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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 見ざる、言わざる、聞かざる
 
 草間興信所まであと僅かというところで、目指す扉が開かれた。扉から現れ、興信所をあとにしようとしている男は、部屋の中へ軽く頭を下げて扉を閉める。
 新たな依頼が持ち込まれたのかと思いながら、そこを通るであろう男と身体が触れないように僅かに端へとよけた。と、すれ違いざまに男は柚品の顔を確認し、軽く会釈をする。反射的に会釈を返したあと、通りすぎた背中を見つめた。見知らぬ相手だが、なんとなく見覚えがあるような……柚品は考えながら扉へと向かい、軽く叩いたあとに失礼しますと声をかけて扉を開けた。
「……」
 開かれた扉に皆の視線が集中している。つまり、自分に集中しているというわけだが、自分を見つめる皆の手には何故か、お茶と饅頭のようなものがあった。
「よう。零、柚品にもお茶をいれてやってくれ。それと。ほら、おまえも喰えよ」
 一瞬、呆然というより、怯んでしまった柚品に草間は薄い箱を差し出した。その箱の中にはパンダの形をした人形焼きが並んでいる。中身は小豆だけというわけではなく、抹茶、カスタード、イチゴ……クリーム系もあるらしい。実は、甘いものが好きだったりするから、勧められ、心なしにこやかな表情になってしまうのは仕方がない。
「あ、はい。どうも……いただきます」
 柚品が人形焼きを手にすると、盆に乗った湯飲みが差し出された。礼を言い、それを手にすると、もう場の仲間入りだ。次に扉を開けた人間も、先程の自分のように呆気に取られるかもしれない。
「それで、これはどうしたんです?」
 差し出された箱。そこに捨ておかれている包装紙。どこか土産物的な雰囲気が漂っている。
「ああ、これな。今、出て行ったところだから、すれ違わなかったか?」
 言われ、そこですれ違ったどこか見覚えのある男のことを思い出す。
「引っ越しの報告を兼ねて依頼を持ってきたんだがな……」
 そう言って草間はため息をついた。
「引っ越し……ああ、件の家の彼ですか?」
「そう、それ、50%オフの彼だ。今度は75%オフの車を買うから調査してくれと言ってきた」
「それは……」
 あまりに怪しすぎる。柚品は苦笑いのような少し困ったような笑みを浮かべた。
「調査依頼をする費用を車にまわして、もう少しいい車を買うように進言したよ」
「そうですね、その方が経済的……あ」
 不意にコンコンという扉を叩く音がした。そして、扉が開く。反射的に顔を向けると来訪者は一瞬、動きを止めた。おそらく、先程の自分と同じ気持ちに違いないと思いながら柚品は来訪者をそれとなく観察した。
 見た目からすると、二十代半ばから後半。控えめな化粧にスーツ、地味な印象を受けるが働く女性といった雰囲気を多分に漂わせている。草間の表情が僅かに引き締まったことから考えても、興信所に出入りをしている面々とは思えない……とすれば、依頼者だ。事実、そのとおりで、草間は来訪者にソファを勧めている。
 ソファに腰をおろし、しばらく沈黙していた来訪者はややあってから口を開いた。
「本当は、民間に協力を要請すべきではないとわかっているのよ」
 憂鬱な……しかし、苛立った表情で来訪者は切り出す。
「だけど、背に腹は変えられない」
