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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


一握りの雪
------<オープニング>--------------------------------------

「私はこの雪を握っていました。それだけを・・・」
 
 草間は目の前に座る二十歳前半の女性の言葉に首を傾げる。
 女性の掌に乗っている雪。
 自分でも触ってみたが感触も冷たさも、空から降ってくる本物の雪そのものだった。
 それなのにその雪は暖房でも女性の体温で溶けることもなく、さらさらとした粉雪の状態を崩さずにいた。
「不思議な雪ですね。冷たいのに・・・」
 零はそっとその雪を手に取る。
 さらさらと雪は零の指先から零れ、それは再び女性の掌に戻る。
 空気の流れさえも受け付けずに、雪はゆっくりと女性の掌の上に戻るのだった。
 まるでその場所でしか存在できないとでもいうように。

 女性は俯き、自分の掌に乗った雪を眺める。
 日本人形のように艶やかな黒髪が白い肌の上を流れていく。
 ぱっちりとして大きな瞳から透明な滴がこぼれ落ちた。

「私は一体何者なのでしょうか。気づいたとき、私はこの雪を握りしめて立っていました。それ以前の事は何も分かりません。雪が溶けて消えないのも何故だか分かりませんし、ただ・・・何かとても大切なものを無くしてしまったような気がして・・・」
 思い切り溜息を吐きたいのを我慢しながら草間は思う。
 どうしてこういう問題ばかりが此処へ集まってくるのだろうと。
 しかし嘆いたところで仕方がないと、草間は女性を見つめ尋ねる。
「何も分からない・・・それじゃ手のつけようがない。何も思い浮かびませんか?風景とか言葉とか・・・」
 些細なことで構わない、と草間が告げると女性が、はっとしたように顔を上げた。
「一つだけ・・・一つだけあります。ふと浮かんでくる声。『逃げろ』って苦しそうな人の声。・・・私はこの消えない雪と引き替えに何を失ったのでしょう」
「逃げろ・・・ねぇ。何処から、そして何から逃げたのか・・・残ったのは溶けない雪」
 草間は誰に言うでもなく呟いて宙を仰いだ。
 
 
 ------<偶然は必然?>--------------------------------------
 
「こんにちは」
 そう言って草間興信所のドアを開けて入ってきたのは、黒い留袖を着た海原みそのだった。
 いつもの巫女装束も合っているのだが、留袖もなかなか見事だった。
 漆黒の髪に黒の留袖。
 それなのに重苦しさを感じさせないのはその包容力に溢れた雰囲気だろうか。
 妖艶な笑みを称えたみそのは興信所内に、いつもとは別者の流れを感じて首を傾げる。
「あら?・・・お客様ですか?」
「あ、みそのさん。こんにちは」
 零がみそのを見つけて声を上げる。
 草間も、おぉ、と軽く手を挙げみそのを側に呼ぶ。
「良いところに来たな。もしかしたら適任かもしれない」
「わたくしがですか?・・・また事件ですの?」
「あぁ、そうだ」
「まぁ・・・その手に乗ってらっしゃるのは雪?」
 みそのは女性の手を指さしながら尋ねる。
「気づいたときにこれを握りしめていたんです」
 女性はみそのを見ながらその雪を差し出す。
「触ってみてもよろしいですか?」
 女性が頷いたのを確認して、みそのは雪に手を伸ばす。
 
 指先をさらさらと粉砂糖のように滑り落ちる雪。
 やはり普通の雪と変わらない。
 みそのは感じたままに呟く。

「・・・さらさらとした雪。熱でも溶けないんですのね。でもこれは多分普通の雪でしょう。ただどこからかこの雪まで意識の流れを感じますけど」
「意識の流れ?」
 えぇ、と頷き、みそのは促されるままに草間の隣に腰掛ける。
「その意識とこちらの方の意識がその雪にまとわりつくように絡み合っています。こちらの方の強い意志の力が雪を溶かさないよう働きかけているのかもしれません。・・・この雪を何処から持ち出したのか」
「それが分かれば苦労しないんだけどな」
 宙を仰ぎ見る草間。
 みそのは更に女性を取り巻く流れを視る。

 女性を取り巻く数々の流れ。
 それは人との関わりと今まで生きてきた流れを示す。
 その中で一際強さを持つ流れをみそのは見つけた。
 一番新しく、そして一番女性との関わりを示す一本。
 ただ、女性の意識はしっかりとした強さを現しているが、その先にある流れは細く弱い。
 
