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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 50%オフ

 いつものように、いつもの扉に手をかける。
「おーい、武彦。遊びに来たぞ。なんか面白いこ……」
 とあるかーと続けた言葉が徐々に小さくなっていったのは、出迎えた零が笑みを浮かべながらそっと唇の上に人指し指を置いたからだ。どうやら、珍しく……もないのだろうが、依頼人が訪れているらしい。同じように人指し指を唇の上に置き、こくこくと頷いたあと、草間と依頼人のやりとりを見物することにした。
「なるほど。依頼内容を当ててごらんにいれましょう」
 ある程度、男の話を聞いているだろう草間が自信ありげに頷く。
「いわくありげな物件かどうか……調査を希望というわけですね?」
 草間がそう続けたあと、男は即座に否定の言葉を返した。がっくりと肩を落とす草間を、まだまだだな、武彦と笑いながら話を聞いていた春華だが、その表情は徐々にむっとしたものへと変わっていった。
 男の依頼は簡単に言ってしまえば、家の調査だった。家を購入する予定だが、その家には殺人があった、幽霊がでる、嫌な夢を見るといった不穏な噂と住居人がころころと変わるという実績があり、家族が反対をする。その家族を説得するために、不穏な噂は所詮、噂であり、不可思議なことなど何もないと証明してほしいというのだ。
 べつにそれだけならば、腹などたたないし、たてない。むっとすることもない。だが、男はことあるごとにこう言った。
 そういうものは信じていない。
 この場合のそういうものとは、幽霊や不可思議な現象のことだ。大きく捉えれば、そのなかには自分も含まれる。見た目は普通の中学生。だが、本当のところは人外の存在である。その姿は意識しない限り、機械には映らない。
「とりあえず、了解した。それで、実際に幽霊が出るという結果が出た場合は……」
 そう問うた草間に対し、男はこう返した。
「言ったでしょう? 私はそういうものは信じていません。心霊現象? 超能力? 宇宙人? そんなもの……すべて、政府の陰謀ですよ……」
 じゃあ、なにかい、俺は政府の陰謀かよっ。
 男に訴えかかろうとしたが、近くにいた零に止められた。おかげで、男は逃がしてしまった(?)が、このままではどうにもおさまらない。なんかすっげームカつく、こんちくしょう、追いかけるか……と考えていると、場を見渡した草間が言った。
「……というわけで、壊さない程度によろしく頼まれてくれないか?」
 春華は即座に、ほぼ反射に近い速度で、力いっぱい名乗りをあげた。
「任せろ! 絶対に心霊現象があることを証明してやるっ」
 ぐっと拳を握り言い切った春華に草間はひらひらと手を横に振る。
「おいおい……」
 それは何か違うとその顔は言いたげだ。だが、それは春華とてわかっている。
「だってさあ、その台詞って俺の存在まるごと否定されているようなもんじゃん……」
 俯き加減に春華は呟く。それから顔をあげた。
「そーいうのが一番ムカつく。怖がられたり嫌われる方がまだマシ……ああ、安心しろ、武彦には迷惑がかからないようにやるから。じゃ、行ってくるぜ!」
 いや、そういう問題では……という草間の声を背に春華は颯爽と部屋を出て行った。
 
