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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


雪 涙

●オープニング〜田中・稔〜●
「な、何……コレ……」
 バイトから帰宅してみれば、あやかし壮は怪異の真っ只中。玄関の扉は凍結して、氷雪に軋む音がする。
 一体何の遊びかと他の出入り口を探ってはみたものの、どこもかしこも凍りついて人間の細腕ではとうてい開かない。どうやら尋常じゃない様子だ。
 これは座敷童・嬉璃のお遊びとは言えそうにない。
 あやかし壮の中は室内だというのに大雪に見舞われ、外からではただ白い世界が広がるだけで、中の住人も状態も全く窺えないのだ。

 他に事情を知っていそうな人間を探す事にして、稔がウロウロと辺りをさ迷っていると、玄関の方で聞き覚えのある叫び声が上がった。
 野山を駆け回って培った脚力ですぐさま駆けつけた稔の前方では、力なく座り込んだあやかし壮の住人。大の大人のくせに嬉璃にいじめられては情けなく泣く男、三下忠雄。高揚した思いは彼の姿に萎んだ。
 この男が事実を知っているなんて事は、絶対にない。
 「あ、田中さん〜……」
三下は稔に気がつくと、いつもの情けない声で稔に縋り付く。
「みのっちも、今帰ってきたわけね。一応聞いとくけど、何がどうなってるかわかる?」
「わかりません〜」
稔は肩を竦めると扉に向き直った。凍結した扉も、吹雪く雪も、自身の力でなら何とかなるだろう。
「田中さん?何をするんですか……?」
「何って、中に入るに決まってるじゃない。じゃ、みのっちはそこに居てね」
事も無げにそう言って、引き戸を開ける稔。ガラリと戸が開いて、白い砂塵がまって。
 そして稔を迎え入れると、またしまる扉。
 冷たく吹きすぎた一陣の風に体を震わせて、三下はポカンと口を開けた。
 先程まで扉はうんともすんとも言わなかった。あやかし壮の中は吹雪に見舞われているし、降り積もった雪に凍り付いていたはずの扉が開くわけがない。

 三下は、そのまま立ち竦むしかなかった。


●白い世界で出会う人●
 キラキラと光り輝く金髪を掻き上げながら、稔は低く唸った。
 雪の精霊を降ろしてこの吹雪を制御しようと試みたものの、まったく歯が立たない。降り積もった雪と視界を埋め尽くす白の中を、あてどなくさ迷いながら元凶を捜し歩くものの、あやかし壮の元々の怪奇も手伝ってか、中々巧くいかないのだ。
「誰かいないの〜!?」
自身に降り注ぐ雪を精霊の力で弾きながら、稔は大声で叫んだ。
 あやかし壮の住民の部屋を窺ったものの、人の姿はなかった。家具に降り積もった雪以外は、何も。それを繰り返す。
「誰か〜!!」
呼び声に答える者はない。それどころかどんなに叫んでも遠くまで聞こえてはいないだろう。この豪雪の中、音は全て遮られる。
 この雪が自然物ではなく、第三者の力を持って生まれているのだということは先刻承知だ。制御を試した際に理解した。
 何者かが操るという事は、稔と同じく精霊を使う能力を備えた者か。あるいは、その精霊自身か。そう目処を立てたはいいが、あやかし壮の造りさえ不可解な今の状況では『その者』にたどり着くことが出来るだろうか。
 そんな不安を感じ出していた時だった。