「あなたは何を失ったのでしょうか・・・そして何を得たのでしょう」
 みそのの言葉に女性はぶるっと肩を震わせる。
「・・・分かりません。記憶が・・・ないんです」
「あなたが記憶を無くしてしまっても、流れはそれを無くさない。流れは真実を語るでしょう」
 にっこりとみそのは笑う。
 まるで全て謎は解けたと言わんばかりの全開の笑顔。

「草間様、このお話お受けいたしますわ」
「おぉ、それは助かる」
「それではこの方、お借りいたします」
 さぁ、とみそのは女性に手を差し出す。
「わたくしの見つけたあなたの流れ、とても細くて薄くなっていますけどそちらをこれから辿っていきましょう」
「はい」
 不安の色を隠しきれない女性。
 しかしみそのの言葉に頷くと差し出されたその手を取った。
 

 ------<大切なもの>--------------------------------------

「雪、お好きですか?」
 みそのは寒空の下を歩きながら女性に尋ねる。
 今向かう先は流れのたどり着く場所。
 緩やかな軌跡を描いたその細い流れをしっかりと掴み、みそのは女性を案内する。
 女性は掌の雪を眺め呟いた。
「雪は・・・嫌いじゃありません」
「そうですか。わたくしも雪は好きです。海の底から見上げた雪はそれはとても美しいのです」
「・・・海の底?」
「えぇ、わたくし深淵の巫女ですから」
 にっこりと微笑まれて女性は頬を赤らめる。
 みそのの笑顔は人を魅了するものがあった。
「この謎が溶けたら私どうなるんでしょう」
 そうですね、と言いながらみそのは空を見上げる。
 空は青く澄んでいて、雪の降る気配は感じられない。
 ただ寒さだけが今冬だということを教えてくれる。
『雪』は『幸』。
 人にとってその二つのものは儚いものなのかもしれない。
 溶けない雪は幸せを望み続ける人の心のよう。
 そんな事を考えながらみそのは答える。
「雪・・・は溶けてしまうかもしれませんね」
「イヤっ!溶けるのはイヤっ!」

 突然、大声をあげる女性にみそのは、あら、と顔を向ける。
 そしてみそのはその女性の変化で唯一の手がかりに思えた流れを取り逃がしてしまう。
 女性を取り巻く流れが一気に変わり、今まで流れを辿っていた一本を見失ってしまったのだ。

「どうしたのですか?」
 とりあえず落ち着くように女性を促してみるが、パニック状態の女性はみそのを拒絶する。
「溶けて消えてしまう。私の・・・私の幸せ」
「雪が幸せ?・・・本当に握りしめているのはあなたの幸(ゆき)?」
 まさか本当にそうだとはみそのも思わなかった。
 自分の考えたその仮説はどうやら正しかったようだ。
 もしかしたら彼女は自ら過去を閉ざしてしまったのではないか。
 そんな考えがみそのの中に生まれる。
「駄目なの、私・・・雪を溶かしてしまっては駄目なの」
 女性はそのまま蹲ってしまう。
「何か・・・思い出したのですね」
 みそのは蹲った女性の頭を優しく撫でる。
 まるでそれは子を慈しむ母の姿のようだった。
 そのまま女性が落ち着くまで待つ。
 すれ違う人々が二人を注目していくが、そんな視線は二人には関係なかった。

