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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


願う、樹

+1+

「おや……」

そう言えば、とある人物はカレンダーを見る。
じきに年の瀬が来て年が変わる。
新しい年に変わろうとする日々も近づいているのだ。

「…今年は何人の子が、あの樹に願いをかけるんだろうね?」

友人、恋人、親子…様々な人たちが、あの樹に願いをかける。

窓の外に見える庭園の中でひときわ目立つ、樹。

あの樹に願い事をかければ、末永く願った人々は幸福で居られると言う。

「…まあ、その前に此処へ来れる人たちしか願いはかけられないけど。…どうなる、ことやら」

猫は呟きながら少女へと馨りの良い紅茶を持っていくべく部屋を後にした。



+2+

願いをかなえる樹が、とある庭園にある、と聞いてモーリス・ラジアルはその門をくぐった。
季節は冬だと言うのに、不思議とあたたかみのある花々が多く、モーリスの瞳を楽しませる。
次に作る庭園には、こう言う色合いのものを揃えても面白いかもしれないな、と庭園設計者の思考も不意に頭をよぎってしまうのだが。

が、今回は庭園設計者として来たのではなく、ガードナーとしてそういう現象を起こす樹の仕組みが気になりやってきたのだから、とりあえず庭園に対しては、目の保養をさせてもらうべきだと思考を切り替える。

不思議な、樹。
願いを叶えると言われる、樹。

自分には特に強く――強く、願うような願い事などは無いが、来る人は何を願うのだろう。
それも、モーリスがまた不思議だと思う事柄でもあった。

(願い事なんて自分でかなえるものでしょうに、ねぇ……?)

実を言えば来る前に少しばかり、ではあるがこちらの樹について調査しようと思っていた。
しかし、それらは全て解らずじまいだったのだ。
話には聞いたことがある、けれども実際に見たことは無いよ、と言う人の何と多かったことか……!
心の中では苦笑を浮かべつつ、誰に対してもそうであるように安心させるかのような雰囲気を漂わせ、時に誰もが見惚れてしまうような微笑を浮かべても、聞くたび、聞くたびに、返る答えは判を押したように皆同じで。

……どうにも、良く解らない樹ではありそうだ、と言うのがその時出した結論であり、ならば実際に見に行った方が早かろう!と思って此処に来たのだが。

何と言うのだろう。
見渡すばかり、庭園は花々で溢れていて問題の「樹」は何処にも見えない。
いや、無論椿や山茶花、そう言う系統の樹木ならばある。
だが、願いをかなえそうな樹などは――


「……お客人かな? ようこそ、庭園へ」


言葉が、モーリスのすぐ近くで聞こえ、振り返る。
するとそこには、まるで夜を切り取ったかのような黒衣の青年が立っていた。
やんわりと、柔らかな笑みを浮かべながら、ただ。



+3+

「……ああ、此処は貴方の庭園なんですか?」
「まあ、一応は。…本来は私のものではないのだけれどね」

モーリスも、青年の笑みにつられるように微笑むと、ならばと問い掛ける。

「樹、は何処にあるんですか?」
「樹? ああ……あの樹のことかな? 願いが叶うと言われている」
「そうです、是非見たいと思いまして……何処にあるかだけでも」

ふむ、と青年は思案気な表情になると、ぽん!と手を叩いた。

「じゃあ、とりあえず…お茶でも如何かな? 良い茶葉が入ったし、そこから見える樹でも眺めながら」
「いいですね。では、ご馳走になりましょうか」

了承の意味を込めてモーリスは深く微笑んだ。
実際にはある程度の手間が省けた、とも思いながら。

傍目には、人当たりが良く親切な様に見えても、根本的にモーリスは何処か人から離れてしまっているところがある。
だからこそ、願いが叶うようにと樹へ願う人の心が解らないから、そう言うのを見てみたいと思うし、それゆえ人間観察をするのが大好きだったりもするのだが……。

懸命に頑張れば願い事など大抵は叶う。
やって出来ないことなどあるわけないし、出来ないのであれば別の方法を模索して考える。
その方が願うよりか確実だ。

願って叶うのなら、この世は天国だとさえ――思う。

(それとも……違う、のでしょうか? ――何故、とこのように考えることさえも)

目の前を歩く青年の姿を見ながら、今すぐにでも問い掛けてしまいたい気持ちを抑え、モーリスは歩いた。
さわさわと、吹く風の中――何処かで、風鈴の音を聞いたように思いながら。


+4+

青年に案内された場所は、かなり日当たりの良いところにあった。
冬のあたたかさの無い、陽の光でさえも一瞬あたたかみを感じてしまうほど。

椅子に腰掛けさせてもらい、暫くすると青年が紅茶を持ってきた。
耐熱ガラス製の茶器を見ると、蕾が緩やかに咲くようにほころび、更には花が咲くようにふわりとした香りが舞った。