「な、何でみのっちがここに居るの!!」
 突然白い視界の中から現れた、あやかし壮の外に置いてきたはずの三下の姿に、稔の心臓は跳ね上がった。完全に予想だにしなかった事である。
「あれ、田中さん……?」
外でも聞いた言葉を口にする三下は、雪山完全装備をしていた。
「おい、三下。そっちじゃない」
呆気に取られている稔の背後から、音もなく現れる二人目。
「何だ?あやかし壮の住人か?」
見たこともない女が、エメラルドを思わせる瞳で見つめてくる。
 今まで会いもしなかった人間の姿に混乱しながら
「そう言う貴方は?何でみのっちと居るのよ?」
「私は医者だ。たまたまこの場所に居合わせて、ちょっと協力をな」
そう言って女は、暖装備であるはずなのに体を縮めて震える三下をチラリと見やった。
 協力、というのは、三下に協力という意味だろうか。三下が何かをしようと動く所を想像できず、また、三下の様子からそうとは到底思えず、稔は不振な視線を女に送っていた。
 女の肌は、まるで雪のように白い。もしかしてこの女が元凶………?
「あれぇ?三下さんが何故ここに居るんです??」
「え、三下さん?外に居るはずじゃぁ……」
ふいに、稔とも三下とも、そして目の前の女とも違う二つの声が響く。
 声と共に現れたのは、またしても奇妙な者達。左からは浮遊する青年。右からは手に長い光刃を持った青年。四人は首を傾げて三下を見た。


●三下の厄日●
 寒さに震えながら、三下は四人の人間と対峙していた。
「何なの、一体!?」
と、田中稔(たなか みのる)に詰め寄られてから、はや五分。震える唇で必死に言葉を紡ぐ三下を見つめるのは、なんともいえない瞳。
 今日は完全なる厄日だ。あやかし壮が怪奇に見舞われたと思えば、頼みの綱である稔はあやかし壮の中に姿を消してしまった。一人残されて茫然としていれば、背後から里見勇介(さとみ ゆうすけ)と名乗る新入居者に声をかけられる。それに安堵したのも束の間、彼は幽体離脱して室内に入っていった。そしてまた取り残されたと思えば、今度は風野時音(かぜの ときね)という青年に詰め寄られ、その切迫した表情に大変怖い思いをした。その青年までもがあやかし壮に進入していった後、今度は室内から雪山完全装備をしたレイベル・ラブが出てきて、嫌がる自分は何故だかこんな場所に連れて来られて。
 寒いし、怖いし。散々である。
「つまり、皆この状況を何とかしようってわけだな?」
ラブが三下の言葉をまとめて言うと、他の三人は大きく頷いた。
「とにかく、この雪を止めない限りはここに住む事も出来ませんからね。それでこそ宇宙から来たかいがあるってもんです!!」
 わけのわからない事を声高に主張する里見は、三下の話では自身を『宇宙から来たエネルギー生命体』だと思い込んでいるらしい。稔達に言わせれば、彼はただの霊である。
 だがこの際そんな事はどうでも良く、今しなければならない事に集中した。
「この雪を降らせてる人物を、まず見つけるのが先決よね」
「それより、住人を見つけるのが先では?」
「でも、誰も居なかったわよ」
「この場合、皆避難したと考えるのが普通じゃないか?」
「そんなはずないわ。それだったら、何か連絡があるはずだもん」
「それじゃあ生き埋めか」
「歌姫……」
「大丈夫です!!宇宙理論がこんな時役に立ち――」
「住人は一体何処に………」
「だから、凍えてるんだろ」
「!!うわ〜っ!!!恵美さ〜〜ん!!!」
それぞれが勝手に想像を広げるおかげでまったく話にならない。一番には三下が五月蝿くてかなわない。
「やっぱり、元凶を探しましょ。それさえ見つかれば、この雪も止まるし、埋まってるにしろ何にしろ、住人にとってもイイに決まってるわ!!」
 稔が、無理やりに話しを締めくくった。


