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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


君の未来は止まらない

 一つの時計がある。
高価な時計であるわけでも、懐中時計といったものでもなく、
骨董品でもなければ、その辺の雑貨屋に千円程度で売っていそうな…ただの腕時計。
安物で、ベルト部分はビニールで出来ているし時計本体部分も全てプラスチック。
青と赤と白の三色だけの、なんの変哲もないデザインのいわば玩具の腕時計。
 時間(とき)を刻む事をやめた古ぼけて色あせたその時計は、
今も持ち主の帰りをただひたすら待っていた。
―――あやかし荘の一室で。



「あの…管理人さんはあなたですか?」
 因幡・恵の留守中、たまたまあやかし荘の入り口にいた三下・忠雄は、
訪ねて来た来客にそう声をかけられて、慌てていたせいか思わず頷いてしまう。
咄嗟に訂正しようとする前に、来客が先に口を開いた。
「このあやかし荘のどこかにあるはずなんです!探してくださいっ!
急ぐんですっ!!あのっ…本当に、本当に…お願いしますっ…!」
 来客、十五歳くらいの少女は、涙を浮かべたまま…俯いた。
「あの〜…忘れ物ですよね?どこの部屋に何を忘れたのかわかりませんか?」
 あいにく今日は恵が不在な上に、嬉璃も不在。
その他の面々も姿を見せる様子が無く、三下は仕方なく問い掛けた。
仕事に行かなければかなり上司に怒られるだろうが…放ってはおけない。
少女は、黙ったまま…一枚の手紙を差し出した。

”君に贈り物がある。探してごらん?ヒントをあげるからね。”
”春が終わり、夏になった。”
”藤が空に向かい、白く赤く染まる場所にはどんな木々が植わっているのだろう?”
”僕の未来は止まったままだ。さあ、動かしてくれるかい?”

 三下は手紙を持ったまま、その場に立ち竦んでしまう。
自分だけの手には絶対に負えない…そう思いながら。




「なーんだよ!困ってる事があるんなら遠慮なく言えばいいのに!」
「で、でも…こればっかりは…」
「なに?俺のこと、子供だからって甘く見てるんだろ?」
 ジトっとした視線を三下に送るのは、鈴森・鎮(すずもり・しず)。
今日も今日とて鎌鼬の修行の為にとあやかし荘を訪れて来たのだが、
その玄関先で右往左往している三下を見つけて話に乗っかってみたのだ。
「あのさ…で、結局アンタは管理人じゃないわけ?どうなの?」
「いえ、ですからぁ…今その…」
「はっきりしない男だねぇ!」
 あきれたように腰に手を当てて溜め息をついたのは、草壁・小鳥(くさかべ・ことり)。
下宿先を探してあやかし荘に訪れてみたのだが…
いきなりこちらも玄関先での一件に出くわしていたのだった。
「話が進まないと困るから手伝うのはいいけどさ?何を探すわけ?」
 小鳥が三下ではなく、少女に顔を向けて問い掛ける。
少女は躊躇いながらも手紙を差し出し、何を探すのかはわからない…と答えた。
「置いてある場所はさておいて…探すものを考えてみないとね…」
「なあ、姉ちゃん、そこの最後の文章がそうなんだろ?」
「は?誰のこと呼んでんの?あたしには”小鳥”って名前があるの」
「そっか…悪ぃ!じゃあ俺のことは”鎮”って呼んでくれよな!それでさ…」
「元気なコねえ…」
 小鳥は十歳は年が離れているであろう鎮を見つめながら、苦笑いを浮かべた。
自分は5人姉妹なのだが、弟がいればこんな感じじゃなかろうかと思いながら。
鎮も鎮で、普通の女性とはどこか一風変わったサバサバした感じの小鳥の様子に、
頼りになる姉さん的なイメージを抱いていたりする。
こちらは3兄弟ゆえに、姉がいればこんな感じなのだろうか…と思っていたりするのだった。
「で!最後の文章…”僕の未来は止まったままだ”って事はさ、
なんか止まるものなんだよな?それに”さあ、動かしてくれるかい?”って言うことは…
人間の手で動かしたり出来るものって事になるよな?」
「人間が動かして止まったりするものね…車とか?」
「それじゃあ部屋に入らないですよ」
 傍観者になるのかと思いきや、しっかり三下も会話に混じっている。
恐る恐る入れたツッコミはさらりと流されてしまったのだが。
「未来って言うんだから…」
 小鳥は口元に手を添えて、考えをまとめる為に目を閉じた。
真っ暗になっているはずの視界の中に…ぼんやりと灯りが灯る。
たんぽぽの綿毛が発光しているようなその灯りの真ん中に…何かのイメージが現れはじめる。
それは振り子を左右に動かしていたり、砂がサラサラと落ちていたり…
「あ、ナルホドね」
 目を開いた小鳥の視界に、覗き込むように”何か”が姿を見せる。
それは小鳥に憑いている『妖精さん』で、時たま彼女に様々な御告げを授けるのだ。
今回もどうやら、その妖精さんの御告げが下った様子で。
「わかったわ、多分…探しているモノは…」
「待った!俺もわかった!未来だから時間だよな、止まってて動かせるんだよな…って事は…」
「時計ね」
「時計だ!」
 ほぼ同時に、小鳥と鎮が少女に告げる。
三下は二人にいわれてはじめて気付いたらしく、感心したように「ああ!」と手を打っていた。
「じゃあ次に、どこの部屋にあるかって事ね…」
「それなんですけど、いくつか候補がある事はあるんです…でもその中のどれかかは…」
「候補って?」
 少女はもう1枚、手紙に同封されていたらしい紙切れを渡す。
そこにはここあやかし荘の見取り図のようなものが描かれていたのだが…。
東西南北にそれぞれある『さくらの間』『つつじの間』『もみじの間』『でいごの間』。
どうやらその中のどこかに、”時計”があるらしいのだが…全部で十六部屋。
片っ端から探してもいいのだろうが…それにしても少々手間もかかるし人数も足りない。
それにせっかく手紙にヒントがあるのだから…。
「よーし!じゃあヒントを元に考えて、それぞれ部屋に散ろうぜ!」
「考えた結果、同じ部屋だったらどうするの?」
「それならその部屋が当たりって事じゃねえかなー?探すのなら任せろ!俺、狭い場所得意だから!」
 その代わり、屋根裏は微妙にカンベンして欲しいかも…と思いつつ、鎮は手紙を覗きこんだ。
その後ろ、鎮とは違い高い位置から見下ろすように小鳥も覗き込む。