 調査対象である問題の家は、所謂、新興住宅地、近年になって開発が行われだした場所にあった。
 見事に区画整備され、計算されているだろう景観。公園には子供の声が響き、住民たちの表情も明るい。
「雰囲気は明るいようだな」
 今回、共に調査を行うことになった四人のうちのひとり、香坂蓮が周囲を見回し、言った。真ん中わけ黒髪の向こうの落ちつきを払った青い瞳が強く印象に残る。
「こうやって見ると土地柄には問題はなさそうに思えますね」
 香坂に相槌を打ったのはさらりとした黒髪を首の後ろで緩く束ねた背の高い青年。柚品孤月というその青年は、礼儀正しく、穏やかな雰囲気を漂わせていた。だが、時折、何か言いたげな眼差しを自分に向けているような気がする。……ただの気のせいかもしれないが。
「さてと、それはどうでしょうかねぇ」
 柚品の言葉を受け、聞こえるか聞こえないかという程度の声で言う。功刀渉と名乗った青年は安っぽい背広に特徴のある癖毛、何より深い緑の瞳が印象的だった。
「この辺りの地名は『宮』がつくようです」
「宮がつく地名……御霊封じの土地柄……?」
 はっとしたように柚品は呟く。
「どういう意味?」
 歩きながら春華は柚品を見あげ、訊ねる。
「『宮』という地名、例えば、一宮とか四宮とかそういった地名は、何かを祀り、封じた土地につけられることが多いとか」
「ふーん」
 自分が封じられていた付近の地名もそうだったっけかと春華はぼんやり考える。
「地図から行くと、件の家はあれということになるが……あれは……」
 住宅街の外れ、境界に位置する場所に建てられた家を見つめ、香坂は足を止めた。小さく息をつき、僅かに表情を引き締めると歩きだす。
「これはこれは……位置的に『最高』ですな」
 周囲を見やり、方向を確認したあと功刀は言う。
「へぇ、最高なのか」
 功刀の言葉を素直に受け、春華は家を見やる。ああいう場所が位置的に最高なのか。いや、でも待てよ……空を見あげ、方向を確認する。この住宅街をひとつの区域とすると、所謂、鬼門の方向にあたるような気がした。
「? まあ、いいか」
 ともあれ、問題の家に着いた。調査開始、春華は強く頷いた。
 
