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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


お嬢様の番組の

「やった! 遂にオファー取り付けたでっ!」
「ええオファーって一体誰なんねーたんってげしたぼっ」
「何ぃぃっ! 鈴木局長の黄金の膝が神楽ADの顎にっ!? 何故こんな悲劇が、人間だからか! 人間は争う生き物だからかっ!」
「いや、ショタ好きゆえに恐怖症なあの局長に、ゴスロリの女装姿を見せるのはまずいでしょ」
 どうでもいいコント終了。
「んで、結局誰に出演依頼取り付けたん?」
 いつもの局長専属下っ端ファッション(普段着に膝枕ポイントカードを首に無理やりぶらさげたの)に着替えなおした神楽庄二が、彼が買わされてきたレタスサンドとミックスジュースを馬のように貪る鈴木恵に聞けば、「それはもう視聴率女として有名な、お嬢様やッ!」
 説明しようっ! お嬢様とは恵が住むバラエテ異界とは別の異界の、いや、別に異界って訳じゃないかもしれないけど、ともかくとある豪華なお屋敷に執事と供に暮らす、天下布武の達成者にすら我侭を貫くお嬢様なのである。詳しくはインターネットで調べてください。
「いやでも視聴率女って一回もテレビに出た事って」
「という訳で企画の方やねんけど」
 さらりと無視して恵、口元の食べかすを手の甲で拭いながら、
「どう転んでも数取れる鉄板の企画用意したさかい、20パーセント超えは高いでー」
「でも、そんな企画なんかボクらの局に」
 あったんとショタが聞こうとした時、電話がリーン。しもしもーとばかりに受話器を取った恵、は、
「なんやとぉ!? 出演予定やったボディビル集団が全員雪山で遭難ッ!?」
「なんの化学反応狙ったんねーたん!?」
 当初予定、筋肉と幼女の愉快な仲間達の構想は、この報告で脆くも崩れ去った。もしかしてどこかの執事が動いたかもしれませんとかどうとか。しかしここで諦める恵では無い、「ええい、必ず実行するんや! 出演者もとっくに用意しとるし」「けどねーたん、企画の方はどうするん?」
 その一言で時が止まる恵、だがやがて動き出し、
「出演者に考えさせる!」
 神楽庄二が時を止めた九秒の時点で、鈴木恵が止め返したとかどうとか。

 とかなんとか局内がフットボールの大会が行われている時期のアメリカのピザ屋並に忙しい頃、
「早く衣装を用意せぬかマサヤ! わらわがタレントとして駆け上がる記念すべき日なのじゃぞ!」
「お嬢様、どうかお考え直しを……」
 と、涙ボロボロ零して言っても、お嬢様が言う事聞くはずも無く。ただ無闇にツインテールのかわいさがしだれ柳のように揺れていた。風流じゃない。


◇◆◇


 これよりの語りは少し、タグッチートゥモローにより――
 ここに、紐で綴じられたレポート用紙がある。テレビ番組についての企画書だ。
 内容は、あのお嬢様が出演する番組だった。鈴木恵とお嬢様のノリが合致して生まれた、小さな世界の小さな奇跡の一つだった。
 バラエテ異界ゴーストTV。局が始まって以来の初めての他の異界との連動企画、スタッフの一人、おやつを三百円以上、買った。
 そしてGTVの主は、お嬢様を引き立てる内容をと考え出したのが、三人のマッチョとの戯れだった。彼女一人だけだが、最早、成功は疑いの余地も無い、そう考えていた、だがその時、電話が鳴った。
 ――ボディビル集団が、雪山に遭難した
 企画が頓挫した、そしてなにより、筋肉の戦士達の命も、極寒に奪われようとしていた。彼らの腹筋にうっすらと白い雪が積もるように、プロティンで鍛えた意識も最早風前だった。もう駄目だ、サイドチェストも出来ない。誰もが諦めを感じていた時、助けを呼び出す為に使った携帯が、今度は、鳴った。
 この物語は、雪山という牢獄に閉じ込められた二等筋を救う為に立ち上がった、一人の医者のドラマである。

 ――レイベル・ラブプレゼンツ
【プロジェクト×(バッツ)〜ROKKOU山死の咆哮〜】

 マッチョA役、海原みあお。
「どうしよう! 食料がつきちゃったよ!」
 ♪ 課長の歌すーばるー がぎぐげごーごー銀河ぁ

 マッチョB役、アイン・ダーウン。
「それならこのとれびーあんなボタンを餌にして、蛋白源を捕まえましょう!」
 ♪ アスパラ飲料のCMに出てたイラン人はどこにいったー?

 マッチョC役、雨宮和沙。
「そんな餌で何かが釣れる訳ってクマー」
 ♪ 見守られる事も無くー

「カットだ」
 その声で止まったのは白熊だけでない。マッチョ役だが別に肉襦袢も着けてない至って普通の姿も、レイベル・ラブの一言で止まる。彼女、白い肌に良く映える金髪と供に宝石が如き緑の瞳を携える、美しい《ストリートドクター》である。だが、内面の方はと言うと、その女神が如き肢体にどう詰め込んだか、電柱をポッキーのように折り、それを得物に最強の肉食獣TREXを屠れさえする筋力と同時に――雪山で遭難したボディビル集団の状況を、再現ドラマとして試みる発想力も、なんだか特異である。ただこれ再現ドラマというか、
「とりあえずここまでが携帯電話を通して把握できた状況だから、報告が入ったらまたこのスタジオに集合だ。その実話を元にまたドラマを作る」
 実況やないかというのは誰かのつっこみ。実際、お嬢様の魅力云々とは何の関係も無い企画だと。
 だが、全く関係が無い訳では無いのだ。まずはこの場所が、千葉の某テーマパークの面積も目じゃない、というかそのような遊戯設備がお嬢様個人の為に用意されている邸内の中の撮影スタジオという地理的な部分。
 そして、出演者がこのお嬢様のお屋敷の人物――
「あの、レイベル・ラブ様。私が言うのもなんなのですが」
 そう言ったのはとれびあーんなボタンに釣られてた白熊。だが、ここはある日の森の中じゃないが、それが喋っているのは別におかしくない。
 だから、レイベルは停止ボタンを押さず、「ここでこののような撮影をするよりか、皆様で、その、雪山に救出へ行かれた方が」
 しっかりと聞いた後、返事。
「貴方があのお嬢様を、ちゃらけた出来事に巻き込みたくない気持ちは解るが」
 それが喋ってるのはおかしくない。その白クマは、着ぐるみである。被っていたクマの頭を外して、サウナの熱さでは生まれない冷や汗をかいてるのは、お嬢様のお屋敷の、執事、マサヤ。天上天下唯我独尊のお嬢様に振り回されながらも付き従う、一目見れば女性と見まがう美青年だ。実際、この前まではスカートを履かされていた。
 つまりこの執事が出演者というのが、この企画に関係ある理由のもう一つ。だが、ま、なによりも再現ドラマとお嬢様のお屋敷との繋がりは、
「心配はいらん。どんなハプニングを仕込もうとも、きっちり下山はさせる」
 、
「主人思いのどこかの執事を、犯罪者にする訳にはいかないからな」
 ドラマの原因が、彼、という事である。
 そう、己の非について言われるとむぐぅと押し黙るしかないマサヤだが、彼の職務はお嬢様の世話。それは命を守ると同時、一般教養を身に付けさせるという事だ。だからあの筋肉集団との接触はなんとしても阻止したくて。言い訳にしかならぬとしても。
 だがどちらにしろ、お嬢様はとっくに出会ってしまったのだ。テレビ番組という彼女の天真爛漫な理不尽振りを加速させる出来事に。
(そもそも、この屋敷をテレビで放映する事態法度なのに)
 苦悩するのは何時も下僕、それを知らずにご主人様は。


