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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


1.ネクロ・カウンター ――vsギルフォード

■W・1105編【オープニング】

「――探偵。”満月に病める町”から、再びSOSが来ていますよ」
 ゲルニカ内の草間興信所にて。
 机で頬杖をつき、物思いにふけっていた少年探偵――探偵に、青年助手――助手は告げた。その手には、割られたばかりの言霊を持っている。
 探偵は助手に視線を合わせると。
「満月の夜に起こる、狂気的殺人事件?」
 それは以前にもあったことだった。そしてその事件を、探偵は一度解決している。
 助手はYesを飛ばして続けた。
「しかも多発、です。これは明らかに――ネクロ・カウントでしょう」
「ふん」
 探偵は鼻を鳴らして応える。
 ネクロ・カウント――それは死体の数を競うゲームだ。ただしプレイヤーは、自らの手を汚してはならない。あらゆる策を講じて、人を死に追いやってゆくのだ。
「しかし一体誰が”あいつ”と……」
 助手の表情が暗く沈んでゆくのを、探偵はただ眺めていた。
 ネクロ・カウントを楽しもうとする者など、”あいつ”しか考えられない。現に以前ネクロ・カウントが行われた時、それを競っていたのは”あいつ”と――医学探偵だった。しかし医学探偵は、そのゲームに負け既に殺されている。2人は互いの命を賭け、勝負していたのだ。
 助手の視線が、ゆっくりと事務所奥のドアへと移る。その部屋の中には、探偵のために命を賭けて”あいつ”を殺そうとした、医学探偵の遺体が飾られていた。
「――もう、僕のために命を賭けようなどというバカ者は、誰も残ってはいないのだ」
 助手の視線を引き戻すように、探偵は口を開いた。
「だから今回の事件は、本当にただ単純に、楽しんでいるのだろうさ。そしてだとしたら1人、思い浮かぶだろう?」
 探偵と目を合わせた瞬間、助手は閃いたように手を叩く。
「ギルフォード! ……さん、ですか?」
「ご名答」
 嬉しそうな顔をした助手に、探偵は苦笑を返した。
「邪魔をしに行くかね?」
「もちろんです!」
 ネクロ・カウントは、第3者にその策を見破られた時点でゲームオーバーとなる。つまり互いが死体の数を競っているのと同時に、その策の完成度をも競っているのだ。
 それを邪魔するということは、見破ろうとすること。それが狂気的殺人事件の解決にも繋がる。
 そしてこのゲーム自体、”あいつ”が今現在その町に存在しているという何よりの証拠だった。
 探偵は立ち上がり、机上の帽子を手に取った。
「――さあ、追いかけごっこを始めよう」



■旅立ち【都内某ビル:屋上】

(なんで俺ぁここにいるんだ?)
 そんなことすらわからないまま、俺はその輪の中にいた。俺がわかっていることといえば、その場所があらかじめ定められていた場所だということと。この瞬間があらかじめ定められていた――
「――約束の時間ですね」
 そう、時間だということだ。
 それを口にしたガキは、自分を囲む俺たち――8人を見回した。手にしている銀時計が、キラリと光る。
「これからどこへ行くのか、わかっていますよね?」
 同じ声に、皆一斉に頷いた。俺もつられて頷いたが、顔を上げてからそのおかしさに気づいた。
(――あ?)
 何故かわかっていた。
 さっきまで自分がここにいる意味すら、わからなかったのに。
(これから、”ゲルニカ”っつー場所に行くのか)
 便宜的にそう呼ばれている世界。名づけたのはこのガキらしい。
(でも俺、なんでそんなこと知ってんだ)
 勝手に増える知識が、気に入らない。
 だが当り散らすべき”あいつ”がここにいないから、仕方なく受け入れておくことにする。
(行きゃあ会えんだろーしな)
 会ったらまず殴ろうと、心に決めた。
 ガキは全員が頷いたことを確認すると、言葉をつけたした。
「自己紹介はいりませんよね? それも既に、わかっているはずです」
(何?)
 言われてその辺の奴らの顔を順に見ていくと、確かにガキの言うとおり俺は”わかって”いた。このガキ――桂(けい)のことですら。
「確認作業は無駄だというお達しのようです。こうしている間にもゲルニカは動いていますからね。早く、行きましょう」
 俺たちを急かしながら、桂は銀時計で空間に穴を開けた。
(そうだ)
 あの時計は空間を移動するための物。俺はそれを知っている。
『確認作業は無駄だというお達しのようです』
 その意味も。
(とことん厭味な奴だな、”あいつ”ってのは)
 ぞろぞろと穴の方へ向かう俺たちを、最後に桂は振り返って。
「どうしても確認したいなら、後ろの方を見るといいですよ」
 そんなことを言った。真に受けたバカな奴らが、後ろを振り返った。