 家の中へ足を踏み入れ、最初に思ったことは、空気が重いということだった。
「うわー、とりあえず、窓開けようぜ、窓」
 埃っぽいというわけではない。湿っぽいというわけでもない。だが、どうにも陰気な印象を受けた。息苦しさを感じ、部屋の窓を開けてまわる。
 春華が窓を開けてまわる間に、功刀は図面を片手に家の中を見てまわる。香坂はなんとも微妙な表情で室内を見回す。柚品は春華が一階の窓を開けていることを受けて、二階の窓を開けに行く。
「さて、どうする?」
 まずは何から調べるのか。春華はとりあえずリビングに集まった面々の顔を見やる。
「死体を塗りこんだとかいう話をしていたからな。まさか、そんなことがあるとは思えないが、とりあえず壁を調べてみようと思う」
 香坂は言い、和室へと向かう。そして、壁をこつんと叩き、音を確かめ始めた。
「僕はとりあえず家の中を見てまわるとしますよ」
 そう言い、功刀は図面を片手に室内を見回す。
「俺ももう少しこの家の中を見てまわろうかと。そのあとで、付近の住民に聞き込みをと考えています」
 柚品の言葉を聞き、春華はそうかと大きく頷いた。
「じゃあ、俺、寝る」
「え?」
「変な夢を見るって言ってたじゃん。俺、それがすっごく気になっているんだよね。壁とか見てもあまりよくわかんねぇし……とりあえず、幽霊とかいるとしても本格的な活動は夜からだろうしさ」
 邪魔にならないように二階で寝てくるから、それじゃ。春華は軽く手を振ってリビングをあとにした。二階へ向かおうと階段の前に立つと、二階からギシッギシッという人が歩くような音が聞こえてきた。
「……」
 屋鳴りか、それとも……まあ、どちらでもいいか。気を取り直して階段をのぼる。二階には二つの部屋があった。どちらにしようかと両方の部屋を見やり、日当たりの良い方の部屋を選んだ。ぽかぽかとした日溜まりならば、わりとすぐに眠れそうだ。
「では、おやすみなさい〜っと」
 床の冷たさが少し気になるところだと思いつつ、春華は瞼を閉じた。
 ……。
 ……。
 ……。
「眠れねぇっ!」
 春華はぱちりと瞼を開け、起きあがる。寝付きは悪い方ではない。どちらかといえばいい方かもしれない。だが、眠りにつけない。それにはふたつの理由があった。
 まず、音が気になる。遠くの方で聞こえる壁を叩く音。これは、調べているのだから、仕方がない。
 次に、こちらの方が音よりも遙かに気になるのだが……誰かに見られているような視線を感じる。この部屋には自分だけで、他には誰もいないとわかっている。なのに、どうにも見られているような気がして、落ちつかない。それも、その視線はひとつどころではなく、複数。いや、多数だ。
 こうして起きあがっている今も、多少なりとも視線のようなものは感じている。そんなにも自分は珍しいのか……珍しいか、今まで空き家で久しぶりの客なのだから。春華はため息をついたあと、はっとする。
 もしかして……これってばっちり、心霊現象じゃん?
 昼間でこうなのだから、夜になれば、もうウハウハ(?)なのではなかろうか。とはいえ、あの男はこの程度では動じないかもしれない。
「そうだな、俺を政府の陰謀扱いした奴だもんなっ、もっとこう決定的なものじゃないとな!」