  
「もうそろそろ大丈夫でしょう?」
 みそのは再び女性を取り巻く流れが大人しくなったのを見て、女性に声をかける。
 みそのは比較的穏やかな雰囲気を持つ公園へと女性を連れてきていた。
 ここならば人混みの中に比べれば多少なりと取り巻く流れが少なくなる。
 女性はみそのの言葉に頷くと謝罪した。
「はい・・・あの、取り乱してすみません」
「いいえ。お気になさらず。わたくし、あなたの傷を暴いてしまうところでしたのね」
「・・・私逃げたかったんです。以前の私を知る所から、人から」
 ぼろぼろと涙を流す女性は項垂れる。
「私、名波 里子と言います。自分で全てを捨てたというのに、また自分で過去を探し求めてしまうなんて・・・」
「過去を無くすことは出来ません。過去は里子様を存在させる証し。築き上げてきた世界ですから。無くしたかった過去、でもそれを無くすことが出来なかった。里子様が無くしてしまった大切な何かとは『過去』の事でしたのね」
 はい、と俯いた女性はみそのを見つめる。
「逃げろ、という声は過去の私。やっと訪れたチャンスだったんです。私ずっと閉じこめられた世界で暮らしてました。いわゆる座敷牢というものの中で。あの日、雪が降ってました。家の人々がパタパタとしていて初めて座敷牢の鍵をかけ忘れたのです。今しかないと思いました。私が自由になるときは」
「それで里子様はお逃げになったのですね」
「はい、とにかく外に出なくては、と。外に出て見たことはあっても触れたことのない、雪に初めて触れました。綺麗で冷たくて・・・真っ白で何処も穢れていない雪。私もそうありたい、雪のように白い未来が、幸せが欲しいと」
 里子が開いた掌に雪が変わらないさらさらの姿で乗っている。
「目の前に積もった雪を握りしめ、私は過去を全て忘れて生きていこうと思ったんです」
「強い意志の力。でも過去を忘れた不安には勝てなかったのですね・・・過去を忘れることは自分を否定してしまうことにも繋がるのですから」
「みそのさんの言うように、過去は私を存在させる証し。逃げられません。でも雪が溶けることは私の自由や幸せが消えてしまうこと、そう思えて・・・」
「大丈夫ですわ。『幸』は人と共にありますから」
 みそのの言葉に里子は顔を上げる。
 目に飛び込んでくるのは優しい笑み。
「幸せって『倖せ』とも書きますでしょう?いつも人と隣り合わせにあるものなのです。それに雪は溶けてもまた蒸気となり再び地上に降りてきます。流れは巡りますから、里子様が生き続ける限り」
 雪も幸も、とみそのは笑う。
「巡るもの・・・」
「はい。必ずや・・・。まだ過去からお逃げになりたいですか?」
 みそのの言葉に里子は首を振る。
 そして握りしめていた雪をそっと手放した。
「いいえ。逃げたかった場所からは逃げ出すことが出来ました。過去は・・・逃げるものではなく、受け入れるもの。流れは巡って・・・私にも幸が降りてくる・・・そうでしょう?」
「わたくしはそう思います」
 里子の手からこぼれ落ちた雪は静かに溶けだし地面を濡らす。
「それならば私は頑張ることが出来ます。この街は少し冷たいけれど、でも私という存在を受け入れてくれますから」
「里子様・・・」
 里子の周りに巡る消えそうだった流れは少しずつ強さを増していく。
 過去に繋がる流れ。
 そしてそれは未来へも繋がる。
「ありがとございました」
 ぺこり、とお辞儀した里子の顔は明るい。
「いいえ、わたくしは何も・・・」
 はにかむような笑みを浮かべみそのは言う。
 里子は何度も何度もみそのを振り返りながら、東京という街へと消えていった。
 


------<新しい始まり>--------------------------------------

「里子様、元気にお仕事されてますのね」
「はいっ!今日は私の奢りですのでがんがん食べちゃってください」
「ありがとうございます」
 みそのは目の前に座る里子に笑顔を向ける。
「あー・・えっとですね、今来るのが・・・」
「おこめ・・のティラミスと仰ってましたけれども・・・」
「そうなんですよ!面白い食感ですよ」
 お米のティラミス、と聞いてみそのはすぐに原型を思い浮かべることが出来ない。
 ティラミスという食べ物は以前食べたことが、お米が入ったそれはいったいどのようなものだろうか。
「みそのさんもびっくりしますよ、きっと」
「楽しみですわね」
 食べてみて面白いものだったら妹たちにも教えて差し上げましょう、とみそのは胸の内で思う。

 地上は面白いものに満ちあふれている。
 心を揺さぶるような流れたちに。
 過去も未来も人々の流れもそれはもう数え切れないほどに。
 その流れはどれもちがうもので辿っていけば面白い現象を発見することも出来る。
 儚く散るのもまたそれも良いだろう。
 それは他人には美味ともなるのだから。
 
 みそのは柔らかい笑顔の裏でそんなことを思いつつ、目の前に運ばれたお米のティラミスにスプーンを入れたのだった。
 



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●1388/海原・みその/女性/13歳/深淵の巫女


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、初めまして。夕凪沙久夜です。
この度はご参加いただきアリガトウございます。
 
「流れ」を見ることの出来るみそのさんにはこのような形で謎解きをして頂きました。
如何でしたでしょうか?
天然不可思議系巫女っぷりを発揮していただきたかったのですが、今回あまり天然っぷりを発揮できずに残念です。

もしまた機会がありましたらどうぞよろしくお願いいたします。
アリガトウございました。