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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


「なにか」の正体

古くに文献をさかのぼり、ゴーレムという言葉を調べてみればこう書かれているはずだ。
「名前を持たない、不確かな存在」
ある日、アンティークショップの店先にバイト募集の広告が貼られた。
「名付け親、求む」
なんとなくふわふわしたゴーレムは名前を欲しがっている。自分が何物であるかを知りたがっている。

「アンティークショップ・レン」は表通りに背中を向けて裏通りに入り口のある、偏屈で小さな店である。だがカウンターの脇にある階段から地下へ降りていくと、倉庫は意外に広い。ゴーレムたちはこの倉庫の中に詰め込まれ、大きな固まりになったりもしくは離れたりしながらゆっくり動き回っていた。
「あら可愛い」
一つの白い固まりに向かって呟いたのは綾和泉汐耶。汐耶の後ろにくっついてきた小柄な中藤美猫はきょろりと瞳を動かして倉庫の中を見回している。
「申し訳ありませんが、通していただけますか」
二人の後ろから、柚品弧月に肩を借りるようにして降りてきたのはセレスティ・カーニンガム。足が弱く普段は車椅子生活だから、階段を使うのは苦手だった。
「大丈夫ですか」
偶然降りる順番が前後したため肩を貸しただけだが、弧月は心配そうな表情を浮かべている。サイコメトリー能力を持つ弧月はたまたまセレスティの車椅子に触れ、セレスティがもう随分長い時間を生きてきたことを感じ取っていた。そしてその長すぎる時間がセレスティに稀な倦怠感を与えていることも気づいていた。
「あいつらがゴーレム?」
最後に階段を下りてきた草壁小鳥は極めてぶっきらぼうな口調で、女の子らしくないと子供の頃から叱られつづけ反発が染みついてしまった、そばにいた汐耶に質問する。
「そうらしいわね」
「じゃ、アレに名前つけていいんだね。・・・・・・そうだな、アンタ、ミクロラプトルの頭蓋骨」
手近な一体を指差して、小鳥が宣言する。と、そのゴーレムは白い煙をたてて本当に頭の骨になってしまう。
しかし誰もミクロラプトルがなんなのか知らなかった。小鳥は面倒くさそうに図鑑の説明をそっくりそのまま繰り返すとそのまま背中を向けて、別のゴーレムにもミクロラプトルのなんとか、と名づけていた。どうやら骨格標本でも作るつもりらしかった。
「私たちも仕事を始めましょうか」
小鳥の自己中心的な、いや熱心な行動の横でセレスティが一つのゴーレムを捕まえる。
「そうですね・・・・・・。君は置時計になってはいかがでしょう?」
ゴーレムはセレスティの言葉通り文字盤の周りに細かい模様が彫り込まれた木製の置時計に姿を変える。
「名前を与えればああなるのですね。それは、面白い」
続いてゴーレムを手にとったのは弧月。
「それじゃこいつ、九谷焼の壷になれますかね?」
試すような口調で弧月が名づけると、ゴーレムは色絵装飾の美しい壷に変わったが、なんだか違うように感じられた。五彩の深み、筆の走りなどにどこかおどおどした自信のなさが窺える。まるで本物を目の前にして作った複製のようだった。
「おかしいな・・・・・・」
弧月が壷をしげしげと見つめる横で、汐耶がくすりと笑う。
「おかしいのはあなたのほうかもね」
「どういう意味ですか?」
「あなたが変化した後の姿を頭に浮かべず名づけたってこと」
言葉を口にすることなら誰にでもできる。だがそれが本物になるためには言葉の中に具体的なイメージを植えつけなければならない。
たとえばゴーレムに向かって「爆弾に変われ」と言うのは簡単だが、爆弾がどういうものかまで細かに心の中で念じなければゴーレムは爆弾には変わらない。
「でも、それでは既存のものしか作れないのではないですか?」
最初から頭にあるものだけを願わなければならないとすれば、人間は進化などしなかった。千年前の人間は月に行けるなんて信じなかったはずなのに、今の人間たちは月どころか今や火星を目指している。
「それは人間の持つ創造力ですよ」
たった今名づけた子犬を撫でながら、セレスティが美猫に優しい視線を注ぐ。童話に関係したものばかり名づけている美猫は「おやゆび姫」の乗った「チューリップのボート」を作り出したところだった。
「創造力とは目に見えないものを感じ、信じ続ける力なのです。私たちのように大人になっていくと忘れてしまう力ですが、それでも私たちにはまだ少しだけ残されているのかもしれませんね。この東京で暮らす、私たちには」
何が起きても不思議ではないこの街、東京。恐怖と夢とを兼ね備えている場所は人間に微かな進化の希望を残している。
「信じてみるのね」
「・・・・・・」
弧月は別のゴーレムを一体手に取ると黙ったまましばらく見つめつづけ、そしてようやく覚悟を決めたように
「備前焼の、皿を」
と呟いた。すると真っ白なゴーレムは少しずつ赤味を帯びてゆき、四角く平らに広がり、表面にはぷつぷつと胡麻が浮いてきた。ざらざらとした、備前焼特有の手触りが感じられるようになる。
「見事な皿ですね」
「ええ」
自分自身が土をこね、焼き上げたような感動を覚えつつ弧月は皿を眺める。
ところで、三人の向こうでは小鳥がたった一人で黙々と、ミクロラプトルの骨を集めつづけていた。しかしそれではアルバイトにならないと汐耶が近づく。
「・・・・・・あの」
「ナニ?」
相変わらず小鳥は見向きもしてくれない。
「あなた、ミクロラプトル以外にもなにか名づけるべきじゃない?」
「あたしの勝手だよ」
「でもあなた、アルバイトでここへ来たんでしょう?自分の物のためだけに働いて帰るのって詐欺じゃないかしら?」
「・・・・・・ウルサイなあ。それじゃ、別の名前つければいいんだろ?・・・・・・そこのゴーレム、マンモス」
マンモスは言うまでもないが氷河期に絶滅した巨大な哺乳類、体長は平均して三メートルを上回る。そんなものがこの小さな倉庫に現れては一大事だ、いや、そもそも東京に現れること自体が問題だ。咄嗟に汐耶は小鳥が発した言葉の後ろにこう付け加える。
「の、敷物」
直後五人の頭上に巨大な、とは言っても本物のマンモスに比べれば大したことはない、毛皮が降ってくる。幸い全員が咄嗟に壁際へ逃げたので、セレスティは元々壁際の椅子に座っていたので免れた、毛皮の直撃は避けることができた。
「・・・・・・それじゃ、アンタはティラノザウルス」
さらに別の一体を指差すと、今度は美猫が汐耶の真似をする。
「の、ぬいぐるみ」
小鳥の手の中に茶色い、可愛らしいぬいぐるみが現れる。
「・・・・・・」
それから後は、小鳥が恐竜の名前を言うのに対し後の四人が言葉を続ける、そんな遊びがしばらく流行った。四人とも、自分の好みに合う品物を名づける合間に小鳥の邪魔をする。
「ディノニクス」
「の、貯金箱。それで、君は信楽焼きの茶碗」
「トリケラトプス」
「の・・・・・・そうね、ステンドグラスなんて面白いわね」
「ケントロサウルス」
「の絵が描かれたロイヤルウースターのティーカップ」
「セレスティさん、そんなものないですよ」
「面白いじゃありませんか」
倉庫の中はたちまちに、恐竜グッズ専門店かと見紛う品揃えに侵食される。悪趣味というべきか、なんというべきか。
「・・・・・・ま、こんだけあれば十分だよね・・・・・・」
そしていつの間にかゴーレムの数も減ってしまった。
「後三つですか」
「さんざんいろんな名前をつけましたしね・・・・・・。あとなにが残っているでしょう?」
アンティークと呼べる品は古今東西大体揃えたし、アンティークと呼べないものもうんざりするほど集めたはずである。これらの品が不思議な街東京に店を構える「アンティークショップ・レン」を胡散臭くさせるのはまず間違いない。
「あ、そうだわ。忘れてた。私の欲しいもの。二つで一つのブックエンド」
汐耶が声を上げると、三つのうち二つのゴーレムがふわりと煙を立てて、石で作られたブックエンドに姿を変えた。最後に残ったゴーレムは取り残された不安からか、どうしようもなくふわふわ飛び回っていた。
「最後の一体、君ならなんて名づける?」
「・・・・・・美猫ですか?」
残りの一体に名づける栄誉が美猫に与えられ、美猫はゴーレムに「ピーターパン」と名づけてみる。だがゴーレムはゴーレムのままで、変わらない。
「・・・・・・ピーターパンが本当にいるって、信じてるの?」
接着剤を使ってミクロラプトルの骨を組み立て始めた小鳥がぼそりと言う。
「はい」
「じゃ・・・・・・無理だね」
「どうして?」
「どうしてってアンタ、ゴーレムにアンタの名前つけられるの?」
確かに現存している人間をゴーレムに願ったとしても、ゴーレムがその人間に変化することは不可能だろう。もし可能なら同じ人間が二人できてしまう。
「・・・・・・そっかあ」
おとぎ話は空想の絵空事。けれどたまには本当が混じっているのかもしれない。昔から言い伝えられている噂も、嘘ではないのかもしれない。