 うんうん。春華は腕を組み、頷く。
「夢遊病のけらいがあるのですか?」
 不意に響いたそんな声にはっとする。見れば、扉口に功刀がいた。
「なんだよ、夢遊病なんかじゃないぞ」
「眠ると言っていたでしょう? てっきり眠っているのかと」
 大げさにかぶりを振って功刀は言った。春華は露骨にむっとする。
「眠れねぇんだよ。なんか、こう……落ちつかなくて」
「なるほど。では、僕が一役買ってあげましょうか。陰陽五行の術でちょちょいと」
 功刀は指先をくるくると動かしながら、にこりと笑う。その笑顔に多少の胡散臭さを感じたものの、眠れないのでは話にならないので春華は頷いた。
「じゃあ、頼むよ。どうすればいい?」
 訊ねると後ろを向けと言う。春華は素直に功刀のもとまで歩き、背を向けた。しかし、陰陽の術に眠りなどあっただろうか。春華は保護者を思う。保護者はそんなものを使えただろうか。いや、保護者ではなく、遙か昔、自分を封印した陰陽師は。どうも封印されたせいか、攻撃的な印象が拭えない。
「とはいえ、陰陽の術を使うまでもないでしょう。良い夢を、オヤスミナサイ」
「え? あ……」
 途端、軽い痛みが走る。首筋に手刀を食らった。はっと思った瞬間には意識が遠のいてしまっている。ちょっと待て、これは眠りではなくて気絶だろう、しかも術でなくて物理だ……と思いながら春華は意識を失った。
 
 ふと気づくと周囲が深い闇に包まれている。
 右を見ても、左を見ても、闇。
 とんとんと足をつけている地を踏みならしてみる。……大丈夫、足場はしっかりしている。
 ……タイ……イタイ……。
 どこからそんなか細い声が聞こえてきた。春華は声の方向を確かめ、闇のなかを走りだす。白いものが見えてきた。次第にはっきりしてきたそれは背を向けた白い着物の女だった。その女が痛いと声を出している。
「おい」
 痛い痛いと何度も繰り返すその白い背に声をかける。
「足を怪我して動けないのでございます……」
 俯いたまま女は答えた。
「ふぅーん。じゃあ、おぶっていってやるけど。おぶったあとで、急に重くなるとか、気づくと石になっているとか、そういうの、ナシな?」
 女は見た目どおりの存在ではない。春華の目には他の何かが薄く重なって見えた。白く長い……何か。
「……」
 返答が、ない。
「……」
 もしかして、その予定だった……?
「えーと。ほら。おぶってやるから」
 ぽりぽりと指で頬をかいたあと、春華は言った。その悪戯は遙か昔に自分が実際に行ったもの。重くなっていく自分に驚く人間の反応が面白かった。無視されると虚しいんだよなと思いつつ、背を向ける。
「豪胆な御仁じゃな……」
 感嘆のため息とも呆れのため息ともとれる大きな吐息のあと、女は言った。
「それより。なんで悪さするんだよ。そりゃ、ここはもともとおまえの土地だったのかもしれないけどさ、それでも……」
 あまり悪さが過ぎれば封印される。人は思うほどに、脆弱ではない。
「我はもとよりこの地にいたわけではあらず」
「え?」
「我が身の上に立つそなたらに災いを」
 すくっと立ち上がり女は言う。
「が、我が痛みを取り除き、酒と共に祀らば転じて福をもたらそうぞ」
 春華の頬に白い指先を伸ばし、触れたあと、女は姿を消した。
 
