コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


1.ネクロ・カウンター ――vsギルフォード

■巽・千霞編【オープニング】

「――探偵。”満月に病める町”から、再びSOSが来ていますよ」
 ゲルニカ内の草間興信所にて。
 机で頬杖をつき、物思いにふけっていた少年探偵――探偵に、青年助手――助手は告げた。その手には、割られたばかりの言霊を持っている。
 探偵は助手に視線を合わせると。
「満月の夜に起こる、狂気的殺人事件?」
 それは以前にもあったことだった。そしてその事件を、探偵は一度解決している。
 助手はYesを飛ばして続けた。
「しかも多発、です。これは明らかに――ネクロ・カウントでしょう」
「ふん」
 探偵は鼻を鳴らして応える。
 ネクロ・カウント――それは死体の数を競うゲームだ。ただしプレイヤーは、自らの手を汚してはならない。あらゆる策を講じて、人を死に追いやってゆくのだ。
「しかし一体誰が”あいつ”と……」
 助手の表情が暗く沈んでゆくのを、探偵はただ眺めていた。
 ネクロ・カウントを楽しもうとする者など、”あいつ”しか考えられない。現に以前ネクロ・カウントが行われた時、それを競っていたのは”あいつ”と――医学探偵だった。しかし医学探偵は、そのゲームに負け既に殺されている。2人は互いの命を賭け、勝負していたのだ。
 助手の視線が、ゆっくりと事務所奥のドアへと移る。その部屋の中には、探偵のために命を賭けて”あいつ”を殺そうとした、医学探偵の遺体が飾られていた。
「――もう、僕のために命を賭けようなどというバカ者は、誰も残ってはいないのだ」
 助手の視線を引き戻すように、探偵は口を開いた。
「だから今回の事件は、本当にただ単純に、楽しんでいるのだろうさ。そしてだとしたら1人、思い浮かぶだろう?」
 探偵と目を合わせた瞬間、助手は閃いたように手を叩く。
「ギルフォード! ……さん、ですか?」
「ご名答」
 嬉しそうな顔をした助手に、探偵は苦笑を返した。
「邪魔をしに行くかね?」
「もちろんです!」
 ネクロ・カウントは、第3者にその策を見破られた時点でゲームオーバーとなる。つまり互いが死体の数を競っているのと同時に、その策の完成度をも競っているのだ。
 それを邪魔するということは、見破ろうとすること。それが狂気的殺人事件の解決にも繋がる。
 そしてこのゲーム自体、”あいつ”が今現在その町に存在しているという何よりの証拠だった。
 探偵は立ち上がり、机上の帽子を手に取った。
「――さあ、追いかけごっこを始めよう」



■旅立ち【都内某ビル:屋上】

(どうして私はここにいるんだろう?)
 そんなことすらわからないまま、私はその輪の中にいた。私がわかっていることといえば、その場所があらかじめ定められていた場所であり、そしてこの瞬間があらかじめ定められていた――
「――約束の時間ですね」
 そう、時間であったということ。
 それを口にした少年は、自らを囲む私たち――8人を見回した。手にしている銀時計が、キラリと光る。
「これからどこへ行くのか、わかっていますよね?」
 同じ声に、皆一斉に頷いた。私も一緒に頷いてから、そのおかしさに気づく。
(――あれ?)
 何故かわかっている。
 さっきまで自分がここにいる意味すら、わからなかったのに。
(これから、”ゲルニカ”に行くのね)
 便宜的にそう呼ばれている世界。名づけたのはこの少年だという話だった。
(でも私、なんでそんなこと知ってるの……?)
 勝手に増える知識を、不審に思う。
 こっそりと辺りを見回してみると、他にも不思議そうな顔をしている人が何人かいた。戸惑う感情も少し伝わってきて、私は安心する。
(人間は模倣の生き物、だったわよね)
 誰かと同じであると安心する。それはあくびがうつるのと同じ原理だ。
 少年は全員が(戸惑いながらも)頷いたことを確認すると、言葉をつけたした。
「自己紹介はいりませんよね? それも既に、わかっているはずです」
(え?)
 言われて人の顔を順に見ていくと、確かに少年の言うとおり私は”わかって”いた。この少年――桂(けい)さんのことですら。
「確認作業は無駄だというお達しのようです。こうしている間にもゲルニカは動いていますからね。早く、行きましょう」
 私たちを急かしながら、桂さんは銀時計で空間に穴を開けた。
(そうよ)
 あの時計は空間を移動するための物。私はそれを知っている。
『確認作業は無駄だというお達しのようです』
 その言葉の意味も、気づいていた。
(”あいつ”さんの、意思なのね――)
 きっと私ですら、読み取ることのできない感情。
 ぞろぞろと穴の方へ向かう私たちを、最後に桂さんは振り返って。
「どうしても確認したいなら、後ろの方を見るといいですよ」
 そんなことを告げた。何人かが、後ろを振り返った。



