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幸せなバレンタインデーを過ごすには
●オープニング●
２/１４、それももう残す所一週間となると、街は浮き足だつ。片思い・両想いどちらの男女にしても、心躍る行事、それがバレンタインデー。
しかし、ここ『草間興信所』においては魔の一週間であった。
バレンタイン。地上に未練を残し死んでいった者達にとっては、騒がしく小賢しい日でしかない。色めきだった街中を浮遊して、幽霊と呼ばれる者達の怒りや憂いは頂点になる。
彼らは毎年、バレンタイン一週間前には総力を結集してチョコレートを襲い出す。それこそ露店に出されたチョコレートの山を風の仕業と叩き割ったり、デパートの中でポルターガイスト現象を引き起こしたり、微々たるものから大きな事まで。己らの心が休まる――そう、２/１５日までその行為は留まる事を知らない。
チョコレート販売店にとっては大損害、客達にとっても煩わしい行為。でな何故大事にならないのか。それは毎年、数多くの霊能力者が影で走り回っているからである。
魔の一週間……草間武彦がそう呼ぶ２/８〜２/１４の間、霊能力者達はチョコレートを守る為、幽霊の害を留めておくのが暗黙の内に決まっている。もちろん己の思惑とは裏腹に「怪奇探偵」などと呼ばれる草間武彦も……。
集まってくる能力者達を各地に振り分けなければならないのだった。
草間は窓枠に肘を乗せて外界を見下ろす。道路を歩くカップル・サラリーマン・女子高生・小学生――周りはこんなにも平和だというのに。
(今年も魔の一週間がやって来たか……)
煙草を灰皿に押し付けて、草間は陰気なため息をついた。
●柚品弧月●
弧月は甘ったるい匂いと女達の声が響く中、温厚な笑みを浮かべてレジを打っていた。
小さな少女から、高校生にＯＬ……沢山の娘達が店内を物色し、目当てのモノを見つけると弧月の元にやって来ては清算を求める。休む間もないが、弧月に疲労は見られない。考古学者を目指している為か地道な作業は苦にならないのだ。
草間武彦が「魔の一週間」と呼ぶ七日間、弧月も幽霊の迎撃の為に菓子店に割り振られてここに居る。七日間のバイトという形での販売員だが、甘党の弧月にとってはある意味幸せな時間だ。
もう一人、同じく草間武彦関連で七日間のバイトが課せられた青年が居るのだが、その男・竜笛 光波はこの空気に耐えられず店内に引っ込んでいる。
「ありがとうございました〜」
その言葉だけを何度も何度も繰り返しながら、弧月は騒動を待っていた。
●竜笛 光波●
東京某所の菓子店、その倉庫に竜笛光波の姿があった。
ダンボールの箱に四方を囲まれた中、その分解作業に勤しむ光波の額には大粒の汗。それを腕で拭いながら光波は大きくため息を吐いた。
扉一枚と部屋一つを隔てた向こうからは甘い匂いと、娘達の楽しそうな声が響いてくる。
バレンタインデーを一週間後に控えた菓子店はこんなものさ――そう話してくれたのは、この店の店長だった。
だからといって、この大量なチョコレートはどうだろう。
解いても減ることのない箱を見上げながら、光波はもう一度吐息を漏らした。
光波は、心のどこかで霊の訪れを期待している自分には気がついていなかった。
●二日目●
「暑ぃ……」
今日も今日とて雑用係、光波は辟易しきった調子で呟いた。
昨日は霊の被害も何もなかったくせに、今日はどういった事だろう。夏でもないのに気温２９度という異常が、チョコレート販売店を襲っていた。場所が限定されている事を見て、これは霊の行為に間違いない。
そのくそ暑い中、クーラーをぎんぎんにして何とかチョコレートの溶解を留めてはいるが、外に出ればその努力も水の泡。ドライアイスを入れるなどをしてみても、客が減るのは否めない。
かといって霊が姿を見せるわけじゃなし、原因がわかるわけでもなし、店外に出て『限定百個』と書かれた看板を手に光波は大きなため息をついた。
「光波さん、休憩どうぞって」
ふいに自動ドアが開いて、出てきた弧月が光波を見てそう言った。黒く艶やかな髪を首元で結ぶ男の顔には、微笑。