 そう続け、真剣な眼差しで草間を見つめた来訪者は、警視庁の刑事で南雲と名乗った。民間に協力を要請すべきではないと言いつつも、ここへ訪れる……その依頼内容に興味を抱き、柚品は二人の会話にそっと耳を傾けた。
「これを見てほしいの」
 そんな言葉から依頼に関する話は始まった。南雲は四枚の写真を取り出し、ローテーブルの上に並べる。会社員風の若い男、OL風の若い女、かなり派手目な水商売風の若い女、作業服姿のどこか疲れた雰囲気が漂う中年の男。草間が写真をひととおり眺めたことを確認してから、南雲は一枚だけ写真を端によけた。
「今、現在、息をしているのは、この人だけ」
 OL風の若い女だった。その言葉が示す意味を、南雲は語る。水商売風の若い女の写真が示された。事の始まりはこの水商売風の女が深夜に殺害されたこと。理由は痴情のもつれ。事件を目撃した市民の通報と証言により、犯人は特定され、無事にお縄となったとなったらしい。
 それだけならば、よくある話。
 よくある話ではないのは、そこから先の展開だった。
 中年の男の写真が示された。先の事件の通報者であり、その通報により、警察は迅速に現場に駆けつけることができたという。だが、その男が殺害された。直接の死因は窒息。唇を縫い付けられ、首がねじ切られるのではないかと思えるほどに強く締めつけられていたという。
 次に若い男の写真が示された。事件の目撃者であり、その目撃証言により、容疑者を数人にしぼることができたという。だが、その男も殺害された。目を、潰されて。中年の男と同様に直接の死因は窒息。首を強く締めつけられていたという。
「最後の彼女だけど」
 こうして四枚の写真のうちの三枚の死因が語られ、最初に端によけられたOL風の若い女の写真が再び示された。
「事件を目撃したわけではないけれど、声を聞いていたの。彼女の証言で、被疑者が確定されるに至った。とある資産家の息子よ。でも、彼はやっていないと無罪を主張しているわ」
「と、なると。彼女は……耳か」
 通報して、口。目撃して、目。ならば、聞いていた彼女は、やはり耳を潰されるのだろう。それは容易に想像できる範囲だ。
「犯人が目撃者の口を封じているわけか? だが、保護くらいはしているだろう」
「ええ。そう。勿論よ。この二人の周辺に警護はつけていたわ。けれど、殺された。二人とも一人暮らしで、扉と窓には、鍵。部屋には誰も近づいていない。言わば、密室状態で殺されているの」
 事はそれだけでは終わらない。新たな被害者たる二人の男のもとへ、猿が届けられたという。通報者である男のもとへは、言わざる。目撃者である男のもとへは、見ざる。そして、今日、最後の彼女のもとへ聞かざるが届けられた。三猿の差出人はいずれも不明、存在しない住所から送られてきたという。
「それと、彼らが亡くなったそばには、何かの燃えかすのようなものがあった。差出人不明の封筒と」
「燃えかす?」
 草間は微妙に表情を変える。
「紙の類だと思うわ」
「しかし、それだけでうちに来るとはね」
「何もできないままにふたりが殺されてしまった。彼女だけは、守りたいの。警察の威信にかけてということではなくて……え?」
 草間はすっと手を出し、南雲の言葉を制する。
「わかっているよ。威信にかけていたら、ここへは来ない」
 そして、そう言った。
「……」
 南雲は答えず、草間を見つめる。その視線を受けながら、草間は話を聞いていた興信所の面々に呼びかけた。
「資産家の坊ちゃんが情婦を殺した。その事件の目撃者が消されているようだ。坊ちゃんは拘置所の中。動けるわけがない。と、なると……まあ、とりあえず、優先事項は狙われている彼女の安全だ。犯人を捕らえるまではいかなくても、彼女に危害が及ばないようにすれば依頼は果たされる」