◇◆◇


 この下のセリフだけ、タグッチートゥモローの真似により――
「雨宮和沙はアインを見て思った。ボディビル役なら、なぜ裸にならない。マサヤに対しても思った。着ぐるみを脱げ」
 邸内のスタジオをさっさと出て、邸内の無駄にでかい敷地を歩きながら、邸内でそう呟いた女性を、制服姿の少女が不思議そうに横目で見て、
「ねーねー、何独り言言ってるの?」
「気にしないでみあおちゃん、大人になれば解る話だから……」
 純粋な瞳にそう静かに語りかけるのは、雨宮和沙という名の女性である。とりあえず先に突っ込んでおくと大人になっても必ずしも解る訳では無い、というか解りたくないのでは無いでしょうか。
 だって、雨宮和沙25歳、178cmに黒髪を這わせ、赤い瞳で景色を射抜くが、別に性格が熱血で無く、かといって物静かという訳でも無い、その二つに分類されずにたたずむ貴方は、非世間一般で言う《腐女子》なのだから。実年齢13歳なれど見た目と性格は小学校低学年くらい幼いみあおが憧れるのは、どうかと思う職業、ていうか生き様である。
 かと言って、その道がけして間違ってる訳では無い。それは陳腐に言えば《彼女が彼女であれるから》である。
 雨宮和沙の生は常に耽美と供にあった。その覚悟は、男女の営みよりも男同士の絡みを優先する。その覚悟は、彼女は男と触れ合わない事を意味する――自分が《男》で無いからである。
 絶対的な種の保存を、あまりにも自然に脇へとやるその心。彼女にとっての至上とは、春の様に初々しい少年であり、それのコーヒーとミルクのように交わる触れ合いであり、別に年上でも構わない訳であり、むしろ好青年が美少年にあれこれも素敵であり、つまり、彼女の赤い瞳は常にその為に見据えられている。
 だがそうでありながら、一時に激情する事は無く、燃える事はあっても強く静かに。乱れの無いその男同士の紡ぎに対する姿勢は、電飾職人が今ここにいれば虹のように鮮やかな色彩で、腐女子よりも上級クラスとして《貴腐人》と掲げる事であろう。シャトーディケムのように完熟した、崇高なる頂きに上り詰めた女。
 だから雨宮和沙はとても残念であった。レイベルからこの企画を聞いた時、キミも同士かと心の中で呟いたセリフは、今や安寧の闇の中である。まぁでもいいや、それは私の番組をやればいい。自分の企画内容を頭の中で反芻した。やわらかな笑みを青い空の下で浮かべる。
「ところで、肝心の出演者の、獲物の、多分受けの、でも時に攻めかなぁ、の、アイン君は?」
「えーと、アインだったら」
 前半の部分を多分知らないゆえの幸せで聞き流したみあおは、目の前の方を指差して言った。
「あそこでお嬢様と一緒だ!」
 そしてその言葉と供に走り出す、理由は、二人が楽しそうだったからだ。
「ふむ! これはなかなか押し応えのあるボタンじゃなッ!」
「そうでしょう? 次はこのどこかの大統領がポケットの中に入れていたのを」
「あーみあおちゃん、そのボタン押すの阻止して。じゃないと、美少年達に核の雨が降るから……」
 さて、その言葉を聞いてやはり良く解らない侭、良く晴れた日の地べたに座り、二人だけのボタン品評会の場所へと、青い羽根を発動させたみあおが向かう間に、この二人の紹介へと洒落込もう。
 一人はご存知お嬢様。天上天下唯我独尊お嬢様の後にお嬢様は無くお嬢様の前にお嬢様は無い、ツインテールがとってもキュートなお嬢様なお嬢様である。ちなみに本名について触れた時も、彼女の心の強さ通称我侭が、周囲を津軽海峡の荒波に変える事もご報告。
 そして、小麦色の健康的なアイン・ダーウンについては、
「そういえば、案外誘い受けかものアインくんの番組はもう撮ったんだっけねぇ……」
 そのVTRで確認してもらうとして。


◇◆◇


 ――アイン・ダーウンプレゼンツ
【異界列島24時! 白昼の惨劇に、立ち向かう守護者達!】

 それはバラエテ異界のロケバスで、お嬢様のお屋敷へと走ってる時には欠片も無かった企画である。正門まで万里の長城なみに続く外壁を走ってる間、彼は別の企画を、シートを組み合わてお茶の間仕様にした車内で、菓子にも手をつけず熱弁しておった。
「ですから、とれびーあんなボタンをどれだけ押すか、ですよ! なんで却下されたか良くわからないんですけどね」
「けどそれ前やったばっかりじゃなかったけ?」と、彼と共演した職業中学見た目小学校低学年女子が言えば、
「いえ、ボタンを押す際のあの無駄なだんどりは省くのです」
「無駄なだんどり?」
 はてなを頭上に掲げた雨宮和沙が聞けば、「ええ、ボタンを押す前後にとれびあ〜んな知識をいちいち聞かなければいけないんですよ」
「それは番組の根本的な部分だろ」
 と、無双の能力はともかくこの面子の中では一番常識的そうなレイベル・ラブが、一般的な突っ込みをいれるが。そんなセリフこのボタンジャンキーの耳には馬への念仏。手元のボタンをマッハ5の能力を無駄遣いして16連射しておった。エコーがかかるボタンの音声。車内がそれに満たされながら、長い距離を経てお嬢様のお屋敷の正門に辿り着いた時、彼の番組はスタートした。
 最初に気づいたのは、窓から、壁の向こうのお嬢様のお屋敷を眺めていたみあおである。童話にでてきそうなお城の、壁面で防がれていない先端部分の光景を楽しそうに見ていた少女だったが、ふと目をやった、正門近くで見た物は――爆弾だった。
 あれ、だとか、え、とか言う暇も無く――黒いボールの形状をした、つまり漫画に出てくるようなその爆弾は、凄まじく爆発した。正門から20mの地点のロケバスが横転する程の衝撃、である。
 もみくちゃになる車内だが、人は乱れていなかった。「突然だねぇ……」特に雨宮和沙はどういう訳か―――まぁ説明すれば自らの身体を黒い霧に変え、みあおにより半開きになっていた窓から、とっさに脱出したからであるが。視覚の問題上5kmが限界の瞬間移動系能力だ――横転したロケバスの、上部に直立している。果たしてこれもテレビの演出か、そう考えていたら、足場が横に動いた。
 彼女の足場になってるロケバスのドアが、スライドしたのである。転ぶのは痛いので、もう一度軽く己の身体を黒い煙に変え、今度は地面で身体を凝結。再び現れた赤い瞳でロケバスを見て、すると、もぐら叩きよろしく二人の影。
「うう、痛いよぉ」頭に軽いたんこぶを作って目に涙を浮かべるみあおと、
「何しに出て行ったか、考えなくても解るか」一切無傷のレイベル・ラブ。セリフが気になったのは後者の方。「出て行ったって」
「ああ、音速の五倍でな」
 英訳するとマッハ5、それは確か車内で聞かれても無いけど彼が語った能力で。となると、
「とりあえず止めに行った方がいいな、貴方は今の能力で行けるからいいとして、問題は私か」
 別に走ったっていいのだが、相手は音速だからな……、と少し考えたら、
「ええと、追いかけるんだったらみあおが運ぼうか?」
 そういう能力が? と聞こうとした時にはすでに、目の前には青い天使――
 果たしてその造形は、永遠の彫刻でも見受けられるかどうか。雄大さすら感じる羽根をはためかせ浮遊する彼女、の、足をレイベルは掴んだ。ロケバスの中で目を閉じている運転手はほって移動を開始する。医者の見立てで、ただ気絶してるだけと判断してるからもあるが。
 さて、アイン・ダーウンとの会話の間に他の二人はうっかり気づかなかった、レイベル・ラブが少し焦る理由があった。それは、
 アインがその会話の流れの中で、時折、危険な香りを漂わせていた事だ。ただ雨宮和沙の場合、やっぱり攻めかな、とある意味捉えていた部分があるのだけど。