■状況整理【ゲルニカ:草間興信所】

 草間興信所には、草間・武彦さんは存在しなかった。代わりに少年探偵さんと青年助手さんがいて、仕事をこなしているらしい。
「…………また、人が増えたな」
 事務所を訪れた私たちを見て、心底不快そうな顔で告げたのは探偵さんだ。
(あんまりよく思われていないのかな?)
 けれど伝わってくる感情はどちらかといえば戸惑いだったので、そちらを信じることにした。
「”あいつ”なりに、多くの人との関わりを求めているんでしょう」
 さらりと答えた桂さんに、探偵さんはより鋭い視線を送る。
「――時計。君はこんな所にいていいのかね? 死体の数を数えるのは君の役目なのだろう?」
「!」
 その場にいた全員が、一瞬にして桂さんを捉えた。その視線の先で、桂さんはクスリと笑う。
「確かにボクは、審判としてゲルニカに来ています。完全なる傍観者は意外と少ないですからね。――でも、だからこそどこにいても”わかる”んですよ」
 その悟りは、きっとさっき私が”わかる”と感じた事象と同じ種類のものだろう。わからせているのは他の何でもなく、”あいつ”さん。
「……なるほど」
 今度は探偵さんが笑った。
 その隙をついて、助手さんが私たちを促す。
「さあ、立ち話もなんですから、皆さん座って下さい。”満月に病める町”で起こっている事件について、詳しく説明しましょう」
 その機会を、じっと窺っていたようだった。



 私も含めて、6人がソファに腰をおろした。テーブルを挟んで2つあるソファは、もちろんそれだけで満杯だ。桂さんは既にいない。そしてそれ以外に――
(2人、減ってる)
 その事実を、いちいち口にする人はいない。
(私も”わかってる”)
 この世界での行動はすべてが自由で。それは”あいつ”さんの手の平で踊らされていながらも、ある程度は保証されていた。
「――さて、僕としては早く向こうに行きたいのでね。質問は1人1つとさせていただこう」
 本来なら草間さんが座っているはずの場所に、偉そうに腰かける探偵さん。その探偵さんが切り出すと、即行問い掛ける声があがった。
「向こうというのは、”満月に病める町”のことですか?」
「そう。……君の権利はこれで消滅した」
「あ」
 迂闊に口を開いてしまったことを後悔しているのは、ヨハネ・ミケーレさん。格好からもわかるとおり、神父である。
「現在の”満月に病める町”の状況は?」
 それをフォローするように問いかけたのは、セレスティ・カーニンガムさん。私の目には3つの肩書きが見えるけれど、それ以上に目立つのは彼が車椅子に乗っていたからだろう。
 探偵さんは軽く頷くと。
「満月のたびにかなりの人数が死んでいる。だがおそらく、”あいつ”とギルフォードのゲームは終わっているはずなのだ」
「?!」
 息を呑んだだけで、誰も喋らなかった。1度きりの質問のチャンスを、じっと窺っている。
 そんな私たちを見て、探偵さんは「ふん」と鼻で笑った。
「賢明な判断だな。続きは自動的なのだから」
 空気はピンと、張りつめたまま。
「結論から言おう。今回のネクロ・カウントには、複数の参加者がいるようだ。調査の結果ギルフォードは明らかに反則負け――それでも殺人が続いているところを見ると、そうとしか考えられない」
「……反則負け、ですか?」
 慎重に言葉を発したのは、アイン・ダーウンさん。置いた間から、それが考え抜かれた問いであることがわかる。
 それに答えたのは、探偵さんではなく助手さんの方だった。
「”ネクロ・カウントは第3者にその策を見破られた時点でゲームオーバーとなる”――こういうルールがあるのは当然ご存知でしょう? ですがギルフォードさんは、そのルールに最初から無頓着だったのですよ」
 その表現に、探偵さんは笑って傍らに控える助手さんを見上げる。
「無頓着、か。相変わらず面白い表現をするな、君は。まあ間違ってはいないがね」
 それからこちらに顔を戻して。
「ギルフォードが他人に人を殺害させる方法は、少し調べただけですぐわかるようなお粗末なものだったということだよ。どんな方法かは、君たちの目で直接確かめてみればいい。彼はまだその方法で、殺し続けている」
「な……っ、止めないんですか?!」
 思わず口走ってしまってから、私は口を抑えた。
(言っちゃったぁ……)
 もちろん、もう遅い。
 でも言わずにはいられなかった。犯人と方法がわかっているのに、捕まえないなんておかしい。
 しかし探偵さんはふっと笑うと――小さな淋しさが、伝わってくる。
「残念ながら、警察は死体の片付けと身元確認作業で大忙しなのだ。――あと、犯人逮捕でね」
(! そうだわ……)
 私たちは大本の原因がネクロ・カウントを楽しむプレイヤーたちにあるのだということを知っている。それは他のすべてと一緒で、あらかじめ与えられていた情報だ(もちろん、”あいつ”さんによって)。
 でも実際にその渦中にある人たちから見たらどうだろう? 直接手を下した人が犯人でしかありえない。まずは彼らを捕まえるのが、確かに筋と言えるんだ。
「じゃあさぁ、探偵がどうにかしたらー?」
 重苦しい雰囲気とは裏腹に、八尾・イナックさんの明るい声が飛んだ。
「それも残念ながら、無理なのだよ。”探偵”の仕事は謎を解くことと犯人を暴くことだけなのだ。犯人を拘束したり裁いたりする権限はない。だからこそ自由に動けるし、間違いが許される存在でもあるのだがね」
 それに合わせるように、探偵さんは明るい声で答えた。これで、まだ質問をしていないのは――視線を移した。
(志賀・哲生さん、だけね)
 さっきから私が、戸惑っている人。彼の不思議な感情は、私を何故か昂揚させている。
(よく、わからない)
 でも訊いてはいけない気がした。
 志賀さんの唇だけを、追う。
「――他に情報は?」
 素早く動いた。
「いい質問だ」
 志賀さんの選んだ問いに、本気かどうかもわからない言葉が返る。
「ネクロ・カウントが3人以上の手によって行われていると考える理由が、もう1つあるのだ」
 ゴクリと息を呑む間を、探偵さんは置いた。
「死体の出ない殺人――いや、もしかしたら消えた子供らは殺されていないのかもしれないがね。満月の夜に子供が消える事件も多発している。いなくなった子供たちはまだ、誰一人として見つかっていない」
(子供まで……?!)
 でもどうして、それが”あいつ”さんの仕業じゃないなんて言えるの?
 私にはそれがわからなかった。
「う〜〜〜〜」
 問いたいあまり、唸ってしまう。
 探偵さんは当然それを察していて無視を決めこんでいた(!)ようだけど。
「探偵、お2人にはチャンスを与えたらいかがですか?」
 同情を含んだ助手さんの声に、揺れる。
「――仕方がないなぁ。ならばさっさと言いたまえ」
(やったぁ♪)
 せきとめていた息を、一気に吐き出した。
「その子供が消える事件を起こしてるのが、”あいつ”さんだったりしないんですか?!」
 探偵さんはゆっくりと――しかし確実に首を振る。
「”あいつ”はそんな生ぬるいことをしないのだよ。子供には手を出すかもしれない――が、だとしても僕を苦しめるために結果をばら撒くだろう」
 それは永い間”あいつ”さんと対立し続けている探偵さんだからこそ、出せた答えなのだろう。
「さてそこの神父。君が最後だ」
 急かすように、探偵さんは会話を進める。ヨハネさんは神妙な面持ちで、まるで作文を読む子供のようにゆっくりと口を動かした。最後の問いを、間違わないためかもしれない。
「えーと……僕たち、”満月に病める町”へ向かう前に、アトラス編集部に寄りたいと思っているんですけど……探偵さん、お付き合い願えますか?」
「!」
 それは多分、誰にとっても意外な問いだった。――いえ、正しくはセレスティさん以外にとって。彼が頷いたところを見ると、”僕たち”には彼が含まれているらしい。
「あはははは」
 探偵さんは突然大声で笑い出す。
「笑いすぎです、探偵」
 そう助手さんが諌めるほど、探偵さんは笑い続けていた。それでもやがて落ち着くと、涙(笑いすぎたための涙だ)を拭いながら。
「いいだろう。君たちが望むのであれば」