■華麗なる破壊のために【ゲルニカ:ギルフォードの空間】

 ゲルニカへとたどり着いた時、不思議と俺の周りには誰もいなかった。
(……? どこへ行きやがった?)
 同じ道を通り、同じ穴をくぐったはずだったんだが。
「――ま、いいか」
 やがて呟く。
(独りだからなんだってんだ)
 逆に独りであったことに、少し安心した部分もあるのだ。別に仲間だとは思っていないし、群れなければならない義務もない。
 そもそも。
(最初から目的が違うんだろうなぁ)
 俺は何かをなすためにここへ来たわけではない。ただゲルニカを知り、例のネクロ・カウントとかいうゲームを知り、暇だったからやってきたのだ。責任は俺にそれらを無理やり教えた――やはり”あいつ”にあるのだろう。
 しいていうならば、”あいつ”を捜しに来たのだと言える。
「おい! どこにいやがる?!」
 ふと思い出して、俺は薄暗い空へと向かって叫んでみた。
”この世界は1人の存在によってつくられている”
 それが”あいつ”であることは、いちばん先に叩き込まれた情報だ。
(だとしたら、聞こえるはずだな?)
 世界のどこにいても。どこから叫んでも。”あいつ”には聞こえるはずだった。
 ――しかし。
「なんだよ、俺を呼んでんの?」
 すぐ背後で聞こえた声に、俺は振り返りながらブンとレギオンを振った。
「おっと。危ねーなあ。折角応えてやったってのに」
 そいつは咄嗟に後ろへ飛びよける。反応速度と瞬発力は並みではないようだ(もちろん俺には劣るだろうが)。
 病気の時でしか使わないような、”土気色”をした肌に、右腕はどうやら義手のようだった。
「……誰だてめぇは」
(こいつが――)
 ”あいつ”なのかと考えようとした瞬間に、答えがわいてくる。
「はん、聞いて驚くなよ! ……なんて下らないセリフ一度言ってみたかったんだよなぁ。俺は――」
「ギルフォード、か」
「!」
 遮って告げると、そいつ――ギルフォードの顔が醜く歪んだ。
「あんたヤな奴だな。さては外から来たんだろう?」
「”あいつ”を壊しにな」
 とりあえずの目標といったら、それしかない。口にした内容が余程以外だったのか、ギルフォードは突然声を高くあげて笑い出した。
「ぎゃはははは。面白れーこと考えるじゃん。ホントはなぁ、そーゆー考え方できてる時点でスゲーことなんだけどな」
「? どういう意味だ」
「少なくとも。この世界に生きてる奴はそんなこと思えねーわけよ。だって”あいつ”がいなくなったら世界は終わっちまうわけだからな。――ま、殺そうと思って”あいつ”にネクロ・カウント持ちかけた俺が言うことじゃねーけどな! ぎゃははっ」
(……そういや)
 こいつの性格は狂的で常にハイテンション、だったな。
 ひとり楽しそうな様子のギルフォードを見て、俺はそんなことを思い出した。
(それにしても――)
「てめぇは”あいつ”の居場所知ってんのか? 知らなきゃ話持ちかけられもしねーだろ」
 俺があまりにも当然のことを訊いたからだろうか。ギルフォードは表情を急になくして。
「ばーか。俺が教えてもあんたは行けやしねーよ。行けるもんなら最初から俺の空間になんぞ飛ばされない」
 ムッとして、ホーネットを突きつける。
「なんだと……?」
「はん。俺を殺したら明日の楽しみがなくなるぜぇ〜?」
(明日?)
 これまでの会話の内容からいけば……
「ネクロ・カウントか」
「なかなか賢いじゃねーか」
「バカにするな」
「褒めたんだよ」
 いつの間にか、表情を取り戻したギルフォードはニヤリと笑う。
「あんたムカツクけど気が合いそうだな。壊すのが好きなんだろ?」
「3度の飯よりな」
「ゴーレムが飯を食うだって? 燃料だろうが」
(――なるほど)
 こちらが相手を見てある程度のことを知れるように、向こうもこちらを見て知れるようだった。
(ったく、胸糞悪ぃシステムだな)
「だからどうした」
 言い捨てた俺に。
「明日あんたも壊してみるか?」
「!」
 予想外の誘い。
「俺と競争しようぜ。もう相手がいなくて、つまんねーんだ」
「”あいつ”は?」
 おかしなことを言う。そもそもギルフォードは”あいつ”にネクロ・カウントを仕掛け競っていたのではないのか。
「最初から、俺の反則負けが決まっていたのさ」
「何……?」
「俺の性質をよくご存知でな! 癪だから負けが決まっても殺し続けてるってワケ」
 とても楽しそうに告げる。俺にも、それはとても楽しいことのように思えた。
「実はもう1人参加してやがってな、今はそいつと”あいつ”の一騎打ち。俺は外野で暇つぶし。――なあ、だからあんた。暇つぶしに俺と競争しようぜ? そしたらイイコト、教えてやる」
「…………」
 それは悪い話ではなかった。が、俺は誰かに何かを”してもらう”ことが、はっきり言ってあまり好きじゃない。
(さて、どうするか)
 人を壊してゆく競争は、面白そうではあるのだが……。
 迷う俺に、ギルフォードが決定打を。
「”あいつ”に会う手っ取り早い方法があるぞ」