◇◆◇


 自分の家を荒らされて黙ってる人間は、うがい用の薬を健康ドリンクと勘違いし腰に手をつけて一気飲みする者と同じくらい少ないだろう。そうでなくても、お嬢様の守護者としての責務があるのだ。執事、マサヤにとっては。正門での異常はすでに耳に入っている、状況には対応するのが彼の役割。
 だから同時に、とても困っているのである。
「あの、お嬢様。私は少し急用が……」
「わかっておる」
「それでしたら、この用件は後回しにして欲しいのですが」
「それはならぬ」
「……何故でしょうか」
 無駄な所為だと解りつつ一応聞けば、「今日はてれびきょくがやってくるのじゃぞ? その前で、わらわが敵から逃げる姿があってよいのか?」
 ええとつまりそれはまさかー。マサヤの聞きたくない答えを、お嬢様は聞かれずとも。
「わらわも侵入者を撃退するのじゃッ」
 とても快活に言い切りました。お嬢様、勧善懲悪の道を突っ走る方。「その為にはわらわの必殺技、ねこ手ぱんちをパワーアップせねばな」
 フッフッフーとほくそえむお嬢様。つまり、マサヤは練習相手である。この方の突拍子も無い宣言に、振り回されるのは今に始まった事では無いが。
 仕方なし、自分の本来の仕事はあくまでお嬢様の補佐。侵入者への対応は屋敷を巡回する仕事仲間に任せるかと、マサヤは深いため息と供にそうあきらめた。



◇◆◇


 冗談みたいに莫大な富は、絶大な権力としても機能する。その理屈で言えばお嬢様のお屋敷の存在は、贔屓目に見ても政府に匹敵するだろう。なにせ金持ちの指標の一つであるプールだけで、流れたり滑り台だったりしょっぱかったり波があったりトロピカルだったり流氷だったりと、確実に三桁は超えているのであろう。お嬢様個人の為だけに、各種テーマパークがある屋敷だ。
 まぁ何が言いたいかというとお嬢様はものごっつ金持ちで、そして、
 その富はよからぬ輩に目を付けられる、である。
 先ほどの正門での爆発もその輩による物、手順の始め、正門にて騒動を起こし、本隊は裏口等から侵入する陽動作戦。そしてあらゆる地点で騒ぎを起こし、混乱に生じて火事場泥棒――ただし金でなく、この家の主を。
 空のように広い屋敷におけるもろもろの権利の保持者が、たった10才の少女なのだ。良心さえ捨てれば無料販売所並に持ち帰り自由。だから、二ヶ月程度の準備期間をもって、計画を実行したのだが――それこそセキュリティとかもきっちり解除したのだが、武装等もなるたけ奪ったのだが、
 警備の本来の戦力が、人間であった事が彼等の誤算である。
 いや、それを人と呼べるかどうか? テロリストの一人は錯乱しながらマシンガンを撃っている。それも笑顔で。ただし、喜びの意味ではない。
 現実を夢にするという、子供が抱く憧れの逆ベクトル、逃避。
 だがそれは嘘でなくきっちりとして機能していた―――マシンガン、それより放たれる銃の雨霰に対し、
 18才の男は目をつぶり、酔っ払いのように避け、
 小麦色の肌の男は目をつぶり、ハンドガンを抜き、
 礼儀正しい男は目をつぶり、スミス・アンド・ウェッスンのM500、
 乱射する――

 すると、全てが上手く行く。
 マシンガンを持っていたテロリストの命以外の物全て、狙撃された。

 ゆえに不逞の輩はまるで罪の罰のように、激痛を二秒程深く。その後は気絶である。ゆえに知れない、今マシンガンの攻撃力を目を閉じるハンデをつけ切り抜けたのが、
 お嬢様のお屋敷の警備でもなんでもない、アイン・ダーウンである事。
「あれ、うまく行きましたね」
 目を再び開いたアインの言葉も聞こえない。目の前で倒された人間をみつめるのは彼と、その彼の手に携えられているハンディカメラ。カメラマンさんが来るまでは、収録は自分でやっておきませんとね。アイン・ダーウンが一瞬で考えた番組の名前は、
「せっかくのかくし芸なんですから」
 冒頭の【二十四時云々】で無く、【ただの春隠し芸】だった。だがこのアインの特技の場合、あえて陽の光に浴びせずとも良かったかもしれない。なにせ彼の場合、
「あれ、弾が切れたみたいですね」
 という状況に、今倒したばかりの敵の仲間が背後に現れようとも、
 その仲間が銃を撃った瞬間、背後に居るのだから。
「あ、俺の銃と同じですね。弾丸もらいますよ」
 そう言ってにこにこ笑いながら拳銃を取り上げ、弾のみを押収するアイン。言葉を失った彼に礼儀正しくおじぎをした後。再び目をつぶって発砲。瀕死、また一つ完成。
 その後も、ただひたすらに銃の乱射である。お嬢様のお屋敷へと襲来してきたほとんどが、彼によって撃滅される。ちなみに、その脅威から僅か逃れて、または通り過ぎて邸内に侵入しようとした者も、


◇◆◇


 十五分の長い長い努力の末。
「よし、特訓は完了じゃ! それではマサヤぐそくをもてい、わらわは出陣するぞ!」
「あのお嬢様……報告によると、侵入者の撃退はもう終わったみたいですが」
 と、とっくに屋敷でお仕事してる人たちが片付けたと。それを聞いてお嬢様、暫し固まった後、
「てりゃー!」
「はがっ!?」
 八つ当たりとしてマサヤの顎に真! ねこ手パンチを。ちなみにねこ手ぱんちとは猫の手のように拳を握り猫のように相手を殴る打撃技である。行使するのが子供とはいえ、ちと痛い。
「ええい、それではわらわの雄姿がテレビに映らぬでは無いかッ!」
「で、ですからお嬢様。テレビ出演という考えはやめに致しましょう、幸い……じゃなくて残念な事に、テレビ局の方もここに来てる様子はありませんし」
「えー、ちゃんとみあお来てるもんッ!」
 ………、
「お嬢様、腹話術とかご勉強なされたのですか?」
「そのようなものわらわは知らぬ」
「だとしたら、変わった携帯の呼び出し音」
「なんとか現実から逃避しようと見受けられるが、」
 今度はさっきよりしっかり聞こえた。警護体制も万全の、お嬢様のお部屋に侵入者が――
「良い身体っぽいねぇ……受けのカテゴリーに入れるのが一番かな」
「なッ!?」
 歴戦のマサヤに気取られぬ事も無く、彼の背後に雨宮和沙。彼女の能力がそういう物であるから、それは致し方無いとしても、
 小学校低学年の女子と、金髪の美人をお嬢様の近くに立たせるのはどうか。
 目を凝らせば、普通に開かれているドア。……なんとなく廊下では、警備の人間が倒れてそうだが。
「ああ、手荒な事はしていない。少し薬で眠ってもらっただけだ」
「……それは十分手荒な真似だと思いますが」
 背後から注がれる怪しい視線にびくつきながら、レイベルに返事する。「蒸気として吸引するタイプだから、身体には優しいが?」いや、薬の効果とかじゃなくて。
「お主の名はみあおと申すのか、よし、褒めてつかわす」
「ねぇねぇそれでお嬢様の名」
「って、みあお様ッ!」
 今聞いたばかりの名前に様付けをして止めに入るマサヤ、彼女の真実の名に触れし時の残虐はまた別の話として、「お嬢様ッ、どこの者かわからぬ輩と、仲良くなっては」
「どこの者かわからぬはずが無いとは思うが?」
 レイベルが、ソファに無断で腰掛けながら、
「調査という行為を欠かしていたなら、雪山で筋肉が凍り付いてる訳は無いはずだ」
 その言葉を聞いて。
 全てを、つまりお嬢様の番組出演を阻止しようとした自分の行いを、知られている事に冷や汗をかくマサヤ。そんな彼にみあおと戯れているお嬢様がふと聞いた。
「そう言えばマサヤ、この者達は何者じゃ?」
 マサヤは観念した。「……テレビ局の方々です、お嬢様と共演する」
 その言葉を聞いて殿様のように顔を輝かせるお嬢様、「おおお主達がかっ! 今日はわらわの為に大儀であるッ」
 お嬢様は時代劇口調を腕を組みながらまくしたてる。雨宮和沙はもし真実がお嬢様は実はお坊ちゃまで今の姿も女装だったらと静かに妄想する。みあおは実家とは比べ物にならない豪華な部屋に目を輝かせる。そして、ソファに座ったレイベルは、
「弱みを握った相手への脅しという訳では無いが、」いや、十分脅しだって。
「もう一人の出演者を、力ずくで止めて欲しいんだが」
 マサヤは、ある意味お嬢様と同じくらい手のかかる出来事に、海より深く方を落とした。