■捜査開始【ゲルニカ:満月に病める町――道端】

 何をしようと思って、来たわけじゃない。
 けれど2人に会って、私は助手さんを手伝いたいと思った。
(あの人なら)
 きっと傍にいても、私は安定していられる。
 2人の様子だけ見れば、きっと探偵さんの方が精神的に安定しているように思えただろう。けれど伝わってくる感情は、あまりにも正直だった。
(揺れているのは)
 覚悟ができていないのは、探偵さんの方。
 助手さんの心の奥には、揺るぎない覚悟が存在している。深く読み取ったわけではないけれど、私にはそう思えた。

     ★

 探偵さんとヨハネさん、そしてセレスティさんとは別れて、私たちは一足先に”満月に病める町”へと来ていた。
 私たちを率いているのはもちろん――助手さんだ。
「――それにしても、ちょっと意外だったなぁ。助手は探偵と一緒にしか行動しないと思ってたよ」
 何のためらいもなくそう口にしたのはイナックさん。
 助手さんは淋しそうな苦笑を見せると。
「私はいつもできる限り傍にいたいと思うのですけどね。探偵が望むのであれば別々に行動することもありますよ」
「ふぅん……あなたも複雑なんだねぇ」
 イナックさんの言葉から大した感情が見えないのは、どうやら素のようだった。
(――でも、言葉からだけじゃない)
 彼自身の心からも、あまり伝わってくるものはなかった。
(芸術家、だからかな?)
 それが彼の肩書き。芸術家は、自分の興味ある分野にはとことん入れ込むけれど、逆に興味のないことには些細な感情すら抱かない――
(かもしれないっと……)
 私がそんな、それこそどうでもいいことを考えていたのは。無意識のうちに流れ込んでくる残された感情に、流されるのが嫌だったからだ。
「ところで助手さん、次の満月はいつなんですか?」
 顔をしかめたまま問った私を、助手さんは不思議そうに見返す。
「明日――ですね」
「やっぱり! なんか皆、酷く焦っているんです。あと恐怖と……そういう気持ちでこの辺がいっぱいです」
 この町に一歩踏み入れた時から、そうだった。
(制御はできる)
 でも勝手に入り込んでくるものを、完全にシャットアウトすることは難しい。――もしかしたら、こんなふうに制御しきれていないのは、志賀さんから感じていた昂揚のせいかもしれない。
「実際に人がいるわけじゃないのに、こんなに強く感じるなんて……」
 不安が、自然と言葉になる。
(――そう)
 たどり着いた町は酷く静かだった。
 人一人見えない。その理由は、既に明らかになっている。
(満月は明日)
 誰もが恐れているんだ。
 狂気的殺人事件を。その被害者になってしまうことを。――あるいは、加害者になってしまうことを。