 了承した俺に、ギルフォードは様々なことを話した。
 1つには、ここは”ギルフォードの空間”であり、通常はギルフォードに会いたいと思わなければたどりつけないらしい。
 ギルフォードのことなど欠片も考えていなかった俺がここに放り出されたのは、もちろん”あいつ”のせいだ。
「きっとな。俺があんたを誘うだろうと思ったんだろうさ。んで、自分とはまだ会うべきじゃねーってさ」
 そう言う”あいつ”は”あいつの空間”にいて。同じく”あいつ”に会いたいと思う者で、かつ”あいつ”が許した者しか入れないそうだ。
「便利なもんだな」
 正直過ぎる感想を呟くと、ギルフォードは何故か首を振る。
「これでもかなり自粛してんじゃねー? 実際やろうと思いや自分に相対する奴を消すことだって簡単にできんだろーしな。例えば俺とか! ぎゃははっ」
 だが俺には、どうも2人が対立しているようには思えなかった。むしろ一緒にゲームしてるあたり仲がいいのではと思ってしまう。
「”あいつ”を殺すためにネクロ・カウントを持ちかけたと言っていたな?」
「そうさ。あんただって思うだろう? 一度でいいから世界そのものを消してみたいってな! だから互いの命を賭けてゲームしようって言ったんだがな。”あいつ”なんて言ったと思う?!」
「さぁ……」
「”お前の命など欲しくない”だとさ! ……あ、言ったつっても言葉に出したわけじゃないからな。”あいつ”は筆談しかしない」
 ふと、また知識が増えた。
「――シルエット、だったな」
「そそ。前のネクロ・カウントの時ぁそれ賭けてやってたからいけると思ったんだけどなー」
 そういえば前の時の情報もわずかながらある。相手は確か医学探偵とかいう奴だったはずだ。
「で? 結局何を賭けているんだ?」
「”俺はあんたの命が欲しい。だからあんたも何か欲しいものを賭けろ”と言ったら――”ならば一度死んだ者を殺す権利を賭けよう”だとさ」
 わけがわからない。
「”あいつ”曰く、”自分は一度死んでいる”そうだぜ? だからそれで俺が勝ったら”あいつ”を殺せるし、”あいつ”が勝ったら何か目的の者を殺せる……はずだった」
「ふむぅ……てめぇは3人目知ってんのか?」
「知るかよ。だーかーらー、俺は賭けが有効なのかどうかも実際はわからねーワケ。ま、最初から負けが決定していた俺にゃ、今となっちゃカンケーねーことだけどな! 気になるとしたら”あいつ”が何を殺そうとしてたのかってことくらいだろ」
”最初から負けが決まっていた”
 その言葉を聞くのは2度目だ。
「それが罠だったのか?」
 ”あいつ”は罠をよくはるという情報もある。
「罠と言っちゃあ罠かもしれないがな。結局は単に俺がアホなだけだろ! 血を見るとな……我慢がきかなくなるんだぜ」
「それは同感だな」
「直接あの熱に触れたいと思うじゃん。ぐちゃぐちゃしてて気持ちイーだろ」
「だがすぐ失われてゆく」
「だからまた壊すんじゃん」
「――明日が楽しみだな」
「ありえねーっそれ俺のセリフ!」
 余程おかしかったのか、その後ギルフォードはしばらく笑い続けた。
(狎れ合うつもりはない)
 ただ残虐に、壊すことさえできれば。
 その場を与えてくれるのなら。