◇◆◇


 遠からん者は音に聞く、近くば被害者の一人になる。
 アイン・ダーウンという台風は確かに、お嬢様のお屋敷への侵入者も倒したのだったのだが、お嬢様のお屋敷での従業員達にもその被害を。一言断っておくが、彼らはそこらあたりの凡百では無い。屋敷内を歩き回る彼らの姿は、圧倒的な武器などは身につけていないが、それを補う戦闘力は充分に有している。
 だからアインの行動をやめさせられない理由としては、彼が目をつぶってるからだ。
「おかしいですねぇ、鼠は何匹も潜んでるはずですが」
 普通に銃を撃つのなら、目標は正確無比、つまり、予想は出来る。予想が出来るのなら、心臓一つを賭けに使えば、状況を好転に向かわせる事は難くとも可能だ。だがしかし目を瞑っていられては、四方八方にそうされていては――
 近づけない、のである。心臓を奪われるか無傷で終わるかの二者択一より、確実に怪我をする事の方が彼等の頭を悩ませる。ともかく、別にお嬢様が近くに居ない事も重なって、彼らの作戦は篭城であった。……ただし、男は補給物資の上に居たけど。しかも弾込めの動作に一秒もかからないし。
 あの弾薬の量から見るとあと三十分か。しかもそれからが問題だ、あの男は銃が無くても強い。どうやって取り押さえると、待ち時間の間に物陰に隠れていたメンバーは相談していたが、唐突に、銃の雨がやんだ。
 ……おびきよせる為の演技か? 警戒しながらそこを除けば、
 地面に土下座するような体勢、目線の先である地面には、ファミコンのコントローラー。しかも赤と白のツートンボディの初期型である。そして初期型であるがボタンは十字キーは換算しないとしても、ボタンが四つで幸せ四倍、アインは全身全霊をもってスタート上上下下右左右左BAスタートをエンドレスで実行。余りの美感触に指がだるくなった所で、セレクトボタンを押し、再びボタン同士の対決に促すという寸法だ。もっと解りやすく言えば串カツの合間に食べるキャベツ。
 今やすっかりボタンの虜のアイン、だが、
 拳銃をすっと奪われた時には、その奪った者へと目線を、「それは私の物なんですが」
 だがボタン連打はやめない青年に、マサヤはやはり思った。この人達とお嬢様と接触させてはいけないと。いまさら何を言っても遅いのだけど。
 情報に基づいて囮につかったコントローラーはくれてやるとして、銃弾という脅威はとりあえずこちらの手に。と言ってもこの人の場合、それ以前に強いのだが。
 とりあえず、仕事は果たしたのだから、
「レイベル様」
 遠巻きで、ああそんな単純な手があったかと、今のマサヤの仕事ぶりにそれなりに感心していたレイベル。ちなみに雨宮和沙の行動は言わずもがななので略。
 ちなみに、最初からアインを包囲してたお屋敷の別の警護役、再び散っていってた。仕事に忠実なのである。っと、話を戻して、
「約束は果たしたのですから、こちらの願いを聞いて欲しいのですが」
「私達をこの屋敷から追い払いたいと」
「ええ、まぁ」
 再三繰り返している願いである、のだが、
「しかし、そちらから関わって来るなら、つきあわなきゃいけないだろ?」
 はてさてそれがどういう意味かは、耳に届いたこの言葉で、
「神妙にお縄を頂戴するのじゃー!」「のじゃーッ!」
 お嬢様の声、示す動作は、ボタン中毒の背後から一撃必殺ねこ手パンチを、なんとなくノリで便乗したみあおと供に繰り出す事。十五分という長い月日の集大成を、今ここにっ! 少女達から発せられる正義の心と風圧を、背中で感じたアインが、
 振り返る。
 刹那。
「……んむ? 身代わりの術か?」
「………違いますお嬢様」
 頬に良いのをくらってたのは、マサヤだった。
 直前の景色からは余り予想出来そうに無い景色である、少女達のダブルパンチから、アインをマサヤがかばったのは。
「お嬢様……背後から声を出して襲い掛かるのは、漫画やテレビの世界だけですので……。普通そんな事したらバレてしまいますから……」
「でもアインの場合、声出して襲いかからなくても、気配で解るよね」
「………それが解ってるならみあお様、お嬢様を止めてください」
 マサヤはアインをかばった。これが真実なら雨宮はこの二人の関係を、マサヤ×アインとする所だったが、……それは良く目を凝らせば違う。
「あれ……」
 マサヤとアインの身体の間には、やりとりがあった。
 アインの手を、マサヤの手が握っているのだ。
 そして、少女達が、正確にはお嬢様がめざとくテレビカメラをみつけ、おおはしゃぎでそれに走っていった後、マサヤは手を離して、「気をつけてくださいよ」
 音速の五倍は手を容易くナイフに変える、と。アインに言った。
「……いや、えっと」
 その音速の五倍から、《お嬢様を被った》男にアイン、流石に少しは驚いて。
「すいません、俺こういう風に出来てるから」
 と、子供相手に殺意を思わずに向けてしまった事を謝った。「謝罪はいりません、私が願ってる事は」
「冬の山は寒いだろうな」
 レイベルの声に、ギクゥとする。次のセリフを予想出来たからだ。
「例え鋼の筋肉を鎧として纏っていてもな」
 弱味とは一度握られると、一生つかわれてしまう物。こうして、冒頭のくだりに続く。


◇◆◇


 さて、時間の流れを元通りにして。
 前述の通り、雨宮和沙は貴腐人である。当然番組の内容もそれにならう。よって、
 アインとマサヤは水着姿だった。
 本来の男性のサービスである、女性の水着姿は一つない。このサービスは女子の、腐った女子の為にあるのである。つまり番組名は、

