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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


狂いし王の遺言 =終=

■羽柴・戒那編【オープニング】

 静かに時は進む。
 1人の少年が口にした終止符は、警察をも油断させた。
 本当は――まだ何も、解決していない。
 けれど思いこまされていたのだ。
(事故はもう起きない)
 この階段で。
 もう誰も死なない。
 ――確証など、どこにも存在しないのに。



 三清・絵瑠咲(さんきょう・えるざ)は、階段の果てに立っていた。今はもう剥き出しとなった、ルートの部屋に背を向けて。
 遥か下を、見ていた。
「ねぇ、この世界はあまりにも苦々しいの」
 誰に語るわけでもなく、告げる。
「だからわたしは認めたくなかった。”子供”でありたかったのは、おじい様に愛されたかったからだけじゃない。それを知っていたから、認めたくなかったの」
 その顔に、色はない。
「けれどわたしは今、この世界を快諾するわ。未散さんは変わった。そろそろわたしも、変わらねばならない」
 少しの間をおいて。
「――理想は、潰えた」
 低く呟いた。
 それからゆっくりと振り返り。
「”ならば、すべてにおいて永遠の謎でありたい”」
 続けた言葉は、一体誰の言葉であったのだろう。
「そう願う、おじい様と」
 そっとドアに、触れた。
「親愛なるルートヴィヒ2世のために」
 キスをひとつ。
「この命を捧げます」
 ぐらり身が傾く。
 3人の命を奪った、階段の方へと。
 彼女は廻り出す。
 新しい世界へ向かって。



 この日、すべての三清が死んだ――。



■たった1人は誰?【未散の家:リビング】

 俺がどうしてルート氏を気に入ったのか。その理由が、何となくわかった気がしていた。
(似てるんだ)
 彼は俺の知り合いに。
 ただそいつはルート氏のように”今”でも愛されているわけじゃないし、”王”でもなかった。それは絵瑠咲くんも同じだろう。
(狂王の託した見届け人――)
 それはきっと、あの3人の中にいる。
 そのことだけは、酷く確かなことのように思えた。
(俺は――見届けるしかできない)
 小さな姫君たちがすべてを知った、あの時のように……。

     ★

 水守の家は、いつものように闇に閉ざされていた。このカーテンが開くことは、あるのだろうか。
「――水守くん? そんなに凝視しても、テレビには何も映っていないぞ」
 背中が哀しんでいる。
 彼は既に聞いているのだろう。
(鑑賞城が――崩壊した)
 もうこの世にはないのだと。
 返事は、なかった。
「キミはどう思っているんだ?」
 背中に問い掛けることに飽きて、俺は前へと回った。
「まだ”痛い”かい?」
 テレビには何も映っていない。けれど彼の目には、俺が映っている。
「でももうすぐ、真実は見えてくるはずだ」
「私は、見なければいけないの?」
 やっと紡いだ言葉は、かすれていた。
 俺は少し笑って。
「見届けるのはキミだ。この意味がわかるか?」
「え?」
 目を合わせた。
 俺が”鑑賞城崩壊”の連絡を受けた時、貰ったもう1つの情報。それは――
「奇里が失踪した」
「?!」
「そして俺は気づいた。何故彼が記憶を失っていたのか」
「やっぱり……そうなんだ……」
 覚悟はしていたようだった。
(当たり前か)
 相手が1人ではないと、言ったのは水守なのだから。そしてそれは水守が、気づいていたから。
「奇里も、キミと同じなんだろう? そしてキミよりもほんの少し、ルート氏の傍にいたんだろう?」
 俺の言葉に応えるように、水守はゆっくりと立ち上がった。
「彼が使命を放棄したのなら、私が行かなきゃ」
 決められたセリフのように、呟く。
「行こう。すべてを見届けに」
(俺のセリフをとられたな)
 小さく苦笑して。
「それでいい、水守くん。――行こうか」