 まあ、捕らえたら捕らえたでその方が安全というものだし、感謝されるだろうけどなと草間は付け足す。
「警察の協力は得られないと考えていた方がいいだろう。条件的にはやや厳しいが……頼まれてやってくれないか?」
 そんな草間の言葉のあと、柚品よりも先に興信所へと訪れていた少年が椅子から立ち上がる。黒髪だが、後ろ髪のひとふさだけが金髪で、その部分だけを長く伸ばしている。
「その残っている女性っていうのは、あんたの妹か?」
 伺うように南雲を見あげながら少年は言う。南雲は一瞬、惚けたあと、はっとした。
「え、あ……」
「そっか……そういう事情なら協力してやるよ」
 ついでに草間のおっさんから謝礼も貰えるしなと小さく続け、苦笑いを浮かべる。その黒い瞳は聡明でありつつも、怜悧であり、年相応の少年らしからぬ気配を感じさせた。
「……俺も引き受けます」
 思わず少年を見つめていたが、ふと草間の視線が自分にあることに気づき、柚品は言った。途端、草間の満足そうに頷く。
「今回の件には苛立ちを覚えますよ……目撃者を消せば助けられると思っている……彼女を守り抜き、その腐れ坊ちゃんの罪を断罪させてやりますよ」
 ここへ訪れ、依頼を口にしていた南雲の言葉、態度に余裕は見られなかった。刑事である彼女がここへ訪れ、依頼をすることの意味は理解しているつもりだ。だから、少しでも余裕を取り戻すことができればとなるべく軽い口調でそう言ってみる。
「ええ……ふたりともお願いします。私にできることがあったら遠慮なく言って」
 少しは効果があったのかもしれない。南雲はここへ訪れて、初めて笑みのようなものを見せた。
「ああ、ふたりではなくて、三人だ。守るべきは年頃の女性……やはり、ひとりくらい女性がいた方がいいだろう?」
 草間はそう言い、受話器を手に取った。
 
 草間に呼び出され、現れたのは、腰までの長い黒髪と憂いを秘めた蒼い瞳が印象的な二十代半ばの女性だった。草間が田中緋玻と紹介した彼女は、物静かな、どこかしっとりとした雰囲気を漂わせてはいるが、人懐っこいという言葉とは程遠い性格であるらしく、軽く会釈をしたところで、じろりと一瞥されるだけに終わる。
「とりあえず、事は一刻を争うのでしょう? こうしている間にも何かが起こるかもしれない。狙われている彼女の身辺警護につくわ」
 見た目によらずさばさばと物を言う性格らしく、緋玻はそう言った。南雲から守るべき相手の情報を得ると、颯爽と行動にでる。
「届けられた三猿は依代の一種、燃えかすは式か何かの証拠隠滅っぽいよな。そうなると相手は俺と同じ陰陽師か、呪術を扱う連中……」
 俯き、そう呟いたのは年相応ではない落ち着きを払った少年だ。御崎月斗というその少年は、どうやら陰陽師であるらしい。見習いというわけではなく、既に一人前、かなりの仕事をこなしている……その落ちついた言動からはそんな風に思えた。
「蛇の道はヘビっていうだろ。俺は裏から情報を探ってみる。とりあえず、護衛に式を送っておくけど……間違えて倒したりしないでくれよな」
 柚品と緋玻をちらりと見やり、月斗は言った。
「間違えるような形をしていたらどうかわからないわよ」
 緋玻は目を細め、答える。その瞳には妙に艶やかで妖しい光が宿っているような気がして、彼女は味方だよなと思わず自問せずにはいられない。柚品が見つめていることに気づいたのか、緋玻はふいっと身体の向きを変える。
「物騒なことを言う奴だな……基本的には見えないように命令してあるよ」
