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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


剣道場の七人の幽霊【前編】

●プロローグ

 蒼色水晶の剣を探している神聖都学園の鶴来理沙(つるぎ・りさ)は一応剣術の達人だ。
 生活費の欠乏からお金を稼ぐ必要に迫られたので、何かバイトをはじめなくてはならなくなり、そこで思い立ったのが剣の腕を生かした剣術道場を開くこと。

「そうね。あやかし荘にならそれなりの場所があるんじゃない?」
 早速道場となる大きめの部屋を借りにやってきた理沙に、管理人の因幡恵美(いなば・めぐみ)は考え込むと、不気味な話でもするように顔を近づけた。
「実はですね、その条件にうってつけの大部屋があるんですけど‥‥その部屋には、出るんですよ‥‥」

 七人のサムライの亡霊が‥‥。

 一刀流の達人、槍使いの僧兵、弓の名手の若武者、二刀流の武芸者、謎の忍びの兄妹、そしてリーダー格の剛剣のサムライ。
「あ、その、、今は封印されているはずですが、この亡霊たちを鎮めれば何とか使えるようになると思いますから‥‥」
 でもこの禁断の部屋、侍たちに有利な謎の結界も張られていたり、彼らの過去の因縁など一筋縄ではいきそうにない。
「一人じゃ厳しいかも、誰かご助力してくれないかな‥‥」


●さまよいし七人の武芸者たち

 雪ノ下 正風(ゆきのした・まさかぜ) があやかし荘の大部屋を訪れた。
 そこはあやかし荘でも奥まった場所。
 入り口はかすかな瘴気を放ち、黒光りする太い鎖と打ち付けられた立て板で荒々しく封印されていた。
「あ、入り口には触れないでくださいね。かなり強力な封印が施されているらしいので」
 と言って、管理人の因幡恵美は黒鎖の所々に付けられたまじない札や呪文を指差した。
 正風は腕を組んで入り口を見つめる。
「この気配はとんでもないな。ま、久々に腕がなるってもんだ」
「あ、あの――」
 そこには鶴来理沙が何かを言いにくそうにじっと立っている。
「おっと、別に礼なんて必要ないぜ。7対1じゃ流石に分が悪い。だから理沙ちゃんに加勢してやる、それだけよ」
「そんな、ありがとうございますっ」
 ぺこっと下げられた理沙の頭を軽く叩くと、正風は歯をきらーんと光らせて親指を立てた。
「俺は美少女の味方だ。ムサイ野郎どもは地獄の底へ蹴散らしてやるっ」
 大部屋に取り憑く七人の侍の力か、大部屋は瘴気と共に圧倒的な存在感をかもし出している。
 負の想念だ。
 しかし、大部屋の入り口から漏れ出すそれは怨念や憎悪というよりも、後悔と悲しみの感情に近いようにも思えた。
「ここが七人の侍の幽霊が棲みついている禁断の大部屋です。今封印を解きますから」
 そう言いながら封印を解く準備を始める恵美の様子を眺めて、オカルト作家の 雪ノ下 正風(ゆきのした・まさかぜ) は誰ともなしに尋ねた。
「ところで、7人の侍って‥‥‥‥あの有名な映画監督が化けてきたのか?」
 柔らかい微笑で正風の言葉を聞き流し、和装の少女――天薙 撫子(あまなぎ・なでしこ) は何やらを書き記した和とじ本を取り出す。
「それでは、恵美さんが封印を解いている間にわたくしからいくつか分かった事を説明させていただきます‥‥」
 撫子は事前にここに取り憑いた武者の幽霊たちについて調べていて、調査から知りえた幽霊たちの謂れを静かに話し始めた。