「さて、どのように捜査しましょうか……」
 頼りない声で、私たちを見回す助手さん。いつもは探偵さんに指示されたことをやればいい立場にあるのだから、ある意味仕方のないことかもしれないけれど。
「俺の出番はどうやら明日がメインのようですから、今日は皆さんに付き合いますよ」
 そう応えたのは、さっきからやけに周りを警戒していたアインさんだった。
「明日がメインって、何をするつもりですか?」
 気になって問いかける。するとアインさんはさも当然と言うように。
「もちろん殺人をとめますよ。そんなことさせたくないですから。でも俺、大した推理ができるわけじゃないから、とりあえずはプレイヤーを見つけしだい攻撃してみようと思ってます。そうしたら何かボロを出すかもしれないし」
「ずいぶんと攻撃的なんだねぇ」
 イナックさんが笑って。
「私はギルフォードを追ってみたいかな」
「……なんでだ?」
 意外に思ったのか口を挟んだ志賀さんに、イナックさんは笑顔だけで答えた。
「じゃあとりあえず、捜査の基本・現場検証と訊き込みから始めましょうか。どちらにしても現場はそこかしこに存在しますから、かなりの労力になると思いますけど……」
 それでも、やるしかない。
 頷いた皆に、助手さんは安心したように息をひとつ吐いた。

     ★

 現場検証は私と志賀さんが担当した。
(不思議な感情を発している志賀さん)
 彼は”死”に関するものを”匂い”としてキャッチすることができるのだという。
 どの現場にも大した違いなどなく、重要なのは目に見えない情報であると判断したからこそ、私たちがこちらにまわったのだった。
(志賀さんなら訊かなくても、現場がわかる)
 私なら訊かなくても、理由がわかる。
 それが大よそでも構わなかった。もともとこのゲーム自体、実はかなり大雑把なものであることは、誰の目にも明らかだったから。
 ちなみに助手さんは訊き込み担当の2人の方についている。現場検証はほとんどの現場が屋外だったため誰の許可もなくできるけれど、訊き込みをするためにはまず信用が必要だ。その点助手さんは曲がりなりにも探偵さんの助手なので、肩書きで信用を得るには十分だった。
「――ここも、相当匂うな」
「強い恐怖を感じます……多分、殺さなければ殺される。そんなたぐいのもの」
 そんな調子で、私たちはかなりの現場を回った。中には前回の満月から数週間が経過した現在でも、まだ血だまりの残っている場所があった(ゲルニカの月の満ち欠けは現実よりも早いみたい。常に薄暗いからかな?)。もちろん私はそれを直視することができず、顔を背けていた。
(背中に)
 また不思議な感情を浴びせてくる志賀さんを感じながら。



 一通り回り終わった頃にはすっかり疲れ果てて、私は志賀さんに半ば引きずられるようにして最初にいた地点――合流ポイントへと戻った。すると2人は先に戻ってきていて……
(あれ? 2人?)
 イナックさんの姿が見当たらない。
「あいつはどうした?」
 志賀さんが問わなかったら、私が訊いていただろう。ゲルニカへやってきた時とは違うんだ。ちゃんと互いに目的を確認した上で動いていたんだから。
 すると2人は同時に首を振った。
「「それが、気がついたらいなくなってたんです」」
 そして同時に同じ言葉。顔を合わせる動作も、まったく同じだった。ただ助手さんの方が背が高いので、アインさんが助手を見上げる形になる。
「気が合いますねぇ」
 私は思わず笑った。
「まあ大丈夫だろう。何せ満月は明日だ。”事件を起こすのは満月の夜”ってのも、どうせルールなんだろう?」
 志賀さんの問いに、助手さんは頷く。
「ええ。ネクロ・カウントは様々なことを競うゲームです。”限られた時間の中でどれくらいの死体をつくり出せるか”というのも、大きなポイントなのですよ」
 そう答えた助手さんは、哀しみに包まれている。それでも気にならないのは、きっと彼が常に哀しみに囚われているからだ。私がそれに慣れさえすれば、負担にはならない。
(ルール、かぁ)
 既に何度か出ている言葉を、私は考えた。
「でも、ギルフォードさんってルール無視してるんですよね? もしかしたら……」
(満月なんて関係ないんじゃないかしら?)
 とても最後まで言い切れなかった。
 そんな私の不安を払拭するように、助手さんは小さく笑う。
「その心配はいらないと思いますよ。満月の夜以外に手を出すということは、そうでもしなければ勝てないと認めるようなものですから。そんなこと、いくら楽しくともプライドが許さないでしょう」
(――うん)
 そうであればいいと、私はギルフォードさんの胸に祈った。
「まあこうして心配だけしていても始まりませんし。なんでしたら俺があとで捜してきますから」
「だな、折角調査してきたんだ。情報交換と行こうぜ」
 アインさんの進言に、賛成したのは志賀さん。
(この世界ではもう)
 なるようにしかならない。
 そんな思いが感じられるような、はっきりとした言葉だった。