 怖がるだろうからなと月斗は付け足す。怖がる……確かにそうかもしれない。騒ぎにもなるだろう。
「で、あんたはどうすんだ?」
 月斗に見つめられ、柚品は南雲へと視線をやる。
「差出人不明の封筒と燃えかすが残っているのなら、一時拝借といきたいところなんですが……」
「え? ……ええ、わかったわ」
 少しの間を置き、南雲は答えた。あまり都合が良いことではないのだろう。仮にも証拠物件なのだし、それを依頼をしたとはいえ一般市民に見せるというのは規律的にもいろいろとあるのかもしれない。
「ああ、こいつはな、所謂、サイコメトラーなんだよ。物の思念を読み取る力がある」
 不可解そうに柚品を見つめている月斗と緋玻に気づいた草間はそう言った。二人、そして南雲はそれで納得したらしく、各々行動を起こしだす。
「では、行きましょうか」
 南雲に促され、柚品も興信所をあとにする。
「無理を言ってしまってすみません」
 柚品は前を歩く南雲の背中に向かって詫びる言葉を投げかけた。
「気にしないで。ただ、部外者の立ち入りを快く思わない傾向があるの」
「というより、関係者以外立入禁止ですよね……」
 しかし、犯人への最短距離となるのは、やはり残された物の記憶を読み取ること。差出人がわかれば、犯人がわかるというものだし、手口がわかれば狙われている彼女を守りやすくもなるというものだ。
「だけど、部外者だとわからなければ、問題はないから」
 振り向いた南雲はそう言ってやんわりと笑った。
 
 なるほど、そういうことか。
 柚品はため息をつき、目的のものが保管されているという部屋の扉を閉める。部外者でなければ、侵入はたやすい。
「正直、緊張しましたよ」
 南雲と共に部外者は立入禁止だと思われる廊下を歩き、時折、声をかけられた。が、南雲は落ち着きを払った、極めてなんでもないという態度で柚品を後輩だと紹介した。その度に柚品は深く頭を下げ、名乗り、挨拶をする。将来を期待されるような言葉を投げかけられこそすれ、咎められるようなことはなかった。
「貴方こそ堂に入った態度だったわよ。私たちは人を見る職業。それを騙しおおせてしまうのだから……というこの言葉も微妙ね」
 確かに、褒められてもそれを素直に受け取っていいものやら。恐縮ですと答えた柚品の前に箱が差し出された。日付などが記入されたビニール袋の中に燃えかすのようなものが入っている。それと、封筒。それぞれ二つずつある。
「あら、三猿の置物がないわね……持ち出しているのかしら……」
「いえ、これだけで結構です。では、少々、拝借……」
 まずは封筒から。柚品は差出人不明の封筒にそっと手を添えた。
 こうして自分が手にするまでに封筒が辿ったであろう軌跡、数々の場面が映像として浮かびあがる。
 若い男が不可思議そうな表情で封筒を開ける。
 封筒の中に入っていたものを取り出し、さらに不可解そうに小首を傾げたあと、ぽとりと封筒を落とす。
 そのあと、男は倒れ、封筒の前にいきなり顔をさらすのだが、その目は潰されていた。折れ曲がった首と苦悶の表情。そして、涙のように流れる血の跡。その場面に僅かな嫌悪を覚え、一瞬、同調させる力を解いた。
 小さく息をつく。
 気を取り直し、もう一度、封筒の軌跡を辿る。今度は、もう少し、前。男の手元に封筒が届く前の光景を。
 郵便局員によって男の家に封筒が投函される……知りたい場面は、もう少し、前。さらに過去の光景へとさかのぼる。
 二十代の男だろうか。その男が封筒にさらさらと筆で宛て名を書く。その数、四つ。
 ……四つ?