■定められていた崩壊【鑑賞城:城門前】

 お城であったものの周りには、恐ろしいほどの人垣ができていた。
「まいったな……この中で皆を捜すなんて至難の技だぞ」
 思わず呟く。
「皆?」
「ああ――この事件を捜査してた奴らさ。キミも何度か会っただろう? きっと来ていると思うんだが……」
 情報の速さは現場がいちばんであるし、何よりここ数日間、何度もこの城で会ったのだ。彼らが足を運ばないはずはないだろう。
 しかし――
 おかしなことに、いくら捜しても見つからなかった。それどころか、影山や松浦など城の関係者すらいない……
(どういうことだ?)
 最初に俺が貰った情報では、亡くなったのは絵瑠咲・強久・自由都だけで、影山や松浦が死んだというものはなかったのに。
「――ちょっと、すみません。影山くんたちはどこへ? 署の方に連れて行ったんですか?」
 以前にも話を聞いた、佐藤という警察官に声を掛けてみた。
「おや、おはようございます。あなたは確か……橋場さんでしたよね?」
「羽柴です」
「ちなみに私は水守です」
「ああ、そうでしたそうでした! 影山さんと松浦さんなら、何やら興信所の方々に連れて行かれましたよ? 急用でしたら連絡先をお教えしますが……」
「いや……大丈夫です。ありがとう」
 興信所といえば、草間しかない。連絡先なんて聞かなくてもわかっていた。
(タイミングが少しずれたな)
 しかしだからこそ、やれることもある。
「爆薬か何か、仕掛けられていたんですか?」
 当たり前のようにさらりと問うと、佐藤もつられたように当たり前に答えてくれた。
「ええ。しかも、大きな建物を壊す時に、周りに被害が出ないようかなり計算して調合された爆薬です。物凄く精密だって話ですよ――って」
 すべてを答え終わってから、佐藤は口を抑えた。
「ぎゃー、言っちゃったーっ」
「大丈夫ですよ、私たちはマスコミではありません。ただ本当のことが知りたいだけですから」
「そ、そうですか。他言無用でお願いしますよ? でないと私のクビが飛んでしまいますぅ」
「任せて下さい」
 俺がそう告げながら笑顔を見せると、佐藤は安心したようにしまりのない笑い方をした。
「それで、ちょっとお城の方見に行きたいのですが」
 笑顔のまま、俺は脅しともとれる言葉を投げてみる。
「え?! で、でも危ないですよ? まだ崩れそうな場所もありますし……」
「そういう所には近づきませんから、大丈夫ですよ。もし皆の形見の品が瓦礫に埋もれてしまっているのなら、やっぱり回収してあげたいじゃないですか」
「羽柴さん……」
 告げた俺を見つめて、佐藤は瞳を潤ませた。
(本当に、扱いやすい人だな)
「わかりました。許可しましょう。ただし、あんまり目立つ行動はさけて下さいね」
「わかっている。ありがとう」
 軽く頭を下げると、早速俺たちは瓦礫となった城へと近づいて行った。
「――何を、するつもり? 戒那くん」
「爆薬を仕掛けた犯人くらいは、わかるかもしれないだろう?」
「!」
 素人には無理だろうほど精密に計算されていた爆薬、その位置。考えられるのは、実は1人しかいない。だからこれは確認だ。
(俺にとっては)



