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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


狂いし王の遺言 =終=

■瀬川・蓮編【オープニング】

 静かに時は進む。
 1人の少年が口にした終止符は、警察をも油断させた。
 本当は――まだ何も、解決していない。
 けれど思いこまされていたのだ。
(事故はもう起きない)
 この階段で。
 もう誰も死なない。
 ――確証など、どこにも存在しないのに。



 三清・絵瑠咲(さんきょう・えるざ)は、階段の果てに立っていた。今はもう剥き出しとなった、ルートの部屋に背を向けて。
 遥か下を、見ていた。
「ねぇ、この世界はあまりにも苦々しいの」
 誰に語るわけでもなく、告げる。
「だからわたしは認めたくなかった。”子供”でありたかったのは、おじい様に愛されたかったからだけじゃない。それを知っていたから、認めたくなかったの」
 その顔に、色はない。
「けれどわたしは今、この世界を快諾するわ。未散さんは変わった。そろそろわたしも、変わらねばならない」
 少しの間をおいて。
「――理想は、潰えた」
 低く呟いた。
 それからゆっくりと振り返り。
「”ならば、すべてにおいて永遠の謎でありたい”」
 続けた言葉は、一体誰の言葉であったのだろう。
「そう願う、おじい様と」
 そっとドアに、触れた。
「親愛なるルートヴィヒ2世のために」
 キスをひとつ。
「この命を捧げます」
 ぐらり身が傾く。
 3人の命を奪った、階段の方へと。
 彼女は廻り出す。
 新しい世界へ向かって。



 この日、すべての三清が死んだ――。



■崩壊【鑑賞城:大階段】

 図式はとても簡単なものだ。
(階段が1つあって)
 そこでたくさんの人が死んだ。
 ただそれだけのことなんだ。
 自殺か他殺かなんて、騒がなくていい。
(だって階段は)
 それを受け入れているのだから。



 絵瑠咲サンがゆっくりと落ちる。転がる。
 ボクはそれを眺めていた。
(――ゆっくりと?)
 そんなハズはない。本当はかなりのスピードが出ているのだろう。
 それでもボクの目には、スローモーションのように映っていた。
(回る絵瑠咲サン)
 時折目がボクを捉える。
 呻き声はない。
 飛び散る血は悲鳴の代わりなのかもしれない。
 その瞬間を目撃された石生サンと違って、絵瑠咲サンは手すりから落ちなかった。だからもしかしたら、死なないかもしれない。
(これまでの人たちが即死だったのは)
 最初に頭を強く打っていたからだ。
 けれどその絵瑠咲サンの選択が正しかったことを、ボクは間もなく知ることになる。
 1階に到着した絵瑠咲サン。
 その胸はまだ上下していた。
 ボクは一歩近づこうとした。
 ――その瞬間。

  ――ゴオオォォォォオオオ……

 何やら鈍い音を立てて、建物が揺れ始めたのだ。
(地震?!)
 最初はそう思った。けれどそれにしては、ずいぶんと局地的過ぎるような気がする。
 メキメキと音を立てて建物が揺れる。城が揺れる。シャンデリアが。
「早く……逃げて……」
 小さく絵瑠咲サンの声が聞こえた。
(逃げて?)
 それはつまり――この城が崩れるということ?!
 ボクはやっと状況を理解した。
 この城は崩れようとしているのだ。
 脳裏に、映画で見たような映像が思い浮かぶ。
「――絵瑠咲サンは?」
(逃げないの?)
 逃げるというならば、連れていこうと思った。けれど首を振る。
(覚悟はできていた)
 ボクはやっとわかった。
 どうして絵瑠咲サンが、皆と違う方法を取ったのか。
「そっか……死ぬ方法って、こっちだったんだね」
 血だらけの絵瑠咲サンが微笑む。それは肯定を意味しているのだろう。
「ねぇ」
 何度か聞いた、甘えるような声音。
「絵瑠咲クンって、呼んで?」
 それを聞くのは、もう最後だろう。
「絵瑠咲クン――さよなら」
 建物の揺れが酷くなる。天井も支えきれないようで、上からはパラパラと欠片が落ちてきた。
 ボクは振り返って、出口へと向かって走った。
(今、きっと笑ってる)
 顔を見なくてもわかった。
 絵瑠咲サンは、笑いながら逝くのだろう。
(最期にシアワセなら、それでもいい?)
 ボクにはわからない。けれど子供だった絵瑠咲サンは、確かにシアワセだったはずだ。
”人生の幸か不幸かは、愛の対象を持つかどうかによって決まる”
 エラい人の言葉だ。
 それは間違いではないだろう。
 ボクは城門を飛び出し、絵瑠咲サンと、そして城の最期を見届けた。
 地面が揺れる。
 建物が揺れる。
 美しい鑑賞城は、いよいよ鑑賞すらできない城になってしまった……。