 柚品は小首を傾げたあと、もう一度、封筒に触れた。望む光景は、そう、男が宛て名を書いた場面。その封筒の数は……やはり、四つ。
 では、投函される場面はどうだろうか。柚品は思いを同調させる。
 封筒に宛て名を書いた男がポストへと投函する……その数はひとつ。この封筒のみが投函された。
 どうやら、ひとつずつ投函したらしい。だが、宛て名の書かれた封筒は、四つ。
 言わざるを送りつけられ、口を縫い付けられた中年の男。
 見ざるを送りつけられ、目を潰された若い男。
 そして、現在、聞かざるを送りつけられ、耳を潰されるかもしれない危機にさらされている若い女。
 三人だ。
 必要な封筒は三つであるはず。だが、四つの封筒が見えた。これはどういうことなのか。この件とは無関係で、気にする必要などないことなのか。
「大丈夫?」
 気づかうような南雲の声にはっとする。
「はい。それで……今回の件で有力な証言をした人は四人ですか?」
「いえ、三人よ。彼女が最後の証言者となるわ」
 やはり、三人だ。柚品はなんとも言えない表情で視線を伏せる。この件とは無関係とみてよいのだろうか……。
「南雲さん……あの、最近、これと似た封筒を受け取ったということは……」
 まさか……まさかなと思いつつも訊ねてみる。南雲はきょとんとした表情で、何度か瞬きをした。その表情は妙に幼く見える。
「いえ、受け取っていないけど……」
「そうですか……そうですよね、いえ、なんでもないんです。次は、こちらを拝借します」
 怪訝そうな表情でどういうことかと訊ねられる前に、燃えかすへと手を伸ばす。この燃えかすが封筒の中身であることは、ほぼ間違いないだろう。封筒から取り出し、そして、男が倒れるまでの間に何があったのか……この燃えかすの記憶を読み取れば、それがわかる。だが、それがわかるということは、男の死にざまを目の当たりにするということでもある。柚品は深く息をついたあと、相応の覚悟をもって燃えかすに手を添えた。
 
 南雲が上からの呼び出しを受けたため、柚品はひとり、聞かざるを送られている最後の証人……名前は佐伯葉子と言うらしい……その彼女のもとへと向かった。南雲は任せきりにしてしまうことを申し訳なく思うような素振りを見せてはいたが、それはそれ、依頼として草間興信所に持ちかけた時点で責任はこちらへ移っている。南雲が深く気にするところではない。
 ともかく、封筒を開けていなければ良いが……燃えかすから読み取った光景を思い出しながら柚品は佐伯葉子のもとへと急ぐ。
 あの燃えかすは封筒の中に入っていた紙。呪いの念が込められた呪符のようなもの。開けた途端に、呪いが具現し、襲いかかってくる。その具現した呪いは伝承に名を残す鬼によく似ていた。ぎょろりとした眼球、裂けたような大きな口、そこから覗く歯、太い腕に鋭い爪、憎悪を剥き出しにした形相で男の目を潰し、首を締めあげた。そのあと、紙はひとりでに燃えあがり、燃えかすとなった。
 しかし。
 見ざるを送られた男の封筒しか記憶を覗き見ていないから、どうなのかはわからないが、もうひとりの言わざるを送られた男は、あの鬼のようなあれに口を縫いつけられたのだろうか。だとしたら……器用というか。少し、見てみたかったような……と思ったところで、不謹慎だと横に首を振る。
 とにかく、急がなければ。
 目指すは、駅からどうにか徒歩圏内という場所の幾つかあるマンションの一室。そこへ辿り着いた途端、緋玻の姿を見つけた。一階にある居住者のポストが並ぶそこに緋玻と、おそらく佐伯葉子であろう若い女性の姿がある。
 ポスト……封筒!