■選ばれた言葉たち【草間興信所:応接コーナー】

 俺たちが興信所へ着いた頃には、既に影山による解決編が半分ほど終わっていた。
 皆俺たちがやってくることを予想できていたようで、驚きはしなかった。
 シュラインが奥へ消え、俺たちの分のお茶を用意して戻ってくる。
 零が持ってきてくれた椅子に、2人腰かけた。
 皆が、前半に影山が語ったことを教えてくれる。
 本当は10年前のあの日に、起こるはずだった今回の事件。しかし実際は、ルートのあとに続く者は誰一人いなかった。それが、三清が城に引きこもることとなった理由。
(恐れていた)
 死を約束し、先に旅立ったルートを。
 敬愛していた相手だけに、その恐怖は日に日に強くなってゆく。
 そもそもルートがそんな計画を立てたのは、自らが永遠の謎であるためだったのだという。
”すべてにおいて永遠の謎でありたい”
 そんな言葉を残したルートヴィヒ2世を超えるために、謎であろうとした。
 けれどあとには誰も続かなかったため、ただの事故死として片付けられてしまった。
(――奇里の、出番だった)
 そもそも奇里は”も屋”として、ルートに雇われた存在だったのだという。しかしルートに抱かれたことで、(俺の予想どおり)奇里の記憶は飛んでしまった。そこで戸籍すらあやしい奇里を疑われず引き取るために、一度孤児院に入れ、それから三清で引き取ったそうだ。
(では”も屋”とは何か?)
 事件・事故そのものに靄をかけ、他殺か自殺かどうかをうやむやにする。そんなことを仕事にしている者らしい。目的は、事件を未解決にすること。
(ルートが望んでいたように)
 謎であり続けること――
 そこまで話を聞いて、俺には段々と事件の全容が見えてきていた。
(ルートはルートヴィヒ2世を妄信していた)
 すべてを模倣し、並び、そして超えたいと願っていた。
(それがすべての”原因”だったのだ)
 絵瑠咲の言葉は間違いではなかった。
”犯人はルートヴィヒ2世よ”
 確かに、ルートがルートヴィヒ2世と出会わなかったら。ルートヴィヒ2世が存在しなかったなら。
(この事件は、起こらなかったのだ)
 あの城も生まれず、そして崩壊することもなかった。
「――城」
 俺のその言葉から、後半戦が始まる。
「爆薬を仕掛けたのは、あなたですね」
 俺は――東を見た。

     ★

 それしか考えられなかった。
 ルートが描いた設計図に手を入れ、鑑賞城を完成させた建築士東・寅之進。
 彼以外に、正確な位置に爆薬を仕掛けられた者はいなかったのだ。
(だから俺は)
 それを確かめた。
「あなたは”その”専門家ではないけれど、いくらでもアドバイスをもらえる立場にはあった。そしてそれを仕掛けることは、なおたやすかった」
 顔に生きた分だけしわを蓄えた東は、にこやかに笑っている。
「じゃがわしがあの城へ行ったのは、最も近くても10年前の改築工事の時じゃぞ?」
「ええ、その時に設置したのです。今時の火薬ならば10年くらいゆうにもちますよ。でなければ大昔に撒いた地雷で人は死なない」
「………………」
 雰囲気から、皆が言葉を探していることを知れた。
「それなら……おじいさんが、絵瑠咲さんや自由都さん、強久さんを殺したってことになっちゃうんですか……?」
 寂しそうな声をあげたのはみなもだ。俺は笑って。
「それは違うな。あの城を爆破することも、最初に立てられた”謎”の予定に組み込まれていたんだろう?」
「え?!」
 俺は今度は、東ではなく影山の方を向いて言葉を紡いだ。多くの戸惑いの視線の中、影山はゆっくりと頷く。
「ルートヴィヒ2世は、ノイシュヴァンシュタインに対しこんな遺言を残している。”私が死んだらこの城を爆破してくれ”とな」
 皆が息を呑む。
「でもそのお城って、今もあるんでしょ?」
 蓮が確認の言葉を投げた。
(そう)
 彼が死してから100年以上が経過してなお、そのお城は美しい姿を保っていた。
「――それを、超えるために……?」
 セレスが呟く。半ば呆れたような声だった。
「ルート様は壊さねばならなかった。――いや、最初から壊すつもりであの城を建てた。東さんにも相当無理を言って頼み込んだのだろう。だから東さんには何の罪もない。それに――」
 影山がためらった言葉を、水守が口にした。
「起爆スイッチを入れたのは、奇里さん、なんですね」
「未散……」
 2人の視線が、複雑に交差する。