■ジョーカーを持つ者【鑑賞城:城門前】

 その時のボクは、目の前の光景に翻弄され、その他の異常なおかしさには気づかずにいた。
「――蓮」
 声をかけられて、振り返る。そこには影山サンと松浦サンの姿が――
(……あれ?)
「どうして……外に?」
 あの階段の前を通らなければ、外へ出ることはできないはずだった。何故なら彼らの部屋は2階だから。
 しかし影山サンはボクの問いには答えず。
「絵瑠咲は、どんな顔をしていた?」
 まるですべてを見透かしているような問い。
「影やん……?」
 松浦サンは何も知らないのだろう。不思議そうな顔をして影山サンを見ていた。
「笑ってたよ」
 ボクがそれだけ答えると、影山サンも――嬉しそうに、微笑んだ。
「そうか。……それなら、いいんだ」
「ちょっと! 何がいいのよ影やんっ。一体どういうこと?! なんでお城が……っ」
(何故?)
 そんな疑問はわくけれど、考えられることは1つしかない。
「――知ってたんだね。お城が崩れること」
「知っていたのではない。そんなことだろうと思っていたのさ」
 つまり予想はできていた、と。
「自由都と強久も死んだだろう。だから私は――」
 そこまで告げると、不意に口をつぐんだ。
「ワタシは?」
 先を訊ねるボクに、手を振った。
「あとにしよう。皆が揃ったら……話すさ。奇里的に言うなら、それが私の使命だ」
 その言葉に、奇里サンの姿が見えないことを思い出す。
「奇里サンは?」
「そうよ奇里ちゃんは?! まさか城の中にいたんじゃないでしょうねっ?」
 影山サンはゆっくりと首を振る。
「奇里はもう、帰ってこないだろう」

     ★

 しばらくの間、ボクらはそこに立っていた。――正しくは、拘束されていた。もちろん警察によってだ。
 お城が崩壊する直前までその中にいたボク。そして崩壊を予測していた影山サン(松浦サンは影山サンによって無理やり連れ出されていたようだ)。
 最初はボクらが犯人ではないかと疑われていたようだけれど、お城を崩壊させた装置の構造や設置位置が、素人ではとても無理であるということがわかり、比較的すぐに疑いは晴れた。
(影山サンの方は)
 いずれこんなことがあるかもしれないと、ルートサンから聞いていたという話だった。けれど多分。
(それは嘘だ)
 ボクはそう思った。本当のことは、まだ明かされないんだろう。
 そうこうしているうちに、崩壊した城跡に様々な人が駆けつけてきた。
 今回の事件を一緒に捜査していた、シュラインサン・みなもクン・セレスサンの3人に、おじさんとおじいさんだ。どうやらおじさんの方が弁護士の清城サンで、おじいさんの方がこのお城を設計した建築士の東・寅之進サンのようだった。
「蓮くん! よかった……無事だったのね」
「あ、影山さんたちもいますね」
 シュラインサンとみなもクンが駆け寄ってきた。そしてその後ろをついてきたセレスサンが、いちばん重要なことに気づく。
「――おや、奇里さんの姿が見えないようですが?」
「?!」
 ボクは苦笑すると。
「影山サンが……もう帰ってこないって」
「それって、死んだってこと? それとも――」
(犯人だってこと?)
 シュラインサンはきっと、そう続けたかったんだろう。ボクもまだ答えを聞いていなかったので、首を振るしかなかった。
「あの……こうして立ち話もなんですから、一度皆さんで事務所へ戻りませんか? ゆっくりお話も聞きたいですし」
 会話の隙間を縫って、みなもクンが提案した。異存はなかった。ボクだって、ちゃんと話を聞きたい。
『わたしが死んだらすべてわかる』
 絵瑠咲サンはそう言っていた。だから多分、ボクはわかっているのだろう。けれど自分で整理がついていないから、答えにたどりつけていない。
(皆の話を聞いたら)
 きっとボクは、わかるんじゃないかな?
 そんなふうに思っていた。
 皆もその提案に賛成すると、ゾロゾロと移動を始める。影山サンと松浦サンを警察から借り出すのは大変だったけれど、行き先が興信所であったことと、草間サンの名前がそれなりに通っていたこと、連絡先を教える条件で許可を得ることができた。
(――いよいよ)
 すべてが解明される。
 崩壊したお城をきっかけに、ばら撒かれていた謎も、崩壊を始める――。