 柚品は緋玻のもとへと急ぐ。と、緋玻も気づいたらしく、自分を見つめている。とりあえず、封筒を開ける気配はないので、安心した。
「よかった、無事ですね」
 柚品はほっとした表情で言い、息を整えながら、とりあえず緋玻の隣にいた若い女性に軽く頭を下げた。誰だろうという表情で、女性は頭を下げ返してくる。
「当たり前よ。けれど、都合がいいわ」
 そう言いながら、緋玻は封筒をちらりと見せた。その封筒は、先程、自分が記憶を読み取った封筒と同じもの。そのなかには、鬼のようなあれが具現する呪符のような紙が入っているはずだ。
「その封筒は! ……いえ、その……」
 柚品はそこで言葉を呑み込んだ。緋玻の隣に立つ女性のどうにも不安げな表情に言葉を続けられない。この表情を前に告げられるだろうか。それを開けたときのことを。
「彼は私と同じく南雲さんから依頼を受けた……えーと」
 話題の転換をはかるように緋玻は切り出した。柚品は便乗し、なるべく穏やかな表情で名乗り、改めて頭を下げる。
「柚品です。どうも」
「あ、佐伯です……柚品さんも、霊能者さんなんですか……?」
 やはり佐伯葉子であるらしい。佐伯は緋玻と柚品を交互に見やり、小首を傾げたあと、そう言った。
「え」
 柚品は言葉に詰まる。霊能者というのとは、少し意味合いが違うような気がする。どう答えたものかと思っていると、緋玻が目配せをした。緋玻はどうやら、そういうことになっているらしい。ならば、自分もそうしておくことが無難か。
「ええ、そうです。先生の弟子なんですよ」
 弟子ならば霊能力がなくても問題はあるまい。緋玻を師匠ということにしておいた。
「ともあれ、ここで開封するのもなんだから、部屋に戻りましょうか」
 緋玻に促され、佐伯の部屋へと向かう。お邪魔しますとあがったところで、緋玻は早速、封筒を開けようとしている。佐伯はそれに気づき、ハサミを差し出したが、とんでもない。それを開けたら、アレが出てくるのだ。ちょっと待て、早まるな……と佐伯の手を止める。
「待って下さい。俺が開けます」
 佐伯に背を向け、真剣な表情で柚品は言った。
「駄目。これはあたしが開ける。何故なら、あたしは女。あなたは男」
 佐伯は女だ。何かが起こるのは女性限定という可能性もある。緋玻の言いたいことはわかるが、だが、それで引き下がることはできない。
「師匠の言うことは聞くべきでしょう」
 緋玻はとどめとばかりに言ってきた。だが、それならそれで言い返す言葉はある。
「そういう雑用は弟子の仕事でしょう」
「一理なくもないわね」
「それなら、」
「そういうわけで彼女のことを守ってあげて」
 そういうわけで……どういうわけだと突っ込む前に、緋玻はふいっとハサミを手に取ると、じゃっきりと封を開けていた。
「!」
 柚品が驚く前で緋玻は中身を取り出し、広げる。周囲に禍々しい気が満ちたかと思った次の瞬間には、読み取った光景そのままの姿のそれがいた。
 
 緋玻には緋玻なりの戦い方というものがあるのかもしれない。それに、このままこの場に佐伯がいることは危険だ。身体的にも、精神的にも。
 大丈夫だという緋玻の言葉を信じ、また佐伯を守るという本来の依頼を重視することにした柚品は佐伯を連れて部屋を飛び出す。そのまま、階下へと向かい、とりあえず周囲が見渡せる場所……そう、近くに公園があったはずだとここへ訪れるまでの地理を思い出し、そこへと向かう。
「……?!」
 不意に妙な気配を感じた。悪意のような、禍々しい気配が周囲に満ちる。
「!」
 思うよりも早く、身体が動いていた。そこにいてはいけないと佐伯を突き飛ばし、勢いで共に転がる。なるべく佐伯をかばったつもりだが、なにぶん、咄嗟のこと。互いに身体を強か路面に打ちつけた……はずなのだが、佐伯は何が起こったのかわからないという顔をしているだけで、痛みを感じる表情を浮かべてはいない。
「つっ……大丈夫……ですか……?」
 そう問いかけながらふと思い出したのは、月斗が送ったという式神のこと。佐伯をかばったのかもしれない。が、できれば……そう、できればでよかったのだが、自分もかばってもらえると嬉しかった。少々、気がきかない。
「え、ええ……あっ、う、腕!」