●雪の降る先●
「何か、泣いているみたいですね」
 ふ、と足を止めて、最後尾の勇介が静かに言った。
 何が、と問わないのは、皆が皆それに肯定を思っているから。ただ一人、ラブの後ろを怯えながら歩く三下を除いては、だが。
「酷く物悲しい……」
「泣く、か……。一体何がそこまで悲しいのかね」
 雪を『怒り』だとか『悲しみ』だとかと思うことは多々あるが、これ程にまで悲痛なものは感じたことがない。それは四百近くの年を重ねて来たラブとて同じ。
 もし理解していたとすれば、死にたくなる様な悲しみを体験している時音だけだっただろう。
 そう。この雪は、『死』を感じさせる叫びそのもの。
「ねぇ、この道でいいの?」
先頭を歩く稔が、背後で足を止めた勇介達に向かって声を張り上げた。前方で雪を押し留めながら進む稔には、とてもじゃないがそれ以外の事に構っている余裕はない。時音が長く長く、どこまでも伸ばした光刃を辿るのに必死だった。
 時音の光刃は己の心の力を具現化したものである為、距離や接触などは一切関係ない。それに加えてあやかし壮の間取りを頭に叩き込んでいる時音が、一路の道案内になっていた。
「はい、間違いないです」
「そうよね。だんだん強くなる一方だし」
大きく頷いて、今一度歩き出す。
 雪の降る先は、まだ見えない。そこに居るべき者の存在も。

 ただ、白い視界があるだけだった。


●雪女●
 それは最後の砦よろしくそこにあった。
 あやかし壮の玄関のように、凍りついた扉。しかし閉まっているはずのそこから吹雪く雪が現れる。
 元凶は、きっとこの先。
 ラブの背後で三下の泣き声が響いたが、稔は構わずに扉を開けた。
 一瞬、全ての音が止んだ。
 止んだ。何もかもが止んだ。物悲しく唸る白い粒も、身を切る寒さも。
 そうして。
「お前達は何?」
 真白。そう表現するしかない女が、静かに浮いていた。
「お前達はあの人じゃないのね」
 白い髪に白い肌。白い着物と白い帯。大きな瞳には色がなく、全てに生きる者の温もりを感じない女。その声には、怒りとも悲しみとも違う、底なしの落胆がある。
「あの人じゃあ、ないのね」
もう一度そう呟いて、言う。
 次いで大きなため息をつくと、ふぅっと白い息を吐いた。
「凍ってしまいなさいな。あの人以外は全て。そうしたら、あの人は私を見つけてくれる…………」
どこか夢を見るような眼差しで、吐き出される白い息は全てを凍らせようと、大気を滑る。
 耳元でパキリ、と音が鳴る。
「これは……」
「体が!!」
ラブと勇介が同時に叫ぶ。零体であるはずの勇介さえ凍りつかせるは、雪の化身。
「……雪女……」
 自由を失ってゆく体を必死で繋ぎとめながら、稔が小さく呟く。火の精霊を降ろして対抗しようにも、数え切れない年月を生きるアヤカシの力に簡単に屈服させられる。
 それは時音も同じらしく、光刃を振るう腕にも銀の欠片が侵食していく。
 このままでは凍りつく。それは四人の脳裏に、警笛を鳴らした。
 今なら間に合う。
「あの人は、貴方の何だ?」
「……何?」
「貴方は、あの人を待っているだけですか?」
「………」
「貴方から会いにはいかなかったですか?そんな理由から、全てを凍らせるのですか?」
 時音の瞳にチラリと影が宿る。
「会えなくなってしまったら、もうどうにもならないのに。何故、待つだけで会いにいかないのです?」
凍りつく体は次第に動きを失っていくのに、時音の唇は温かみを失わない。稔や勇介でさえ身を震わせる中、三下なぞは完全防備なのに気を失っているにも関わらず。
 今一度、白い吹雪は止む。
「貴方に何がわかるというの?」
どこまでも冷ややかな声で、雪女は涙を流す。
「だってあの人は言った。私はアヤカシだから。自分は人間だから。普通の幸せを築けはすまい。だから常世から離れたこの場所で暮らそうと。私は待っていると答えた。だから待った。待ったのよ」
溢れた涙は氷の粒となって、大地に落ちる度に氷の結晶を撒き散らす。
「だけど人の世ではもう二百の月日が流れ、時空は歪み、様々な地と繋げられ……。あの人は来ない。死が彼を襲い、全てのしがらみから解放されても、彼は、来ない……」
 四人の氷を溶かし終え、稔が物言いたげに立ち上がるのを、雪女はゆっくりと見上げた。
「わかってる。コレは意味のない、嫉妬そのもの。幸せな貴方達を見るのが忍びなかっただけ」
口を開きかけたラブを遮って、雪女は自嘲気味に唇を歪める。白い白い、どこまでも白い、今にも消え入りそうな姿で、雪女は笑う。
「わかってる。だけど制御出来なかっただけ。この雪は私の想いそのもの――朽ち果てる場所を探していただけ」
言葉を失う四人を前に全てを諦めた様な顔。物分りの言い振り。
「だけどもう満足が言った。散々暴れて、もう気がすんだわ。ちゃんと、このアヤカシ壮も住人も、返してあげるから」
 そうしてくるりと反転し、今にも大気に消えそうだった雪女の手を、四人は思うより早く掴んでいた。