 はっと目が覚めた。
 陽の加減からみると、眠っていた時間はごく僅かのようだ。
「あの野郎〜っ!」
 春華は強引に寝かせてくれた(気絶させたとも言う)功刀に仕返しをしてやろうとばかりに身を起こした。と、身体の上にかかっていた安っぽい背広の上着が床へと落ちる。
「あれ……」
 これは、功刀の……? 身体が冷えないように……? 結構、いいところも……と思いかけたところで、いやいやそれとこれとは別の問題だ。ふるふると横に首を振る。
 部屋を出て、階段をおりるとリビングへ突撃。扉を開けた。
「おい!」
 そこにはエマがいた。自分と共に調査を行う四人のうちの最後のひとり。
「はい、おつかれ。どうだった?」
 エマの声に反応したのか、自分の声に反応したのか、和室から香坂と柚品が姿を現した。キッチンにいた功刀も歩いて来る。
「あ、ああ、ばっちりだぜ!」
 どんと胸を叩き答える春華に功刀は手を出した。春華はああそうかと上着を差し出す。いそいそと上着を着込む功刀を思わず見つめていたが、見つめている場合ではない、文句を言わなければとはっとする。
「おい!」
「で、どうだったの?」
 しかし、エマに遮られる。春華は功刀を気にしつつ、夢のことを話しだした。
「暗いところにいてさ、痛い痛いって声がするから、そっちへ行ってみたんだ。そうしたら、白い着物の女がいてさ。足を怪我して動けねぇっていうんだよ」
 思うところがあるのか、香坂は軽く頷いている。春華は話を続けた。
「じゃあ、おぶってやるよ。でも、途中から重くなったりするなよって言ったら、黙っちまってさ。……なんだよ、その顔は! 俺、間違ったことなんか言ってないぞ!」
 自分を見つめる四人の顔が、何かもの言いたげに思え、春華は言った。
「そうね、間違ってはいないけど。……いい根性」
「あ? なんか言ったかよ? ……じゃあ、続きを話すからな。そうしたら、女が……我が身の上に立つ……災いを……えーと、そう、我が身の上に立つそなたらに災いを、でも、痛みを取り除き、酒で祀れば福をもたらすと言ったんだ」
 上出来。よくやった、俺と思いながら春華は頷く。
「我が身の上……地面に埋められているのか?」
 香坂は床を見つめ、呟く。
「まさか、遺体……?」
 柚品は目を細める。香坂は横に首を振った。
「ここに泊まり、夢を見た奴らの話は、途中までは今の話と同じだった。痛いという声、白い着物の女……彼らは、逃げるか、おぶるかしたそうだ」
「普通の反応ね」
 エマの言葉に春華はかちんとくるものを感じる。
「逃げた奴は、白い蛇に追いかけられ、頭から食われそうになったところで目が覚め、おぶった奴は、女が白い蛇に姿を変え、身体中を締めつけられたところで目が覚めたということだ。……蛇だろう」
「そうだな。俺も蛇だと思う」
 春華は頷く。あの女に重なって見えたもの。それは白くて長い……蛇。
「蛇ですか……」
「どうしました、柚品さん?」
 晴れない表情で呟く柚品を功刀は見やる。
「あ、いえ。では、床下を探りますか?」
「そうねぇ。問題は誰が行くかだけど……」
 エマは周囲を見回す。同じように一同が周囲を見回す。勿論、春華も周囲を見回した。はっと気づくと全員の視線が自分に集まっている。
「……」
「……」
 沈黙のあと、功刀がキッチンの床下収納の扉を開いた。収納ボックスを外し、床下への道を開く。
「伍宮さん、入口はこちらです」
 さあどうぞと功刀はにこやかに告げる。
「懐中電灯だ」
 香坂が懐中電灯を差し出す。
「すみません、お願いします」
 柚品はすまなそうに言う。
「はい、いってらっしゃい」
 ぽんとエマに背を叩かれ、春華は床下へと旅立つ。わかっている、これは背の高さの問題だ。この五人のなかで最も自分が小柄だったから。だから仕方がないんだ……でも、なんか納得いかねぇ。
「くそっ、ジャンケンだ! ジャンケン、」
 ぽん。皆が手を出す。グー、グー、グー、グー。自分だけチョキ。
「これで文句ないわよね」
「天命だな」
 しくしく。だが、仕方がない。春華は床下へと素直にもぐる。
 床下は暗く、湿っていた。
 懐中電灯を点け、その光を頼りに這いずるように進む。思ったよりは、綺麗であるというのが素直な感想だった。
「ん」
 何かが光に反射した。春華は懐中電灯を改めて向けてみる。何かが動いていた。
「うわー、ひでぇな……」
 白い蛇だった。その白い身体は釘によって材木に打ちつけられている。抜こうとすると指先に静電気のようなぴりりとしたものを感じた。なんだと思いながらも釘を抜くと、白い蛇はするすると身体を動かし、闇のなかへと消えていく。一度だけ、春華の方へと振り返り、軽く頭をもたげた。
 春華は感謝の意をあらわすような、そんな言葉を聞いたような気がした。
 