「この事件は、ほとんどが誤導によって構成されていた。だからこそ謎にあふれていた。――だが、その一端を担っていたのは紛れもなく私だ。今さら……と言われるかもしれないが、謝らせてくれ。――すまなかった」
 影山はそう告げると、俺たちに対し深く頭を下げた。
「最初はな……事故を演出しているのが奇里だとバレないようにと思って、私なりに動いていたのさ。だが途中からは、奇里にこんなことやめさせたいと思って動いていた。それが余計に、周りを混乱させていたように思う」
 ふと、思い出す。
(そういえば……)
 途中から影山の態度が、少し変わったような気がしていた。何かきっかけがあったのだろうか。
「鳥栖の事件から話そう。まず10年というインターバルは、おそらくルート様本人によって決められていた。……ルート様は、もしかしたらこうなるかもしれないということを、しっかりと予想なさっていたんだ」
「えー? ホントに? じゃあ結局、ルートサンだって皆を信じてたわけじゃなかったんだね」
 蓮の言葉は、的を射ていた。
 しかしそれを否定したのは、水守だ。
「それはそうだよ。ルートさんが本当に信じていたものは”現実”にはないもの。ルートヴィヒ2世と一緒でね……」
(なるほど)
 ルートヴィヒ2世を通して見ていたものだけを、信じていたというわけか。
「続けるぞ」
 影山は周りを見回してから。
「奇里は間接的に、ルート様から預かっていたあの遺言を記した紙を見せた。それを見た鳥栖は時が来たことを悟り、10年前の計画を実行に移す。そしてさらなる不思議を演出するために、奇里はあえてここに調査を依頼した。警察だけなら、ただの事故で片付けてしまう不安もあったからだろう。――前回がそうであっただけにな」
 事故として片付けられたルートの事件。それはも屋としての仕事を頼まれた奇里にとって、どんなにか辛いことであっただろう。ましてやその時奇里は記憶を失っていて、ルートしか頼る者がいなかったのだ。
「次の白鳥の事件。ここに”も屋”という紙を届けたのは私だ。それは奇里に行動をやめさせるためのものだったのだが……残念ながら効果はなかったようだな」
 普通は疑われれば行動を自粛するものだが、奇里はそうではなかった。最後まで自らの使命をまっとうした。
「鳥栖と白鳥、2人のパソコンを初期状態に戻したのは、それぞれ自分でだ。鳥栖が残した2つの遺言もな。それらの行動が様々な可能性を生む。ルート様はそれを望んでいた」
「なんだかてってーてきねぇ……」
 久々に口を挟んだ松浦だったが、影山にじろりと睨まれて口を噤んだ。
「ルート様の部屋の細工は、奇里がやったことだ。”犯人”の存在を印象づけるためだろう。あとはあの紙を仄めかして、混乱を誘った」
 そうだ、あの時の奇里の反応も、すべて演技だったのだ。
「石生の事件は実はシンプルなものだ。石生は自分の部屋であの紙を見つけた。置いたのはもちろん奇里だ。行動の時間は決まっていた。悲鳴をあげながら部屋を飛び出ることも決まっていた」
「え?!」
 さすがに、そこは皆驚いて声を出した。
「決まっていたのさ。その方が不自然だろう? 警察は大して気にしていないようだったがな。あんたたちは気になったはずだ」
(こちらの行動まで)
 すべて予測されていた。
「そして私は奇里がいた孤児院の院長に口止めをした。そうすれば余計奇里に疑いがいくと思った」
「どうしてそんなことを……」
 口にしたのは、シュラインだった。
(院長に口止め? 一体何のことだ……)
 疑問に思ったが、口を挟まず流れを読むことにする。
「最初に言ったが私は奇里をとめたかった。だが既に、私の手には負えない状況になっていた。だがあんたたちなら……と思ってな」
「………………」
 それでも結局は、誰も彼をとめることはできなかった。その哀しみが、皆を無言にする。
「――奇里さんは、生きているんですか?」
 その静寂を破ったのは、水守だった。
 影山は少し首を傾けて。
「わからん。わからんが、生きているだろうさ。そうしてまた、”も屋”としての仕事を続けるはずさ。奴にはそれしかなかった。今奴が”も屋”として生活していた頃の記憶を取り戻せているのか――本当に全盲であったのかすら、私にはわからない」
「?!」
「ルート様もわからないと言っていた。だがルート様にとって、そんなことはどうでもよかったのさ。謎と言えばルート様がどうやって”も屋”のことを知ったのかもわからないがな、今思えば、秘密結社か何かと交流があったのかもしれない」
「秘密結社……あり得ますね。ルートヴィヒ2世が生きていた時代には、様々な秘密結社が存在していました。ルートヴィヒ2世自身もコンタクトを取られたことがあるはずです」
 みなもが説明した。
「そう。もし現代にもそういうものがあって、ルート様と付き合いがあったとしても、私は到底気づくことなどできなかっただろう。だからこその”秘密”結社であるのだしな」
 そう告げると、影山は寂しそうに笑った――。



