸せでありますように』
―――………叶うだろうか。
樹へとかけたい願いは。
さわさわとした葉擦れの音は、樹の近くに寄るとまるで波の様に響く。
確かに偉大な樹なのだろう、空気が綺麗で思わず、握っていたイヴの手を無意識に強い力を込めてしまったくらいで。
だが、イヴは「痛い」とも言わずにケーナズの隣に立ち、今までの笑顔とは違う微笑を見せた。
「さ、願いましょう? 二人ともどうか願いが叶いますように……って」
「あ、ああ」
そうしてイヴと二人、声も無く――ただ祈る。
(どうか――叶うことならば)
叶うならば、どうか樹よ。
この胸の内にある、想いが願いが、違えることなく届くように。
真顔では伝えられない、冗談交じりでも伝えることは出来ない――託せるものが無いからこそ、託す。
必ず、願い叶うと言われる大樹へと。
―End―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1481 / ケーナズ・ルクセンブルク / 男 / 25 /
製薬会社研究員(諜報員)】
【1548 / イヴ・ソマリア / 女 / 502 /
アイドル歌手兼異世界調査員】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。ライターの秋月 奏です。
今回はこちらの依頼に、ご参加くださり誠にありがとうございました!
前回の猫探しでは、妹さんにはとてもお世話になりました。
何と言いますか、深いな…と思わせるプレイングで、少しばかり
切なくなってしまうと言うような…本当に素敵なプレイングを
預けていただけたこと、感謝します。
ケーナズさんは、イヴさんとご一緒ということで、視点を少々切り替え、
このような文章になりましたが…少しでもお気に召していただけて
楽しんでいただけたなら良いのですが(^^)
それでは、また何処かにてお逢い出来ますことを祈りつつ……。
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