 ――雨宮和沙プレゼンツ
【男だらけの水泳大会 ドキッ☆ポロリもあるよ!】

 という訳でここはお嬢様のお屋敷にあるプール。しかしそのスケールは、ちょっとしたテーマパークである。とりあえず土俵のようにくりぬかれた丸いボートの上に立たされた二人。その内のマサヤが、
「すいませんポロリって一体」
「知らないっていう幸福もあるよね」
 答えになってないようで答えになってる言葉が、屋敷の技術力とゴーストTVの大道具スタッフのコラオボレーションによって、十五分の作業時間でありながらバリアフリーも完璧に仕上げられた高見の見物席より落ちてくる。メンバーは皆女性、彼女達の手元にはフルーツのタルトに炭酸コーヒー等の嗜好品。とても優雅な一時である、ただし、
「見ものが男の水着姿というのはな」
「素敵だよねぇ」
「何処がだ」
 人の趣味にどうこう言う気は無いが、私の趣味では無い事を一応示しておくレイベル。みあおとお嬢様の場合、今繰り広げられている物が今一解らないので、美味しいお菓子をただモグモグと食べていた
 上は天国下地獄、割を食ったのは男達である。
「しかし、これから何をするんでしょうか? 水中にあるボタンを見つけるとか」
「何故そこまでボタンに執着するんですか?」
「何を言ってるんですかッ、食欲があるようにボタン欲があるのは人間の必然じゃないですかっ。まぁ俺は完璧には人間じゃありませんけど」
 哲学の教科書を見返しても、そんな欲は無いと思う。
 だが、雨宮和沙の欲については、マサヤは冷や汗をかきながら察していた。しかもよりにもよって自分が生贄とは。古代ローマのコロッセオで奴隷達同士に殺し合いをさせるようなこの仕打ち、(ともかく、タイトルから考えると何かで競い合う番組のはずだから)適当な所で気絶する振りをするかと、マサヤ。茶番には付き合っていられない。
「あ、それじゃカメラ回して」
 和沙が番組スタッフに指示を出す。すると彼女達の足元にあったモニターに、マサヤとアインのアップが交互に写り、そして例の番組名のタイトルロゴが、拡大縮小を繰り返して画面の中を飛び回った。安物の番組風である。
 そして何処からか響くドンドンパフパフの効果音、そして、雨宮和沙がマイクを取り、
「あーマイクテスト、本日は耽美日和だねぇ」あんただけがな。
「永久保存版の番組にようこそ、ビデオは勿論標準録画、後世に伝える遺産になるから」伝えないでください。
「と言う訳で、第一回目の競技は」
 そこで新たな効果音、ジャンジャジャーン、の後に、
「水上プロレス」
 ……予想通りの内容だなぁとマサヤは思った。まぁいい、さっさとリングアウト負けしよう。そんな思惑の中で、彼女はルールを説明して行き、最後に、
「優勝者は世界のボタン百選を」
 アインの目の色が変わった。「ええッ!?」
 猪のような突進でダウンを狙ってくる所を、マサヤはギリギリで交わす。プールの水中に落ちる、かにみえたアイン・ダーウン。瞬発力を道具にして、水を床にした。そのまま戻ってくる。
「ちょ、ちょっと、アイン様!?」
 水上ボードという足場が地震のように揺れる中、殺意を宿らせた目のアイン。ボタンの事になるとこの男の視界は極端に狭くなる事を、マサヤは改めて思い知らされた。
 そんな血脇肉踊り汗も舞う男達の戦いに、
「ええい、何をやってるかマサヤッ! もう見てられぬ、わらわが参ると」
「駄目、お嬢様。女が混ざったら意味ないの」
 その言葉の意味、《男同士の戦いに口を出すな》という意味じゃなく、《男同士の甘美な一時に女は不純物》である。とことん素敵に腐ってる女人を横目で見た後、レイベルはとりあえず、寝た。
「あ、アインがマサヤを倒した」
 アップルパイをパクつきながら、みあおが実況する通り、ダウンを奪われたマサヤ。これは本来彼が望んだ速やかな敗北を意味するのだが、
 殺されにかかってるとなると別です。「だからアイン様ッ! ここまでしなくていいんですよ!」
「すいません、だって俺、マッハ5だから」
 何の言い分やねんそれ。とにかくアインの手はマサヤの首を絞めようとしていて、必死に抗うマサヤ、腹と腹が接触し、互いの顔が間近に迫りという状況に、雨宮和沙、再びマイクを取り。
「人ノ夢」
 は?
「今や世界の器を満たすのは二人、それ以外は全て、要らない現実だった。ああ、彼の手が蝶のように舞う。それに応じて若い身体は、ランプの光のようにゆらめき」「何のナレーションを付けてるんですかッ!?」
 朗読してるのは、また怪しげな小説。ちなみにこの演出でブラウン管の向こう側から、青色や黄色やどどめ色などの様々な悲鳴が飛んだとかどうとか。
 はっきり言って末代の恥である。なんとかこの最悪を切り抜けなければ。瞳にボタンを宿しているアインの手に対処しながら、思考を巡らせ、
 ――あまりに単純な解決方法に行き当たった
「ギブアップ」
 静かに、半分笑いながら呟く。
 ゴングの代わりに雨宮和沙の舌打ちが鳴った。

 とー、言うー、訳、でー。

 プールサイドに泳ぎついたマサヤは、そのまま近くにあるプラスチック製の椅子に座った。僅かな間であったが、悪夢のような一時。しかも、心の傷として残るならまだ己の内だが、これがブラウン管に写るとなると……。公共の電波には乗りにくいらしいと言っても、とても絶えられる事実では無い。
(本当に、なんとかしないと)
 証拠隠滅の為に動かなければ、そう思った時、
「ええ、それでは十番勝負の一つが終わったので」
 へ?
「二番目、ロッカーサイズのサウナでの我慢大会に移りたいと思います」
 ……最早、水着関係ないじゃんと突っ込む気も、ボタンパワーで無駄にやる気になってるアインを見ると無くなって、
 執事のマサヤは逃亡を開始した。
「お嬢様、マサヤくんを捕まえるように指示出して、あ、男限定で」
「おう!」
 てもちぶさだった彼女に仕事を与える雨宮和沙。この追走劇もみあおに上空からカメラできっちり撮影して、先ほどのプロレスの画像と組み合わせ、【美少年アレな危機からの脱走】という形で編集したそうな。個人コレクション。


◇◆◇


 二度ある事はサンドアール、タグッチートゥモローにより――
 マサヤがアインの手によって再び捕まって、いい加減、お嬢様の手前本来の力を控えていた彼の堪忍袋の緒が、危うく切れかけそうになった時、レイベルの携帯電話が鳴った。電話の相手はご存知、マッチョ。
 筋肉達磨達は言った。お腹が空いて力が出ない。
 レイベルは言った。安心しろ、すぐに救援物資を届ける。
 その後の対応は迅速だった、お嬢様のお屋敷から、ヘリが一つ飛んだ。希望の鳥を見送った後レイベルは言った。スタジオに戻るぞ。
 再現ドラマの為であった。寧ろ、実況ドラマの為であった。水着よりかはぬいぐるみの方がマシと思ったマサヤに、みあおは言った。次はみあおの考えた番組だから、マサヤとお嬢様は先に現場へ行って。どちらにしろ雨宮和沙の掌からは逃れられると、マサヤはそれに従った。舌打ちが鳴った。
 ともかく。これは雪山で凍える三角筋の為に奔走し、てか救援物資届けるヘリが吹雪ん中でも行けるんだったらそれで助けりゃいいじゃんという突っ込みはそれだと番組的につまらなくなると受け付けない、ある一人の医師の物語である。