■エピローグ【どこか】

「――私は、間違っていたのかもしれない」
「へ?」
 2人で言葉もなく、とぼとぼと歩いていた。
 水守の家までも俺のマンションまでも結構な距離があるのに、歩く以外の方法は思いつかなかった。
(様々な真実が)
 頭の中を駆け巡っていたから。
 そんな中、突然の水守の言葉。
「間違って、いたのか?」
 少し笑って問うと、水守は大真面目な顔をして。
「奇里くんは使命を放棄したんじゃなくて、ちゃんとまっとうしてからいなくなってた」
「ああ」
 俺は聞き役に徹することにする。
「でもね、その奇里くんすら、最後まで見守ることを託された”たった1人”ではないんじゃないかって」
「――ああ、そうだな」
(俺もそう、思うよ)
 本当はいちばん近い場所にいて。
 本当は他の誰よりも大切にされていた。
 ルートにとって彼が最後の砦だったのだ。
「今度ね、影山さんと、お墓を作ろうと思うんだけど」
 にこりと、水守が笑う。
 それは先ほど見た影山の、寂しそうな笑顔に似ていた。
「いいんじゃないか?」
「うん。だから戒那くんも手伝ってよ」
「言うと思った」
 その時の俺の笑顔は、どうだっただろう?
 寂しそうだっただろうか。
(自分ではわからない)
 自分の表情や感情すら。
 今回のこの事件は、そんな人間の心の現実が引き起こした事件のように思えた。
(誰もが)
 傷を抱えて生きている。
 隠そうと思えば他の傷口が広がる。
 ルートヴィヒ2世を尊敬してやまなかった彼も、本当は何かを隠したかったのかもしれない。
 そんなことを、思った――。

     ★

 あれから水守の日常は、もとの静けさを取り戻していた。――と言っても。日常的に物事に首を突っ込み、日常的に酷く傷ついて帰ってくるという生活を送っている水守を見ていると、どの辺が”静けさ”なのかと突っ込みたくなるが。とりあえず彼にとっては、それが平穏であるようだった。
(以前よりも)
 精神的に安定し始めたしな。
 傷は隠されたままでは、永遠に治らない。
 だがそのことを知らない人も多い。
 水守は過去の傷を日の下に晒したことで、徐々に治ってきているのだ。
(俺の知らない)
 壊れる前の彼に。
 ――で。
 俺はというと……