■情報交換【ゲルニカ:満月に病める町――町長の家】

 私たちは、探偵さんにSOSを送った張本人・町長さんの家へやってきていた。捜査本部として借りる約束をしていたらしい。今までここにこなかったのは――そう、探偵さんがいなかったからだ。
「本当に、ちょうどいい所に来ましたね、探偵」
 私たちが道端で情報交換を始めようとしていた時、現れた。まるで告白のタイミングを計っていたかのように。
「ふん。日頃の行いがよければ運さえも味方するのだよ」
 ウソかホントか判別のつかない言葉を返す探偵さんは、当然のように上座に陣取っている。
「調査は進んだのかね?」
「ええ、現場検証と訊き込み調査を」
「まともなことをやってるじゃないか」
 驚きとも呆れともつかない声音。いつものことなのか、助手さんは苦笑するだけで何も言わなかった。
「ではとりあえず聞かせてもらおうか」
「じゃあまずは私から」
 さっさと吐き出してしまいたいと、手を挙げたのは私。
「私と志賀さんで現場検証を担当したんですけど……現場に残された感情は、次のようなものでした」
 まとめたものを、順に羅列してゆく――驚愕&恐怖&苦痛、安堵&無念&怨恨&苦痛、恐怖&希望、悦楽&満足、歓喜&期待……
「その&はなんですか?」
 問い掛けたのはセレスティさんだ。
「それらの感情を同時に感じた、ということです。混ざりすぎてわけのわからないものもありました」
「負の感情だけじゃなく、正の感情まであるんですか……」
 意外そうに呟いたヨハネさんの言葉を、探偵さんは聞き逃さない。
「驚くことはないさ。恐らくその半分以上がギルフォードの感情だろう」
「え?!」
「彼に逃げ回る趣味などない。町中を闊歩してターゲットを探しているよ。――まあ、明日になればわかるか」
 探偵さんはそれ以上ギルフォードさんについて語りたくないらしく、「終わり」というふうに手を振った。
「で? 訊き込みの方はどうなのだ?」
 アインさんと助手さんは顔を合わせると、助手さんがどうぞというようにアインさんを促した。アインさんは頷いて。
「どうもこうも、目撃者が多すぎて話になりませんよ」
「え?!」
 また、意外な答えだった。
「共通しているのは、”突然”人が人を襲った、殺した。この”突然”という言葉です。そして殺害の瞬間を目撃された人たちの半分以上が、既に逮捕され取り調べを受けているという話でした――が、逃げ果せている犯人の中には、ギルフォードの名前も挙がっていました」
「?!」
「だから言っただろう? 少し調べればわかると」
「ま、待って下さい探偵さん! ネクロ・カウントは間接的に殺めることもルールなんでしょう? 犯人に名前が挙がるということは、ギルフォードさんは直接――」
「それ自体は。別にルール違反ではないよ。ただカウントされないだけなのだ」
 挟んだ私の言葉に、あっさりと返した。
「そう――時計が、数えないだけ。それだけギルフォードは無駄な殺人をしているということだよ。自分が楽しむためだけにね」
 どこか諦めたような表情。おそらく最もどうにかしたいと願っているのは、探偵さんなんだろう。けれど現時点で探偵さんができることは、あまりにも少ない。
(きっと)
 様々な力を有した私たちならば、探偵さんよりもマシなことができるのだろう。
(なんとか、解決してあげたいな)
 事件の解決は無理でも、せめてギルフォードさんの行動をやめさせたい。
(「止めないんですか?」なんて)
 言ってるだけじゃダメなんだ。
 明日――私が頑張ろう。
(鍵を握っている)
 それは痛いほど感じていた。
 初めて、嫌になるほど期待されている。
(だから今日は)
 ゆっくり眠ろうね?
 心の中の人形に呟いた。



