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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


開かざる部屋

あやかし荘には嬉璃ともう一人、座敷童が住んでいた。かつてのことだ。昔は建物の中を走り回り嬉璃とも遊んだりしていたのだが、今は姿さえ見せない。
「誰か、瑠嬉を引っ張り出せる奴はおらんのかのう」
珍しく寂しげに、嬉璃が呟く。

「禍福無門、唯人所召(禍福は門なし、ただ人の招く所)」(『春秋左氏伝』)
嬉しいことも、悲しいこともなにか特別な扉が用意されているわけではない。人の気分の持ちようでやってくるのだと雪ノ下正風は信じている。嬉しいことばかりならいいけれど、実際は悲しいことも同じくらいたくさん起こる日々だからこそ、そう思わなければやってられない。大切なのは悪い状況をいかに楽しむべきかなのだ。

「桃の間」は、これでもかというくらいに閉めきられている。
「この通りぢゃ」
嬉璃は集まった五人の前で肩をすくめてみせる。五人とは背の高い順に正風、紗侍摩刹、瀬川蓮、そして同じくらいの氷女杜六花と本郷源。念のため襖の引手に手をかけてみるが、びくともしない。
「全くじゃのう」
「全くね」
暇さえあればこのあやかし荘を遊び場にしている、嬉璃も含めて仲良し三人組はチームワークがいい。
「ねえ、おじさんが開けてみてよ」
「おじ・・・・・・誰がだ、俺はまだ22だ!」
「ボク13歳」
現役大学生にも関わらず「おじさん」呼ばわりされて拳を握る正風に、子悪魔的な微笑をかえす蓮。さらに源がわしは6歳じゃ、と追い討ちをかける。子供には敵わない。
「・・・・・・わかりました、よ、と」
仕方なく正風は引手、いや襖の縁に手をかける。だが嬉璃の場合と同様どれだけ引っ張ってみても、引き剥がそうとしても頑として動かない。ひょっとしてこれは襖に見えるけれど壁に絵を描いたのではないか、と正風が疑ってしまうのも無理はなかった。
「開かないねえ」
仕方ない、と呟くと蓮は「桃の間」の真正面に位置する「水仙の間」を開け放った。
「その瑠嬉ちゃんが出てこないなら、引きずり出しちゃおうよ。よく言うじゃない、座敷童はみんなが楽しそうにしてたらいつのまにか混ざってるって。ね?」
「それもそうぢゃな」
「うむ、嬉璃殿。騒ぐのじゃ!」
「騒ぐのです!」
しかし刹には蓮の立てたその作戦がなにやら、大昔の神話に似ているような気がしてならなかった。
「天岩戸」
ぼそりと呟かれた言葉はしかし、刹自身に飲み込まれ誰に届くことなく消えていく。
「見てみて、ほらこれ見てよ!」
「お、それこの間発売されたやつじゃねえか」
まずは得意げに蓮が取り出して見せたのは携帯型ゲーム機。
「このゲーム、すっごく面白いんだよ。瑠嬉ちゃんだって絶対やってみたくなるって」
「・・・・・・それは、どうかのう」
自身満々だった蓮、しかし今度は嬉璃に浮かない顔をされる。なぜかといえば、嬉璃が「桃の間」に閉じこもってしまったのは今から数十年前。その頃に電子ゲームがあったはずもない。それゆえに瑠嬉はそのゲーム機を見たとしても、なんだかわからない可能性が高いのだ。
「ちぇ」
残念がる蓮におずおずと近づいてきたのは六花。
「ねえ、それ、ほんとに面白い?」
六花も今までゲームをやったことはなかった。しかし蓮があんまり楽しそうに自慢するものだから、好奇心が疼いてしまう。懐のいちご牛乳と交換でいいからやらせて、とお願いしたかった。
「面白いよ。やってみる?」
寛容な蓮はひょいと六花にゲームを貸してくれる。嬉しくてたまらない六花、だがあまりに興奮してその指先から冷気を放出してしまう。
「あ」
「え?」
「げ」
しまった、という六花。一瞬なにがあったのか把握できない蓮。そしてその冷気に嫌な思い出がある正風、反射的に六花との距離を開ける。