二人が推理した結果…探すべき部屋は別れたのだった。



 小鳥は、三下と共に『南』にある『でいごの間』に向かう事にした。
彼女の推理は…こうだ。
「”春が終わり夏になった”って点は、多分…方角の事。
陰陽とか風水知ってるならわかると思うけど…『夏』を司るのは『朱雀』その朱雀が、
『南』の方位を司ってるって事だから、方角は南で合ってるはず」
「へえ…そうなんですか?」
「それに、夏に赤い花を咲かせる点は…でいごの花が推理できる」
 手紙の本文をメモしている手帳に目を落としながら、
三下は何度も頷いている。すっかり自分で考える事はせずに、任せっきりのようだ。
「でいごって”花が途絶えても再び咲き出す”っていわれもあるそうだから…
”僕の未来は止まったままだ。さあ、動かしてくれるかい?”とも関連付けられる…
ま!だから、あたしゃ『南』の『でいごの間』を探してみるわ」
 ニッと小さく笑みを浮かべながら、小鳥は廊下を進む。
そしてしばらく歩いたところで、立ち止まって三下を見つめ。
「アンタが先に行ってくれないと…建物の中よくわかんないんだけど?」
「あ、ああ〜!すみません!」
「いい部屋だったらそのまま入居したいんだから…しっかりしてよ、大家さん!」
 ばしっと三下の肩を叩いて言う小鳥。
あまり力を入れたつもりはないのだが、三下は痛みにうめいて涙をためていた。
「そうそう…鹿児島の県木も確かアメリカデイゴだったっけ…南…だしね」
「よく色々とご存知ですねぇ…?」
「現役大学生だからね」
 自分の身長よりも高いんじゃないかと思われる小鳥を見つめながら、
三下は中身でも追い抜かれているような気分になったのだった。




「おっかしいなあ…推理に間違いは無かったはずなのに…」
 鎮は意気消沈して首を傾げながら、あやかし荘の入り口の憩いの場に戻ってくる。
そこにはすでに、同じように首を傾げつつ、手紙のうつしとにらめっこしている小鳥の姿があった。
「鎮くんも駄目だったみたいだねぇ…」
「三下さんも同じみたいじゃん!」
「どういうことかしら…ちょっと待って…藤が空に向かい…白と赤でしょ…それから…」
「なんぢゃ…揃いも揃ってこんな場所で」
 小鳥がブツブツと呟いていると、嬉璃が出先から戻ってくる。
嬉璃は全員の様子を見るなり、何故か楽しげな笑みを浮かべて三下に視線を向けた。
 三下がだいたいの事を説明して、嬉璃に”手紙”を見せる。
じっと見つめていた嬉璃は、にんまりとした微笑みを口の端に浮かべて―――
「おんしらまだまだ青いのぅ!名探偵嬉璃に任せればこの程度の謎かけなどまるっとお見通しぢゃ!」
「ええっ!?わかったんですか!?」
 驚いて少女が視線を向けると、嬉璃は満足げな笑みを浮かべ。
「方角に関しては全員正解ぢゃ…しかし、次ぢゃ!
”藤が空に向かい白く赤く染まる場所”…これはズバリ、藤は藤の花ではなく…冨士ぢゃな!
空に向かいそびえ、雪で白く染まり、夕陽で赤く染まる!白冨士と赤冨士!
冨士…冨士のある場所…静岡ぢゃ!!そこに植わっている木々といえばッ…!!」
「なるほど…静岡は『つつじ』で有名ですね…」
「でも県木は『木犀(もくせい)』ですけど?」
「お?」
 小鳥にツッコミを入れられて、嬉璃は目を点にする。
「確かに『つつじ』は静岡ですけど、正式には県の”木”じゃなく”花”で登録されてるから…」
 小鳥は少し納得いかない、といった表情で小さく呟く。そしてふと少女に視線を向け。
「そう言えば、そもそもどうしてこの手紙を持ってきて探し物してるのか聞いてなかったっけ?」
「あ、はい…この手紙は父のものです。以前、こちらに住んでいた時に母へのプレゼントを隠したそうなんです…
そのことをすっかり忘れたままで父は他界…そしてこの手紙が見つかって…
父は謎かけをするのが好きでよくこんな手紙を書いて楽しんでいました…だから謎を解いて病床の母の為にと思って」
「なあなあ、もしかして富士山とか静岡が父さん母さんの思い出の場所とかじゃねえ?」
「え?ええ…そう言えば出会いの場所だとか聞いたことが…」
「じゃあその時に『つつじ』が咲き誇ってたのかもね…『つつじ』を木だと思っている人も多いし…
よっぽどじゃないと自分の住んでる場所以外の県の木だとか花だとかなんて知らないはずだから」
「そうぢゃ!木も花も同じぢゃ!さあ皆の者!『南』の『つつじの間』に行くのぢゃ!」
 いつの間にやらすっかりリーダーと貸している嬉璃。
全員をまとめあげて先頭に立つと、意気揚々と南方面への廊下を歩き出したのだった。