 ――レイベル・ラブプレゼンツ
【プロジェクト×(バッツ)〜ROKKOU山死の咆哮〜第二部】

 マッチョA役、海原みあおが言った、
「寒いね」
 マッチョB役、アイン・ダーウンが言った、
「ああ、寒いね」
 マッチョC役、雨宮和沙が言った、
「虫が鳴いてるね」
 全員台本を棒読みだった。
 雨宮和沙の野望が行使されてる内に、人工雪すら降るよう改良された撮影スタジオ。防寒服も着ぬ侭に演技する三人だったが、レイベル・ラブは、ぬくぬくだった。で揃えた防寒具と、不思議なポッケに匹敵する魔法のおかげだった。
 だが、三人は相変わらず、寒かった。
「うう、みあお、なんだか眠くなってきた……」
「マサヤ君が居たら、アイン君と裸で暖めあわすんだけどねぇ」
「それじゃ雨宮さんは凍えた侭なのでは?」
 アイン、本来の意図に気づかず、普通の受け答えだった。熱い地方に生まれた身体が、しんしんと冷えてくる。零れ始めた愚痴に対して、レイベルは言った。
「再現ドラマじゃなく、実際に雪山にいるあいつらは素っ裸で腹を空かせてるんだ。それに比べたら貴方達は恵まれている」
「恵まれてるって言われてもさぁ」
 寒さという仕事環境に対して、プクゥと頬を膨らまして抗議の意を示すみあおに、レイベルは言った。
「どれだけ筋肉達磨達が辛いか、実際に見てみるか?」
 三人は、戸惑った。
 戸惑う三人の前に、レイベルは何処からかテレビを取り出した。スイッチを入れる。
 モニターの景色は、このスタジオのより更にひどい、猛吹雪だった。そして、テレビから声が聞こえた。
『あ、アニキ、俺はもう駄目だ……』
『バカ野郎ッ! 次のトリノをどうする気なんだ!』
 ――極寒の吹雪に負けない、男達の熱い語らいが、そこにあった。
「ってなんで雪山にカメラが行ってるの!?」
 みあおはツッコんだ。「それに、トリノって冬のオリンピックじゃん!」二連発のツッコミも、遠く離れた山には届かなかった。そして、雨宮和沙がやってた、マッチョCが言った。
『ヘリが来たぞ!』
 その言葉に、みあおがやってたマッチョAと、アインがやってたマッチョBも、胸筋をピクピクさせた。
『やった! 俺達の願いが通じたんだ!』
『ヘリよ、早く食料を落としてくれ!』
「ってその侭助けてもらえばいいじゃん!」
 みあおはまた、つっこんだ。ほとんど反射的とも言える、つっこみだった。
 ともかく、雪山を再現したスタジオで、雪山の様子を見る四人。臨場感が、たっぷりだった。テレビの中でマッチョ達は、待ち望んでいた食料の箱を、開けた――
 苺シロップだった。
「確かに周りに氷いっぱいあるけど!」
 みあおは三度、つっこんだ。芸人を目指せるかどうかは、微妙なラインだった。
 上半身裸の筋肉メン達が、涙ながらにカキ氷を掻き込む光景を、呆然とみつめる三人に、レイベルが、近寄ってきた。
「それじゃ、この通りに演技してくれ」
「みあお達も食べるの!?」
 つっこんだ相手のレイベルは、苺シロップを差し出していた。
 真冬となったスタジオで、凍えながらカキ氷を食べる者達は、今更だが思った。
「再現ドラマの必要あるんですか?」
 アイン・ダーウンの言葉は、黙殺された。


◇◆◇


 視聴率の取れるネタについて。
 一つ目は人情もの、古より遡れば、歌舞伎や浄瑠璃の題材としても扱われた、庶民の細胞に染み付いた好みである。二つ目は動物もの、もしくは子供もの、愛らしいその姿は、性別や環境を越えていく幸せな共通言語だ。
 この強力無双の基本の上に、時事ネタを踏まえれば尚更いい。今時の流れという鏡が映し出すのは、時節に相応しき温泉旅行である! ここで、いや行楽なんて年がら年中行けるじゃんとか突っ込んでも、幼い少女には聞こえぬ事を注釈しておく。
 しかしそれだけではまだ足りない、時代というエッセンスは一滴だけでは隠し味にしかならなく、完璧にその力を利用する訳にはならないからだ。そこで、みあおは考えた。
「殺人事件でも怒れば尚良しッ」
こうしてここに海原みあおの企画として、人情と小動物と温泉旅行と殺人事件が複雑に絡み合った、全く類をみない番組が生まれたのであった。題して、

 ――海原みあおプレゼンツ
【コスプレお嬢様温泉旅情編】
 花見と温泉の謎! 暗がりに使用人の屍を見たッ!
 その時お嬢様は涙を飲んで捌きを下す!