■選ばれた言葉たち【草間興信所:応接コーナー】

「――あ、折角だから孤児院にも行ってみない?」
 事務所へと向かう道すがら、そう提案したのはシュラインサンだった。
「孤児院って、奇里さんがいた?」
 問ったのはセレスサン。シュラインサンは頷いて、説明をしてくれた。
 草間サンに奇里サンがいた孤児院の場所を聞いたシュラインサンは、1人で話を聞きに行ってみたらしい。ところがそこの院長には”奇里サンなんて知らない”と言われ。かと思えば警察の方はちゃんとこの院長から話を聞けていたという。
「それは確かに、おかしいですね……」
「嘘ついてるの、明らかに院長だよね?」
 みなもクンに続けた。そんなボクらに応えたのは、意外にも影山サンだった。
「行く必要はない。――院長に嘘をつくよう頼んだのは、私だ」
「え?!」
 道端の告白。
「一体どうして……」
 続きは持ち越される。
「……着いたらすべてを話そう。警察には言えないが、お前たちになら――知る権利が、あると思う」
 そう言い終わると、1人足を早めたのだった。

     ★

 ゾロゾロと団体でやってきたボクたちを見て、さすがの草間サンも驚いていた。
(普段から)
 色々な理由で人があふれかえっている事務所だけど。これほど神妙な顔をした集団がやって来たことは、おそらくないだろう。
「――これから、謎解きが始まるのか?」
 草間サンの問いに、誰も答えない。
(何故なら)
 答えるべき名探偵は、ここには存在しないからだ。
(推理小説みたいには)
 いかないよねぇ。
「ソファ、これじゃあ狭いですね。違う椅子も持ってきます〜」
 零クンは椅子を取りに奥の部屋へと向かっていき、代わりにシュラインサンがお茶の準備をと流しの方へ消えた。
 いつもやっているからだろう。こんなに大人数分なのにさほどの時間もかけず、大きなお盆を持って戻ってきた。
「おまたせ」
 皆それぞれ手を伸ばして、湯飲みを受け取った。デスクの所にいる草間サンには、お盆ごと渡す。
 ソファは既にいっぱいなので、シュラインサンは零クンが持ってきた椅子に腰かけた。それが合図だったかのように、皆の視線が影山サンへと集まる。
 影山サンは名探偵ではないけれど、今すべてを明かしてくれるのは、影山サン以外に考えられなかった。
 影山サンは一度だけ、お茶を口に運んでから。
「――先に言っておこう。結論から言えば、犯人はやはりルートヴィヒ2世であり……ルート様なのだ」
 そんな言葉から始めた。
「本当は10年前のあの日から、この事件が始まるはずだった」
「この事件というと、一連の事故?」
 草間サンの問いに、影山サンは頷く。
「だが正しく言うならば、事故ではなく”希望”だ」
「………………」
(真逆の事象だよ?)
 意味が、わからなかった。
 シュラインサンが問う。
「どうして……死が希望になるの?」
「それはルート様の希望を叶えるための死であったから。――いや、あるはずだったから」
 過去系に直した影山サン。つまりそれが実行されなかったから、ルートサンの希望は叶えられなかった、ということになる。
「ルート様は三清に告げた。”順番に死んでゆこう。それが私の理想となる”。だがルート様本人以外は、死ねなかった。死の恐怖に打ち勝てず、死ねなかった。それはルート様への裏切り」
「だから? だから皆、閉じこもってしまったんですか? 大好きなルートさんの、願いを叶えてあげられなかったから……。でも、そんなの当たり前だわ! 死ねと言われてすぐに死ねるわけがないもの……」
 みなもクンの声が、だんだんとフェイドアウトしていった。
「それでも、その直前までは、皆死ねると思っていたのさ。だがルート様が実際に死んでから、事情が変わった」
(一体何なの?)
 ボクはまだわかっていない。
 何故絵瑠咲サンが死なねばならなかったのか。
「待ってよ。そもそもなんでルートサンは皆で死のうなんて言ったの? 希望とか理想って何?」
(それが大人の身勝手なら)
 あまりにも酷い。
 すると影山サンは意外そうにボクを見て。
「おや、蓮。お前は絵瑠咲から何も聞かなかったのか? その瞬間を見ていたんだろう? 何か言っていたはずだ」
(確かに)
 ボクは絵瑠咲サンの言葉を聞いた。
 けれどそれは、ボクにとって謎でしかなかった。
(言葉を思い出す)

『ねぇ、この世界はあまりにも苦々しいの』
『だからわたしは認めたくなかった。”子供”でありたかったのは、おじい様に愛されたかったからだけじゃない。それを知っていたから、認めたくなかったの』
『けれどわたしは今、この世界を快諾するわ。未散さんは変わった。そろそろわたしも、変わらねばならない』
『――理想は、潰えた』
『”ならば、すべてにおいて永遠の謎でありたい”』
『そう願う、おじい様と』
『親愛なるルートヴィヒ2世のために』
『この命を捧げます』