■ヒカレタ・トリガー【ゲルニカ:満月に病める町――町長の家の小部屋】

 ついに訪れた満月当日。といっても、事件が起こるのは夕方から翌朝にかけてであり、少なくとも午前中はまだ平和なのだった。
 私は昨日と同じように助手さんの傍にいた。冷静にしているように見えて、やはり探偵さんは揺れに揺れていたから。
(そして)
 助手さんの傍にいようと考えていたのは、どうやら私だけではないようだった。
「――何故、おまえは探偵に味方するんだ?」
 志賀さんが問う。
(私はいない方がいいのかな?)
 思ったけれど、内容に興味があるし邪魔と言われたわけではないので、そのままそこにいることにした。
「……はい? どうして突然そんなことを……」
 当然助手さんは驚いて志賀さんを見る。
 志賀さんは酷く落ち着いた様子で。
「この世界は、探偵と”あいつ”の対立だけで構成されている。なのに、それは単純な善悪の構図ではないだろう? 俺はそれがゲルニカの謎を解くカギだと思っている」
「ゲルニカの、謎……」
 くり返した瞬間、私はそれが何のことであるのか理解した。
(始まりの、事件――)
 2人の対立のもととなっている、1人の女性が亡くなった事件だ。状況的に最も怪しい探偵さんと、動機的に最も怪しい”あいつ”さん。2人は互いが犯人であると思っていて、事件はまだ解決してない……
 志賀さんは同じ問いをくり返す。
「探偵が必ずしも”善”ではないんだろう? 何故探偵に味方するんだ」
「それは簡単なことです」
 2度目の質問には、助手さんも即答した。
「”あいつ”は私と探偵にとって、共通の仇(かたき)ですから。私ひとりではとても立ち向かえない以上、私が探偵に味方するのは当然だと思います」
 一度そこで切ってから。
「けれどそれ以上に。探偵を敬愛する気持ちから、味方したいと考えているのも事実です」
「敬愛、か。便利な言葉だな」
「――ずいぶん穏やかな気持ちでおっしゃるんですね」
 私は口を挟んだ。
 揺るぎない助手さんの心が、少し意外だったから。
 すると助手さんは苦笑して。
「私は何も、探偵側からしかものを見ずに探偵側についたわけではありませんからね」
「――なに?」
「探偵と私の直接の出会いは、探偵が私の故郷の町を訪れた時でした。その時私は殺人事件の容疑者にされていて……そんな私を探偵がただ1人信じてくれた時、事件を解決してくれた時――私はこの人についていこうと思った。けれど実はそれ以前に、私は間接的に探偵と会っていたんです。そして――憎んでいた」
「?!」
 それはさらに意外な告白だった。
(一体どういうことなの?!)
 とっさには理解できない。答えを志賀さんが口にする。
「……寝返った、ということか?」
「過去を100%捨てられるのであれば、なにも悪いことではありませんよ。悪いのは、最後まで忘れられないことです」
 きっぱりと言い切る助手さんに、探偵さんの前で見せるような弱さはない。
(――!)
 私はその言葉を聞いた志賀さんのおかしさに気づいた。
(また……)
 昨日現場検証をしていた時に感じた、不思議な感情が蘇る。
「志賀さん……?」
 思わず名を呼んだ。志賀さんは私と目を合わせると――これまで見せたことのない会心の笑みをひとつ。
「悪いな、巽。これから俺は向こうへ行く」
「え……?」
 それから右手を助手さんの方へ伸ばし。
「手土産に、貰っていくぞ」
 言い捨てて部屋を出て行こうとした志賀さんに、助手さんが引きずられるように動き出す。
「わわっ」
「志賀さんっ?!」
(志賀さんの手から何かが繋がってるの?)
 ――いや、今考えるべきはそんなことじゃない。
「向こうって――」
 私が言い終わる前に、ドアはしまった。最後に見えたのは志賀さんの後ろ姿と、驚いた助手さんの表情。
 私はすぐにそのドアを開けたけれど、2人の姿は既になかった……。



■ゲームの始まり そして終わり【ゲルニカ:満月に病める町――道端】

 私はすぐに、探偵さんたちに知らせるため外へと走った。実は部屋の中に私たちしかいなかったのは、探偵さんたちが外へ見回りに行っていたからだった(もちろんイナックさんを捜すという目的もある)。
 探偵さんたちを捜すのは、そう難しくはなかった。私の能力を最大限に利用すれば。探偵さんたちは皆、町民とは違う気持ちでこの町に存在している。だから私は、それをたどればいい。
「――あっ、探偵さん!」
 声をかけて近づくと、探偵さんは不思議そうに私を見た。
「どうしたのだ? そんなに慌てて」
「実はっ」
 続けようとしたが、走ってきたせいで息が切れてうまく喋れなかった。
「落ち着きたまえ。まだゲームは始まっていないのだ」
 それは私もわかっている。激しく首を振った。
「志賀さんが……志賀さんが助手さんを連れてどこかへ行ってしまったんです……っ」
 あえて”どこか”と表現した。
(だって確信なんかない)
 私は訊けなかったのだ。
 予想でその場所を言うには、あまりにも無責任すぎる。
 しかし私の言葉の行間を、探偵さんは確実に読み取っていた。
「――そうか」
「そ、そうかってそれだけですか?!」
 探偵さんの言葉につっこんだのは、一緒にいたヨハネさんだ。次にセレスティさんが冷静に解説する。
「……なるほど、探偵くんには確信があるわけですね? 助手さんは”まだ”殺されないと」
「!」
 その言葉に、探偵さんは深く頷いた。
(それは――)
 一体どちらに対する信頼なんだろう?
 助手さん? それとも……
「そのうち戻ってくるのだ。気にすることはない。私立探偵の方は、どうだかわからないがね」
「一体どうして、そんなことになったんです?」
 首を傾げるアインさん。私は町長の家での出来事を、皆に話して聞かせた。