 この部屋に取り憑いている幽霊たちは、昔、ある砦で自分たちの姫を守りきれなかった者たちだと云う。
 ――――それは戦国の世の悲劇。
 とある国の殿が卑怯な騙まし討ちに合い、家臣の一人に国を乗っ取られてしまった。その時に姫を護り燃え盛る城から落ち延びた忠臣七人が彼らである。
 しかし、長き逃走を続けた彼らもついに小さな砦で追跡を続けていた簒奪者の家臣の軍勢に取り囲まれ、姫の命を奪われてしまう。
 戦いの後、死しても尚忠臣たちの無念の想いは成仏せずに魂となって現世を彷徨い、いつしかこの部屋に居座った。
 一刀流の達人、比賀宗右衛門(ひがそうえもん)。
 槍使いの僧兵、玄宗(げんそう)。
 弓の名手の若武者、立木数馬(たちき・かずま)。
 二刀流の武芸者、剛陣(ごうじん)。
 謎の忍びの兄妹の兄、村雨影(むらさめ・えい)と妹の村雨汐(むらさめ・しお)。
 そして、リーダー格である剛剣のサムライ、奥田残月丸(おくだ・ざんげつまる)。
 七人の武芸者たちは結界を張り、この地に、この大部屋に居座り続けた。
 それ以来、大部屋への入居者はことごとく侍の幽霊たちによって逆に追い出されてきたのだ。

「一つ聞きたいのだが、ここの幽霊の調伏に失敗したとして、その後はどうなるのですか」
 封印の様式を考察しながら訊ねる 柚品 弧月(ゆしな・こげつ) に、撫子は資料をめくり顔をあげた。
「過去に何回か試みられたとの記録がありますが、恵美さん、如何ですか?」
 恵美は記憶を思い出すように考え込んだ。
 彼女が立ち会って見た限りでは、この大部屋に挑戦されたことは数えるくらいしかないはず。
「ずっと以前の話ですから記憶が曖昧ですけれど‥‥最後に挑戦された時には、そうですね‥‥確か、幽霊退治に挑戦人たちはみなさん叩き出されて、封印の鎖がひとりでに再びこの入り口を閉ざした――そんな感じだったんですけど」
「大丈夫ですって、この俺が助太刀するんだから」
 弧月の友人である何でも屋の御子 柴荘(みこしば・しょう)が、安心させるように弧月と恵美に向かいニッコリと笑った。
「だから、この大部屋の幽霊たちも今日で成仏できますよ」
「はい、あたしは封印を解くことしかできませんが、後はお任せをしますね」
 恵美は微笑すると扉へと向き直って表情を引きしめ、封印の錠に手を当てる。
 封印を解く恵美の様子を 五降臨 時雨(ごこうりん・しぐれ) は感慨深げに眺めた。
「‥‥‥‥‥‥あぁ、これで」
「これで?」
 時雨のつぶやきに反応する理沙。
「‥‥」
「‥‥」
「家賃の、当てが‥‥」
「はい、がんばって道場を手に入れましょうねっ!」
 理沙と同じく生活費がなくなってしまった時雨は、家賃滞納し過ぎで大家さんに追い出されかけてるのだ。
 そのことから「道場使えるようになったら道場で雇ってもらう」という条件で――条件というより懇願かも――侍退治手伝へと参加していた。
 この大部屋の幽霊退治に集まったのは――
 傀儡 天鏖丸(かいらい・てんおうまる)、五降臨 時雨、乃木 みさや(のぎ・みさや)、葛城 雪姫(かつらぎ・ゆき)、W・1108(だぶりゅー・いちいちぜろはち)、雪ノ下 正風、天薙 撫子、御子 柴荘、柚品 弧月、漁火 汀(いさりび・なぎさ)。
 その中から、鶴来理沙はみさやを見つけると頭を下げた。
「みさやさんも来てくれたんですね。ありがとうございます」
「あ、理沙さん。その後刀の調子はどう?」
「はい。もう絶好調なんですよ」
 いま理沙の使っている刀は鍛冶師であるみさやに打って貰った刀なのだ。みさやは満足げにうんうんと頷く。
「あはは、そりゃあたしも腕を奮った甲斐があったものだわ。ほら、入り口が開くから注目ー」
 みさやの言う通り、封印の鎖からは霊気の青白い火花がほとばしり徐々に閉ざされた扉が軋みをあげ、隙間から密度の濃い霊気の風が噴出した。
 ドキドキと長年別れていた恋人を待ち焦がれるように身を乗り出すみさや。
 刀剣などの武器関係には目がなく、是非とも助太刀させて下さい、と乗り込んできた程なのだ。
「‥‥ん? あれは」
 みさやは一瞬、垣間見た。
 霊気の風を受けながらポニーテールにまとめた髪をなびかせたたずむ雪姫の背後に、鎧武者の姿を‥‥。