 いや、なんか火曜でやってそうだぞとか、崖の上に追い詰められるとか突っ込んでも、幼い少女には聞こえないのは先ほど述べた通りで。


◇◆◇


「見事な日本晴れじゃなっ!」
 その天気の眩しさに負けない、快活な笑顔をカメラフレームいっぱいに広げるお嬢様。そして、ここは何処かの温泉街。昔ながらの軒並みが続き、温泉饅頭の湯気が漂い、メインドインチャイナ製が並ぶ土産屋があり、お嬢様の邸内に用意された設備で無く、正真正銘の温泉街だ。車で一時間程度で行ける土地で、お屋敷のジェット機を使えば十分もかからない所、と言えども、屋敷の世界で大抵が事足りるお嬢様にとって、外出というのは高級車の通学だけで、旅の類は初体験と言えるかもしれない。
 だから例え、二つ程問題があってもお嬢様の気分はエレベスト真っ青で。例えこの温泉街が不況という津波をモロに被っていて、かつての賑わいの十分の一だろうとも。そして、例えお嬢様の姿が、温泉宿定番の浴衣姿で無く――
「みあおっ! あそこのラムネを買ってくるのじゃっ」
「うん!」
 動物達の着ぐるみでもだ。
 何処の遊園地からパクってきたのか、彩り豊かな装着型ぬいぐるみが人数分。ちなみに今のお嬢様は、南極を忍ばせるペンギン姿である。頭にはリボン。豪華絢爛な衣装を着たのは数あれど、動物の仮装という未体験に、少女は至極ご満悦である。それは猫の姿が愛くるしいみあおも同じようで。が、
「子供達は喜んでるけどねぇ」
 と言う雨宮和沙の姿は、かわいいぬいぐるみというより仮面ライダーに出てきそうな、土竜をモチーフにした灰色の怪人。流石貴腐人という事であろうか。
「熱いし動きにくい、訓練されたプロで無いと、身動き一つでも大苦労だな」
 そう言って汗を少しかいたレイベルの顔は、怪獣の口から出ておった。いくらティラノを屠れる力があるからって、この着ぐるみを用意するのは間違ってる気もする。
「俺は着ぐるみ自体は別にいいんですが、これ、何の着ぐるみなんでしょうか?」
「ゾウリムシだな」
「すぐ解るなんて流石医者ですね。早速感心したので例のボタンを、ってこの着ぐるみ手足が出せないッ!」
 医者は関係ないと指摘しようとしたレイベルだが、ボタンに対してまさに手も足も出ない状態のアイン・ダーウンを見て、ぶっちゃけどうでも良くなった。とりあえず、
「貴方達、」ラムネのビー玉を太陽にすかして眺めてる二人、とくにみあおの方を見て言う、「これから温泉に行くんだろう?」
「そうだけど、先に行っといて。みあお達は後から行くから」
「後から……どうして?」
 雨宮の疑問にみあおは肉球の手で意味もなく万歳をして。
「これからお嬢様と供に、このさびれた温泉街の宣伝タイムッ!」
「フフフ、こんな所でわらわの美貌が役立つ日が来るとはっ!」
 いや、お嬢様の場合美貌というより可愛らしいっていう方が。突っ込んだら怖いからやめとくけど。
 ともかくこういう地方ロケの場合、そこの観光協会等と提携する事により、ロケ地での食事や撮影現場のレンタル料を確保するは王道。これによりでんえんちょーふに家が建つ(物によるが)番組予算も、グっと押える事が出来るのだ。という訳で、大人組三人が先に旅館へ向かい、カメラが構えられ、さん、に、いち、キューッ!
「やったねお嬢様、商店街の福引で旅のチケットが当たるなんて良かったね」
「うむ。これもわらわの日ごろの行いが良いからじゃな」
 という演技を始める二人、特にお嬢様はこの番組でやっと自分を取り扱ってくれたので、意気揚々である。しかしペンギンと猫が温泉街を練り歩く光景は、可憐でもあるが同時にちと不気味であった。
 暫くアレコレ言いながら歩いていると、最初の宣伝すべき店が見えてくる。
「お、かわいいお嬢ちゃん達だね」
「わぁ見てお嬢様っ、この店はめいじとか、じゃなくて、たいしょうだっけ? えーと、ともかくいっぱいいっぱい昔からあるおまんじゅう屋さんだよ!」
 物凄い説明口調も、力技で押し切る猫。それに応えてペンギン、
「ほう! では一つ頂くとするかの」
 ドキドキワクワクしながらあつあつのおまんじゅうを、ペンギンの手で器用に掴むお嬢様。みあおも一つ受け取って、同時にパクリ。
「おいしー、きっとあんこにここの名産品のはちみつをねりこんでるんだね。これで一個二百円は安いなー」
 とびきりの笑顔でまた説明するみあお、それを聞いて店主も笑顔を零していた。これでお嬢様の笑顔も揃えば、トリオ結成と洒落込むが、
 お嬢様の顔色、変わる。「あれ? どうしたんですかいお嬢」
「たいしてうまくない」
「えぇぇっ!?」
 ズビシィっていう物言いに慌てたのは店主だけでなくみあお。「ちょ、ちょっとお嬢様。そこでここのセリフは」
「みあお、お主は本当にこれがうまいと思うたのか? はっきり言ってこのような菓子、そこらで売ってるのと変わりないぞ」「い、いやちょっと待ってくれよお譲ちゃん、俺ッチのまんじゅうのどこが」
「だめだよお嬢様!」
 そこで猫は一喝した。ああやっぱりこの猫の娘さんはわかってらっしゃる――
「例え真実に気づいても、そこをガマンして笑うのが大人の世界だって、姉様が言ってたよ!」
 営業スマイルだったんかあんたも。今店主の、いっぱいいっぱい昔からやってた老舗のプライドは、風の前の塵に同じだった。薄々感づいてた事だし。
「どちらにしろこの店には用がない、行くぞ、みあお」
「そ……そうだねぇ、お嬢様が気にいらなかったら」
 仕方なし、そう思って立ち去ろうとする二人を、老舗の危機を抱えた店主は必死で追いすがった。「ま、待ってくださいこれだけじゃないんですっ! 他にも当店には美味しい饅頭がっ」
 子供相手にも敬語である。しかしその熱意が通じたのか、立ち止まるペンギン。しかし、
「ほう――」
 小動物でありながら振り返って見せたその目は、暴帝の貫禄が重く秘められていた。子供相手に恐れる店主、
「ならば、わらわの目の前に出してみせよっ! お主のとっておきとやらをな!」
 ババーンと時代劇で悪人を裁く正義の味方っぽいセリフを突きつけたお嬢様、慌てる店主、自分の口がでまかせすぎるのを後悔しながらも、ひたすら考え抜き、出した答えは、
「……と、」
「と?」
「唐辛子饅頭でも」
「成敗じゃーッ!」
 お嬢様マル秘メモ、辛い物は例え七味唐辛子と言えども敵である。


◇◆◇


 こうしてこの後も温泉街の宣伝活動は続いたのだが、
「蕎麦にわさびを入れるとは、わらわに恨みがあるのかっ!」
「漬物って何処でも買えるよねぇ」
「こんな置物を買っても、スペースに困るであろう?」
「このお土産って、隣の県で作られてるよね」
「みあお、この焼き物は綺麗じゃな」
「だめだよお嬢様、そういう焼き物の大半は、色を塗ってるんじゃなくてシールみたいなので張ってるってお父さんが言ってた」
 お嬢様の一言で路線変更して、お嬢様とみあおは辛口評論家として、温泉街がさびれた根本的な理由を正していった。観光協会の文句は、ゴーストTVにどうにかしてもらおう。
 そして、彼女達がドラマの舞台になる旅館に辿り着いた時には、どの店も臨時休業の札がかかっていたとか。


◇◆◇


「という訳で、世直しは大成功じゃ」
 ひどい温泉街に比べれば、随分と良い古風な旅館。その客室にて茶をすすりながら、ペンギンは猫と結果報告をした。
「下の街から声一つ聞こえなくなったと思ったら」
 自分も随分と酷い事(筋肉達磨を素直に救出しない事とか)をしてるが、可愛い顔してこの娘達結構やるもんだなとレイベルは思った訳で。
 そこへ、雨宮和沙である怪人と、アイン・ダーウンであるゾウリムシが帰ってきた。
「男の子達は居なかった……」
「ボタンも呼び鈴だけでしたね」
「温泉宿で何をしてる貴方達」
 レイベルはそう飽きれるが、逆にそこまで自分の道を歩むのは、ある意味立派である。と、ここで、今のレイベルのセリフにあった温泉というキーワードに、お嬢様ははたと気づいた。
「そうじゃ、温泉じゃ!」
 温泉宿は温泉に入ってなんぼのもん、という訳で目を輝かせ、ペンギンは猫に視線を送る。その視線にみあおも、待ってましたとばかり立ち上がり、
「そうだね、女の人の温泉シーンがあるだけで、視聴率は5パーセント違うもんね」
 何処から仕入れたその知識。意味は良く解ってなさそうである。
「美少年の温泉シーンもあると、50パーセントは」
「あなたにとって女は皆同じ穴のむじなか」
 ゴヅラと怪人の夢の漫才。そしてゾウリムシはと言うと、
「早く行きましょう! まだ見ぬボタンが俺達を待っています!」
 せいぜい、シャワーのお湯が出るアレくらいである。


◇◆◇


 そして小動物一行――つうても明らかに動物でない物も混じっているが―――は、賑やかに浴場へと向かっておった。しかしその男湯と女湯に分かれてる入り口で待っていたのは、着ぐるみを脱げる開放感で無く――男の死体だったのだ。

 死の香りが漂っている。
「……難題は、思わぬ所で降りかかってくるな」
 物のように静止した肉体。
「美少年の儚い命が……」
 闇も光も触れられぬ場所へ。
「み、みあお、怖いよぉ」
 もう戻らない御霊は。
「神は何処に居るのでしょうか」
 もう戻らない彼は。――マサヤ、
「こんな姿に――」「あの、すいません皆様」