「……へえ、薔薇もこうやってカップの中で花を咲かせるんですね」
「こう言うものは大抵、菊のお茶が多いらしいのだけれど…薔薇のも作られてると言うことでね。漸く取り寄せが叶った商品でもある……味は一応、保証するよ?」
「…一応ってなんですか、一応って」
モーリスは苦笑しながらも、カップに口をつける。
青年は相変わらずの微笑を浮かべながら、好みというものがあるからね、と言い、とある方向を見ていた。
だが、その方向には何もない。
あるのは、ただ綺麗に整えられた垣根があるばかりだ。
「…美味しいですけれど、甘いですね。…ところで、何を見ているんですか?」
「ん? あれ……見えないのかい?」
「申し訳ないですけれど、私には何も」
何が見えるというのだろう。
そう言った事がよほど不思議だったのだろうか、銀色の瞳が、ただじっと、見据えるようにモーリスを見る。
が、急に合点が行った様に「ああ」と声に出した。
「そうか、もしかしたら君は」
「? はい?」
「――願い事が、無いんだね? 自分自身、叶えてみたいと思う前にまず願いを何かにかける、と言う事も」
「それが、何か関係が?」
「……一応ね。まあ、何ていうのかな…例えばあそこに歩いている一組のカップルが居るね」
青年が、窓の向こう仲良さそうに歩く一組のカップルを見る。
モーリスも、その視線の動きを追いながらカップルを見た。
陽の中で尚、眩しい金髪と、空を映したような青い髪。
お互い談笑しながら歩いてるのだろうか、とても幸福そうだ。
「ええ」
「そして当然ながら、そのカップルが願い事をかけるのを見たい、と思う人も居るかもしれない」
「そりゃあ……居ない、と言う方がおかしいでしょう。私も含め、人には野次馬根性と言うものがある」
だからこそ、見にきたのだ。
どのような表情で、どのような想いで、行くのだろうかと。
が、青年はわかってると言うように微笑うと話を続けていく。
「勿論、それらを否定しているわけじゃないよ? ただね――願い事、というのは得てして人に見られてはいけないものなんだよ。見られたくも無いものでもあるけれど」
「…つまり?」
「願い事が、本当にあるのならば樹の姿は見ることが出来るし願いを言う事も出来るって事さ。だが――そうでない場合は、見ることは出来ない」
「…そんな奇妙な樹があって良いんでしょうかね?」
呆気に取られた、と言うか狐につままれたような気がしてモーリスは青年へと問う。
と、言うことは自分には見れないと言うことに他ならないことでもあるのだから。
「まあ…確かに不思議な話ではあるけれど。けどね、いつか理解できるかもしれないよ。人に見られたくも無く、聞かれたくも無い願いがあると言うこと。二人一緒で願いたい、真の願いがあるという事も」
「そういうもの、でしょうかね……? ……私なら、願いは自分の手でかなえたほうが確実、だと思うんですが」
それだけの能力もある。
能力もあって運もあるのなら動かないだけ損だし生まれ持ったものは大いに活用するべきともモーリスは考えるのだ。
「それもやはり、この紅茶と同じだね」
「――え?」
紅茶と同じ、と言われモーリスは一瞬意味が解らなくなったが「ああ」と、すぐに相槌を打つ。
「つまりは、貴方にとってはこの紅茶が美味しいように私にとっては甘いこともある、そう言う事ですか?」
「勿論。人には色々な思考があるからね…と言うか私も初めて見たよ。願いは無いけれど、野次馬したいという方にね」
「へぇ? 私にしたら、その方が意外です。…見たいと思う方がいらっしゃらないことがね」
「――なるほど、ね」

瞳をあわせ、互いに微笑う。
紅茶はすっかり、ぬるくなってしまっていたが気にすることなく、口につける。
口の中で甘さと薔薇の香りが、ただ心地よく響いた。




―End―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2318 / モーリス・ラジアル / 男 / 527 /
 ガードナー・医師・調和者】
【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】
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■         ライター通信          ■
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初めまして、こんにちは。
ライターの秋月 奏です。
今回はこちらの依頼に、ご参加くださり誠にありがとうございました!
プレイングを読ませていただきまして、モーリスさんは
是非、家の猫と喋っていただきたいなと思い、このような形に
なりましたが、如何でしたでしょうか?
本当にカッコよいPCさんでしたので私が書いて良いのかどうか
凄く悩みましたが何処か一つでも、お気に召した部分があり、
少しでも楽しんでいただけたなら良いのですが。(^^)

それでは、また何処かにてお逢い出来ますことを祈りつつ……。