「――あ。”すべてにおいて永遠の謎でありたい”?」
 願っていたと、絵瑠咲サンは言っていた。そのボクの疑問系を。
「そう、それが答えだ」
 影山サンはあっさりと肯定する。
「つまりルートさんは、謎であろうとした? そのために、不可思議な死を演出しようと……?」
 半信半疑なセレスサンの声。
(そんなの、当たり前だよ)
 だとしたらそのためにあの城を建てて。
 だとしたらそのためにあの階段を造ったことになる。
 そのためだけに。
「あの階段は……階段には……そんな意味があったのか……」
 呟いたのは、鑑賞城の設計図を完成させた東のおじいさんだ。もしかしたらそれをとめなかったことを、後悔しているのかもしれない。
 ボクたちの中ではいちばんルートヴィヒ2世に詳しいみなもクンが、その知識を披露する。
「――実際の、ルートヴィヒ2世の死も謎に包まれているんですよね。未だに解決していない」
「そう。だからルート様はそれを超えようとしていた。そのために――も屋を雇った」
「?!」
 ”雇う”という言葉は、ボクたちにとってとても衝撃的なものだった。
「それが奇里サン?」
 問ったボクに頷く。
「奇里のことは、実は私もよく知らん。ただルート様が奇里をそれに利用するためだけに引き取ったことは、2人の様子から明らかだった。――だが、肝心の事件がルート様の死だけで終わってしまった。その時点で、奇里の存在理由が消失してしまったことになる」
 シュラインサンが考えをまとめるよう口にした。
「だけど奇里さんはそのままにしておくわけにはいかなかった。だからちょうど10年後のあの日に、もう一度始めた?」
「合図はあの遺言を記した紙さ。皆怯えていた。10年間、怯え続けていた。そして死へと向かう覚悟を、つくっていた」
「………………」
 言葉が出ない。
(死ななければならなかったの?)
 ルートサンの願いを叶えるためだけに。
 本当に死ななければならなかったの?
(だって勝手じゃないか)
 ボクは誰を憎むつもりもないし、絵瑠咲サンを死から守りたかったわけじゃない。
(でも、ただ――)
 なんか、胸がもやもやする。
 もやもや。
「――結局、も屋ってのは何なの?」
 心にわいた感情を、説明できずに口にした。
「靄屋の略、だと思えばいい。事件・事故そのものに靄をかけ、他殺か自殺かどうかをうやむやにする――それを仕事としている者だ」
「そんなことに、何の意味があるっていうんだ」
 草間サンが呆れたように告げた。
「目的は事件を未解決にすること、だそうだ。奇里が何故そんな仕事をしていたかなんぞ私にはわからんが、そんな奇里にルート様が仕事を持ちかけたのは、奇里が記憶を失う前だった」
「!」
「奇里が記憶を失った理由は、未散が壊れてしまった理由と同じなのさ」
 未散サンが情緒不安定になってしまったのは、ルートサンにいたずらをされていたから。絵瑠咲サンはそれを羨ましがって、”未散さんになりたかった”と言っていた。
(でももう1人)
 いたんだ。
 未散サンだけじゃなかった。
「おぞましい記憶として、封印されてしまったわけですか。以前の記憶と一緒に」
 誰もが口に出すことをためらった言葉を、あっさりと口にしたのは清城サンだった。
「そうして孤児院に入れられた。それまでどこでどうやって生活していたのか、わからなかったからな。突然戸籍すらもあやしい子供を引き取ったのでは、警察も色々と疑うだろう。ルート様はそう考えて、一旦孤児院に身寄りを預けたのさ」
「それで? どうしてキミは、そんなにも詳しいのです?」
 次々に知ることのなかった真実を披露してゆく影山サン。誰もが昂揚を隠せない中、冷静に問ったのはセレスサンだった。
(確かにそうだ)
 すると影山サンは苦笑して。
「私も遠い昔、ルート様に拾われた身だからな」
「!」
「だがルート様は、他の2人とは違い、私とは常に距離を置いて接していた。そして私には、絶対に嘘はつかなかった。もしかしたら、私はルート様が正気であることを確認されるための、存在であったのかもしれない」
(そう……なのかな)
 確かにルートサンが本当に最初から男色家だったのかなんて、誰にもわからない。もしただ模倣のためだけにそれを犯していたのだとしたら……ルートサン自身の心だって大きく揺れるはずだ。あの2人のように。それをとどめていたものが影山サンの存在だったということは、十分に考えられる話。
  ――ピンポーンっ
 そこでチャイムが鳴った。
 皆の視線が一斉に移動する中、零クンが玄関へと向かってゆく。
(予想は、ついていた)
 入ってきたのは2人――戒那サンと未散サンだった。