「マーサーヤァッ! わらわが、喋ってる、時に、声を挟むとは何事じゃっ!」
「そ、そう言いましても……」
 説明事項。まず、マサヤは当然死んでません。ドラマという虚構なのに本当に死んでいたら洒落になりませんので。あ、ただ、マサヤさんがなんでしくしく泣いてるかと言うと、死に方がみあおの台本の通り演技して、
 ブリッジでのけぞってという死に方だからである。
 ちなみに、何時来るか解らない一行の為、一時間前からスタンバイ。なのだが、
「ええい、わらわが喋り終えるまでおとなしく死体をやっておくのじゃ! 話が進まぬではないか!」
 涙と言えども傍若無人には届かず、結局マサヤは再び黙るしかなかった。痺れる腕と足を支えにして。
 出演者の苦しみを土台にして、ドラマは続いていく。
「しかし、一体誰がマサヤさんを殺したんでしょう」
 結構渋い演技を見せるアイン、けどゾウリムシ。
「医者の観点から言わせてもらえば、死亡してから一時間程だ。そして――」
 そこでゴヅラは、ゾウリムシと、男湯をカメラ片手に覗きに行こうとした怪人を見た。
「アリバイが無いのは貴方達だな」
 二人の息が、止まった。
 台本どおり間を空けてから、声を出したのは雨宮和沙である。
「そんな……確かに私とアイン君は旅館を回ってたけど、私は美少年を探していて」
「あれ、って事は」
 みあおが何かに気づいた。そして素直にその事を言う。
「和沙はマサヤを見つけたって可能性もあるんだよね」
 和沙の顔に汗がにじみ出る、マサヤの顔にはとっくに噴出してる。
「つまり、貴方が」
 レイベルが、とどめの一言を刺そうとした。
 その時だった。
「解決じゃ」
 その一言だけで、視線を集中させるのは容易かった。集まった視線の先には、一匹の可愛らしいペンギン。
 誰かが何かを言う前に、お嬢様は先手。
「まず、和沙であるが、お主がマサヤを殺す可能性は低い」
 確かに和沙は貴腐人、好き好んで耽美の題材を減らす愚は犯すまい。「それじゃお嬢様、いったい誰なの!? みあおにも解るよう説明してよ!」
 鬼気迫った演技の猫の声に、ペンギン、
「マサヤの傍に、食いかけの饅頭が落ちておる」
 まるでそれ自体は光を発しているのに、膝元にはその明かりが届かない灯台の下のように。言うとおり饅頭がそこにあった。
「そして、マサヤの口元には饅頭の食べかすがついておる!」
 まるでただ一枚の木の葉を知られたくない時に、深い森に紛らわせる行いのように。言うとおり食べかすがそこにあった。
「即ち、」
 そこに居る者たちの心臓が、鳴る。
「マサヤを殺した、」
 緊張が高まる。ピアノ線のように、張り詰める。
「犯人はっ!」
 次の一言が注目される時っ!
 ――チャラリーララ、チャラリラララー、ピッ
「レイベルだ」
 ゴヅラが携帯電話を取っていた。ある意味タイミングの良い横槍に、お嬢様、力いっぱい突っ込もうとしたが、それよりも先に喋ったのはレイベル、
「ジェット機を用意してくれ、飛ぶぞ」
「え?」
 その一音に、何処へ? 何しに? という意味を込めた一同。だからレイベルは両方に応えた。「ROKKOU山だ、筋肉達磨達が下山した」
 よってこれから祭りを行うと! 下山は成功したが、長い旅を終えた彼等の魂は凍死寸前、ゆえに、再び燃やす必要があると!
「それはおもしろそうじゃな!」
「みあお、お祭りだーい好き!」
「ボタンも届けなければいけませんね!」
「マッチョと美少年……微妙かなぁ」
 四人の意見は様々だったが、行動は一つ、ジェット機よ、いざROKKOUへ!
 こうして彼等は去っていく――
「……え?」
 あらゆる意味で取り残されたのは、ブリッジした死体であった。
「あの、私は何時までこれを続ければ」


◇◆◇


 何時まで続ければいいかは、祭りが終わる時間までである。
 とりあえず、ROKKOU山のふもとまでは辿り着いたはいいが、そこで力尽きようとした三人を見つけたメンバーの内、この企画の主催であるレイベル。三人の頬を、思いっきり平手打ちした。手抜き住宅なら倒壊させる事すら可能なその力によって、彼らにエナジーが注入される。立ち上がるトリオザマッチョ。
 そしていつの間にか用意されたゴールゲートに、三人は手を繋いで潜り抜けた。その時の盛り上がりは、まるで芸人がユーラシア大陸を横断した時のようだった。
 極寒の吹雪の中で喜びの宴は続く。これまでの健闘を称え合い、抱き合う三人のマッチョ。それを見てやっぱり何か違うねぇと呟く和沙。
 ともかく宴は、近隣住民を巻き込んで続いていった。総計してほんの、


◇◆◇


 二時間ほど。「う、腕がー、腕がー」
「喋るでないマサヤ、わらわが集中出来ぬでは無いか」
 再びペンギンの衣装をまとったお嬢様。壊れた機械音声のようなセリフが流れる口から魂が抜けかけている執事を、鮮やかに無視である。そして、
 再びドラマは開始される――
「マサヤを殺した犯人は」
 、
「マサヤ自身じゃっ!」
 辺りがしん、と静かになる。死体だけが心の中で私が!? と叫ぶ。
「ど、どういう事なのお嬢様っ! マサヤは自殺したって言うの!」
「俺には信じられないです、マサヤさんは自ら死ぬような人じゃないっ!」
 会ったの今日が初めてだろゾウリムシ。とにかく、疑問符の花吹雪が起こる中で、ゴヅラでありストリートドクターであるレイベルが、マサヤを見ながら発言する。
「死因は、饅頭を食べてでの窒息死じゃない。頭を打っての打撲死だな」
「え?」
 その言葉に猫が探りを入れる。言うとおりだった。饅頭は喉を圧迫してる様子は無い。そして、頭は変形している、……というのが台本の設定である。
「……マサヤを殺したのは、饅頭じゃ」
 お嬢様が、今にも涙すら零しそうに、(勿論演技である)ぽつぽつと語り始める。
「おそらく、マサヤはこのたいしてうまくないまんじゅうをほうばったのじゃろう。だが、普段ろくな物を食ってなかったのか、このなんてことない饅頭に感激して、そして」
「――うまさにのけぞり、頭を打った」
 それが、ブリッジの謎。
「わらわは悲しい。こんな形で自分を失ったマサヤが。だが、わらわは裁きを下さねばならぬ」
 ペンギンは何処からか木槌を取り出して、適当に床を叩いた。
「有罪。……自分という大切な命を、殺めた男としてな」

 静寂が、満たされた。
 みんなもう死体を見る事は出来なかった。正確には、哀れな殺人者から目をそらすしか無かった。
 こうして僕達の旅は、血と、そして涙に塗れた、悪い意味で忘れられない思い出になったのだ。
 その悲しみを洗い流すように、僕らは温泉に浸かった。
 このナレーションは、タグッチートゥモローだった。


◇◆◇


「はー極楽ぅ。桜も見事に咲いておるのう」
 頭にタオルをたたんだのを乗せて、肩まで浸かるお嬢様。
 乳白色の温泉は、入った瞬間に肌が生き返る感じがして、辛口のお嬢様もご満悦である。
「疲れた依頼だったが、この温泉で癒されるな」
「あっちの男湯アイン君しか居ないんだよねぇ、残念だなぁ」
 一日の疲れが舞い上がる湯気と供に抜けていく。目には満開の桜が美しい。
 そんな所に女将からのサービス、お盆に日本酒、子供にはジュース。「温泉街はだめだけど、この旅館は最高だねー」
「アインくーん、そっち男の子いない?」
「いません、貸切だけど逆に寂しいですね」
「だからと言って、混浴でもないのにこっちへ来るのは筋違いだぞ?」
 そういう意味では言ってませんよ。そこで漏れる朗らかな笑い声。ドタバタしたこの依頼だが、結局の所、終わり良ければ全て良し――
「あ…の……私はいつまで……ブリッジを」
 未来永劫悪しっぽい人が居て、気にしないのが、お嬢様のお嬢様たる所以だった。この後、風呂上りのお嬢様になんとか許してもらったが。
 後日、水着を含めた諸々の番組が、バラエテ異界と一部の一般家庭に流れて、はしゃぐお嬢様の隣で再び死んだのは言うまでも無い。





◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
 0606/レイベル・ラブ/女/395/ストリートドクター
 1415/海原・みあお/女/13/小学生
 2285/雨宮・和沙/女/25/会社員
 2525/アイン・ダーウン/男/18/フリーター

◇◆ ライター通信 ◆
 20日近く遅刻して申し訳ありません。
 言い訳のしようもありません。すいませんでした。