 時計は、嬉璃の推理通りの南のつつじの間で見つかった。
空き部屋だったのだが、家財道具が放置されたままで漠然とその中から探すハメになるところを、
小鳥の『妖精さん』の御告げをうけて、狭い空間を鎮が『鎌鼬』になって捜索する連係技で、
意外と早く見つけることが出来た。
 安物のほぼ玩具にしか見えないその時計は、紙袋に入れられて、メッセージもそえられていた。
どんな内容のメッセージなのかは、見ないことにした。それは少女の母親だけが見るべきものだろうから。
針が止まったままのその時計はおそらく、少女の母によって再び動き始める事だろう。
少女は嬉しそうに時計を手にして…嬉々と家路についたのだった。
「ねえ大家さん、部屋のことなんだけどさ?」
「で、ですからぁ!管理人じゃないんですっ…ただの住人で…」
「じゃあ管理人さんはどこ?部屋の話をしたいんだけど?」
「まだ帰ってきてないと思います…」
 三下はたじろぎながら答える。小鳥は腕を腰に当てて、しばし考え。
「仕方ないか…それじゃ、また来るわ」
「そうしていただけると…」
「まあ待つのぢゃ小鳥殿!恵殿が帰ってくるまでわしと茶でも飲まぬか?」
「あ、いいですね…」
 帰ろうとした小鳥を嬉璃が呼び止める。
この後も色々と物件を見てまわろうと思ってはいたものの、時間が中途半端。
せっかくだから住人さんに話を聞くのも悪くは無いかな…と、小鳥は賛成する。
「というわけぢゃ!茶を用意せい!」
「ええ?!僕がですかぁ!?」
「おんし以外に誰がおるんぢゃ?」
「あ、家政夫さん…あたし熱いお茶でいいからね」
「家政夫っ?!」
 悪気も何も無く小鳥はさらっと三下にそう告げると、嬉璃と共に部屋に向かう。
この時彼女が、下宿先をここに決めちゃってもいいか…と思っていたかどうかは定かでは無い。



【終】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2320/鈴森・鎮(すずもり・しず)/男性/497歳/鎌鼬参番手】
【2544/草壁・小鳥(くさかべ・ことり)/女性/19歳/大学生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちわ。この度は参加いただきありがとうございました。
まず最初に、本当に申し訳ない事なのですが…オープニングにミスがありました。(^^;
ヒントに『県の木』と書いていたのですが、正しくは『県の花』でした。
なので県の木で推理していただいたら…答えが違って当たり前です。本当に申し訳ありませんでした。<(_ _)>
こんな大ボケをやってしまうライターですが、楽しんでいただけていたら幸いです。
 もう少しシリアスな展開も入る予定だったのですが…
そもそものミスもありまして、始終コメディ展開という事にさせていただきました。
こんなライターですが、またご参加いただけると嬉しいです。

:::::安曇あずみ:::::

>草壁・小鳥様
はじめまして。この度はご参加ありがとうございました。
初めての出会いで、草壁様の思うような描写になっていると嬉しいのですが、
今回はそれ以前の問題で、ミスをしてしまいまして本当に申し訳ありませんでした。
一応、ひっかけとしてでいごの間をご用意していたので、草壁様の推理は、
正直なところとても嬉しかったです。なのにそもそものミス…本当にすみません。
これに懲りずにまたお会いできるのを楽しみにしております。

※誤字脱字の無いよう細心の注意をしておりますが、もしありましたら申し訳ありません。
※ご意見・ご感想等お待ちしております。<(_ _)>