 春華が床下で白い蛇を発見、その身体を板にとめていたという釘を抜き、そのあとで浄化のヴァイオリンの音を響かせ、調査はとりあえず終了した。
「タンスは大切にすれば家の守り神になってくれますよ」
 ……粗末にすれば祟りますけど。柚品はそう付け足した。
「あいつも酒で祀れば福をもたらすとか言ってるし、問題ナシだな!」
 春華は明るくそう言ったあと、いや、あった、あいつに心霊現象があることを認めさせてこそだったと付け足し、拳を握る。
「家相が良くないのであまり勧められた物件ではありませんけどねぇ。まあ、タンスと蛇が守ってくれるなら、それを差し引いて、とんとんですかね。ああ、それと、これも依頼人に渡しておいてください」
 功刀は名刺と見積書と書かれた紙をエマへと渡す。
「少し手を加えれば、家相の悪さを解消できます。まあ、無理にやる必要もないですが。やるつもりがあるならば、うちへどうぞってことで」
 へぇ、しっかり者……いや、ちゃっかり者か? まあ、とにかく、そんな感じだな……と春華は思った。
 
 もう、何度同じ言葉を繰り返したことか。
「だから! 心霊現象、その他諸々、不可思議な出来事はちゃんと存在してるのっ」
 ぐっと拳を握り、春華は訴える。
「では、その根拠は?」
「それは……それは……」
 俺だ! とは、さすがに言えない。男との問答はいつもここで詰まってしまう。実のところ、男は非常に心霊現象の類に詳しく、春華が例をあげるたびに、科学的な方面からそれを考察する。
「くっ、それじゃあ、心霊現象がないという証拠をみせろよ!」
 春華はびしっと男を指さし、言い切った。
「これは……痛いところを。実は、心霊現象がないという証明もできないんですよね。ない証拠……それこそ、そんなものはありません」
 男は軽いため息をつき、穏やかに言った。春華はぱちくりと瞬きをする。
「だから。政府の陰謀なんですよ」
「どうしてそうなんだよー」
 少し前進したような気がするが、だが、政府の陰謀はちょっと違う。春華がため息をつくと、男は少し考え、それからにこりと笑った。
「では、私の秘密を教えて差し上げましょう」
「はぁ?」
 男の秘密? 春華は怪訝そうな表情で男を見やる。と、男は声を顰め、言った。
「実は、私は政府の研究所から逃げてきたのですよ」
「ええっ?」
 とても信じられない。春華は頭のてっぺんからつま先まで男をまじまじと見つめた。三十代前半から半ば程度の温和そうな、とりたてて目立つところのない男。……やはり、信じられない。
「超能力を研究している機関でした……おかげで、私は少しそういった力が使えるのですよ……いいですか、この手の上の五百円玉、よく見ていて下さいね」
 男は手の甲に五百円玉を置く。春華はじっとその手を見つめる。男が手の甲の上に手を置いた。そして、手を離し、手の甲と手のひらを見せる。五百円玉は消えていた。だが、どうせなら消すのではなく、出す、いや増やしてくれと思う。
「はい、では次はこのカードのなかから一枚、選んで下さい。勿論、私に見せてはいけませんよ……その数字を当ててみせましょう。ハートの4です」
 確かにそのとおりだった。春華の手にはハートの4がある。
「最後に、このノートに何か書いて下さい。私はこちらを向いていますから」
 男は背を向ける。春華は、こんなのどうせ手品じゃん、俺だってこれくらい知ってるぜと思いながら、ノートに自分の名前を書いた。
「書いたよー」
「はい。私も書けました。あなたが書いたことは……」
 男と春華は同時にノートを見せあった。春華のノートには自分の名前が書いてある。男のノートには『こんなのどうせ手品じゃん、俺だってこれくらい知ってるぜ』と書いてあった。
「なんだ、ハズレじゃん。だっせー」
「ははは、間違えてしまいました。ああ……そろそろ行かないと。楽しかったですよ。では、さようなら、伍宮さん」
 男は春華に頭を下げて去って行く。
「あ、ノートは……行っちゃった。けど……」
 春華は男が置いていったノートを見やる。『こんなのどうせ手品じゃん、俺だってこれくらい知ってるぜ』と書かれている。
「……あれ? あれあれあれ?」
 これって、書いてはいないけれど、さっき自分が思ったことでは……春華は、はっとして男を追いかけた。が、その姿は既になかった。
「……」
 
 そして、それ以後、男の姿を見ることはなかった……ということもなく、男は時折、現れ奇妙な依頼をもちかけては、春華と心霊現象について語りあった(?)という。
 
「だから、心霊現象はあるーっ!」
「政府の陰謀です」

 −完−

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1892/伍宮・春華(いつみや・はるか)/男/75歳/中学生】
【1532/香坂・蓮(こうさか・れん)/男/24歳/ヴァイオリニスト(兼、便利屋)】
【2346/功刀・渉(くぬぎ・あゆむ)/男/29歳/建築家:交渉屋】
【1582/柚品・弧月(ゆしな・こげつ)/男/22歳/大学生】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

(以上、受注順)

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■         ライター通信          ■
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依頼を受けてくださってありがとうございました。
相関図、プレイング内容に沿うように、皆様のイメージを壊さないように気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。遠慮なく、こういうときはこうなんだと仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。

はじめまして、伍宮さま。
件の家で実際に眠ってみると書かれた方は、実は、伍宮さまひとりでした。なので、ひとりで眠ってます。
なんだかボケ役というか、お笑い担当になってしまいました(汗)
一番年上ながら、外見年齢が若いため、つい、つい……と言い訳です、すみません。
ですが、書いている私は非常に楽しかったです(こら)
またご縁がありましたら、男と心霊現象について語り合って(バトルするともいう)やってください。
今回はありがとうございました。
願わくば、この事件が伍宮さまの思い出の1ページとなりますように。