コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


依頼人は幽霊

幽霊に足がないという俗説は本当だった。もっとも、今目の前にいる少女に限ってのことだが。髪の短い少女の膝から下はなく、体を通して向こうの景色を覗くことができた。
しかし少女はなくしたくて膝下をなくしたわけではない。
「私の足が見つからないんです」
少女は数日前、踏切の故障による列車事故に巻き込まれて死んだ。列車が、と思った直後意識が途切れ再び気づいたときには足元をなくしていた。
足がなくても痛むわけではないし動き回ることも可能である。しかし少女はなにやら不安で、そして心残りで成仏できなかった。足の行方が気になって、少女は幽霊になってしまったのだ。
「私の足を見つけてください」
こんな依頼人は初めてだった。

モーリス・ラジアルはサングラスのくもりを拭き取りながら尋ねた。
「何歳?」
「十四歳、です」
「へえ」
驚いたようなため息は、柚品弧月。もう少し年上に見えるのは、背が高いからなのだろうか。だが、どちらにしろ若かった。死んでしまうには早すぎる若さだった。勿体無い、という言葉を続けようとしたが飲み込む。言ったところで傷つくばかりだ。
「とりあえず、今から警察へ行ってみようと思うの」
ここ何日かの新聞に目を通していたシュライン・エマが顔を上げた。眼鏡のレンズ越しにその目は、これといった情報が見つからなかったと言っていた。
「警察へ行けば、鑑識から話を聞けるかもしれない」
「そうですね。まとめられた情報を読むより実際に事故を担当された方にお会いしましょう」
弧月は同意する。モーリスは、ソファから立ち上がった。
「それでは私は、現場を見てきても構いませんか?何事も自分で確かめなければ気の済まない性質なので」
「そうね、お願いするわ」
二時間で戻ってきます、とモーリスは言い残し事務所を出て行った。
本音のところ、警察が苦手なのだった。ああいう誰にでも平等に優しそうな顔をしている機関ほど胡散臭い場所はない。自分の目で確かめなければ気が済まない、というよりは警察の言葉を信じたくない気持ちのほうが勝っていた。

このところ清修院樟葉は散歩の途中で経を読むのが日課になっていた。いつも通る踏切で交通事故が、中学生が亡くなってしまったのだ。今も踏切に花を供える人は絶えない。だから今日樟葉の背後に立った男も、花を供えに来た一人だと思っていた。
しかしモーリスは手になにも持っていなかった。経を読み終えた樟葉が振り返ると、目を細めるように笑った。
「ありがとうございます」
「・・・・・・あなたは、亡くなられた方のご家族ですか?」
違います、とモーリスは金色の頭を横に振った。
「家族ではありませんが、関係者です。実は、ここで亡くなられた方から依頼がありまして」
モーリスは手短に、事の経緯を説明する。だが、説明を短くすればするほど少女の痛みを切り刻んでいるように思え、気が咎められた。
「少女は幽霊の姿で、足を探しつづけているのです」
「それは・・・・・・大変ですね。私でよければお手伝いしましょうか?」
「助かります」
軽く頭を垂れつつ、モーリスは無意識に胸元を探っていた。だが、目的のサングラスはなかった。どうやら事務所で外して、そのままテーブルに置き忘れてしまったようだ。誰かを真っ直ぐに見つめるとすぐ恋をしたくなるのはモーリスの悪い癖で、自身を諌めるためにサングラスをかけているのだった。
「その・・・・・・亡くなられた少女は自分の足を探しているのですね」
「ええ」
なるだけ視線を合わせないように、モーリスは事故現場に視線を投げる。線路の隙間、消しきれない染みが胸を痛くさせる。
「その子の足はもう、ここにはありません」
「足がない?」
「ここではないどこかをさまよっています」
樟葉には、それがわかった。明確に見えるわけではなかったが、感じられた。
「足がどこへ行ったのか、私にはわかりません。けれど足が見つかれば、少女は仏の元へ行けるでしょう」
「今、別の人間が警察にも話を聞きに行っています。私と一緒に事務所へ戻って、彼らを待ちませんか」
「そうですね、そうしましょう」
これがデートの誘いなら彼女はこれほど素直に頷かないだろう、とモーリスは不謹慎ながら唇に笑みを浮かべた。