     ★

「――城」
 席につきシュラインサンからお茶を受け取った戒那サンは、そんな言葉から始めた。
「爆薬を仕掛けたのは、あなたですね」
 その目は……東サンに向いている。
(え……?)
「あなたは”その”専門家ではないけれど、いくらでもアドバイスをもらえる立場にはあった。そしてそれを仕掛けることは、なおたやすかった」
 顔に生きた分だけしわを蓄えた東サンは、それでもにこやかに笑っていた。
「じゃがわしがあの城へ行ったのは、最も近くても10年前の改築工事の時じゃぞ?」
「ええ、その時に設置したのです。今時の火薬ならば10年くらいゆうにもちますよ。でなければ大昔に撒いた地雷で人は死なない」
「………………」
 発言すべき葉を、誰もが模索していた。
「それなら……おじいさんが、絵瑠咲さんや自由都さん、強久さんを殺したってことになっちゃうんですか……?」
 そんな中寂しそうな声をあげたのはみなもクンだ。戒那サンは笑って。
「それは違うな。あの城を爆破することも、最初に立てられた”謎”の予定に組み込まれていたんだろう?」
「え?!」
 今度は東サンではなく影山サンの方を向いて言葉を紡いだ。多くの戸惑いの視線の中、影山サンはゆっくりと頷く。
「ルートヴィヒ2世は、ノイシュヴァンシュタインに対しこんな遺言を残している。”私が死んだらこの城を爆破してくれ”とな」
 皆が息を呑む。
(でも――)
 最初に説明してくれたはずだ。
「でもそのお城って、今もあるんでしょ?」
 ボクが言葉にして確認すると、頷いた。
「――それを、超えるために……?」
 セレスサンが呟く。半ば呆れたような声だった。
「ルート様は壊さねばならなかった。――いや、最初から壊すつもりであの城を建てた。東さんにも相当無理を言って頼み込んだのだろう。だから東さんには何の罪もない。それに――」
 影山サンがためらった言葉を、水守サンが口にした。
「起爆スイッチを入れたのは、奇里さん、なんですね」
「未散……」
 2人の視線が、複雑に交差する。



「この事件は、ほとんどが誤導によって構成されていた。だからこそ謎にあふれていた。――だが、その一端を担っていたのは紛れもなく私だ。今さら……と言われるかもしれないが、謝らせてくれ。――すまなかった」
 影山サンはそう告げると、ボクたちに対し深く頭を下げた。
「最初はな……事故を演出しているのが奇里だとバレないようにと思って、私なりに動いていたのさ。だが途中からは、奇里にこんなことやめさせたいと思って動いていた。それが余計に、周りを混乱させていたように思う」
 ふと、思い出す。
(そういえば……)
 途中から影山サンの態度が、少し変わったような気がしていた。何かきっかけがあったのだろうか。
「鳥栖の事件から話そう。まず10年というインターバルは、おそらくルート様本人によって決められていた。……ルート様は、もしかしたらこうなるかもしれないということを、しっかりと予想なさっていたんだ」
「えー? ホントに? じゃあ結局、ルートサンだって皆を信じてたわけじゃなかったんだね」
(皆に死を強要しておきながら)
 信じていなかったなんて、笑い話にもならない。
 しかしそれを否定したのは、水守サンだ。
「それはそうだよ。ルートさんが本当に信じていたものは”現実”にはないもの。ルートヴィヒ2世と一緒でね……」
 でもボクには、それは屁理屈のように思えた。
「続けるぞ」
 影山サンは周りを見回してから。