「――その会話のどこかに、彼にとっての”きっかけ”があったのだろうな」
 聞き終えた探偵さんはそんな感想を漏らした。「助手さんがかつて探偵さんを憎んでいた」というくだりにも眉1つ動かさなかったところを見ると、最初から知っていたらしい。
「もしかして探偵くん……助手さんがキミを憎んでいたことと、助手さんが知っている”あいつ”の真の感情には、何か繋がりが……?」
 セレスティさんがかけた言葉に、探偵さんは自嘲気味に笑った。
「それは理由と結果なのだよ。助手はそれを知っていたからこそ、会ったこともない僕を憎んでいた。理屈は簡単だろう?」
「「「どこがですか……」」」
 私とヨハネさんとアインさんが、声を揃えて呟いた。
(”あいつ”さんの本当の感情?)
 私にはよくわからないけれど。助手さんがそれを知っていて、探偵さんに隠しているのだということはわかった。
(――でも、何でだろ?)
 あんなに探偵さんを敬愛してる助手さんが、探偵さんに隠しごとをできるなんて思えないのに。
「そろそろ本部に戻ろう。夜になるまでは何の変化もないようだ」
「あ、イナックさんは……?」
「色んな場所を捜し回ってみたんですが、見つかりませんでした」
 答えたアインさんはサイボーグ。それだけで、”色んな場所”がどれだけ広範囲であるのか推し量ることができた。

     ★

 夜――。
 ネクロ・カウントの始まりとともに、私たちは外へ飛び出した。
 探偵さんたちを捜す時に力を使ったので少々疲れていたけれど、それは本部に帰ってからゆっくりと休んだことで回復していた。
 町にはさっきまでが信じられないほど人があふれていた。閉鎖された空間にいる方が怖いのかもしれない。
 私は意識のカーテンを取っ払い、感情を惜しげもなく拾い上げる。
「あの人! 殺しそうですっ」
「任せて下さい!」
「あっ、その人も!」
「OK」
 これから人を殺しそうな人は、表には出していなくとも感情を読めば大体わかった。私が指さした人が、次々に倒れてゆく(殺さないように、皆で気絶させているのだ)。
「しかしこれ、わかっていたことですがキリがありませんね……」
 車椅子のため積極的には参加できないセレスティさんが、ため息混じりに呟く。
「危ないっ!!」
 その後ろから突然斬りかかった男性を、アインさんが加速して吹っ飛ばした。ちょうど道の真ん中だったために、男性は100Mほど飛んでから着陸。もちろん意識はないだろう。
「ありがとうございます、アインくん」
「いえ、俺はこのために来ましたから」
 それはとても微笑ましい場面であったけれど、私の心はそんな視覚を無視してとんでもない感情を捉える。
(?! 何これ――)
 ……しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい……
 伝わってくるのは、異常な楽しさばかりだ。
(もしかしてこれ)
「ギルフォードさん……?」
 呟いた私に、探偵さんが反応する。
「掴んだか。どっちだ?」
「多分――向こう」
 私は指差した。
「行ってみます!」
 その方向へ、すぐにアインさんが走ってゆく。恐ろしいほどのスピードで。
 もちろん私たちもそれを追いかけた。先で見たものは――