●アヤカシの住む場所●
「……何?」
きょとんと首を傾げる雪女の表情は、ひどく人間めいたものだった。
 自分の腕を掴んだ四本の手、その先の不安げな顔に向かって、雪女は問う。
「どうしたの?」
「あの人は、まだ来るかもしれない」
ラブが躊躇いがちに言った。次いで勇介が拳を作った。
「宇宙は広いんです。それと同じように世界は広いんです!!だからきっと、あの人も迷ってるんです!!」
よくわからない理論に、雪女が小さく苦笑を漏らす。
「もういいのよ、優しい人の子達。ね、見て。ほら、彼女達を助けておやりなさい」
雪女はつい、と指先を上げて一方を指し示す。吹雪で埋められていた視界はいつの間にやら綺麗に晴れて、あやかし壮の古い廊下をあらわしていた。そしてそこには、人の固まり。
「歌姫!!」
いち早くその存在に気づいて時音が駆ける。その後を勇介とラブが続く。
「ん、命に別状はない。ただ少し、冷えてはいるな」
「じゃあ、俺のプラズマで!!」
「頼む」
そんな三人の言葉に胸を撫で下ろす稔はただ一人、雪女の腕を離さない。
「精霊を操る子、貴方の制御でこの雪を止めてくれるかしら?」
暴走した力を止める事は適わないから、そう言う雪女に小さく頷いて、やっとでその手を解放する。
 そうして今度こそ大気に溶けようとした雪女に、思わず叫んだ。
「あの人は、きっと貴方を探し出してくれるわよ!!」
 それは願いであり、何の真実でもなかったけれど。
「――貴方の口車に、乗ってみることにするわ」
 最後の笑みは、雪の止んだ後の、綺麗に澄んだ空のようだった。


 そうして吹き止まぬ白を取り除いた後、あやかし壮の毎日は変わらずに過ぎてゆく。三下はいつもの様に嬉璃に苛められて、可愛そうなくらい情けなく泣いて。
 あやかし壮の、いつも通りの風景が変わらずに流れてゆく。
 

 そう、いつも通り。

いつも通りに、ここは、アヤカシの住む場所。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2603 / 田中・稔(たなか・みのる) / 女性 / 28歳 / フリーター・巫女・農業】
【2352 / 里見・勇介(さとみ・ゆうすけ) / 男性 / 20歳 / 幽者】
【0606 / レイベル・ラブ / 女性 / 395歳 / ストリートドクター】
【1219 / 風野・時音(かぜの・ときね) / 男性 / 17歳 / 時空跳躍者】

NPC
【三下・忠雄(みのした・ただお) / 男性 / 23歳 / 白王社月刊アトラス編集部編集員】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターのなちと申します。この度は「雪 涙」に発注いただき、本当にありがとうございました。
にも関わらず、遅れての納品申し訳ありません。本当に申し訳ありません。
今回特別な活躍の場というものがなく、稔さんという人物を描ききれなかった様な気もしてなりません。
 ただ本人としては、タイトル通り雪と涙をテーマにしていましたもので、こんな形になりました。プレイングの内容になるべく近いものにしたのですがどうでしょうか。
今回、プレイングの内容からPC毎にあったりなかったりする話もございます。お暇な時にでもそちらも見ていただければ、全体像が鮮明になるかな、と。
何はともあれ、ありがとうございました。
もしまた機会がございましたら、よろしくお願い致します。