「奇里は間接的に、ルート様から預かっていたあの遺言を記した紙を見せた。それを見た鳥栖は時が来たことを悟り、10年前の計画を実行に移す。そしてさらなる不思議を演出するために、奇里はあえてここに調査を依頼した。警察だけなら、ただの事故で片付けてしまう不安もあったからだろう。――前回がそうであっただけにな」
 事故として片付けられたルートサンの事件。それはも屋としての仕事を頼まれた奇里サンにとって、どんなにか辛いことだっただろう。ましてやその時奇里サンは記憶を失っていて、ルートサンしか頼る者がいなかったのだ。
「次の白鳥の事件。ここに”も屋”という紙を届けたのは私だ。それは奇里に行動をやめさせるためのものだったのだが……残念ながら効果はなかったようだな」
 普通は疑われれば行動を自粛するものだけど、奇里サンはそうではなかった。最後まで自らの使命をまっとうした。
「鳥栖と白鳥、2人のパソコンを初期状態に戻したのは、それぞれ自分でだ。鳥栖が残した2つの遺言もな。それらの行動が様々な可能性を生む。ルート様はそれを望んでいた」
「なんだかてってーてきねぇ……」
 久々に口を挟んだ松浦サンだったけど、影山サンにじろりと睨まれて口を噤んだ。
「ルート様の部屋の細工は、奇里がやったことだ。”犯人”の存在を印象づけるためだろう。あとはあの紙を仄めかして、混乱を誘った」
 そうだ、あの時の奇里サンの反応も、すべて演技だったのだ。
「石生の事件は実はシンプルなものだ。石生は自分の部屋であの紙を見つけた。置いたのはもちろん奇里だ。行動の時間は決まっていた。悲鳴をあげながら部屋を飛び出ることも決まっていた」
「え?!」
 さすがに驚いて声を出した。
「決まっていたのさ。その方が不自然だろう? 警察は大して気にしていないようだったがな。あんたたちは気になったはずだ」
(こちらの行動まで)
 すべて予測されていた。
「そして私は奇里がいた孤児院の院長に口止めをした。そうすれば余計奇里に疑いがいくと思った」
「どうしてそんなことを……」
 口にしたのは、シュラインサンだった。
「最初に言ったが私は奇里をとめたかった。だが既に、私の手には負えない状況になっていた。だがあんたたちなら……と思ってな」
「………………」
 それでも結局は、誰も彼をとめることはできなかった。その哀しみが、皆を無言にする。
「――奇里さんは、生きているんですか?」
 その静寂を破ったのは、水守サンだった。
 影山サンは少し首を傾けて。
「わからん。わからんが、生きているだろうさ。そうしてまた、”も屋”としての仕事を続けるはずさ。奴にはそれしかなかった。今奴が”も屋”として生活していた頃の記憶を取り戻せているのか――本当に全盲であったのかすら、私にはわからない」
「?!」
「ルート様もわからないと言っていた。だがルート様にとって、そんなことはどうでもよかったのさ。謎と言えばルート様がどうやって”も屋”のことを知ったのかもわからないがな、今思えば、秘密結社か何かと交流があったのかもしれない」
「秘密結社……あり得ますね。ルートヴィヒ2世が生きていた時代には、様々な秘密結社が存在していました。ルートヴィヒ2世自身もコンタクトを取られたことがあるはずです」
 みなもクンが説明した。
「そう。もし現代にもそういうものがあって、ルート様と付き合いがあったとしても、私は到底気づくことなどできなかっただろう。だからこその”秘密”結社であるのだしな」
 そう告げると、影山サンは寂しそうに笑った――。