「――この扉の向こうに、いるの‥‥?」
 自分のすぐ傍で雪姫は猛き気配を感じ取る。
 ああ、いる。いつもの鎧武者の霊が――と、雪姫は思った。
【うむ。強兵どもが特有の気配、ひしとこの身この魂に感じるでござる】
 霊気の風の合間からちらちらと見える鎧武者――雪姫を守護する霊は、静かにだが答えた。
 葛城家は辺境の武士の家系であり、どういう訳なのか自分の危機的状況には鎧武者の霊が現れて、幾度となく雪姫の窮地を救ってくれる。今回は、その鎧武者が夢現の中に現れて半ばこの場所へと導かれた。
 だから、これにも理由があると思う。
 鎧武者といえば‥‥と雪姫は、この場に集まったうちの一人である傀儡天鏖丸を見た。
 その鎧武者の姿をした絡繰人形を。
(‥‥侍‥‥あの人も、呼ばれたの?)
 どういう仕組みなのか、操者の姿は見えず、それでも動いている天鏖丸は部屋の中へと入っていく。
 絡繰武者のすぐ横を黒い巨大な影がすり抜けていく。
「サムライとの戦いですか‥‥ククク、ボクは楽しみなんですよ」
 隠密行動及び近接戦闘を目的として作られた戦闘用ゴーレム――形式番号『W・1108』
 ――――通称『バイパー』
「彼は戦闘用ゴーレムですよ。冷酷で非情な性格をしていて相手が女や子供でも容赦をせず、そのために他のゴーレムからは『首狩り』や『死神』と呼ばれ恐れられているらしいですが」
 いつのまにかにいた四十がらみのちょっとくたびれた風貌の紳士に、雪姫ははっと一歩後ろに下がった。
「‥‥まあ、戦いの申し子のようなものですね」
 紳士――漁火汀は気にするそぶりも見せず一人頷く。守護せし侍の霊が反応しないところを見るとどうやら敵ではなさそうだ。
「あなたは、なぜこちらに‥‥来たの?」
「ふふ、僕はですね、彼らの姿を絵にして残してあげたいのです。かつての主として、守護者として、その絵を道場においていただけると光栄ですね。服装は、紺の着物に袴、足元は動きやすいように素足がいいでしょう」
 微笑と共に負ける事を全く考えずその後の構想を語る汀に、雪姫はただ呆然とする。
「おや、何をやっているのですか? お先に失礼させて頂くとしましょうか」
 唖然とする雪姫を気にせず、汀は飄々と先へ進んだ。
 あの絡繰武者や戦闘ゴーレム、それに得体の知れない紳士など、雪姫は敵であるサムライの幽霊たちに同情すら感じてしまった。
 溜息をつく雪姫だが、その背後で霊は身構えた。
「‥‥どうしたの?」
【――――備えよ。侍の声が聞こえるでござる】