 佐伯が声をあげる。見れば、袖が引き裂かれている。痛みを感じてはいないから、傷を負ってはいないのだろう。もう少し上手く避けることができれば、袖を引き裂かれずに済んだのだが……この場合、それは負け惜しみだろうか。
「袖だけです」
 答え、柚品は立ち上がる。佐伯に手を貸しながら、周囲の気配を探った。間違いなく、何かがいる。素手で立ち向かえる相手ではないだろう。
 なれば……これの出番。
 柚品は籠手を取り出した。神聖銀手甲。それを手に装備すると、全身の気が良い意味で張り詰める。
 相手は見えない。だが、問題はない。相手はあまりにも禍々しい気を放ち過ぎている。その気の流れは、陽炎のように周囲を歪ませて見せる。
 それとは別にもうひとつ感じる気配。対照的に、清廉で厳かにさえ感じるその気配は、月斗の式神のものだろう。それは自分と同じく佐伯を守る姿勢を感じさせる。その気があらぬ方向へと動いた。
「なるほど……下がっていて下さい!」
 佐伯に声をかける。佐伯は素直に頷き、おとなしく下がった。どうやら敵は二体。月斗の式神はそのうちの一体を引き受けてくれるらしい。
「では、サシで勝負といきましょうか……」
 先手必勝。柚品は気の流れ、歪みを読み、思う場所へと拳を突き出す。確かな手応えを感じた。が、それと同時に迫り来る気配を察知した。反撃だ。殺気を感じる方向にちらりと目をやり、くるりと流れるような動きで身体を反転させる。殴りつけてきたと思われる腕をが首の横を過ぎたと感じたところで、その腕に手を添え、相手の力を利用するかたちで、所謂、背負い投げを敢行する。
 相手が地面に投げ出された確かな手応えのあと、拳を振りあげる。
 そこ!
 急所が見えたような気がした。感覚が告げる場所に全身全霊の一撃を打ちつける。
 空気が震え、閉じ込められていた何かが解放されたように感じたあと、そこに突如として紙のようなものが現れる。それが一瞬にして燃えあがり……風に舞って消えた。
 
「そうか、依頼は無事に終了か。おつかれさん」
 草間興信所で報告を終える。緋玻、月斗と共に草間から労いの言葉を受けたが、どうも気分がすかっとしないのは、気にかかることがるせいだろう。
「しかし、三猿を送りつけてきた術者はどうなったんでしょうね……」
 送られてきた呪いは撃退した。古来よりそういった呪いの類は自らに返る傾向がある。だとしたら……。
「相手の式……術を返しただろう?」
 考えていると、俯き加減に月斗が切り出した。
「相手に術を返されたら待ってるのは死だけさ。依頼した連中だって、どうなってることか……」
 そう続け、月斗は冷たく笑う。
「自業自得……か」
 草間の呟きに柚品は目を細める。
「そういうもんだよ。人を呪うってことは。生きるか死ぬか。そういう世界に生きている連中なんだ、覚悟だってできてるもんだよ」
「おまえもそうなのか?」
「……愚問だぜ、おっさん。じゃあな」
 月斗は手をあげるとくるりと背を向ける。
「なんだ、もう帰るのか?」
「少し気になることがあるからな。謝礼は後日改めて頂戴に参上」
 背を向けたまま月斗は言い、興信所を出て行った。
「では、今日のところはこれで。それでは、お疲れさまでした、田中さん。何もしていない草間さん」
 柚品はそう言って頭を下げると興信所をあとにする。何もしていないというわけではないぞ……そんな草間の声を背中で聞きながら扉を開けた。
 
 やはり、気にかかる。
 南雲の住所を調べ、人知れず目立たぬ場所でその帰りを待つ自分の行動は、探偵のようだ……といえば、聞こえはいいが、実のところは、ややストーカー染みている……ような気がしている。
 だが、それでも、やはり気になるのだ。
 封筒から読み取った光景が。用意されていた四つの封筒が。
 危惧であるかもしれない。それでも、確認しなければ安心はできない。そう思い、南雲の帰りを待って、どれだけの時間が過ぎたか。こっそりポストを覗いて帰ろうか……だが、そうなると本当にストーカーのようだし、人に見られでもしたら……情けない。
 ため息をついていると、南雲が姿を現した。帰宅し、ポストを開けている。離れているから、よくよく目を凝らさなければ状況は伺えないが、向こうに気づかれる心配はない。じっと見つめていると、郵便物を確かめる南雲に誰かが声をかけた。
 小柄なあれは……御崎月斗?