「ちょっと周辺を回ってみません？」
「……ああ、いいスね。そうしましょうか」
すこし歩けば、冬に相応しい冷気と春間近な太陽の暖かさ。暑さを忘れる意味でも、と光波は大きく頷いた。
●●●
「ところで、光波さん何か感じます？」
「あ、全然」
心地よい空気を満喫しながら、二人はゆっくりと視線を交わす。何か、というのはいわずと知れた霊気のことだ。
「だいたい、これってどういう現象ですかね。寒いとかなら、雪女とか――で分かりやすいんですけど」
「そうですね。暑いっていう事は火が回りにあるって考える事も出来ますけど、何も感じないとなると霊象じゃないのかもしれないし」
腕を組む弧月は、眉根を寄せて唸った。
「気配を消す事が出来たにしても、何だかなぁ……」
それだけバレンタインを憎んでいるのだろうか、と弧月が頭を捻る。しかしバレンタイン直前に振られた光波にとっては、良く分かる事象だ。義理でも何でもチョコレートが欲しい。しかしアテがない今は、いっそチョコレートを壊してやりたい。
倉庫に篭って在庫整理をしていた間中何度も頭を過ぎった。
「とにかく、霊の考えなんてどうでもいいじゃないですか」
「……ですね。今はあの暑さをどうにかしましょう」
「そうそう。ってか、チョコレートを店の外で売ればいいんじゃないですか？暑くない場所でさぁ……」
それは何気なく紡がれた一言。しかし振り返った弧月は瞳を大きく見開いて、
「それです！！」
何も分からず口をポカンと開けた光波の手を、力強く握った。
●三日目●
弧月と光波は大きな荷車を押しながら、
「いらっしゃいませ〜」
と声を上げた。無骨な荷車も、綺麗な装飾で身を包めば立派な戦力だ。
暑くなれば場所を移動し、高校前や駅前を歩けばわんさと人が集まるもの。光波の何気ない一言から考え出された弧月の目論見は、大成功と相成って荷車の中のチョコレートはあと少し。
まあ「義理チョコでも何でもいいから、俺にもチョコをくれ！！」と叫ぶ光波には、弧月とて苦い笑みを浮かべはしたが。
そんな風に二人がチョコレートを売り歩く中、上空の空には霊が集まりつつあった。
不穏ともいえない空気が辺りに漂いだし、痛い程の視線が体中を突き刺してくる感覚――それを二人が感じ出したのは、空が綺麗な紅に染まり始めた頃。
始まりを告げたのは、荷車が割れる小気味良い音だった。
「な！！」
中心から真っ二つに割れるようにして、荷車が傾いだ。そのまま通路にチョコレートを撒き散らし、荷車についた四つのタイヤが、空気音を発して裂けた。
【邪魔をするんじゃねぇ！！小賢しい野郎共が……】
声と共に荷車の上に青白い顔をした男の姿が表れる。
「何だテメェ！！！いいからそこから足をどけろよ！！」
光波が叫ぶ。男の足元ではチョコレートの山が踏み荒らされた。売り物にするどころか食べる事もできない、砕けてドロに塗れたチョコレート。
「その通りです！！一体どれだけの人が労力をかけて作ったと思ってるんですか！」
「そうだ！！そんなことするくらいなら俺にくれ！！」
だがそんな二人を無視して、降りてきた霊達は思い思いにチョコレートを踏み砕く。
【ふん。何がチョコレートよ。何がバレンタインよ】
【想いを伝える勇気を、チョコレートに込めて……だぁ？馬鹿馬鹿しくてやってらんねぇなぁ！！】
荷車の側面に結ばれた布、そこに書かれた店のキャッチフレーズを見ながら、霊の一人が憎憎しげに唾を吐いた。
【お前らもご苦労なこった。こんなもんを守るために、無償のお手伝いってか？】
【第一こんなもんで喜ぶ男共が浅はかなのよ。貰えた、貰えないで一喜一憂。ホント馬鹿らしいわ】
【コンナモノ、なくなって……】
「――ぃ言いたい事はそれだけかぁ！！」
男が言い終わる前に、光波が飛び掛った。
【なんだ！！？】
物理攻撃が利かない等という事は、今や光波に関係ない。驚く霊の顔に光波の右パンチが炸裂する。
それを追うように、どこからか篭手を取り出した弧月が、光波に視線を向けていた男を殴り倒した。弧月の有する篭手には霊への物理的攻撃と、無手古流の完成度の高い武術を可能とさせる力がある。