●野試合

 大部屋の中は、瘴気が白いもやのように辺りを包み込んでいる。
「しっかし予想以上の広さだな。ああ、これなら思いっきり戦えるな」
 辺りを見渡しながら雪ノ下正風は部屋の状況を観察するが、理沙の隣に並んだ時雨は静かに目を閉じて気配で周囲を探る。
「‥‥」
「どうしたんですか? 時雨さん」
「‥‥‥‥‥‥あそこ、だ」
 五降臨時雨が指差す先に、七つの黒い影が佇んでいた。
 まるで理沙たちの侵入を事前に知っていたかのように。
「うわっ! 生サムライだわ、しかも持ってる武器や鎧ってレア物」
「‥‥嬉しそうですね。みさやさん」
 ジト目で見つめる理沙の視線もみさやは全然気にしない。
「チッチッチ、何時代の亡霊だか知らないけど、その当時の状態で見られるなんて、滅多にあるチャンスじゃないわ。これを逃しちゃ武器マニアの名がすたるってモンよ」
「今更ですけれど、みさやさんも一緒に戦ってくれるのですよね?」
「もっちろん。刀だろうが、槍だろうが、弓だろうが、忍刀だろうがどんとこい!」
 ギラン。
 サムライの亡霊の一人、二刀流の武芸者である剛陣が白刃を向ける。
「てめえがこの俺の相手か?」
 みさやの姿が消えていた。
 すぐ後ろの柱の影からおほほと手を振っている。
「‥‥ほら、あたしは『ごく普通の』女子高生だから、戦力として期待されてもねー。今回も傍観者に徹するよ。がんばってねー」
「逃げ足、早すぎですっ!」
 後ろの漫才を気にせず、俺の出番だ、と言わんばかりに正風が腕を鳴らした。
「早速出てきやがったか。あれを倒せばいいんだな」
「お待ちください。わたくしに少々彼らと話し合う時間を頂けませんか?」
 正風をとどめて、前に出たのは撫子だった。
 白いもやにも目が慣れ、人影の姿もはっきりと見え始めた。無精髭の精悍な武将が先頭に立っている。
「良くぞ来られた、久方ぶりの客人よ。拙者は頭目を務める者、名を奥田残月丸と申す。そちらの用件は判っているつもりだが、ぐだぐだ申すのは好かんのでな‥‥いつでも参られい」
 剛毅に笑う男、残月丸に対して微塵も臆する様子を見せずに、撫子は一歩出た。
「説得は無意味のようですね‥‥それでは、簡潔に条件を述べさせていただきます。この戦い、試合という形式を取らせていただきたいのですが、いかがでしょうか奥田様」
「ははは、我等が流儀はひとつよ。相対する者に己が狭量さを知らしめ、この場より叩き出す。生憎と我らは戦場剣術しか心得ぬ無骨者でな。命までは取らぬが、多数と多数の腕を尽くした戦い。それを試合と呼びたければそれも良かろう」
「――。愚見、お聴きいただきありがとうございました。負けたからといって追い出したり、封じたりはいたしません。特別顧問として見守る事を条件としてお約束いたします」
 微笑を崩さぬ撫子の物言いに、残月丸はにやりと笑った。
「これはまた、見かけによらず強気な女だな。既に我らを立ち退かせ、その後の事まで考えているとは――宜しい。存分に戦おう」
 侍の亡霊たちと理沙たちの間で緊張の空気が張りつめた。
 ここから先語る言葉は最早、無い――。
「‥‥では」
「いざ!」
 素早く飛び退き御神刀『神斬』を抜いた撫子に対して、手にした剛剣を振り上げる残月丸。
「む、撫子さんは御神刀――それに残月丸といったあのサムライさん、あの剣もかなりの業物」
 武器の目利きにかけては『神の目』といわれるほどの鑑定眼を持つみやさだが、思わず唸らずにはいられない。
「幾多の戦場を経ていまだ刃こぼれひとつ無し、我が愛刀『冥月』の刃を受けられるか」
 だが、残月丸の剛剣を受けたのは、疾風のように飛び出した傀儡天鏖丸だった。
 互いに押し出すように離れると、一定の距離を取り、相手の隙を探すように相対した。
「ほう、絡繰の武者か。珍しいな」
『――――傀儡と謂えど侮る事無かれ。我刃を以て鏖殺するを生業とする者なれど、武者として武芸十八極めたる者なり』
 天鏖丸は、女人形師・天峰由璃乃の操る武者型の大型傀儡である。その姿たるや黒い武者鎧を纏い赤い髑髏の面鎧をつけた怪異体であり、妖刀を佩き体の各所に様々な機構を宿している。
 武者から聞こえる声もスピーカーを通したものであり、璃乃が依頼に臨む時は必ずこの傀儡を介し、本人が表に出ることは全くない。
『刃の流れは数を学びし雖井蛙流。如何な剣技とて其と相対するを学びし業なれば正道卑怯を唸らせる如何な剣客とて敵ではない――だが戦いでは驕り、傲慢、そして憤怒が己の道を絶つ刃と化す――此処は勝負として、そして一介の侍として臨ませて頂く次第。心して参られよ』
「応!!」
 再び天鏖丸の妖刀『滅狂』が残月丸の『冥月』と斬り結んだ。
 素早い動きでかく乱しながら天鏖丸は小さな斬撃を繰り返して牽制し、残月丸の動きを観察してその剣を見切ろうとしている。
 だが、亡霊とはいえ元人間である残月丸も幾多の戦場を生き延びできた猛者。小さな円の動きで逆に反撃の好機をうかがっている。
 天鏖丸と残月丸、互いが相手の思惑を読みながら致命的な一撃を与えようしていた。