 アインさんとギルフォードさん、そして何故か、W・1105――スカージさんが戦っている。私がそれをスカージさんだと判断できたのはもちろん、ゲルニカへやってくる前に会っているからだ。
 3人の戦いは高度すぎて、とてもとても私たちには手出しできない。だから私たちはとばっちりを喰らわぬよう気をつけながら、先ほどまでと同じように周りの危険因子を排除していっていた。
 ――そのうち、私は気づく。
 鮮明に残された感情を読み解けば、答えはたったひとつだ。
「そう……ギルフォードさんは、脅して殺させていたんですね」
”殺さなければ殺される”
 そんな感情を読み取っていた自分を思い出す。そしてさらにギルフォードさんは……
「そのうえで、殺した奴を殺していた、というわけさ。バレないワケがないだろう?」
 襲い掛かる人を器用に気絶させながら、探偵さんがからくりを明かした。
(かえって、その現場を見なくてよかったかもしれない)
 確かに見たらすぐにわかるけれど……見たいものではない。
 3人の戦いはさらに激しさを増していた。その辺りの殺人者予備軍は大体取り押えることができたけれど……アインさんに加勢することは、とてもできそうにない。
 ――と。不意に1人の攻撃対象がずれた。
「探偵さんッ!?」
 叫んだのは、誰だったろう。
「危ない――ッ!!!」
 スカージさんが探偵さんに向かって突っ込んだのだ。今度こそ、アインさんも間に合わなかった。
 辺りが静まり返る。ギルフォードさんですら動きを止め――何故かニヤリと笑っている。
「探偵さんっ!」
 砂煙で一体どうなったのか見えなかった。その中に入っていっても目が痛くなるだけということがわかっていたので、皆それが収まるのを待っていた。
 やがて少しずつそれが晴れ、黒い影が見えた。
「よかった、無事でしたか」
 誰かが口にしたそれは、ある意味間違っていた。
「――?!」
 その影が本当は影ではなく、人そのものであることに気づくのに、かなりの時間を要した。
「まさか――」
(”あいつ”さん?!)
 立ち尽くす彼の後ろを見ると、探偵さんが転がっていた。起き上がる様子はない。気を失っているのだろうか。
(――でも)
 もしかしたらそれで、良かったかもしれない。
 黒い”あいつ”さんはゆっくりと右手を伸ばすと、私たちに一枚の紙を見せた。その紙には、神経質そうに角張った文字が書かれている。
『もう1人の”方法”も破られた』
 それはゲームの終わりを意味していた。
「なんでぃ、結局あんたの勝ちかよ」
 ギルフォードさんが残念そうに吐き捨てる。もうこれ以上戦う気はないようで、その手を下ろしていた。
「で? あんたは何を殺すんだ?」
「?!」
(殺す……?)
 じゃあ2人は、何かを殺す権利を賭けて戦っていた?
 すると”あいつ”さんが持っている紙の、文字が変わる。
『すでに向かわせた』
「ハッ。準備のいいこって」
 ギルフォードさんは言い終わると、私たちに背を向けた。
「そこのゴーレムが、あんたに用あるらしいぜ? じゃあな」
 少し振り返ってそう告げると、そのまま歩いていってしまった。
 皆の視線が、そこのゴーレム――スカージさんに移る。
「てめぇに会いたかったぜ」
 真っ直ぐに”あいつ”さんを睨んで、スカージさんが告げた。言葉をなんと無視して、”あいつ”さんは歩き出す。――スカージさんの方へ向かって。
「なんだ? やんのか?」
 しかし”あいつ”さんはスカージさんの横を通り過ぎ、ギルフォードさんが歩いていった方向と同じ方に、そのまま歩いて行った。
「待てよ!」
 スカージさんが追いかける。――途端。
「え?!」
 2人の姿が視界から消えた。
「…………」
 呆然と立ち尽くす私たち。
「探偵くん! 大丈夫ですか?!」
 そんな中声をあげたのは、やはり冷静なセレスティさんだった。
「う……」
「しっかりして下さいっ」
 声をかけると、意識を取り戻したようだった。
「すみません、俺がついていながら」
 謝るアインさんを、ヨハネさんが慰める。
「でもさっきのは仕方ないですよ。本当にいきなりでしたから……」
「頭を打ったりしていませんか?」
「ああ……大丈夫だ。一体何が……」
 セレスティさんの言葉に、身体を起こした探偵さん。私たちは思わず顔を見合わせるけれど、誰も何も言うことができない。
(言わない方がいい……よね?)
 それは暗黙の了解だった。
「――ゲームが終了しましたよ」
 探偵さんの後ろから、不意にした声は桂さんのもの。
「”あいつ”が勝ったのか? 何を賭けていた」
 下半身は地面についたまま振り返った探偵さんは、そんな言葉を口にした。一瞬ドキリとしたけれど、どうやら話を聞いていたわけではなさそうだ。
 いつの間にかそこにいた桂さんは、何故か淋しそうに笑って。
「”一度死んだ者を殺す権利”――だそうですよ」
「?!」
 それを聞いた途端、探偵さんは立ち上がり走り始めた。
「探偵さん?! 無理をしては……」
 すぐにアインさんが追いかける。
(そうだわ)
 アインさんの足は速い。探偵さんがどこへ向かおうとしているのかわからなかったけれど、アインさんに連れて行ってもらえばいい。
 アインさんももちろんそう思ったようで、2人は先に目的の場所へと消えた。
「草間興信所ですよ」
 これからどうしようかと迷う私たちに、桂さんが声をかける。
「! ではまさか、医学探偵さんの遺体を……?!」
 それを口に出したのはセレスティさんだった。
 再び、顔を見合わせる。
 すぐにあとを追うことは、ためらわれた。



■再会【ゲルニカ:草間興信所】

 草間興信所には、助手さんも無傷で戻っていた。けれど代わりに傷を負っていたのは、やはり――
「こんなことをするために、僕に渡したのか!?」
 探偵さんはまだ、感情を抑えられずにいた。彼の腕の中にいる遺体には――首がない。
(どうして……)
 その部屋に残る感情を、私は確実に読み取った。けれどそれを誰にも、伝えることはできない。
(志賀さん……っ)
 理由もわからぬまま、涙があふれた。

■終【1.ネクロ・カウンター】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|P C 名
◆◆|性別|年齢|職業
2151|志賀・哲生(しが・てつお)
◆◆|男性|30|私立探偵(元・刑事)
2086|巽・千霞(たつみ・ちか)
◆◆|女性|21|大学生
0164|斎・悠也(いつき・ゆうや)
◆◆|男性|21|大学生・バイトでホスト
1883|セレスティ・カーニンガム
◆◆|男性| 725|財閥統帥・占い師・水霊使い
2525|アイン・ダーウン
◆◆|男性|18|フリーター
2266|柚木・羽乃(ゆずき・はの)
◆◆|男性|17|高校生
1286|ヨハネ・ミケーレ
◆◆|男性|19|教皇庁公認エクソシスト(神父)
2457|W・1105
◆◆|男性| 446|戦闘用ゴーレム
2430|八尾・イナック(やお・いなっく)
◆◆|男性|19|芸術家(自称)



■ライター通信【伊塚和水より】

 この度は≪闇の異界・ゲルニカ 1.ネクロ・カウンター≫へのご参加ありがとうございました。
 今回は皆さんの行動の幅が広く、人によってはまったく違う行動をとっていらっしゃる方もおりますので、長くて読むのが大変かもしれませんが、他の方のノベルも読んでみるとより楽しめると思います。
 さて、巽・千霞さま。初めてのご参加、ありがとうございます。おそらく今回の事件では最も疲れたのではないかと思います(笑)。無理をさせてすみません……でもおかげさまで被害は最小限に食い止められたと思います!
 それではこの辺で。またこの世界で会えることを、楽しみにしています。

 伊塚和水 拝