■新ネクロ・カウント開始【ゲルニカ:満月に病める町――道端】

 夕方前までは、本当にこんな人のいない町であのゲームができんのかと、思っていた。だが夕方になり、過ぎると、人はどんどん増え、俺の身体は疼きだした。
「なぁ? 殺しがいのある人数だろ?」
 まるで食事をする前のように、舌を出しながらギルフォードが言う。
「キリがないようだな」
「そこがいいのさっ」
「ふん」
 俺も準備をするように、装備の具合を確かめた。
 俺の標準装備は、ます24ミリバルカンを内蔵したシールド・ガーゼに、高出力のメガライフル・ホーネット。そして両肩に大型のキャノン砲・スパイダー、近接用の武器は重斬剣・レギオンだ。背中にはブースターがついていて、少しの間なら飛行まで可能。まさに戦うためだけに生まれてきたのがこの形式、W−1105だった。
(当然自信がある)
 ギルフォードになど、負けないだろう。
 ”あいつ”にだって。
(だからこそ)
 受けたのだ。
「――”あいつ”に会う方法は?」
 まさか忘れてやしないだろうかと、俺は口にした。するとギルフォードは笑って。
「大丈夫、あとで教えてやるって! あんたはただ俺が指差した奴を攻撃すりゃあいいだけだ。それだけで、”あいつ”は現れる」
「どういう原理なんだ、そりゃあ」
 ”あいつ”がそいつを守るために現れるということか。
「簡単なことだ。この世でいちばん憎い者は、自分の手で葬り去りたい。そういうもんだろ?」
「――なるほどな」
 言われてみれば、確かにそうだ。
(もっとも)
 俺は憎い者どころか、できることなら大抵の物や人を壊したいと思う方だが。
「騒がしくなってきたな。そろそろこっちもゲーム始めようぜ?」
「ああ」
 こうして、殺し続けるだけのゲームが始まった。



 しばらく血にまみれていると、見覚えのある顔の2人が現れた。
(あれは――)
 気さくに(?)声をかけるのはギルフォードだ。
「よぉディテクターじゃねーか。相変わらずしけた顔してんね」
 そう、ディテクター。知識が増え始める。
 奴はIO2の中でもトップクラスのエージェントであり、少年探偵以外にただ1人、おおやけに”あいつ”と対立している人物だ。
「お前は相変わらず楽しそうだな」
 返すディテクターは、苦笑している。
 そのディテクターの横には、ガキが1人立っていた。俺はそのガキを知っていた。ゲルニカへやってくる前に、一度会っているからだ。
「W・1105――スカージさん?」
 向こうも当然俺を知っていて、確認した。
「けっ。どいつもこいつも俺の名前知っていやがって……ったくヤになるぜ」
 柚木・羽乃に向かって告げる。
 2人はなんとギルフォードを――結果的には俺たち2人をとめに来たらしい。
「ギルフォード。お前は反則負けだ。今すぐ一切の殺人をやめるんだ」
 ディテクターの言葉を、ギルフォードは笑った。
「冗談だろっ?! まだ決着はついていないはずだぜ。俺と”あいつ”のじゃない。”あいつ”と誰かのな」
「お前はその誰かを知っているのか?」
「知るかよ! ”あいつ”が勝手に誘ったんだろ。だから俺も勝手にやらせてもらうことにしたのさ」
「それで――」
 ディテクターは俺に視線を移した。
「こいつか」
「新ネクロ・カウントだ。純粋に死体の数を競っている! なぁ? 面白そうだろう?! ぎゃははははっ」
 しかしどうやら向こうの2人は”面白い”とは思えないらしく、顔を見合わせていた。
 それからディテクターは決心したように。
「なら一戦お相手願おうか」
 態勢を整える。
「いいが、”一戦”だぜ?」
 ギルフォードも右腕を上げた。
(戦う気か?)
 なら。
「俺にも殺させろ」
 ディテクターがトップクラスのエージェントというならば、ぜひそのプライドを壊してやりたかった。
「タッグ戦、行くか?」
 ギルフォードが柚木を見る。
 とても強そうには見えないガキだったが。
「――望むところだ」
 度胸だけは一人前のようだった。
 「ぴゅ〜♪」と、ギルフォードが口笛を吹いた。
「俺たちにはやることがあるんでな。ルールを決めようぜ?」
「どうせ破るんだろう?」
 すぐに告げたディテクターには、答えない。
「地面に身体がついたら終わりだ」
「生ぬるくないか?」
 思わず口を挟んだ。
「意外と強いんだぜ、こいつ。そっちの坊やはどうか知らないがな。時間かけてたら本命逃がしちまうぞ?」
(本命――”あいつ”か)
 それはさけたい。俺にとっては”あいつ”を殴ることの方が大事だ。
「なら――いい」
 俺の了承を合図に、戦闘は始まった。