「お嬢ちゃんが物騒な刀など持つものじゃない。やはり戦いなさるのかね?」
 槍使いの僧兵――玄宗が、撫子の前には立っていた。
「私は余り戦いを好まないのです。もし良かったらそちらから退いて下さると嬉しいのだがね」
「天薙古真流を学ぶ者として、退けと言われては退けません」
 しかし、玄宗の構える槍との間合い差が絶望的な距離に感じられる。
 撫子と玄宗が睨み合っている間に入り込んだ影が、玄宗に斬りかかった。
「‥‥‥‥ボクの剣だったら、槍に‥‥届くよ」
 リーチのある槍を相手に、刀身7尺の金剛石も断つ妖長刀を持って時雨は挑んだ。
 同時に、時雨の神業のようなスピードから繰り出された一撃。
「ほっほっほ、お主は疾さが御自慢のようだがいやはや。夢想無念、これ凡てを知るなり――どこからでも打ってきなされ」
 しかし、僧兵は穏やかな動きでこれを避けた。
 まるで空中に舞う羽毛のように、清流を流れる木の葉のように、時雨の鋭い剣撃を受け流していく。
 さながら静と動の交錯。
 時雨はさらに神経は研ぎ澄ますと、撫子に向けて呟く。
「戦いな‥‥がら確認して‥‥ね」
「ほう、まだ余裕がありそうですな」
 玄宗は静かな笑みで槍を構えた。

 サムライの亡霊たちは元人間とはいえ手強い。技量もさることながら、連携を取りながら入れ替わり立ち代り能力者たちを上手く撹乱している。
 しかし、ここだけは別だった。
 正風と雪姫が挟み込むように向き合っている侍、一刀流の達人である比賀宗右衛門。
 柄に手をかけたままぴくりとも動かない彼に二人は近づけない――いや、離れることすら許されずにその場から動けないでいる。
「こいつは、とんでもないヤツを相手にしちまったかもな」
 余裕を見せる正風だが、宗右衛門の迸らせる殺気で冷や汗が滴り、口の中もカラカラに乾いている。
 周囲の戦いは激しい動きの中で行われているにもかかわらず、宗右衛門と二人の戦いの場だけは、まるで切り取られたような静寂の空間。
 ――何で、私、こんなところにいるの――。
 雪姫は緊張に耐え切れなくなり、一歩だけ、背後に後ずさった。その動きの刹那の、体勢の崩れで宗右衛門にとっては十分だった。
 白刃の煌きが雪姫に向かって軌跡を描き、雪姫はそれをコマ送りのように見えたが、体はまったく動かず、斬られていく自分を見つめることしかできなかった。
 ギイィン‥‥。
 前髪の寸前で、宗右衛門の刃が受け止められていた。
【礼に始まり礼に終わるを武士道と云うは‥‥我、当に霊に始まり霊に終わると云うが如しか】
 雪姫を護りし鎧武者が完璧にサムライの一刀を受け止めていた。
 今の攻防は、鎧武者が一撃をかわした後の一撃必殺で仕留めるために放った剣を、それを察した剣士が打ち合わせることでとどめたという刹那の一合。
 互いが互いの技量を察するに十分な一撃だった。
「――――そうか、そなたも‥‥」
【眼には眼を。刃(は)には刃を。霊には霊を。いざ、参る!】
「崩れた‥‥良し、動ける!」
 精緻な宗右衛門の剣と、千人斬りの太刀『破軍』で豪快な武者の斬撃が交差する中、正風も戦いの中に入っていく。
「気法拳士13代目宗家――雪ノ下正風、参る」
 正風の名乗りを聞いた宗右衛門は、わずかな驚きを見せ、その腕に装着された『黄龍の篭手』を見つめた。まるで、長い間別れていた友人の姿を見るかのように。
 ――その腕の篭手は‥‥龍ノ助の玄孫か――
「――――――よかろうかかって来い、現代の気法拳士よ」
 剣士の静かなる剣技は二人を同時に相手取ってさえ引けを取らない。宗右衛門の剣に鎧武者の霊は言い放つ。
【我が剣は、そのような道場剣法ではなく戦場剣法よ。我が閃きに断てぬものは無し!】