「だからといって、人様の物を壊す権利は無いわけですよね」
吹っ飛んでいった男に語りかける弧月の瞳が、剣呑な光を帯びている。
「ひがみ根性、まったくもって見っとも無い！！」
今さっきまで同様の想いに悶々としていた光波だが、今は綺麗さっぱり忘れている。元々正義感の強い男なので、こういう輩にはこめかみの辺りがひくつくばかりだ。
【……そうか！！お前ら、草間の回し者だな！！？】
【今年も邪魔をしてくれるか、お前ら！！】
「邪魔をしてるのは貴方達でしょう」
飛び掛ってくる霊たちを物ともせず、弧月が軽やかに急所を狙う。対する光波は攻撃を受け傷を負いながらも、それを感じさせない気迫で霊を投げ飛ばした。元々バレンタインに縁が無く嫉妬や嫌悪から集まってきた霊共だ。頭は働けども攻撃には弱い。それも物理攻撃など受けた事も無いような者達、それは二人の敵ではない。
【――ッチ】
腕がたつといえるのは、最初に現れた青白い顔の男だけ。それも彼がこの霊達の親玉らしい。男は舌を打つと
【引くぞ】
それだけ言って消えた。
その後を順々に霊が続く。
「あ、待て、ズルイぞ……」
しかし光波の言葉に耳を貸さず、霊達はあっさりと姿を消す。
後に残ったのは弧月と光波、それから、砕き割られたチョコレート。
魔の一週間三日目、どちらにとっても苦い一日だった。
●四日目●
四日目、光波は休みを取っていた。七日間といえど流石にぶっ通しで働くわけにはいかず、四日目は弧月が、五日目は光波が仕事に出る事になっていた。
そんなわけでこの日、菓子店に光波の姿はない。
その代わり、両手では足りないくらいの霊達が店を取り囲んでいた。
だが霊達は店を、またチョコレートを襲う事無く、弧月だけを狙って攻撃を仕掛けてきた。
【邪魔者を排除するのが一番だ】
言うのは青白い顔をした男。弧月の黒い瞳を縁取る睫毛が僅かに揺れる。
「それならそれでイイですが」
男の手から放たれる炎と、左右前後から襲ってくる霊達を軽やかな足取りで避けながら、弧月は言葉を紡いだ。
「一体何の為にこんな事するんですか」
【お前には関係ない】
【ウザイだけよ！！】
青白い顔の男以外は戦力外とはいっても、これだけ数が多いのには弧月とて困る。その数を減らしながらも、弧月の肩が大きく弾み出していた。
【ふん。疲労は感じるらしいな】
男が冷ややかな視線を向けながら言う。
「当たり前でしょう。俺は人間なんですから」
途切れ途切れに続けながら、弧月の足が力なく折れた。倒れこむのをすんでで交わし、男をキッと睨み据えて。
「だから一発で終わらしてもらいますよ」
男が炎を放とうと手を構えた瞬間、弧月は一歩を踏み出し男の腕を外側に押し広げ、ローキックをお見舞いした。ガードした腕もろとも、男は吹っ飛んで消えた。
●六日目●
二人の活躍のおかげか、四日目・五日目のチョコレートの被害はなかった。その上に被害を被った地域からの客の増大で、菓子店の店主は大喜び。
この日の二人には、店一番のチョコレートが振舞われた。
これには弧月も光波もかなりご満悦である。
霊の気配もナイままで、六日目は昼過ぎまで何事もなく過ぎた。
●●●
二時を過ぎた頃、一人の女が店を訪ねて来た。
その女に二人は見覚えがあった。草間興信所を訪れた際、そこに居た女だ。偉く美人だったので覚えている。
「こんにちわ。調子はどう？」
シュライン・エマと名乗った女に聞かれて、光波が以外にも照れた様子で答える。
「いや、あの……大丈夫です……」
どうやら美人に弱いらしい。弧月の方はいつもと変わらず、
「シュラインさんは、どうしてここへ？」
シュラインが両腕に抱えた紙袋に視線を注ぎながら、黒い瞳を細めた。中身は何となく予想が出来ている。
「チョコレート、ですか？」
「ええ、そうよ。良くわかったわね」
何故チョコレート？と首を傾げる光波を無視して話は続く。
「何の解決にもならないんだけどね。私って霊能力があるわけじゃないし……だけど、何か手伝いたいじゃない。だから、幽霊達にチョコレートを配ってみようかと思って」