     ★

 意外にも、その戦闘はなかなか面白かった。こんなふうに純粋に戦闘を楽しめたのは、一体どれくらいぶりだろう。
(どいつもこいつも弱ぇからな)
 白熱するまでもなく、俺に壊されていた。戦闘を楽しむ暇などなかった。ただ壊すことだけが、楽しかった。
(だが今日は)
 違った。
 俺とギルフォード、そしてディテクターと柚木は、どうやら戦闘能力的にバランスが取れていたようだった。
(――しかし)
 やがてそれは崩れた。
 何故なら柚木が戦線を離脱したからだ。
 その理由は俺たちにはわからなかったが、ディテクターがそうさせたらしい。だから1対2になり自分に分が悪くなっても、何も言わずに戦っていた。
 ――面白く、なかった。
(あとは)
 壊す面白さだけだ。
 ディテクターを2人同時に吹っ飛ばすと、奴は物凄いスピードで地面に落下した。
「俺たちの勝ちだな?」
 ギルフォードの言葉に、ディテクターは何も答えない。パワードプロテクターを装着しているディテクターが、これくらいでくたばるはずはないが。
「行こうぜ」
「いいのか?」
「あいつは俺と違って、約束を守る男だからな。ぎゃはははは」
 思わず俺も笑った。
(そうか)
 それほど簡単な理屈なのか。