 心を落ちつけて眺める。……やはり、月斗だった。月斗と南雲は言葉を交わす。何を話しているのかまではわからない。月斗は南雲が手にしている郵便物からひとつ封筒を取り出した。
 あの封筒!
 危惧ではなかった。その封筒は開けずにおいた方がいい……と思った瞬間、月斗の手によって開封される。が、何も起こらない。
 いや、実は、危惧だったのか?
 尚も見つめていると、物陰から二十代半ばくらいかという男が現れた。その男と月斗が戦い始める。あれが術者なのかもしれない。加勢に入ろうかと思ったが、月斗の態度には余裕が見てとれた。やはり、かなり腕がたつらしい。
 加勢に入ることなく、片をつけてしまうかもと思われたが、そう簡単にはいかず、月斗は男を追い詰めるも、逃げられてしまう。
 逃げだした男は自分の方へと駆けてきた。ここで逃がす理由はない。物陰から現れ、男の前に立ちふさがる。
「?!」
「次は俺が相手になりますよ」
 拳をならし、穏やかに告げる。と、男は即座に背を向けて逃げだした。これには少々拍子抜けだが、逃がすわけにはいかない。追いかける。
 その男の行く手に誰かが立ちふさがった。
「田中さん……」
 緋玻だった。不意に現れた緋玻に男は対応することができず、殴られ、気絶をする。
「……まあ、そういうことよ」
 どういうことなのか……それには突っ込む必要も、訊ねる必要もなかった。結局、三人が三人とも、このことを予測していたということになるのだろう。
 
 後日。
 三猿に関しての殺人罪は立証されなかったが、傷害の現行犯であり、その逮捕に貢献したということで、表彰され、楯と金一封と書かれた封筒を渡された。
 金一封は現物支給が多く、相場は五千円前後だとは聞いていたが……中身は五千円分の食事券だった。
 何か食べに行くか……と思い、何気なく通りに目をやる。街頭に資産家の息子が殺人、親が証拠をもみ消そうとした……というニュースが流れた。
 どうやら、捜査は順調であるらしい。
 そのニュースを見て、気分が晴れやかになった。
 どうせなら、ひとりではなく、誰かと……柚品は携帯電話を手に取る。
 呼び出し音が響く。相手が出た。
「あ、もしもし……」
 答えながらふと見あげた空はどこまでも青く、清々しかった。

 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2240/田中・緋玻(たなか・あけは)/女/900歳/翻訳家】
【0778/御崎・月斗(みさき・つきと)/男/12歳/陰陽師】
【1582/柚品・弧月(ゆしな・こげつ)/男/22歳/大学生】

(以上、受注順)

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■         ライター通信          ■
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依頼を受けてくださってありがとうございました。
まずはぎりぎりですみません。構想を練っていたにも限界があります……。
相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。遠慮なく、こういうときはこうなんだと仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、柚品さま。
二度目の参加、ありがとうございます。前回の柚品さまでばっちりというお言葉にほっと安心しつつ、今回は戦闘スタイルはどうなのだろうとイメージを壊していないかどうか少し不安です。それと、今、知ったのですが、甘いものはケーキがお好きなんですね(設定に追加されているほど遅くなって申し訳ないです)
もし、次回、受けていただけるときは、もう少し早めを心がけます……。
今回もありがとうございました。またご縁がありましたらよろしくお願いします。
願わくば、この事件が柚品さまの思い出の1ページとなりますように。