「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
残されたのは氷漬けのゲーム機。勿論、溶かしてみてももう動かないだろう。
「せっかく今までレベル上げしたのになあ・・・・・・でも、ま、いいか。新しいのなんてすぐ手に入るし、気にしなくていいよ」
「そうそう、男は諦めが肝心じゃ!潔いのが一番じゃ!」
源に共鳴するように源の相棒である二匹の虎猫と黒猫、にゃんこ丸とにゃんこ太夫がにゃあにゃあと鳴きつつ喉を鳴らす。心なしか源の顔が赤い、その理由とは。
「とにかく楽しむのぢゃ!」
どこから持ち込んだのか、片手に一升瓶を抱えた嬉璃が思い切り座布団を放り投げる。切れのいいスナップから放たれた茜色の座布団は空中を回転しながら、運悪く刹の顔面に命中する。
「・・・・・・」
この程度のことで怒りを感じる刹ではないが、それでもわずかに唇が歪んだ。
「水仙の間」には驚くほど短時間で酒宴の準備が完了していた。酒につまみ、その他の飲み物、そして嬉璃たち三人になくてはならない大量の座布団。
「さあ飲むのじゃ騒ぐのじゃ!子供にはちゃんとジュースも用意されておるからの!」
「お、おいちょっと待てよ。子供が酒なんか飲むな!」
正風は自分の足元を駆け回る三人組の襟首を捕まえようとするが、すばしっこくてなかなか捕まらない。のみならずあどけない顔の六花が
「大丈夫、六花370歳」
「嬉璃999歳」
さっきの源とまるで逆のことを言うものだから、なにがなんだかわからない。よってたかってからかわれているような気になってしまう。
「・・・・・・ああ、もうどうでもいい!とにかく宴会なんだな、宴会なら歌だ!」
やけになった正風はどこに隠していたのか、突然フォークギターを持ち出し、弾きはじめる。酒を飲んではいないのだが、頭に血が上っているのかテンションは高い。
「瑠嬉ちゃん引っ張り出すなら嬉璃ちゃんが歌うんだ!会いたいって気持ちを歌にしてぶつけるんだ!」
叫びながらギターをかき鳴らす正風、それを見ながら蓮は大声をあげて笑っている。
「浮かれるのじゃにゃんこ丸たち!」
源の指示ににゃあ、と返事をした猫二匹。それぞれなんと、器用に二本足で立ち上がり尻尾でバランスを取りながら前足を揺らす。見ようによっては可愛らしく踊っているようにも見える。
一方、酒を飲むのに忙しい嬉璃は正風の熱意など鼻の先で受け流していた。
「残念ぢゃが、わしは歌など歌えぬしこんなものも弾けぬ!」
そう言うや否や正風が高校時代バイトで稼いだ金をはたいて買った思い出のギターが容赦なく放り捨てる。しかし正風もめげずさらに数々の楽器を引きずり出す。
「ならなんでもいいから奏でてみるんだ!その思いはきっと伝わるはずだ!」
嬉璃は笑いながら笛も違う、シンバルも違う、鼓も違うと次から次に投げ捨てては酒を浴びるように飲み続ける。入れ違うように飛び交っているのは言うまでもなく座布団。
「座布団乱舞、行きます!」
顔を真っ赤にした六花がとにかく手当たり次第に飛ばしている。見ていた蓮までもが
「面白そう、僕もやりたい!」
と仲間に加わる。踊る猫の真上を楽器が飛ぶ、座布団が飛ぶ。これで天照大神が出てきてくれれば奇跡だな、と刹は額を押さえる。
「瑠嬉はのう」
最後の一つらしいカスタネットを投げ捨てたところで、嬉璃がぽつりと漏らす。
「歌よりもなによりも、お手玉が好きぢゃった」
瑠嬉と嬉璃は同じ座敷童でも、正反対の性格だった。嬉璃があやかし荘の近づく子供に自ら飛び込んでいくのに対して、瑠嬉は一人で大人しくお手玉をして遊んでいるところへ子供たちのほうが近づいていく具合だった。考えてみると瑠嬉というのは座敷童としても珍しい性格の持ち主だったのかもしれない。
「お手玉ならボク知ってるよ。こういうのでしょう」