「W・1105――スカージさん?」
 さっきとまったく同じ言葉で、声をかけられた。かけた主はまた見覚えのあるガキだ。
「よぅ、てめぇはアインだったな? てめぇもやんねーか? 楽しいぜぇ〜」
 殺すことに熱中していた俺は、すっかり昂揚していた。
 ライフルを撃ち続ける俺を目の前にして、アイン・ダーウンは呟く。
「一体、どうして……」
 そいつもまた、ゲルニカへ来る前までは一緒だった。ギルフォードを捜していたということはきっと、少年探偵側に回ったのだろう。
「あんたずいぶんな愚問だよそりゃあ。そんなもん、楽しいからに決まってんだろ?」
 ギルフォードが横から口を出す。その義手も既に、かなりの血で汚れていた。
「――今すぐ、止めて下さい」
 ディテクターみたいなことを言う。
「ああん? なんであんたにそんなこと命令されなきゃなんねーんだよっ」
「悪ぃが、俺たちは俺たちでゲームを楽しんでいる最中なんでな。邪魔すんなよ」
(まだ殺し足りない)
 壊し足りない。
 命令される理由もない。
 しかしアインは、引き下がらなかった。それもディテクターと同じだ。
「じゃあ力ずくで、止めさせてもらいます!」
「やれるもんならな!」
「受けて立つぜっ」
 こうして本日2回目の、戦闘が始まる。
(ただ殺すことは)
 戦闘とは言えない。それは破壊であって、一方的なもの。壊す楽しみしかないもの。
(今日は運がいい)
 向こうから、戦いにやってきてくれる。
 アインはサイボーグだった。ゴーレムの俺とは、ある意味において同種と言えるかもしれない。強化された身体と加速できる足を武器に、俺たちに立ち向かってきた。
 俺は戦闘を楽しんでいた。その合間に破壊も。
 しかしやがてアインの味方らしき奴らが駆けつけると、ギルフォードが俺に告げた。
「あれだ。あれが少年探偵だ」
 戦いながら視線を移動させた。
「あいつを攻撃すれば、”あいつ”は現れる。簡単だろ?」
 そうだ、確かにそれは簡単なことだった。だがアインはなかなか、その隙を与えてくれない。
(やるじゃないか)
 もしかしたら、ディテクターよりも強いか?
 だがそんなアインでも、2人を相手にするのはさすがに大変だろう。ましてや、彼は周りにも気を配らねばならないのだ。
(だから嫌なんだよな)
 味方が多いと、損をする。
 一瞬の隙を突いて、俺は少年探偵に向かって突っ込んでいった。
「探偵さんッ!?」
 誰かが叫んだ。
 俺に見えたのは、探偵の驚いた顔だけだ。
「危ない――ッ!!!」
 鈍い感触があった。吹っ飛ばそうと突っ込んだのだが、何故か押し戻されたのは俺だ。
(なんだ……?)
「探偵さんっ!」
 呼ぶ声が聞こえる。けれど探偵本人の姿は見えない。俺の目の前には、砂煙が広がっていた。全員が黙って、それが収まるのを待っている。
 やがて少しずつそれが晴れ、黒い影が見えた。
「よかった、無事でしたか」
 誰かが口にしたそれは、ある意味間違っていた。
「――?!」
 その影が本当は影ではなく、人そのものであることに気づくのに、かなりの時間を要した。
「まさか――」
 その言葉に、誰もが続けただろう。
(”あいつ”か?)
 ギルフォードの言うとおり、”あいつ”は現れた。やっと現れたのだ。
(俺の目の前に)
 ちなみに探偵はといえば、”あいつ”の後ろに転がっていた。動く様子はない。気を失っているのだろう。
 黒い”あいつ”はゆっくりと右手を伸ばすと、俺たちに一枚の紙を見せた。その紙には、神経質そうに角張った文字が書かれている。
『もう1人の”方法”も破られた』
 それは俺たちのゲームではない、本来のネクロ・カウントの終わりを意味していた。
「なんでぃ、結局あんたの勝ちかよ」
 ギルフォードが残念そうに吐き捨てる。もうこれ以上戦う気はないようで、その手を下ろしていた。
「で? あんたは何を殺すんだ?」
 ギルフォードが問う。
”ならば一度死んだ者を殺す権利を賭けよう”
 そんな賭けをけしかけて、一体何を消そうとしていたのか。
 すると”あいつ”が持っている紙の、文字が変わった。
『すでに向かわせた』
「ハッ。準備のいいこって」
 ギルフォードは言い終わると、回れ右をした。
「そこのゴーレムが、あんたに用あるらしいぜ? じゃあな」
 少し振り返ってそう告げると、そのまま歩き出す。
 全員の視線が、俺に集まった。
「てめぇに会いたかったぜ」
 きつく睨みながら告げた俺の言葉を”あいつ”は無視して、なんと俺の方へ向かって歩き始めた。
「なんだ? やんのか?」
 なら好都合――と、殴る準備をする。
 しかし”あいつ”は俺の横を通り過ぎ、ギルフォードが歩いていった方向と同じ方に、そのまま歩いて行った。
「待てよ!」
 当然俺は追いかける。その瞬間。
 世界が変わったことを、俺は確かに感じた。



■タイマン【ゲルニカ:”あいつ”の空間】

 周りを見ると、景色が変わっていた。それだけじゃない。さっきまで俺たちを見ていた野次馬も、誰一人いなくなっていた。
「――ここは?」
 訊いてから、悟った。
(そうか)
 ここが”あいつ”の空間、か。
『用は、何だ』
 ”あいつ”は手に持ったままの紙をこちらに向けた。
『お前は用があって俺を捜していた』
「そうだ。だがてめぇは俺に会いたくなかったんだろう?」
 だからギルフォードの所へ飛ばした。今だって、俺が少年探偵を攻撃しなければ、会うことはなかったかもしれない。
 すると”あいつ”は、意外な言葉を返した。
『壊すことは、嫌いだからな』
(よく言う)
「てめぇは少年探偵を壊したいんだろ」
『世界の存在理由だ。しかしその過程における破壊には、何の感情もない』
「けっ」
 それは奇麗事なのだろう。
『――ゴーレム。お前はそんなことを訊きに来たのか?』
 訊かれて、本来の目的を思い出した。
「いや……」
 それから思い切り力をこめて、”あいつ”に殴りかかっていった。
(何故か)
 ”あいつ”は抵抗しなかった。黒い影は幾度も歪み、最後には地面に崩れる。
 それは人が倒れている姿とまったく同じものだった。
 最後の仕上げに、俺はホーネットを構えた。
「――待ちなさい」
 そこに制止の声が入る。
 無視して、撃った。
 弾がいくつも黒い影を貫通し、地面に穴をつくった。
「バカね」
 同じ声が呟いた。そちらへ顔を向けようとした俺は――