「――羽柴先生? また資料室に入り浸ってるんですかー?」
「ああ、すまない。何か用かい?」
 資料室の暗がりで本に没頭していた俺は、学生の呼ばれて顔を上げた。
「あ、私は用ないんですけど、何か変な格好した子供が先生を呼んでくれって」
「子供……?」
 ふと、思い当たる。
 こんな所までくる子供なんて、そうそういない。
「今行くよ。中に入れておいてくれ」
「はーい」
 俺は広げっぱなしになっている何冊かの本を取り合えず閉じていった。
『偽装記憶喪失』
『精神鑑定の真実』
 カバーには、そんな文字が躍っている。
(――そう)
 俺はまだ、奇里の――も屋のことを考えていた。
 資料室から出ると、部屋の明るさで目が少し眩む。瞬きをするたびにクリアになる視界に、見慣れた子供の姿が映った。
「……こんにちは」
 いまだ不慣れな挨拶をしてくる。
「こんにちは。よく来たな」
 近づいて頭を撫でると、恥ずかしそうに俯いた。
「で? どうしたんだ」
 用事がなくとも来ることはあるけれど、それならわざわざ大学には来ないだろう。俺はそう思った。
 案の定子供はこくりと頷いて。
「も屋からの、伝言」
「!」
「”あなたとの会話が、いちばん大変でしたよ”だって」
(それはつまり)
 やはり彼は――
「……どうしたの? 何かまずいこと言った?」
 言葉を失った俺を、子供が心配そうに見上げた。
 俺は首を振って。
「キミはも屋と知り合いか?」
「まさか。ボクが自分からちょっかいを出したんだよ。興味があったから」
「興味?」
「遊んでくれるかと思って」
「ふむ」
 おそらくすべてを見ていたのだ。だからこそ、普通でない彼に興味を持ったのだろう。
 俺は子供の目線に高さを合わせると。
「他には何か言っていたか?」
「なんにも。でもボクには、わかることがある」
 知ろうと思えば知れる。それがこの子供の能力だった。
「俺が聞いてもいいことか?」
「ボクが喋っても許すことがわかるもん」
 思わず笑った。
「なら教えてくれ」
「うん――」



「あの人の目は、”見える”と”見えない”の中間なんだよ」



 言葉は簡単なのに、意味を理解するのに少しの時間がかかった。
「――だから、も屋になったのか?」
 ”見える”と”見えない”の中間。
(すべてが靄に包まれている)
 おそらくそれは、眼鏡やコンタクトレンズなどではどうにもできない部類のものなのだろう。
「多分ね。……いや、違うかな」
「え?」
 子供は子供らしくない口調で、言葉を終える。
「も屋になるしか、なかったんだよ」

■終【狂いし王の遺言 =終=】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|P C 名
◆◆|性別|年齢|職業
1252|海原・みなも
◆◆|女性|13|中学生
1883|セレスティ・カーニンガム
◆◆|男性|725 |財閥総帥・占い師・水霊使い
0121|羽柴・戒那
◆◆|女性|35|大学助教授
0086|シュライン・エマ
◆◆|女性|26|翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
1790|瀬川・蓮
◆◆|男性|13|ストリートキッド(デビルサモナー)
※NPC:水守・未散(フリーライター。実は超絶若作り(?)の56歳)



■ライター通信【伊塚和水より】

 ≪狂いし王の遺言≫、最後までお付き合いいただきありがとうございました。ここまでこぎつけられたのも、参加して下さったPC様とプレイングのおかげでございます。本当にありがとうございました。
 なんだか思ったよりもさらりと終わってしまって、すべての謎について逐一説明は入れなかったのですが、大体のことは”奇里が事件をうやむやにさせるためにやった”ことと、”影山が奇里がそれをやっていることを隠すためにやった”こと(前半)と、”影山が奇里の行動をとめるためにやった”こと(後半)の3つで構成されています。どれがどの理由から起きた現象だったのかなど、考えながら読み直してみると面白かったり矛盾があったりするかもしれません(笑)。その時はさり気なく流していただければ幸いです……。
 なお、このお城にまつわるお話しはこれでおしまいですが、奇里ことも屋に関係するお話にはまだ続きがあります。≪FFP≫というタイトルでやる予定ですので、奴のことが気になるぜコノヤローという方はよろしければご参加下さいませ。
 それでは、長い間お付き合いいただいてありがとうございました。まだどこかで会えることを楽しみにしています^^

 伊塚和水 拝