■終【狂いし王の遺言 =終=】



■登場人物【この物語に登場した人物の一覧:先着順】

番号|P C 名
◆◆|性別|年齢|職業
1252|海原・みなも
◆◆|女性|13|中学生
1883|セレスティ・カーニンガム
◆◆|男性|725 |財閥総帥・占い師・水霊使い
0121|羽柴・戒那
◆◆|女性|35|大学助教授
0086|シュライン・エマ
◆◆|女性|26|翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
1790|瀬川・蓮
◆◆|男性|13|ストリートキッド(デビルサモナー)
※NPC:水守・未散(フリーライター。実は超絶若作り(?)の56歳)



■ライター通信【伊塚和水より】

 ≪狂いし王の遺言≫、最後までお付き合いいただきありがとうございました。ここまでこぎつけられたのも、参加して下さったPC様とプレイングのおかげでございます。本当にありがとうございました。
 なんだか思ったよりもさらりと終わってしまって、すべての謎について逐一説明は入れなかったのですが、大体のことは”奇里が事件をうやむやにさせるためにやった”ことと、”影山が奇里がそれをやっていることを隠すためにやった”こと(前半)と、”影山が奇里の行動をとめるためにやった”こと(後半)の3つで構成されています。どれがどの理由から起きた現象だったのかなど、考えながら読み直してみると面白かったり矛盾があったりするかもしれません(笑)。その時はさり気なく流していただければ幸いです……。
 なお、このお城にまつわるお話しはこれでおしまいですが、奇里ことも屋に関係するお話にはまだ続きがあります。≪FFP≫というタイトルでやる予定ですので、奴のことが気になるぜコノヤローという方はよろしければご参加下さいませ。
 それでは、長い間お付き合いいただいてありがとうございました。まだどこかで会えることを楽しみにしています^^

 伊塚和水 拝