 いや、顔は確かに向けたのだ。
 だが世界はただ黒いだけで、俺の目は何も捉えなかった。何一つ。
 声を発した女の顔ですら。
(どういうことだ?)
 真っ黒な世界に、ひとり佇んでいた。
 不意に上から、声が降って来る。
『あなたがいた”あいつ”の空間は閉じてしまった』
 その声は、さきほどの声と同じものだ。
「てめぇは誰だ!」
『あなたが閉ざしてしまった』
 俺の問いには答えず、女は喋り続ける。
『罠にはまったのよ。可哀相な人』
「なんだと……?」
 それからしばらくは、静寂が続いた。
 俺はただ立っているのも癪なので、歩いてみる。
(――だが)
 行けども行けども世界は暗く、行き場のない闇に閉ざされていた。
(俺が”あいつ”を殺したから)
 世界が終わったのか?
 ――違う。
『あなたがいた”あいつ”の空間は閉じてしまった』
 声はそう言った。つまり閉じられたのは、俺がいた空間だけなのだ。つまり俺が殺した”あいつ”は――
「偽物、だったのか?」
 思わず口に出した。
 それはあってはならないことだった。
(冗談じゃない)
 何でも生き返れるなら。俺は何度でも死のう。
(俺らしく生きるためだけに)
 何度でも、自分を壊そう。
 俺は両肩に装着されているスパイダーを外すと、自分に向けて構えた。
 その瞬間。
『私は霧絵。巫神・霧絵(ふがみ・きりえ)。覚えておきなさい』
 その名前には、聞き覚えがあった。
(虚無の境界、首領――)
”ゲルニカ自体がその活動の一環である”
 そんな話もあるのだと、知識が訴えた。
 ――しかし俺には、そんなのどうでもいいことだ。
『さよなら』
 聞こえた声を、今度は俺が無視した。
(さあもう一度)
 今度こそ完璧なる破壊を、目指すために。
 自らを撃ち抜く。
 そんな経験は、現実ではできない。
(それだけでも)
 ゲルニカへ来たかいが、あったと思った。

■終【1.ネクロ・カウンター】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|P C 名
◆◆|性別|年齢|職業
2151|志賀・哲生(しが・てつお)
◆◆|男性|30|私立探偵(元・刑事)
2086|巽・千霞(たつみ・ちか)
◆◆|女性|21|大学生
0164|斎・悠也(いつき・ゆうや)
◆◆|男性|21|大学生・バイトでホスト
1883|セレスティ・カーニンガム
◆◆|男性| 725|財閥統帥・占い師・水霊使い
2525|アイン・ダーウン
◆◆|男性|18|フリーター
2266|柚木・羽乃(ゆずき・はの)
◆◆|男性|17|高校生
1286|ヨハネ・ミケーレ
◆◆|男性|19|教皇庁公認エクソシスト(神父)
2457|W・1105
◆◆|男性| 446|戦闘用ゴーレム
2430|八尾・イナック(やお・いなっく)
◆◆|男性|19|芸術家(自称)



■ライター通信【伊塚和水より】

 この度は≪闇の異界・ゲルニカ 1.ネクロ・カウンター≫へのご参加ありがとうございました。
 今回は皆さんの行動の幅が広く、人によってはまったく違う行動をとっていらっしゃる方もおりますので、長くて読むのが大変かもしれませんが、他の方のノベルも読んでみるとより楽しめると思います。
 さて、W・1105さま。初めてのご参加、ありがとうございます。ずいぶんと好き勝手に書かせていただきましたがいかがでしたでしょうか。もし次回がありましたら、少しでも行動を示していただけたらと思います。その方が満足していただける作品を作りやすいと思いますので^^;
 それではこの辺で。またこの世界で会えることを、楽しみにしています。

 伊塚和水 拝