「俺たちの相手はこの忍びの兄妹という事かな?」
「それじゃ、弧月さんには兄のほうをお任せしますよ。妹は俺がちゃんと抑えておきますから」
 弧月に荘が爽やかに答えた。
 忍びの兄妹の兄、村雨影は影剣使いのしのび。整った顔立ちの冷たい瞳を弧月と荘に向けると、その姿を影の中に沈ませた。
 暗い部屋の中では、室内すべてが影の中にあるといっていい。
 周りでは戦いの音が聞こえる中、2人の周囲だけが緊張で水を打ったように静かになる。
 ――我が剣は、影を司りし暗殺剣。避けられる術などない――
 瞬間、弧月の背後の影から白刃が飛び出した。しかし、弧月は篭手『神聖銀手甲』で影の攻撃を読んでいたかのように受け止める。
「残念だが、その攻撃は分かってましたよ」
 弧月はサイコメトリー能力で相手の動きの数秒先を読みながら戦っていたのだ。荘に指示を出して妹の汐を牽制してもらいながら、影と汐の連携を崩していく弧月。
 影が再び影の中からの攻撃を試みるが、弧月は逃れた影の動きの先を読み取り、その背後を取った。
「‥‥忍者が背後取られたらざまないですよ」
 と背後から一撃入れる体勢をとって降伏させようとした孤月を、白い霧が包み込む。
 妹の村雨汐が、わが身を省みずに荘の攻撃を振り切って、幻霧の術で幻影の霧の中に取り込んだのだ。
「お兄ちゃん! いま、助けるから!」
 霧の中で、弧月と荘は天地もない白一色の霧の中、無数の汐に取り囲まれる。――だが、汐の本体の喉元に、荘の手刀が突きつけられていた。
 汐の居場所もまた弧月のサイコメトリーで読み取られていたのだ。
「弱くは無いですよ? でも、俺達の方がもう少し強かったかな?」
 と荘は柔らかく微笑んだ。

 弓の名手である若武者――立木数馬が、無数の弓をバイパーに向けて放つ。
 だが、戦闘用ゴーレムである彼の体には通じない。
「ククク、今のはボクに対する攻撃だったのでしょうか?」
「いやぁ、困りましたね。僕の弓ではあの鋼の体には効きそうもない。これは結界待ちでしょうかね」
 と、全然困ったように思えない朗らかな口ぶりで再度数射する数馬。狙いを矢の通じそうな漁火汀に変更して雨のように矢を放った。
「ふふ、言いましたよね。手加減はお互いに一切無用ですと」
 微笑する汀は、滝のように正確に放たれる矢をこともなげにかわしていく。
「僕の場合基本は無手ですが、お相手の望む武器でお相手しますよ。好きなだけ戦えれば、あなた方も満足してくれるのでしょう?」
 流石にこれには数馬も堪えたようで、穏やかな笑みにも精彩がない。
「いや、信じられないな。これでは弓の名手という僕の呼び名も返上しなくてはならないですよ」
「だから、お前はいつも通り援護に回ってればいいんだよ! 後ろにすっこんでろ!」
 二刀流の武芸者、剛陣が勢いに任せて前に出ると、バイパーと切り結んだ。一瞬にして何十という荒々しい斬撃を降らせてくる。
 バイパーは巨大な二本のシザーハンド『ヴェート』で嬉しそうに応じた。
「ああ、いいですね‥‥このままキミの首をいただきますよ」
「ククッ、悪いが俺は数馬や御頭みてえに上品じゃねえぜ。戦の剣の何たるかを見せてやるよ!」
 剛陣は跳躍すると、向かいくるバイパーをこともあろうか踏みつけて、さらに高く飛び上がり、気合と共に天井まで届くと、今度は天井を蹴って勢いをつけて汀に襲い掛かった。
 頭上という死角からの奇襲、それも蹴り上げたことにより速さを倍化させている攻撃に、流石の汀もかわすのに紙一重だった。
「おう、やるじゃねえか。これも避けられるたァ思わなかったぜ」
「伊達に長くは生きておりませんから――」