モーリスが樟葉を連れて事務所へ戻ると、警察へ行ったはずの二人はすでに戻ってきていた。事故現場より警察のほうが随分近いのだ。仕方ないと心を納得させつつ、モーリスは樟葉をシュラインと弧月に紹介する。
「こちらは清修院樟葉嬢、事故現場で出会いました。私たちに協力してくださるそうです」
「初めまして」
深々と頭を垂れる樟葉、ソファに座っていた二人は慌てて体制を整える。その拍子にシュラインの肘がテーブルにぶつかり、ガラス製の灰皿が派手な音を立てた。音に気づいて、少女は目を開ける。
「お帰りなさい」
どうでしたかと少女は全員の、二時間前より一人増えているのに今気づいたらしい、四人の顔を見回した。
「ついさっき、帰ってきたところよ。今から情報を交換するところ」
「それじゃあ見つからなかったんですね」
率直に切返され、シュラインは言葉に詰まる。確かにそのとおり、警察にはキーホルダー一つが残っているだけでほかにはなにも情報がなかった。もしも足が見つかっていれば誰かがすぐ、見つかったと答えただろう。全く、子供の直感的な鋭さにはいつも不意を突かれてしまう。
「足はまだですけど、手がかりは見つかったかもしれません。事故現場のほうはなにかありましたか?」
「ええ、彼女が」
モーリスの返事は一瞬冗談かと思えた。だが弧月が樟葉に視線を移すと、樟葉は結ばれていた唇を開いた。
「踏切にはもう、誰もいませんしなにもありません」
「そう」
樟葉の報告を聞いてシュラインは内心、正直落胆してしまった。だが隣の弧月は樟葉の言葉を予想していたかのように
「やはり、そうでしたか」
嬉しそうに頷いたのだった。
「彼女の足は恐らく、彼女と同じように失われた半身を捜し求めているのです」
弧月は、サイコメトリーで頭に浮かんだ映像を事務所のホワイトボードに板書した。たくさんの人間、茶色いボール、そしてなにかのユニフォーム。
「あなたの足はきっと、あなたが一番行きたいと思った場所にいるでしょう」
「これは・・・・・・バスケットボール?」
あなた、バスケットをしていたの?とシュラインが尋ねると、少女は頷いた。膝の痣は、部活の練習中に怪我したものだった。
「日曜に、大会があったんです。私、ユニフォームがもらえて、それで」
出たかったんです、と続けられず少女は涙をこぼした。思わずモーリスが天を仰ぐ。
「女性に泣かれるのは、苦手なのですが」
「それより泣いている暇はないわ。今日は何曜日?」
「日曜です」
樟葉が答える、そして気づく。
「大会の日ですね」
「ええ。足はきっと会場で見つかるわ。行かなくちゃ」
過ぎたことに泣いていて、今手を伸ばせるものまで失うわけにはいかない。少女の涙に共感はするが、同調している場合ではない。四人と少女は、大会の行われる市民体育館へ向かった。

「きっと見つかる、とは言ったものの」
サングラスをかけたモーリスが肩をすくめるのも無理はなかった。大会は近辺の中学校が何校か集まって開かれているもので、応援者の人数まで含めると小さな体育館の中に三桁の人間が膨れ上がっていた。この中から少女の足を見つけなければならない。
「バスケットシューズを履いた足、というのも多いですからね」
男二人はさすがに、女子中学生の足を眺め回すわけにはいかない。日頃和服を着慣れている樟葉は、どれが普通の靴でどれがバスケットシューズなのかよくわからない。シュラインも、目がいいとは言いがたく見つけることは困難だった。
「ねえ、あなたの足は・・・・・・」
少女に問い掛けてはみたが、しかし少女自身はそれどころではなかった。偶然にも、自分の学校の試合が行われていたからだ。気になるのだろう、シュラインの声も届かない。
「あの八番」
赤いユニフォームの少女を指差す。
「私、あれを着るはずだったんです」
リバウンドを取った、少女のバスケットシューズがコートを甲高く鳴らす。床のワックスが塗りたてなのか、雨の日でもないのによく響いた。響きすぎるほどだった。他の選手はそうでもないのに、八番の少女のときだけよく鳴った。
「新品なら多いことですけど」
八番のバスケットシューズはかなり使い込まれていた。
もしかして、とモーリスがハルモニアマイスターの能力を使う。これは、そこにあるものを本来あるべきものに戻す力だ。少なすぎるものには形を足して、多すぎるものは形を分けることができる。
能力を発動させた瞬間四人と少女の目にだけ、八番の少女から足首だけが剥がれ落ちたように見えた。いや、少女の足自体はそこに残っているから、多すぎた部分が姿を現したのだ。
「私の足!」
モーリスは能力を使い続ける、今度は少女に向かって。少女の足が、今まで足りなかった足元が蘇る。その瞬間、俗説は嘘になった。少女は足のある幽霊だった。
「これで、仏の元へ行けますね」
数珠を握った樟葉が微笑む。少女はにこりと、初めて嬉しそうに笑い返した。そしてそのまま、透き通って消えてしまった。

少女が消えてから一週間後、つまりやはり日曜の昼下がり、四人は踏切に立っていた。少女が成仏したことを知ってか知らずか、花束の数はずいぶん少なくなっていた。けれど四人は今日、さらに花を増やすため訪れたのだった。
「元気でいればいいんですけど」
大きな手を泥に汚しながら、弧月が高い空を見上げた。
「きっと元気よ」
シュラインは髪の毛をかきあげる。二三歩下がったところに立っているモーリスも、その外見よりも随分長い時間を生きて沢山の人を見送ってきたモーリスはただ黙っていた。
「花にもきっと、気づいてくれるわ」
「ええ」
弧月は、植えたばかりのパンジーを優しく撫でた。黄色と紫と、一輪ずつ。本当は違う花を供えようとしたのだけれどシュラインが
「この子たちも足を探してしまうかもよ」
と言うので、根づく花を買ったのだ。
日曜日の空は、先週よりももっとずっと晴れていた。樟葉の唱える経がパンジーの花弁を揺らし、少女のいる空へ向かって細く高く伸びていった。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1582/ 柚品弧月/男性/22歳/大学生
2312/ 清修院樟葉/女性/23歳/尼僧
2318/ モーリス・ラジアル/男性/527歳/ガードナー・医師・調和者



□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

明神公平と申します。
事故死した少女の話、ということで今回は暗い話になりがちでした。
悲しみというのは苦手なのですが、悲しさを共感できる優しさというのは
素敵です。
優しそうに見えてクール、恋愛に積極的、というモーリスさまは今回
話の展開を追うよりも個性を出すことのほうが実は楽しかったです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。