「・・・・・・うちは確かに、アンティークショップなんだけどね」
「すいません」
にこやかに謝る弧月の前に並んでいるのは蓮の扱わない日本の陶磁器。だがアンティークショップというのは横の繋がりが深いので、古美術を扱う店にも知り合いはいた。あの店なら買い取ってくれるだろうと蓮は心中定めを入れる。
「で、アルバイト代だけどあんたはこの中からどれを選ぶんだい?」
「俺が選べるんですか?・・・・・・えーと・・・・・・」
鬼気迫る判断は早いくせに夕食を取るために入ったレストランなどではメニューを決めるのが一番遅い弧月。あの皿にしようかこの茶器にしようか、しばらく悩む。
「・・・・・・うーん・・・・・・」
散々考えた末に決めたのは、伊万里の赤がよく出た絵皿だった。あまり大きくないので学生の一人暮らしに飾るには丁度よかった。だが、絵皿に決めた後もまだ弧月は名残惜しそうに他の陶磁器を眺めている。
「あんた、意外と往生際が悪いねえ。そんなに欲しいのならあたしが取っておいてやるから、金をためて買いに来な」
「・・・・・・そう来ますか・・・・・・」
さすがアンティークショップのオーナー、商売人である。情にほだされもう一枚とはいかない。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1449/ 綾和泉汐耶/女性/23歳/都立図書館司書
1582/ 柚品弧月/男性/22歳/大学生
1883/ セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
2449/ 中藤美猫/女性/7歳/小学生・半妖
2544/ 草壁小鳥/女性/19歳/大学生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回はゴーレムの名づけ方に各PCさまの趣向が出ていて、
恐竜のことやアンティーク、陶磁器のことなどを調べるのが
大変ながらとても楽しかったです。
前回のシリアスなイメージとは一転して、今回の弧月さまは
優柔不断で少し損な性格、という感じになりました。
でも、やっぱりすごく優しい性格の方なのだと思います。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。