●源流結界

 残月丸は確信した。間違いない。
 この者達は超常なる力を持つもの――それも優れた武の力として。
 この力ならば、あるいは‥‥。
「人智を越えし力を持つ者たちよ、良くぞ来た――しかし、まだだ! まだ足りぬ!」
 残月丸の声に応えて、僧兵・玄宗が数珠を振り上げてお経を唱える。低い読経の声と響き合うように、大部屋内の四方に置かれた小さな仏像が赤く輝き、部屋の空間を歪ませた。
 正風の視界がゆがみ、広い部屋が何か別の光景へと変わっていく。
 山の中、目の前に大きな滝があり、森がどこまでも広がっている。
 
 そこは砦だった。
 7人の護っていた姫のいるという砦。
 
 神仙境を思わせる領域。
 砦は大勢の軍勢で取り囲まれていた。黒い鉄騎兵を率いて黒い鎧に身を包んだ簒奪者、武将・大神 蛇王が見下ろしている。

「これが恵美さんの言っていた、亡霊たちの結界!?」
 後ろにある大部屋の入り口らしき空間の向こう側だけがいつもと変わらないあやかし荘の風景を映していることから、室内だけが別の空間になったことを推測できた。
 瞬間、格段に速さをあげて残月丸の一撃が理沙へと振り下ろされた。
 どうにか剣で受け止めた彼女だが、力を流しきれずに後方に飛ばされ、体を回転させて着地する。
 理沙の持つ刀身を見て思わず驚愕するみさや。
「そんな、あたしの打った刀にヒビが入ってる!」
「これぞ力の根源を呼び起こし、剣聖・摩利支天の加護をもたらす源流結界――この結界内を創り出す為に我らはこれまでを生きてきた」

 ――我らはあの失った時間を取り戻す――。

 残月丸は、無精髭の壮顔に不敵な笑みを浮かばせた。


 ――――さあ、宴もこれからが本番よ。



(剣道場の七人の幽霊・後編へ続く)


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女)/あまなぎ・なでしこ】
【0391/雪ノ下・正風/男性/22歳/オカルト作家/ゆきのした・まさかぜ】
【0664/葛城・雪姫/女性/17歳/高校生/かつらぎ・ゆき】
請負】
【1085/御子柴・荘/男性/21歳/錬気士/みこしば・しょう】
【1564/五降臨・時雨/男性/25歳/殺し屋(?)/ごこうりん・しぐれ】
【1582/柚品・弧月/男性/22歳/大学生/ゆしな・こげつ】
【1998/漁火・汀/男性/285歳/画家、風使い、武芸者/いさりび・なぎさ】
【2411/乃木・みさや/女性/16歳/高校生・鍛冶師/のぎ・−】
【2481/傀儡・天鏖丸/女性/10歳/遣糸傀儡・怨敵鏖殺依頼/かいらい・てんおうまる】
【2586/W・1108/男性/446歳/戦闘用ゴーレム】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雛川 遊です。
 シナリオにご参加いただきありがとうございました。最近はいろいろと不調なもので参加頂いた皆様にはご迷惑をおかけしています。大変に申し訳ありません(汗)
 さて本編ですが、色々と急転直下な展開です。
 よければ次回も理沙めを助けてあげてください。

 それでは、あなたに剣と翼の導きがあらんことを祈りつつ。