みかんの入った籠を手元に引き寄せると蓮は見よう見真似で覚えたらしい、みかん一つを放り投げてはまた別のものを受け止め放り上げる器用なことをやってみせる。だがそれはいわゆるジャグリングで、厳密に言えばお手玉とは違っていた。
「お手玉はこうやるんだよ」
残ったみかんを手にとった六花は、口の中で小さく歌を口ずさみながら手本を見せる。
「上手いもんだねえ」
生まれてこのかたお手玉なんてやったこともない正風は、ひたすら感心するしかない。言うまでもなく刹も、右に同じであった。
「昔はこんな遊びしかなかったのぢゃ」
「そう、この他にはあやとりとかな」
「六花はこの前双六を教えてくれたぞ、楽しかったな」
「ボクも今度混ぜてよ。そのときは、おじさんも混ぜてあげるから」
それは俺のほうが上手いぞ、と正風が舌を出す。おじさんと言われて負けているばかりではない。
「もっともっと沢山人を集めてみんなで遊ぼう」
「そのときは、瑠嬉殿も一緒だよ」
「そうじゃ」
「・・・・・・」
嬉璃は一瞬顔を歪ませたが、元気に頷くと笑ってみせる。
「ふん」
刹が、眉間に皺を寄せた。
「連中がこれだけ騒いでいるんだ。貴様も出てくるならさっさと出て来い」
それとも無理矢理引きずり出されたいか、と刹は「桃の間」の襖に手をかける。よく見れば気づくのだが、ほんの少し、少しだけ開きかけていた。
「瑠嬉!」
思わず嬉璃が叫ぶ。その声を聞いて襖は怯えたように閉じかけたのだが、刹の手が邪魔をしている。
「こいつらは貴様に会いたがっているぞ。お前も本当はここから出たいはずなのに、なぜ出てこない」
刹の視線は恐ろしいほどに冷たい。だが、言葉は裏腹に。
「・・・・・・勿体無い」
襖が、がたんと音をたてて開いた。長いこと動かしていなかったので、立て付けが悪くなっていたのだ。そして、開いた扉の向こうには嬉璃によく似た座敷童が恥ずかしそうに立っていた。
「お姉ちゃん」
「瑠嬉」
私、ずっと寂しかったのと瑠嬉は言った。
瑠嬉は段々と、子供たちがあやかし荘から離れていくことにいつしか気づいていた。塾や習い事でみんな忙しくなり、誰も瑠嬉のお手玉を楽しんではくれなくなった。かといって嬉璃のように自分から飛び込んでいく座敷童にはなれず、どうしようもなく、瑠嬉は閉じこもってしまったのだ。
「また、みんな遊びに来てくれるの?」
「もちろんじゃ」
源と六花、蓮が頷く。正風が瑠嬉の頭を撫でる。刹は背後で一言。
「貴様も怯えず待つんだな」

そう、遥か昔の言葉にこんなものもある。
「桃李不言下自成蹊(桃李言わざれども下自ら蹊を成す)」(『史記』)
桃や李は喋らないけれど、美しい花を咲かせたりおいしい実をつける。だから桃の木の元へは自然と人は集まってくる。人に慕われる素養を持つ人の元へは、誰がなにを言うでもなく本人が不安になったとしても、必ず人が戻ってくるものなのだ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0391/ 雪ノ下正風/男性/22歳/オカルト作家
1108/ 本郷源/女性/6歳/オーナー・小学生・獣人
1790/ 瀬川蓮/男性/13歳/ストリートキッド(デビルサモナー)
2156/ 紗侍摩刹/男性/17歳/人を殺せない殺人鬼
2166/ 氷女杜六花/女性/370歳/越後のご隠居兼店主代理

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回は子供たちが元気に動き回ったり、それに振り回される
二人がいたり、大好きな設定を楽しく書かせていただきました。
それぞれにふさわしいと感じた中国の言葉を選んでみたのですが、
あてはまっているでしょうか。
正風さまは今回子供に振り回される役割になってしまいました。
けれど、それでも子供たちのいいお兄さん的立場でムキに
なりすぎないことを心がけて、書かせていただきました。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。