「――へぇ……」
「手作りなの。はい、二人にも」
そう言って、シュラインが紙袋から包装紙の包みを取り出した。リボンを結ばれた、小さな箱だ。
「予算の関係上、これ以上大きいのは無理だったんだけどね」
「あ、あ、ありがとうございます……！！」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
味の保障は出来ないんだけど、と付け足してシュラインは微笑んだ。
●七日目●
シュラインの思惑は、半々といった感じだったが実現した。実際六日目の夜には、霊の役半分の気を静める事が出来た。
「まだまだチョコレートはあるわよ！！」
七日目に弧月と光波の前に現れたシュラインは、両手の紙袋を持ち上げて言った。二人はそれを驚嘆の思いで見つめるだけ。
シュラインの考えた事は男である自分たちには考えられなかった事だ。どうしたら霊達を静める事が出来るかではなくて、どうやったら撃退出来るかを考えていたのだから。
だがしかし、チョコレートに傾かない輩も多くあった。
青白い顔をした男がそれの筆頭だ。どうやら彼らはチョコレートやバレンタインを憎く思っているわけじゃない。
【ふん。そんなものはどうだっていい】
懲りもせず表れた青白い男は、弧月の問いにその様に答えた。
今日は２月１４日、バレンタインデーなのに俺らの前に居ていいのか？という問いに。
【バレンタインデーなど元々興味ない】
確かにチョコレートより邪魔者を優先するあたり、そうなのかもしれない。この男は他の幽霊達とは考えが違うようだ。
「で、懲りずに俺らの相手かよ……」
【そうだ。お前らとは二勝二敗一分け。今日が最後だからな】
「……なんでそこまで拘るんでしょうかねぇ……」
弧月はやれやれ、と頭を振った。男の言う二勝とは二日目、三日目。二敗とは四日目、五日目、昨日が一分け。それは確かに弧月とて感じていた、何となく喜べない事柄ではあったが。
だからといってここまで固執はしない。
弧月と光波の大きなため息に、男はその日初めて笑顔を見せた。それは決して清々しいとはいえないものだったが、二人には何故かどこまでも綺麗なものに見えた。
そうして襲ってきた男に、容赦なく鉄槌は下された。
●ＡＮＤ……●
都内某所の菓子店。魔の一週間が過ぎた後のその店に、何故か光波の姿があった。
臨時アルバイトは確か、魔の一週間の七日間。
それは、自業自得の結果。
全てを終えた七日目の夜、それは発覚したのだ。倉庫の隅に置いてあった未開封のダンボール。不恰好に貼られたガムテープを不思議に思って剥がしてみれば、中には砕かれたチョコレート。
一日目の在庫整理で光波を襲った衝動は、形に表れてそこにあった。
こうして哀れ光波は、この後一週間菓子店でタダ働きとなったのである。
終
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【1582 / 柚品・弧月（ゆしな・こげつ）/ 男性 / 22歳 / 大学生】
【1623 / 竜笛・光波（りゅうてき・みつは）/ 男性 / 20歳 / 大学生】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、ライターのなちと申します。この度は【幸せなバレンタインデーを過ごすには】に発注くださり、ありがとうございます。
バレンタインデーをとっくに過ぎた今ですが、ハッピーバレンタイン！！！！(かなり無理がある)
流石に七日間を詰め込む事は出来ずこんな形となりましたが、楽しんでいただけたら幸いです。また、プレイングの内容により、光波様、弧月様とシュライン様で行動が分かれるという状況になっております。各位のモノをお暇な時にでも見ていただけたら、全体像が見えるかもしれません。
苦情や意見などございましたら、ぜひお寄せください。
それでは、今回本当にありがとうございました。
またどこかで会える事を祈って。
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